呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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カノン-弐-

 一年生の面々との挨拶を済ませたところで、優太は寮の外で素振りを始めた。そこに、顔を洗って制服に着替え、うっすらとナチュラルメイクを施した野薔薇が現れた。

 

「退院早々するのがそれ?ブレないわね」

 

 腕を組んで壁にもたれ、優太の素振りを見ている。鳴弦が空を切る音が定期的に耳に届く。

 

「入院中鳴弦に触れなかったから。今日、釘崎とバディって聞いてるし、体鈍ってちゃ迷惑かけるでしょ」

 

「一週間そこらで鈍るほどヤワには見えないけど」

 

「一日サボったら三日分鈍る、ってじいちゃんが言ってた」

 

「あぁ、あんたの武術のお師匠さんの。なんで年寄りってその辺ストイックなのかしら」

 

「ん?」

 

 優太は鳴弦を振り下ろしたところで手を止めて、野薔薇を見る。声色に親近感を感じたからだ。

 

「釘崎も似たようなこと言われてんの?」

 

「私の呪術の師匠、おばあちゃんなの。私は上京したくて高専に来たけど、おばあちゃんはそれが嫌だったらしくてちょっとモメた」

 

「あぁ、なんか想像ついた」

 

 優太は素振りを再開する。時間も回数も有限なので、一振り一振りを丁寧に行っている。

 

「つーか、なんで東京?同じ術式の師匠がいるなら、そっちの方がいいだろ」

 

「東京そのものに用事があったのよ」

 

「なんだそれ」

 

「昔ね、私の地元に引っ越してきたお姉さんがいたの。お人形さんみたいに可愛くて、聖母みたいに優しい人。その人が東京の出身なの」

 

「その人と同じ景色を見たくて、あわよくば再会したいってわけか」

 

「……あんたの推理、たまに怖いんだけど」

 

 優太は表情一つ変えない。素振り五十回を終えたようで、鞘を引いて切っ先を収め、左手で鍔を支えながらゆっくりと刀身を納める──重み納刀で、鳴弦を納刀した。

 

「言葉が過去形、わざわざ東京出身って言う。その人が釘崎の地元にいたら、わざわざ上京する必要ないだろ」

 

 野薔薇は呆れた顔でため息を吐いた。

 

「なんでそういうとこ()()()勘がいいのよ」

 

「……なんか貶されてる?」

 

「貶してない」

 

「……そうかぁ?」

 

 優太は首を傾げつつ、套路──簡易二十四式を始めた。型の完成に合わせて加勁を即時展開するやり方。この積み重ねが、彼の術式精度を日に日に上げているのだ。

 

「ねぇ、太極拳?ってなんでそんなにゆっくり動くの?」

 

「基礎固め」

 

 優太は端的に答えた。愛想がないわけではなく、呼吸を乱さないためだ。その証左に表情はとても穏やかだ。

 

「それ、五歳からやってんの?」

 

 そして、悟が初めて優太を連れてきた時の紹介をキッチリ覚えている野薔薇であった。

 

「本格的に習い始めたのは、六歳か七歳くらい。最初は、じいちゃんカッケー、しかなかった」

 

 呼吸の合間を使って優太が答える。野薔薇は「ふぅん」と言いつつ、真剣なのに不思議と穏やかな優太から目を離せないでいた。

 

 そこへふらりと、恵と悠仁が現れた。優太を見る野薔薇を見て、悠仁がニヤニヤした口元を手で隠し、恵に頭を叩かれている。

 

 恵は野薔薇に近づき、カフェラテの缶とスポーツドリンクのペットボトルを野薔薇に差し出す。

 

「なにこれ」

 

「飲むだろ。俺ら先に任務に行く」

 

「サンキュ」

 

 野薔薇は受け取って、カフェラテを開けた。どうやら恵の意図を正しく汲み取ったらしい。それを見て、恵と悠仁は立ち去った。

 

「ねぇ、今日の任務」

 

「おん?」

 

「あんたの加勁、もうちょっとどうにかならない?」

 

「どう、とは」

 

 野薔薇はカフェラテを一口飲んでから、続けた。

 

「私ぬめり気あるの苦手なの。ちょっと、気持ち悪い」

 

「……じゃあ加勁抜きで想定しろ」

 

 優太の声のトーンが一段下がった。

 

──しくった、こいつこういうのだけ妙に拾うんだった。

 

 野薔薇は慌てて口を開く。

 

「そういうことじゃなくて。加勁も律勁ももらいたいの。ただ、特性がちょっと、馴染みづらいっていうか」

 

「どっちだよ」

 

「被術者にぬめった感じ伝わらないようにできるか、っていう意味」

 

「無理」

 

 即答。というより、優太自身が一番加勁を纏っている。その性質は彼自身が一番理解しているようだ。

 

「呪力特性は変えようと思って変わるもんじゃないし。どう工夫しても粘着質な呪力特性も一緒に出てくる」

 

「……わかった。言い方悪かった、ごめん」

 

 優太は套路を包拳礼で締めくくってから、不思議そうな顔で野薔薇を見た。

 

「釘崎が素直に謝ってる……」

 

「文句ある?」

 

「全然ないけど。ちょっとびっくりした」

 

 套路が終わったらしい優太を見て、野薔薇はスポーツドリンクを優太に渡す。彼はそれを素直に受け取って、キャップを捻った。

 

「あんたの呪力特性込みで加勁なのは分かってる。でもできれば術式の機能だけ引き出せるようにしてほしい」

 

「無茶言うな。呪力特性含めて術式だと思ってる」

 

「あんたねぇ。呪力特性と術式は別物なんだけど。呪力はエネルギー、術式は機能、分かって言ってる?」

 

「分かった上で、防護膜としての役割があるから潰す必要ねえだろ。そっちこそ分かって言ってんのか」

 

 野薔薇の脳裏に優太の過去の言葉が過る。

 

──分かんねえならせめて武術って言え。

 

 そうか、こいつは自分を形作るものが大切なんだ。野薔薇はそう結論付けて、引くことを選んだ。

 

「悪かった。あんたが想像以上にちゃんと呪術師で安心した」

 

「あれ、なんか納得早くない?……まぁ、俺もちょっとカチンと来て言葉悪かったかも、ごめん」

 

「いい、許す。粘り気含めて術式って理解しておくから、もう大丈夫」

 

「いや~、青春だね~」

 

 そこへひょっこり悟が現れた。野薔薇は驚いてカフェラテの缶を落としそうになって、優太は一つも気にしていない。

 

「青春要素ありました?」

 

「青春要素しかなかったと思うけど?」

 

「五条ォオオオ!!」

 

 野薔薇が金槌を悟へフルスイングで投げるが、悟の近くでピタリと止まる。

 

 無下限呪術──悟が常に展開している加勁のような保護膜で、近づこうとするほど勢いが減衰する。ちなみにこちらは術式効果で、呪力特性ではない。

 

「今日の任務は新宿のショッピングモールね。優太くんの役割は大きく二つ」

 

 悟は顔の前で指を立てた。

 

「一つ、()を下ろすこと。一つ、今回は野薔薇への加勁と律勁だけ。君は戦っちゃダメ」

 

「なんで戦っちゃダメなんです?」

 

「だって君、抜糸はしたけど下手に動くと傷に障るでしょ」

 

 なるほど、と優太は納得した。それとは別に、野薔薇が不思議そうな顔で口を開く。

 

「なんで宮城島が()を?てか、あんた()下ろせるの?」

 

「優太くんは自主的に結界術の勉強をしてる、だから周りよりその辺の進みは早いよ」

 

「特に()は天元様の影響で、使いやすい結界になってる。多少結界術を知ってれば割と誰でも下ろせるよ」

 

「マジか。てか天元様って結局何者?」

 

「日本全土に結界を張り巡らせてる、結界術のエキスパート。平安からずっと生きてるすんごい人」

 

 悟の雑な説明に、優太がため息を吐いた。

 

「不死の術式を持ってる人。それとは別に、平安時代から続いてる多くの結界術を習得、運用して日本の呪術師の力を底上げしつつ、呪霊発生を抑止してる。偉大な人だよ」

 

「ちなみに最強は僕ね」

 

「五条先生を偉大とは思えねえんだよなぁ」

 

「優太くん?」

 

「同感」

 

「野薔薇?」

 

 優太と野薔薇の息が妙なところで揃ったところで、優太は一度シャワールームへ向かった。

 

 

 

「遅い」

 

 寮の共有スペースのソファに座っていた野薔薇が、優太の足音に気付いて振り返りもせずに言った。

 

「冷静に考えてみ?汗そのままにしてる奴と組むのと、一回流して来た奴、どっちがいいよ」

 

「後者」

 

「じゃあ許して?」

 

「許す」

 

 野薔薇が立ち上がってスカートの裾を払い、短ラン風の制服の襟を正した。二人は横並びで歩を進め、麓の駅へ向かう。ここだけ切り取れば青い一ページ。実際には、任務に向かう一ページ。

 

 彼らは常に日常と異常の狭間にいる、そういう立ち位置こそ、呪術師なのだ。




あの目隠しのことだ、ロクなこと考えてない。つまりこれは──
「目の色にツッコミ入らないのは楽だよね」
「サクッと片付けて買い物するわよ」
「ナニコレ」
次回:カノン-参-

カノン-弐-の幕間、キャラクタープロファイル
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