呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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カノン-陸-

 唐突な閉所空間に、恵は狼の掌印を組みながら身構えた。周囲をぐるりと見回すと、ブレザー姿の女学生を確認することができた。

 

被呪者(ひじゅしゃ)……?いや、違う」

 

 後ろ姿だけをそのまま見れば、人間に見えた。しかし恵は呪術師、呪力視でなくとも多少の呪力の違いは見て分かる。そして、これは呪霊が()()()()()ものだと瞬時に見抜いた。

 

──精神干渉してくるタイプか。どう炙りだす。

 

 恵が持ち前の頭脳を活かして分析する、わずかな間。女学生の幻影は徐に振り向き、恵に顔を向けた。顔のない顔、目のある位置から涙らしきものが流れている。

 

「ねェ、どうシて……?」

 

 語り掛けてくる幻影に、恵は一歩退いて間合いを作った。

 

「ドうして、いジめるノ……?」

 

──怨念が核になった呪霊か、厄介だな。こういう場合、返答次第でマーキングの是非が変わる可能性が高い。下手に答えるのは論外、かと言って本体も見えない。一言で、確実に、本体を炙りだせ。

 

 恵は幻影を一瞥した後、もう一度周囲を見渡す。目に呪力を流して呪力視を行ってみるが、やはり本体は見つからない。

 

「……価値観の問題だろ」

 

「かチ、感?」

 

 幻影が首を傾げた。明確な会話能力を示している。物理的に首がなかったゴーストライダーと違い、この呪霊にはもっと高度な知性が窺える。

 

──知能は高い。その分ゴーストライダーみたいな攻撃力はないか。被害範囲、被呪者の数、結界、全てが本体に引き算として作用している。

 

「他人と関わる上での最低限のルール。『私はあなたを殺しません、だからあなたも私を殺さないでください』だ。それが俺の価値観」

 

 呪霊は聞く姿勢を維持している。恵はそのまま、呪霊に主導権を渡さないために語り続けた。

 

「殺しを何に置き換えてもいい。要は相手の尊厳を脅かさない線引き。互いの実在を成す過程。それが俺の言うルールで、価値観だ」

 

 呪霊は沈黙している。答えになっているようでなっていない、つまり相手は恵を呪えない、呪うための条件が不足しているのだ。

 

──よし、これでいい。呪霊の行動パターンに合理性を求めすぎてはいけない。相手の()()の外から削って、本体を引きずり出す。

 

 不意に、呪霊が見せる幻影が揺らいだ。背が伸び、髪が伸び、それをポニーテールでまとめた黒髪の女子。顔つきだけで分かる、優しい女性。それを見て、恵は目を見開いた。

 

「津美紀……?」

 

 その幻影は恵の姉、伏黒(ふしぐろ)津美紀(つみき)の外見を成したのだ。

 

「恵。もう喧嘩しないって言ったよね」

 

 その幻影は、唐突に流暢に話し出した。そして、その言葉に恵は再び目を見開く。

 

──惑わされるな!これは幻影、俺の記憶!

 

 恵は頭を振って動揺を振り払いつつも、湧き上がる感情を御しきれないでいた。

 

 

 

──悪人が嫌いだ。更地みてぇな想像力と感受性で、一丁前に息をしやがる。

 

──善人が苦手だ。そんな悪人を許してしまう。()()()()を格調高く捉えてる。

 

 小一の時、俺の父親と津美紀の母親、それぞれの片親がくっ付いて──蒸発した。

 

 それでも津美紀は俺に笑顔を見せた。遠ざけても近寄ってきた。津美紀は典型的な善人だ。親の話もしねぇで、俺の面倒ばかり見てて、周りの面倒ばかり見てた。

 

 白髪の怪しい男が言ってた。

 

「君のお父さんさぁ、禪院(ぜんいん)っていう呪術師の家系なんだけど。僕が引くレベルのろくでなしで。おうち出てって君を作ったってわけ。禪院家は才能大好き、術式を自覚するのが大体四から六歳くらい、売買のタイミングとしてベターだよねぇ」

 

 聞いてもいねえのにべらべら喋りやがる。親父のことはどうでもいい、コイツの方がムカつく。

 

「恵君はさぁ、君のお父さんが禪院家に対してとっておいた、()()()()()()だったんだよ。ムカつくでしょ?」

 

 蒸発資金の謎が解けた。俺は禪院家とやらに売られたらしい。そして、コイツのこのデリカシーのなさが、その時一番ムカついた。

 

「それで君のお父さんさ、僕が──」

 

「どうでもいい」

 

 心底、どうでもいい。顔すら覚えてない父親のことなんて。

 

「そこに行けば、津美紀は幸せになれるのか」

 

「ない。百パーない。それは断言できる」

 

 妙にドスの効いた声で言われて、当時の俺はたじろいだ。まだ小一だぞ、なんつう声で脅しやがる。けど、そんな俺を見てその男は、満足そうに笑いやがった。

 

「オッケー。後は任せなさい」

 

 ふっと空気が軽くなるみたいに軽薄な声色に戻って、乱暴に頭を撫でられた。ガキ扱いしやがって、そう思った。

 

 それから、俺が将来呪術師として働くことを担保に、その男──五条先生が俺の後見人になって、俺と津美紀のへ資金的援助を高専から取り付けた。

 

 俺が中三に上がって間もなくして、津美紀が呪われた。正体不明、出自不明、全国に同じような被呪者がいるらしい。

 

 ()()()()()()()ということだけが分かって、津美紀は寝たきりになった。

 

「誰かを呪う暇があったら、大切な人のことを考えていたいの」

 

 津美紀はいつも、笑って綺麗事を吐いて。

 

「人を許せないのは悪い事じゃないよ。それも恵の優しさでしょ?」

 

 俺の性根すら肯定する。

 

 

 

「だから──お前は津美紀じゃない!!」

 

 恵の呪力が膨れ上がる。領域を軋ませるほどの呪圧、幻影にひび割れが走る。

 

「津美紀は人を呪わない、だからお前は津美紀じゃない!!」

 

 幻影が()()()。その中から、本体が捻り出されるように現れる。切り刻まれた女学生の制服、荒れた髪、飛び出した目玉。それでいて、筋骨隆々。恵は構えを改めて集中を取り戻す。

 

「玉犬・(こん)!」

 

 影から玉犬が飛び出す。爪による攻撃の急襲──呪霊は既に、恵の目の前にいた。

 

「は……?」

 

 顔面を強く殴られ、体ごと吹き飛ぶ。教室の壁を突き破って廊下に放り出されて、廊下の壁に激しく背中を強打した恵は、肺の空気を一気に押し出されて息を漏らし、ずるりと沈み込んだ。

 

「……ずっと引っ掛かってた」

 

 恵は気絶こそしなかったが、頭部から血が滴っている。頭の傷は想像以上に血が止まらず、それがかえって冷静にさせた。

 

──呪霊の行動パターンに合理性を求めすぎてはいけない。それでも、引っ掛かっていた。最初の被害報告は六月。六月……虎杖が初めて宿()()()()を取り込んだタイミング。こいつはゴーストライダーと同じ、指を取り込んだ呪霊かもしれない……。

 

「……ここまで、か」

 

 出血が止まらず朦朧としていく意識の中、彼は両の拳をこすりつけるような掌印を組んだ。

 

布瑠部(ふるべ)由良由良(ゆらゆら)──」

 

 拳に呪力が圧縮される、異質な雰囲気。玉犬・渾すら凌ぐ速度の呪霊が一歩後ずさる。

 

 ──少し未来の、強く()()()自分を想像できない。君の()()()のせいかな。

 

 恵の脳裏に、不意の悟の言葉が過る。優太の入院中、彼へ過度な負担をかけたことを反省した恵が、悟に組手を申し出た時の言葉だ。

 

 ──最悪()()()()()()、全て解決できると思ってる。()()()勝つと、()()()()勝つは、全然違うよ?

 

 悟の言葉が、恵の思考を切り替えさせた。刹那、時が遅くなるのを恵は感じた。

 

──あの時、宮城島はどっちだった。()()()勝つつもりだったか?()()()()勝つつもりだったか?

 

 それは優太にも分からないだろう。吐血を飲み込んでまで詠唱をしていた彼は、果たしてどちらだったか。結果的に生きていたが、それを語る彼ではない。

 

──あいつは土壇場で、死ぬかもしれない場面で、鳴弦を虎杖にパスした。あれは、()()()()勝とうとしたんじゃないのか?

 

 時間の流れが戻る。同時に、恵は不敵な笑みを浮かべて、掌印を解いた。

 

「やめだ!」

 

 後ずさった呪霊が、首を傾げる。それほどに、恵の呪力は不安定でいて、今、凪いでいる。不自然、呪霊がまだ対話できる状態なら、そう評しただろう。

 

「影の()()を全て吐き出す。具体的なアウトラインは後回し」

 

 恵は震える脚に力を込めて、なんとか立ち上がる。そうだ、あの男も同じだった。震えながら、それでも立ち上がって、血を吐いていた。

 

「呪力を練った傍から押し出していけ。イメージしろ、()()()、限界を超えた未来の自分を。……やってやるよ!!」

 

 恵が焦点の合わない目でなんとか前を見据えつつ、掌印を組む。どの式神のものでもない、握った手を合わせて人差し指と中指を組む印。

 

領域展開(りょういきてんかい)──嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)!」

 

 それは、呪術の極致にして、奥義。恵の影が、相手の領域を()()()()()




──()()()、術式の解釈を!
「玉犬・(こん)の爪はあの特級にも傷をつけた。」
「おぉ、いた。ってボロボロじゃん」
「好みの女性のタイプを聞いたところ、『興味ない』と一蹴したそうです」
次回:カノン-漆-
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