呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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第二楽章:背反のプレリュード
テンポ・エスカッパート


 太陽がオレンジ色に変わる頃。歌舞伎町を巡回していた優太と野薔薇は、ついぞ脈動する呪力の正体を掴めずにいた。

 

 不意に、優太の緋色の瞳が路地裏方向に固定される。

 

「普通に低級いるね、三級寄りの四級。昼間に見たやつとは違うけど」

 

 優太は言いながら野薔薇の肩に触れて、加勁を展開した。表通りで太刀を引き抜くわけにもいかないので、路地裏に向かいながら鯉口を切る。

 

「微妙な等級ね。()は?」

 

「要る?」

 

 野薔薇は鼻で笑った。つまり優太は、野薔薇がこの呪霊を即祓除できると信頼して、隠密結界を展開するまでもないと尋ねている。

 

「上等、すぐ終わらせてあげる」

 

 優太は念のため、いつでも()を下ろせるように右手で掌印を組みつつ、左手は鍔に添えて柄上げできるようにしている。

 

 路地裏に入った野薔薇は腰のポーチから釘を一本取り出して、宙に放る。加勁の影響で浮いている釘を引っ張って、スリングショットの要領で飛ばす。

 

 タイトドレスを身に纏った骸骨型の呪霊は、野薔薇の呪力が籠められた釘が突き刺さると同時にその呪力が内部に打ち込まれ、瞬く間に黒い塵と化していった。

 

「うっわ。金槌要らずかよ」

 

 優太が呆気に取られた様子で右手の掌印を解いて、加勁も同時に解除する。結局、()も律勁も要らなかった。

 

「できると思ったのよね。できたわ」

 

「できたわ、じゃねえよ」

 

 優太が肩を竦めて苦笑した。この瞬間までは、確かに二人は上手くいっていた、ように見えた。

 

「さっきは油断して宮城島を動かしたけど、あんたは術式に集中して。私を引き立てればいいの」

 

 誇らしげに腕を組んで話す野薔薇。しかし、優太の顔からみるみる表情が抜け落ちていくのを見て、今度は野薔薇が呆気に取られた。

 

──“引き立て役”にはちょうどいい、って感じ。

 

 優太の脳裏に、夢で見た過去の記憶が過る。これさえなければ、あるいはもっと自然に野薔薇の気遣いを受け取れたかもしれなかった。

 

「……お前も、そっち側なんだ」

 

「え、ちょっと、どういうこと」

 

 優太は答えることなく踵を返す。一歩、二歩、徐に歩きながら真上に柄上げをして、抜刀する。

 

「ちょ、もう祓ったって。あんた何してんの!?」

 

「もういい、もういいんだ。俺はもう、誰とも関わらないことにする」

 

 鳴弦を片手で握りしめるようにして、優太は言った。人目のある場所での唐突な抜刀、当然視線を集める。直後、鳴弦から黒板を引っ掻くような耳障りな音が盛大に響いた。

 

 呪術師である野薔薇すら、呪力で防御を固め、手で耳を押さえても苦悶の表情を浮かべるほどの攻撃的な音波。一般人はたちまち泡を吹いて倒れていき、その音が波及するに従って被害規模も大きくなる。

 

「やめて……!なにしてんの……!?」

 

 野薔薇は苦しみながらも声を絞り出した。しかし優太にはまるで届いていないようで、彼は静かに歩き出す。その歩み自体が畏怖の対象となり、元々形を成していなかった呪いが束ねられ、次々と呪霊が生み出される。

 

──音の圧が強すぎて、動けない!

 

 野薔薇は優太を追うことも呪霊を祓うこともできず、立っているだけで精一杯の様子だ。そのまま表通りを歩く優太の前に、巨体にそぐわぬ丁寧な歩調で割って入る男が一人現れた。

 

「高田ちゃんのイベントを台無しにする呪詛師が出たと思ったが。お前、東京校の人間だな?」

 

 身長は百九十センチ程、筋肉だるまのように逞しい体、総髪にしたその人物は、優太へ正面を向くようにして立ち止まった。

 

「……誰」

 

「高田ちゃんを知らないのか!?」

 

「お前もそいつも知らねえよ」

 

「……よほど退屈な人生を送ってきたのかもれないな。高田ちゃんのイベントを中断させるやつは、許せん。だが!俺も鬼ではない。聞こう、どんな女が好み(タイプ)だ!?」

 

「……は?」

 

 唐突な問い、状況に似つかわしくない問い。優太が呆気に取られた結果、鳴弦から響いていた不快な音は止んだ。しかし生み出された呪霊は優太の指揮を待つかのように待機している。

 

「気にするな、品定めのようなものだ」

 

「いやだから。まずお前誰だよ」

 

「自己紹介が欲しいのか、いいだろう。俺は京都校三年、東堂(とうどう)(あおい)。ちなみに俺は、身長(タッパ)とケツがデカい女が好み(タイプ)です!」

 

──いや、聞いてねえ……。

 

「興味ないね」

 

 優太の発言を受けて、葵のこめかみに青筋が浮かんだ。

 

退()()!!」

 

 直後、葵が手を一回叩く。優太の側面に急に彼が現れ、優太は咄嗟に防御姿勢を取る──その防御ごと、葵の拳が優太を吹き飛ばし、ビルの壁に叩きつけられる。

 

 辛うじて壁で受け身を取った優太はすぐに鳴弦を正眼に構え、虚歩の姿勢を取る。

 

──恐ろしく速い……?いや、違うな。しかも呪力操作による身体強化が精密すぎて、悠仁の素の拳以上の威力がある。

 

「骨の一本折る気で殴ったが、耐えるか」

 

 優太が状況を観察している様子を認めてもなお、葵の表情は余裕に満ちていて、むしろ獰猛な笑みすら浮かんでいる。そして胸を開くようにして、片足を僅かに前に出して葵は構えた。

 

──構え一つで分かるな、強い。

 

 優太は分析しつつ、先ほどまで葵がいたはずの場所に一瞬目線を移す。そこには、いなかったはずの呪霊が一体ぽつりと配置されていた。

 

「位置替えの術式か、面倒くさい」

 

「初手で見抜くか!」

 

 葵の笑みが深くなる。しかし優太は鳴弦に呪力を流し、甲高い音を響かせ、切っ先を葵に向ける。それを合図に呪霊たちは一斉に葵に群がり始めた。

 

 葵は迫りくる呪霊に拳を振るい、呪霊同士を掴んでぶつけ、次々と容易く祓っていく。

 

「この程度の呪霊、俺には効かんぞ!」

 

 しかし優太は葵に背を向け、自身に加勁を纏わせる。ぐっと屈伸して、次の瞬間残像を置いて優太はその場から立ち去った。

 

「なに、足止めか!?」

 

 葵は呪霊の群れを祓いつつ、手近にいた苦しそうな表情の野薔薇に目線を向ける。

 

「おい、お前!今はこの群れを祓うことに集中しろ!」

 

「つっても、()は!?」

 

「さっきの男の影響で一般人はほとんど倒れている。高田ちゃんは俺が守ったがな!」

 

「要するに隠れる必要ないってことね」

 

 野薔薇はそう言って金槌を抜き放ち──それを取りこぼしてしまう。見れば、彼女の手は震えている。

 

「どうした!?」

 

「分かんない……。分かんない」

 

 動揺、混乱。状況を段階的に理解し始めた野薔薇の顔色は徐々に青くなり、震える手を見つめている。

 

「己の身は己で守れ、俺が祓う!」

 

 葵の判断は迅速だった。野薔薇を戦力として計算せず、呪霊の群れに対して猛攻をしかけつつ、一般人の保護を優先して立ち回っていった。

 

 

 

 その後しばらくして、伊地知が現場に到着した。黒塗りのセダンの後部座席から、悟が現れる。

 

「やっほー。葵、いいところに鉢合わせてくれたね」

 

「五条悟、あれはお前の受け持ち。違うか?」

 

 無言の肯定。悟が黒い目隠しを押し上げて、透き通る蒼の瞳を片目だけ現す。周囲の残穢(ざんえ)を確認した後、優太が姿を消した場所まで歩いていき、その動きを真似るようにゆっくりと屈伸した。

 

「へぇ」

 

「何が見えた」

 

 葵と悟は多少付き合いがあるようだ。悟の六眼が拾った情報を、葵が確認する。

 

「優太──宮城島は、ちょっと変わった術式でね。術式を付与した対象の肉体の動き、呪力の流れを調()()できるんだけど。それを一瞬だけ自分に付与して、呪力強化も併用して高速で移動した」

 

「どれくらいの速さだ」

 

「亜音速」

 

「無下限じゃあるまい、音の壁があるだろう」

 

 音の壁──物体が移動する時、速度が音速に近づくにつれて空気抵抗が激増する現象のことだ。

 

「宮城島の呪力特性だろうね。粘着性があるんだけど、術式として使用するとゲル状の膜を作る。それが音の壁の衝撃を流した」

 

「つまり、一時的に爆発的な跳躍力を生み出し、そのゲル状の膜とやらで物理的限界を突破した。出力は跳躍する瞬間がピークで、その後の残穢(ざんえ)の追跡は難しい」

 

「葵、正解。流石だね。僕の目で追えないこともないけど、流石に時間が経ちすぎたかな」

 

「行方不明か」

 

「そういうことになるね。戦ってみて、どうだった?」

 

「戦いも何もない。呪霊をこちらに差し向けて、あの男は早々に姿を消したからな」

 

「つまり、呪霊を操っていた?」

 

「そう見えたな。ただ奇妙でもあった。どの呪霊も等級が低い上に、群がっただけに感じた。そもそもやる気がなかったようにも見えた」

 

「やる気がなかった、ねぇ。野薔薇、宮城島はなんで逃走したと思う?」

 

 傍らで話を聞いていた野薔薇が急に指名されて、背筋を正して答える。

 

「分かんない。ただあいつ、最後に『俺はもう、誰とも関わらないことにする』って言ってた」

 

「拒絶ねぇ。大体分かった。葵、今日は東京校の方で休むといい。二人には事情聴取も改めて受けてもらわないといけないからね」

 

 三日月が昇り始めた。弧を描くそれは、不気味に嗤うようにすら見えた。




「これ以上、誰かが離れるのは勘弁だ──ぜ?」
「……宮城島も、君と同じくらい素直だったら良かったんだけどね」
「実質空き部屋、ってことですか?」
「部屋になんの匂いも残ってない」
「パワーアップイベントを用意しましたっ!二年ズ、入ってきて~」
次回:テンポ・エスカッパート-弐-
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