呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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ファースト・セッション

「あんまハードル上げんといてください。実戦は初めてなんすから」

 

「正当な評価だと思うよ?呪力抜きの組み手とは言え、僕に一撃入れれる人間なんてそうそういないんだから」

 

 悟の言葉に、一年生三人が凍り付いた。先に口を開いたのは恵だ。

 

「五条先生に一発入れたって、マジか」

 

 恵の言葉に悠仁が追従するように首を縦にブンブン振っている。

 

「俺いっつも綺麗にガードされるんだけど」

 

 インファイトな戦いを主体にしないのか、野薔薇は何も言わないが、代わりに興味深そうに優太を見ている。

 

「人間の動きだと、どうしたって動き方が限定されるっしょ。相手の攻撃をいなして隙を作ったとこに攻撃するんだよ。それでも一発しか入れれたことない、五条先生強すぎ」

 

 優太の言葉を補足するように、悟が人差し指を立てた。

 

「呪霊は人の形で現れることは多い、でも必ず人の形になるわけじゃない。異形、あるいはバケモノ。そういった形の呪霊、悠仁は知ってるでしょ?」

 

「あー、俺が初めて宿儺の指飲み込んだ時の。デッカイし、そもそも生き物の形じゃなかった」

 

 悠仁は思い出したように顎に手を当てて目線を上に向けている。彼の頭上には、おそらくその時対峙した大きくて異形の怪物──呪霊の姿が浮かんでいるのだろう。

 

「そういうこと。五条先生がいかに最強って呼ばれてても人間だから、俺は怪物と戦った経験はゼロだよ」

 

「そして今回の任務はその怪物寄りな見た目の呪霊ってわけ。ナイスタイミングだよね~」

 

 ケラケラと笑う悟に、一年生一同は呆れた顔をした。そして誰一人ツッコミを入れない。何故ならこういった危険を日常会話のように話すのが五条悟だからだ。

 

「恵は前回、悠仁と野薔薇の任務は出番なしだったからね。外から見て分かったことを現場に取り入れることが課題。悠仁と野薔薇は前回の経験を活かしつつ、優太くんを連携に取り入れるのが今回の課題。それじゃ、さっそく行こうか」

 

 悟の言葉に四人は表情を引き締めて、席を立つ。これから向かうのはただのお祓いではない、呪いの力を使って、命をかけて呪いと戦う戦場であることを、弱冠十五歳の彼らは正しく理解しているのだ。それが、呪術師。

 

 

 

「じゃー乗り物酔いに強そうな悠仁と優太くんが後列で、恵と野薔薇は中列ね」

 

 一行が黒塗りのミニバンに乗り込むと、伊地知の運転で山間の高専から東京の街へ走り出した。その道中、悠仁はふと気づいたように口を開いた。

 

「そういやさ、なんで五条先生は宮城島のことは『優太くん』って呼んでるの?」

 

 悟は生徒のことを苗字ではなく名前で呼ぶ。ただし、呼び捨てである。優太に限っては一貫して優太くんと言っていることに、悠仁はなんとなく疑問に思ったようだ。この問いに答えたのは恵だった。

 

「乙骨先輩との呼び分けだろ。優太と憂太、漢字にすれば分かるが音じゃ分からない」

 

「乙骨先輩?」

 

 恵の言葉に反応したのは野薔薇だった。野薔薇は悠仁と違い呪術師の家系だが、恵のように若くして界隈の全体を知っているわけではないようだ。

 

「ああ。俺たちの一つ上で、唯一手放しで尊敬できる先輩だ」

 

「恵が人を褒めるなんて珍しいねぇ。後で憂太に教えてあげよ」

 

「やめてください」

 

 助手席でニヤニヤとしている悟に、中列に座る恵がすかさず苛立だしげに言い捨てた。そんな恵を横目で見て、野薔薇がため息交じりに腕を組む。

 

「やめろって言ってやめるタイプじゃないでしょ、この人」

 

「デリカシーってやつが絶望的に欠如してるんだよなぁ」

 

「優太くんひどくない!?」

 

 野薔薇の言葉に追従、もとい追撃した優太の言葉に悟がわざとらしく胸を抑えて抗議している姿が、後列の席に座る優太にも見えた。車内が小さな笑いで満たされて和んでいく。しかしそれも、長くは続かなかった。

 

 高専から車を走らせて十数分、まだ午後の太陽が照らしているにも関わらずなんとなく暗くなったような気がしたのは車内全員の共通認識だった。遠くの方には恐らく学校だったであろう建物が見えてくる。

 

「あそこね、定期的に祓ってるんだけど、(うじ)みたいに湧いてくるんだよね。基本的には三級以下しか湧かないんだけど、今回はちょっと大きいかも」

 

「報告によると、二週間前に肝試しに入った一般人がその後全員発狂、その噂が広まっているようです」

 

 悟の軽口のようなトーンに対して、緊張した面持ちで運転している伊地知が補足する。伊地知の不健康そうな痩身は見るからに非戦闘員、彼のようにサポートに徹する者を補助監督と言う。

 

 黒塗りのミニバンが廃校舎付近に停車した。車から降りた悟は黒い目隠しで表情の半分は見えないが、口元に軽薄な笑みが浮かんでいる。他の面々の緊張した面持ちとはまるで対照的だ。

 

「じゃあ僕、伊地知と一緒にここで見てるから。四人で頑張ってね」

 

 軽薄な笑みとは裏腹に、その声色は教育者然とした優しさの中に厳かさが宿ったものだった。恵は片膝をついて自分の影に触れ、野薔薇は腰に巻いたベルトからハートが刻印された金槌を抜き放つ。悠仁と優太はそれぞれ簡単なストレッチを始めた。

 

「それでは、(とばり)を下ろします」

 

 伊地知がそう言って、親指、人差し指、中指を立てた(いん)を結ぶ。

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを(みそ)(はら)え」

 

 廃校舎に半球形の黒が頂点から文字通り降ろされていく。一般人にはこの半球状の黒──()と呼ばれる結界も、その内側も認識することはできない。日常の横に超能力アクションがありました、しかもそこは命がけの戦場ですなど、口が裂けても言えるわけがない。そのための隠密結界である。

 

 ()の内側は、暗くない夜が広がっている。恵が両手で狼の頭部のような掌印を組む。

 

玉犬(ぎょくけん)

 

 恵の影から、白い狼と黒い狼が同時に飛び出す。札や道具を必要としない、影絵を媒介とする特殊な式神召喚術だ。

 

「白を先行させる。壁はぶち抜かなくていい」

 

「う゛っ」

 

 恵の指揮に悠仁が気まずそうに声を漏らした。前科があるようだ。

 

「壁を……ぶち抜く……?木造じゃねえぞここ」

 

「バカ(ぢから)なのよ、こいつ」

 

「バカ力で生コンぶち抜けるか?」

 

「ぶち抜いたんだ、バカだから」

 

「バカバカ言うなよぉ!」

 

 一行は警戒を緩めることはないが、緊張しすぎている様子もない。玉犬・白が鼻をスンスン鳴らしながら先行し、その後を悠仁、優太、野薔薇、恵の順で並んで追従していく。玉犬・白の鼻先が床から虚空へ移って注意深く臭いをかぎ始めたタイミングで、優太の足が止まった。

 

「どうした」

 

 すかさず恵が確認する。優太の緋色の瞳が、閉められた体育館の扉を超えた向こう側を見ている。

 

「中になんかいる。多分一体、だけどちょっとデカイな」

 

「呪力視か。目の色もそれが原因か?」

 

「うん。五条先生が放置すると呪力溜まり放題だから、使い道作っとけって。気づいたら目赤くなってた」

 

 ──呪力視。目に呪力を集中させることで、文字通り目を凝らして呪力を見る技術である。呪力の流れや、希薄ではあるが多少の障害物を貫通して呪力のみを見ることができる、呪力操作の基礎である。ただし、優太はこれを常に行っていると言う。

 

「大変だろ、情報量が多い」

 

「慣れた。最初は頭痛酷かったけど」

 

「虎杖とは別ベクトルのバケモノね……」

 

 素直にすごいと言えないのが釘崎野薔薇である。優太は複雑そうな顔をしたが、その心境は無視した。悠仁が体育館の引き戸に手をかけるが、どうやら施錠されているようだ。

 

「ぶち抜く?」

 

 顔だけ振り返った悠仁が当たり前のように言った。金属製の扉を前に言う言葉ではないのだが、コンクリート壁をぶち抜いた前科のある悠仁にとってはあるいは可能なのだろう。恵が呆れたようにため息をついた。

 

「……出来るならやってくれ」

 

 恵の言葉に悠仁がニッと笑い、施錠された引き戸から距離を取る。助走をつけて、ドロップキック──ガゴン!と金属がひしゃげる音と共に、悠仁は金属製の扉を蹴破って中に入る。すかさず駆け出す玉犬・白と玉犬・黒。続けて優太が素早く体育館に入る。

 

 ()()は、およそ生物とは呼べなかった。ドス黒い(おり)をひたすら積み上げた山に、数えきれない目といくつかの口がある。形は不定形で、輪郭の端が人の腕や触手の形を形成し続けている。

 

「ああいうのをバケモノって言ってくれ……」

 

 優太は()()──呪霊を視認するなり、野薔薇へ苦言を呈した。そして左足を前に出して右足を軸に立つ姿勢、虚歩で構えた。悠仁は足を開いて腰を落とし、拳を構えている。優太の雰囲気の変化に気付いたのか、横を見て場違いに目を輝かせた。

 

「うわ、なんかカッコイイ!」

 

「言ってる場合ちゃうやろ……」

 

 喧嘩スタイルと武術スタイルが並び立ち、異形との戦いに向けて表情を引き締める。野薔薇が腰のベルトのポーチから五寸釘を三本、指の間に挟んで取り出す。

 

「行け!」

 

 恵が玉犬に檄を飛ばす言葉で火蓋が切って落とされた。白と黒が呪霊の両側面を挟撃するため素早く走り出す。悠仁が爆発的な加速で正面から切り込む、野薔薇が呪力を込めた釘を放り、金槌を構える。優太は虚歩から重心を前に送り、脚で弓のような形──弓歩に移り、前傾姿勢になる。電光石火の初撃が始まろうとしていた。

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