「コラァ!!どこ行った虎杖ぃ!!」
八十八橋の方から、新田の声が降ってくる。
「うわ、新田さんブチギレじゃん」
「お前、無断でここまで来たのか」
悠仁は恵に肩を貸して立ち上がらせて、橋の方へ誘導していく。新田の怒声の中には「報連相は大事」というワードが含まれている辺り、彼女も補助監督として苦労しているようだ。
「うん。優太の離反聞いた後にさ、新田さんが電話してるの聞いちゃって。橋がどうとか言ってたから、伏黒も一人で抱え込んでるんじゃないかと思って」
「……津美紀は、寝たきりだ。」
恵は、重たかった口を開いた。そのまま続ける。
「この八十八橋の呪いは、被呪者の前にだけ現れる。本人が申告できない以上、いつ呪い殺されるかわからない。だから焦った、悪い」
「次からはちゃんと言ってくれよ?これ以上、誰かが離れるのは勘弁だ──ぜ?」
「ん?」
恵が拾い上げたはずの宿儺の指が、スルリと悠仁の手に吸い込まれる。続けて、悠仁は溢れ出そうになる両面宿儺の呪力を縮こまって抑え込んだ。
「なんで食った」
「え、俺!?このやり取り二回目!?」
恵が悠仁の肩を借りるのに回した手に、ちょうど宿儺の指があった。それを宿儺が悠仁の手のひらに口を開かせて、またしても勝手に食べたのだ。
「こいつ、今回も役に立ってねえし!五条先生、俺の中の宿儺が指の在り処を教えてくれるって言ったのに。もしかして先生、適当?」
「今更……」
悠仁の案内で恵は橋の上、新田が運転してきた黒塗りのセダンまで到着した。
「って伏黒君、ボロボロじゃないッスか!」
「それ二回目。声のボリューム絞ってください、頭痛い」
新田の心配を受け取りつつ、簡単に自身の状態を説明する恵。車に乗り込んだ三人は、そのまま高専へ帰投した。
「出血量が多いわね。全くどいつもこいつも無茶してんじゃないわよ」
恵の頭部の怪我に、仄かに白く発光する手を添えながら硝子が言う。傷口がみるみる塞がるに従って、恵の顔色も良くなっていく。
「すんません、次からは単独行動はしません」
「……宮城島も、君と同じくらい素直だったら良かったんだけどね」
「虎杖から聞きました、釘崎が呪霊を祓除した直後に態度が変わったって。多分あいつ、ずっと何かを溜め込んでたんだと思います」
「溜め込むのは呪力だけにしてほしいわね。それも大概異常なんだけど」
「宮城島の部屋、俺も見ていいですか」
「私に聞かないでちょうだい。まぁ、今はもぬけの殻よ」
「実質空き部屋、ってことですか?」
反転術式による治療が終わり、硝子はタバコを咥えて窓際まで歩いていく。
「五条の目には大した変化は見られなかったらしい。でもあいつは六眼ありきで見てるから、君なら別の視点から見れるんじゃない?」
硝子はそう言って、タバコに火をつけて紫煙を窓の外に吐き捨てた。恵はそれを治療、診察終了の合図と受け取り、硝子に一礼してから医務室を後にした。
恵はそのまま迷わず寮に向かい、優太のいた部屋の前──立ちすくんでいる野薔薇を認めた。
「……釘崎、入っていいか」
野薔薇はびくりと肩を震わせて反応した後、徐に恵の方へ顔だけ向けた。
「別に、空き部屋だし。私の許可とか要らないでしょ」
野薔薇の声は掠れている。しかし恵は、そこについては言及しなかった。
「宮城島の住んでた部屋だろ。お前まで距離取ってどうする」
「……私に、あいつに近づく資格なんかない」
恵は野薔薇のしおらしい態度に、ため息を吐いた。
「『特別扱いしろとでも』、だったか」
「──っ!!」
野薔薇は何かを思い出したような顔になって、目を見開いた。
「初対面の時。宮城島がお前を反射的に無視した時の言葉。結果的に特別扱いしてたじゃねえか」
恵はそう言いながら、部屋のドアノブに手をかける。
「お前は宮城島に近づく資格がある。それくらい、釘崎の接し方はあいつにとっては誠実で。だからこそ、お前の発言の何かがあいつのトラウマに偶然引っ掛かって、宮城島にとって想定以上のダメージになったんじゃないのか」
恵が部屋のドアを開けた。完全な空き部屋。据え付けのベッド、本棚、勉強机。壁には傷一つすらなく、数日前までここに人が住んでいたとはとても思えない状態だった。
「見ろ」
恵は端的に言った。命令ではなく、共有といった声色。目を逸らそうとした野薔薇はおずおずと部屋の中を見た。人の体温を感じさせない空き部屋が、その目に映る。
「……やっぱ、空き部屋でしょ」
「そうじゃねえよ。あいつ、ここを
「なにそれ?」
「普通、人が住んでりゃ多少部屋に痕跡が残る。虎杖なんか分かりやすいだろ、ポスター貼ったり机の位置ズレたり。宮城島の部屋にはそれがない。自分の体ごと、全部ここに定住させてなかったんだ」
野薔薇は言われてから気づいて、鼻をスンスンと鳴らす。これといった芳香剤の類いの香りもない、常に換気を良くしていたのだろうということしか分からない匂いだった。
「あいつ、ファブ持ち歩いたり、柑橘系の香りしたりしてたのに。部屋になんの匂いも残ってない」
「……なんの話だ」
「はぁ!?気付いてなかったの!?あいついっつも、香水じゃない、もっとスッキリした感じの柑橘系の香りしてんのよ!」
「……あぁ、シトラス系の制汗ボディーシートだな。何回かもらったことある」
「……あとでメーカー教えなさいよ」
「お前、切り替え早いな」
「悪い?」
「悪くはないが」
「なによ」
「なんでもない」
翌朝。一年生三人は悟の指示で、教室に集められていた。正確に言えば、朝登校したら黒板にでかでかと「重大発表があります!!」とカラフルに書いてあったのだ。
「優太帰ってきたのかな?」
「それはないだろ」
それぞれの席に座りつつ、悠仁の楽観的な考えを恵がすぐさま否定した。
「帰ってきたとして、事情聴取がある。処罰も分からないんだ、今すぐここには来ない」
「大体、帰ってきたら呪力でわかるでしょ」
「……釘崎、お前寝てないだろ」
「寝たけど?」
「睡眠と呪力探知を並行できるほど、まだ器用じゃないだろ」
「できますけどぉ!?」
「目の下化粧濃いぞ」
野薔薇が目を吊り上げて何か言いかけたところで、教室の引き戸が開けられた。百九十センチ超えの長身が、いつも通りの黒い目隠しで白髪を逆立てさせて入室する。
「うん、集まってるね。宮城島の処分が決まった」
一同の顔に緊張が走る。優太の離反が二日前、呪術総監部としてはかなり対応が早い。
「特級か一級かで議論されて、結局一級案件に落ち着いた。呪詛師認定、公開死刑が決定した」
「ちょっと待ってください!いくらなんでも重すぎる!」
恵がすかさず割って入ったが、悟は気にした様子もなく続ける。
「一般人を感情の起伏だけで一斉に気絶させることができる呪詛師、術式が絡めば簡単に殺せるだろうね。妥当な処分だと思うよ」
「待ってよ先生!昨日から優太に冷たすぎるって!」
「悠仁、甘っちょろい判断基準で呪術師はできないよ」
悟が声のトーンを低くして言った。それだけで、場を鎮めるには十分だった。悟は再び軽いトーンに戻して、続きを話す。
「三人は特に、宮城島との交流があったからね。否応なくこの案件に突っ込むことになると思う。そこで、パワーアップイベントを用意しましたっ!二年ズ、入ってきて~」
悟の合図に併せて、二人と……一頭?一体?が入室した。それぞれ悟の横に並ぶようにして整列する。最初に口を開いたのは、淡い紫色のアンダーリム眼鏡をかけた、深緑の髪を長いポニーテールで纏めている長身の女子。
「
続けて、真希より少し背丈の低い、中性的な顔立ち、アッシュグレーのストレートヘアの男子から声が聞こえる。
「すじこ」
最後に、二足歩行をしているパンダが口を開く。
「俺、パンダ。こいつは
「しゃけ」
棘がコクコクと頷く。
「え、パンダって名前の、パンダ……?」
「おう、そうだぜ!お前が虎杖悠仁だな、よろしく」
「うっす、パンダ先輩!」
悠仁の快活な挨拶に、パンダが呵々と笑った。
「さて。一年三人には、現状不足してる能力を、夏休みいっぱい使って克服してもらうよ。恵と野薔薇は組手で真希かパンダから一本は取ること。悠仁は呪力操作の精度を上げて、棘の呪言を防げるレベルまで上がれば合格ってとこだね」
悟がそこまで説明してから、人差し指を立ててにやりと笑った。
「ちなみに真希もパンダも、近接戦闘能力はピカイチ。ボコボコにされても硝子がいるから、二年生は手加減しなくていいよ」
真希とパンダが獰猛な笑みを見せて、恵と野薔薇が嫌そうな顔をして首を引いた。夏、東京校の常軌を逸した強化合宿が行われることが決定した瞬間だった。
「木を隠すなら森の中、これも五条君の教えかい?」
「冥さんの方にも、
「公開死刑の件については、どうなるんですか」
「褒めていません。無論貶しもしません。」
「なんで上野?パンダ?パンダ先輩連れてく?」
次回:テンポ・エスカッパート-参-
作者コメント
次週から、木曜と土曜の週二話掲載に切り替えます。
夏って何かと忙しいですからね、多少積んでおいても大丈夫そうな更新頻度にしようかと……。
嘘です、私が忙しいです泣
ところで最近とても暑いですね(すっとぼけ)
皆さま、暑い時は我慢せず涼を取ったり水分補給したりして、暑い夏を乗り切りましょう。