呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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テンポ・エスカッパート-参-

 東京校の強化合宿が決定してから、数日経った日のこと。都内某所のコインランドリーに優太はいた。半袖にステテコ姿で、鳴弦は外して抱えるようにして座っている。どうやら、制服を洗っているようだ。

 

 夕焼けを切り裂くように、カラスの声が一つ響く。優太はびくりと肩を震わせて、窓から離れて隠れるようにしゃがみ込んだ。

 

──一級術師、冥冥(めいめい)。カラスを操る術式の使い手だったか。呪力視をしてない分、操られてるカラスかどうかも分からん、存在そのものが今の俺には不都合だな。

 

 優太の瞳は普段の緋色ではなく、赤黒い色に落ち着いている。呪力視を行えば呪力の痕跡──残穢(ざんえ)が発生する。故に、今の彼は極力呪力を使用しない生活を送っていた。

 

「単なる逃亡だったら楽だったけどなぁ。高専からの逃亡、思った以上に面倒かも。とは言え歌舞伎町でやらかしてるし、人付き合いももう嫌だし」

 

 誰へともなく優太は言った。程なくして、一台の洗濯乾燥機の唸りが徐々に収まっていく音が聞こえてくる。優太はその洗濯機を開けて、足元に置いていたリュックサックに制服を畳んで詰めていく。

 

「どこ行こう。東京って意外と便利なんだよなぁ」

 

 言いながら、リュックサックを担ぐ。半袖ステテコ、リュックサック、左手に太刀となんとも不釣り合いな姿がコインランドリーを去った。

 

 

 

 淡い水色のロングヘアを後ろで三つ編みに纏め、それと同じほどの長さの前髪も三つ編みにしている女性が、徐に瞼を上げた。

 

「……いるね。都内、上野」

 

 彼女の妖艶な声が静かに通る。対面に座るのは悟と七海。場所は落ち着いて品のあるカフェだ。

 

()も閉じてる。偶然見つけた、というのが正しいね」

 

残穢(ざんえ)対策ですか、妙に慣れていますね」

 

「僕の教えが良かったんじゃない?」

 

 悟のお気楽な発言に、七海が青筋を浮かべる。

 

「その子が()()してるから問題になっているんでしょうが」

 

 七海の苛立ちに悟は喉の奥を鳴らすように笑った。

 

「現状信用できる術師は限られる。七海と冥さん、補助監督なら伊地知。上層部の動きも早すぎて気味が悪いからね、打てる手は打っておきたい」

 

「私は報酬があればどちらにも行くよ。まぁ、上が出し渋るのはよく知っている」

 

 冥さんと呼ばれた女性──冥冥は、そう言って紅茶に口をつける。その所作一つとっても無駄がなく、洗練されている。カップをソーサーに置く音すら上品に聞こえた。

 

「それにしても、聞いていた通りに頭のキレがいい。身を隠すために人里を離れるのではなく、あえて不特定多数が集まる場所を選ぶ。木を隠すなら森の中、これも五条君の教えかい?」

 

「いやぁ、そこまでは。()()()()は呪術師である前に武術家、亡くなったおじいさんの教えじゃない?」

 

「五歳から太極拳を元にした武術の手解きを受けている、なるほど術師としての成長が早いわけだ」

 

「教えを乞う姿勢も非常に良いです。私が証券会社に勤めていた話をした際には、熱心に聞いてノートを取っていましたので」

 

「え、七海リーマン時代の話したの?」

 

「あなたが『脱サラ呪術師』と紹介したのが発端です」

 

 七海のこめかみに再び青筋が浮いたが、やはり悟は笑って流した。

 

「そしたら、適当な任務に(かこつ)けて捜索させようかな。僕はちょっと京都の方に呼ばれちゃったから、七海と伊地知に付き添いをお願いする形になると思う」

 

「休日出勤はお断りです」

 

「休日手当、出しちゃうかもよ?」

 

 悟はそう茶化しながら席を立つ。七海は呆れた様子でため息を吐いた後、コーヒーを一口飲む。こちらは冥冥と対照的に、事務仕事の片手間に飲んでいる雰囲気だ。

 

「冥さんの方にも、()()振り込んどくから。期待しといて」

 

 そう言ってひらりと手を振って、悟は立ち去った。

 

 

 

 一週間ほど経った日の朝。高専の黒い制服に身を包んだ一年生三人が、ホワイトボードのある会議室に召集されていた。ホワイトボードには上野周辺の詳細な地図と、いくつかの赤丸が書き込まれている。その横に立つのは七海建人だ。

 

「正式に通達が下りました。まずは宮城島君を呪詛師として追跡、捕縛する一級相当任務があります」

 

 七海の言葉を受けて、恵が控えめに手を挙げた。

 

「公開死刑の件については、どうなるんですか」

 

「身柄がなければ死刑もクソもない。加えて、五条さんが上層部と掛け合い、蓄呪操術(ちくじゅそうじゅつ)の中でも特に異質な、呪力を蓄積する体質について調査することが決定したようです」

 

「なにそれ、人体実験ってこと?」

 

 野薔薇の指摘に七海が口を開く。

 

「話は最後まで聞きましょう。要するに、事実上公開死刑から封印へ、処罰が変更されました。封印空間については、虎杖君が詳しいでしょう」

 

「あー、あのお札いっぱい貼ってある部屋。思い出すと寒気するな、結構薄気味悪い感じだった」

 

「封印対象の呪力を封印するための部屋ですからね、虎杖君がそう感じるのも無理ないでしょう。そして、宮城島君の捕縛に関して上層部が議論した結果、面識のある私が任命された──というより、五条さんが無理やりねじ込みました」

 

「さっすが先生!」

 

 浮かれた様子の悠仁に対して、七海がデコピンをする。たかがデコピン一発で、悠仁は大きく仰け反った。

 

「え、なにその威力」

 

 野薔薇が驚いて声を漏らす。野薔薇も恵も目を点にしていた。

 

「私の術式、十劃呪法(とおかくじゅほう)です。対象の長さを線分して、七対三の点に強制的に弱点を作り出すものです」

 

「それ俺で実演しなくてよくない!?」

 

「虎杖君、呪力によるガードの質が上がりましたね」

 

「え、えへへぇ。そんな褒められてもぉ」

 

「褒めていません。無論貶しもしません。虎杖君の呪力操作が上達したことは事実。そして、君たち三人を招集したのは、私と同じく宮城島君と面識を持つという事実があるからです」

 

 悠仁と違い、野薔薇は七海の事務的な態度に少々表情を固めた。この七海を悠仁はナナミンと呼ぶのだから、悠仁のコミュニケーション能力は計り知れない。

 

「私、この人との接し方よくわかんないかも」

 

「心配ない、結構優しい人だ」

 

「聞こえていますよ」

 

 七海に指摘され、野薔薇と恵は口をつぐんだ。七海はそのままホワイトボードに貼り付けた地図を、キャップを閉めた赤ペンでコンコンと叩く。

 

「宮城島君の目撃情報は、現在上野に集中しています。」

 

「なんで上野?パンダ?パンダ先輩連れてく?」

 

「……虎杖君」

 

「あ、スンマセン」

 

「場所にもよりますが、閉所が多い。また、真っ直ぐ南下すればすぐに東京駅にアクセスすることもできる。退路を複数用意している、と考えていいでしょう。上野駅近辺には公園もあります。以前芝生の上ですぐに入眠したという報告も耳にしていますので、彼にとって公園は最適な寝床と推察できます」

 

「あー、日向ぼっこしながら寝たっけ。起こされる時、加勁と律勁の応用?で起こされたんだけど。急にシャキってして面白かったなぁ」

 

「虎杖君、その情報は共有していますか」

 

「え、してないけど」

 

 七海が一つため息を吐いた。呆れを振り払うように首を横に振って、口を開く。

 

「宮城島君の術式の発動条件は恐らく()()。直接手で触れた対象に加勁を施した上で、被術者に対して精密な律勁を作用させることができるのでしょう。彼は今まで味方の強化に加勁を使い、律勁単体の場合、釘崎さんの報告にあったように人の意識を刈り取ったり、あるいは内側から呪力が爆ぜるような挙動を示す場合もあります」

 

「実質触れたら即アウト。ただ、宮城島が無暗に攻撃するとは考えづらいです」

 

 七海の推測に、恵が意見する。それを受けて七海は一つ頷いた。

 

「私も、彼が好戦的に対応してくることはあまり想定していません。ただしこちらからの呼びかけや捕縛の対応次第では、攻撃してくる可能性はあります。そうなった場合、近接戦闘を主とする私は少々相性が悪い。そのための布陣です」

 

「要するに、虎杖が交渉役、私と伏黒が後衛、七海さんが遊撃ってこと?」

 

「虎杖君に任せきりにすると、根本的な解決は難しいでしょう」

 

「酷くない!?」

 

 悠仁の抗議を無視して、七海は続ける。

 

「交渉自体は全員で慎重に行います。交渉が決裂した場合、伏黒君と釘崎さんをメインにした迎撃陣形を取ります」

 

 恵が顎に手を添えながら、疑問を口にした。

 

「もし、歌舞伎町の時みたく逃走全振りだったら?」

 

「足を切ります」

 

 七海の端的な言葉に、場の温度が下がったように感じられた。それでも、彼は説明を続ける。

 

「無論、反転術式による治癒が前提です。しかし逃げられては交渉も何もありません。私の術式を使えば、加勁越しでも足くらい切断できます」

 

「ナナミンが動くより前に説得、最悪でも拘束、だな」

 

 悠仁の言葉に恵と野薔薇が頷いた。そんな彼らを見た七海がほんの一瞬、微笑んだような、アンニュイなような複雑な表情をしたことは、この場の全員が見逃していた。




「地道ですが、ここからは主に徒歩で捜索します」
「あいつ綺麗好きだけど、大丈夫かしら」
姉様(ねえさま)ったら、らしくないですよ?」
「え、誰?なんで分かったの?」
「あの冥さんが動いてるんですか。」
「そんな悠仁が、キツイんだよ……」
次回:テンポ・エスカッパート-肆-
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