伊地知の運転する黒塗りのセダンで、一行は上野公園の中でも、比較的駅に近い駐車場に到着した。全員が降車したのを確認して、七海が指示を出す。
「地道ですが、ここからは主に徒歩で捜索します」
言いながら、スマホを取り出して撮影しておいた上野近辺の地図を表示する。
「赤丸をつけた場所は、いずれも宮城島君が休眠のために野宿していた場所です」
「あいつ綺麗好きだけど、大丈夫かしら」
「性格からの分析、核心を突いていますね。シャワー目的でネットカフェを利用している可能性も含めて捜索しましょう」
「マックスコーヒー売ってるとこ探した方が早くない?」
「飲料を扱う店舗は非常に多いです。虎杖君の分析も悪くはありませんが、総当たりで捜索できるほどの人員はありません。ただ、記憶の片隅に留めておく価値はあります」
野薔薇、続いて悠仁から得られた情報が、そのまま捜索の指針として定められた。その情報を黙って聞いていた恵が、口を開く。
「着替え、消耗品、あと雨宿りとか。そういうこと考えると、意外と駅中とか有り得るんじゃないですか」
「そうですね。外と中、時間を分けて探してみましょう」
一年生の曖昧な情報から、具体的な方針を組み立てる七海。シワ一つないのに、どことなくくたびれたように見える仄かなグレージュのスーツ姿も相まって、彼の積み上げてきたキャリアを証明していた。
そして、そんな一行を見つめる一羽のカラスがいた。
とある高級ホテルの一室。ソファでくつろぎながら、目を閉じている冥冥の姿があった。そんな彼女を見て、淡い水色のショートカットヘアの男の子が口を尖らせて、変声期前の可愛らしい声で切り出す。
「
「私にも思うところがあるんだよ、
冥冥の言葉を聞いて、恍惚とした表情になった憂憂が身振り手振りを交えて興奮気味に返す。
「それはもう!姉様の活躍を後世に伝えるため、しっかり覚えています!重力をものともしない軽やかな動き!舞うように振るわれる
そんな語りすぎな様子の憂憂に、冥冥は目を閉じたままほくそ笑んで耳を傾けていた。
「そう、その大量呪霊テロを起こしたのが、
冥冥の語る口調に変化はない、いつも通りの妖艶な声色だ。しかし、その発言内容には嘘も偽善もない、確かな意思が感じられる。
「このまま彼を野放しにすれば、いずれ円安が激化する。だから、見ておくんだよ」
「姉様ったら、ホント守銭奴!」
言葉に反して、何故か憂憂はとても嬉しそうにしていた。そんな彼を愛でるように撫でながら、冥冥はスマホを取り出して少し操作した後、耳に当てた。
七海の懐で着信音が鳴る。彼は無駄のない所作でスマホを取り出して通話に出る。
「はい、七海。……はい。そうですか、分かりました」
短いやり取りの後、七海は通話を切ってスマホを懐にしまった。
「三人の推測が合致したようです」
「え、誰?なんで分かったの?」
「冥冥一級術師。彼女はカラスを操り、視覚を共有することができます」
悠仁の疑問に答えた後、七海は続けて言う。
「ネットカフェに短時間滞在した後、スーパーに入店、ビニール袋を提げて退店。そこから上野駅方面に歩いているとのことです。服装は半袖にステテコ、リュックサックを担ぎ、太刀は布に包んで抱えているそうです」
詳細な情報を耳にした恵が、顔を引きつらせた。
「あの冥さんが動いてるんですか。お金、大丈夫なんですか?」
「……曰く、『市場が荒れる前に動いてほしい』とのことです。目先の利益ではなく、将来の利益損失を防ぐ目的のようです」
七海の表情に変化はないが、どことなく呆れた様子の声色に聞こえる。それを気取った野薔薇が苦笑いを浮かべて口を開いた。
「守銭奴?」
「冥さんにとっては誉め言葉ですね」
七海が答える。
「第一印象の情報濃すぎない?」
「冥さんはそういう人だ」
恵が答えた。
「まぁ、協力してくれるんなら悪い人じゃないだろ!」
そして悠仁の楽観的な言葉で締めて、一行は優太の到着予測地点に向けて歩を進めた。
そんなことなどつゆ知らず、優太は順当に駅方面に歩いて向かっていた。片手には飲みかけのマックスコーヒーの缶が握られている。
「いやぁ、売っててよかった。いつもネットで取り寄せてるから、探すの苦労したなぁ」
そう言ってマックスコーヒーの缶を傾けて、顔を綻ばせる。しかし、上野公園に続く階段の先を見上げた瞬間、四つの人影を目にして彼の表情は固まった。
「優太!」
目を伏せて立ち去ろうとした背中に声が投げかけられ、優太の足が止まる。悠仁の声色に心配が混ざっていることくらいは、流石の優太でも分かったからだ。
「帰ろう。帰って、ちゃんと話そうぜ」
「やめてくれ」
悠仁の声に振り向かないまま、優太は答えた。その声色は震えていて、絞り出すように口を開いたことは背中越しでも伝わった。悠仁は拳を固く握り、言葉を紡ぐ。
「やめねぇよ。俺たちが止めなきゃ、他の術師がどう対応するかわかんねえんだ。だから、今ここで──」
「悠仁」
彼の言葉を名を呼ぶことで遮り、優太が振り向く。眉尻が下がり、唇を固く結んでいる。感情を飲み込むように喉仏を上下させてから、優太は口を開いた。
「そうやって、俺の罪も、傷も、全部受け入れて接してくる。そんな悠仁が、キツイんだよ……」
言葉を失った悠仁。一瞬の沈黙を破ったのは、野薔薇だった。
「私はあんたの罪を受け入れたりはしない。でも、私が原因だったと思ってる。だから教えて、私の何がダメだったのか。直すから、ちゃんと言ってよ」
野薔薇の言葉に優太は小さく首を横に振って、悲しげな表情のまま返す。
「違う、釘崎のせいじゃないんだ。ちょっとした言葉が、俺の嫌な記憶に刺さっただけなんだ。釘崎は悪くない」
「なら!その嫌な記憶を教えてよ!私絶対、そいつと同じにならないから!」
「知ってる!」
二人は声を荒げた。周囲を行く人々は喧嘩か何かと思ったようで、徐々に離れていく。
「釘崎が嫌な奴じゃないことくらい、知ってる。でも、今更戻ってどうなる。大勢傷付けた、今度は拘禁じゃ済まないだろ」
「今戻れば、呪詛師認定は避けられるだろ」
恵が静かに言った。続けて、七海が口を開く。
「五条さんの説得により、処罰は封印に留められています。そこで事情聴取や、君の体質についての調査はあるでしょう。しかし定められた期間服役すれば、日常に戻れます」
二人の言葉を受けて、優太は俯きかけた顔を上げた。見れば、昼下がりの太陽を背負った彼らが頼もしく映った。
「俺、帰れるかな」
一段、階段を踏みしめる。
「帰れるって!」
悠仁の言葉を受けて、二段目を踏みしめる。
「昔の事、胸糞悪い話だけど、聞くん?」
優太が問いながら、三段目を踏みしめる。
「呪術師やってりゃ、胸糞悪いことなんていくらでもあるわ」
野薔薇が鼻で笑ったのを見て、四段目を踏みしめた。
「封印、割と長いです?」
優太は七海に尋ねつつ、五段目に足をかける。
「今のところ未定。ただ、いつまでも封印しておくほど、部屋が無限にあるわけでもありません」
五段目を踏みしめて、六段目に足をかける。
「長引いても、俺らが一級になって、直談判してやる」
恵の励ましを聞いて、優太が七段目に足をかけようとした時。優太の背後に突如、人影が現れて、悠仁と七海が目を見開いた。
肩を組むようにして優太の動きを制した
「優太離れろ!そいつは呪霊だ!」
悠仁が叫ぶ。その人型呪霊は指の間に得体の知れない
「これ、俺の術式で小さくした人間。こうなりたくなかったら、動かないでくれる?」
「改造人間、面白いでしょ」
「お前、何しに来た」
「前回より随分と明確な目標ですね」
「聞くな宮城島!」
「勘違いすんな。消去法で選んだだけだ」
次回:テンポ・エスカッパート-伍-