軽い口調で語る男は、優太の反応を確かめるように横目で顔を見た。優太の瞳が緋色になって、呪力視を始めている。
「……嘘だろ。死んでるのに、死んでないじゃん」
「あ、分かる?魂の形をいじってるんだよね」
長髪を房のようにしている人型呪霊は、ケラケラと笑って事も無げに言った。優太は顔を引きつらせつつ、身じろぎができないでいる。
「魂とか、見えんけど。ちゃんと呪力を帯びてる。人間をこんな圧縮したら、普通死ぬだろ……」
「死ぬ奴は死ぬね。でも、俺の術式を使えば──」
その呪霊は、器用に指に挟んだ
「──こうやって、割と自由にサイズ変えれるんだよねぇ。改造人間、面白いでしょ」
改造人間と呼称されたそれは、悠仁たちを見据えるようにして待機している。状況をすぐに理解した全員が、動くに動けなくなった。
「面白いわけあるか。人間をオモチャみたいにしやがって、お前を祓うためなら、俺はここで死んでも構わない」
「逃げの算段ならついてるよ?俺、自分の体も自由に変えれるから」
その言葉に嘘偽りはないように見えた。実際、この呪霊がいつから、どこから現れたのか、人型として現れるまでこの場にいる全員が察知できていない。
「七三術師、それから虎杖悠仁。一か月ぶりくらいかなぁ?」
「お前、何しに来た」
悠仁が構える。しかし呪霊が肩を組むようにして優太を拘束しているせいで、踏み込むことができない。
「宮城島優太の拉致、または殺害」
先ほどまで子供のように話していた呪霊とは思えぬ言い方に、七海はジャケットの背中に隠していた鉈を抜き放つ。
「前回より随分と明確な目標ですね。一度失敗して、
「前のは失敗とは思ってないよ。虎杖悠仁の目の前で、
悠仁が、怒りで目を大きく見開く。
「ペラペラと、口が回るな。ご機嫌か?」
「割と機嫌いいよ、今はこうして有利を取れて──る、し?」
呪霊の背中から腹部を、何かが穿った。階段にこびり付く鮮血、舞い落ちる黒い羽。
──冥さんナイス!
この場の全ての術師が思った。優太はすぐさま姿勢を低くして、布に包んだ鳴弦を、鞘を投げるようにして抜き放つ。
「
恵がカエルの掌印を組む、彼の身の丈ほどの大きなカエル型の式神が影から顕現して、素早く舌を伸ばす。
優太が改造人間を逆袈裟に斬り上げた勢いのまま回転、呪霊の首を切り落とすと同時に、優太の胴にカエルの舌が巻き付けられる。しかしその呪霊は──
「ぐえ」
ふざけた表情を作って首を跳ね飛ばされた後、すぐに首が癒着して、優太の太刀を握る右腕を掴んで綱引き状態に持ち込んだ。見れば、胴に穿たれたはずの穴も塞がっている。
「残念。俺、普通の攻撃効かないから」
「ちょっとは効けよ、気色悪いっ」
焦った表情で言った優太を無視して、呪霊は悠仁の方を向く。
「動いてくれるなよ虎杖悠仁。今度はこいつを、お前の目の前で殺す」
「やめろ!!」
優太の脳裏に、某日の記憶が過る。制服に穴を開けて、表情を無くして夜遅くに帰ってきた悠仁の姿。この呪霊の発言で、点と点が線になる。
「テメェがやったのかよ、悠仁の友達」
「そうだよ、俺が殺した」
悪びれた様子もなく言って、呪霊は優太を引く力を強める。宙吊り状態の彼を支える蝦蟇が、同時に地を滑る。
「順平もそう、お前もそう。聞き心地のいい言葉を信じて、騙される」
「……何が言いたい」
「高専はお前をモルモットにしたがってる。
「呪霊の
「お前は本来公開死刑だった。それを、五条悟が蓄呪操術の研究を餌に封印に変更させた。そうだろう?七三術師」
「切り刻む必要はありません、高専の呪術に対する研究レベルの高さを甘く見ないでもらいたい」
「でも、必要があれば切り刻むでしょ?特にへその辺りとか、どの臓器が呪力の蓄積器官として働いてるのか見たいでしょ」
呪霊の言葉に、七海は言葉を詰まらせた。実際、七海は現場の人間なので、研究者がどのように研究するのか、その全貌は知らない。だから、答えられない。
そして、七海が答えられない事実が、優太に猜疑心を植え付けた。
「刑罰としての封印じゃなくて、実験対象としての封印……?」
「そうだよ」「違います」
相反する意見が衝突した。それが余計に優太の心理を揺さぶる。
「ははっ、揺らいでるね。魂だけじゃない、顔だけで十分わかる」
「宮城島君、呪霊の戯言です!」
優太が顔だけ振り返る。そこに映るのは、恐怖。
「なんで、七海さんが焦ってんの……?」
優太は七海を正しく理解していた。“事実に即し己を律する”、そんな人物が、
「大丈夫だって!俺の死刑だって、五条先生が実質無期限に先延ばししたって言ってた、優太が実験動物にされるとか、五条先生がさせないって!」
実例としてそこに在る悠仁が口を開く。しかし優太は、悠仁の境遇についても正しく理解していた。
「悠仁のは、いつ集まるか分からない宿儺の指二十本、全て取り込むのが条件でしょ……?俺のは、体がそこにある時点で他の言い訳できないじゃん」
沈黙が落ちる。優太の周囲に対する異様な観察能力が、最悪の形で露呈している。彼は顔を呪霊の方に戻して、口を開く。
「俺を拉致って、お前らは何をするつもりなの」
「聞くな宮城島!」
恵の遮る言葉を聞いて、呪霊は不気味な笑みを湛えている。
「聞くな、だって。どうする?」
「……俺は、人として扱ってほしい。上層部が俺をサンプルとして欲しがってるなら、それは俺の気持ちに反してる」
「呪霊側に付けば、人に成れるんじゃないかな?
「自由……」
優太は俯いて考える、数秒。彼は右手で持っていた鳴弦を空いた左手に持ち替えて、胴に巻き付いた
呪霊はそれを見て、優太の選択を察し、掴んでいた腕を離した。あまつさえ、両腕を広げてポーズまで取っている。
「歓迎するよ、宮城島。名前長いね、あだ名付けてあげよっか」
「勘違いすんな。消去法で選んだだけだ」
呪霊はつまらなさそうな表情を作って「ちぇ~」と言った後、懐から紙切れを取り出して、優太に渡す。
「そこで落ち合おう。
優太は顎を引くように頷いた後、その身に加勁を纏わせ、残像を置いて姿を消した。
「拉致のつもりが仲間にしちゃった。文句ないよね、宮城島の選択だもん」
呪霊の言葉に答える代わりに、悠仁が飛び出して拳を繰り出す。しかしそれは階段を陥没させただけで、呪霊の姿はない。気づけば、蛇のように体を変形させて排水管に逃げ込んでいた。
「逃げんな!」
「戦いはまた今度にしよう。バイバーイ」
そう言って呪霊も姿を消した。恵が
「なんだこれ、呼吸するみたいに
「協力者がいるような発言もありました。おそらくその者の仕業でしょう」
同じく呪力視をしていた七海にも、追跡は難しいようだ。そこへ、着信音が響く。七海は懐からスマホを取り出し、スピーカーにして応答した。
「はい、七海。スピーカーでも構いませんか」
『構わない、というよりそうしてくれていいよ』
声の主は冥冥。全員が彼女の次の言葉を待った。
『カラスでは追いきれない。進行方向の予測地点にも飛ばしてみたけどまるで見当たらない。地下か、洞窟かな。あるいはもっと複雑な場所かもしれない』
「あなたでも追いきれないとなると、捜索は難航しますね」
『円を売るなら今にしておきな。彼は自ら進んで呪霊と手を取った。あの体質と術式だ、呪霊、呪詛師がどう利用するかは未知数だからね』
「上層部への報告は」
七海が淡々と問い、冥冥が淡々と答える。
『私はしないよ。見ていたのも
「……冥さんの攻撃に関しては、伏せて報告します」
七海がため息を吐いて言った。冥冥は満足そうに一つ笑った後、通話を切った。
「上があいつを人として受け入れないんじゃ、意味がない」
「強くなきゃ、呪術師として意見を通せない。」
「たまに『ツナツナ』って言われるだけだから、よく分かんねえ」
「なんだ、随分ギラついてるじゃねえか」
「宮城島を連れて帰ったんじゃないのか?」
「……こんぶ」
次回テンポ・エスカッパート-陸-