呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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アンサンブル

「『伏せろ』」

 

 呪力を帯びた特有の反響を伴う棘の声が、悠仁を標的にして容赦なく放たれる。悠仁は耳に呪力を集中させてガードを作りつつ、動きが強制されそうになる体を呪力強化した体で持ち直した。

 

 それを見て、棘は満足そうな笑みを浮かべる。

 

「『潰れろ』」

 

 動きではなく、現象の強制。悠仁は思わず腹に力が入って短く息を漏らしつつ、全身にかかる圧力を、呪力と筋力の両方で支えながら中腰姿勢で耐える。そこへ、小柄な棘の素早い踏み込みから繰り出されるハイキック。

 

 悠仁は自分のものとは思えない程重たい腕を、なんとか挙げて防御姿勢を作ろうとして、棘の蹴りの軌道に指先だけ掠めて数メートル蹴り飛ばされた。

 

「いってぇ。狗巻先輩、今日も容赦ねえなあ!」

 

 悠仁は受け身からすぐさま立ち上がって、ニッと笑って棘を見据える。呪力による身体強化というのも、呪術師にとっては基礎的な技術の一つとなる。素のフィジカルが図抜けている悠仁を蹴り飛ばすことも、実力のある術師であれば可能なのだ。

 

「しゃけ!」

 

 棘はピースサインを悠仁に見せながら、当然と言いたげな表情でそう言った。それから続けてサムズアップに作り替えて、コクコクと頷いた。

 

「ん?んー、褒められてる」

 

「しゃけ」

 

 棘はそう言うと、悠仁が取った防御姿勢を真似して、空いた手で蹴りの軌道を描くようにしながら、その軌道に指先が到達する状態と、到達していない状態を繰り返して見せた。

 

「あっ、確かにちょっとずつ動けてるかも!」

 

 どうやら棘が言いたいのは、「防御の反応が良くなってる、ちゃんと動けてるぞ」ということらしい。

 

「うっし、続きヨロシャス!」

 

 悠仁はそう言って、耳を含めた全身を呪力で(みなぎ)らせていく。しかし、そんな悠仁を見て棘が首を横に振った。

 

「おかか」

 

「え、なんかダメ?」

 

 棘は自分の腹、へその辺りを指さして、そこから胸、肩、腕、手までをなぞるように指を走らせた。

 

「呪力を、流す……?」

 

「しゃけ!」

 

 棘は満足そうに言って頷いた。そこへパンダがのっそりとした歩みで近づいてくる。

 

「呪力ってのは流した方がコスパいいんだ。悠仁が今やったのは、例えるならコップから(あふれ)るくらい水を注いだ状態、棘が言ってるのは呪力の通り道を作れってことだろ」

 

「そっか、下手に呪力を出しすぎると呪力切れを起こす、とかって五条先生も言ってた」

 

「悟のことだ、ちゃんと説明してないんだろ?呪力切れってのは厳密に言えば、『呪力を使ったアレコレができねえ』って話だ。身体強化、呪力視、術式、全部呪力を使ってる。そういう土俵(リング)の上で呪力を出しきるってのは、ファイターにとってスタミナを使い切るのと大体同じ意味になるんだ」

 

 パンダが、パンダに似つかわしくない五指を使って指折り数えて具体例を挙げながら説明した。その横で、腕を組みながら棘が頷いている。パンダの身の丈は百九十センチを超えるうえに横幅もあるので、棘がより小柄に見える。

 

「ってことは、守るにしろ攻めるにしろ、呪力を()()方が、戦いが長引いても余裕が生まれる?」

 

 首を傾げた悠仁の肩に、パンダがポンと手を置いて肯定した。

 

「そういうことだな。まぁ中には呪力総量のごり押しで(みなぎら)せる異例もいるんだが、悠仁は別に呪力総量が桁違いなワケじゃないからな。俺はちょっとスポドリ取ってくるわ」

 

 そう言ってパンダはグラウンドの外に向かってのっそりと、しかし広い歩幅で歩いていった。野薔薇の方に目を向けると、やはり投げ飛ばされたらしく、地面に大の字で転がって息を整えているのが見えた。

 

 

 

 そんな野薔薇に一つの影が落とされた。野薔薇が見上げると、そこにはタオルを差し出す真希の姿があった。

 

「野薔薇、お前なんで毎回パンダにいなされて飛ばされてるのか、分かってるか?」

 

「私の基礎体力が足りないとか、そういう話なら最近トレーニング組んでますけど……」

 

「お前の近接格闘は、お前が思ってる以上に大振りなんだよ。パンダはあの巨体の割にコンパクトに動ける。お前が一撃殴る間に、パンダは三回は殴れる」

 

 自信なさげに答えながらも、自分でトレーニングを組んでいる野薔薇に少しだけ感心した表情を見せた後、真希は差し出したタオルを野薔薇の顔に被せるように落としながら説明した。野薔薇はそのタオルで顔の汗を拭いながら上体を起こす。

 

 少し離れたところを見ると、恵も同じように肩で息をしながら、ダオの切っ先を地面に突き立てて杖代わりにして消耗しているのが窺えた。

 

「野薔薇は釘を打って飛ばすって戦闘スタイルのせいで、金槌は大振りに振るものって先入観があるんだろうが、実際は(ちげ)ぇ。金槌で釘を板とかに打つ時は、もっと小ぶりに振るだろ」

 

「それ工作の時ですよね?小さく振ってダメージって出るんですか?」

 

「出る」

 

 即答気味に真希が言って、手に持っていた棍を刀に見立ててその先端を指さした。

 

柄打(つかう)ちって攻撃の仕方が刀にはある。殺さないことを目的にしてたり、刀を鞘から抜く時の隙を無くすための抜刀術だったり、理由は色々だが、基本的に超近距離での牽制が目的になるな」

 

「柄打ち……」

 

 野薔薇は真希が言った言葉を舌の上で転がすように呟いてから、金槌のグリップを見つめた。それを認めて真希が鼻を鳴らして笑った。

 

「金槌は本当に釘打つだけの道具か?釘を打つ面だけが武器になるのか?」

 

 真希は野薔薇へそう問いかけてから、不敵な笑みを浮かべた。

 

「私なら全部使う。釘抜きの部分の鋭利なとこも、グリップも。ヘッドとグリップの継ぎ目に指引っ掛けて回したりとかな」

 

「短く持ってリーチを狭めたように見せて、くるっと回してグリップで殴る、みたいな感じですか?」

 

 野薔薇の素早い理解に真希は満足そうに一つ笑った後、補足するように続けた。

 

「それだけじゃねえ。回すってのはそれだけで威力になる。私はそのまま投擲にも使っちまうが、お前の場合はそうもいかないだろ。ただ、円運動ってのは盾にも使えるんだぜ」

 

 真希はそう言って数歩離れてから、持っていた棍の中心を持って手首の回転を使ってゆっくりと回し始めた。

 

「棍みたいな長物は一番わかりやすい。こうやって回すだけで防御と攻撃が同時に成立するんだ」

 

 野薔薇はその様子をまじまじと見ながら、動きを参考にしつつも真希の流麗な棍の扱いに見惚れて半端に口が開いていた。

 

「……アホ面になってんぞ」

 

「あっ」

 

 野薔薇は隠すように手元のタオルで顔を覆った、ちょうどそこにスポーツドリンクのペットボトルを抱えて持ってきたパンダが帰ってくる。

 

「おう、真希も飲むだろ」

 

 どうやら人数分買ってきていたようで、真希に向けて二本を放物線を描くように投げてから、野薔薇の横にペットボトルを置いた。真希は器用に片手でペットボトル二本を空中でキャッチする、という曲芸じみた受け取り方をした。

 

「なんだ、恵の分も買ってきたのか」

 

「悠仁と棘の分もな」

 

 パンダはさも当然といった風で、優しさの押し売りのような気配は微塵もない。彼(?)にとって、人の世話を焼くことは当たり前のことで、趣味のような雰囲気すらある。

 

 ドリンクを受け取った真希が恵のところへ向かうと、恵はあぐらをかいてダオを膝の上に置いた状態でなにやら思案しているようだった。

 

「どうした、扱いづらいか?」

 

「いえ、ダオは初心者の俺でも使いやすいです」

 

 真希の問いかけに、恵は思案顔のまま答えた。そのまま、不思議そうな顔で真希を見上げる。

 

「俺、術式の関係で手はすぐにフリーにしておきたいんです。真希さんは、呪具二個以上持ち歩くのザラですよね、普段呪具ってどうやって持ち歩いてるんですか」

 

「パンダに持たせてる」

 

 聞かなきゃよかった。視線を手元に戻した恵の表情は、そんな胸中を雄弁に語るような呆れ顔だった。




「掌印抜きで式神は出せますけど」
「いや、そこまでは知らねえよ」
「伏黒の影も四次元ポケットになる!?」
「ツナ」
次回:アンサンブル-弐-
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