各々の課題が明確となったことで、それからの強化合宿はより一層本格的なものとなった。
あのフィジカルモンスターの悠仁は、持ち前の瞬発力に制限をかけて、ゆっくりと体を動かしながらイメージトレーニングをしていた。呪力の流れる経路を全身に刻み込むようにしているのだ。それは奇しくも、優太が毎朝欠かさず行っていた
恵はダオを左右どちらの腕でも振るうことができるようにするため、素振りを繰り返し、ダオを使わない時はダオを影の中に収納して取り回しを確認していた。時折、棘や真希にダンベルを影の中に収納させられた状態の筋トレもさせられていた。
野薔薇に関しては、パンダが付きっきりになってミット打ちを繰り返していた。とにかくコンパクトに、ジャブやローキックといった出の速い技をひたすら繰り返し、大振りな攻撃を意識から外す訓練だ。
「皮肉なもんだよなぁ」
沈みゆく西日をつぶらな瞳で眺めながら、パンダが不意に呟いた。一年生たちは既に撤収していて、ここからは二年生の自主練習の時間だ。
「なにがだ」
木刀を片手に、柄に当たる部分を力まずに持って徐に木刀を回転させていた真希が、視線を向けずに言葉だけで反応した。
「あいつらが強くなろうとしてるやり方って、結果的にあいつらが追ってる宮城島の日課と同じなんだろ?野薔薇が言ってたぜ?」
「……太極拳、だったか。ろくに顔も合わせねえまま出ていっちまったからな、私らはよく知らんが。確かに、武術をやるやつは毎日地味な鍛錬を繰り返してる」
真希は武術家というわけではなく、生まれつき運動神経が異常に高いフィジカルギフテッドである。しかし呪具を扱う都合上、様々な武器の扱いを繰り返し練習して体に覚えさせたのだろう。
「組織的にはもう呪詛師扱いなのに、あいつらのトレーニングの影にはいつもその宮城島がチラついてるんだよなぁ。宮城島ならどうする、宮城島ならこれはやらない、みたいなよ」
まるでその言葉を断ち切るように、真希が木刀を素振りして空を裂く音を鳴らした。
「上層部を黙らせる理由なんざ、ご立派なものじゃなくていいだろ」
「しゃけ」
真希自身、禪院家という呪術界の名門に生まれながら、術式を持たず、呪力は一般人並みという体質から家の中での扱いに不満を覚え、実家を見返すために呪術師になったと語る人物だ。そして棘も、そんな真希を肯定するように
「俺は人間じゃないからよ、そういう考えはよく分からねえ。できるかどうかも分からない未来のために、血反吐吐く思いで頑張っちゃったりさ。ま、そういう俺にない部分が好きなんだけどな」
パンダはそう言って
「感傷に浸ってるとこ
「そうだな」
素振りを終えた真希に向かい合うようにして、パンダがのっそりと立ち上がった。名前の通りにパンダの外見を有しているパンダの巨体は、拳を構えるだけで威圧感がある。しかし真希は木刀を正眼に構えて、獰猛な笑みを浮かべる。
次の瞬間、真希が地を蹴って駆け出した。速い、五メートルの間合いを即座に潰す踏み込み。そこから繰り出される突きを、パンダが構えていた拳のフックで木刀の腹を殴って軌道を逸らし、左の拳でカウンターを繰り出す。
真希は即座に右足を蹴り上げてそのカウンターをいなし、逸らされた木刀を振り上げて袈裟懸けに振り下ろす。パンダはその軌道の内側に潜り込むようにして回避しながら、左手を引きつつ右の裏拳で真希の木刀を握る手を狙う。
そこへ、真希が柄打ちを繰り出して攻撃が相殺され、膠着状態にもつれこんだ。
「相変わらず、巨体に似合わねえ動きするな!」
「お前は見た目の割にパワー強すぎんだろ」
真希もパンダも、実力の拮抗する戦いに獰猛な笑みを浮かべている。パンダが真希の木刀の柄を、真希がパンダの右拳を弾くようにして膠着状態を解いて、そこからが苛烈だった。
パンダの両拳が残像を残しながら、ラッシュを叩きつける。真希がその全てを木刀で迎撃する。どちらかが一手でも上回れば、そこから崩れるだろう。激しい打ち合い、それを制したのは──
「えいっ」
ふっと身を引いてから、踵を返して尻を突き出し、持ち前の重量でゴリ押しをしたパンダだった。真希は防ぎきれずに飛ばされて、地に背中をつけた。
「お前それ、格上相手じゃ通用しねえだろ……」
上体を起こしながら、真希が呆れたように口にした。
「格上が来たらお兄ちゃん核使うから、戦い方が変わるんだよ」
パンダは間延びした声で、自慢げに言った。奥の手のようなものだろう、真希はそれを知っているようで、つまらなさそうに鼻で笑った。
「短期決戦できなきゃ意味ねえだろ、お前のゴリラモードは」
パンダがお兄ちゃん核といったそれは、ゴリラモードというらしい。パンダは図星を突かれたようで、巨体に反して器用な指先で頬を掻いた。
「そりゃそうなんだがよ。そういう相手からは逃げればいい」
「もう一個あんだろ、そっちは使わねえのか」
「お姉ちゃん核はなぁ。照れ屋だから、使うとか使わねえとか、そういう話じゃねえんだよ」
「へぇ、難しいんだな」
「こんぶ」
真希とパンダの稽古を地面に座って見ていた棘も、どこか同調するような、頑張れとでも言いたげな視線で言った。
「難しいで言えば、棘も大概だよな。日常会話はおにぎりの具で語彙を絞って、呪言の暴発を防いでる。俺らはもう分かるけどよ、悠仁とか、まだ分かってねえんじゃないか?」
「……しゃけ」
"難しい"と言われたパンダが、棘の相槌を聞いて思い出したように言って、棘が頷きながら肯定した。「しゃけ」はどうやら肯定の意味らしい。
「それでもコミュニケーションが取れるのが悠仁らしいよな。あいつコミュ力高いし」
「『宿儺の器』ってだけ聞いた時はどうなんだって思ったがな。実際付き合ってみたらわかる、あいつは術師らしくないほどに善人って感じだな」
パンダの言葉に真希も肯定するように話した。それから、どこか影のある表情になって呟くように続けた。
「そんな悠仁が一年の中で唯一名前で呼ぶようなやつなんだろ、宮城島は。ユウタってだけだと憂太と被るし、私は絶対呼ばねえけど」
「それ言う必要あったか?」
ゴチン、と硬い音がした。真希がパンダの頭を木刀で殴って、パンダが殴られた頭を押さえていた。
「とにかく。悠仁にとっちゃキツい戦いになるだろ。呪霊サイドに行った友達を奪還するんだ、本人と戦う可能性だってある」
「野薔薇にとっても、だな。あいつが宮城島の話する時の雰囲気、真希が憂太と話してる時に似てるからな」
パンダがそう言ってケラケラと笑って、その頭を再び木刀で殴られた。
「野薔薇のと私のは
「"も"、なんだな」
再びパンダの頭上に降りかかる木刀を、パンダは白刃取りの要領で受け止めた。
「
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
「……おかか」
棘の目は「違わないだろ」と雄弁に語っていたが、パンダと違っておにぎりの具で喋っているおかげか、殴られることはなかった。
「悟か。どこ行ってた」
「ちょっと面白いことがあってね。特級に襲撃された」
「課外授業とか言われて、一瞬で連れていかれた」
「人間と呪霊が手を組むって……。」
「特級とか、どっち側とか、どうでもいい。」
「呪術師やってりゃその辺の境界ボヤけるだろ」
「すじこ……」
次回:アンサンブル-肆-