呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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ファースト・セッション-弐-

 悠仁の爆発的な加速からワンテンポ遅れた、弓歩へ重心を送った優太。彼はそのまま倒れ込むように前屈みになった、刹那。後方に控えていた野薔薇は優太を見失った。

 

「は?」

 

 野薔薇が気付いた時には、既に走っていた悠仁の隣に低姿勢で走る優太がいた。

 

 悠仁を追い越した優太の縮地は、無数の目を持つ呪霊すら反応が遅れた。悠仁を迎撃しようと伸ばした腕らしき不定形の呪霊の一部に、優太が食らいつく。ドンッ、という震脚で走行の勢いを止めた優太は、縮地の加速を止めた反作用の力、立ち上がる力、腕を真上に伸ばす力を全て乗せた掌打で、呪霊から伸ばされた腕を弾き上げた。

 

 好機。悠仁はそのまま呪霊の懐に潜り込み、渾身の右ストレートの拳を繰り出す。同時に左右から玉犬・白、黒が噛み付く。呪霊の動きが大きく乱れた瞬間に、野薔薇が三本の五寸釘を金槌の一回のスイングで同時に弾き飛ばす。全弾、ならぬ全釘が呪霊の本体に打ち込まれ、呪霊の動きはさらに鈍るが、祓えていない。

 

 野薔薇は不敵な笑みを浮かべて、左手でフィンガースナップの形で構える。

 

「──(かんざし)

 

 パチン、と指を弾く乾いた音の後に、呪霊に打ち込まれた三本の釘が爆ぜた。バラバラに飛び散った呪霊の肉片を、二匹の玉犬が咥えている。

 

「食っていいぞ」

 

 恵の許可が出て、玉犬は尻尾を振りながら呪霊の肉片を食べていく。残存した細かな呪霊の欠片は黒い塵が風に舞うように掻き消えていく。祓除(ふつじょ)。華々しい初陣に反して、優太は肩幅に足を開いて残心しつつ警戒を怠っていない。

 

「宮城島、今のスゲーな!なんかこう、ヒュン!って行ってドンッてなってバシーン!って!」

 

 悠仁が興奮気味に優太の横で感想を述べている。語彙が小学生だ。

 

「なに、さっきの走り方?床スレスレで走るとか初めて見たんだけど」

 

「縮地歩法ってやつだろ、聞いたことはあっても実際にやってるやつは初めて見た」

 

 野薔薇の疑問には恵が答えた。縮地歩法──それは瞬間移動の類いではない。相手の死角に低姿勢で潜り込み、一気に間合いを詰める古武術の走り方だ。

 

「じいちゃん譲りの走り方なんだよね、呪霊も視覚情報を頼ってくれてたから通用したんだと思う」

 

「視覚に頼ってなくても追い付かないわよ、普通」

 

 野薔薇の指摘はもっともだ。いかに初動で見切れたとして、静から動への移り変わりが激しい上、直線的な動きで無駄がないので普通に走るよりさらに速く接敵できる。

 

「俺のじいちゃんはもちろん追い付いたし、五条先生も追い付くから、必殺の接敵ってわけじゃない。今回は虎杖、伏黒の玉犬、釘崎の追撃があったからすんなり行けたけど、一応さっきの腕弾き飛ばした後の動きもいくつか想定してた」

 

 優太は野薔薇と目を合わせることはないものの、実戦の話になると口数が増えるようだ。縮地ですら呪術師として鍛えられた野薔薇の視界から消えたというのに、そこから組み立てられる攻撃は一辺倒ではないらしい。野薔薇は思わず呆れた顔になった。

 

「伏黒、うちの前衛はバケモノしかいないわけ?」

 

「……同感だ」

 

 恵も、野薔薇の言葉を受けて溜息をついた。前衛二枚、揃いも揃って武器もなしに異形の怪物と渡り合うフィジカルなり技量なりを持っているというのは、術式で戦う恵と野薔薇にとっては「やってらんねー」の領域に片足を突っ込んでいる。そんな呆れ顔を浮かべる二人と、悠仁とグータッチを交わす優太。前衛と後衛の温度差が著しい。

 

 

 

 一行は再び校舎内を索敵し始めた。優太が常に呪力視をしていることがわかったことで、恵は玉犬を影の中に戻して温存に切り替え、優太、悠仁、野薔薇、恵という並びで進行する。途中、人の背丈の半分ほどしかない小型の呪霊が何体かいたが、察知した優太の言葉を聞くや否や、飛び出した悠仁がことごとく拳で叩き潰して祓除したり、野薔薇が釘を打ち放っていとも容易く祓除してしまったりと、優太はもっぱら索敵要員になりつつあった。

 

「優太が入ってくれたから、俺たちめっちゃ強くなったんじゃね?」

 

 悠仁が嬉々として語っている。優太の牽制の的確さもさることながら、その恩恵で悠仁は迷わず渾身の拳を呪霊に打ち込むことができたのだ。素手で戦う者として、これほど心地よいものはない。

 

「あまり調子に乗るな、と言いたいところだが。俺も式神を出さなくていい分温存できてる。五条先生が言ってた『ちょっと大きい』反応に備えれるのは、助かる」

 

「まぁ常時呪力視くらいしかアドバンテージないし、役に立つなら良かった」

 

 優太はそう言ってケラケラと笑ったが、実際は違う。前衛として戦える上に索敵ができるから先頭に配置されていることを、優太は気付いていないようだ。そこを指摘したのは意外にも野薔薇だった。

 

「過小評価も大概にしなさいよね。あんたのバケモノ体術があるから先頭に置いてるの、わかる?」

 

 強力、だとか頼もしい、だとか言えないのが釘崎野薔薇であった。男子を相手にするときはどうにも言葉に棘が混じることがあるらしい。しかしそこに、優太の地雷があった。彼は小さく舌打ちをして、声のトーンが一段下がる。

 

「バケモノって言うな。分かんねえならせめて武術って言え」

 

「……今のは釘崎が悪い」

 

 優太にとっては祖父の肩身でもある武術太極拳。それを「バケモノ」と評してしまったのは、優太の逆鱗に触れるのも同然だった。事の仔細を知らない恵ですら、技を極めた者に対して使う言葉ではないと瞬時に判断した。

 

「──っ!……悪かったわよ。あんたが前衛で戦えるから先頭に置いてんの、自覚しなさいよね」

 

「釘崎、こう見えて褒めてるから。分かりづらくてごめんな」

 

「い~た~ど~りぃい!!」

 

 野薔薇が目を吊り上げて金槌を振り上げる、悠仁がケラケラと笑って逃げるので、それを野薔薇が追いかける。優太と恵が残されて、恵は額に手を当てて天を仰ぎ見た。

 

「あいつら……」

 

「ここ戦場だよね……?」

 

「お前の認識は間違ってない。あいつらがちょっと緊張感足りないんだ」

 

 悠仁と野薔薇が廊下の角を曲がったところで、野薔薇の短い悲鳴と悠仁が切羽詰まった声色で「釘崎!」と叫ぶのが聞こえた。優太と恵の顔に緊張が走る。

 

「クソが、言ってる傍から……!」

 

「本体は上の階だ、見逃したっ!」

 

 二人は同時に駆け出す。廊下の角を曲がると、大きく穴の開いた天井に野薔薇の足が吸い込まれるのが見えた。見上げた穴には人面を持つ巨大な蜘蛛が部分的に見える。人面と言っても、不自然に縦に大きく開かれた目、人間すら一口に食べれそうなほど巨大な顎、異形の中の異形である。悠仁は向こう側で蜘蛛型の呪霊を睨んでいた。

 

「すまん、油断した!」

 

「後にしろ、大蛇(おろち)!」

 

 恵が手で蛇の頭部を、腕で蛇の体を作る影絵の印で式神を召喚する。白い鱗を持つ大きな蛇が、恵の影から天井の穴から見える呪霊めがけて一気に飛び出す。攻撃と同時に大蛇が足場になり、恵がすかさず駆け上がる。

 

「続け、下からじゃお前ら戦えないだろ!」

 

 優太は指示通り大蛇を伝って上階へ登った。悠仁は、素の跳躍力で大蛇を足場にせず上階に跳んだ。

 

「虎杖ほんまに人間か?」

 

「半分人間やめてるだろ、バレーボールの選手でもここまで跳ばない」

 

「ひでぇ!」

 

 格好良く着地ポーズを決めた悠仁に殺到したツッコミに、悠仁の表情は間抜けなものになる。ポーズに対して表情が釣り合ってなさすぎる。が、今はそれどころではない。三人とも、大蛇の攻撃で大きく後退した蜘蛛型呪霊に視線を向ける。野薔薇の姿が見当たらない。

 

「腹の下、糸かなんかで巻き付けられてる」

 

 遮られた視界を見通したのは、優太の緋色の瞳──呪力視だ。その言葉を聞いて恵は大蛇を影に戻し、狼の印を結ぶ。

 

「玉犬!」

 

 白と黒の狼が恵の影から飛び出し、左右に散開、すかさず悠仁が正面突破を狙って駆け出す。

 

「宮城島は縮地で潜ってくれ!」

 

「了解っ」

 

 既に弓歩で前傾に構えていた優太は、悠仁の影に潜んで走る。玉犬からの挟撃、悠仁の正面攻撃、退くか迎撃するかの二択だと、誰もが想定した。瞬間、大蜘蛛呪霊の姿が視界からブレて、消える。空を噛んだ玉犬、前蹴りが虚空を蹴った悠仁、悠仁の側面から縮地で飛び出した優太、一瞬の混乱が訪れる。

 

「上!」

 

 恵の言葉に全員がはっとして見上げると、大蜘蛛は天井に張り付いていた。ベースが蜘蛛なのだ、天井に張り付いてもなんらおかしくない。その選択肢を切り捨てたのは、人間としての常識だった。大蜘蛛が落下してくる、その自重落下だけで床を大きく揺らし、砂埃が舞う。

 

 大きく飛び退いた悠仁が、砂埃を割って出てきて恵の近くに戻る。砂埃の中では、体勢を戻した大蜘蛛のシルエットが浮かび上がっているが、優太の姿が見当たらない。

 

「マズい、一瞬で二人失った」

 

「まだ死んだわけじゃねえだろ!?」

 

「助けようとして俺たちまで死んだらどうする!」

 

 恵と悠仁が、死生観の違いから口論に発展しかけた、次の瞬間。肉を叩く乾いた音と共に、大蜘蛛呪霊の耳障りな絶叫が響く。砂埃が晴れると、悠仁と恵に背を向けた大蜘蛛が仰け反っているところだった。その奥、かすかに見えるのは、虚歩から無理やり掌打を正面に打ち抜いた姿の優太だった。

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