呪術廻戦⇔   作:たゆたう 累

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戦場のマエストロ-肆-

 真っ先に駆け出したのは、優太の術式を受けて緋色の呪力の膜を纏っている悠仁だ。怒り任せの拳が、女性型呪霊の異様に大きい顔面に空を裂いて繰り出され──網のように織った髪で防がれる。悠仁は咄嗟に飛び退いた。

 

「伸び縮みとかいうレベルじゃねえぞ、好き勝手に髪の毛いじってる」

 

 今の一合で悠仁は敵の能力を正しく判断して、共有する。恵が頷いて、呪霊を見据えたまま口を開く。

 

「釘なら通るか」

 

「当然」

 

 不敵な笑みを浮かべた野薔薇が、腰のポーチから五寸釘を指の隙間に挟んで取り出す。

 

「俺たちは釘崎のフォロー。特に前衛の防御は宮城島、お前の術式が要だ」

 

 虚歩に構えた優太が一つ頷く。

 

「……ってか術式に名前つけろ、面倒くさい」

 

「今それ言う?」

 

「後でいい」

 

 恵と優太の短い掛け合いの終了を皮切りに、複数の不知井底(せいていしらず)が舌を伸ばして牽制をかけ、悠仁と優太が飛び出す。多方向からの攻撃を、それでも呪霊は長い髪を使って弾き、遺体の捕食をやめる気配がない。

 

「せめて離せよ、クソが!」

 

 焦れた悠仁が深く一歩踏み出す、普通なら相打ち覚悟の踏み込み。しかし振り下ろされた束ねられた髪は、悠仁を包む優太の術式によって脇に逸れた。肥大化した顔面を、今度こそ悠仁の拳が捉える。拳が当たる音──

 

逕庭拳(けいていけん)!」

 

 一拍遅れて二度目の衝撃音が炸裂する。一回の攻撃で拳の打撃と呪力の衝撃による二連打、女性型呪霊が遺体を手放し甲高い悲鳴を上げる。一瞬の隙を見逃さず、挟撃の形で呪霊の背後に回っていた優太が掌打を繰り出す。次は呪霊の背中に打ち込まれる発勁、呪霊の態勢が大きく崩れた。

 

 この隙に方々へ展開していた不知井底(せいていしらず)が一斉に舌を射出、女性型という捉えやすい呪霊の手足や胴に巻き付けて拘束する。野薔薇の目が光り、呪力を込めた五寸釘が宙を舞う。

 

「上等」

 

 ニヤリと笑った野薔薇が金槌で釘を打ち放つ。金属同士がぶつかる硬質な音と共に繰り出された釘が呪霊の頭部に正確に捉え、フィンガースナップを構えた野薔薇が指を鳴らす。パチン、と乾いた音の後に呪霊の頭部が爆ぜる、はずだった。

 

「マジ──!?」

 

 釘に込められた呪力が爆ぜたのは呪霊の頭部の手前、頭部を捉えた釘は寸でのところで自在な髪に阻まれ、刺さっていなかったのだ。呪霊は野薔薇を最大の脅威と認め、髪を束にして先端を尖らせて野薔薇に急襲する。驚愕による一瞬の硬直が、回避のタイミングを逃す。

 

 鮮やかな赤が飛び散る。突き刺さったのは野薔薇ではない、縮地で素早く動いた優太の左脇腹を貫通していた。

 

「アンタ、何して──」

 

「釘崎が攻撃の要だろ!」

 

 野薔薇の言葉を力強く遮った優太の表情は、明らかに痛みを堪えて脂汗を滲ませている。それでも優太は腹に突き刺さった呪霊の髪を握り、腹から引き抜く。鮮血が溢れるはずの腹部は、優太のゲル状の呪力が穴埋めしている。

 

 悠仁が呪霊に肉薄してジャブで牽制を入れている、恵は不知井底(せいていしらず)を維持したまま、玉犬の掌印を組んでいるが、見るからに無理をしていて汗が伝っている。

 

「玉犬!」

 

 恵の影から飛び出したのは玉犬・黒一体のみ。のたうち回る髪の束を左右に避けつつ呪霊の注意を分散させて、徐々に本体へ近づいている。優太が呪霊の髪を引きちぎって力なく野薔薇へ差し出す。

 

「使えるだろ、これ」

 

──なんで知ってんの。ていうか痛いとかじゃないでしょ、腹に穴開いてんだけど。なんでこいつここまで戦えんの。

 

「褒めてつかわす」

 

 野薔薇は脳裏に過った言葉を全て飲み込んで、気丈に振舞って優太が引きちぎった髪を受け取り、懐から藁人形を取り出す。藁人形と髪を重ねて、釘を打ち込む。

 

共鳴(ともな)り!」

 

──髪とか血液って、芻霊呪法(すうれいじゅほう)的には価値薄いけど。簪よりは確実に通る!

 

 呪霊の動きが一時的に完全停止する。悠仁が一歩踏み込み、彼のイメージ通りに震脚が起こる。

 

「逕庭拳!!」

 

 震脚から伝わる力の流れを受けた、右の拳の逕庭拳。素の打撃の威力が跳ね上がり、鳩尾を捉えた一撃が呪霊の体をくの字に折って浮かせる。玉犬・黒が隙を逃さず呪霊の首筋に噛み付く。それでもなお、決定打に届かない。

 

 悠仁が腰溜めしていた左の拳を強く握る感触が、痛みで片膝立ちになった優太へ術式越しに伝わる。

 

──呪力のテンションを張っていけ!悠仁の打撃に追い付く呪力!

 

 優太は逕庭拳の本質を見抜いていた。悠仁の速すぎる拳に、呪力の流れが追い付いていない。だからこそ、術式を介して悠仁の呪力の流れを「調律」する。

 

 悠仁の二度目の震脚に、黒い火花が散る。彼は咄嗟に、次に出る拳が逕庭拳ではないと確信した。悠仁の左フックが呪霊の顔面に衝突する刹那、空間は歪み、呪力は黒く光る。

 

「──黒閃(こくせん)!?」

 

 不知井底(せいていしらず)と玉犬・黒の同時運用で激しく呪力消費していた恵が、汗を振り払うようにして気付く。そして、悠仁のラッシュは止まらない。顎を撃ち抜く右アッパーの黒閃、確実に浮いた呪霊の腕を左手で掴み、一度引いた右腕から繰り出すストレートの黒閃。三連続、稲妻のような炸裂音と共に呪力の黒い閃光が迸る。

 

 悠仁が掴んでいた呪霊の腕が、本体が吹き飛ばされる衝撃に耐えかねて千切れる。悠仁がノールックで野薔薇に千切れた呪霊の腕を放り投げ、恵の不知井底(せいていしらず)が舌を伸ばして軌道修正。その軌道に、野薔薇が藁人形を重ねる。

 

「待ちかねたわよ!──共鳴り!」

 

 釘を金槌で打ち込み、空中で捉えた呪霊の腕に共鳴りが入る。壁に叩きつけられた本体の内側から、巨大な呪力の釘が表面を破って突き出る。糸が切れた人形のように呪霊は崩れ落ち、黒い塵となって消え去っていく。

 

「優太!」

 

 悠仁がいの一番に負傷した優太に駆け寄る。優太は脂汗を浮かばせながらも、なんとか笑ってみせた。

 

「平気。ピアスみたいなもんでしょ」

 

「平気なわけあるか。すぐ戻って家入さんに診てもらえ」

 

「うげっ。硝子さん怒ると怖いんだよ……」

 

「……なんで怒られた」

 

 悠仁に肩を貸してもらって立ち上がった優太に、恵が聞く。

 

「オーバーワーク」

 

「優太でもオーバーワークするんだ」

 

 ケラケラと笑う悠仁、呆れてため息を吐く恵と野薔薇。廃病院から出てきた一行を確認して、術式で止血しているとは言え腹に穴の開いた優太を見て、伊地知が急いで車を出したのは言うまでもない。

 

 

 

「──んで?腹に風穴開けた状態でよく知りもしない術式で黒閃誘発させた、ってこと?」

 

 医療用のマスクを着用して、ロングヘアの濃い茶髪を後頭部でまとめた女性──家入硝子が、優太の傷口に白い光をぼんやりと放つ手をかざしながら確認した。優太の傷口がゆっくりと塞がっていく。

 

「誘発は一回目だけです。二回目以降は悠仁が勝手に出してました」

 

「……あのねぇ。黒閃ってだけでもそもそもレアなわけ。分かる?打撃と呪力の衝突のタイミングが0.000001秒以内、つまり超精密な呪力操作が必要なわけ。それを他人の体に遠隔でやる、常識外れって言葉で足りないのよ」

 

「まぁ、確かに呪力消費激しかったと思います」

 

「思いますじゃなくて、実際激しいのよ。宮城島の体質じゃなかったら、呪力切れで気絶してるの」

 

 マスク越しでもわかる、低血圧な怒声。怒鳴らない分、怒られる側は余計に怖い。

 

「狙って黒閃にしたわけじゃないんです、あのタイミングで俺にできること、悠仁のサポートしかなかったから──」

 

「腹に穴開いて術式維持してるだけで十分でしょ、なんで追い込んだの」

 

「う゛っ……」

 

「君の術式はよくわかった。対象の呪力の調律、最適化。それだけで十分なの。黒閃の誘発とか、二度とやるんじゃないわよ」

 

 硝子が言い終えるのと、治療が終わるのは同時だった。優太の腹に開いた穴は、傷跡もなく綺麗に塞がっている。彼が中学二年生の時に経験した肌のひび割れも、同様に治療されたのだろう。

 

「ぜ、善処します……」

 

「善処じゃなくて。やるなって言ってるの」

 

「……ハイ」

 

 しゅんとした姿は、先ほどまで戦場に立っていた男と同一とは思えない、大人に怒られた少年そのものだった。

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