山内春樹、退学後の世界を生きる   作:ナスカン

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少し短めです


第十二話 自問自答

 

 

翌日。

 

朝、スマホのアラームが鳴る少し前に目が覚めた。

 

目を開けたまま、しばらく動けなかった。

 

「なんか嫌な夢を見た気がする」

 

体が重い。

 

色々考え過ぎたか。

 

頭の中に昨日のことが残っていた。

 

黒崎悠斗。

 

進路移行者支援協会。

 

高育の退学者。

 

そして。

 

――僕たちの活動に協力をしてくれないか。

 

あの言葉が、何度も頭の中で繰り返されていた。

 

俺は断った。

 

進支会のことも、その生徒のことも。

 

それに、俺が何のために動くのか。

 

わからない事も多く、

 

俺自身支援できる立場にないと思ったからだ。

 

だから昨日、封筒を受け取らなかったこと自体は間違っていない。

 

そう思ってたんだが

 

「……何故こんなに引っかかるんだ」

 

心当たりが一つあった。

 

学校を退学になってから

 

今の俺は、

 

調子に乗っていないか。

 

ここで見栄を張ったら、前と同じじゃないか。

 

勢いで動く前に、一回考えた方がいいんじゃないか。

 

そうやって、俺の中にブレーキをかける自分がいる。

 

軽い気持ちで踏み込むな。

 

誰かの人生に関わる話を、頼まれたからという理由だけで引き受けるな。

 

会ったこともない人の人生を短期間で変えるなんて主人公みたいな特別な奴にしかできないぞ。

 

いちいち正しく聞こえる。

 

これは退学のショックなのか?それとも、前世の記憶が影響しているのだろうか?

 

前世は今の俺より少しだけ大人だ。

 

臆病で、慎重で、失敗を怖がる。

 

勢いで動く前に立ち止まることを知っている。

 

それは、退学後の俺にとって必要なものだった。

 

高育にいた頃の俺は、自分のことしか考えられなかった。

 

それが原因で、デリカシーのない事を言ったり。

 

深く考えず、物事が自分の都合の良い方向に動くと考えていた。

 

そういうことが、何度もあった。

 

前世の記憶があるから、今は止まれる。

 

それは間違いなく、俺を助けている。

 

でも。

 

この記憶は、良い側面だけではない。

 

前世の俺も、特別な人間じゃなかった。

 

何者かになれたわけじゃない。

 

大きな成功をしたわけでもない。

 

誰かに誇れるような夢を叶えたわけでもない。

 

何となく毎日を過ごして、少しずつ言い訳が増えて、気づけば何物にもなれなかった。

 

そういう男だった。

 

楽しいこともあった。

 

悪いことばかりだったわけじゃない。

 

でも、胸を張って「俺はこれをやった」と言えるものがあったかと聞かれると、すぐには答えられない。

 

慎重だった。

 

失敗しないようにしていた。

 

傷つかないようにしていた。

 

無理をしない理由を探していた。

 

今はタイミングじゃない。

 

そんな言葉で、自分を納得させていた。

 

そして気づいた時には、何も成せないまま終わっていた。

 

その記憶がある。

 

だから、怖さもある。

 

この声に従い続ける事が正しいのか。

 

従い続けたら、何も成せなかった失意や後悔を抱えたまま、もう一度終わってしまうんじゃないか。

 

「……わからないな」

 

そう呟いた時、スマホのアラームが鳴った。

 

考えが、そこで途切れる。

 

俺は少し遅れて画面に手を伸ばし、音を止めた。

 

部屋が静かになる。

 

「……起きるか」

 

布団から出て、顔を洗い、制服に着替える。

 

鏡の中の俺は、いつも通りだった。

 

考えはまとまっていない。

 

けれど、学校には行かなきゃいけない。

 

俺の日常は、俺が考えるのを待ってはくれなかった。

 

 

 

 

 

学校は、いつも通り始まった。

 

朝のホームルームがあって、授業があって、休み時間になれば教室のあちこちで笑い声が起きる。

 

一時間目の授業中。

 

先生の声を聞きながら、俺はノートに書いた文字をぼんやり見ていた。

 

黒板には数式が並んでいる。

 

前の席の奴は真面目に写している。

 

隣の柳も、眠そうにしながら何とかペンを動かしていた。

 

俺も同じようにノートを取っているはずだった。

 

でも、頭の中では朝からずっと別のことを考えている。

 

「……内。山内」

 

その時、小さな声に、意識が戻る。

 

隣を見ると、柳がこちらを覗き込んでいた。

 

「次、当てられるぞ」

 

「は?」

 

柳が顎で前を示す。

 

先生の視線が、ちょうどこちらに向きかけていた。

 

慌てて黒板を見る。

 

何の問題をやっているのか、一瞬分からない。

 

やばい。

 

完全に聞いていなかった。

 

「山内、この式の次はどうなる?」

 

名前を呼ばれて立ち上がる。

 

「えーっと……」

 

教室の視線が集まる。

 

嫌な汗が背中に滲む。

 

やばい。

 

そう思った時、隣で小さく紙が擦れる音がした。

 

視線だけを動かす。

 

柳が、自分のノートをこちら側に少しだけ傾けていた。

 

そこには、先生がさっき説明していた途中式が雑な字で書かれている。

 

助かった。

 

俺は何食わぬ顔で黒板に視線を戻す。

 

「……ここを移項して、符号が変わるんで、次はこっちの形になります」

 

途中まで何とか答えると、先生は少しだけ頷いた。

 

「そうだな。方向は合っている。最後の符号に気をつけろ」

 

「あ、はい」

 

何とか座る。

 

隣から、押し殺した笑いが聞こえた。

 

「助かった」

 

小声で礼を言うと、柳はノートを自分の方に戻しながら肩をすくめた。

 

「お前、今日だいぶ上の空だな」

 

「そうか?」

 

「そうだろ。さっきからノート取ってるようで、全然進んでねえし」

 

言われてノートを見る。

 

確かに、途中から文字がかなり雑になっていた。

 

数式の横に、意味のない線まで引いている。

 

「寝不足?」

 

「いや、別に」

 

「じゃあ悩み事か」

 

「……まあ、そんな感じ」

 

曖昧に答えると、柳がこちらを見て言った。

 

「まあ、俺でよければ聞くぞ。役に立つかは知らんけど」

 

柳らしい軽い言葉だった。

 

「……いや、今はまだいい」

 

「そっか」

 

柳はそれ以上、無理に踏み込んでこなかった。

 

そういうところは、正直助かる。

 

「じゃあ、聞きたくなったら言えよ。俺、相談料は購買のパン一個でいいから」

 

「金取るのかよ」

 

「友情価格だぞ」

 

「高い友情だな」

 

軽口を返す。

 

それだけで、少し気持ちが楽になった。

 

 

 

 

 

昼休みになった

 

柳と購買に行き、パンを買って、教室で食べる。

 

いつも通りの流れ。

 

柳は新発売の焼きそばパンを一口食べて、微妙そうな顔をした。

 

「普通だな」

 

「そりゃそうだろ」

 

「新発売って書くなら、もうちょっと尖ってほしい」

 

「購買のパンに何を求めてるんだよ」

 

「夢」

 

「求めすぎだろ」

 

しかし夢ねぇ…

 

そう言ったものが有れば迷わないのだろうか。

 

 

「……なあ、柳」

 

「ん?」

 

「何かさ、将来の夢とか目標ってある?」

 

自分でも、急に何を聞いているんだとは思った。

 

柳も少し目を瞬かせる。

 

箸代わりに持っていたパンの袋が、手元でくしゃりと音を立てた。

 

「急だな」

 

「いや、何となく」

 

「うーん。まあ、まだはっきりとはないな。大学行けたらいいなーくらい」

 

「そっか」

 

「山内は?」

 

聞き返されて、少し詰まった。

 

「俺も、特にない」

 

「だろうな」

 

「即答かよ」

 

「いや、山内ってあんまり人生設計立ててるタイプに見えないし」

 

「失礼だな」

 

「でも、違うか?」

 

「……まあ、違わない」

 

柳は笑った。

 

その笑いに悪意はない。

 

だから、俺も少しだけ笑えた。

 

「それについてずっと考えてたのか?」

 

「いや、別に」

 

「じゃあ別の悩み事か」

 

「……まあ、そんな感じ」

 

「まああんまり思い詰めるなよ。考え過ぎても答えが出ない時は出ないぞ」

 

柳はそう言うと立ち上がり

 

「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

そう言って席を離れた。

 

 

その時だった。

 

「山内くん」

 

名前を呼ばれて振り返ると黒崎さんが立っていた。

 

「放課後、少し話せる?」

 

一瞬だけ、返事に詰まった。

 

昨日のこと。

 

これからのこと。

 

やるのかやらないのか。

 

頭の中でぐるぐるして考えがまとまっていなかったからだ。

 

それでも昨日のことは彼女も気になっているだろうし、伝えないといけないと思った。

 

「……大丈夫だよ」

 

俺は頷いた。

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