真鍋志保。
その名前を見た瞬間、高育にいた頃の姿が頭に浮かんだ。
グループを引き連れて行動している。
見た目は可愛かったけど、なんか気が強そう。
正直、俺はそう言うタイプは少し苦手だ。
それに、俺の持つ知識で言えば――。
軽井沢をいじめ、綾小路に脅され、最後には俺と同じ試験で退学になった女子。
それが真鍋志保だった。
ただ、そこまで思い出してから、一つ引っかかった。
「……というか」
「何かな」
「確認なんですけど、真鍋って退学後に一度、新しい学校へ編入してるんですよね?」
「ああ」
黒崎さんは頷いた。
「現在は彼女の地元の女子高へ通っている」
「それなのに、もう次の学校の話が出てるんですか?」
思わずそう聞いていた。
「まだ編入してから、そんなに経ってないですよね」
「そうだね」
「いや、普通に早すぎませんか」
退学。
編入。
そして、さらに転校。
いくらなんでも落ち着かなさすぎる。
俺だって高育を退学して別の学校へ移った。
だから分かる。
新しい環境に慣れるだけでも大変だ。
クラスメイト。
先生。
通学。
生活リズム。
全部が変わる。
それなのに、編入して数か月でまた別の学校へ移ろうとしている。
何か理由があると考える方が自然だった。
「何かしら理由がなければ、この速さで次の学校へ移ろうとは思わないですよね」
「いい着眼点だ」
「何か把握してないんですか?」
「学校側からの情報提供はない」
黒崎さんは、淡々とそう答えた。
「考えられる可能性は二つある」
黒崎さんは指を二本立てた。
「一つは、学校側が把握できない場所で何かしらのトラブルが起きている場合」
「学校の外で、ってことですか」
「ああ。家庭、交友関係、通学中、ネット上。学校の管理範囲から外れた場所で問題が起きている可能性だ」
「もう一つは?」
「学校側が隠したがるトラブルだ」
思わず顔を上げた。
「隠したがるって、どういうことですか?」
黒崎さんは少しだけ目を伏せた。
そして、言葉を選ぶように口を開いた。
「今回手伝ってくれる君には、説明しておこう」
その声は、さっきまでより少しだけ低かった。
「現在、国は教育に力を入れている。それは高度育成高校の存在からも分かるね?」
「はい。そのあたりは俺も少し調べました。学校の数が増えて、学校同士の競争も激しくなってる。あと、その影響で統廃合も増えてるとか」
「そこまで見ているなら話は早い」
黒崎さんは小さく頷く。
「国の政策によって、生徒が教育を受ける機会は増えた。教育の質や設備の充実など、良い影響も多く出ている。だが、その反面、学校同士の競争は以前より激しくなりそれがトラブルの隠蔽に繋がっている」
「……問題を学校側が隠すって言うんですか?」
「そうだ」
黒崎さんの表情は穏やかなままだ。
けれど、目だけは笑っていなかった。
「いじめ。教師との問題。生徒間の重大な衝突。そういった事実が表に出れば、学校の評判は落ちる。志願者数にも影響する。場合によっては、補助金や学校存続にも関わる」
「それって、学校の評判が落ちるのを恐れてってことですか」
「くだらないことだと思うだろう」
「……正直、ふざけんなって思います」
「僕もそう思う」
黒崎さんは淡々と言った。
「だが、現実にはそういうことが起こる。今回の件も、もしかすると学校内で何かが起きている。だが、学校側がそれを隠しているのかもしれない」
資料の紙が、指先で少しだけ音を立てた。
真鍋志保。
あいつは何かに巻き込まれているのか。
「進支会では、何か分かることはないんですか?」
俺は資料から顔を上げた。
「過去に色々な問題を解決してきたって聞きましたけど」
「もちろん、できることはある」
黒崎さんは否定しなかった。
「ただし、本人の訴えがないと、我々も踏み込んだ手段には出られない」
「本人の訴え……」
「そうだ。本人が何も話さない。助けを求めない。問題が起きていると認めない。その状態では、こちらが勝手に学校へ乗り込むことはできない」
「でも、それだと本当に困ってる奴ほど言えないんじゃないですか」
「その通りだ」
黒崎さんは、静かに俺を見る。
「だから難しい」
その一言は、妙に重かった。
「本人の意思を無視して助けることはできない。けれど、本人が声を上げられないまま潰れていくこともある。支援というのは、その間で常に揺れるものだ」
「……」
「そういう意味でも、君が何か聞き出してくれると助かる」
俺はもう一度、資料に目を落とす。
「……真鍋が話すと思いますか?」
「正直に言えば、難しいだろうね」
「ですよね」
「繰り返しになるが、君は同じ退学者だ。同じ高育にいた。同じ試験で退学した。僕よりも近い位置にいる」
黒崎さんの声は穏やかだった。
「それが、突破口になるかもしれない」
突破口。
まあどうなるかはわからないが。
「分かりました」
俺は資料を封筒に戻した。
「やれるだけやってみます」
俺は再びそう決意を固めた。