山内春樹、退学後の世界を生きる   作:ナスカン

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本日二話目です。


第十六話 退学者と退学者

 

 

 真鍋のことを話した翌日。

 

 いつも通り教室へ入る。

 

 俺は自然と、通路を挟んだ斜め前の席に目を向けた。

 

「おはよう、美琴」

 

 言った瞬間、美琴の肩がわずかに揺れた。

 

 それから、ゆっくりと顔を上げる。

 

「……おはよう、春樹くん」

 

 いつも通りの落ち着いた声。

 

 けれど、ほんの少しだけ目元が柔らかく見えた。

 

 たぶん気のせいじゃない。

 

 俺は少しだけ気恥ずかしくなって、自分の席へ向かおうとした。

 

 その瞬間。

 

「おーい、山内くん?」

 

 後ろから、にやけた声がした。

 

 振り返らなくても分かる。

 

 柳だ。

 

「今、なんて?」

 

「何がだよ」

 

「いやいやいや。俺の聞き間違いかなーって思ったんだけどさ」

 

 柳はわざとらしく耳に手を当てる。

 

「美琴? 春樹? お前ら、いつの間にそんな仲になったんですかね?」

 

「声がでかい。やめろ」

 

「いや、これは声もでかくなるだろ。昨日まで黒崎さんだったじゃん」

 

「色々あったんだよ」

 

「色々って何だよ。青春か? 屋上か? 放課後か?」

 

「お前、無駄に勘がいいな」

 

 いや、ほぼ当たってるのが腹立つ。

 

 美琴は前を向いたまま、何も言わない。

 

 けれど、耳が少し赤くなっているように見えた。

 

「いいよなー。山内は。転校してきてすぐ女の子と名前呼びかよ」

 

「別にそういうんじゃねえって」

 

「じゃあ俺のことも名前で呼べよ」

 

「は?」

 

 思わず変な声が出た。

 

 柳はなぜか真剣な顔をしていた。

 

「黒崎さんを名前で呼ぶのに、俺は柳のままって寂しくね?」

 

「お前、その方向で張り合うのかよ」

 

「友達だろ?」

 

 その一言に、少しだけ言葉が詰まった。

 

 友達。

 

 そう言われると、悪い気はしなかった。

 

 むしろ、かなり嬉しかった。

 

 ただ、それを素直に顔に出すのは負けた気がする。

 

「……分かったよ、颯太」

 

「おう、春樹」

 

「距離の詰め方が急なんだよ」

 

「お互い様だろ」

 

 颯太は満足そうに笑った。

 

 何でもないやり取り。

 

 けれど、こういうものがあるから、俺はこの学校でどうにかやれているのかもしれない。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 その日の放課後。

 

 俺は二つ隣の駅に来ていた。

 

 改札を出て、駅前の通りを歩く。

 

 見覚えのある景色が、少しずつ増えていく。

 

 コンビニ。

 

 小さな喫茶店。

 

 通りの向こうに見える本屋の看板。

 

 俺のバイト先がある場所だ。

 

「……変な偶然もあるもんだな」

 

 真鍋志保が通っている学校は、この近くにある女子校だった。

 

 まさかバイト先の近くに、今回の目的地があるとは思わなかった。

 

 俺はスマホで地図を確認しながら、黒崎さんと話した時のことを思い出す。

 

『本来なら、こういう話し合いは進支会の相談室で行う。あるいは、個室のある飲食店を借りることもある』

 

 あの人は、机の上に置いた封筒へ視線を落としながら続けた。

 

『ただ、今回は本人の希望で、駅近くの公園になった。噴水の前だ』

 

『公園、ですか』

 

『あまり話すつもりはないのだろうね。人目があって、すぐに立ち去れる場所を選んでいる』

 

 なるほど、と思った。

 

 それにしても。

 

 よく知らない相手。

 

 話す気のない相手。

 

 難易度高いな。

 

 更に、あの人がその時、言っていたことを思い出す。

 

『もし彼女から話を聞くのであれば、チャンスは二回』

 

『二回?』

 

『一度目は、資料を渡す時。二度目は、提出書類を返却してもらう時。この二回の間に何かを聞くことができなければ、彼女は何も言わずに学校を去ることになるだろう』

 

 二回。

 

 少ないな、と思った。

 

 人ひとりが抱えているものを聞き出すには、あまりにも少ない。

 

 俺がそう言うと、黒崎さんは穏やかな顔で言った。

 

『駄目で元々だ。気楽にやってくれ』

 

 気楽に。

 

 黒崎さんなりの励ましのつもりなんだろうけど、

 

 実際に駅前の景色を歩いて、公園に向かっている今は、全然そんな気分にはなれなかった。

 

「……気楽にやってくれ、は無理だろ」

 

 スマホの地図を見る。

 

 目的地は、もうすぐそこだった。

 

 公園に入ると、噴水の水音が聞こえてきた。

 

 夕方の公園には、帰り道の学生や親子連れがちらほらいる。

 

 人通りはある。

 

 けれど、騒がしいほどではない。

 

 噴水の前に、一人の女子が立っていた。

 

 真鍋志保。

 

 高育にいた頃と比べて、少し雰囲気が違って見えた。

 

 制服が違うからかもしれない。

 

 けれど、それだけじゃない。

 

 背筋は伸びている。

 

 顔も強気だ。

 

 でも、どこか張り詰めているようにも見えた。

 

 俺が近づくと、真鍋がこちらに気づいた。

 

 目が合う。

 

 次の瞬間、真鍋の顔が露骨に歪んだ。

 

「……なんであんたが」

 

「久しぶり、でいいのか?」

 

「よくない。質問に答えなさいよ」

 

「いや、その前に確認したいんだけど」

 

「何よ」

 

「……もしかして、俺のこと結構知ってる感じ?」

 

 真鍋は一瞬だけ黙った。

 

 それから、嫌そうに目を細める。

 

「知ってるわよ。女子の間じゃ、クラス関係なくあんたは要注意人物って噂になってたから」

 

「それは知りたくなかったな……」

 

 自分の行動が原因とはいえ、改めて他人の口から聞くと普通にきつい。

 

「まあ、心当たりがないとは言わねえけどさ……」

 

「心当たりあるんじゃない」

 

「恥ずかしながら……」

 

 即答すると、真鍋は呆れたようにため息を吐いた。

 

「噂通りバカそうね、あんた」

 

「ひでえな」

 

「事実でしょ」

 

「俺だって傷つくんだからな」

 

 真鍋は腕を組んだまま、俺を上から下まで見る。

 

 品定めされているような視線だった。

 

「それで? まさか偶然通りかかったとか言うつもり?」

 

「いや、さすがにそれは無理があるだろ」

 

「じゃあ何。私に何か用?」

 

 俺は鞄から封筒を取り出した。

 

 真鍋の目が、ほんの少しだけ動く。

 

「これ、進支会から頼まれた。次の学校に関する資料。直接渡してほしいってさ」

 

「……なんであんたが?」

 

「実は進支会の会長と知り合いでさ。俺も退学者だから、同じ立場のやつの方がいいんじゃないかって」

 

「私はあんたでも話す気にはならないけど」

 

 真鍋は小さく息を吐いた。

 

 呆れているのか、少しだけ気が抜けたのか。

 

「まあ、あの胡散臭い奴よりはマシね」

 

「胡散臭い奴って黒崎さんか?あの人会長だぞ」

 

「力があるのは認めるけど。ああいうタイプが一番信用できないでしょ」

 

「悪い人ではないと思うけどな」

 

「あんた、高育で何見てきたわけ? 優しい顔で近づいてくる奴ほど、まず疑うでしょ。あの学校なら」

 

「耳が痛い話だな」

 

「間違ってる?」

 

「……いや、間違ってはない」

 

「あんたも気をつけなさいよ。助けるふりして、上手いこと利用されてるかもしれないじゃない」

 

「まあ、利用されてるのかもしれない」

 

「だったら――」

 

「でも、俺が何もしない理由にはならないだろ」

 

「……」

 

「利用されるのが怖いからって、見ないふりするのは違う気がしたんだよ」

 

 そう言うと、真鍋は少しだけ目を細めた。

 

「……変なやつ」

 

「よく言われる」

 

 肩をすくめる。

 

 真鍋は小さく鼻を鳴らしてから、今度は俺の手元へ視線を落とした。

 

 そこにある封筒を見て、眉をひそめる。

 

「余裕っていうか、話を聞いて放っておけなくなっただけだよ」

 

「ふーん」

 

「最初は、同じ退学者が困ってるって聞かされてたからな」

 

「それで来たわけ?」

 

「ああ」

 

「バカじゃないの」

 

「そこまで言う?」

 

「だってそうでしょ。知らない相手の事情に首突っ込んで、何かできると思ってるわけ?」

 

 真鍋の声に、少しだけ棘が混じった。

 

 さっきまでの嫌味とは違う。

 

 踏み込むな、と言われているようだった。

 

 それにしても、やっぱり話してはもらえなさそうだな。

 

 ……あんまりやりたくないけど、仕方ない。

 

「なあ」

 

「何」

 

「今、学校で上手くいってないんだろ」

 

 真鍋の目が細くなった。

 

 分かってる。

 

 これは嫌われる聞き方だ。

 

「……あんたさ」

 

「デリカシーないのは分かってる」

 

「分かってるなら聞かないでくれる?」

 

「悪いとは思ってる」

 

 真鍋がため息を吐く。

 

 でも、ここで止まったら何も聞けない。

 

 俺は、人の気持ちを考えて上手く聞き出すのが得意じゃない。

 

 相手が心を開くまで待てるほど、余裕もなかった。

 

 だから。

 

 嫌われてもいいから、踏み込む。

 

「俺でよければ、話くらい聞くぜ」

 

「……は?」

 

「もちろん解決できるとは言わない。そんな力ないしな」

 

「そこは嘘でも何とかするって言うところじゃないの?」

 

「嘘ついても仕方ないだろ」

 

「ほんと使えないわね、あんた」

 

「でも、誰かに話せるだけでも違うだろ。特に俺たちみたいな立場だとさ」

 

 真鍋は呆れたように俺を見る。

 

 けれど、さっきまでのように即座に切り捨てる感じではなかった。

 

「何なの、あんた」

 

「話を聞きに来た退学者ってとこかな」

 

「そのまんまじゃない」

 

「他に言いようがなくてな」

 

「ほんと、変なやつ」

 

 冷たい言い方だった。

 

 それでも、完全な拒絶ではない。

 

 ほんの少しだけ、会話を続ける余地が残っている。

 

 そう思った、その時だった。

 

「あれー? 真鍋さんじゃない?」

 

 背後から、妙に間延びした声が聞こえた。

 

 ただ名前を呼んだだけのはずなのに、そこには明らかな棘が混じっている。

 

 真鍋の体が、目に見えて固まった。

 

 ほんの一瞬。

 

 けれど、見逃せる反応じゃなかった。

 

 俺は振り返る。

 

 真鍋と同じ制服を着た女子が三人、こちらへ歩いてきていた。

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