三人の中心にいる女子は、暗めの朱色の髪を揺らしていた。
制服も他の二人より少しだけ着崩している。
そいつは少し意地の悪い笑顔を浮かべながらこちらに近づいてくる。
「こんなところで何してんの?」
真鍋は答えない。
さっきまで俺に噛みついていたのが嘘みたいに、口を閉ざしている。
「ねえ、聞こえてる?」
中心の女子が一歩近づく。
「……別に。用事があっただけ」
「用事?」
女子の視線が、俺に向いた。
値踏みするような目だった。
「へえ。男の人と?」
「別にいいでしょ」
真鍋が即答する。
でも先ほどよりその声は弱く感じた。
「ふーん」
中心の女子は、面白そうに俺を見る。
「もしかして、彼氏?」
「違う」
真鍋がそう答えると、そいつはこっちを向いた。
「じゃあ、あなたに聞くけど、あなたは真鍋さんの何?」
俺は一瞬だけ迷った。
進支会のことは言わない方がいい。
真鍋が隠したがっているなら、余計なことは言わない方がいい。
「まあ、ちょっと用事があって会っただけです」
「用事?」
「そんな大した話じゃないですよ」
無難にそう答える。
けれど、中心の女子は納得した様子ではなかった。
俺と真鍋を見比べて、薄く笑う。
「それにしても真鍋さん、やっぱり男の知り合いが多いのかな」
「……」
「すごいね。噂って、意外と当たってるのかも」
その言葉で、周りの空気が少し変わった。
俺にも分かった。
真鍋が嫌がる話をわざとしている。
「……ねぇ」
後ろにいた女子が、小さく声をかけた。
「ん?」
「それ、この人いる前で言うの?」
「別に私、普通に話してるだけじゃん」
「相沢……」
後ろの女子が諦めたように名前を呼ぶ。
相沢。
どうやら、この女子の名前らしい。
相沢は気にも留めず、もう一度真鍋へ視線を向けた。
「あの噂って本当なの?前の学校で問題起こしたって噂」
真鍋は答えない。
「答えないんだ。違うなら違うって言った方がいいと思うけど」
「答える必要ないでしょ」
真鍋が低く言った。
相沢は楽しそうに首を傾げる。
「そう? でも気になるじゃん。あんな学校に行ったのに、すぐ戻ってくるなんてさ。卒業できれば進路の約束されてる学校だよ。移ってくるなんてよっぽどの事したんじゃないの?」
こいつ、真鍋が高育から来たことを知っているのか?
「あんたには関係ない」
「関係ないかな?」
相沢の声が、少しだけ低くなった。
「同じ学校にいるんだから、関係あるでしょ。変な噂がある子が近くにいたら、こっちだって不安になるんだけど」
「噂?」
思わず俺が口を挟んでいた。
相沢の視線が俺に向く。
「この子、学校で色んな噂が流れてるんですよ」
相沢は言った。
「前の学校で人をいじめて辞めたとか、男関係が派手だったとか。色々聞きますよ」
そんな噂になってるのか。
やっぱり真鍋は学校でうまくいってないようだな。
しかし、相沢とかいったか。言い方にいちいち棘があるな。
「話を聞く限りただの噂だろ。そんな話どうでもいいんじゃないか」
「でも気になるじゃないですか。本当だったら怖いし、違うならどんな理由か教えて欲しいなって」
「人それぞれ事情ってもんがあるだろ。無理やり聞き出すのは感心しないぜ」
相沢の眉がぴくりと動く。
「ところで何ですか? あなたは」
「さっき説明しただろ。少し用事があるだけの男さ」
「真鍋さんを庇うんですね」
「別に。思ったことを言っただけだよ」
相沢が黙る。
笑顔は崩れていない。
でも、目だけが少し冷たくなった。
「真鍋さん、守ってくれる男の人がいるんだね」
「違う」
真鍋が言った。
その声は、さっきよりも硬かった。
「こいつは関係ない」
「関係ないなら、なんで一緒にいるの?」
「だから用事があるって言ったでしょ」
「用事ねえ」
相沢は俺の手元の封筒を見た。
しまった、と思った時には遅かった。
相沢の目が、封筒に落ちる。
そして、ほんの少しだけ細くなった。
「……へえ」
その瞬間、相沢の顔から笑みが少し消えた。
噴水の前の空気が、張り詰める。
周囲の人が、ちらりとこちらを見た。
これ以上騒ぎにはしたくない。
「真鍋」
俺は小さく声をかけた。
「これ渡すから。今日はもう帰れ」
「……」
「返事は次でいい。そういう約束だろ」
真鍋は一瞬だけ俺を見た。
何か言いたそうだった。
でも、結局何も言わず、俺の手から封筒を奪うように受け取った。
「……じゃあ」
短くそう言って、真鍋は相沢たちの横を通り過ぎる。
相沢は道を塞がなかった。
ただ、すれ違いざまに何かを言った。
真鍋の足が止まる。
俺は息を呑んだ。
真鍋の拳が、震えていた。
でも真鍋は振り返らなかった。
そのまま、早足で公園を出ていく。
俺は追いかけようとして、足を止めた。
今追いかけても、たぶん何も話してくれない。
それどころか、余計に拒絶される。
そう思った。
「優しいんですね」
相沢がこちらに声をかけてきた。
俺は振り返る。
「でも、あんまり関わんない方がいいですよ。あの子、面倒くさいんで」
「面倒くさい?」
「昔からそうなんです。女子の中で大きいグループ作って、仕切ってるっていうか」
昔からってことは、高校より前からの知り合いなのか。
「小さい揉め事でも、グループの子が関わってるとすぐ首突っ込んでくるんですよ。別に頼んでないのに、話聞こうとしたり、間に入ろうとしたり」
さっきまでの軽い調子とは少し違う。
ただの悪口というより、長年積み重なった感情が滲んでいた。
「そういう時、近くにいる人まで巻き込まれるんです。話を聞いただけなのに、いつの間にかどっちの味方か決められて」
「味方?」
「はい。あの子が勝手に揉め事を大きくするから、周りも無関係じゃいられなくなるんですよ」
相沢は困ったように笑った。
「さっきみたいに少し庇っただけでも、真鍋さんの味方だって見られるかもしれませんよ」
「……なるほど」
「あなたも面倒ごとに巻き込まれたくないでしょ」
とりあえず、こいつが真鍋を嫌っているのは分かった。
そして俺が真鍋から離れるように誘導したいようだ。
ただ嫌いなだけなのか。
それとも、真鍋を孤立させたい理由でもあるのか。
何が相沢をここまで動かしているのだろうか。
「まあ、今はそんな感じでもないですけどね」
相沢は公園の出口の方を見る。
「昔は偉そうだったのに、今は何も言い返さないし」
その一言だけは、少しだけ棘が深かった。
「ところで、お兄さんは知ってるんですか?」
「……は?」
急に振られて、間の抜けた声が出た。
相沢は俺の反応を見て、楽しそうに目を細める。
「あの子が学校を移った理由」
「なんで俺に聞くんだ」
「知らないんですか? 資料渡してるから、てっきり詳しいのかと思ってました」
軽い口調だった。
けれど、目は笑っていない。
「知ってるなら、教えてくださいよ。真鍋さん、なんで学校移ってきたんですか?」
「……」
俺はすぐには答えられなかった。
知っている。
少なくとも、何も知らないわけじゃない。
でも、ここで俺がそれを口にしていいはずがない。
それに、少し引っかかった。
なぜ、相沢はそこまで知りたがるんだ。
「さあな」
「えー、本当ですか?」
「知らないし、知ってても言わない」
相沢の笑顔が、ほんの少しだけ固まった。
「なんで?」
「本人が話したくないことを、他人が勝手に話すもんじゃないだろ」
「……ふーん」
相沢はつまらなそうに息を吐いた。
「まあ、いっか」
相沢は髪を払う。
「本人から聞き出さないと意味ないし」
それだけ言うと、相沢は二人を連れて歩き出した。
俺は、その背中を見送った。
いつの間にか公園内には人がいなくなり静寂が訪れる。
真鍋から話も聞けなかったな。
でも、分かったことはある。
真鍋が学校で噂を流されていること
相沢は真鍋が高育から来たことを知っているということ。
「……まあ一筋縄ではいかないと思ってはいたけど」
噴水の水音が耳に残る。
俺は小さく息を吐いた。
「どうするか」
手元を見る。
封筒はもうない。
一回目のチャンスは終わった。
しかも、話はほとんど聞けていない。
せめて、もう少し情報が欲しかったな。
そう思って、帰ろうとした時だった。
「あ、あの」
背後から、小さな声がした。
振り返る。
そこにいたのは、赤いヘアピンをした眼鏡をかけた黒髪の女子だった。
制服は、真鍋たちと同じ。
けれど、相沢たちとは違う。
派手さはなく、むしろ人目を避けるように立っていた。
「えっと……進支会の方ですか?」
「そうだけど」
俺は少し警戒しながら答える。
「君は?」
女子は両手を胸の前で握りしめた。
それから、迷うように視線を揺らして、ようやく口を開いた。
「私、柚原菜月って言います」
その名前に、聞き覚えはない。
けれど、次の言葉で俺は息を止めた。
「真鍋志保さんの件でお話ししたいことがあります」
どうやら今日はまだ終わらないようだ。