山内春樹、退学後の世界を生きる   作:ナスカン

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第二十話 二人の因縁

 

 

柚原さんと別れたあと。

 

駅へ向かう道を歩きながら、俺はさっき聞いた話を頭の中で整理していた。

 

「駅の向こう側の学区……か」

 

その言葉で思い出したのは、バイト帰りに美琴を家まで送った時のことだった。

 

確か、美琴の家も駅の向こう側にある。

 

なら、美琴も真鍋や相沢と同じ中学校に通っていた可能性がある。

 

もしそうなら、何か知っているかもしれない。

 

そう思い、俺はスマホを取り出し、美琴へメッセージを送った。

 

『急で悪い。今、電話できるか?』

 

送信してから、少しだけ画面を見つめる。

 

さすがにすぐには返ってこないだろう。

 

そう思ってスマホをしまおうとした時、すぐに返信が返ってきた。

 

『大丈夫』

 

俺は一度だけ息を吐いてから、すぐに電話をかけた。

 

『もしもし』

 

落ち着いた、美琴の声が耳に届く。

 

「悪いな、急に」

 

『ううん。何かあったの?』

 

その声に、少しだけ肩の力が抜ける。

 

「確認したいことがあるんだけど、美琴の中学時代の同級生に真鍋と相沢って女子はいなかったか?」

 

『いたよ』

 

「やっぱりか」

 

『どうして?』

 

「ちょっと事情があってさ。その二人について知りたい」

 

少しだけ沈黙が流れる。

 

『……もしかして』

 

「ん?」

 

『気になる女の子が二人もできたとか?』

 

とんでもない勘違いだ。

 

「なんでそうなるんだよ」

 

『冗談だよ……少し言ってみたかっただけ』

 

「珍しいな、美琴がそういうこと言うの」

 

『…驚いた?』

 

「そりゃ驚くだろ」

 

普段言わないやつに冗談言われると焦ってしまう。

 

電話の向こうで、こっちの反応を楽しんでるんだろう。微かに笑う声が聞こえる

 

それから美琴が小さく息をつく。

 

『でも、進支会絡みのこと?』

 

「まあ、そんなところ」

 

『そっか』

 

そう言うと、美琴は少し考え込むように黙った。

 

『まず相沢さんから話そうと思うんだけど、彼女とは一年間しかクラスが一緒じゃなかったから、そこまで詳しくは分からないけど平気?』

 

「それでもありがたいよ」

 

『そっか。じゃあ相沢さんなんだけど……一言で表すと、影響力のある子って感じだったかな』

 

「……影響力?」

 

『美人で、勉強も運動も学年の上位で、明るくて、自然とクラスの中心になるような子だった。目立つ存在で彼女の意見は結構クラスの動きも左右してたと思う』

 

「なるほどな」

 

俺は公園での相沢の姿を思い出す。

 

あの時も、横にいた二人は相沢にあんまり強くは言える感じじゃなかったしな。

 

確かに、そう言われても不思議ではない雰囲気はあった。

 

『あと、お父さんが県議会議員らしくて』

 

「県議会議員?」

 

『詳しくは知らないけど、卒業式で来賓として来ていたのを見たことがあるよ』

 

「……なるほど」

 

本人だけでなく実家の方も影響力ありそうだな。

 

『相沢さんについて話せるのは、それくらいかな。次に真鍋さんなんだけど、私、真鍋さんとは三年間ずっと同じクラスだったから、色々と詳しく話せると思うけど、どのくらい知りたい?』

 

俺は少し考えた。

 

真鍋は、これから俺が話を聞こうとしている相手だ。

 

本人から直接聞けることもあるだろうが、今の状況でゆっくり関係を作れるとは限らない。

 

なら、美琴から見た真鍋を知っておいて損はない。

 

「ちょっと大変かもしれないけど、真鍋の人となりとか、分かることは詳しく教えてもらっていいか?」

 

『分かった。でも、仲が良かったわけじゃないから、私の見た真鍋さんの話になるよ』

 

「了解」

 

そう言うと、美琴は少し間を置いてから、昔を思い出すように静かに話し始めた。

 

『まず真鍋さんは、成績も運動能力も目立つほどではなかったかな。それでも、彼女はクラスで頼りにされてたと思う』

 

「目立つ能力がなかったのにか?」

 

『うん。彼女は面倒見が良かったから。言葉遣いは強かったけど、困っている子には声をかけてたし、掃除とかをサボる男子にも、ちゃんと注意したりハッキリ言うタイプだった』

 

「なるほどな」

 

『誰にでも優しい、って感じではなかったと思う。でも、頼られたらなんだかんだ手を貸してたかも』

 

うーん、真鍋の方も俺の印象と少し違う。

 

ここまでの話だけで考えると、面倒見のいいタイプだったらしい。

 

『ただ……私たちの学年が一つ上がった頃に、少し変わったかな』

 

「変わった?」

 

『うん。その年にクラス替えがあったんだけど、新しいクラスに、すごく影響力のある女の子のグループがあったの』

 

「もしかして」

 

『そう。相沢さんのグループだよ』

 

「やっぱりそうか」

 

『うん』

 

美琴は、少し記憶を辿るように続けた。

 

『ある時、そのグループの子と揉めた子がいたの。何がきっかけだったのかまでは分からないけど、その子は少しずつ陰口を言われたり、輪から外されたりするようになったみたい』

 

「……それは、きついな」

 

『うん。その子が頼ったのが、元々クラスが一緒だった真鍋さんだった』

 

「真鍋はどうしたんだ?」

 

『たぶん、放っておけなかったんだと思う。その子の味方になってあげてた』

 

美琴は静かに言う。

 

『でも、それからかな。真鍋さんの立ち位置が変わってきたのは』

 

「どう変わったんだ?」

 

『それまでは、特定のグループに深く入らずに、困っている子がいたら手を貸すくらいの子だった。でも、その頃から、真鍋さんの周りに人が集まるようになった』

 

「グループになったってことか」

 

『うん。そう見えた』

 

『最初は、一人を助けるためだったと思う。でも、その子と仲のいい子も真鍋さんを頼るようになって、相沢さんのグループと何かあるたびに、真鍋さんが間に入ることが増えていった』

 

「だんだん、個人同士の揉め事じゃなくなったわけか」

 

『うん。気づいたら、真鍋さんの周りにも人が集まっていて、グループ同士の話みたいになっていたんだと思う』

 

「一度そうなると、引くのも難しそうだな」

 

『そうだね』

 

少しだけ、電話の向こうが静かになる。

 

『私には、真鍋さんがその頃から強く振る舞うようになったように見えた』

 

「強く振る舞う?」

 

『うん。人当たりが前よりきつくなったり、誰が相手でも引かなくなったりしてね。それに、一人で動くより、周りの子たちと一緒にいることも増えたと思う』

 

「群れるようになったってことか」

 

『真鍋さん一人の力だけじゃ、相沢さんのグループには対抗できなかったんだと思う。向こうは人数も多かったし、影響力とかも強かったから』

 

「一人で強気に出るだけじゃ、どうにもならなかったわけか」

 

『うん。だから周りに人がいることも、必要だったんだと思う』

 

美琴は少しだけ息をつく。

 

『でも、真鍋さんも最初はそうなるとは思ってなかったんじゃないかな』

 

「どういうことだ?」

 

『一人の子を味方するだけなら、真鍋さん個人の問題で済んだと思うの。でも、周りに人が集まって、グループみたいになってからは違った』

 

「違った?」

 

『真鍋さんが引くと、真鍋さん一人が負けたことになるんじゃなくて、その周りにいる子たちまで押し切られたように見られるから』

 

「……ああ」

 

『だから、前より引けなくなったんだと思う。自分のためだけじゃなくて、後ろにいる子たちの立場まで背負うようになったというか』

 

「強い役を降りられなくなった、ってことか」

 

『うん。気づいたら真鍋さん自身も、そのグループの中心として振る舞わなきゃいけなくなっていたんだと思う』

 

電話の向こうで、美琴が少しだけ息をつく。

 

『まあ、ここまで色々話したけど、この対立って一年間だけだったよ』

 

「そうなのか?」

 

『うん。それにどっちかが負けたとか、仲直りしたとか、そういうことはなかった』

 

「じゃあ、どうなったんだ?」

 

『三年生になって、クラス替えがあったから』

 

「ああ」

 

『クラスが別々になって、自然と関わることが減ったの』

 

「それで終わった?」

 

『少なくとも、表向きは。三年生の時は、前より落ち着いていた気がする。ただ真鍋さんはそれからもリーダーは降りなかったみたいだけど』

 

「そうだったのか」

 

俺は小さく息を吐いた。

 

話を聞く前まで、真鍋はただ気が強くて、グループを率いるタイプなんだと思っていた。

 

でも、今聞いた話は少し違う。

 

最初から誰かを支配したかったわけじゃない。

 

結果的に人が集まり、気づけばグループの中心に立つ立場になっていた。

 

強くなりたくて強くなったというより、強く見せなければならなかった。

 

少なくとも、美琴の話からはそう聞こえた。

 

中学時代の対立。

 

それが二人の関係の始まりだったのかもしれない。

 

でも、それだけなら説明できないことが一つある。

 

公園で相沢は、真鍋の退学理由を何度も問い詰めていた。

 

ただ昔の揉め事を蒸し返したいだけなら、そこまで退学にこだわる必要はない。

 

退学になったこと自体に、相沢にとって特別な意味がある。

 

そう考えた方が、あの時の様子にはしっくりきた。

 

『あ、でも』

 

そんなことを考えていたときに、ふと美琴が何かを思い出したように声を上げた。

 

『三年生の時の話で、一つだけ思い出したことがある』

 

「何だ?」

 

『相沢さんのことなんだけど』

 

俺は耳を澄ませる。

 

『三年生の最後の方だったかな。相沢さんが、すごく落ち込んでるって話を聞いたことがあったの』

 

「落ち込んでた?」

 

『うん。私も直接見たわけじゃないんだけど、同じクラスの子たちが話してて』

 

美琴は少し記憶を辿るように続ける。

 

『噂では、どこかの入試に落ちたんじゃないかって言われてた』

 

「入試……」

 

『本当かどうかは分からないよ。あくまで噂だったから』

 

「いや、それだけでも十分だ」

 

俺は歩みを止めた。

 

駅前へ向かう人の流れが横を通り過ぎていく。

 

ここまで聞いた話から一つの仮説が浮かんできた。

 

もし、その学校が高度育成高等学校だったとしたら。

 

真鍋は合格し、相沢は落ちた。

 

そして、その真鍋は途中で退学し、地元へ戻ってきた。

 

相沢からすれば、自分がどうしても届かなかった場所を、真鍋は自ら手放したように見えたのかもしれない。

 

……だから、あそこまで退学理由に執着していたのか。

 

いや、まだ分からない。

 

でも、公園で見た相沢の態度と、美琴から聞いた話は、少なくとも一本の線で繋がり始めていた。

 

「……ありがとう、美琴」

 

『役に立った?』

 

「ああ。かなり助かった」

 

 相沢と真鍋。

 

 二人の関係だけじゃない。

 

 それぞれがどういう人間だったのかまで知ることができた。

 

 これなら、真鍋と話す時も少しは見え方が変わる気がする。

 

『よかった』

 

 どこか安心したような声だった。

 

「急に電話して悪かったな」

 

『ううん。それより』

 

 少しだけ間が空く。

 

『今度、何か奢ってね』

 

「……え?」

 

 思わず聞き返してしまう。

 

『情報料』

 

 そう言ったあと、小さく笑う気配がした。

 

「じゃあ、今度何か甘いものでも奢るよ」

 

『……ほんと?冗談のつもりだったんだけど』

 

「情報料なんだろ?」

 

『じゃあ、遠慮しない』

 

 少しだけ弾んだ声。

 

 電話越しでも、美琴が少し笑っているのが分かった。

 

「それじゃ、また学校で」

 

『うん。また明日』

 

 通話が切れる。

 

 真鍋志保。

 

 高育にいた頃の印象だけで見てもいけない。

 

 俺が知っている知識だけで、分かった気になってもいけない。

 

 公園で見た彼女も、美琴から聞いた彼女も、きっと真鍋志保の一部でしかない。

 

 なら、俺がこれから向き合うべきなのは――。

 

 誰にも話せなかったものを抱えた、一人の女の子としての真鍋志保だ。

 

 そう思いながら、俺は夕暮れの駅前へ向かって歩き出した。

 

 

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