山内春樹、退学後の世界を生きる   作:ナスカン

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土日のうちに少しでも進めたいので更新します。しかし、焦るとミスが出るので気をつけたい。



第八話 放課後の距離

 

 

編入二日目。

 

布団から出て、顔を洗う。

 

洗面台の鏡に映る自分の顔は、昨日より少しだけマシに見えた。

 

昨日は編入初日だった。

 

自己紹介は、何とか事故らずに済んだ。

 

柳颯太という隣の席のやつとも、結構話せた。

 

そして、黒崎美琴さんとも少しだけ話した。

 

つい、声をかけてしまった。

 

それだけなんだが、柳には一目惚れだのなんだのと散々からかわれた。

 

別に一目惚れではない。

 

確かに可愛かった。

 

まあ前世の記憶を思い出す前だったら一目惚れしてたかもしれない。いや、確実にしていた。

 

しかし、みんな可愛い顔からは想像もつかないような、強烈な裏の顔を隠したりしている事を知って少し慎重になっている。

 

そんなことを考えながら、制服に袖を通す。

 

今日から本当の意味で普通の生活が始まる。

 

昨日は自己紹介やら案内やらで、まだ初日特有の空気があった。

 

でも、今日からは普通に授業を受けるだけだ。

 

変に身構えすぎる必要はない。

 

そう考えて、俺はアパートを出た。

 

学校に着くと、教室には昨日よりも自然に入れた。

 

昨日は扉をくぐるだけで妙に緊張したが、今日は少しだけ足が軽い。

 

席に向かうと、柳がすでに座っていた。

 

机に肘をつき、眠そうな顔をしている。

 

「おはよう、柳」

 

「おー、山内。二日目もちゃんと来たな」

 

「初日で消えると思ってたのか」

 

「いや、昨日疲れた顔してたから」

 

「初日だったから、疲れてはいたけどな」

 

「まあ、編入初日ならそんなもんか」

 

柳は軽く笑った。

 

その気安さに、少し助けられる。

 

昨日知り合ったばかりなのに、もう普通に話しかけられる相手がいる。

 

それだけで、教室の空気はだいぶ違った。

 

「一時間目って何?」

 

俺はカバンを開けながら聞く。

 

「数学」

 

「朝から数学かよ」

 

「現実は厳しいな」

 

「お互い苦手だからな数学」

 

 

そんなやり取りをしながら教科書を出す。

 

その時、教室の扉が開いた。

 

何人かの生徒が入ってくる。

 

その中に、黒崎さんがいた。

 

昨日と同じように、落ち着いた足取りで窓側寄りの席へ向かう。

 

黒い髪が肩のあたりで揺れる。

 

姿勢がよくて、教室の騒がしさから少しだけ離れて見える。

 

俺が見ていると、柳が横から小さく言った。

 

「見てる」

 

「見てない」

 

「視界に入っただけだ」

 

「目線は追いかけてたぞ」

 

「うるさい」

 

俺は教科書に視線を落とした。

 

別に見とれていたわけじゃない。

 

ただ、目に入っただけだ。

 

一時間目の数学が始まった。

 

授業は普通だった。

 

先生が板書して、生徒がノートを取る。

 

問題を解いて、答え合わせをする。

 

「柳、これ分かるか?」

 

小声で聞くと、柳はノートを見たまま言った。

 

「分からん」

 

「即答かよ」

 

「分からんものは分からん」

 

「頼りにした俺が馬鹿だった」

 

「山内も分かってないだろ」

 

「まあな」

 

二人で小声で言っていると、前の席の女子が振り返った。

 

「そこ、移項してから因数分解だよ」

 

「あ、なるほど。ありがとう」

 

「いいよ」

 

こんなやりとりも青春の1ページだな。

 

授業が終わると、柳が机に突っ伏した。

 

「数学、朝一はきつい」

 

「同意する」

 

「山内、昼どうする?」

 

「購買かな。弁当作る余裕なかった」

 

「一人暮らしって大変そうだな」

 

「仕送りはあるけど、食費は抑えなきゃいけないし、そろそろバイトも始探そうと思ってる」

 

「バイトか!そういえば、この辺のバイトの募集あまりなかったような気がするけど大丈夫か?」

 

「まじか!他のやつはどうしてるんだ?」

 

「電車で二駅行くと結構栄えてるからあの辺でバイト探したりしてるかな」

 

「じゃあ、俺もその辺で探してみるか」

 

そこまで話すと柳が声の大きさを少し落とした。

 

「それに実はあの辺には女子校があってな。可愛い子も多いらしいぞ」

 

「それはいいことを聞いたぜ」

 

「いやでもお前にはもう黒崎さんっていう人がいるだろ」

 

「だから、そうゆうのじゃねぇって」

 

コイツこのネタ擦り続けるつもりだな。

 

そんな感じで、午前中は過ぎていった。

 

二時間目。

三時間目。

四時間目。

 

普通に授業を受けて、普通にノートをとる。

 

途中、黒崎さんと話すことはなかった。

 

向こうは向こうで、静かに授業を受けている。

 

誰かに話しかけられれば短く答える。

 

必要なことはちゃんと返す。

 

でも、それ以上は広げない。

 

柳が言っていた「鉄壁」という言葉が、少しだけ分かる気がした。

 

昼休みは柳と購買へ行った。

 

今日は無難にカツサンドとお茶を買った。

 

くだらない話をしながら昼飯を食べる。

 

午後の授業も、特に大きなことはなかった。

 

本当に何気ない一日だった。

 

 

そして放課後。

 

チャイムが鳴ると、教室の空気が一気に緩んだ。

 

部活へ行く生徒。

友達と話し込む生徒。

すぐに帰る生徒。

 

俺は荷物をまとめながら、隣の柳を見た。

 

「柳、今日も途中まで一緒に帰るか?」

 

柳ならOKしてくれると思った。

 

けど、今日はカバンを肩にかけながら首を横に振った。

 

「悪い。今日は用事あるから早く帰るわ」

 

「用事?」

 

「ちょっとな」

 

「彼女か?」

 

「違う」

 

「怪しい」

 

「まあ内緒だ」

 

「なんでだよ」

 

柳は笑いながら立ち上がった。

 

「じゃあな」

 

柳は手を振って、教室を出ていった。

 

俺は一人で荷物をまとめる。

 

柳がいないだけで、少しだけ放課後の空気が違って感じた。

 

まだこの学校に来て二日目なのに、あいつの存在が思ったより大きくなっていることに気づく。

 

それが少し可笑しかった。

 

「……帰るか」

 

俺はカバンを持ち、教室を出た。

 

廊下には、放課後特有のざわめきが広がっている。

 

部活へ向かう生徒たちの声。

 

靴箱へ急ぐ生徒。

 

先生に呼び止められる生徒。

 

普通の学校の放課後。

 

その中を歩きながら、俺は少しだけ息を吐いた。

 

今日は何も起きなかった。

 

本当に普通の日だった。

 

それでいい。

 

そう思いながら校門を出る。

 

アパートまでは歩いて十五分ほど。

 

まだ通い慣れたとは言えない道だが、昨日よりは迷わず歩ける。

 

夕方の空気は少しだけ涼しかった。

 

5分くらい歩いていると、前方に見覚えのある後ろ姿が見えた。

 

黒い髪。

落ち着いた歩き方。

周囲と少し距離を置いているような雰囲気。

 

黒崎さんだった。

 

声をかけるべきか、一瞬迷う。

 

昨日、購買の混み具合をいきなり聞いたばかりだ。

 

また変に話しかけたら、さすがに怪しい。

 

いや、同じクラスメイトだ。

 

帰り道で会ったなら、挨拶くらい普通だろう。

 

そう思っていると、黒崎さんの方がこちらに気づいた。

 

「山内くん?」

 

「黒崎さん」

 

自然に呼ばれて、少しだけ驚く。

 

俺は彼女の横に並ぶ形になった。

 

「帰り道、こっちなんだ」

 

「うん。アパートがこっちだから。黒崎さんも?」

 

「私は駅の方」

 

「じゃあ、途中まで同じだね」

 

そこで会話が一度止まる。

 

少し気まずい

 

まだ自然に会話が続くほど親しいわけでもない。

 

 

俺は少し迷ってから、昨日のことを思い出した。

 

「あのさ」

 

「何?」

 

「昨日、いきなり購買のこと聞いただろ」

 

黒崎さんが、少しだけ首を傾げる。

 

「購買?」

 

「ほら、混むかどうかって。柳が横で案内してくれてたのに、わざわざ黒崎さんに聞いたやつ」

 

「ああ」

 

思い出したように、黒崎さんは小さく頷いた。

 

「別に気にしてないよ」

 

「本当に?」

 

「うん。少し不思議な聞き方だなとは思ったけど」

 

「やっぱ思ってたか……」

 

思わず肩が落ちる。

 

自分でも、今思い返すと少し強引だった気がする。

 

「でも、編入初日だったし。分からないことが多いのかなって思っただけ」

 

「まあ、実際かなり困ってた。教室の空気も分かんないし、購買の場所も分かんないし」

 

「柳くんが案内してくれてたんでしょ?」

 

「学校のこととか、教室移動のこととか、あと学食の激辛カレーパンのこととか色々教えてくれたよ」

 

「最後のは、知らなくてもよさそう」

 

「柳いわく、命に関わるらしい」

 

「大げさ」

 

黒崎さんが少しだけ笑った。

 

昨日も見た、小さな笑みだった。

 

それだけで、少しだけ空気が柔らかくなる。

 

俺はほっとした。

 

少なくとも、昨日の変な質問で完全に引かれたわけではなさそうだ。

 

しばらく二人で歩く。

 

通学路には、同じ学校の生徒がちらほらいた。

 

ただ、俺たちが一緒に歩いていることを気にするほどではない。

 

たまたま帰り道が同じ。

 

それくらいに見えるだろう。

 

「山内くん」

 

黒崎さんがふと口を開いた。

 

「一つ聞いてもいい?」

 

その声は、さっきまでより少しだけ真面目だった。

 

俺は反射的に身構える。

 

「何?」

 

「昨日の休み時間に言ってた、東京の寮の学校って」

 

一拍置いて、黒崎さんは言った。

 

「高度育成高等学校?」

 

足が、止まりかけた。

 

不意打ちだった。

 

無用なトラブルを避けるためにぼかしていたが、学校名そのものをバレても問題ははない。

 

それは分かっている。

 

でも、

 

「……いや、まあ」

 

俺は言葉を探す。

 

咄嗟に誤魔化そうとした。

 

「なんでそう思ったの?」

 

言った瞬間、自分でも下手だと思った。

 

質問に質問で返してしまった。

 

これじゃ肯定しているようなもんじゃねえか。

 

黒崎さんは、俺の顔をじっと見た。

 

責めるような目ではなかった。

 

でも、見透かされている感じがする。

 

「山内くん」

 

「……はい」

 

「誤魔化すの下手だね」

 

「よく言われる」

 

「誰に?」

 

「主に俺の中の俺に」

 

黒崎さんは少しだけ目を瞬かせた。

 

それから、ほんの少し笑った。

 

俺は頭をかいた。

 

「まあ……そうだよ。高育。高度育成高等学校」

 

黒崎さんは、俺の答えを聞いても大きく反応しなかった。

 

「やっぱり」

 

「やっぱりって、何で分かったんだ?」

 

「昨日、東京の全寮制って言ってたから。それだけなら他にもあるけど」

 

「けど?」

 

「話し方が少し、隠してる感じだった」

 

「そんなに分かりやすかったか?」

 

「うん」

 

即答だった。

 

俺はどうやら、咄嗟の時は思っている以上に顔や態度に出るらしい。

 

「別に、責めたいわけじゃないよ」

 

黒崎さんが言った。

 

俺は彼女を見る。

 

その表情に敵意はなかった。

 

好奇心だけで踏み込んでいる感じでもない。

 

少し慎重で、少し迷っているように見えた。

 

「高育のことを聞かれたくないなら、無理に話さなくていい」

 

「……」

 

「ただ、少し気になっただけ」

 

「気になった?」

 

「うん」

 

黒崎さんは一度、前を向いた。

 

夕方の道を歩きながら、静かに続ける。

 

「実は、私には兄がいるの」

 

「兄?」

 

「うん。その兄が、退学者とか編入する人を支援する仕事をしてる」

 

その言葉に、俺は少しだけ反応した。

 

母さんが取り寄せていた資料のことも頭をよぎる。

 

「それで、高育の退学者や編入者のことも、少しだけ知ってる」

 

「……そうなんだ」

 

「詳しい内部のことを知ってるわけじゃないよ。ただ、普通の人よりは名前を聞く機会があるだけ」

 

黒崎さんは、こちらを不安にさせないように言葉を選んでいるようだった。

 

敵意はない。

 

そう伝えたいのが分かった。

 

だから、俺も少しだけ肩の力を抜く。

 

「山内くんは、進支会って知ってる?」

 

その名前が出た瞬間、俺は少しだけ目を細めた。

 

進支会。

 

進路移行者支援協会。

 

母さんが資料を取り寄せていた団体。

 

アパートで目にしたパンフレットの名前。

 

退学者や編入者を支援する団体。

 

メディアにも出ていて、母さんも知っていた。

 

でも、俺自身はそこまで深く見ていなかった。

 

資料の細かい内容も、正直ちゃんと読んだとは言えない。

 

「まあ、名前くらいは」

 

俺はそう答えた。

 

「そう」

 

黒崎さんは軽く頷く。

 

「じゃあ、支援は受けてないんだ?」

 

「まあ、学校とかがやってくれたから」

 

「学校が?」

 

「直接全部ってわけじゃないと思うけど。候補校とか、手続きとか、住む場所とか、その辺は色々」

 

少しぼかしながら話した。

 

高育の内部制度や退学後の細かい支援内容を、どこまで話していいのかまだ分からない。

 

「そう」

 

黒崎さんは、何かを考えるように小さく呟いた。

 

「じゃあ、この学校が初めての編入先?」

 

「そんなに何回も編入なんてしないだろ」

 

俺が少し笑って返すと、黒崎さんは一瞬だけ黙った。

 

「……まあ、そうかもね」

 

その反応が、少しだけ引っかかった。

 

今の言い方。

 

まるで、何回も編入する人間を知っているみたいだった。

 

「でも」

 

黒崎さんは続けた。

 

「相談だけでも行く人は多いから、少し珍しいと思って」

 

「進支会に?」

 

「うん」

 

「退学したら、みんなそういうところに相談するのか?」

 

「みんなじゃないよ。でも、不安になる人は多いから」

 

その言葉は、妙に現実味があった。

 

退学した後。

 

俺は母さんや学校が動いてくれた。

 

編入先も、アパートも、試験も、手続きも。

 

もちろん不安はあった。

 

でも、完全に一人で放り出されたわけではなかった。

 

もし何もなかったら。

 

高育を退学になって、次の学校も住む場所も決まらず、周りに相談できる相手もいなかったら。

 

たぶん、かなりきつかったと思う。

 

「……まあ、不安にはなるよな」

 

俺は小さく言った。

 

「山内くんも?」

 

「そりゃ、まあ」

 

正直に答えた。

 

見栄を張っても仕方ない。

 

退学した直後の俺は、かなり動揺していた。

 

怖くないわけがない。

 

自分がどこへ行くのか分からない。

 

友人と離れる。

 

学校を変わる。

 

高育に戻ることはできない。

 

その現実を、簡単に受け止められるわけがなかった。

 

ふと気になったことを聞いてみる。

 

「黒崎さんは、くわしいみたいだけど、その……お兄さんの仕事を手伝ってるのか?」

 

聞いていいのか迷ったが、今の流れなら不自然ではないと思った。

 

黒崎さんは少しだけ首を横に振った。

 

「手伝ってはいないよ」

 

「そうなんだ」

 

「詳しいことも、全部知ってるわけじゃない」

 

「でも、高育とか進支会には詳しいんだろ?」

 

「少しだけ」

 

黒崎さんはそう言った。

 

少しだけ。

 

その言葉は便利だ。

 

俺もよく使う。

 

だからこそわかる。それは全部は話さないための言葉。

 

嘘ではないけど、全部でもない言葉。黒崎さんにも、たぶん踏み込まれたくない場所がある。

 

俺はそれ以上、兄のことを聞かなかった。

 

「私は高育のこと、無理に聞いたりはしない」

 

「……助かるよ」

 

「でも、もし困ったことがあったら、相談先があるってことは覚えておいてもいいと思う」

 

「相談先?」

 

「進支会」

 

その名前を出した時、黒崎さんの声が少しだけ硬くなった気がした。

 

「黒崎さんの兄さんのところ?」

 

「……そう」

 

少し間があった。

 

肯定するだけなら、すぐに言えるはずなのに。

 

「いいところなのか?」

 

俺が聞くと、黒崎さんはすぐには答えなかった。

 

歩く速度が、ほんの少しだけ落ちる。

 

「少なくとも、助かってる人はいると思う」

 

「……思う?」

 

「うん。支援自体はちゃんとしてる。編入とか、退学後の相談とか、そういう部分で救われた人がいるのは本当」

 

黒崎さんはそこで一度言葉を切った。

 

「でも、だからって全部を信用していいかは、別の話だと思う」

 

「……」

 

その言い方に、少しだけ引っかかった。

 

兄のやっている団体を、ただ誇っているわけじゃない。

 

かといって、完全に否定しているわけでもない。

 

黒崎さんはたぶん、近くで見ているからこそ分かるものがあるんだろう。

 

黒崎さんは、進支会のことあんまり信用してないのか?

 

つい聞きそうになって、俺は言葉を飲み込んだ。

 

昨日今日知り合ったばかりの相手に、そこまで踏み込むのは違う。

 

兄のこと。

家のこと。

進支会のこと。

 

どれも、軽い好奇心で触れていい話じゃない。

 

前の俺なら、たぶん聞いていた。

 

「へえ、兄貴何してんの?」

「その会ってなんか怪しくね?」

「黒崎さん的にはどう思ってんの?」

 

そんなふうに、相手の顔色も見ずに踏み込んでいたかもしれない。

 

でも今は、それをしたら駄目だと分かる。

 

「まあ、何かあったら覚えておくよ」

 

俺がそう言うと、黒崎さんは小さく頷いた。

 

「うん。ただ、頼るならちゃんと考えてからにした方がいい」

 

「……それ、相談先を紹介する時の言い方じゃなくないか?」

 

「そうかも」

 

黒崎さんは少しだけ苦笑した。

 

「でも、何も知らないまま一人で抱えるよりは、選択肢がある方がいいと思うから」

 

「なるほどな」

 

進支会。

 

その名前を、俺は頭の片隅に置いておくことにした。

 

 

「でも山内くんには必要ないかもね。」

 

「なんでだよ」

 

「学校で楽しそうにしてるから。それに友達作りも得意そう」

 

「まあ友達できなくて困ったことはないかな」

 

彼女はできたことないけど。

 

そんなことを話していると、駅へ向かう分かれ道に差しかかった。

 

黒崎さんはそちらへ向かうらしい。

 

俺のアパートは反対方向だ。

 

「じゃあ、俺こっちだから」

 

「うん」

 

そこで会話は終わる。

 

そう思って一歩踏み出しかけた時、黒崎さんが小さく口を開いた。

 

「山内くん」

 

「ん?」

 

振り返ると、黒崎さんは少しだけ言葉を探すように視線を落としていた。

 

「今日は、ごめんね」

 

「え?」

 

「前の学校のこと、思い出させるような聞き方をしたから」

 

そう言われて、俺は一瞬返事に困った。

 

別に、責めるつもりなんてなかった。

 

黒崎さんが茶化すような気持ちで聞いたわけじゃないことくらい、俺にも分かる。

 

「いや、別に。そこまで気にしてないって」

 

「でも、聞かれたくないことだったかもしれないでしょ」

 

「……まあ、話したい話ってわけではないけど」

 

そう答えると、黒崎さんは少しだけ目を伏せた。

 

その反応を見て、俺は慌てて言葉を続ける。

 

「でも、黒崎さんが悪気があって聞いてきたわけじゃないのは分かってるから」

 

「……うん」

 

「むしろ、黒崎さんのことも少し知れて嬉しかったよ」

 

そう言うと、黒崎さんは少しだけ目を瞬かせた。

 

それから、小さく頷く。

 

「うん。ありがとう」

 

俺は照れくさくなって、軽く頭をかいた。

 

「……まあ、役に立ったならよかった」

 

「うん」

 

「じゃあ、また明日」

 

「うん。また明日」

 

黒崎さんは駅の方へ歩いていく。

 

俺はその背中を少しだけ見送ってから、反対方向へ足を向けた。

 

 

黒崎さんは、俺が高育出身だと気づいていた。

 

でも、敵意はなかった。

 

興味本位で晒そうとしているわけでもなさそうだった。

 

むしろ、俺が困っていないかを確かめているようにも見えた。

 

「……兄が、退学者を支援する仕事、か」

 

昨日より少しだけ、黒崎さんのことを知った。

 

そしてたぶん、黒崎さんも少しだけ俺のことを知った。

 

ただ、それが本当にいいことなのかどうかは、まだ分からない。

 

でも、少なくとも。

 

明日、教室で顔を合わせた時。

 

昨日よりは、少し話しやすい気がした。

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