WANTED   作:原ちゃん@

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新連載です。


introduction「静けさが邪魔をしている」

 

この本を手に取ってくれた読者諸君、どうも。

 

私の名前は……おっと、忘れていた。これはまだ明かしてはいけない決まりだったな。本当は顔写真でも載せたいところだが、諸事情というやつさ。

 

1979年、日本国が実質滅亡した。

 

それから20年───

 

日本国はマフィアなどの反社会的勢力に借金をし国は犯罪者共の巣窟になっていたときの実体験。まぁ言ってしまえば私自身の記憶の日記だ。

 

君たちに敬意を表して、少し昔話をしようか。

 

──それは、今の私から見ればあまりに狭い世界の話かもしれない。だが、当時の私にとっては、それが世界のすべてであった。

 

近畿地方 大阪 「新世界」

 

1999年 7月 24日

 

夜。まだ遊び足りないとばかりに、街はけばけばしいネオンと人混みで溢れかえっていた。その喧騒から弾き出されたような薄暗い路地を、一人の少年──グレイ・リオルが駆け抜ける。

 

背後からは、殺気立った足音が必死に追ってきていた。

 

「──あいつだ! 俺たちのメンツを潰しやがったクソガキは! おい、このまま逃げ切れると思うなよ、生きたままミンチにしてやる! ……だが、大人しく投降すりゃあ、軽く殺してやるぜ!」

 

「どっちみち殺す気満々だろ。へっ、お前らみたいな奴らに殺されるくらいなら、自分で死んだ方がマシだね」

 

グレイは、走りながら吐き捨てるように呟いた。

 

相変わらずの逃亡の日々。発端は、自分にカツアゲしてきた男が「俺をシルバーファミリーの誰だと思って──」と言いかけた瞬間、気づけば拳をその頬にめり込ませていたことだ。そしてカツアゲ男とはいえメンツを潰された組織はグレイを指名手配し、こうして執拗に追い回している。

 

追われている最中だというのに、こみ上げる欠伸を噛み殺していた。

 

──はぁ、なんでこんなことになっちゃったかな。

 

確かにたまに悪いことで稼いでいたし、まともに働いたことなんてない。友達も恋人もおらず、守るべきものも、守ってくれる者もいなかった。……まあ、いたところで、どうなったというわけでもないが。

 

グレイが右の角を曲がった瞬間、背後をチラリと振り返った。追ってくるマフィアたちの口角が、ニヤリと上がるのが見えた。そこには壁と置き物しかなかった。

 

その先が行き止まりであることを、縄張りを把握しきっている彼らは知っていたのだろう。勝ちを確信した奴らが一気にスピードを上げ、角を曲がってくる。

 

しかし、ジ・エンドを迎えているはずの路地の先には、少年の姿は影も形もなかった。

 

「チッ、俺達ぁまた巻かれたのか!」

 

「いや、まだだ…壁を登ったところで相手は一人だ、近くを探せ、探せぇ!!」

 

罵声と足音が遠ざかっていく。

 

しばらくして、路地の隅に置かれた生ゴミ用のゴミ箱の蓋が、内側から勢いよく吹き飛んだ。中から這い出てきたグレイは、尻についた生ゴミを払いながら空を見上げる。

 

「俺のほうが、一枚上手だったってことさ」

 

隠れ家への帰り道、ぽつりと自分の「世界」について考えていた。

 

『悪魔がいて、どんな願いも叶えてくれる』

 

そんなくだらない噂を信じて集まった無法者たちのせいで、この街は人間の悪意の膿(うみ)で溢れかえっている。壁の至る所には、不気味な「悪魔の文字」が落書きされていた。人口が膨れ上がりすぎた結果、犯罪者が増え続け、法を管理する警察はとうに機能していない。動くのは国家の根幹を揺るがす可能性があるときだけだ。

 

「うわ……くっさ……。なんだよ、またか。南無阿弥陀仏……」

 

路地裏に、ナイフで滅多刺しにされた中年男性が転がっていた。

 

通りがかった露店の店主は、死体からそれほど離れていない場所で何事もないように客引きを続け、通行人の一人は死体のポケットから無造作に財布を抜き取って歩き去っていく。他の通行人は邪魔なオブジェのとでも言うように踏みつけながら歩き雑談を続けている。

 

それが、この街の「普通」だった。

 

異常が日常に染み付いたグレイの心も、何も感じてはいなかった。ただ、こんなクソみたいな世界で、明日も明後日も逃げ続けるだけの運命が──。

 

不意に、目頭が熱くなった。

 

手の甲に、ぽつりと冷たい水滴が垂れる。

 

「あれ……なんで涙なんか出てんだろ。いつもよりカッコわりぃぜ……俺」

 

逃げれば逃げるほど、明るく生きていこうとの思いとは裏腹に殺されるかもしれないという不安で心が少しずつすり減っていた。かといって、マフィア相手に一人で特攻して豪快に散るほうが、逃げ回るよりずっとマシだと分かっているのに、自分が捕まった末路を想像するだけでそんな勇気は微塵もでなかった。結局、逃げることしかしない自分自身に嫌気がさし天を見上げてため息をついた。

 

──その時、街には不穏な黒い風が吹いていた。

 

同じ頃、大通りでは「もう死に体も同然のはずの警察」が、サイレンを狂ったように鳴り響かせ、ある少女と激しいチェイスを繰り広げていた。まるで国家の最高機密でも盗み出されたかのような、異様な包囲網。その中を、黒髪を風になびかせ、彼女はバイクを走らせる。

 

自分の運命がここから激変することなど知る由もないグレイは、隠れ家である廃墟の洋館の屋上に登っていた。夜風を浴びながら、眼下に広がる冷徹な街を見下ろす。

 

──この静けさが、俺の邪魔をしている。

 

誰も自分に興味を持たない、死んだような静寂。またその静けさは自分自身の心の弱さを映しているようだった。

 

グレイはそう呟くと、屋上の柵を跨ぎ、迷わず身体を宙に投げ出した。自分の手で、この退屈な日常を終わらせるために。

 

『グレイは、幸せに生きてね』

 

地面へと落下する瞬間、脳裏に母の声が響き、走馬灯のようなもので、親が殺されたあの日の記憶が広がった。もうあの時から自分の存在は壊れたのかもしれない

 

──ごめん母さん。逃げ続けるだけの退屈な世界は、俺にはどうやっても耐えられなかった。

 

世界が、ゆっくりと引き伸ばされる。

 

激突の直前、一瞬だけ見えた地面。そこには滑り込み視界を遮るものがあった。短く黒い髪をした少女が漆黒のバイクのハンドルを握りまたがっている。そして凍りつくほどに美しい目だけが鮮明に見えた。

 

ひどく舞う風、懐かしい匂い、美しい少女──グレイはそれらに何も思うことなく、ただ心地よい風に包み込まれ、そっと目を閉じた。

 

──数時間後。

 

目を覚ましたグレイがいた場所は、硬いアスファルトの上ではなく、夜を疾走するバイクの後部座席であった。




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