ワイルドゾーン17ぐらし!! 美少女AIポリ子ちゃん   作:ナニトゾ

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2話 ぶっ飛ばせ屋上のクチート

 

「こんなところに、住むんじゃねえ!!」

 

 

ウーバーイーツの配達員は、結構な声量でそう叫んだ。ジェイミーは一瞬びくりと身を縮めて、苦笑する。まあ理解はできる。さっきまで命の危機だったのだし。

ジェイミーはその叫びには返さずに、彼女からとりあえず荷物を引き取る。中身を確認。

 

コーヒーの瓶。傷はなし。野菜。若干ひしゃげているが致し方なし。チョコレート。割れているがポリゴン2は気にするような性格ではない。

 

 

「うん、多少潰れているけれど不問としよう」

 

「なんでアンタそんな平気なツラしてられんだよ⋯⋯」

 

 

配達員はまだ頬をヒクつかせたまま、ジェイミーの手元から鞄が帰ってくるのを待っていた。

 

さて、先程までの騒ぎを聞きつけたのだろう。廊下の向こうから、足音が立つ。程なくして。

 

 

「やあやあ君たち、あまり騒いじゃあいけないよ、カエンジシが苛立つ」

 

 

恰幅のよい、初老の男性が現れた。彼はジェイミーと配達員を見比べて、理解が追いつかないと目を細める。

 

 

「ジェイミーくん、そちらの方は?」

 

「配達員さんですよ。ウーバーの」

 

 

ジェイミーは共用キッチンの冷蔵庫に野菜を移しながら、軽く顛末を説明した。配達員がカエンジシに囲まれていたこと。どうにか難を逃れ、今ここにいること。

男性の方はわざとらしく両手を挙げて、小さく笑う。

 

 

「そりゃあ大変だった!! 申し訳なかったね、えーと──お名前は?」

 

「⋯⋯グロット」

 

「グロットさん!! 私はジンペイタ、よろしくね。折角だグロットさん、お茶でも飲んでいきますか。外のカエンジシが迷惑かけたお詫びにね」

 

 

それからそう言って、ジンペイタもまた共用キッチンに立ち入った。

2人も入ると流石に手狭だ。ジンペイタは身体が大きいので特に。ジェイミーは残りの野菜を冷蔵庫に押し込んで、チョコレートだけ回収してキッチンを出る。横目で確認すれば、ジンペイタは輸入物のリョクチャを淹れ始めたところだった。

 

配達員の女性──グロットは、まだ床にへたり込んでいる。急にお茶の誘いをされた形だが、特に慌てるような素振りはない。

 

 

「座りますか、えー、グロットさん。そこにテーブルがあってね、俺ら、普段そこで揃って食事にするんです」

 

 

そう言いながらジェイミーが椅子を引いてやれば、配達員ものそりと立ち上がった。まだふらつく足で歩み寄ってきて、腰掛ける。

 

 

「俺はジェイミー」

 

「それはわかってる」

 

「ああそう」

 

 

言葉に棘がある。まだ苛立ちは消えていないようだ。

 

ジェイミーは積荷を抜き終えたウーバーイーツの鞄をグロットに返して、何気なしに周囲を見る。具体的にはまた廊下の方。少女が1人、こちらを覗いている。ジェイミーに見られていることに気がついて、少し背を縮こまらせた。

ジェイミーの視線を追って、ジンペイタもまた彼女に気づく。

 

 

「おはようアレクシィさん!! 今日は早起きだね、悪い夢見た?」

 

「いえ⋯⋯1階がうるさくて⋯⋯怖くって⋯⋯」

 

「ゴメンねアレクシィちゃん、俺がうるさくした」

 

 

ジェイミーがそう呼びかけながら、グロットの隣の椅子を引く。少女はジェイミーの意図を察して、のそのそと寄ってきて、椅子に掛けた。それから、隣に居るグロットに目配せして、小さく会釈。

 

 

「あ、あの、アレクシィっていいます」

 

「⋯⋯アタシはグロット」

 

「よ、よろしくお願いします⋯⋯?」

 

「別によろしくされることはねえ。ただの配達員だよ」

 

 

グロットが小さくそう吐き捨てれば、まあまあそう言わずに、なんて笑ってジンペイタがやって来る。その手にはトレイを抱えていて、ジョウト式のユノミが4つ並んでいる。

 

 

「はいどうぞ、グロットさん!!」

 

「⋯⋯どうも」

 

 

グロットは受け取ったユノミに口をつけて、少し啜る。ジェイミーとアレクシィもまたユノミを受け取り、めいめいに口をつけた。

 

 

「気分は落ち着いた?」

 

 

ようやく椅子に掛けたジンペイタがそう聞いてみるが、しかし、やはりグロットは首を振る。

 

 

「⋯⋯悪い、あんまり落ち着かない」

 

 

数秒沈黙。壁の向こう側から、カエンジシがゴロゴロと鳴く声が小さく聞こえる。静かにそれを聞き届けて、彼女は深い溜息を1つ。

 

 

「だってすぐそこにカエンジシがいるんだぞ? なんで平気なんだよ、アンタらは」

 

 

そう、グロットが問えば。

 

 

「……平気じゃありません」

 

 

か細くそう返す声。アレクシィの発言だ。彼女は常ながら──すくなくともここしばらくは常にそうであるように、怯えたように目を細めて、続ける。

 

 

「⋯⋯ジンペイタさんと、ジェイミーさんは、わかりませんが⋯⋯私は怖いです」

 

「⋯⋯良かった、ちょっと安心してるわ今。全員危機感感じるアタマが無いのかと」

 

 

ぼろっと嫌味が飛んできたので、ジェイミーはわざとらしく肩を竦めて受け流す。

 

 

「でも、ならなんでアンタ、ここに住んでるんだ?」

 

「だって怖くて──私、外になんて、出られません。こんなカエンジシだらけの家、出られないに決まってます……」

 

 

やはりか細い声。グロットは内容は理解して、しかし納得できないように眉をひそめた。

アレクシィにフォローを入れるように、ジンペイタも続ける。

 

 

「まあ実際、グロットさんの指摘は当たっていてね。このテーブル、今は君含めて4人座っているが──このアパルトマンにいる人間は、これで全員だ」

 

「⋯⋯は?」

 

「他に住んでた人は、みーんな、出ていってしまった」

 

 

あっけらかんと両腕を広げて、ジンペイタは笑う。当然、笑っていられる事態ではなかった。

 

ミアレシティにポケモンが増え始めて、もうしばらく経つ。

最初の契機となったのは──多分、5年前のフレア団による事件だった、のだと思う。具体的なところは何一つわからないが、ともかく何かの切っ掛けがあって、ここミアレシティにはポケモンが増え始めた。

引き寄せられるように野生ポケモンが来訪し、街路に住み着く。中には凶暴なものもいて、人が襲撃される事件も数知れず。共存──あるいは住み分けのために、ホロによる土地隔離、即ちワイルドゾーンの仕組みが整備されるようになり、そしてそのワイルドゾーンの指定数も、日を追うごとに増加してきた。

 

今となっては、そこにある前庭にもポケモンが住み着いて、アパルトマンごとワイルドゾーン17として隔離されてしまった。おまけに前庭に巣食うのは、よりにもよって人を積極的に襲うカエンジシの一団だ。

 

当然、住み心地は最悪。住民はごっそり逃げ出してしまった。

 

 

「やっぱりな。そっちの方が普通だろ。アンタもそうした方がいい」

 

「私はここの家主だよ?」

 

 

ジンペイタはまだ笑っている。

 

 

「それに、私も歳だから、脚が悪くてね。もし外に出てカエンジシに見つかったら、多分彼らのおやつになる」

 

 

その言葉もグロットは聞き届けて、しかし、やはり腑に落ちないといった顔。その顔のままでジェイミーにも視線を向ける。

 

 

「⋯⋯じゃあ、アンタは?」

 

「まあ、色々ね」

 

 

言葉を濁した。

グロットも深掘りする気はなかったようで、また1つ溜息。そして。

 

 

「⋯⋯ハッキリ言うのは、アタシもどうかと思うけど。でもやっぱりアンタらヤバいよ。こんなトコにいちゃいけない」

 

「でも、外にはカエンジシが」

 

「誰か、ポケモントレーナーに護衛を頼めばいいだろ。最近じゃ探偵さんが何でも助けてくれるって評判だ」

 

 

それから、続けて。

 

 

「何かがあった時、誰が責任を取れるんだ?」

 

 

返答は、誰も出来なかった。

 

十数秒、たっぷりの沈黙が空間に溢れて、グロットの側が首を振る。

 

 

「⋯⋯いや、悪い。ついムキになった。良くないな、アタシ」

 

「いいや、間違ってないよ」

 

 

実際、指摘は間違いではない。危機は目の前にあって、今の生活はずっとは続かない。それは理解しているものの、足を踏み出すつもりになれない。決断を、先送りし続けている。

ここに住んでいるのは、そういう3人だ。

 

また沈黙が辺りを包みかけて、思い出したようにグロットはウーバーイーツの鞄を引っ掴んだ。とっくに冷めたリョクチャを飲み干して、席を立つ。そういえばそうだ。彼女はあくまでただの配達員。

 

 

「じゃ、アタシはそろそろ」

 

 

そう言いながら踵を返しかけて──困惑したようにフリーズする。

 

 

「なあ、この家の玄関って」

 

「ああ、裏口はそっちだよ」

 

 

ジェイミーも追って席を立って、アパルトマンの片隅、裏口を指差す。──裏口、と便宜上彼は呼んでいるのだが。

 

 

「裏口っていうか、ただの窓だ」

 

「まあ急造だからね。窓の下の荷物は階段代わりだから、踏んでいっていい」

 

 

グロットを先導しつつ、ジェイミーも裏口のドアの側へ。ドアと言っても、元は窓だったものに板を打ち付けたものだ。カエンジシが陣取る表の玄関は使えないので、無理やり裏口に改造した形。

 

 

「ここを出てすぐ右に曲がること。左手にはさっきのカエンジシ達がいるから、見つからないように。あと右手側を進むときにも、地面に空いた穴に近づいちゃダメだよ」

 

 

ホルードが飛び出してくるからね、と付け加えれば。グロットはまた眉をひそめて、それから小さく頷いた。それから彼女は静かに窓を開けて、ゆっくりと外へ踏み出す。

 

 

「じゃあ、気をつけて帰りなね」

 

「⋯⋯気をつけて生きろよ」

 

 

会話は、それで終わりだ。

グロットが出ていって、裏口のドアが閉まる。

 

───

 

翌日。

 

 

「こんなところに!! 2回も呼ぶな!!」

 

 

裏口の扉を静かに閉じて、深く深呼吸を1つしてから、グロットはそう怒鳴りつけた。

真正面からそれを受けたジェイミーは一瞬ぐらりと来るが、受け流して苦笑する。それから催促するように、グロットに右手を差し出した。

 

 

「⋯⋯チッ。ほら、どうぞ」

 

「はいはい。注文通りの品、受け取りました、と」

 

 

グロットからパッケージを受け取って、軽くジェイミーはそれを確認する。新品、傷はなし。

 

 

「というか大体、配達の仕事を受けるかどうかは君たちでも決められるんだろう? ウチからの依頼は蹴り出せばいいんじゃないか」

 

「⋯⋯こんな案件、他の奴がやって死んだらいけないだろ」

 

「意外と立派」

 

「ああ?」

 

 

軽口を叩きながら、パッケージのフィルム包装を剥ぐ。中身を確認すれば、そこにあるのは白いディスク。

技マシン、と呼ばれるものだ。ポケモンに、特定の技を覚えさせるためのもの。技マシンごとに覚えさせられる技は異なっており、今回購入したものは。

 

 

「でも、なんでそんな技マシンを頼むんだ?」

 

 

技マシンNo.044──『はかいこうせん』。

 

 

「表のカエンジシにぶっ放すのか?」

 

「まさか。もし1匹倒せても、残り5匹に袋叩きにされる。現実的じゃないね」

 

「じゃあ何のために?」

 

 

もっともな疑問だろう。ジェイミーはディスク裏面に目を通しながら返答する。

 

 

「屋上に光回線の引き込み設備があったんだけど、今朝食い破られたみたいでね」

 

「食い破られた? 誰に?」

 

「クチートだよ。屋上に居座っているんだ。それもでっかい奴が」

 

「クチートが?」

 

 

クチート。あざむきポケモン。はがね・フェアリータイプの小型なポケモンだが、後頭部から生える大顎は超強力。鉄骨を噛み切ることで知られており──今回、屋上の設備を食い壊された。

 

 

「おかげでネット回線が使えなくなった。これじゃ仕事にならなくてね」

 

「仕事?」

 

「リモートワーカーって奴だよ。俺は自室で仕事をしてるんだが、ネット回線が無いと会社のPCにアクセスできない」

 

 

そんなことを話していると、また足音。ジンペイタだ。片腕に工具箱を提げている。

 

 

「やあ、グロットさん。昨日ぶりだね」

 

 

お茶飲む? と彼が聞けば、小さく首を振るグロット。長居する気は無いらしい。

 

 

「ジェイミーくん、技マシンは?」

 

「受け取りましたよ。すぐにインストールします」

 

「頼むよ。クチートに退いて貰わないと、私も修理が出来ないからね」

 

 

ジェイミーはディスクを再びパッケージに仕舞う。さっさとこの技マシンを使用して、屋上設備を修理して貰わなければ。

──さて、覚えさせる対象はどこに行ったか。

 

辺りを見回す。さっきは確かキッチンの辺りを浮いていたはずなのだが。

キッチンの影、居ない。廊下、居ない。玄関口、居ない。周囲を見回して、突っ立っているグロットと目が合う。

 

 

「なあアンタ。ところで、誰に使うんだ? はかいこうせんの技マシン」

 

『ワタシだよ!!』

 

「ひぃっ!?」

 

 

──どうやら、ポリゴン2はグロットの影の辺りにいたらしかった。不意の声、そしてポリゴン2の姿に縮み上がるグロット。

ポリゴン2はいつもそうしているように、首の機械からホロを投影し、アバターの上半身を生やしている。グロットの立ち位置からは、多分──地面から顔色の悪い女の上半身が生えているように見えているだろう。

 

 

「何!? 誰!? なんだコイツ!? え、ポリゴン!?」

 

『失礼だねぇ!! ヒトの顔を見て怖がるなんてねぇ!!』

 

「喋ってる? え、ポリゴン──ポリゴン2だよな、コイツ!? 違うの!?」

 

 

事情を説明する。

 

そこにいるのはポリゴン2であること。色々と機能を増築した結果、人型アバターを生やしベラベラと喋る仕様になっていること。今からそのポリゴン2にはかいこうせんをインストールしてクチートを打倒するつもりであること。

 

そこまで、ようやく聞き届けて。

 

ああ、そう。変な趣味だな。

 

ぼそりと、本当にぼそりと、グロットは毒づいた。

まあそんなこと言われたって、ジェイミーは別に何ともない。変な趣味なのは承知の上だ。

 

 

「でもアンタ、屋上のクチートは強いんだろ? ポリゴン2で勝てんのか?」

 

『ジェイミーとワタシで頑張れば、99.9%勝つよ!!』

 

 

ふんす、と胸を張る少女の上半身。それを生やすポリゴン2の側も、バタバタと腕を回してやる気である。

 

 

「でもタイプ相性が悪いだろ」

 

『ジェイミーとワタシなら大丈夫!!』

 

「そうか? ……まあ、そうだな、別にアタシが気にすることじゃないか」

 

 

そこまで言って、グロットは鞄を背負い直す。裏口へ歩いて、ドアノブに手を掛けて。

 

 

「じゃ、気をつけろよアンタ」

 

「そうするよ」

 

 

言い残して、退出した。

 

 

 

それからおおよそ1時間後。

ジェイミーはビルの屋上、屋根の段差に身を潜めている。この段差を登れば──そこに、巨大なクチートが居座っている。

 

 

「ぐぎゅぎゅ〜♪」

 

 

まだこちらには気づいていない。ご機嫌な声と共に何やらガリガリと音がするので、多分、また配線設備を齧っているのだろう。鉄を食べるポケモンではなかったはずだが、食感が気に入ったのだろうか。

どうにかしなければ、と思い、そしてその手段は既にある。ジェイミーは自分のすぐ隣、ポリゴン2に目を向ける。

 

 

「撃てるか?」

 

『もちろん!! 一緒に頑張ろうねジェイミー!!』

 

 

ポリゴン2のボディから伸びる、ホロの少女がそう笑う。

 

やることはシンプルだ。クチートの隙を突いて、ポリゴン2のはかいこうせんをぶち込む。それだけ。

息を整える。クチートの動きを見定める。頭全部が、設備の向こうに見えなくなって──今だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「決めろ──はかいこうせん!!」

 

『くらええええええっ!!』

 

 

屋根の段差を飛び上がって、ポリゴン2に指示を叫んだ。瞬間、そのボディの眼前にエネルギーが収束し、極太のはかいこうせんが練り上げられる。

 

轟音!!

 

苛烈なまでのエネルギーが、クチートを捉えた!!

真横のジェイミーも即座に発汗するほどの熱量。ポリゴン2の真上に浮かぶホロも、ノイズが混じって表示がブレる。

 

 

『うおお■おおお■■おおお■!!』

 

 

……照射は、たっぷり15秒。

 

それが過ぎて、はかいこうせんのエネルギーは尽きたようだった。光線は細切れになって消滅し、ポリゴン2のボディはボトリと屋根に墜落する。

 

さて、クチートは?

 

 

「ぐきゅあぁん……?」

 

 

まだ余裕で立っている。

 

 

「は?」

 

 

めちゃくちゃ余裕で立っている。決して無傷ではないが、しかし普通に立っている。

なんで!?

 

 

「……おい、なあ、ポリ子!!」

 

『■■■■■■■■ ■■■■ ■■』

 

 

墜落したポリゴン2のボディを揺さぶるが、ノイズばかりで反応はない。ホロの表示もノイズだらけで、人型を保てていなかった。

クチートは既にジェイミーを見据えていて、じりじりと距離を詰めてくる。余裕で動ける様子である。具体的に言えば、まだ体力は半分削れた程度。

 

実のところ、当たり前の事象であった。単に、ポリゴン2ではクチートを倒せるだけのはかいこうせんの威力が出せない、それだけのこと。

ポケモントレーナーの用語で言うところの、確定二発、というやつだ。

 

 

「ポリ子ォ!!」

 

 

ジェイミー絶叫。

 

 

「ポリ子!! あんまり効いてないぞ、おい、アイツ全然動くんだけど!!」

 

『■■■■ ■ ■■■ ■ ■』

 

 

また1歩。クチートが距離を詰める。

ジェイミーの手持ちポケモンはポリゴン2だけだ。今戦えるポケモンは他にいないし、しかし背を向けて逃げ出したところで、クチートに背中を食われるのがオチだ。

 

詰んでいる。

 

 

「くっそ──

 

 

小さく罵声が口から漏れる。

思い出されるのは、ポリゴン2との会話。そもそもアイツが今回の作戦に賛同したから、こんなとこになっているわけで。

 

……そうだ。ポリゴン2(AI)が、今回の作戦に賛同していたのだ。はかいこうせんだけではクチートは倒しきれないと、計算出来ていいはずの存在が。

なら、何か。俺の方に、見落としがないか?

 

頭の中に、ポリゴン2の──少女の声を想起する。

 

 

『ジェイミーとワタシで頑張れば』

『ジェイミーとワタシなら』

『一緒に頑張ろうねジェイミー!!』

 

 

「──え、俺も戦えってこと?」

 

 

血の気が引いた。

思い返せば、あの少女の声は、常に『ジェイミーとポリゴン2が』クチートに対応すると話していた。ならば、それはつまり。

ジェイミーという人間も、対処に当たる要素に組み込まれているということ。

 

また1歩。クチートが接近してくる。

 

 

「ぐぎゅぎゅぎゅ──

 

 

後頭部の大顎が、カチカチと音を立てる。だらり、よだれを垂らすのが見える。敵意を感じる。こちらから仕掛けたのだから当然のこと。

 

何か、武器はないか。そんなことを考えた。

目線はクチートに向けたまま、腕だけで周囲を探る。

何かに触れる──動かないポリゴン2の首だ。

 

 

「おいおいおい……」

 

 

ポリゴン2の重さは32.5kg。ほぼ1人暮らし用の冷蔵庫である。成人男性といえど、デスクワーカーのジェイミーに扱える重さではない。

 

だが。そんなこと言ってる場合ではない。

 

眼前ではクチートが小さく屈み、そして、大きく飛び上がった。後頭部の大顎がジェイミーの側を向いて、大きく開く。

やるしかない。

 

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

ポリゴン2の首を、掴んだ。両腕で握り締めて、体を捻って、全身の筋肉を張り詰めて。

 

 

フルスイング!!

 

 

ズガン、と轟音!!

 

 

「ぐぎゅぐばあああああああああ!!」

 

 

なんと。

 

ホームランである。

 

ジェイミーが振り回したポリゴン2のボディは見事空中のクチートを捉え、空中まで展開されたワイルドゾーンのホロの壁の上限すらも乗り越えた、遠く遠くまで撥ね飛ばした。

人生、やってみればなんとかなるものだ。ジェイミーはぐたりと、屋根の上にへたり込む。それからポリゴン2のボディを、ぼとり、その辺に放り投げた。

 

 

『あ、おはようジェイミー。どうなった?』

 

「クソ馬鹿!!」

 

 

コイツようやく正常挙動に戻りやがった。少女の頭をひっぱたく。──ホロ表示なので、すり抜けるばかりである。

 

 

「死ぬところだった!! 死ぬところだった!! お前ッ、お前──ロボット三原則とか、インプットされてないのか!?」

 

「ワタシロボットじゃないよー?」

 

 

 

ホットコーヒーを3杯胃の中に流し込んで、ようやくジェイミーは自室に帰還した。まだ心臓はバクついている。願わくば、二度とこんなことになりませんように。

 

パソコンを立ち上げれば、既にWifiが回復しているのが確認できた。ジンペイタが修理を済ませたのだろう。助かったと言うべきか、そうでなければ困ると言うべきか。ひとまずジェイミーは安堵し、とりあえずメールフォームを開く。

頬が引きつる。

 

 

「⋯⋯ん?」

 

『どしたのジェイミー?』

 

「課長からメール」

 

 

メールを開く。文面に目を通す。

 

明日、出社するように、指示されている。

急な呼び出しだ。

 





「貴方の出したモックアップに著作権侵害が発見された」

「自力で作れと?」

『ねえワタシ何すればいいー?』

「あやしいパッチによるデータ破損事案」

「なんか、微笑ましいな」

「……そうかな」

3話 ありがちなインシデント

「その程度、出来ない筈がない」


【挿絵表示】


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