ワイルドゾーン17ぐらし!! 美少女AIポリ子ちゃん 作:ナニトゾ
普段、ジェイミーの朝は遅い。
始業15分前にようやくのそのそとベッドを這い出して、寝癖だらけの髪を撫でつけ、とびきり濃いコーヒーを淹れ、トーストを齧りながらPCを立ち上げる。服装はパジャマのままだったり、あるいは昨晩全裸で寝ていた場合なんかは、そのまま全裸で働き出したりしてしまう。
あまりにだらしないが、リモートワーカーなのでこれが許される。ジェイミーの朝は遅い。
だが今日は例外だ。
今、彼はメゾン・ヘリオスの裏口から外に出て、壁に身体を這わせて身を隠しながら、カエンジシ達の様子を伺っている。
カエンジシはいつも通り6匹、まだ眠たげだ。ジェイミーはそれを確認して、1つ深呼吸。腕時計に目を落とせば、時刻は始業15分前。
走れば間に合う。──この、カエンジシの群れの中を、走るのなら。
「──よし、突っ切る」
ジェイミーは今朝の寝坊を少しばかり後悔し、ポリゴン2を収めたボールをポケットの中で握りしめて、それから。
息を止めて、駆け出した。
1匹目の横を走り抜ける。
「──ガオ?」
2匹目の横を走り抜ける。
「──ガフゥ──?」
一際大きいオスの横を走り抜ける。
「──ゥルロアアアアアア!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
起きられた!! が、最早仕方ない!!
ジェイミーは脚を全力で回して、ワイルドゾーン17のゲートの外へ──
───
20分後。
「ギリギリだったわね、ジェイミーくん」
「いやあ、お恥ずかしい」
実は3分ほど遅刻した。課長もしっかりそれは認識しているが、今回は目を瞑ってくれるようだ。
それはともかくとして。
現在ジェイミーは彼の職場、Webサイトデザイン企業『ミアレデジタル企画』本社オフィス、その小会議室に呼び出されている。ジェイミーの真向かいに居るのは課長のパイラ、それ以外には誰も居ない。ポリゴン2のボールだって、デスクに置いてきたままだ。
「早速だけど本題に入るわね」
パイラは言うやいなやラップトップを開き、画面を見せる。
表示されているのは、先日ジェイミーが提出したデータ。ジェイミーが──ジェイミーの指示を受けたポリゴン2が、出力したWebサイトの
「貴方の出したモックアップに著作権侵害が発見された」
「⋯⋯どれですか?」
「これね」
マウスのカーソルで、彼女はモックアップの片隅を指す。そこにはファンシーにデフォルメした機械の図柄。
そこは確か、子供向けのページだからそれらしい画像が欲しいと指示された箇所だ。だから、ポリゴン2にデフォルメ画像を生成させた。それはジェイミーも記憶している。
「このイラスト。ガラルにある同業他社のイラストを、そのまま引っ張ってきたわね?」
「⋯⋯いや、でも、これは」
これは、俺が作ったものじゃない。
そう喉まで出掛かる。実際その通りである。だが。
言葉を呑み込む。
頭の中では理解している。
AIにミスがあったとして、しかしその責任は使い手にあることを。悪いのはミスを犯した
だから、この言葉を吐くことは、許されない。
一瞬の葛藤を見抜いたようで、パイラは小さく嘆息した。
「もちろん、AI生成で事故が起きたんだろうってことは判ってる。私も、多分先方もね。でも先方は大層お怒りよ。企業の信用に関わる問題だ、とも」
「……なら、どうしましょうか?」
「まあ幸い、リカバリーの指示もいただいているわ──100%人間によるWebサイトの製作、および製作内容の説明書類の提出ね」
「⋯⋯自力で作れと?」
それから数分後。
ジェイミーは小会議室の鍵を総務に返却し、自分のデスクまで歩いているところである。ジェイミーはリモートワーカーなので普段出社はしないのだが、たまの出社をする度に、思いの外広い自社のオフィスに驚かされる。
彼は歩きながら、下された指示を反芻していた。
自力で、1人で、Webサイトを作る。考えてみれば、久々の指示だ。少なくともジェイミーにとってはそうだし、多分このオフィスにいる全員、1人での作業などご無沙汰であることだろう。
「おっと」
同僚とすれ違う。誰かと通話しているようで、耳元にはスマホロトムが浮かんでいた。
この会社でも、多分他社でも。ポケモンとの協業は、さほど珍しいことではない。
ロトムをPCに取り憑かせている者、オーベムに光ファイバーを持たせて直接データを書き込ませる者、メタグロスを電卓代わりにする者──これは確か、メタグロスの磁力で近隣PC4台のデータが吹っ飛んで以降禁止されたのだったか。とにかく珍しくはない。
そして同様に、AIとの協業だって行われる。
AIによるプログラム生成、イラスト生成、テキスト生成。制作を全部AIに丸投げする者もいれば、AIに下書きを作らせて改変する者、あるいは素案だけ作ってAIに仕上げさせる者もいる。
人によっては、コードの打ち込みもメールの送信も、全部口頭で喋ってAIに文字起こしさせたりもするらしい。──ジェイミーも試したことはあるが、『添付にてご提出します』を『臀部にてご提出します』と書き起こされて以来、二度とやらないと決めている。
そして、ポケモンでありAIであるポリゴンが、協業相手として選ばれることは、当然のことなのだ。
『あ、おかえりジェイミー!!』
ジェイミーが彼のデスクに戻れば、勝手にボールから出てきたらしいポリゴン2が、デスクの座面に鎮座している。上部に生えた少女の姿が、無邪気に笑って手を振った。
ジェイミーはポリゴン2を退かして、自分のPCを立ち上げる。
『ねえワタシ何すればいいー?』
「今回は、何もしなくていいよ」
『えー?』
再び、指示を反芻する。
自力で、1人で、Webサイトを作る。ポケモンを頼らず、AIに頼らず、ポリゴン2に頼らずに。
──その程度、出来ない筈がない。
ジェイミーは首をゴキリと1回鳴らし、それからキーボードを叩き始めた。提出していたモックアップを確認し、ひとまずは人力での再現を開始する。テーマ自体は悪くないはずだ。再現して、それから各所を整える。
『ジェイミー、ワタシヒマなんだけどー』
「そのへん浮いてろ」
『はーい⋯⋯』
ガタガタ、ガタガタと。
真っ黒な画面にコードを打ち連ねる。タイピング速度は1分間に300文字を超え、ジェイミーは呼吸すら忘れていた。
ガタガタ、ガタガタ、ガタガタと。
何を作るか、方向性は定まっている。どう作るかも決めていて、迷うことは何もない。
そうなると、ふと頭の空いたリソースで、考えごとをしてしまうのも詮無きことだ。意識は画面のコードに向けて、しかし脳の片隅で、ぼやりジェイミーは考える。
ジェイミーは日頃、AIを使う人間だ。少なくとも、ポリゴン2というAIを使っている。
だが。
決して、好き好んで使っているわけではない。
そんなことを考える。
普段、わざわざそんなことは考えもしないのだ。しかし今は考えている。それはさっきの指摘があったからか、あるいは自力での作業が久々だからか。
そうだ、こうして自力でコードを打ち連ねることは、決してジェイミーは嫌いではないのだ。キーボードを打つ感触、打鍵の音、書き上がる文字列。この工程を、このクリエイティブを、ジェイミーは愛していて、だからこの仕事を選んだはずなのだ。
こういう仕事がしたいのだ。決して──AIの尻拭いなどではなく。
懐かしむように、歌い上げるように、強く、強く、キーボードに向かう。
ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ。
「精が出るなあジェイミー」
──息を呑んだ。キーボードを打つ手を止める。
振り向けば、久々に顔を合わせる先輩社員。
その顔を見て、そういえばここは自宅ではなかったことを思い出す。
「すみません、ノートンさん。うるさかったですか」
「まあな。俺はともかく、あっちでやってるクローデットの眉がひくついてる。一息入れようぜ──もう昼休みだ」
「えぇ?」
腕時計を確認。短針は真上を指していた。
「うわ本当だ」
社員向けの宅配弁当を食べるのも久々だ。ジェイミーは食堂の片隅、2人がけのテーブルで弁当箱を開く。中身はサンドイッチとカットフルーツで、ジェイミーはとりあえずレタスサンドを手に取った。
「それで? 引っ越し先は決めたのか?」
咀嚼しながら顔を上げる。真向かいの先輩社員、ノートンはペットボトルのミネラルウォーターをちびちびと啜りながら、ジェイミーに視線を向けている。
「ヤバいんだろ? 今の家」
「そうなんですけどね。でもなんだかんだ、リモートで働く分には何とかなりますよ」
「そういうもんか。まあジェイミーは、出社頻度元々低いもんな」
「不味いですかね?」
また、レタスサンドを咀嚼。ジェイミーは出社頻度を可能な限り減らしている。今の住環境はともかくとして、彼はそもそもそれを好んでいた。
ノートンも、彼の基質は理解している。別に否定はしないが、しかし。
「でも、最近の社内の様子とか、追えてないだろ」
そうも続ける。
言われてみれば、確かにそうだ。社内のニュースは、一切耳に入っていない。
「それはそうですね。何かありましたか?」
「いや、取り立てて大きなことは、別に──違うな、あったか、トラブル」
聞いてみれば、ノートンは少し黙って。それから。
「インシデントが起こってる──あやしいパッチによるデータ破損事案だ」
「……あやしいパッチ」
その言葉を耳に留めれば、ジェイミーの手は止まる。
あやしいパッチ。当然知っている。
ポリゴン2を進化させるアイテムだ。進化先はポリゴンZ。しかし、そのパッチは決してシルフカンパニーの純正品ではない。ポリゴン2を致命的にバグらせて、その結果が進化したポケモンだと認定されてしまった、それだけの代物。
「えーと……制作2部2課の、確かジャンバだったかな。アイツもポリゴン2を制作に使っていたんだが、うっかりあやしいパッチをインストールしちまったらしい」
「……じゃあ、ポリゴンZに?」
「ポリゴンZに。当然、内蔵してたデータはブッ飛んでる」
まあ2週前のバックアップがあったから何とかなったが、とノートンは続けるが。
ポリゴンZ。
ポリゴン2の進化系──と、認定されてしまった、バグの産物。聞く限りでは、どうやらポリゴン2を異次元探索用にアップグレードしようと試みた結果の姿らしいのだが。失敗作と言わざるを得ない。
ポリゴン2と比較して、その挙動は不安定化。ポリゴン2時代の記録も欠落しており、指示は概ね聞くものの、トレーナーを攻撃した事例も確認されている。そもそもポリゴンの進化系であるとする言説すら、学会で議論の対象となるほどだ。
そうなるリスクが、ポリゴン2にはある。
「でも、どうしてそんなことに? そもそもあやしいパッチが無ければ、進化のしようもないのに」
「それがあった理由だな? えーと、そうだな」
ノートンは数秒、噛み締めるように考えて。
「俺も、人づてに聞いた情報なんだが──元は資材購入サイトのキャンペーンだったんだ。ポリゴン関連備品購入者に、アップグレードツール、あやしいパッチを配布します、って」
「非正規パッチなのに?」
「送られてきたのは8年前だそうだ。まだ、非正規パッチって認識も薄い時代だったんだろうな」
「そういうものですか」
「で、あやしいパッチなんて危なっかしいもん、当然使うわけにはいかない。当時の資材管理担当が、段ボールごと倉庫に押し込んでらしいたんだが。……先日の倉庫整理のタイミングで発掘されちまってな」
「……あやしいパッチだと分からなくなっていて、だからうっかりインストールしてしまった?」
「そういうことだ」
頷くノートン。ジェイミーも概要を理解する。引き継ぎ漏れのせいで起きた、不幸な事故だ。全くありがちなインシデントである。
「ちなみに、残りのあやしいパッチ11ケースは今キャビネットの上に積んである。配布中だ」
「へ?」
……ジェイミーは閉口した。
さっきまで散々、あやしいパッチがヤバいって話してたじゃん。
「……それはまた、どうしてそんな?」
「まあ使えない物じゃないしな。会社としても、使える資材を理由なく破棄は出来ないんだろう。もし誰か、ポリゴンZが欲しい奴が近くにいるなら持ち帰ってくれってことらしい」
「えぇ……」
───
数時間後。
残業という行為は禁止されている。少なくともジェイミーの会社はそうだ。出社している社員はことごとく、定時と共にオフィスを叩き出される決まりである。
ジェイミーもまた、打ち込みかけのコードを自宅のPCに転送して、資料の類を鞄に突っ込み、オフィスを出たところであった。
真横ではポリゴン2が、むくれた顔で浮いている。
『むー……』
不機嫌である。理由はシンプルで、今日の仕事の間ずっと、ジェイミーがポリゴン2を放置していたからであった。
『ジェイミーワタシに謝ってー』
「⋯⋯そうだなぁ」
『謝ってー、それからカフェに連れてってー』
「えぇ?」
手近なカフェに入店。
「いらっしゃいませ!! おもしろい客が集うカフェ、『ツイスター』にようこそ」
「ツイスターブレンドを」
『えーそれだけー?』
「……ツイスターハンバーガーとツイスターサンドイッチ、あとツイスターチョコレートパフェデラックスをお願いします」
注文を待つ。
一足先にブレンドコーヒーだけ出てきたので、ジェイミーはそれをちびちびと啜った。ハンバーガーが出るまで、10分くらいは掛かる気がする。それまでにコーヒーを飲み切るのは損だ。
そんなことを考えていると。
「あれ、アンタは」
ふと、そんな声を聞く。
女性の声。知っている声だ。
顔を向ければ、丁度グロットがカフェから出てきたところだった。背中には例の如く、ウーバーイーツの鞄を背負っている。きっと配達なのだろう。
彼女は物珍しそうに数歩ジェイミーとポリゴン2に近づいて、状況を把握する。ポケモンとカフェで一服するトレーナーなんて、珍しくも何ともない。とはいえ。
ポリゴン2の頭から少女の身体が生えているので、傍目からはアベックめいた2人に見えた。
「なんか、微笑ましいな」
「……そうかな」
「普通にそうだろ。なんだ、仲が良いんだな、アンタら」
『えへへー♪』
グロットはそれから二言三言世間話をして、それから時間がないと言って足早に立ち去った。ジェイミーはその背中を見つめながらツイスターサンドイッチを1口齧り、残り全部をポリゴン2に手渡した。
自分は、どんな顔をしていただろうか。
グロットと話しながら、笑顔を作れた自覚はない。シチュエーション的にはそうして然るべきだったはずだが、多分、そうは出来なかった。
気恥ずかしい、わけではない。
それよりもっと、後ろ暗い。
『ジェイミー、そっちのハンバーガー食べないの?』
「……いや、食べる。食べるよ」
促されるまま、ハンバーガーを齧る。
ジェイミーが持ち帰ってきた鞄の中には。
あやしいパッチが、1つ入っている。
「ウワーッ!! デデンネだッ!!」
「PCのデータが吹っ飛ぶ!!」
『えっはかいこうせん? ここ廊下だよ?』
「過剰反応しすぎだろ」
「いきものって怖いですし……」
「でもそのポリゴンは平気なんだろ?」
4話 野良デデンネを捕まえろ
「床と廊下に穴が空くッ!!」
【挿絵表示】