ワイルドゾーン17ぐらし!! 美少女AIポリ子ちゃん 作:ナニトゾ
ジェイミーはリモートワークを好んでいる。理由は幾つかあるが、1つは自らのキーボード打鍵音がうるさいことを自覚しているためである。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!!
「フゥー!!」
またWebサイトを、1ページ書き終えたところである。
多分ショートカットキーやら便利ツールやらを使えばもっと静かに、もっと手早く作業が出来るだろうとは自覚しているが。しかしジェイミーのタイピング速度であればそんなものあってもなくても大差ないし、全部ベタ打ちする方が楽しい。そう、ジェイミーは変人である。
余韻に浸りながら、コーヒーを淹れた。ちびりと啜って──普段より静かな自室を見回す。
ポリゴン2は部屋にはいない。その必要がなかったからだ。PCに繋ぐわけにはいかないので、むしろ外に追い出した形である。
……ふと、クローゼットの片隅に目が向かう。
冬物の服。布団。段ボール。結局あれ以来また使っていないプロジェクター。
それから、上方片隅に押し込まれた小さな箱。
あの箱の中に、あやしいパッチが入っている。
「……」
あれをポリゴン2にインストールすれば、ポリゴンZに進化する。そうなればたちまち、データ破損、制御喪失、アルゴリズムの崩壊が発生するだろう。それらは不可逆なものであり、復元は叶わない。
ならどうして、そんな危険物を持ってきてしまったのか。
理由はある。無いわけがない。
端的に言ってカエンジシ対策のための保険だ。
一昨日、クチートと対峙してわかったことではあるが、ポリゴン2では例えはかいこうせんを使ったとしても突破力に欠けてしまう。
このメゾン・ヘリオスに住むポケモンはポリゴン2だけで、もしカエンジシが屋内に攻め込む事態があったとしたら、最早対処の術がない。
ポリゴンZなら、それを解決できる。圧倒的なパワーによって、きっと、カエンジシだって薙ぎ払える。
だから、あやしいパッチは保険として必要なのだ。
⋯⋯言い訳じみている。
自嘲するように、ジェイミーは鼻を鳴らした。
本音を言ってしまえば、多分、ただの腹いせなのだ。
好きでもないのにAIを使って、AIに使われて、それを咎められて。腹が立って、つい持って帰ってきてしまった。それだけ。
まあ、使うことはきっと無いはずだ。クローゼットに押し込んで、それだけだ。
「⋯⋯さて」
また楽しい作業に戻ろうか。次のページに手をつけよう。
そんなことを考えて、椅子に座り直して。
「キャーッ!?」
「……えぇ?」
悲鳴を聞く。廊下からだ。
声の主が誰かはわかるが、しかし、普段そんな大声は上げないはずの少女である。とりあえずジェイミーは靴を突っかけ、部屋の外へ。
「何何何どうしたのアレクシィちゃん」
廊下のすぐ目の前。少女が尻もちをついている。その右腕はピンと伸びて、廊下の向こうを指差して。
「あれ、あれ、あれ!!」
その先に、視線を向ければ。
小さくて丸っこい、オレンジ色の小動物。
「ちちちゃー?」
「ウワーッ!! デデンネだッ!!」
絶叫。
デデンネ。アンテナポケモン。でんき・フェアリータイプ。たかさ0.2mの、小さなポケモンだ。サイズ感の影響もあって戦闘能力は比較的低く、でんきタイプでありながら発電器官も小規模だ。
だが、その代わりに。
このポケモンは、民家に侵入してコンセントから電気を盗む。
この家で、そんなことをされたとすれば。
「──PCのデータが吹っ飛ぶ!!」
あってはならない!!
「ポリ子ォ!! ポリ子ォッ!!」
『はい何なぁにぃ!?』
チョコレートを一欠片咥えたまま、ホロを浮かべて空を滑り来るポリゴン2。そのボディを視認するや否や、ジェイミーは続けて。
「そこにデデンネがいる!! はかいこうせんだ!! 始末しろ!!」
『えっはかいこうせん? ここ廊下だよ?』
「早くぅ!!」
『えぇ⋯⋯?』
絶叫、絶叫。ヤバいヤバいヤバい。ジェイミーの脳内はパニック一色である。今はヤバい、今PCのデータが飛んだら特にマズイ。
ポリゴン2は困惑するように首を傾げているが、とにかく一刻も惜しい。早く、早く、はかいこうせんを
「ててちてー!!」
「クソ、アイツ逃げたッ!!」
デデンネ、走り出す。廊下の角を曲がって見えなくなる。
「追いかけろぉっ!!」
『ええーっ?』
ジェイミーは咄嗟に駆け出して──脚が縺れて転倒して、しかしすぐまた立ち上がる。早く行け、ポリゴン2に指で指示して。
「ジェイミーさんコレ!!」
後ろから声。アレクシィだ。
振り向けば、一旦自室に戻っていたのだろう彼女が、何やら部屋から持ち出している。長い棒。先端が2又に分かれている。
「サスマタだぁ!!」
『なんでそんなの持ってるの?』
「ぼ、防犯用に⋯⋯!!」
とにかくなんでもいい。ジェイミーはサスマタを引っ掴み、廊下を駆ける。デデンネの曲がっていった廊下を曲がり──しかし、既にデデンネの姿はない。どこかに消えた。ならどこに?
ジェイミーは自分のポケットに手を突っ込み、ARグラスを装備。立ち上げて、即座に指示を出す。
「ポリ子!! 俺のPCにワイヤレス接続、そこから管理人室のPCに繋いで監視カメラにアクセス!! 全フロアだ、全フロアの映像を表示!!」
『わかったよー』
直後、ARグラス越しの視界にウィンドウが複数立ち上がる。アクセスしているのはこのアパルトマンの監視カメラ。……アパルトマンごとワイルドゾーン認定をされた折に、ジンペイタに無理を言ってアクセス権限を付与して貰ったものだ。
走りながら、ウィンドウを確認。
玄関。居ない。
屋上。居ない。
5F廊下。居ない。
5F廊下の別の画角。居な
『──いた!! ジェイミー、下のフロアだよ!! 2階の廊下に這い出してきてる!!』
「でかした!!」
滑るように、階段を駆け下りる。踊り場でぎゅんと身体を捻れば、廊下の真ん中にデデンネを視認。
やることは1つ。
ジェイミーはサスマタの長い柄の先端を持ち、上方高くへ棒を振り上げ。
「うおおおおおおおお!!」
振り下ろす!!
衝撃!!
「てちてー」
デデンネ、あっさりと回避。そのまま廊下の奥へと逃走。ジェイミーは再び走り出し、ポリゴン2も後を追う。
騒ぎを聞き付け、ジンペイタも階段を上がってきた。一目で状況を認識し、ジェイミーをよろよろと追いながら呼び掛ける。
「ああ、床と廊下に穴が空くッ!! やめなさいジェイミーくん、いいじゃないか、デデンネ1匹!!」
「パソコンが死ぬんですよ、俺のぉ!!」
サスマタを振り回す。デデンネはひらりとそれを避け、壁を駆け上がり、通気口に手を伸ばし──
「させるかぁっ!!」
サスマタ投擲!!
「ちてぇっ!?」
通気口の側、壁面を投げられたサスマタが掠める。突然のサスマタに、デデンネは竦み上がり壁から転落。咄嗟に体勢を立て直してまた駆け出すも──廊下の奥へと追いやられた形。
追い詰めた。
廊下の隅、壁際に追い込まれたデデンネ。その少し先、立ち塞がるジェイミーとその横のポリゴン2。
「はぁ、はぁ、はぁ、はかいこうせんだポリ子ォ!!」
『またそれぇ!?』
ポリゴン2の上方、少女の姿が首を振る。やりたくない!! だってもう、雌雄は決したように見えるのだし。これ以上はオーバーキルというものだ。
それをジェイミーに説明しようと、少女の姿は口を開いて。
瞬間。抵抗の意思だろうか、デデンネの頬から火花が散る。
あっ、電撃を放つつもりだ。
「はかいこうせんだああああああああっ!!」
『──しょうがないななななな■ななな■■な』
轟音!!
ポリゴン2前方に即座にはかいこうせんが練り上げられ、極大エネルギーが照射される。対象はデデンネだが、それだけではない。デデンネが追い詰められていた廊下の壁面ごと、強烈なエネルギーが炙り焼く──
「ち──ち──」
「やった⋯⋯倒した⋯⋯」
照射終了。
黒焦げになった壁面の下に、デデンネが小さく蹲っている。最早電撃を放つ体力もない。
危機は去った!!
達成感と共に跪くジェイミー。サスマタの柄を支えにして、どうにか倒れずに済んでいる姿勢である。満身創痍。
「おお、ジェイミーくん、なんてことを⋯⋯」
追いついてきたジンペイタが、頭を掻きながら廊下の奥へ。黒焦げになった壁紙を触れば、ボロボロと炭が崩れ落ちた。
その向こう側のコンクリートは、無事だ。ひとまずアパルトマン倒壊の心配はない。ジンペイタは小さく安堵する。
「いやでも、まだマシだね。本当に良かった、今ので壁が壊れなくて⋯⋯手加減してくれたんだね、ポリ子ちゃん」
『■■■■■、う■ん、ワタシ普通に全力出したけど』
「おっと。非力だったかあ」
『むー』
はかいこうせんの反動から復帰したポリゴン2が、若干不満げに首を振る。別に攻撃力を鍛えているわけでもないポリゴン2では、はかいこうせんだろうとこの程度の火力なのである。
「⋯⋯それで。このデデンネ、これからどうするんだい?」
───
30分後。
「で、アタシが呼び出されたと」
やってきたグロットは一部始終を聞いて、眉を顰める。今凄いげんなりした顔をしていると自覚していて、それを隠すつもりもない。
とにかく彼女は頼まれた配達物をテーブルに置いて、転がってしまわないように指で押さえる。
今回の配達物は、モンスターボールだ。
「普通頼むものでもないだろ、このくらい。常備しとけよ」
「いや、手元にモンスターボールみたいなものが、何もなくてね。カエンジシの中に投げ込むことも考えたが、ジンペイタさんが反対した」
「そんなことしたら夢見が悪くなるよ」
ジンペイタはそう言って、テーブルの上、ボウルの中を覗き込む。そこには蹲るデデンネが1匹。はかいこうせんを受けただけあって、毛皮は所々黒く焦げている。
グロットはそのデデンネを覗き込んで、溜息を1つ。配達物のモンスターボールを再び手に取り、それから。
「大人しくしてろよ」
こつん、とボールをデデンネに押し当て。
カチリ。捕獲完了である。
「で、誰が引き取るんだ?」
デデンネ入りのボールをひらつかせて、グロットは問う。
受けて、3人は顔を見合わせた。ジェイミーも、アレクシィも、ジンペイタも。引き取る、とは言い難い。
「どうだろう、ジェイミーくん?」
「勘弁してください、俺の手元に置きたくありません」
「じゃあアレクシィさん」
「嫌です嫌です嫌です嫌です!!」
「しかし私もこの年で、新しくポケモンと付き合うのは心許ないからねえ」
それから、暫く黙り込んで。
「⋯⋯引き取りをお願いしてもいいかい?」
「そんなとこだとは思った」
グロットはまた溜息を吐き出して、デデンネ入りのモンスターボールをポケットの中に突っ込んだ。
全く、このアパルトマンに呼び出されるとロクなことにならない。彼女自身、これまでポケモンを保有してはいなかったのだ──単に生活費節約のためである。しかし暫くは、そうもいかなさそうだ。
「大体、過剰反応しすぎだろ。デデンネ1匹」
ウーバーイーツの鞄を背負い直しながら、グロットはそう言葉をこぼす。
「でも、その、いきものって怖いですし……」
「でもそのポリゴンは平気なんだろ?」
「……いや、でも、ポリ子ちゃんっていきものじゃないですよね?」
……平然と、アレクシィがそう言ったので。グロットの手が止まる。
何か、酷く直感と反することを言われた気がする。
「生き物じゃない? ポリゴンが?」
それは、多分、違わないかと。普通にポケモンだし、生き物じゃないかと。グロットは思うのだが、しかし。
「ポケモンではありますけど、いきもののカテゴリとは違うんじゃないかなって」
「はぁ⋯⋯?」
「ジェイミーさん、どう思いますか?」
アレクシィから話題が転げて、ジェイミーの元へ。ジェイミー自身も、自分のすぐ脇に浮いているポリゴン2を一瞬見やって、視線を戻して、それから。
「俺も別に、生き物だと思ったことはないな。こいつはAIで、プログラムで、そんだけだ」
そんな風に、言い放った。
グロットの眉に、力が籠る。
別に、どうこう言う義理は彼女にはないが、しかし。
「アンタ、アンタら⋯⋯それはナシだろ、こんなに一緒に暮らしておいて、その扱いは」
このアパルトマンと、その中のポリゴン2を知っている以上、この嫌悪感は拭えない。
嫌悪のままに、ポリゴン2に──その上部に浮かぶ、少女の姿に呼び掛ける。
「ポリゴン、アンタどうなんだよ」
『ワタシ? ワタシは別に、気にしたことないけど?』
「⋯⋯でも現に、こんなに生き生きと喋ってる」
「その喋り方は俺が組んだプログラムだよ。俺が組んだ、というか、既存の対話型AIを組み込んだというか」
ジェイミーはそう説明する。事実である。ネット上に公開されている対話型AIの素材を組み上げて、少女のように喋る存在を組み上げた。
少女の言葉は、ジェイミーが自分の手で組み上げた。そしてその素体自体も、シルフカンパニーが作り上げた製品である。
「あくまでそこにいるポリ子は、ポリゴン2は、プログラム通りに動くAIだ。全ての反応はプログラムから導かれたものであって、意思もないし、生き物じゃない」
「⋯⋯いや気に食わねえわ。アンタのその考え方、トレーナーとしてどうかしてる」
また、沈黙。
……ふと、グロットは時計を見る。それから舌打ちを1つして、踵を返した。まだ、仕事は残っている。
言葉は交わさず、グロットはアパルトマンを退出する。ジェイミーはそれを見送って、しかし何も言わなかった。
彼の横には、ポリゴン2が浮いている。
全くいつも通りの様子で、無邪気な顔のアバターと共に。
『考えたことなかった、ワタシってAIだったね』
「お前の発言は結局AIによる出力だ」
「カエンジシが普段よりうるさい……」
「外の外壁!! あれ大丈夫なのか!?」
「もうそろそろ、限界か」
「俺は──出ていくのは、嫌だ」
5話 恐怖!! カエンジシの咆哮
『じゃあ、ワタシがAIじゃなくなるには、どうすればいいと思う?』
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