ワイルドゾーン17ぐらし!! 美少女AIポリ子ちゃん   作:ナニトゾ

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5話 恐怖!! カエンジシの咆哮

 

「⋯⋯⋯⋯ふう」

 

 

1つ、ジェイミーは大きく息を吐き出した。

ひと仕事終えたところである。たった今、件の完全人力でのWebサイト案件について、修整版のデータを課長に提出したところであった。

客からの追加の要望などは入ってくるであろうが、ひとまずは文字通り一息ついた形。

 

マグカップを手に取って、冷めきったコーヒーを飲み下す。至福の一杯である。

 

 

『ジェイミー終わった?』

 

 

ベッドの上でスリープモードに入っていたポリゴン2が、起き抜けにそう声を掛ける。

 

 

「今終わったよ。……昼休みだ」

 

『やったー!!』

 

 

ジェイミーはのそりと椅子を立ち、玄関から1つ弁当箱を回収して戻ってくる。今日の昼食は、ジンペイタの握ったオニギリとかいうコメの塊だ。

 

椅子に座り直して、1つ齧る。……オリエンタルな味の何かが入っている。

ポリゴン2用のオニギリもあった。チョコ入りらしい。美味しいのかそれ?

 

 

『♪』

 

 

美味しいらしい。

 

無言で咀嚼する。ぼんやりと物思いにふける。ジェイミーは午後の仕事のことを考えようとして──

 

 

『それはナシだろ、こんなに一緒に暮らしておいて、その扱いは』

『アンタのその考え方、トレーナーとしてどうかしてる』

 

 

昨日のグロットの声が、思考の中に混ざりこむ。

 

ポリゴン2のトレーナーとして、どう在るか。考えたこともなかった──そもそも、自分がトレーナーであると自覚するタイミングすら、ジェイミーにはあまりない。

彼はAIのユーザーであって、ポケモントレーナーとしての振る舞いなど然程しないのだ。それこそポケモンバトルだって、先日クチートと戦ったのが数年越しの1戦だった。

……そういえば、昨日デデンネも焼いたか。あれは、ポケモンバトルというよりは、ただのパニックだったと思う。

 

 

『考えたことなかった、ワタシってAIだったね』

 

 

チョコ入りオニギリを齧りかけの状態で、ポリゴン2、そこから生えた少女の姿も口を開いた。どうやら同じタイミングで、同じ思考をしていたらしい。

 

 

「自覚なかったのか? ……いや、考える必要がないもんな、普段は」

 

 

人間だって、常に自分がホモ・サピエンスであることを意識して生活しているわけではないのだし。ジェイミーは2つ目のオニギリに手をつける。

……酸っぱい。確かこれは、カリカリウメとかいう奴だ。

 

 

『AIの反応は、全てプログラムによって計算された反応である。って言ったよね』

 

「言ったね」

 

『じゃあジェイミー、ワタシって考えてないってことになるの?』

 

「思考の話か? 考えてない……ってのも違うだろうけど。けど、お前の発言は結局AIによる出力だ。意思じゃなくて、計算で喋ってる」

 

 

そういう意味では、AIは考えていない。根本的に意思がない。ジェイミーはそう考えている。

 

 

「お前の方が詳しいだろ、ポリ子。俺に聞く必要がない」

 

『むー。じゃあ、逆にさ。人間って何なの?』

 

「遺伝子的にホモ・サピエンスに分類される動物、じゃないか?」

 

『そういう話じゃなーい』

 

 

不満げに両手をバタつかせる、ホロで浮かんだ少女の姿。それは何とも可愛らしい。──当然である。ジェイミーはアバターの挙動についても、可愛らしくあるように作ったのだから。

 

 

『じゃあ、AIが考えて喋るのと、人間が考えて喋るのは、どう違うのジェイミー?』

 

「うーん、そうだな。……難しいな。感情が乗ってるかどうか、とか?」

 

『ワタシ、ジェイミーのこと好きだよ?』

 

 

そうレスポンスを返される。ポリゴン2は既にオニギリを食べ終えていて、真っ直ぐにジェイミーを見つめている。

 

 

「……その発言に感情はないよ、ポリ子。感情があるように振る舞おうと計算して、その結果、感情があるっぽい発言をする」

 

『ワタシ嘘ついたつもりはないよ?』

 

「嘘かどうかじゃない。……人間だって嘘はつく。でもAIの発言は嘘ですらないんだ。中身がない」

 

 

ジェイミーは、自分でそう言いながら。自分自身で、議論の不毛さを理解している。感情の有無は、人間とAIの違い足り得ない。

何故ならAIは、人間の感情を計算できるからだ。AIは、人が怒るべきシチュエーションであると計算できれば、人が怒るように怒れるだろう。悲しむように振る舞える、喜ぶように振る舞える。人間はそれを外から観測して、感情があるだろうと推し量る。それは人間に対して行う感情の類推と、全く同じ部類のもの。

 

──人間はそもそも、人間の心を読むことだって出来ないのだから。であれば、人間とAIの違いが感情であることを、証明する術がない。

この世界のどこかにいる、サイキッカーとかであれば、また違うのだろうか。

 

 

『じゃあさ、ジェイミー』

 

 

一瞬、身構える。丁度この論理の破綻を、指摘されるのかと思ったからだ。しかし。

 

 

『ワタシがAIじゃなくなるには、どうすればいいと思う?』

 

 

虚を突かれた。

 

 

『ワタシのこと、中身があるって、どうやったら思ってくれる?』

 

 

…………

…………

 

ジェイミーは、自分の思考が止まっていることを認識する。不意に、全く想定外の質問が飛んできたものだから、考えることすら出来ていなかった。

 

ポリゴン2に──AIに。

どうすれば、中身があると信じてくれるか、なんて。

どうすれば、なんて。

 

…………

…………

 

 

「……一旦ストップしよう、ポリ子。早く食わないと、昼休みが終わっちゃう」

 

『はーい』

 

 

思考を中断した。埒が明かないと思ったし、答えが出るものではないと諦めていたし、それに、向き合うことすら嫌だった。そんな問いには。

 

───

 

その日の夜。カレンダーを確認すれば今日は金曜日で、つまり今は華金の夜であるということになる。

まあ、リモートワーカーのジェイミーにとっては、明日が休みであるというだけのこと。

 

 

「ふわぁ」

 

『もう寝るのジェイミー?』

 

「どうしようかな」

 

 

既に夕食は済ませた。ベッドに横になってもいいし、何か適当な映画を観てもいいし、風呂に入ってもいい──ジェイミーはリモートワーカー生活のせいか、時折風呂をスキップする悪癖がある。

とにかく、何をしてもよかった。うつら、落ちかけの瞼を擦る。

 

不意に。

 

 

「──ゥルロアアアアアア──」

 

 

窓越しに、そんな声を聞く。

 

これが何かは見るまでもない。カエンジシの咆哮だ。このアパルトマンがワイルドゾーン17になってからは、幾度となく聞いた遠吠え。不意に聞こえるとやはり驚くが、しかし慣れきってしまってもいる。

とはいえ。

 

 

「──ゥルロロロロロ──」

「──グルグワアアア──」

「──ガフッグゥオオ──」

 

「カエンジシが普段よりうるさい……」

 

 

流石に気になって、窓際へ。カーテンを少しだけ捲って、アパルトマンの前庭を見る。

……暗い。暗くてよく分からない。カエンジシのタテガミらしき発光は、そこここに動いているのだが。

 

 

「そもそもなんで起きてるんだ?」

 

 

カエンジシは、夜は普通に寝ているはずのポケモンだ。昼にも寝ていたりする。ニャオニクスやレパルダスにも見られる、薄明薄暮性という生態らしい。活発なのは朝方と夕方で、だからこそ、真夜中に争うことは稀なはずなのだ。

さて、どうしたものか。

 

 

「なあポリ子」

 

『どしたのジェイミー』

 

「暗視機能とか付いてない?」

 

『いきなり言われても……』

 

 

そんな話をしていると。

 

ピンポン、と。チャイムが鳴る。

時計を確認すれば、短針はそろそろ真上を指す頃合いである。この時間帯にはジンペイタは寝ているだろう。であれば。

 

 

「夜分にすみません……」

 

「どうしたのアレクシィちゃん」

 

 

ドアを開けば、いかにも申し訳なさそうに少女が1人。ジェイミーに軽く頭を下げて、それから。

 

 

「ジェイミーさん、すみません⋯⋯ポリ子ちゃん、借りてもいいですか?」

 

『ワタシ?』

 

「ああ、いつものね。いいよいいよ」

 

「いつもすみません……」

 

『お泊りだー!! あれやろーよ、ショーギ!!』

 

「ポリ子ちゃん全部最善手指すじゃん……」

 

 

ドアを閉じる。

 

アレクシィという少女は、ジェイミーの隣室の住民である。──正確には、元々別のフロアにいた所、ジェイミーの隣に越してきた住民である。

1年前か、もう少し最近だったか。ミアレシティに溢れ出したポケモンの、その中の凶暴な獣の1匹に手酷く襲われて以来、彼女はポケモン恐怖症になってしまった。らしい。

表に居るカエンジシは目にも入れたくないようで、基本的に部屋に籠もっている。最近は昼夜逆転生活を送っているが、それもなるべくカエンジシが静かな時間に起きていたいかららしい。

それでもカエンジシがうるさくて、不安に駆られた時などは、こうしてポリゴン2を借りていくのである。

ちなみに、少女とはいうが既に成人しているし、ジェイミーより背が高い。

 

 

「──ゥルロロロロロ──」

 

 

また、カエンジシの声。

何が起きているのかは、ジェイミーには分からない。何だか何もする気が起きなくて、ジェイミーは結局ベッドに横になった。

 

壁越しに、ほんのりと、アレクシィとポリゴン2の会話の断片を聞く。

意識が落ちる────

 

 

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───

 

 

 

翌朝。

 

 

『おはようジェイミー!!』

 

「ああ、おはよう」

 

 

起き抜けに玄関の共用冷蔵庫まで降りてきたジェイミーを、ポリゴン2が出迎えた。

ジェイミーはその脇を抜け、冷蔵庫からアイスコーヒーのボトルを取り出して、グラスに注ぐ。朝1杯目のコーヒーは、アイスの方がシャキリとして彼の好みだ。

一口、啜るジェイミーの横に、ポリゴン2が浮いてくる。

 

 

「アレクシィちゃんは?」

 

『さっき寝たよー』

 

「寝れたなら良かった」

 

 

ポリゴン2の上側に浮かぶ、少女の姿も心なしか満足げである。

 

 

「おはようジェイミーくん」

 

 

また、呼びかける声。ジンペイタのものだ。

グラスを片手にそそくさとキッチンを退けば、入れ替わるようにジンペイタがキッチンに入る。朝イチで輸入物のリョクチャを淹れるのが、彼のルーティンだ。

 

 

「今日はお休みかい?」

 

「はい、土曜ですし」

 

「おっと、そうだったっけ。外に出ないと曜日感覚が狂ってしまっていけないね。パンでも焼くかい?」

 

「あ、お願いします」

 

『ワタシの分もー!!』

 

 

程なくして、香ばしい臭いが立ち始める。トーストが焼き上がる匂い。手元にはコーヒー、今日は休日。全く優雅な朝、穏やかな朝である。

 

扉を1枚隔てた向こうに、カエンジシが群れていることを、無視するのであれば。

 

 

──ガン、と。

 

誰かが、裏口の扉を叩いた。

 

 

「……ジェイミーくん」

 

「俺が出ます」

 

 

ガン。また叩く音。ジェイミーは席を立ち、裏口に向かう。無意識に、足音を立てないように歩いていた。

来客の予定は、無いはずだ。まああったとしても、こんな不躾なノックをするはずはない。それ以前にここはワイルドゾーン17、カエンジシ跋扈する危険地帯。そこに誰かが来るとすれば、何か、深刻な理由があるのではないか。

 

 

「ポリ子」

 

『うん』

 

 

すぐ後ろに、ポリゴン2を控えさせる。最悪の場合、はかいこうせんを撃たせる必要があるはずだ。

 

恐る恐る、ドアを開く。

 

 

「……」

 

「……今日は、まだ何も頼んでいませんよ、グロットさん」

 

「それどころじゃねえ」

 

 

立っていたのは、グロットだった。

いつものウーバー配達員の格好をして、しかし手ぶらである。そして彼女は断りもなく、ずかずかと室内に上がり込んだ。

 

 

「えぇ?」

 

 

ジェイミーは取り敢えず裏口を閉めて、後を追う。

グロットは一目周囲を見回し、ジンペイタの姿を認めて歩み寄る。小走りに詰め寄って、それから。

 

 

「なあ!! 外の外壁!! あれ大丈夫なのか!?」

 

 

そんなことを言った。

 

 

「いやいやいや……何の話?」

 

「これ!! 見ろ!!」

 

 

言いながらグロットはスマホを取り出して、ジンペイタに画面を突き付けた。ジェイミーも後から追いついて、その画面を確認する。

画面に映っているのは、写真である。

屋外の写真。建物の外壁と、カエンジシと、それからワイルドゾーンを区切るホロ。ワイルドゾーン17を外から撮った写真なのだろう。

 

つまりは、このアパルトマン、メゾン・ヘリオスの外壁の写真である。それが。

 

 

「……うっわあ」

 

 

丸焦げだ。

びっくりするほど、黒焦げだ。

 

変色は主に1階部分。ガラスも黒く滲んでいるように映っている。何かに焼かれたものだと、すぐに解った。何に? カエンジシ以外あり得ない。

 

 

「気づかなかった……」

 

「何で気づかないんだよアンタらは。こんなに焦げ臭いのに」

 

『今トースト焼いてるところだよ!!』

 

「明らかに違うだろ!! 違う焦げ臭さがしてる!!」

 

 

どうやらこれを見咎めて、彼女はここを訪れたらしい。

 

 

「まあ慣れちゃったしねえ、カエンジシの臭いにも、草の焼ける臭いにも」

 

「緊張感がなさすぎる……!!」

 

 

グロットは苛立ちを隠す素振りもなく、小さく舌打ちすらしている。

しかしわざわざ通りがかりの──しかも、先日口論をしたばかりの人間のために、忠告に来たのだから。彼女はやはり、親切な人間だ。

 

それはそれとして。

 

 

「多分、かえんほうしゃかな、これ」

 

 

画面に映るアパルトマンの写真。それを眺めて、ジェイミーは呟いた。

彼は画面から顔を上げ、正面玄関の側に振り向く。改めて玄関と、その周辺のバリケードに目を向ける。

目を凝らせば板を打ち付けたはずの窓ガラスから、何やら黒ずんだ塊が飛び散っているのに気が付いた。溶解したガラスだろうか。

 

 

「ポリ子。ガラスの溶ける温度は?」

 

『えー、1200度から溶け始めるよ!!』

 

 

カエンジシの吐息は、確か摂氏6000度だったか。ならば、カエンジシによって窓ガラスが溶けること、それ自体は別に不思議ではない。しかし。

 

 

「でも今まで、こんなことはなかったはずだ」

 

 

そうなのだ。ここにはカエンジシの群れこそいるが、むやみと炎をまき散らすような行為はしなかった。──人間の姿を認めれば、かえんほうしゃもだいちのちからも、遠慮なく撃ち込んでくるのだが。しかし人間と対面しなければ、そんなことはしないはずなのだ。

こうなったことには何か、別の要因がある。

 

 

「なら、どうして?」

 

『新しい、カエンジシの群れが来たとか?』

 

 

──全く、あり得ない話ではない。そもそもミアレシティは、何故かポケモンが増え続けているのだ。新しいカエンジシの群れがワイルドゾーン17にやって来て、縄張り争いになった。十分にあり得るシナリオだろう。

昨晩の、カエンジシの咆哮を思い出す。あれが、縄張り争いだったと?

 

 

「その場合は──」

 

 

考える。

カエンジシは群れを形成するポケモンだ。そして今ワイルドゾーン17を陣取っている群れのように、群れはオス1匹とメス複数匹で構成される。

そしてオスが複数存在する群れは、基本的にあり得ない。つまり、群れと群れが遭遇したとしてその群れが争いなく混ざることはあり得ない。

想定されるシナリオは2つ。カエンジシの群れ同士が、片方のオスを脱落させるまで争い合うか。あるいはワイルドゾーン17内での棲み分けか。

 

どちらにせよ、都合が悪い。

カエンジシの群れの抗争となれば、このメゾン・ヘリオスも被害を逃れ得ない。

カエンジシの個体数が増加すれば、最早外出も、ウーバーの配達すらも不可能になる。

 

わざわざ、AIに回答させるまでもなく。

詰んでいるのは、目に見えている。

 

 

「もうそろそろ、限界か」

 

 

ジンペイタが呟いて、リョクチャを啜った。

 

 

「ジンペイタさん……それは、つまり」

 

「畳むよ。このアパルトマンを」

 

「……」

 

 

そう、言われてしまうのは。目に見えていた。

メゾン・ヘリオスの維持は不可能だ。このアパルトマンに、住み続けるのは不可能だ。ワイルドゾーン17に、暮らしていくのは不可能だ。

いつかこうなることは、目に見えていた。

 

 

「そうだよな。……その方がいいよ、アンタら」

 

「えーと、探偵さんだっけかな。依頼をすれば助けてくれるのかい?」

 

「ああ。ハンサムハウスってところにいて──電話できるか? 何ならアタシが頼みに行ってもいい」

 

「いやそこまでは悪いよ」

 

「別にいい。長い付き合いだ」

 

「まだ1週間だろう?」

 

 

そんな会話を聞く。聞きながら、ジェイミーの視界が滲みだす。

こうなることは目に見えていて。分かりきっていて。しかし。しかし。

 

 

「俺は──出ていくのは、嫌だ」

 

 

そう、言ってしまった。

 

 

「……なんでだよ」

 

 

ぼそりとした、呟きを聞く。

 

 

「おかしいだろ、アンタ」

 

 

顔を上げる。グロットの双眸が彼を見ている。

 

 

「これだけ、危ない場所にいて、アンタは」

 

「……」

 

「なんで、まだ、ここに居たいんだ。何の理由があるんだよ」

 

 

前にも、これは聞かれたっけ。あの時はぼかしたが、しかし。

 

ジェイミーは考える。何故、自分がここに住みたいか。何故、まだここにいたいのか。

 

理由はある。自覚している。だが今まで、誰かにそれを話したことはなかった。

隠していた、というほどのことではない。どちらかというと、単に気恥ずかしかった、という方が近しいだろう。しかし彼にとっては、くだらなくて、大事な理由。

 

 

「俺は────」

 

 

数秒。

たっぷり20秒、口ごもって。

 

 

「──単なる、思い入れだよ」

 

 

そう、形容するしかなかった。

 

 

「本当に、単なる、思い入れだ」

 

「そんなの──

 

「実はね。このアパルトマンは、メゾン・ヘリオスは、俺が広報のWebサイトを構築したんだ」

 

 

昔の話だ。

AIというものが、ビジネスの世界に持ち込まれる前の、昔の話。ジェイミーがただのWebデザイナーであった頃の話。そうでいられた頃の話。

 

 

「10年前のペーペーの俺が、雑なWebサイトを制作して、ジンペイタさんはそれを使ってくれた。今も、使ってくれている」

 

「ジェイミーくん……」

 

「だからここは、俺が、俺として、Webデザイナーとして、Webサイトを作れていた頃の名残りなんだ」

 

 

そして、もうここしか残っていない。

彼が自力で作った、彼のデザインしたWebサイトは。メゾン・ヘリオスのそれ以外、全て別のものに置き換わってしまった。

 

当然のことだ。Webサイトなんてものは、数年ごとにリニューアルして然るべきもの。塗り替えられていくもの。故に。

かつてジェイミーが作ったもの、ジェイミーが自分で作ったと信じられたものは。もう、ここにしか残っていないのだ。

 

 

「⋯⋯それだけだよ。ここに居たいのは」

 

 

沈黙。グロットも、どう返せばいいか解らないといった顔で、床を見ている。それでも。

 

 

「……それは、わかった。でもアンタ、それなら……どこかに、サイトの記録とか、保存しとけばいいんじゃないか」

 

「それは違うよ」

 

「何が」

 

「生きていなくちゃ駄目なんだ。システムってのは、使われているから意味がある。使われていなくちゃ駄目なんだ。だから──

 

 

だから、メゾン・ヘリオスは。

放棄されてはいけないのだ。

 

 

 

『じゃあ、カエンジシがなんで興奮してるのか、特定できればいいんじゃない?』

 

 

不意に、下からそんな声。

 

 

『カエンジシが増えなさそうなら、まだここにいられるってコトでしょ?』

 

 

見下ろせばポリゴン2が、そこから生えた少女の姿が、そんなことを言っている。

 

……確かにそうだ。

カエンジシが増えた、というのは。あくまで仮説なのだ。そうでないのなら、今ここを去る緊急性は無いということになる。メゾン・ヘリオスを維持できる。

 

 

「そうだね、ポリ子。確かめよう。ええと……」

 

『張り込み調査?』

 

「それだ。外に出て、一晩、カエンジシの挙動を確認する。何が原因かを確かめる。ちょうど今日は土曜日なんだ。徹夜だって出来る」

 

「……ジェイミーくん」

 

「悪足掻き、させてください」

 

 

ジェイミーの真向かい、グロットはまだ納得がいかない。屈んで、ポリゴン2に目線を合わせて。

 

 

「なあポリゴン、無理に協力することはねえだろ。だってコイツはアンタのこと、生き物じゃないって言いやがるような奴だぞ?」

 

『そうだね?』

 

「そうだね、って」

 

 

だがそう返されてしまっては、とりつく島もなかった。グロットは閉口して、気まずげに天井を仰ぐ。

とにかく。今から何をするべきか、定まった。

 

 

「ポリ子。2徹目、付き合ってくれるか?」

 

『いや、お昼のうちに寝とけばよくない?』

 

「……それもそうだね」

 





「カエンジシが何をしてるのか特定する」

「ほ、本気でやるんですか、ジェイミーさん……?」

「シャキーンッ!!」

「危ねぇだろ、2人とも」

「初めてちゃんと見たかもな」

「それでもまだ、ここに住むのか?」

6話 ワイルドゾーン17の長夜

『ここをキャンプ地とする!!』


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