ワイルドゾーン17ぐらし!! 美少女AIポリ子ちゃん 作:ナニトゾ
「ほ、本気でやるんですか、ジェイミーさん……? ポリ子ちゃんも……」
時計を確認した。午後7時だった。
早めの夕食を掻き込みながら、ジェイミーは頷く。今夜の夕食はジンペイタお手製の野菜炒め。向かいに座るアレクシィにとっては、朝食であるとも言えるだろう。……ジェイミーも仮眠明けなのだから、ある意味では朝食だ。
「見つかったら危ないですよ、カエンジシに……」
『大丈夫大丈夫!!』
「まあ張り込みって言っても、結局そこの壁際に隠れてるだけだしね」
カエンジシが何をしてるのか特定する。そのために、ジェイミーとポリゴン2はこれから裏口から外に出て、アパルトマンの壁沿いに身を潜め、一晩カエンジシを観察する。そういう計画だ。
ジェイミーは空になったチャワンとユノミをシンクに下げて、1つ大きく伸びをした。
ジャケットを羽織り、荷物を纏める。纏めるといっても、精々財布と携帯、ARグラスをポケットに突っ込む程度である。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「あ、危なかったらすぐ戻ってきてくださいね……」
裏口のドアを開けて、閉めて。
それだけで、ここは危険地帯。ワイルドゾーン17だ。──元々そうなのだが。
今から張り込みをするのだと思えば、心なしか空気まで冷たいような心地がした。
『ここをキャンプ地とする!!』
「なるべく静かにね。暗視プログラムは?」
『オールグリーン!! 何でもバッチリ見えちゃうね』
ポリゴン2の上方、浮かぶ少女の姿は楽しげだ。どこから探してきたのかサングラスまで掛けている。暗視機能の表現だろうか。
そう、今回ジェイミーは、ポリゴン2に暗視機能を追加している。
そもそも、ポリゴン2は惑星開発用途で開発されたポケモンである。一般用のポリゴンシリーズでは普段使用されないものだが、やろうと思えば暗視機能の拡張は造作もない。
ジェイミーはARグラスを装着。ポリゴン2視点での景色を確認する。暗視機能──良好。まだ屋外は薄暗い程度だが、じきこの機能が必要になる。
『っていうか、別にジェイミーはこっちに出てこなくても良いんじゃない? 部屋の中でもワタシの視界は送れるし。危ないよ?』
「……いいんだよ。俺も、俺の目で見たい」
「……ふわあ」
時計を確認した。真夜中だった。
昨日であれば、もう既にカエンジシがうるさくなりだした頃合いのはず。ジェイミーは相変わらずアパルトマンの壁に身を寄せて、うつら、瞼が重くなりだして。
「シャキーンッ!!」
……今の声何?
上方から、何かの声がする。声、羽ばたき、それから何か、揉み合うような。
目を向ける。──何も見えない。
「ポリ子」
『ふわあ……?』
「暗視プログラム。屋上を見てくれ」
『はーい』
屋上の光景が、ARグラス越しに映し出される。映ったものは──銀色の身体、鋼の翼。
「……エアームドか」
エアームド。よろいどりポケモン。はがね・ひこうタイプ。ナイフのように鋭い羽根と、頑丈な鋼の鎧に身を包んだポケモンだ。しかし頑丈さの割に身軽でもあるらしく、時速300キロで飛行できるのだとか。
そういえば、このポケモンもここにいた。この、ワイルドゾーン17に。大抵の場合、このポケモンは空を悠々と回遊しているのだ──
それで。
そのエアームドが、今はアパルトマンの屋上にいる。それ自体は不思議ではないが、屋上で何かと争っている、ように見える。なら何と?
「ズームできる?」
『もう限界……』
「望遠レンズを用意しとくべきだったか」
目を凝らす。エアームドがバタつく姿が、空にちらつき、屋根に隠れ、またちらつき──
「──ゥルロアアアアアア!!」
「『ヒィッ!!』」
咄嗟にその場に倒れ込む。カエンジシの咆哮だ。
気づかれたか? ジェイミーは壁に身を寄せ、息を潜め、足元に目を凝らし──だいちのちからの、予兆はない。
セーフ。まだ、カエンジシはジェイミーに気づいていない。
ならなんで吠えた?
「ロアアアアアアッ!!」
「──あっつ!!」
ジリ、と背中に痛みを覚え、ジェイミーは咄嗟に膝をつく。身を寄せていた壁面が、異様な熱を帯びていた。
地面に転がり、草むらに身を潜め。
「ポリ子、何が起きてる?」
『見て見て、コレ!!』
ARグラス越しの視界に、ウィンドウが浮かび上がる。恐らくはポリゴン2視点の情報だろう。ジェイミーの身を潜める草むらの別の角度から、アパルトマンの前庭を映している。
その中で。
「ロアアアアアアッ!!」
「ゥルオオオオオッ!!」
「ガアアアアアアッ!!」
「炎を撒いてる──撒き散らしてる?」
普段は寝入っているはずのカエンジシ達が、揃って天を仰ぎ、炎を吐き散らしている。空には火球が現れては消え、火花が舞い散り、熱波が溢れ。
メゾン・ヘリオスの壁面にも、その炎は降りかかっている。ジリジリと、壁が煤けてゆく。
「どうしてこんな──」
『何か燃やしてるみたい。ほら、コレ』
そんな声が聞こえて、ウィンドウの映像の一部が切り取られる。
何か、物体だ。カエンジシの放った炎からこぼれたそれは、熱を受けて焦げ付き、変形しているが。
「……羽根か?」
そんな、直感があった。
ARグラスのマイクに、小声で問う。
「ポリ子。エアームドって、羽根が抜けるのか?」
『待ってね……うん、抜けるみたい』
視界の片隅に、ウィンドウが1つ追加された。何かの記事の要約だろう。曰く、エアームドには年に1度、換毛期が来るのだとか。
丁度今が、それなのだろう。
「上空でエアームドが何かと争っている。エアームドは換毛期で、暴れれば羽根は抜け落ちる──」
因果関係が、見えてきた。
エアームドの鋭利な羽根が上から降ってくる。下に住んでいるカエンジシは、空から刃物が降ってくるので落ち着けない。夜も眠れないので苛立っている。
そしてカエンジシは、刃物を焼き払うために炎を使い──結果、メゾン・ヘリオスの壁面も焦げた。
『なんだ、つまり──ご近所トラブルってコト?』
「……そういうことっぽいな?」
だが、まだ不明点はある。
何故エアームドが争っているのか。何と争っているのか。そこが不明だ。
エアームドがむやみと暴れなければ、いくら換毛期といえど羽根をまき散らす事態にはならないし、実際昼間はこうではないのだ。謎はまだ、全て解けきってはいない。
「ポリ子。屋上に行く」
『まだやるの? もう壁が焦げてた理由は解ったよ?』
「でも全部調べないと、説明できないだろ。……俺も、納得できない」
呟きながら、じりじりと後ずさる。カエンジシから距離をとって、立ち上がって、ワイルドゾーン17の反対側の出口へ向かう。
ワイルドゾーンの外から回って、橋からの入り口を使えば、カエンジシを躱して屋上に登れる。
「来てくれ、ポリ子」
『しょうがないなあ!!』
ワイルドゾーン外から、回り込んで。
まだカエンジシは、天を仰いでいた。炎を吐き散らしていた。既にアパルトマンの壁は黒黒と焦げ付いていたが、更にその上に炎が振り注ぐ。
……あくまで今は炎の対象が上方だから、この程度の被害で済んでいる。最初から壁面に向けて炎を吐かれれば、被害はこの比ではないはずだ。
考えれば一瞬寒気がするので、首を振って追い払う。
今は調査をしているのだ。空に視線を向ければ、エアームドはまだ何かと争っている。あれの正体を特定しよう。
息を殺して、梯子を登る。
登って、登りきって。
「シャキーン!!」
「ほわあああああん」
「ほわあああああん」
何が起きているのかは、一目でわかった。
暗視機能すら必要なかった──だって、エアームドが争う対象は、それ自体が、炎であった。
「……ランプラーだ」
ランプラー。ランプポケモン。ゴースト・ほのおタイプ。丁度街灯の頭のような形状のポケモンで、ガラス状の体内で青い炎を燃やしている。
それが今2匹、アパルトマンの屋上にいる。
エアームドと、争っている。
「ポリ子。録画」
『回してるよー』
観察する。
ランプラー2匹はエアームドを遠ざけるべく炎を吹いて、エアームドはそれに抵抗するように翼を振るう。
端から見て、これは縄張り争いなのだろうと、直感できた。
『ランプラーって、今までここにいたっけ? ワタシ見たことなかったけど』
「最近住み着いたのか……あるいは俺達が気づいていなかっただけかもしれない。ゴーストタイプのポケモンって、昼はどっか行ってるだろ」
だから、この騒動は夜に起きるのだろう。
視線の先では、エアームドがランプラー2匹を、纏めて斬り飛ばしているところであった。逃げていくランプラー。今夜はエアームドの勝ちらしい。
あれだけ激しく翼を振るえば、羽根が抜けるのも当然だ。
しかし、ランプラーとは。
ゴシップ程度の情報だが──このポケモンは人の魂を吸い上げるべく、死に際の人間の近くに待機しているのだ、なんて聞いたことがある。
なんというか、ここの住民はそろそろ死にますよ、などと言われているようで。えも言われぬ不快感があった。
まあそれはそれとして。
これでハッキリした。
今回の一件の原因は、カエンジシの数が増えたことではない。増えたのはランプラーと、それからエアームドの抜け毛だったのだ。
「……これで安心……だよな?」
『安心なのかなぁ』
「安心ってことにしよう、カエンジシが増えたわけじゃなかったんだ」
用は済んだ、部屋に帰ろう。そう言いながら、ジェイミーは立ち上がる。立ち上がって、気付く。
エアームドの顔が、こちらに向いている。
目が合っている。
「『アッ』」
沈黙。2秒、3秒。
「シャシャシャッ、キーンッ!!」
『気付かれたぁ!!』
「っ、ポリ子!! はかいこうせん!!」
『いっくよよよよ■よよよ■■よ■』
躊躇っている暇はない。ジェイミーは即座に指示を出し、ポリゴン2ははかいこうせんを照射。噴き出したエネルギーはエアームドへと命中し、果たしてこれで倒せるかどうか──
──しかし、それ以前に。咄嗟に撃ったのが不味かった。
はかいこうせんはよく知られる通り、反動を伴う技である。使用するポケモンも自らの放つエネルギーの反動を受け、制御するのは難しい。
先日のクチートの場合とはシチュエーションが違った。本来屋根の上は危険な高所。つまり。
指示した位置が不味かったのだ。
梯子のすぐ際、即ち屋根の端ではかいこうせんを放ったポリゴン2は、当然反動で後ずさり──屋根の上から落ちかけだ。
『どどど■どどうし■■よよよ■よ■よ』
「っ、ポリ子!!」
ジェイミーの行動は早かった。
はかいこうせん照射中のポリゴン2は動けない。ジェイミーは放たれる熱波に歯を食いしばり、転落するポリゴン2へと飛びついて。
「これでっ──!!」
落下開始。
ポリゴン2を抱え、ジェイミーは空中で全身を捻る。照射中のはかいこうせんの方向を反らし、ワイルドゾーン17の地面へ向ける。ジェイミーは彼自身とポリゴン2、1組分の落下ダメージを、強引に照射エネルギーで相殺し──
墜落。
「……ってぇ……」
どうにか、無事である。
少なくともジェイミーはそう感じていた。次に携帯端末を買い替える際には、流石にスマホロトム対応機種にすべきだろうか。そんな考えが過る。
「ポリ子……」
『■■■■、■、ゴメンジェイミー!!』
「……いや、今のは俺の指示が悪かった」
骨が折れては、いないはずだ。ジェイミーはのそりと立ち上がる。立ち上がれる。視界はぐらついているし、全身がひりひりと痛んでいる。それでも立てる、それに安堵して。
ようやく、ジェイミーは前方に目を向ける。
カエンジシ。
カエンジシ。
カエンジシ。
カエンジシとカエンジシとカエンジシ。
カエンジシ6匹。ジェイミーとポリゴン2を囲んでいる。
「……やっばい」
そうだった。
ここはワイルドゾーン17なのだから。
地面に向けてはかいこうせんを撃ったら、カエンジシに当たるに決まっている。
「──ゥルロアアアアアア!!」
「あぁクソ!!」
周囲は全てカエンジシの群れ。ワイルドゾーンの出口も、メゾン・ヘリオスの裏口も、近いながらもあまりに遠い。
追い詰められた。
こういうシチュエーションを、一難去ってまた一難、と呼ぶのだったか。ジェイミーは度重なる危機にまた視界が歪みかけて、慌てて自分の舌を噛む。逃げなければ、でもどうやって?
ジェイミーの足元、大地が不意に熱を帯びる。ジェイミーが咄嗟にその場から飛び退けば、直後地中からエネルギーが噴出した。だいちのちからだ。
1発目は躱せた、だがしかし。
「「「「「グルルルル──」」」」」
カエンジシは6匹いる。
戦って勝てる群れじゃない。ジェイミーはポリゴン2をボールに戻し。足元を確認すれば、再びだいちのちからの予兆。
「っ──」
回避する。が。
転がった先で、何かに躓く。ジェイミーは転倒し、何か、恐らくは街灯に頭を打ち付ける。
視界が明滅し、思考がぶつ切りになる。
「──」
かこまれている。
にげなければ。
あたまがいたい。
どうすればいい?
からだがうごかない。
にげないと────
「デデンネ!! マジカルシャイン!!」
「ててちてーっ!!」
閃光、散乱!!
ワイルドゾーン17を、ピンク色の光が埋め尽くす。視界は光で覆い尽くされ、カエンジシ達が揃って呻く。
それと同時に。
「こっちだ、アンタ!!」
誰かが、ジェイミーの手を引いて。
───
意識が、暫くトんでいた。
何かに手を引かれて、梯子を登った、そんな感覚はあったのだが。
「起きたか」
そこは再び、メゾン・ヘリオスの屋上。
気が付けば、ジェイミーは屋根板に這いつくばっていた。視界の中に、横倒しの誰かの脚が見える。ジェイミーにはその靴しか見えないが、誰のものかはすぐに解った。
「危ねぇだろ、2人とも」
「てちてぇ」
グロットの声が、頭上から落ちてくる。もう一つ誰かの声がするが、きっとデデンネのものだろう。ジェイミーは返事すらままならず、とりあえず小さく頷く。
のそりと、ポケットをまさぐって。
『こわかったぁ……』
ポリゴン2をボールから出す。が、ポリゴン2の方にももう浮かび上がる体力が無いようで、情けなくジェイミーの真横にボディを横たえるばかりであった。
「……そろそろ立てるか、アンタ」
「あ、た、つ、たつ、まって」
「無理はすんな」
ごろりと、ジェイミーは身体を転がす。軋む身体で寝返りを打ち、少しずつ上体を起こし。ようやく、周囲を確認する。
屋上には、今は彼らしか居なかった。はかいこうせんが堪えたのかエアームドは去っており、またランプラーの姿もない。
ようやくジェイミーは、グロットの顔を見る。
「これで懲りたか?」
「……どうだかね」
「ここらで止めとかないと、本当にいずれ死ぬぞ、アンタ」
グロットと、その肩のデデンネが、揃って小さく溜息を吐いた。
全く、彼女はおよそ正論しか吐かない。
意識が、少しずつ形を取り戻す。ジェイミーはようやく、自分の言葉を取り戻して。
「初めてちゃんと見たかもな」
力なく呟いた。
「何を?」
「ここを──ワイルドゾーン17を」
ワイルドゾーン17。
ジェイミーが居住するメゾン・ヘリオスであり──そして既に、それだけではない土地。
カエンジシの群れが暮らし、エアームドが暮らし、夜になればランプラーが現れて、影響し合って生きている。
「クチートも、デデンネも、追い出してきたけれど、でも。──ポケモンも、ポケモンなりに、ここで生きているんだね」
この、ワイルドゾーン17で。
それは先住者ジェイミーにとってはこの上なく迷惑であり、しかし、最早変えがたい事実であった。
カエンジシも、エアームドも、ランプラーも、クチートも。クレッフィも、ホルードも、ハリマロンだって。
誰もが、ここに暮らしている。既に暮らしている。人のことなどお構いなしに──構うどころではない必死さで、それぞれに、生き抜いている。
「もう、そうなっちゃったんだ、ここは」
「それでもまだ、ここに住むのか?」
ジェイミーは、その問いに答えない。
答えは分かりきっていて、しかし、それを口に出したくない。口に出さなければ、回答は為されない。……子供じみた理屈だ。
どこだったかで聞いた、演説を思い出す。ミアレシティはポケモンと共生する街になるのだと。ポケモンと共に生きること、それを体現する街になると。
そうなるとして。
そう、この街が変わるのだとして。
自分は、どう生きるべきだろうか。
天を仰いだ。何かを、眩しいと感じた。眩しいものの正体は、すぐに分かった。
「ああ、夜明けだな──」
「何だこれ──」
「プリズムタワーが、光ってる」
『メガカエンジシが、玄関に!!』
「この部屋は包囲されています」
『外に逃げないと危ないよ!!』
「どうやって突破するって言うんだい?」
7話 メゾン・ヘリオスの最期
「──ここに、あやしいパッチがある」
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