ワイルドゾーン17ぐらし!! 美少女AIポリ子ちゃん 作:ナニトゾ
ふと気がつくと、そこは自室の床の上だった。さっきまで、自分は屋上にいたはずだが。ジェイミーは自分の頭を軽く揺する。
何故ここにいるのか、記憶はないが。しかし多分、暫く眠っていたのだと思う。恐らくグロットが、彼をメゾン・ヘリオス内まで搬入してくれたのだろう。
ジェイミーがのそりと立ち上がれば、全身に鋭く痛みが走る。
「って……」
今朝方の、一連のトラブルを想起した。カエンジシ。エアームド。ランプラー。多分、同じトラブルは今夜も起こる。
その報告だけでも、しに行こう。
ジェイミーは軋む手足を動かして、廊下に出て、階段を下り。エントランスの共用スペースまで、よたよた、のそのそ歩み出る。
「おはようジェイミーくん。身体の調子はどうだい?」
「全身クソ痛いですが、痛いだけです。人間って丈夫なんですね」
「いや、多分……ジェイミーくんの才能だと思うよ。実はポケモンレンジャーとか向いてるんじゃないかい?」
「まさか。俺はもう30半ばですよ」
ジェイミーがそう言えば、まだまだ若い、とジンペイタは笑って、彼にリョクチャを差し出した。
椅子に掛けて、ぐい、と一気飲み。
「グロットさんは」
「もう帰ったよ。折角だから、お昼ご飯は食べていってもらったけどね」
「そうですか」
ふう、と息を吐き出した。
昨晩観測した事項について、整理して、説明する。
メゾン・ヘリオスの壁面を焦がしたのはカエンジシの炎であること。
しかしそれはカエンジシ同士の争いによるものではなく、上空から振り注ぐエアームドの鋭い抜け毛への対抗であること。
エアームドは毎夜アパルトマン屋上に現れるランプラーと縄張り争いをしており、現在は換毛期であるため争いで羽根が抜け落ちること。
「そうかいそうかい……エアームドか」
「暫くは煩い夜が続くかもしれませんが、エアームドの換毛期の間の辛抱です」
「それどれだけ続くんだい?」
「……どれだけでしょう」
ジェイミーはポケットに手を突っ込んで、モンスターボールからポリゴン2を出す。
「♫♪」
「ポリ子、エアームドの換毛期ってどれくらい続く?」
そう問いながら、浮かんできたポリゴン2の、その首元の機械を弄る。その直後にはいつものように、ホロの少女の姿が現れ。
『えーと……1ヶ月くらいみたい!!』
「結構長いな……」
その回答に、小さく唸る。
「窓とか補強しときますか? 俺がやりますよ」
「そうだねえ」
カエンジシの炎でアパルトマンの壁が焼き切れる、とまでは思わないが。しかし窓ガラスが溶けているのも事実。ここは1つ、ウーバーイーツに鋼材の板とか配達を頼めないだろうか、などと考える。
……頼んだとして、グロットは絶対に良い顔をしないだろうが。その際にはチップを弾むとしよう。
『ねー、ワタシお腹空いたー!!』
その声に顔を上げれば、ポリゴン2が冷蔵庫前に浮いていた。そういえば、ジェイミーは昼の間気絶していたのだから、必然昼食を摂れていないのだ。
時計を見れば、午後7時。夕飯時ではあるが、まだ用意はない。
「……とりあえずチョコでも食うか」
『やったー!!』
ジェイミーが冷蔵庫を開けて、板状のチョコレートを取り出す。包装を剥いて半分に割り、それをポリゴン2に投げ渡せば、ポリゴン2は嬉々として齧りだした。
ジェイミー自身も残りの半分を齧りながら、また冷蔵庫を漁りだす。
「晩ご飯かい?」
「今夜は俺が作りますよ」
「怪我してるんじゃ?」
「身体が痛いってだけですし。むしろ作業してたほうが紛れますよ」
「そうかい。楽しみだ」
冷蔵庫の中を掻き分ける。根菜、ミガルーサの切り身、若干萎びた葉物野菜。さてムニエルでも作ろうか──
ドォンッ!!
空気が、震えた。
ジェイミーは衝撃を感じるのと同時に即座にその場に身を屈め──数秒待つ。何も起こらない。
「……何ですか、今の」
「地震かな? カロスだと珍しいね」
ジンペイタはそう言うが、何かが違う気がする。
ジェイミーはチョコレートを齧り直しながら立ち上がって、携帯端末のアプリを開く。情報をスクロール。
そこには。
「何だこれ──」
1枚の画像。1枚だけではない、数多の人間によって、数多投稿された画像。それが写すものは、ミアレの住民にとっては見慣れたシンボル、プリズムタワー。
だが、しかし。
「プリズムタワーが、光ってる」
こんなタワーは、知らない。
ジェイミーは言葉もなく、端末の画面をジンペイタに見せる。
発光するプリズムタワー。その輝きは眩いほどの紫で、何やら瞬く粒子を吹き出している。
──禍々しい。そう感じた。
「長らく修理中だと思っていたが、修理完了ってことなのかな?」
「……それは絶対違います。だって、この写真とかそうですけど、外装が地面に散らばっている。修理が終わったってわけじゃない。きっと、いや──
考えて、言葉が詰まる。画面の中の、嫌に眩いタワーを見つめる。修理中の事故にしては、プリズムタワーが綺麗すぎる。
タワー内部の修理中ということか、あるいは──あの外装は最初から修理などではなく、タワーを隠すための試みだった?
そんな思考を、断ち切るように。
ガァンッ!!
また、轟音。
だが今度は、先程のものとはまるで違う。さっきの音は遠くからのもの。だが今の音はもっと、もっと近くから。
そう、すぐ真横からの、轟音で。
「あ────
言葉を失った。
壊れている。
壁が、壊れている。壁が、扉が、柱が。メゾン・ヘリオスの玄関が。
壊れている。壊されている。何かに壊されて、大きく崩れて、穴が空いて。壊した誰かが、入ってくる。
誰が壁を壊したか?
分かりきっている。が、分からなかった。何故今になってこうするのかも──何故、その姿が変じているのかも。
『カエンジシが──メガカエンジシが、玄関に!!』
悲鳴を聞く。
目に映る姿に、息を呑む。
カエンジシ。そのポケモンの姿は、ジェイミーはずっとずっと目にしてきた。だが、これは違う。
これまでのカエンジシとは段違いのタテガミ。その熱量。
メガカエンジシ、と呼ばれる姿。
知識だけはあった。存在は知っていた。
カエンジシはメガシンカする。1万度以上の熱を持った炎を吐き、燃え盛るタテガミを振り回すらしい。だがおかしい。
「なんでメガシンカしてるんだ」
『トレーナーは──いない!! あのカエンジシ達、野生のままでメガシンカしてる!!』
「そんなことがあるのか!?」
信じられない。が、それは事実目の前にいる。
灼熱を抱えた、猛り狂うメガカエンジシ。オスもメスも揃った、6匹のメガカエンジシ。メガシンカした身体は、プリズムタワー同様に紫色の光の眩い粒子を身に纏い、力を骨身に滾らせて。
そうして、それらは今ここで。
メゾン・ヘリオスの壁面を突き破って。
ジェイミーを見ている。
「──ゥルロアアアアアア!!」
「っクソ!!」
身体を捻る。反射的な行動だった。
ジェイミーは自分の身体を投げ出し、横に居たジンペイタも巻き込んで、床を転げて廊下の方へ。さっきまで彼らが立っていた空間は、メガカエンジシの炎で埋められている。
「上に!!」
ジェイミーはジンペイタの身体を背負い、軋む身体で駆け出した。背後ではエネルギーが吹き上がり、床板が砕ける音。
カエンジシから、玄関から離れなければ。その一念で、ジェイミーは階段を駆け登る。全身に通電めいた痛みが走り、しかし脚を止められない。後方からはメガカエンジシの唸り声。遠くならない──追ってきている。
「くっそ!!」
『ジェイミー!! ワタシが!!』
「頼む!!」
横に浮いてきたポリゴン2に、背負ったジンペイタの身体を預ける。ジェイミーは廊下を駆け上がり、必死の思いで自室まで。
その直前で、部屋を出てきたアレクシィと遭遇する。彼女は彼女で不安げで、何も理解は出来ていないようで。
「あの、いったい何が──
「カエンジシが入ってきた!!」
勢いそのまま、ジェイミーはそう言ってしまって、それから、しまったと思う。カエンジシ。その単語だけで、彼女の膝が震えだし。
──メガカエンジシの唸り声が、耳に届く。
猶予はない。
「こっちに!!」
咄嗟に、彼女の手を取った。自室に飛び込み、それからポリゴン2と、ジンペイタも引きずり込む。
ドアを閉める。鍵をかける。傘を使ってカンヌキ替わりに。棚を押しつけバリケードに。出来ることは全て行い──しかし、まるで足りる気がしない。
『外に逃げないと危ないよ!!』
「でも今はこれしかない!!」
後方からの声に叫び返す。ジンペイタも、アレクシィも、メガカエンジシと相対して、逃げ切れるような状態じゃない。身を隠してやり過ごして、それで済むことを祈るしかない。
ARグラスを、装着する。
「ポリ子。管理人室のPC、繋げるか」
『……やってみる』
視界にウィンドウを立ち上げる。メゾン・ヘリオス各所の監視カメラに接続する。既に幾つかは破壊されたのか、ノイズが走って何も見えない。が、まだ機能しているカメラを確認するだけでも。
「ああ、マジか」
汗が首筋を伝う。
「ジェイミーくん? 今、何が見えているんだい?」
ジェイミーは。メガカエンジシが、自然と出ていってくれることを願っていた。一通り暴れ散らして、それで満足して、外に出ることを願っていた。そうなることに懸けて、ジェイミーは部屋に立て籠もった。
だがしかし。
メガカエンジシ達は。アパルトマンの中を探索している。空室を1つ1つ。破壊して、確かめている。廊下を彷徨い、鼻を鳴らしている。
「……事実上、この部屋は包囲されています。この下のフロアにはカエンジシがいて、多分……じきにこっちまで上がってくる。俺達を探してる」
「……そんな……」
「カエンジシにとって、よっぽど邪魔だったんでしょうね、俺達は。俺達がカエンジシを、邪魔だと思うのと同じくらいに」
こうなってしまったことの切っ掛けが何だったのか、ジェイミーにはわからない。多分プリズムタワーの発光と関連はあるのだろうが、因果関係は今の彼には掴めない。
とにかくカエンジシ達をメガシンカさせてしまう何かが起きて、その高揚に乗じて、メガカエンジシ達は邪魔者の排除に踏み切った。多分、そういう流れなのだろう。
これは悲劇ではない。事故でもない。
先送りにしてきた、目を逸らしていた『いつか』が、今、やってきてしまったというだけのこと。
「に、逃げないと……」
「ジェイミーくん、どうする?」
「隠れながら逃げ出すのは、多分無理だ」
それぞれのウィンドウを確認して、ジェイミーは思考する。
監視カメラ映像を使えば、メガカエンジシを避けての脱出は出来そうに思えるが、しかし。それは恐らく不可能だ。
カエンジシは、聴力にも優れたポケモンだ。メガカエンジシがどうであるかまでは分からないが、強化されこそすれ、耳が悪くなるとは考えられない。
「部屋を出る、その音だけで。カエンジシに居場所は筒抜けです」
「それなら、窓から飛び降りるとかはどうだい」
ジンペイタの発案。ジェイミーはまた考える。
飛び降り。
──飛び降りる衝撃をポリゴン2のはかいこうせんで軽減するのは、昨晩も一度実践している。だがこの手法で降りられるのは1人だけ。3人の脱出を考えるなら、別の方法が必要だ。
室内にあるもの。ベッドのマットレスや毛布。それらを窓から投げ捨ててクッションに。……いや、足りない。だってここは3階だ。それだけでは、きっと足りない。
「……ジンペイタさん。俺はともかく、貴方には無理がある」
「なら、私は置いていけばいい」
「それは駄目です」
ジンペイタの発言を却下する。却下して、また監視カメラの映像を確認。
まだメガカエンジシは、2階を彷徨っている。数は6匹。……改めて、その多さを実感する。例え凄腕のトレーナーであろうと、6匹のメガカエンジシを相手取るのは厳しいだろう、そう思えるほどに。
当然今のジェイミー達に、この群れに立ち向かう力はない。
「ジェイミーくん。私を置いていきなさい」
「それはしません」
「それ以外に、どうやって突破するって言うんだい?」
その提案への反駁を、ジェイミーは持ち合わせていなかった。それでも頷き難くて、ジェイミーは下唇を噛み。
ARグラスを、外す。
「いいんだよ、私は。そもそもこのメゾン・ヘリオスは、私の終の棲家として構えたものだ。老後の道楽だったんだよ」
真正面から、ジンペイタを見る。彼の言葉を聞く。
「ジェイミーくんも、アレクシィさんも。君達にはまだまだ人生がある。老人の道楽に最期まで付き合ってもらったが、私には、君達を送り出す責任があるはずだ」
「それは違う」
聞いて、それでも。
それでも、頷くわけにはいかない。だってそれは間違いだ──責任の所在が、間違っている。
「責任があるとしたら、それは俺ですよ」
「ジェイミーくん」
「だって、ジンペイタさん、貴方がここを畳むのを、俺が止めたんだ。止めようとしてた、ずっとここに在ってほしかった、ワガママ言ってたのは俺なんだ、だから──
だから。
ジンペイタを見捨てる選択肢はない。
当然アレクシィも同様だ。
2人を何とかして逃さなければならず、しかしカエンジシを回避する方策ではジンペイタを救えない。
カエンジシを突破する、それしか脱出手段はない。
でも、そのようなことは──
『できるよ、ジェイミー』
不意に。
ポリゴン2が。その上方に浮かぶ少女の姿が。そんな風に、言葉を発した。発して、部屋の一角を見上げる。
『そこの、クローゼットの上の方』
──ああ、そういえば。
「……気づいてたのか」
『まーね』
ポリゴン2は、ふわり、クローゼットの片隅まで浮遊して、小さな箱を取って戻った。
開く。
先日持ち帰ってきた通りに、そこに、1つの機械がある。奇しくも今のプリズムタワーの発光めいた紫色、その物体の名称は。
「──ここに、あやしいパッチがある」
『あやしいパッチ』。
「……それって」
「アレクシィちゃんは知ってるか。これは、ポリゴン2を進化させる道具です──ポリゴンZに」
息を呑む、音がした。アレクシィも、ジンペイタも、目を細める。
ポリゴンZがどのようなものかは、2人とも知っていた。
「ポリゴンZのパワーがあれば、カエンジシの包囲を突破できる。……それ以外の方法は、考えつかない」
「……でも、そうしたら」
そうしたら。
ポリゴン2は、ポリゴンZに進化する。進化してしまう。
ポリゴンZ。
ポリゴン2の進化系と、認定されてしまった、バグの産物。その挙動は不安定化し、ポリゴン2時代の記録は失われる。指示を受け付けない事例もあり、トレーナーを攻撃した事故もあった。
しかし引き換えに攻撃的なステータスを獲得し、はかいこうせんの威力はポケモン界屈指のものとなる。メガカエンジシにも立ち向かえる、最強の矛。
「……」
選択肢は、2つに1つ。
進化をさせるか、させないか。
『人命優先だよジェイミー』
「そうしたら、ポリ子ちゃんは」
「静かにしてくれ」
「火の手が上がった!!」
『お願いジェイミー、ワタシは──』
「俺はAIが嫌いだった。今も嫌いだ」
8話 責任を取る覚悟
「だから、この判断だけは、俺がしなくちゃいけないんだ」
【挿絵表示】