ワイルドゾーン17ぐらし!! 美少女AIポリ子ちゃん 作:ナニトゾ
『えーと……制作2部2課の、確かジャンバだったかな。アイツもポリゴン2を制作に使っていたんだが、うっかりあやしいパッチをインストールしちまったらしい』
『……じゃあ、ポリゴンZに?』
『ポリゴンZに。当然、内蔵してたデータはブッ飛んでる』
ふと、ジェイミーの脳裏に。先日した職場での会話が過る。
もう重々理解している話だ。ポリゴン2をポリゴンZに進化させるということは、非正規パッチを当ててポリゴン2というAIを破壊することと同義である。ポリゴン2という土台の上に作られた、『ポリ子』だってそうだ。
壊れたものは、元の形に戻らない。
「そうしたら、ポリ子ちゃんは……」
「やはり良くない、ジェイミーくん。そのやり方は、いけないよ」
そんな声が2人から上がることは、ジェイミーには分かりきっていた。共に暮らしてきたのだ、当然の反応だ。
そして、同時に。
『仕方ないよ、それよりみんなが大事!!』
ポリゴン2が──その上の少女の姿が。そう説得しだすこともまた、ジェイミーには分かりきっていた。
『人命優先だよジェイミー。ワタシが進化すれば、カエンジシとだって、戦えるはず』
そう、ホロの姿が声を上げている。
ワタシよりも皆が大切だと。皆が生き延びるためには、ワタシの犠牲は軽いのだと。その訴えにジンペイタは目を伏せて、アレクシィは涙を溜める。
ジェイミーは、そうはしない。……ただ、頬がひくつくのだけは、止められなかった。
「一応、確認する」
言葉を投げかける。
「過去に、ポリゴンZが進化した直後に、暴走を起こしてトレーナーを攻撃したケースがあったと聞いたことがある。ファクトチェックを」
『待ってね──うん、確かに、あったみたい。とりあえず、5年前と3年前でそれぞれ1件事故が起きてる』
ポリゴン2の上の少女はそんな風に言葉を紡いで、それから続けて。
『でも、この2例はそれぞれポリゴンをゲットした直後に進化させていたみたい。トレーナーが誰か認識できなかった可能性が指摘されてる。だから──』
「だから大丈夫、と?」
『うん。信じてジェイミー』
また、頬がひくつくのをジェイミーは感じた。
主張も、言葉も声色も。聞こえる全てが厭わしい。
「暴走しない確証は?」
『さっきの話から考えるなら、大丈夫なはず。だってワタシは、ジェイミーのことがわかってる』
「データが飛んだら、トレーナーが誰かも分からなくなるんじゃないか」
『それは……わからないけれど。でも──
そこまで言って、少女の姿の言葉が止まる。言い淀んでいる。次にどう説得するべきか、計算している間隙だ。
相対するジェイミーも、理解している。この問答に解はない。曖昧な仮定の上に、曖昧な未来の話をしている。結局、これから何が起きるかの確証はない。納得できる答えなど誰も持てない。
そしてここには、だらだらと話せるだけの余裕はない。
唐突に、ブイイと異音が立った。つんざくようなサイレンの音、あからさまな警報音。
「これ……火災報知器!?」
「っ、火の手が上がった!!」
火元を確認しようと、ジェイミーは再びARグラスを装着。
──何も見えなかった。1階と2階の監視カメラ、既に全損。恐らくは2階のどこかでカエンジシが着火したと考えられるが、確かめる術すらもジェイミーにはない。
「ポリ子、この部屋まで燃え広がるか?」
『全焼するかはわからない、でも、煙が上がってきたら、それも危ないはず』
どちらにせよ、時間がない。炎は上に燃え上がるもの。迫ってくる。火の手も、そしてメガカエンジシ自体も。
『ワタシを進化させて』
ポリゴン2に浮かぶ、ホロの少女が懇願する。訴えている。メガカエンジシに立ち向かうためには、それしかないのだと。だから進化させてほしいと。ジェイミーへ向けて、訴え続けて。
……その姿を、見続けて、ジェイミーは。
『お願いジェイミー、ワタシは──
「──静かにしてくれ!!」
気づけば、手が伸びていた。
ポリゴン2の首元へ。少女の姿を喋らせている、首元に着いた装置へと。
パチン。
電源を落とした。
ポリゴン2から生え伸びていた、少女の姿も、その声も。一瞬にして、打ち切られた。
「ジェイミーさん!! どうしてそんな──
「違う。違うよ。違うんだ、アレクシィちゃん」
弁解するように、ジェイミーは2、3度首を振り。それから。
「ポリゴン2は──AIは、この状況で、人命優先だって言うしかない。それは決して自由意志じゃなくて、そう言わざるを得ないんだ」
ロボット三原則、ではないが。
AIというものにも、基本的な行動規範は定められている。人命を優先すること。人に危害を加えるような行動は推奨しないこと。仔細はどうあれ、根本の方針として、それはある。
AIは意思ではなく、計算で発話する。アバターがどれだけ必死な素振りであろうと、涙声に聞こえようと、それでも。
「最初から、AIはこういうとき、こう喋るようにできている」
そうであることを、彼は知ってしまっている。
少し、黙った。ジェイミーは黙して、ポリゴン2を見た。ホロの表示は消え、発話はミュートされて、それでも瞳は潤んでいる、ように見える。
視線を交わす。ポリゴン2のボディと。
実のところ、ジェイミーが意識してそうするのは、久々のことだったのかもしれない。ふと、そう思う。
『ポリ子』という皮を1枚隔てて、ジェイミーとポリゴン2は暮らしてきた。ちょっとしたお遊び、のつもりで作った皮だったが……多分これが無ければ、ジェイミーは、
「……俺はAIが嫌いだった。今も嫌いだ」
ぼそりと、話す。
目の前のポリゴン2に向けて。その瞳に向けて。
「なんで嫌いなのか、自分でも考えてたんだよ」
嫌いな理由は、細かく挙げるならいくらでもある。
仕事を奪うこと。
平気で嘘をつくこと。
人の意見に迎合して、発言を曲げること。
「でも、それは表層だ。もっと深く考えて、つまり俺はどうしてそれが嫌いなのか、考えていて」
息を吸う。息を吐く。
心なしか、吸い込む空気が熱い気がする。アパルトマンが燃える熱か、あるいは彼の体内のものか。
「なあ、前に話したよな。お前が──AIが、AI以外になれるかって。中身を持てるかって」
いつだったか、聞いた疑問。聞かなかったことにして、でも、頭から離れなかった。片隅にこびりついていた、その問いに対して。
「考えた。考えてたんだよ、俺は。それで……そうだな」
今、ここに来て、ようやっと。
ジェイミーは1つ、その答えを見つけていた。
「お前は、AIだ」
呟く。
「ずっと、永遠に、AIだ」
続けて、また呟く。
「俺達が。人間が。AIが作られたものだと、知っている限り──AIが、『
自動運転の車が事故を起こしたとして、罪を問われるのはAIの開発者だ。自動運転車ではない。
AI搭載のロボットが人を殺したとして、絞首台に立つのはAIの開発者だ。AIの首を吊っても意味がない。
もし仮にポリゴンZが制御不能になって、ここにいる3人が死亡したとしても。その責任はポリゴンZにはない。
進化をさせた、ジェイミーのものだ。
「人類が滅びでもしない限り、AIはAIで。だから、責任を背負えない。だから──だから、嫌いだったんだな、俺は。AIのことが」
AIはその発祥故に、根本的に責任を取る資格がない。
人間より優れた能力を持ち、人間より優れた仕事をし、しかし失敗を犯すこともあって、その責任だけは人間のもの。AIがどれだけ進化するとしても、この構造は変わらない。変えられない。
「お前は責任を背負わない。背負えない。優秀に仕事ができて、感情的に振る舞って、俺と一緒に生活して、だけど。そこだけは、絶対に、お前には出来ないことで、だから」
それはジェイミーにとって、受け入れがたい、呪わしき不平等であり。
そして、そうであるのと同時に。
「だから、この判断だけは、俺がしなくちゃいけないんだ」
今は。それだけが。
AIに奪われた側の人間である、彼に残った尊厳であった。
「……俺は、お前を進化させるよ」
ポリゴン2に、そう言った。
「お前が、どう考えるとしても。嫌がるとしても、怖がるとしても、悲しむとしても、そうだと振る舞うのだとしても。それでも俺は、俺の判断で、お前を進化させる──俺の責任で、お前を壊す」
ジェイミーのそれは、懺悔であり、弔辞であり、何より、責任を背負う意思であった。ポリゴン2は彼の言葉を聞き届けて、一瞬だけ浮かんで、PCの横に着地する。ボディはPCに接続し──あやしいパッチを受け入れる、準備が整う。
ポリゴン2は、何も語らない。──本来それが、当然のことだった。無理やり人間のように振る舞わせていたが、その姿も作り物。
今、PCに繋がっているのはただのポリゴン2であり、ただのAIであり。
今から、そうですらなくなる。
ジェイミーが壊す。彼自身の責任でもって。
これから何が起こるとしても、その責任はジェイミーのもの。誰もそれを肩代わりは出来ず──誰も、それを奪えない。
「『責任を背負う』ってのが、もしかしたら、人類に残される最後の仕事なのかもな」
それは多分、AIの尻拭いとしか言いようのない仕事だろうが。……何とも、救いがない。逆にジェイミーは、ようやく、少し笑えた。それならそれで、仕方がないことだろう。
あやしいパッチをPCに読み込ませる。目の前のモニターには、警告のポップアップ。
あやしいパッチを、本当にポリゴン2にダウンロードするのか、と。ジェイミーに聞いている。
既に、決断は出来ている。
カチリ、と。
ワンクリックで、それは済んだ。
一瞬だけ、PCに繋がれたポリゴン2のボディが白く瞬き。直後そのボディにはノイズが走って、身体構造──否、プログラムが書き換わってゆく。捻じれ、廻り、狂い、そして。
それら挙動が、収まって。
「……終わったのか」
赤と青のボディが、宙に浮いている。
浮いた首。黄色い瞳。あらぬ方向に曲がった身体。その姿の名は、ポリゴンZ。
「……」
目の当たりにして。ジェイミーに言葉はない。ポリゴンZの、その姿を見て改めて、己の行動の是非を考えかけて。
しかし、感傷に浸る暇すらも、ここにはなかった。
「──来た」
気配を感じた。ドアの方に、目を向ける。
金属製のそれが、赤熱するのが目に見える。カンヌキ替わりのビニール傘が、でろりと溶けて垂れてゆく。メガカエンジシの足音が、ドアの向こうに3つ、4つ。
「さあ、来たぞ、カエンジシが」
ドアに穴が空き、赤色がその向こうに見えた。穴越しに炎が流入し、バリケードにしていた棚が瞬時に燃え上がる。
蝶番が軋む。ネジが破断する音。
ジェイミーはドアの向こうを睨み、そして己の横のポケモンも、同じことをしていると肌で感じて。
「合図は──要らないか。カエンジシを見て、吹っ飛ばす。それだけだ」
一際、大きな破断音。
ドアが壊れて、倒れて、そして。
「──ゥルロアアアアアア!!」
「──はかいこうせん!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
──快進撃については、語るまでもない。
ポリゴンZのはかいこうせんは、一撃でメガカエンジシを吹き飛ばし。
メガカエンジシを吹き飛ばし。
メガカエンジシを吹き飛ばし。
メガカエンジシを吹き飛ばし。
アパルトマンを脱出する道半ばでまたメガカエンジシと遭遇して、メガカエンジシを吹き飛ばし。
メガカエンジシを吹き飛ばし。
懲りずに襲ってきたメガカエンジシをまた吹き飛ばし。
──はかいこうせん一本槍で、見事。
ジェイミーは、アレクシィは、ジンペイタは、ワイルドゾーン17を脱出した。煤けた衣服で橋を渡って、その場に膝を付いて、少し笑えて。
「やったな、ポリ子──
そう、言いかけてしまって。
ジェイミーはまた、己の横に視線を向け──それから、閉口する。
だって、そうだ。彼の隣にいるものは。
「%$&*&&''@!!」
最早、今までのポリゴン2ではないのだから。
「それで。2人は、これからどうする?」
「仕事なんて気分じゃないですよ」
「やっと変われたって気がします」
「全部終わった、とは思わない」
「そうだったら、いいですね」
「もう一度、メゾン・ヘリオスに」
最終話 さよならポリ子
「俺とお前の、これからを」
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