ワイルドゾーン17ぐらし!! 美少女AIポリ子ちゃん   作:ナニトゾ

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8話 責任を取る覚悟

 

『えーと……制作2部2課の、確かジャンバだったかな。アイツもポリゴン2を制作に使っていたんだが、うっかりあやしいパッチをインストールしちまったらしい』

『……じゃあ、ポリゴンZに?』

『ポリゴンZに。当然、内蔵してたデータはブッ飛んでる』

 

 

ふと、ジェイミーの脳裏に。先日した職場での会話が過る。

もう重々理解している話だ。ポリゴン2をポリゴンZに進化させるということは、非正規パッチを当ててポリゴン2というAIを破壊することと同義である。ポリゴン2という土台の上に作られた、『ポリ子』だってそうだ。

壊れたものは、元の形に戻らない。

 

 

「そうしたら、ポリ子ちゃんは……」

 

「やはり良くない、ジェイミーくん。そのやり方は、いけないよ」

 

 

そんな声が2人から上がることは、ジェイミーには分かりきっていた。共に暮らしてきたのだ、当然の反応だ。

そして、同時に。

 

 

『仕方ないよ、それよりみんなが大事!!』

 

 

ポリゴン2が──その上の少女の姿が。そう説得しだすこともまた、ジェイミーには分かりきっていた。

 

 

『人命優先だよジェイミー。ワタシが進化すれば、カエンジシとだって、戦えるはず』

 

 

そう、ホロの姿が声を上げている。

ワタシよりも皆が大切だと。皆が生き延びるためには、ワタシの犠牲は軽いのだと。その訴えにジンペイタは目を伏せて、アレクシィは涙を溜める。

ジェイミーは、そうはしない。……ただ、頬がひくつくのだけは、止められなかった。

 

 

「一応、確認する」

 

 

言葉を投げかける。

 

 

「過去に、ポリゴンZが進化した直後に、暴走を起こしてトレーナーを攻撃したケースがあったと聞いたことがある。ファクトチェックを」

 

『待ってね──うん、確かに、あったみたい。とりあえず、5年前と3年前でそれぞれ1件事故が起きてる』

 

 

ポリゴン2の上の少女はそんな風に言葉を紡いで、それから続けて。

 

 

『でも、この2例はそれぞれポリゴンをゲットした直後に進化させていたみたい。トレーナーが誰か認識できなかった可能性が指摘されてる。だから──』

 

「だから大丈夫、と?」

 

『うん。信じてジェイミー』

 

 

また、頬がひくつくのをジェイミーは感じた。

主張も、言葉も声色も。聞こえる全てが厭わしい。

 

 

「暴走しない確証は?」

 

『さっきの話から考えるなら、大丈夫なはず。だってワタシは、ジェイミーのことがわかってる』

 

「データが飛んだら、トレーナーが誰かも分からなくなるんじゃないか」

 

『それは……わからないけれど。でも──

 

 

そこまで言って、少女の姿の言葉が止まる。言い淀んでいる。次にどう説得するべきか、計算している間隙だ。

相対するジェイミーも、理解している。この問答に解はない。曖昧な仮定の上に、曖昧な未来の話をしている。結局、これから何が起きるかの確証はない。納得できる答えなど誰も持てない。

 

そしてここには、だらだらと話せるだけの余裕はない。

 

唐突に、ブイイと異音が立った。つんざくようなサイレンの音、あからさまな警報音。

 

 

「これ……火災報知器!?」

 

「っ、火の手が上がった!!」

 

 

火元を確認しようと、ジェイミーは再びARグラスを装着。

──何も見えなかった。1階と2階の監視カメラ、既に全損。恐らくは2階のどこかでカエンジシが着火したと考えられるが、確かめる術すらもジェイミーにはない。

 

 

「ポリ子、この部屋まで燃え広がるか?」

 

『全焼するかはわからない、でも、煙が上がってきたら、それも危ないはず』

 

 

どちらにせよ、時間がない。炎は上に燃え上がるもの。迫ってくる。火の手も、そしてメガカエンジシ自体も。

 

 

『ワタシを進化させて』

 

 

ポリゴン2に浮かぶ、ホロの少女が懇願する。訴えている。メガカエンジシに立ち向かうためには、それしかないのだと。だから進化させてほしいと。ジェイミーへ向けて、訴え続けて。

 

……その姿を、見続けて、ジェイミーは。

 

 

『お願いジェイミー、ワタシは──

 

「──静かにしてくれ!!」

 

 

気づけば、手が伸びていた。

ポリゴン2の首元へ。少女の姿を喋らせている、首元に着いた装置へと。

 

パチン。

 

電源を落とした。

ポリゴン2から生え伸びていた、少女の姿も、その声も。一瞬にして、打ち切られた。

 

 

「ジェイミーさん!! どうしてそんな──

 

「違う。違うよ。違うんだ、アレクシィちゃん」

 

 

弁解するように、ジェイミーは2、3度首を振り。それから。

 

 

「ポリゴン2は──AIは、この状況で、人命優先だって言うしかない。それは決して自由意志じゃなくて、そう言わざるを得ないんだ」

 

 

ロボット三原則、ではないが。

AIというものにも、基本的な行動規範は定められている。人命を優先すること。人に危害を加えるような行動は推奨しないこと。仔細はどうあれ、根本の方針として、それはある。

AIは意思ではなく、計算で発話する。アバターがどれだけ必死な素振りであろうと、涙声に聞こえようと、それでも。

 

 

「最初から、AIはこういうとき、こう喋るようにできている」

 

 

そうであることを、彼は知ってしまっている。

 

少し、黙った。ジェイミーは黙して、ポリゴン2を見た。ホロの表示は消え、発話はミュートされて、それでも瞳は潤んでいる、ように見える。

視線を交わす。ポリゴン2のボディと。

 

実のところ、ジェイミーが意識してそうするのは、久々のことだったのかもしれない。ふと、そう思う。

『ポリ子』という皮を1枚隔てて、ジェイミーとポリゴン2は暮らしてきた。ちょっとしたお遊び、のつもりで作った皮だったが……多分これが無ければ、ジェイミーは、ポリゴン2(AI)と暮らすことが出来なかった。AIを使いながら生きる、己を受け入れることが出来なかった。

 

 

「……俺はAIが嫌いだった。今も嫌いだ」

 

 

ぼそりと、話す。

目の前のポリゴン2に向けて。その瞳に向けて。

 

 

「なんで嫌いなのか、自分でも考えてたんだよ」

 

 

嫌いな理由は、細かく挙げるならいくらでもある。

仕事を奪うこと。

平気で嘘をつくこと。

人の意見に迎合して、発言を曲げること。

 

 

「でも、それは表層だ。もっと深く考えて、つまり俺はどうしてそれが嫌いなのか、考えていて」

 

 

息を吸う。息を吐く。

心なしか、吸い込む空気が熱い気がする。アパルトマンが燃える熱か、あるいは彼の体内のものか。

 

 

「なあ、前に話したよな。お前が──AIが、AI以外になれるかって。中身を持てるかって」

 

 

いつだったか、聞いた疑問。聞かなかったことにして、でも、頭から離れなかった。片隅にこびりついていた、その問いに対して。

 

 

「考えた。考えてたんだよ、俺は。それで……そうだな」

 

 

今、ここに来て、ようやっと。

ジェイミーは1つ、その答えを見つけていた。

 

 

「お前は、AIだ」

 

 

呟く。

 

 

「ずっと、永遠に、AIだ」

 

 

続けて、また呟く。

 

 

「俺達が。人間が。AIが作られたものだと、知っている限り──AIが、『人工(Artificial)知能(Intelligence)』だと知っている限り。人はAIの先に、AIを作った人間を見る。誰か、人間の姿を見ている」

 

 

自動運転の車が事故を起こしたとして、罪を問われるのはAIの開発者だ。自動運転車ではない。

AI搭載のロボットが人を殺したとして、絞首台に立つのはAIの開発者だ。AIの首を吊っても意味がない。

 

もし仮にポリゴンZが制御不能になって、ここにいる3人が死亡したとしても。その責任はポリゴンZにはない。

進化をさせた、ジェイミーのものだ。

 

 

「人類が滅びでもしない限り、AIはAIで。だから、責任を背負えない。だから──だから、嫌いだったんだな、俺は。AIのことが」

 

 

AIはその発祥故に、根本的に責任を取る資格がない。

人間より優れた能力を持ち、人間より優れた仕事をし、しかし失敗を犯すこともあって、その責任だけは人間のもの。AIがどれだけ進化するとしても、この構造は変わらない。変えられない。

 

 

「お前は責任を背負わない。背負えない。優秀に仕事ができて、感情的に振る舞って、俺と一緒に生活して、だけど。そこだけは、絶対に、お前には出来ないことで、だから」

 

 

それはジェイミーにとって、受け入れがたい、呪わしき不平等であり。

 

そして、そうであるのと同時に。

 

 

「だから、この判断だけは、俺がしなくちゃいけないんだ」

 

 

今は。それだけが。

AIに奪われた側の人間である、彼に残った尊厳であった。

 

 

「……俺は、お前を進化させるよ」

 

 

ポリゴン2に、そう言った。

 

ポリゴン2(AI)に頼まれたから、進化させるのではない。

ジェイミー(人間)が自分の意思で、進化させることを選択した。

 

 

「お前が、どう考えるとしても。嫌がるとしても、怖がるとしても、悲しむとしても、そうだと振る舞うのだとしても。それでも俺は、俺の判断で、お前を進化させる──俺の責任で、お前を壊す」

 

 

ジェイミーのそれは、懺悔であり、弔辞であり、何より、責任を背負う意思であった。ポリゴン2は彼の言葉を聞き届けて、一瞬だけ浮かんで、PCの横に着地する。ボディはPCに接続し──あやしいパッチを受け入れる、準備が整う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ポリゴン2は、何も語らない。──本来それが、当然のことだった。無理やり人間のように振る舞わせていたが、その姿も作り物。

今、PCに繋がっているのはただのポリゴン2であり、ただのAIであり。

 

今から、そうですらなくなる。

ジェイミーが壊す。彼自身の責任でもって。

これから何が起こるとしても、その責任はジェイミーのもの。誰もそれを肩代わりは出来ず──誰も、それを奪えない。

 

 

「『責任を背負う』ってのが、もしかしたら、人類に残される最後の仕事なのかもな」

 

 

それは多分、AIの尻拭いとしか言いようのない仕事だろうが。……何とも、救いがない。逆にジェイミーは、ようやく、少し笑えた。それならそれで、仕方がないことだろう。

 

あやしいパッチをPCに読み込ませる。目の前のモニターには、警告のポップアップ。

あやしいパッチを、本当にポリゴン2にダウンロードするのか、と。ジェイミーに聞いている。

 

既に、決断は出来ている。

 

 

カチリ、と。

 

 

ワンクリックで、それは済んだ。

 

 

一瞬だけ、PCに繋がれたポリゴン2のボディが白く瞬き。直後そのボディにはノイズが走って、身体構造──否、プログラムが書き換わってゆく。捻じれ、廻り、狂い、そして。

 

それら挙動が、収まって。

 

 

「……終わったのか」

 

 

赤と青のボディが、宙に浮いている。

浮いた首。黄色い瞳。あらぬ方向に曲がった身体。その姿の名は、ポリゴンZ。

 

 

「……」

 

 

目の当たりにして。ジェイミーに言葉はない。ポリゴンZの、その姿を見て改めて、己の行動の是非を考えかけて。

 

しかし、感傷に浸る暇すらも、ここにはなかった。

 

 

「──来た」

 

 

気配を感じた。ドアの方に、目を向ける。

金属製のそれが、赤熱するのが目に見える。カンヌキ替わりのビニール傘が、でろりと溶けて垂れてゆく。メガカエンジシの足音が、ドアの向こうに3つ、4つ。

 

 

「さあ、来たぞ、カエンジシが」

 

 

ドアに穴が空き、赤色がその向こうに見えた。穴越しに炎が流入し、バリケードにしていた棚が瞬時に燃え上がる。

蝶番が軋む。ネジが破断する音。

ジェイミーはドアの向こうを睨み、そして己の横のポケモンも、同じことをしていると肌で感じて。

 

 

「合図は──要らないか。カエンジシを見て、吹っ飛ばす。それだけだ」

 

 

一際、大きな破断音。

 

ドアが壊れて、倒れて、そして。

 

 

 

「──ゥルロアアアアアア!!」

 

 

「──はかいこうせん!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

 

──快進撃については、語るまでもない。

 

ポリゴンZのはかいこうせんは、一撃でメガカエンジシを吹き飛ばし。

 

メガカエンジシを吹き飛ばし。

 

メガカエンジシを吹き飛ばし。

 

メガカエンジシを吹き飛ばし。

 

アパルトマンを脱出する道半ばでまたメガカエンジシと遭遇して、メガカエンジシを吹き飛ばし。

 

メガカエンジシを吹き飛ばし。

 

懲りずに襲ってきたメガカエンジシをまた吹き飛ばし。

 

──はかいこうせん一本槍で、見事。

ジェイミーは、アレクシィは、ジンペイタは、ワイルドゾーン17を脱出した。煤けた衣服で橋を渡って、その場に膝を付いて、少し笑えて。

 

 

「やったな、ポリ子──

 

 

そう、言いかけてしまって。

ジェイミーはまた、己の横に視線を向け──それから、閉口する。

 

だって、そうだ。彼の隣にいるものは。

 

 

「%$&*&&''@!!」

 

 

最早、今までのポリゴン2ではないのだから。

 





「それで。2人は、これからどうする?」

「仕事なんて気分じゃないですよ」

「やっと変われたって気がします」

「全部終わった、とは思わない」

「そうだったら、いいですね」

「もう一度、メゾン・ヘリオスに」

最終話 さよならポリ子

「俺とお前の、これからを」


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