よくある男オリ主もの   作:SeA

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オリ主くんが、ツクヨミへ行くだけ


オリ主くん、ツクヨミへ行く

 刀を振るう。赤が宙に舞う。

 刀が振り下ろされる。紅が飛び散る。

 何度も何度も刀を振るい、何度も何度も刀を振られる。

 

 心が埋まる。

 なんにもなかった心の真ん中が埋まっていく。

 ただ、それだけでよかった。

 ただ、それだけがよかった。

 

 

 

 

 

 

 静かな暗闇の中、瞼の裏で光を感じ理解する。ああ、また朝がきた。

 朝日が照らす部屋の中心で、瞳を開き体を起こす。

 ゆっくりと全身をほぐすように体を動かす。異常なし。十全に動く。

 ビニール袋に入れていたジャージに着替え、壁に立てかけていた木刀と床に置いてあるスマートフォンを手に取り家を出る。

 ボロアパートの2階。階段。道路。二つ先の交差点を左。公園。

 

 木刀とスマートフォンを公園のベンチに置き、ゆっくりと呼吸を整える。

 吸って、吐いて。

 吸って、吐いて。 

 指先からつま先までをほぐしていく。寝起きの時より、時間をかけてしっかりと。

 木刀を手に取り、正眼に構え、振り上げ、振り下ろす。

 真向斬り、袈裟斬り、一文字斬り、逆袈裟斬り、左袈裟斬り、左一文字斬り、左逆袈裟斬り、諸手突き、片手突き。

 一つ一つゆっくりと確実に。型をなぞる。ズレがないように、流れを崩さないように。それを何周もする。何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。

 記憶の中の軌跡をなぞる。あの赤が撒き散らされた空間で見た銀閃を再現する。

 ただそれを繰り返す。

 

 無心で木刀を振るっていると、ピピピと小さな音がした。

 ベンチに置いてあるスマートフォンがアラームを鳴らし、時間を知らせている。

 溜息をついた。

 面倒くさい。そう思ったが仕方がない。スマートフォンを回収し家路につく。

 帰る途中の自動販売機でスポーツドリンクを一本購入。キャップを開け、中身を口に含むように飲みながら歩き始める。

 行きたくないな。

 

 見慣れたボロアパートに帰り、軽くシャワーで汗を流す。制服に着替え、冷蔵庫から食パンを3枚取り出しそのまま食べる。体は足りないと訴えてくるが無視。別に体を造るために鍛錬を続けているわけではない。

 鞄を手に取り家を出る。

 面倒くさい。そう思いながら玄関に鍵をかけていると隣のドアがガチャリと音を立てた。

 隣の部屋から出てきたのは、自身と同じ学校の制服を身に纏った女子生徒。

 ちらりと目線があったので軽い会釈をする。相手もした。

 鍵をかけたので、階段へと向かう。互いに無言のまま離れる。

 いつもの距離感。いつもの関係。

 名前も知らないし、声もほとんど聞いた覚えはない。引っ越し当初に挨拶をされた覚えもうっすらとあるが、たいして思い出せないのだから、どうでもいいことだったのだろう。

 いつも通りだ。いつもと同じようにどうでもいい時間を過ごしていく。

 面倒くさい。

 

 学校は騒がしい。中学生の時も思った気はするが、高校1年生の教室はその時の倍はうるさいと思う。

 だがこれでも随分マシになったとは思う。入学してすぐの頃は何度か声をかけられたが、5月になった今ではそんな人物は皆無だ。いいこと、なのだと思う。

 机に頬杖をつき、窓の外を眺める。昼食後の昼休みの時間はやることがなくてヒマで仕方ない。

 そうしているとある会話が耳に入った。

 

「マジすっげーから! リアルとほぼ同じなんだって!」

 

「ホントかよ」

 

「マジで買ってて草。よくあんな高いの買えたなお前」

 

 右斜め後ろ、2メートル弱、3人、男子。

 雑談だろう。仲の良い友人で集まって会話をしている。

 正直、音量をもう少し下げるか離れてほしい。

 

「親父にめっちゃ頼みまくったかんな! でも出世払いとか言うんだぜ、ひっでえよなぁ」

 

「いや、それでも買ってくれるだけいいじゃん。ウチじゃ絶対無理」

 

「俺んとこもそう。バイトして自分で買えって言われるんだよ。買えるようになるまで何か月かかるんだっての」

 

「でもマジで買ったほうがいいってスマコン! めっちゃすっげーから!」

 

 場所を移ろう。

 椅子から立ち、教室の外へと向かう。さてどこへ行こうか。

 校舎内は騒がしいか? いやいっそトイレとかなら静かだろうか。軽く回って場所を探し―――

 

「―――マジモンの刀(・・・・・・)ぶん回してるみたいでさ!」

 

 ピタリと足が止まった。

 刀?

 

「なんつうの? 緊迫感? 臨場感? なんかそういうのがめっちゃリアルで、相手を斬った時の感覚がこうビシビシッとくる、みたいな感じ?」

 

「わかるような、わっかんねえような」

 

「お前説明ヘタクソだもんな」

 

「うっせ!」

 

 小さく息を吐く。落ち着け。なんてことない雑談だ。意味のない言葉でしかない。

 いつの間にか握りしめていた拳を緩める。落ち着け。

 自身の席へと戻り、座る。そして耳を澄ませる。

 十中八九違うし、意味はない。この心が求めるものではない、はずだ。

 でも、もし―――

 

「とにかくお前らもなんとか買ってさ! 一緒にやろうぜツクヨミ(・・・・)!」

 

 ―――もしそれが、求めていたものならば、俺は。

 

 

 

 

 

 

 『ツクヨミ』

 スマートコンタクト、スマートグラスなどのVRデバイスを用いることで楽しむことが出来る今現在日本で最も隆盛している仮想空間。そこでは様々な遊びを体験することができ、その中にとあるアクションゲームがある。

 『KASSEN』

 仮想空間ならではの現実ではありえないような武器やアイテムを駆使し戦う対戦ゲーム。

 実際に剣を、槍を、弓を握り仮想の世界で殺し合いが出来る遊び(・・・・・・・・・・)

 

「………」

 

 インターネットで検索して調べた情報をザックリと読み、検索時に表示されていた動画をいくつか視聴した。

 正直理解出来たとは言えない。仮想空間がどういうものなのかというのは学校の授業で触った程度の知識しかないし、スマートコンタクト(スマコン)などというデバイスも名前を聞いたことがある、といったぐらいでしかない。

 なので、これが自分の心を埋められるものなのかは正直わからない。

 だけど、

 

「……試して、みるか」

 

 放課後、さっそく家電量販店へと向かいスマートコンタクトを購入した。

 値段は予想以上のものだったが仕送りが多いのもあるが、そもそも自分が金銭を使わない生活をしているのもあるので余裕はある。親が自分に干渉してくることはないのだから問題はない。

 一緒に購入したコントローラーは最新式だとかいう手袋型。店員がなにか色々説明していたが、重要なのは手指の動きをしっかりと認識するらしいという部分で、それ以外はどうでもいい。

 

 家へと帰り、自室でスマートコンタクトを装着する。

 心臓が高鳴るのを自覚して、深呼吸をし精神を落ち着かせる。

 時が経つほどに大きくなる期待を呼吸と共に抑え込んで、ゆっくりと目を閉じる。

 

 行こう。

 

 

 

 

 

 

 星の海を潜っていく。深く深く奥底に。

 輝きの深海をくぐり抜けると、そこはどこまでも続いているような湖とその水面に無数に浮かぶ灯篭。水上に聳える鳥居。そして真っ赤な夕焼け。

 

 驚嘆。

 仮想空間。これが、仮想? これが作り物なのか? 信じられない気持ちで右へ左へと視線を回す。湖上に立つ自身の足を不思議に思い数度足踏みをする。硬いような柔らかいような不思議な感触。水を踏みしめる感覚というのはこういったものなのだろうか。

 

「……これが」

 

 言葉を続けようとしたが、一気に後ろに飛び退る。なにもなかった空間になにかが現れた。気配を感じて咄嗟に体を動かした。

 視線を上げると正面の鳥居の前に艶やかな着物を着た少女がいた。白の髪をたなびかせ、肩に小さな生き物らしき物体を乗せながら柔らかな顔をこちらに向けている。なんだこの女は。一体どこから出てきた?

 重心を落とし、なにがあっても対応が出来るよう静かに構える。

 

「―――太陽が沈んで、夜がやってきます」

 

 少女が言葉を発すると、その言葉に従うように世界が切り替わる。夕焼け空が、星明りが照らす夜空へと時を進めた。警戒の態勢を変えずに少女の動向を窺っていると、水飛沫を上げながら少女が走り寄ってきた。さあどう来る?

 

「仮想空間ツクヨミへようこそー! 管理人の月見(るなみ)ヤチヨでーす。このモフモフはFUSHI(フシ)

 

「ヤチヨがツクヨミとボクを作ったんだー!」

 

 笑顔の少女とその肩に乗る謎の生き物の言葉を聞いて一度瞬きをして、小さく息をつく。

 冷や水を浴びたように静まった頭で反省をする。ここは仮想空間。大勢の人が楽しむためにそこそこの値段のするデバイスを用い、遊びに来ているらしい場所。なにを馬鹿みたいに戦闘態勢をとっているのだか。阿呆か俺は。

 

「んー? どうかした?」

 

「いえ、なんでもありません。お気になさらず」

 

 黙り込んでいたこちらを訝しんでか、そう問いかけてきた少女、月見さんに軽く首を振りながら返事をした。実際なんでもないのだ。気にしてもらうことではない。

 

「そう? じゃあ改めて」

 

 おっほん、と咳払いをして月見さんは喋りだす。

 

「―――さあ出かける前に、その恰好じゃあつまらない!」

 

 言い切ると同時にパチンと小気味よく指を鳴らし、俺の目の前の空間にウィンドウが展開される。そこに表示されているのは、俺の全身図と、服?

 

「……申し訳ない。これはなんでしょうか」

 

 思った疑問をそのまま口にすると、彼女は目をパチクリとさせた。

 

「えーっと、キャラメイク、なんだけど?」

 

「キャラメイク」

 

 言われた言葉をそのまま返し、考える。

 困惑するように返してきたということは、これは普通疑問に思うようなものではないのだろう。だが、ここにいるのは俺だ。一般的とは決して口に出来ない類の存在である。弱った。が、まあ仕方ない。わからないものはわからないのだ。聞けばいいだけだ。

 

 だけど、その前に確認をしたい。

 

「月見さん。一つお聞きしてもいいでしょうか?」

 

「? どーぞどーぞ、お聞きなさいな」

 

 疑問符を浮かべながらも胸を張り朗らかに笑う彼女に、とても大事な質問を投げつける。

 

「―――ここでは、人を斬れると聞きました」

 

 途端に動きを止めた彼女に言葉を続ける。

 

「斬って刺して抉って、殺して、殺される。そんな痛苦を浴びせ合う殺し合いが出来る、と」

 

 月明かりの海面のような明るい瞳を、真っ直ぐに見つめながら問う。

 

「この情報に、誤りはありますか?」

 

 俺の求めるものは、ツクヨミ(ここ)にありますか?

 

「………」

 

「―――」

 

 動きを止めた笑顔を眺めながら返事を待つ。

 理解している。これが常軌を逸した問いだと。まともな人が探し求めるものではないと。理解している。理解はしている。申し訳ないとは思っている。彼女は先ほど自身をここの管理人だと名乗った。そんな相手にこの世界はそういった血生臭いものなのか、と馬鹿げたことを尋ねているのだ。悪いとは思う。でも、聞かなくちゃいけない。

 俺は、殺し合い(それ)を求めてここに来たのだから。

 

 幾ばくかの沈黙の後、彼女はそっと口を開いた。

 

「―――無い、けど有るよ」

 

「……それは謎かけ、でしょうか」

 

 違うと首を振り、手をこちらに差し出しながら彼女は言う。

 

「握ってみて」

 

 言われてそっとその手を握る。

 これ、は―――

 

「どう思う?」

 

「……とても、不思議な感覚です」

 

 温度がない。感触が軽い。重さが薄い。

 いや、それだけじゃない。もしかしたらこれは―――

 

仮想空間(ここ)には、痛みもないよ」

 

「―――っ」

 

 息を吞む。

 なにかを言おうとして口を開いては閉じる。

 

 わかっていたはずだ。そんな都合よくはいかないと。十中八九そんなものはないだろうと。そう思っていたうえでツクヨミ(ここ)に来たはずだろう。なにを、なにを今さら後悔しているんだ。この阿呆は。あまりにも自分が馬鹿馬鹿しくて吐き気がしてくる。

 一度大きく息を吐いてから、静かに俺を待ってくれていた彼女に深く頭を下げ感謝を伝える。

 

「わかりました。質問にお答えいただきありがとうございました」

 

「ううん。こっちこそごめんね。君の欲しいものをあげられなくて」

 

 そう首を振り逆に謝ってくる月見さん。謝罪の必要など彼女にはまったくないというのに律義なものだ。きっとこの人は優しい人、なのだろう。

 

「時間を取らせてしまって、すいませんでした。俺はこれで失礼させていただきます」

 

「えっ」

 

 再度頭を下げここから出ようとする。さてどうすればいいのかと周りを見回していると、なぜかわたわたと慌てながらこちらを制止してくる月見さん。なんだろうか? 

 

「いや、えっと、無い、んだけど! 無いんだけどっ! もどきは有る、よ?」

 

「もどき……?」

 

 それは、いったいどういう意味だろうか?

 そんな困惑を俺が浮かべていると、なぜか諦めたように苦笑する月見さん。

 

「一回、やってみようか」

 

 なにを、そう問いかけるよりも早く世界を薙ぐように手を払う月見さん。その行動に疑問を持つより先に周囲の異変に気が付いた。

 足元の湖が消え、いつの間にか石畳になっている。慌てて周囲を探ると景色が一変している。どこまでも広がっていた水面は生い茂った竹林となり、星が広がっていた夜空もいつの間にか太陽が昇り昼に、いや違う? なんだあれ? 魚? なんかものすごく大きなチョウチンアンコウのような生き物の明かりで昼間のような青空が広がっている。なんだこれ。

 

「んでもってホイっと、それじゃあこの中から好きなの選んでね」

 

 俺が茫然としているとどこかから大量の刀剣類を取り出し、周りの地面にぶちまける月見さん。

 黙って彼女を見つめる俺に向かい、彼女は静かに笑いかけてくる。

 

「これはきっと、キミの求めるものじゃない」

 

 恰好も着物から、なんだろう、なんというのかはわからないが動きやすそうな薄手の服に変わっている。いや、袖は邪魔だと思うが。

 

「きっと、満足できるものでもない」

 

 透明なガラス細工のような蛇の目傘を取り出しながら彼女は告げる。

 

「でも、それでも、もしキミがよければ」

 

 くるくると、まるで(わらべ)のように傘を回し、こちらに向けて閉じた傘を突き付けてくる。

 

「わたしの創ったこの場所を、一度だけでも遊んでみてくれませんか」

 

 なにも応えず地面に散らばった剣の中から一本の打刀(うちがたな)を拾い、抜刀、片手で軽く振る。しっかりとした重さがある。だが薄い。軽いのではなく、薄い(・・)。不満も落胆も呼吸と一緒に吐き出す。

 彼女はこちらに向き合ってくれている。何百万、何千万という利用者がいる世界の管理人が頭のおかしい15のガキに本気で向き合ってくれている。そんなことをしてくれる義務も義理もないだろうに。

 

「月見さん。貴女に感謝を」

 

 刀を正眼に構え、正対する。

 

浦野真太郎(うらの しんたろう)、お相手(つかまつ)ります」

 

 その名乗りに何故か彼女は笑みをこぼした。

 

「―――うん。本当に、キミらしいね」

 

 彼女の言葉の意味は問わない。興味もない。刃を向け、相対した時点で思考はすべて戦闘に費やす。それ以外のことはどうでもいい無駄なものだ。大事なのは一つだけなのだから。

 

「ではでは、いざ尋常に~」

 

「勝負」

 

 ただ、己が心の求めるままに、喰らい尽くせ。

 

 

 


 

 

 

 振るわれる刀を傘で打ち払う。

 だが瞬く暇もなく文字通りに返す刀がわたしに向かってくる。上体を傾けて回避する。失敗。脇腹を掠っていった。速いなあ。こんなに速かったんだっけ。

 態勢を立て直そうと閉じていた傘を開き一時的な壁とする。これで時間を稼ぎたいけど、これもダメだ。地面にくっつくんじゃないかってくらいの位置まで倒れこみ、傘と地面の隙間から刀が足元狙って振るわれる。一歩後ろに跳ぶ。右膝の半ばまで刃が通過する。切断判定にはならないギリギリのダメージ。危なかった。一瞬でも遅ければ片足を落とされていた。

 さっきからずっと防戦一方。強いのは知っていた。しんたろーが強いのはずっとずっと前から知っていた。だから初めてツクヨミに、仮想空間に来た今この時なら結構いい勝負が出来るんじゃないかと、そう思ってたのにこれだ。

 

「ハハッ!」

 

 刀と傘の衝突音の合間に、声が届いてくる。

 笑ってる。

 武器を突き付け合い、切り結びながら、命を狙って、笑ってる。楽しそうに。いつもの無表情はどこへ行ったのやら。戦ってる時はいつも楽しそう。遠い記憶の彼と一緒だ。変わらない。

 

 わたしも作った笑顔を崩さないまま傘を振るう。弾かれる。もう一度。今度は流される。その力の流れに逆らわずに体を倒す。背後から迫った刃を紙一重でなんとか躱す。笑い声。

 なにも知らなかったあの時は、戦ってる時だけ笑うなんて変わってるなって思うだけだったのに、今じゃ全然違う感想になっちゃうんだもんな。それがちょっとだけ。ホントにちょっとだけ悲しい。

 

「ハハハハハッ!」

 

 いったい、それのなにが楽しいんだろう?

 人を傷つけることの、痛みを、苦しみを、恐怖を与えることのなにが楽しいというのだろうか。他人に絶望を抱かせることのなにが面白いんだろう。

 わからない。

 わからないよ。しんたろー。

 

『俺は出来ないことも知らないことも多い。だがそれでいいのなら好きに使え。かぐや、君の望みを叶えられるよう最大限を尽くそう』

『ゲリラライブ? 手伝いをしてほしい? 了承した。よくわからないが手を貸そう』

『コラボ? 俺はいいが、酒寄はダメだと言っていたぞ。男の人とのコラボは炎上がどうとか。よくわからなかったが』

『かぐや、君が言ったんだハッピーエンドがいいと。酒寄と俺を連れて行くと。だから俺はそれを信じる。それだけだ』

 

 だって痛いんだよ。

 誰かが傷つくのは。誰かが死ぬのは。誰かがいなくなるのは。

 本当に心の奥が痛くなるんだよ。

 

 いつも優しくて、強くて、頼んだらどんなことでもやってくれて、そして一緒に怒られて。でも無表情でケロッとしてる。

 そんなしんたろーしか、知らなかった。

 それ以外のしんたろーを、今になって知りたくなかったなあ。

 

 懐かしい顔を眺める。心が少しズキッとしたけど大丈夫。慣れてる。

 しんたろーはずっと笑ってる。戦いはじめてからずっと。

 楽しそうに笑って、笑って、笑っ、て―――

 

「アハハハッ! ハハハハハッ!」

 

 ――――嗤ってる(・・・・)

 嗤ってる。確かに私を見ているのに、私を笑っていない。傷ついて、徐々に不利になっていく私を笑っているわけじゃない。傷つけ殺そうとしていることを笑っていない。あれは、違う。違う。全然違う。笑ってない。楽しんでない。快楽を、悦楽を得ていない。あの目は私じゃなくて―――

 

 ―――スッと、一筋の銀閃が首をすり抜けていく。

 

「あ」

 

 

 


 

 

 

 言葉にならない言葉を口にして、女の首が花びらを宙に舞わせながら地に落ちていく。

 それを認識した瞬間、高鳴っていた鼓動が、感情がすぐに冷めていくのを自覚する。上がっていた口角も自然と落ちてくる。速いな。仕方ないことだが。

 刀で傘と切り結ぶなんて経験は初めてで少し戸惑ったが、悪くなかった。

 月見さんは想像以上に強かった。経験からくるだろう慣れが動きからよく伝わってきていた。害意も殺意もまったく無いのに戦いに強いというのはなかなかに不思議だが、ツクヨミ(ここ)はきっとそういう場所なのだろう。残念。

 

 地に伏せた身体も落ちた首も花びらになって消えていった。淡い色合いの桜の花だった。

 ひらひらと舞う花を見ながら考える。まったくもって合わないな、と。宙に舞うなら鮮烈な赤のほうが自然だし、半ばまで斬ったはずの足が問題なく動くのもしっくりこないし、なにより斬った感触が変。とにかく変。実際の感触との齟齬がありすぎて戦闘中に意識が何度か冷めそうになった。本当に俺と合わない部分が多すぎる。

 だけど、

 

「……はぁ」

 

 胸に手を当て、大きなため息をつく。

 ああ、だけど、だ。

 

「……少し、埋まった」

 

 胸の奥の隙間が、ぽっかりと空いている穴が。2年ぶりにやっと。ほんの少しだけど。本当にちょっとだけだけど、―――心が落ち着いた。

 

 別に血は付着していないけど、いつかのように血振りをし刀を鞘に納める。

 

「ありがとうございました。個人的にはいい勝負だったと思っています」

 

 声をかけながら後ろへ振り向く。

 そこには最初の着物に着なおした月見さんが立っている。変な感じだ。首を落とした相手が目の前にいる。仮想空間というのは不思議で溢れているようだ。

 

「そうかなぁ? 結局カスダメしか当てれなかったけどなあ」

 

 よよよ~と、泣きマネをする月見さん。本当に表情豊かな女性だな。今までの人生であまり人と関わってこなかったので断言は出来ないが、きっと多くの人に好かれる類の人物なんだろう。これで戦闘技術も高いんだから本当にすごいと思う。

 

「ところで、一個質問してもいいかな?」

 

「どうぞ」

 

 さて、なんだろうか?

 

「……キミは、人を傷つけることが、戦いが好きなわけじゃない(・・・・・・・・・・・・)、んだね」

 

 目を伏せがちにしながらも、こちらに質問というよりも確認をしてくる月見さん。少し驚いた。俺のことを知った人は今までただ一人を除いて全員が勘違いしていたというのに、今の一戦だけでそれが見えたのか。

 

「はい、その通りです。俺は殺し合いを楽しいと思ったことはありません(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………そっか」

 

 隠しているつもりは一切ないが、そう勘違いされて当然だとは思っている。そもそも刀を全力で斬り付けながら哄笑する己を見てそう思うのは自然だろう。

 

「そっか。うん、そっかあ。よかったぁ~」

 

 なぜか嬉しそうに顔をほころばせながら言う月見さん。よかった?

 

「なぜ、俺が違うと思ったのでしょう。俺の行動はそれを肯定するものだったと思いますが」

 

「なぜもなにも、()がぜーんぜん違う。わかるよ」

 

「……目?」

 

 彼女はそうだと首肯しながら断言してくる。

 

「殺し合いを楽しむ人はキミみたいな目はしないよ。もっとドロドロでぐっちゃぐちゃな怖い目をしてる。ヤチヨはそれをよーく知ってるからね。だから、キミは違うよ」

 

「なる、ほど……?」

 

「まあ笑ってるところ見て最初は思いっきり勘違いしてたけどね! もー、ああいうのは紛らわしいから気を付けるんだよ」 

 

「はあ」

 

 なぜか注意を受けている。なぜだ?

 

「まあ違うのはわかったけど、どう違うのかは正直あんまりわかってないかなあ。キミのそれ、どんな感じなの?」

 

 どんな感じ。どんな感じか。

 そうだな。あえて言うのであれば、

 

「―――食欲、でしょうか」

 

「食欲? 食べたいってこと?」

 

 首をかしげて言う月見さんに返答する。

 

「我慢は出来ます。ある程度の期間摂取しなくても生きることは出来ます。ただ、ずっとは無理です。いつかは耐えられなくなります」

 

 そうだ、耐えられない。もうあれから2年経った。2年我慢した。もう、限界ギリギリだった。

 

「だから、先ほどの月見さんとの戦いはとても助かりました」

 

 満足したとは決して言えないが。

 踏み込んだ時の地面の反発。振るう刀の重み。弾かれた時の衝撃。斬った肉の感触。どれも少なかったり、薄かったり、軽かったり。さっきの戦闘はふんわり(・・・・)していた。殺し合い、とは言えないなにかだった。

 俺は斬りたいんじゃない。苦しめたいんじゃない。一方的に刃を血に染めたいんじゃない。お互いに殺し合いたいんだ。

 命をぶつけ合ってる瞬間だけが、生きている実感を得ることが出来る。その瞬間だけ、俺はこの世(ここ)にいるんだと確かな実感を持てる。

 ただ現代社会でそんなものを気軽に摂取出来ないのもわかっていたから、我慢していただけ。

 

「薄味で量も少なく物足りないが、ちょっとは空腹が紛れる感じ。この言い方で伝わりますか?」

 

 俺の言葉にパチリと指を鳴らして答えてくる。

 

「つまりこういうことだ。ずっとご飯が食べられなくてつらかった時に久しぶりに食事が出来て、テンションが上がっちゃってワッハッハー、ってことだ」

 

「……そうですね。その認識で概ね一致するかと」

 

 なるほどなるほど、と何度も頷く月見さん。

 

「それで、どうだった? この月見ヤチヨちゃんの最高傑作、ツクヨミを遊んでみて」

 

「……そうですね。色々と薄いし足りないとは思いましたが、腹は多少膨れました」

 

 遊びとしては、よくわからない。楽しいと思うことはできなかったから。

 

「ですのでこの世界の管理人たる貴女の許しをいただけるのなら、今後ここで食事……いや、違いますね。おやつを食べに伺ってもいいでしょうか?」

 

 こんな頭のおかしいやつが、この世界に紛れていいのなら。

 

「―――うん。いいよ。いつだっていらっしゃい。ツクヨミ(ここ)はみんなの居場所、みんなの遊び場。ここにキミの求める殺し合い(もの)はないけど、もどきを遊ぶための場所はある。だから、それでもいいと思ってくれるなら、いつでもおいで。ヤッチョはここで待ってるから」

 

「……はい」

 

 そう一言だけ口にして、頷く。

 そんな俺を見て満足そうに彼女は言う。

 

「ではではもう一度改めまして」

 

 おっほん、とわざとらしく咳払いをしてから楽しそうに指を鳴らした。

 

「―――その恰好じゃあつまらない!」

 

 俺の目の前にまたウィンドウが展開される。

 

「キャラメイク、でしたね」

 

「そうだよ。ここまで来るのにこんなに時間かかったの初めてだよ~」

 

「それは、申し訳ありません」

 

「いやいや、いーのいーの。キミにとっては大事なことだったんだから」

 

 さあどんな姿になる? なんて笑いかけてくる月見さんに感謝しながら、彼女のアドバイスというかおすすめを受けてキャラメイクを完成させていく。

 

 猿の耳と尻尾。犬を象った口元の開いている仮面。雉の羽根を添えたブーツ。黒い着物の上に桃の意匠をこらした白い羽織。

 これはなんというか。

 

「桃太郎ですか」

 

「そだねー」

 

「その、名前の太郎から桃太郎に行ったのはわかるのですが、なぜ桃太郎なんでしょう? どちらかというと俺の名前なら浦島太郎を連想すると思いますが」

 

「いや、だって」

 

 ウィンドウの一部を指さしながら答える月見さん。

 

「アバターネームはただのタローにするんでしょ。ならやっぱ一番有名な太郎と言えばー」

 

「……桃太郎と」

 

「だーいせーかーい!」

 

 まあ、なんでもいいか。別に不満があるわけでもこだわりがあるわけでも無い。

 

「これで終わりでしょうか」

 

「やらなきゃいけないことは終わり。だーけーどーも最後に一つ! 重要なことがあるのです」 

 

「……それは?」

 

「敬語禁止!」

 

 うん?

 

「敬語はノーセンキューでーす! あと月見さん呼びもダメでーす!」

 

 ブッブーと、両手をクロスさせて宣言する月見さん。

 いや、まあ、別に構わないが。

 

「……わかりま、じゃないな。……了承した。これからは改める」

 

「うんうん」

 

「ではあらためて。これから世話になる月見」

 

 ガクッと頭から倒れこむ月見。突然どうした?

 

「……そうだね。キミはそういうタイプだもんね」

 

「要望には沿ったつもりだが」

 

「ヤ・チ・ヨ」

 

 一文字ずつ区切ってこちらにいう月見。

 

「あるいはヤッチョでも可! 好きなほうで呼んでね」

 

「……では、ヤチヨと」

 

「うん! これからよろしくタロー」

 

 差し出された軽く薄い手を握り返す。

 なんだろうな。少し不思議な感じだ。一握の希望を頼りにここに来たが、こんな風になるとは思わなかった。

 

 きっとここで俺が満足することはない。ずっと物足りなさを感じ続けることになるのだろう。だがいい。2年我慢してここに辿り着いたんだ。ならばまた、ここから俺の求めるものに近い場所に行くことが出来るかもしれない。可能性は低いだろうが、そういう希望を持つことは出来る。

 

「じゃあ、いってらっしゃーい!」

 

「……いってきます」

 

 手を振るヤチヨに背を向けて、竹林の中の鳥居に向かって歩き出す。

 

 きっと俺は碌な終わりを迎えない。最後はきっと、こんなものでは我慢できないとでも叫んで刃を手に取り無差別殺人かなんかを起こして、警察に捕まるなり射殺されるなりして、それで終わりだろう。

 でも、今日俺は思いがけない幸運を得た。ヤチヨのおかげでもう少し我慢が出来るようになった。ならまた思いもよらないような幸運があれば、もしかしたら―――

 

 ―――笑って終われる(ハッピーエンド)。なんてことがあるのかもしれない。

 まあ、ないとは思う。だけど、

 

「あったら、いいな」

 

 そんな小さな願望を口にしながら、俺は鳥居を潜った。

 

 




オリ主くん/浦野真太郎
戦闘を楽しんでいるわけではない戦闘狂。そのくせめっちゃ笑いながら戦う。
自分が常人とズレてることは知識としては理解してるが、納得は出来てないタイプのやつ。
とりあえず今後はずっとKASSENやってる。それ以外をやる気もないし、行かない。あの綺麗な街並みを見すらしない。
いろPの隣の部屋に住んでる。同じ学校だけど別のクラスに在籍中の1年生。今はそれだけ。2年生になったら同じクラスになる。同い年。
ヤチヨのことは人だと思ってる。こんな世界の管理人ってすげーなあの人。ぐらいの感じ。
輪廻の内にいる人。そのうち月の姫と出会う。
ハッピーエンドを夢見てる。

ヤチヨ
乙姫イメージだってこの作品書いてて気付いた。FUSHIはあれ玉手箱なんだね。まったく意識してなかった。
海の底に沈んだかつての月のお姫様。
人の歴史と共に火と叫びと血を見せつけられ続けた女の子。
そんな女の子に戦闘狂のオリ主くんってどーなのとは思ったが書きたくなっちゃった。
8000年ぶりに会えるなってワクワクしてたら自分が知らなかった部分を思いっきりぶつけられてめっちゃ困惑してた。アクションゲームが好きなだけだと思ってた。
戦いという行為自体が必要であって楽しんでいるわけじゃない、という部分で色々思うところはあるがオリ主くんをなんとか許容出来た。納得も理解も出来なかったが食事が大事なのはわかる。
お姫様の頃は親しかったし、近かったからこそ、見えないものが実は色々あった。
キラキラのお姫様なら見えなかったものも今は見えるようになった。改めて、自分がもうかつての自分と違うことを自覚させられた。
このあと一人で泣いて(笑って)る。
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