ライバー活動を始めて数日、ファン数は500人を突破。めでたい!
オリ曲もゲリラ気味にツクヨミでライブで発表。観客は4人。でも楽しいステージだった。らしい。
そんなこともありつつも、オリ主くんは裏でこっそりヤチヨと密会していたりした。
仮想の星空の下で2人、ベンチに腰掛け話している。
内容は今後の『かぐやいろPチャンネルの方針についてのアドバイス』だ。ライバー活動について素人でしかない3人にとって、トップライバー月見ヤチヨのそれは喉から手が出るほどに必要なものである―――のだが。
「さらに条件……?」
そのアドバイスを貰うための条件が、なんか増えた。
「先程の膝枕はどうした」
「いや、まあ、うん。そうなんだけど……」
「別に条件が複数あるのは構わんが、せめて最初に提示しろ。後出しで言うな」
「ごみん……」
俺の隣で銀の髪の少女―――月見ヤチヨが申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝罪してくる。
条件の内容次第で拒否する可能性も一応はあるのだし、その条件が複数あると言うのなら最初に言え最初に。既に膝枕と頭部を撫でるというヤチヨの提示した条件を呑んだあとで言うんじゃない。場合によってはあの30分が無駄になるだろうが。
「まあいい。それで追加の条件とはなんだ?」
「あー、そのー……」
何故そこで言い淀む?
「……困難な内容なのか?」
「ああいや簡単な部類だとは思う、かな?」
「そうか」
なら何故言うのを躊躇った? よくわからんな。
「で?」
「……その、内緒にしてほしいんだよね」
「内緒?」
「そ。ヤチヨのことについて」
ヤチヨを?
「仮想空間ツクヨミの創造主兼管理人兼ヤチヨカップ主催者兼優勝賞品な月見ヤチヨちゃんが、一部のライバーグループに肩入れしている、って形にしたくないんだよね」
「……なるほど」
言わんとすることはわかる。
立場がある以上表立って協力することは憚れるということであり、大会という形式であるのだから公平性がなくてはならないのだろう。
つまりはかぐやいろPチャンネルと月見ヤチヨはあくまでも無関係である、ということにしなくてはならないということか。
「……かぐやといろPに、ヤチヨの名を出さなければいいんだな?」
「その上でバレないように注意する、も追加ね」
「なるほど」
それもそうか。
ヤチヨの協力を得る以上は絶対に飲まなければならない条件だ。納得がいく。
だが―――
「―――最初にその条件を提示しなかった理由はなんだ。これは絶対条件と言うべきものだろう」
これがわからん。
絶対に膝枕やら頭部を撫でるやらよりも優先するべき内容だと思うんだが。
「……」
「……」
「……その、ちょっと」
ちょっと?
「さっきは色々あって疲れすぎちゃって頭を回す余裕が無かったから……」
「…………そうか」
なんともまあ。
「あ、タロー! 今呆れたでしょ! こいつAIのくせに疲れたとか嘘つけとか思ったでしょ! 表情がピクリとも動いてなくてもヤチヨにはわかるんだからね! こちとら8000歳なんだぞ! 年の功があるんだぞ~!」
「思ってない」
疲れてるんだろうな、とは思った。でもそれで頭が回らなくなるAIがいるとは思ってなかった。そもそもAIに頭があるとかないとか考えたことも無かった。
「AI差別だAI差別! 肉体が無くても疲れるものは疲れるんだからね!」
「……わかったから落ち着け。話が進まん」
手を伸ばしヤチヨの頭部を抑え、撫でる。
さっきまではこれで静かだったのだから、それと同様な反応を起こしてくれれば楽なんだが。
「む。む~……」
ヤチヨが口を噤んだ。
まさか成功するとは。意外な結果だ。
知らなかったがヤチヨは頭部を撫でられると静まる習性があるらしい。今後活用する機会があるかは不明だが、忘れないように一応記憶しておこう。
AIとは不思議な存在だな。
「だがいいのか?」
「ん~と、タロー達のこと?」
「ああ」
本来ヤチヨは他者に肩入れしてはいけない存在だ。求めたのは確かに俺だが助言をする理由はヤチヨには無いだろうに。
「いーの」
「……いいのか」
「うん。これはあくまでもヤチヨが個人的に口出しするだけだし」
撫でていた俺の手を優しく掴んで下ろし、少しだけ名残惜しそうにしながらもヤチヨは言葉を続ける。
「それになにより―――あのライブを見てヤチヨもかぐやのファンになっちゃったから。だから一ファンとしての意見をタローに教えるだけだよ」
「ファン?」
ヤチヨが、かぐやのファン?
「そーだよ~。ヤチヨだって他のライバーのファンになることくらいあるんだから」
「……そうなのか」
意外だったような、そうでもないような。
……いや、きっとある意味ヤチヨらしいのかもしれない。
ヤチヨはAIであって人ではないが、
すごいな。本当に。
「それになにより~」
言葉を途中で止め、笑顔で俺の顔を覗き込んでくるヤチヨ。
「なんだ」
「タローもいるしね」
「……俺?」
「そーそー。ヤチヨととーっても仲の良い友達のタローがいるからね。だからちょっとくらいは手伝ってあげる」
『嬉しいでしょ?』なんて言いながら笑みをこぼすヤチヨ。
嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しくはない。生憎とそういう感情は俺にはよくわからん。答えられないから聞くな。
それにしても理由の一つが俺だとは思わなかったな。完全に予想外だ。
ヤチヨは俺の友人で、俺はヤチヨの友人だ。それは俺も認めているが、その関係性はそれぞれで大きく異なっている。
俺にとってヤチヨは初めての友人であり、そしておそらくは最後の友人となる唯一の存在だ。
それに対して俺は確かにヤチヨの友人ではあるだろうが、所詮は数多くいる友人の1人に過ぎないだろう。俺とは違ってヤチヨは他者を慈しみ、好意を抱くことが出来るのだ。俺なんかを友と言うくらいなのだから他にも大量に友がいるはずである。
なのにヤチヨカップ参加者に本来してはならないはずのアドバイスをする理由の一つが『俺という友人がいるから』である。なんとも不思議な話だ。
「……そうか」
まあ、いいか。
理由はなんであれトップライバーからアドバイスを貰える。それ以外はどうでもいいことだ。
「それで話を戻すけどさ、とにかくヤチヨが口出ししてるってバレないようにしてほしいってこと。忘れないでね」
「ああ」
「お願いね~」
バレないようにするのはいい。
だが、どこまでだ?
「ちなみにどこまでなら話していい? 完全に正体がバレないようにいっそのこと別人の設定を作った方がいいか?」
かぐやと酒寄に受けたアドバイスを話している時にヤチヨのことを連想されないようにしなくてはならないはずだ。さすがにアドバイスをした相手のことを話さずに伝えることは困難だろうからな。
「ん~、いや別にいいよ。そこまで気にしなくても。ただヤチヨだってバレなきゃ問題なし」
「……俺に任せると?」
「そ。タローにおまかせ~。それなら絶対大丈夫だからね。ヤッチョが保証しちゃう!」
「……そうか」
意外だった。
まさかそこまで信用されているとは思っていなかった。ヤチヨの前で他者に対して虚言を吐いた覚えなんかなかったと思うんだがな。俺が忘れているだけでそんなことがあったのだろうか?
過去を思い出そうと試みたが、5秒もかけずに諦める。
今思い出せないならどうでもいいと忘れた出来事なんだろう。なら別にいい。つまりは覚えておく必要もない大した内容じゃなかったんだろうから。
「それでヤチヨ、アドバイスについてだが」
「うん、いいよ。教えてあげる」
やっと本題だ。ここまで長かったな。
「いい? まずは――――――――――」
そうして、俺はついにトップライバー月見ヤチヨによるライバー活動についてのアドバイスを聞くことが出来たのだが―――
「―――……なんだと?」
「今後の活動について……?」
「ああ」
朝、俺の居室でこれまでと同様に3人で食事を摂っている最中に、俺は昨日聞いた話を2人に伝えようとしていた。
「突然どしたのしんたろー? なんかそういうこと言うの珍しいね」
疑問を浮かべてそう言うかぐや。
珍しいとは言うが、むしろ初めてだと思う。俺だからな。
「かぐや、一つ確認したい」
「なに?」
「かぐやが目標としているのはヤチヨカップ優勝で間違いないな?」
「そのとーり! 目指すは優勝ただひとーつ!」
俺の質問に突如立ち上がってから天井に向けて拳を突き上げるかぐや。朝から元気だな。
視界の端では酒寄が小さく溜息を吐いている。
「……かぐや、それ本気で目指すの?」
「もっちろん! かぐやと彩葉としんたろーでてっぺん獲る!」
「また無茶言って……」
「無茶じゃないよ! これからドンドコ順位上げてっちゃうんだから!」
「……じゃあ今のところ順位はどうなってるの?」
酒寄の問いに対し、途端にそっぽを向いて静まるかぐや。
そんなかぐやの様子を見てか再度溜息を吐き、再び問いを投げかける酒寄。
「チャンネルを開設してからのファン数の伸び具合はどんなもんか把握してる?」
「うっ」
「現在のかぐやいろPチャンネルのファン数は?」
「うぅ~」
「現状のランキングトップ層との格差についてはちゃんと認識してるのよね?」
「……しんたろー! 彩葉がいじめる~!」
2人の会話を窺いつつ食事を口に放り込んでいた俺の背にかぐやが回り込み、酒寄との間の壁としてくる。
肩を掴んで揺らすな。食べにくい。
「話を戻すぞ」
肩越しにかぐやと視線を合わせてから、話を始める。
「ヤチヨカップ優勝を目指すとして、そこに至るまでの明確な道のりを描けている存在は現状のかぐやいろPチャンネルにはいない」
「……そりゃそうだ」
「かぐやはあるよ! 色々やって人気者になって、そんでめっちゃバズるっ!」
「……それで浦野、続きは?」
「彩葉ひどーい!」
かぐやが俺の耳元で酒寄に対しての非難を叫ぶ。うるさい。そろそろ自分の座布団に戻れ。
「昨夜、ライバー活動について詳しい相手に助言を求めた」
「じょげん?」
「浦野が助言……? ってか昨夜?」
「あっ確かに。しんたろー、昨日のライブのあとになんかしてたってこと?」
「友人と会っていた」
俺の返答に動きを止める背後のかぐやと正面の酒寄。
特に酒寄は何故か驚いた表情を浮かべている。なんだその顔は。何に驚いてる。
酒寄の反応に俺が訝しんでいると、後ろから両肩を掴まれ勢いよく体を前後に揺すられる。
「ズルいズルいズルーい! しんたろーの友達かぐやも会ってみたかったー!」
「……そうか」
ガクガクと視界がブレる。
面倒くさいな。なんと言ったら離してくれるだろうか。
「……浦野の友達って、もしかしてこの前のヤチヨのライブチケットくれたって人?」
「…………そうだ」
一瞬何を聞かれているのかわからなかったが、そういえばライブのチケットの話は以前にしたんだったか。すっかり忘れていた。
「その人ライバーに詳しいの?」
「本人が言うにはだが、『ツクヨミで活動しているライバーは全て把握している』らしい」
「はあ?」
「なにそれすっご~い!」
「……そんなこと言われて信じたの?」
「俺は信じた」
「……へー」
酒寄が胡散臭いものを見るような目で俺を見る。まあそうだろうな。
ヤチヨカップのランキングを見ればわかるが、ツクヨミで活動しているライバーグループの数は8000を優に超えている。その数を思えば酒寄が俺の言葉を信じないのは道理だろう。
だが、相手はヤチヨだ。
現実を生きる人間ではなく電子の世界で生きているAIで、自身の分体を複数作ってそれぞれに別の作業をさせることすら可能な存在だ。そんなヤチヨがツクヨミのライバーを全て認識していると言うのならば、俺は納得するだけだ。そもそもヤチヨが俺に嘘を吐く理由も特には無いだろう。
「しんたろーは昨日はなんでその友達と会ったの? もともと約束とかしてたの? というか何処で会ってたの? 昨日しんたろーが外に出たのかぐや気付かなかった~」
「……会ったのは現実じゃない、ツクヨミでだ。それに会ったのも近くにいたからに過ぎない」
「ツクヨミで近くにいた? 昨日?」
俺の肩に顎を乗せながら首を傾げるかぐや。
そろそろ戻らないのだろうかこいつは。いつまで引っ付いている気なんだ。
そんな俺とかぐやを口元をひくつかせながら見ていた酒寄が更に問いを投げてくる。
「……もしかして、その人ライブに来てた?」
「ああ」
「ええーっ!?」
突然叫ぶかぐや。うるさい。
「うっそぉ!? かぐや全然わかんなかった! どの人!? あの4人のどの人がしんたろーの友達だったの!? しんたろーっぽい人は1人もいなかったよ!?」
一体なんだ俺っぽいって。よくわからない単語を作るな。
かぐやが俺の背後から離れ、酒寄へと駆け寄る。なんでこんなに騒いでるんだろうな。さっぱりわからん。
「彩葉はわかった!?」
「いや、私もわかんない………でも、やっぱ男の人のどっちかじゃないの?」
「おお! あの2人のどっちか!」
答えを求めるように俺に視線を向けてくる2人。
そんな目をされても答えは一つだ。
「昨日の観客の中にはいない」
「え」
「え?」
「もっと遠くで観ていた」
屋根の上とか、10メートル以上離れた路地の角とか。色々な場所から文字通りに複数の目で観ていた。
おかげで今かぐや達が観客のうちの4人がどうとか2人のどちらかなどと言い合っていたが、その観客の顔も俺は碌に覚えていない。近くに集まってくる複数のヤチヨに気を取られていたからな。
「……何人か通り過ぎてってた通行人の1人ってこと?」
「似たようなものだ」
「ええーっ! 近くで観てくれてないのー?」
「歌声が届く範囲にはいたがな」
「むー」
途端にむくれるかぐや。さっきまで浮かべていた喜色はどこに行ったのやら。
「ともかく、その友人から俺は助言を貰った。俺としては全面的に信じていいと思うが、かぐやいろPチャンネルの主体はかぐやだ。まずは内容を共有したい」
俺の言葉に顔を見合わせてから頷きあうかぐやと酒寄。とりあえずは聞くつもりらしい。
「まず『手っ取り早くファン数を増やす方法』について」
「そんなんあるの!?」
「……いきなり胡散臭いな」
正反対の反応を視界に収めながら、続きを口にする。
「『他のライバーとのコラボ』だそうだ」
「コラボ?」
「ああー、なるほど……」
「ライバーを始めてばかりでファン数が少ない一番の理由は『認知度が低いこと』らしい。それを解消する最も簡単な方法が『コラボ』だそうだ」
「ほへ~」
「……確かに。それなら『手っ取り早くファン数を増やす』のは簡単そう」
「そうなの?」
「コラボ相手にもよるとは思うけど、効果的だと思う。認知度を増やすならまずは同業者を通じてってのは良い手段だと思うよ」
「おお~!」
すごいな。昨日俺がヤチヨに言われたことを今ので理解したのか。俺は細かく説明を受けてようやくだったんだが。
やはりライバー活動というものを多少なりとも知っているというのは重要ということか。
「……それで、今後のかぐやいろPチャンネルの方向性だが」
「コラボをいっぱいするってことだね!」
俺の言葉に被せるようにして自信満々に言い放つかぐや。
今聞いた内容を理解してこれからどうすべきかをもう判断したのだろう。
だが―――
「―――違う」
「え」
「『かぐやいろPチャンネルは今後しばらくの間コラボをしない方針を採るべき』だそうだ」
「???」
俺の言葉にかぐやが混乱しているのがよくわかる。
一言も言葉を発せずに顔中に疑問を浮かべていた。
まあ仕方がない。先程まで話していた内容と真逆のことを俺は言ったのだから。
「えっと、それどういう意味なの?」
動きを止めたかぐやの代わりだろうか、酒寄がそう訊ねてくる。
「『通常のライバーとしてならともかく、ヤチヨカップ優勝を本気で狙うのならば初期段階では行うべきではない』とのことだ」
「初期段階……? ある程度の時間が過ぎればしてもいいってこと?」
「ああ」
「それって……」
俺の返答―――というよりヤチヨの言葉に考え込む酒寄。
「なんでなんでわかんなーい! なんでかぐやはコラボしちゃダメなの!?」
固まっていたかぐやが動き出し、再度俺の肩を掴み揺さぶってくる。
これ、やめてほしいんだがな。
「理由は『かぐやが強すぎる』からだそうだ」
「つよ………え?」
「……あっ、そういうことか」
再び疑問で動きを止めたかぐやとは反対に、酒寄は今の回答で納得出来たようだ。
「『かぐやが強すぎる』か。確かに言い得て妙かも」
「えー、なになにどゆこと?」
「……つまりは、かぐやの印象って言えばいいのかな? そういうのが強すぎるってことを言いたいんでしょ。浦野の友達は」
「印象?」
「だいたいそうだ。だからこそコラボを控えるべきらしい」
言いながら昨夜のヤチヨとの会話を思い出す。
俺も今のかぐやと同様に、ヤチヨの話を聞いたときは全然意味がわからなかった。
『……そのキャラクター性が強い、というのは問題なのか?』
『ううん。むしろライバーとしては長所って言ってもいいと思うよ』
『では何故だ? 何が問題だと?』
『簡単に言うとコラボ相手を食っちゃうんだよ。
『食う?』
かぐやはライバーに成り立ての新人だ。それは言い換えれば既に活動を開始していたライバーと比較すれば格下と言ってもいい存在ということ。それはそれまでの経験や実績を加味すれば決して間違いではないことだ。
しかし―――
『―――見たらわかるけど、あの子は強いからね~』
強い。
それは無論のこと腕っぷしなどという意味ではなく、ライバーとして。
かぐやの笑顔は強烈で人の心に入り込みやすく、その言葉は多くの人の耳によく届く、らしい。俺にはよくわからんが、トップ層のライバーなら自然と備わっている気質だとか。
ヤチヨカップ優勝を狙う以上、コラボをするのであればその相手は最低でもかぐやと同格以上の相手である必要がある。つまりは格下のかぐやが格上相手と共演するということ。
―――だが、かぐやは強い。
格下が格上相手に負けないどころか、さらに上を行く。
同じ画面にいるのに、中心には常にかぐやが陣取っている。
コラボ企画のはずだというのにメインはいつの間にか、かぐやが担当している。
相手とかぐやのコラボのはずが、いつの間にか引き立て役を自然と担当する流れになる。
『これはあくまでもヤチヨの予想。でも実際にそうなっちゃう可能性は高いと思うよ。
更にかぐやはヤチヨカップ優勝を公言している。
つまりコラボ相手からしたらファン数を向上させるのが狙いだと最初から宣言されているのと同じだ。それ自体はまあいい。かぐや以外にもそういう理由でコラボを行うライバーも多数いるらしいから。だが、それがあった上でコラボで引き立て役に回されるのを快く思う相手はまずいない、らしい。俺にはよくわからんが。
『……随分とハッキリ言うものだな』
『ま、これでもトップライバーだからね。色々見てきているのでしてよ~』
『……そうか』
『そーだ。―――あの子はまだまだ経験値が足りてない。そんな状態で多くの人とコラボっていう近付く必要がある形で関わりすぎるのは危ないと思うよ』
『経験値?』
『―――……決してその気は無かったのに、自分が他人を傷つけてしまうことについての経験値』
『それは、重要なのか?』
『……大事だよ。とーっても』
ヤチヨの言葉を100%理解したとは俺には決して言えない。むしろ全然理解できていないだろう。
他者との距離感だとか、傷つけることがどうとか。俺が今まで考えたとして決して答えを出すことが出来なかったものだ。今さらそれが俺にわかるとは思えない。
「しんたろー?」
「……ともかく、かぐやはコラボは控えた方がいいらしい。要らぬ諍いが発生する可能性があるらしいからな」
「んん、よくわかんないけど、わかったぁ……」
納得をしたわけではなさそうだが、かぐやは了承した。
なら、まあいいんだろう。
「それで? 浦野の友達はかぐやがコラボするのに否定的って言うなら、どうしたらいいって? 代案も一緒に言ってきたんでしょ?」
「ああ」
酒寄の言葉に肯定する、が正確には違う。代案は無いと言えば無い。
「―――何もしなくていい」
「は?」
「え?」
「ファン数に関しては何もしなくていい、のだとか」
かぐやと酒寄が目を見合わせる。
これは俺でも2人が何を考えているのかわかる。
ずばり―――
「―――意味わかんないんだけど!?」
「だろうな」
当然そうだろうな。俺も昨日聞いててそう思った。
「―――かぐや、昨日の観客について聞きたい。覚えているか?」
「そりゃあしっかり覚えてるけど?」
「そうか。ではその中に
「ちゅーけん……? あっ、いたよその人。最後にお別れした人だった」
「あっ! そっかそういう意味!?」
「彩葉?」
怪訝そうな表情から一転して途端に納得を浮かべる酒寄。
やはり理解が早いな。ツクヨミ関連については随分と酒寄は詳しいらしい。
「やっぱあれ本人だったんだ。昨日もまさかとはずっと思ってたんだけど」
「なになに意味わかんな~い! 彩葉かぐやにも教えてよ~」
「あっこら! わかったから、わかったから引っ付くのやめい!」
「……続けるぞ」
じゃれ合っている2人に対し、ヤチヨから聞いた話を続ける。
「その忠犬オタ公とかいう人物を放っておけば、数日で2から3万くらいまではファン数が増えるだろう、とのことだ」
ピタリと酒寄に引っ付いていたかぐやの動きが止まる。
「だがそれはあくまでも導線でそれ以後はかぐやのポテンシャル次第だと」
ギギギと音が鳴りそうな動きで俺に首を向けるかぐや。さっきまで騒いでいたのに唐突に静かになったな。かぐやはそういうところがあるよな。よくわからんが。
「……数日で2、3万?」
「ああ」
「なんもしないで?」
「忠犬オタ公なる人物に昨夜宣伝を頼んでいた、のだろう? 俺は記憶していないが友人はそう言っていたぞ。故に自然とそうなるだろうと」
まったく覚えていないが。
なんか4人くらいの観客がいたのはなんとなく思い出せるが、それがどんな人物だったのかはさっぱりだ。興味が一切無かったからな。むしろ覚えているのは時間が経つごとに増えていくヤチヨの分体のことばかりだ。
「―――かぐや、これ見て」
わなわなと震えているかぐやに、酒寄がスマホの画面を見せる。
「あっ、昨日の人」
「忠犬オタ公さん。ツクヨミの半公式ライバーでファン数は……うわすごっ、87万人だ。私でも知ってるレベルの人とはいえすごいねこれは」
「87万!?」
そんなにすごい相手なのか。忠犬オタ公なる人物についてはヤチヨからはそこまで詳しくは聞いていないんだよな。
『かわいい人だよ。白い髪で犬耳で褐色でさらに言えば~―――おっぱいが大きい』
『そうか』
『……』
『何故俺の顔を注視している?』
『なんか反応するかなって』
『は?』
あれはなんだったんだろうな。相変わらずよくわからん。
「……その人物は発信力が高く、そして新人発掘が趣味らしい」
「はっくつ」
「ああ」
「彩葉も知ってる人なんだよね?」
「ツクヨミのプレイヤーで知らない人はいな―――ああいや、いるだろうけど大抵の人は知ってるはずの人」
なんで今俺に視線を向けた酒寄?
「
「そう。ツクヨミニュースって番組とか、公式のイベントでの司会もよくやってる人。もっと言えばヤチヨと一番多く同じ画面に映ったことがあるライバー」
「あー、彩葉が知ってる理由それかー」
「……なんかその反応ムカつくなぁ」
かぐやの言葉に顔を顰める酒寄。
さすがにこう何日も共に食事等を共にしていれば俺も多少は察する。酒寄はヤチヨを相当好ましく思っているようだ。
友人だとバレると面倒くさそうだな。
「……かぐや」
「なに、しんたろー?」
「色々話したが、ここからが結論だ」
「うん」
こちらを真っ直ぐに見つめるかぐやに、ヤチヨから言われた助言を伝える。
「『コラボは自粛。誘われてもなるべく断る。もしもやるのなら関係性がある相手限定で。基本的にはこれまで通りに自身の心の赴くままに』これが俺が昨夜に友人から伝えられたアドバイスだ」
「……んーっと、関係性がある相手って?」
「箱内コラボだとかリアルの友人だとかならいいらしい。いまいち俺もよくわからんが」
「箱?」
「箱、らしい」
小首を傾げるかぐや。
生憎とこれに関しては俺に聞かれてもわからん。『ヤチヨは気にしなくていいよ』と言って説明をしなかったからな。
「なるほどね。そういうことなら今は気にしなくていいと思うよ」
「彩葉は箱がなにかわかるの?」
「一応。でもかぐやには関係ないから無視していいよ」
「む」
「いや意地悪とかじゃないから。本当にかぐやには関係ないってだけ。―――ともかく、かぐやはどうするの?」
酒寄の言葉に考え込むかぐや。
「……しんたろー」
「『何もしなくてもスタート地点に立つことが出来る。問題はそのあと。その時かぐやはどうするの?』これで伝えるべき言葉は最後だ。―――最初に言ったが、かぐやいろPチャンネルの主体はかぐやだ。好きに決めろ」
「……彩葉」
「これに関しては私も浦野と同じ意見。多少手伝うのは確かに承諾したけど、優勝を目指してるのはかぐやでしょ? ならちゃんと自分で決めな」
俺と酒寄の返答にさらに考え込むかぐや。
数秒そんな様子を窺っていると、突然立ち上がり指を俺と酒寄に向けてそれぞれ突き付けてくる。
「―――しんたろー! 彩葉! これからも一緒に手伝ってくれるんだよね?」
なにを今さら。
「ああ」
「無理のない範囲ならね」
「ならよし!」
かぐやが笑う。とても嬉しそうに。
「目指すはひとーつ! 優勝して、ライブやって、ハッピーエンド! こっからがスタートって言うなら、全力でぶっ飛んでいくだけ! 3人で全部ぶち抜いてくよー!」
「……そうか」
「そーだ!」
「ま、無茶しない範囲でね。あと迷惑にならない範囲で。部屋とか服とかに被害出さないように」
「うっ」
「いいわね?」
「は~い」
「そういうとこだけ声小さくするんじゃないっての」
「ほ~い」
「返事ははい」
「はいは~い」
かぐやと酒寄が笑いながらじゃれ合っているのを横目に朝食を食べ終える。
今日もこれまで通りに美味しいも不味いもわからなかった。
期間はあと1ヶ月もない。それが過ぎればヤチヨカップも終わって結果も出ている。そしてかぐやの言うハッピーエンドに辿り着いているのだろう。
その時俺はなにを思うのか。
どうなるのか予想はしている。9割9分9厘そうなるだろうと今からわかっている。でも、まだわからない。だから協力をする。
呆れるくらい馬鹿げた話だ。でもいい。これで最後なのだから。
「しんたろー」
「なんだ」
俺の名を呼んだかぐやがニッコリと笑みを向けてくる。
「がんばろーね!」
「……ああ、そうだな」
俺が死ぬまでは精一杯に力を尽くそう。そういう約束だ。
『かぐやっほー! かぐやだよ~。見てるみんな、おまたせ~』
『ワンワン!』
机の端に置いたスマホからここ最近でよく聞きなれた声が流れてくる。
チラリと画面を見ると、輝く金の髪をたなびかせた美しい少女が犬のマスコットと一緒に楽しそうに笑っていた。
「今日はツクヨミ配信にしたんだ……」
小さな画面の中で大きなウサギの耳を垂らしたかぐやを見ているとつい言葉を溢してしまった。
かぐやは今、私の部屋にいない。隣の浦野の部屋にいる。
最近は夕食後に配信をするのがかぐやのルーティンになっていたのだが、その配信の最中でも常に勉強を続けていた私に気を使ってくれたのか、今日は浦野の部屋に行って配信をするとのことだった。
「同時接続数、3000人………すごいなオタ公さんパワー」
浦野が友人からのアドバイスと言って色々なことを伝えてきてから数日、まるで予言のようにそれは現実のものとなった。
スマホに映っているかぐやいろPチャンネルの現在のファン数は17000人。オタ公さんがSNSで発信したのをキッカケにファン数は1000人の大台をあっさりと超え、あっという間に1万人に到達した。
これまでのかぐやの努力をたった一度のSNSでの発信で追い越されたのを知ったときはなんとも言えない気持ちになったが、かぐや本人が喜んでいたので私が何かを言うことは無い。
「……ありがとう、って言うべきなのかな。ちょっと変な感じするけど」
私はそこまで積極的にライバー活動に関わっているわけではない。たまに配信に声とかが載ったり、ツクヨミでの配信で裏方をしたりに過ぎない。あまり時間が無いのもあるけど。
私はこの夏休み、バイトの時間を増やした。理由は至極単純、お金が足りないからだ。
正確にはいずれ足りなくなるから、だけど。
色々あったが私は自分の意思でかぐやと共に生活をするようになった。その結果、当たり前のことだが生活費が以前よりも増加した。
光熱費や水道代もそうだが、なによりも食費がやばいことになっている。
以前までの食費と比べるまでもない。2倍どころではないレベルで食費として貯金が削られていっている。
ただ、それも仕方のないことではある。
かぐやが来る前の私の食事なんて一食100円前後だ。如何にして生活費を抑えるかを考えた結果がそうだった。1人で学費も生活費も稼いで生活する必要がある以上、費用は削減できるだけ削減しなくてはいけなかったから。
―――しかし、私はそれをかぐやに要求することは出来ない。
当たり前だ。
だって私が私の意思で、ある程度以上に自由にできるお金を持っている浦野のところから、かぐやを引き取ったんだ。私が勝手にそうしたのに、何も知らないかぐやに不自由を押し付けるわけにはいかない。
だから私のいない昼間に使用するエアコンも、毎食にかける代金も大きな制限はかけていない。
とはいえ、さすがに無尽蔵に許可を出すことはさすがに出来なかったので、出来うる限りでの自粛を要請することにはなってしまったが……。
故に私はバイトを増やした。少しでも多くの生活費を稼ぐために。
しかしだからといって勉強の時間を削るわけにもいかない。
ではどうするか? そんなもの決まっている。
―――勉強時間を削れないなら、睡眠時間を減らせばいい。
実に単純明快な結論で、とてもわかりやすい。
そんなわけで最近の私は、朝に夏期講習、昼からバイトをびっしり、そして夜に家で勉強。そんな実に充実した夏休みを送っている。
来年には受験生となる実に高校2年生らしい夏休みだ。これには母も笑顔―――は多分見せてくれないだろうが、小言を貰うことも無い、はず……? いや、あの母のことだ。どうせあーだこーだと難癖をつけてくるに決まっている。こんちくしょう。
「って違う。今はそういうんじゃなくて」
かぐやのことだ。
配信中どころか配信が終わった後、日付が変わる時間になっても机に向かっている私を気遣ってくれている。
だから今、かぐやは浦野の部屋にいる。
正直に言えば、助かった。
別に勉強している私の後ろで配信をすることが、特別に迷惑だったわけではない。ただ、かぐやがたまに頓珍漢なことを言い出したりするのが私の耳に入ると、ついツッコミを入れたり訂正したりしてしまうだけだ。
いっそ無視してしまえばいいのだろうが、配信という不特定多数の相手に間違った知識を広めたり、誤った認識を持っていると判断されてしまいそうなことを喋ったりするのを聞いてしまっては止めざるを得ない。
つまりは、私の性格的な問題である。
「見捨てられれば楽だったんだろうけどね……」
それが出来なかったから今がある。
今さらどうしようもない話だ。
『―――ってことで、今日の企画はコレだー!』
画面の向こうでかぐやが背後の建物を指さす。
少しこじんまりとしてはいるが、そこにはお城があった。
『かぐやの初見ツクヨミ観光第4弾! 本日はここ、カラクリ城だー!』
『ワオーン!』
かぐやがそう言葉にすると共にカメラに向かって拍手を求めるようなジェスチャーをする。
いや、正確にはカメラの奥にいる人物に向かってしているのだろうが。
一拍置いて拍手が小さく響く。相変わらずのやる気の無さそうな拍手だ。
「あいつ、結局何がしたいんだろ……」
画面の奥、カメラに写っていない位置で淡々といつもの無表情で拍手をしているだろうサルの着ぐるみを纏った男―――浦野真太郎を脳裏に幻視して、私は眉をひそめる。
私の隣人、浦野真太郎の目的は未だ不明のままだ。
かぐやが急成長し、言葉を発するようになったあの日。浦野はいずれかぐやを放り出すと宣言した。私個人の感情としてはすごく気に入らないが、理性では納得出来る内容だった。だからそれはとりあえずいい。
故に気になるのは何故未だに浦野がかぐやに関わり、あまつさえ彼女の望みを叶えようと手を貸しているのかだ。それがさっぱりわからない。
いずれ手放すと言った少女の望むがままに毎食を共にし、配信業を手伝う。
そういったことが趣味とか、実は興味があったとかならまだわかるんだけど、それは違うだろう。見ていれば分かる。あの男は食事をどうでもいいと思っているし、配信にも興味を一切持ってないし、果てにはかぐやに対して
―――かぐやの望みを叶えようと行動している。
「本当に、意味わかんない……」
小さな液晶を眺めながらそう呟く。
本当に謎ばっかりだ。
一度大きく深呼吸をしてから頬を両手で挟むように叩く。ちょっと痛い。
「……よし。切り替えて勉強しよう」
せっかくかぐやが気を利かせて部屋を移ってくれた時間だ。有効に使わなくちゃダメだろう。
そう気持ちを切り替えて勉強を再開する前に、スマホの画面を切ろうと手を伸ばし―――
『―――鬼ごっことかくれんぼを合わせたようなもの?』
聞こえてきたかぐやの声に手を止める。
『んん? これどういう意味?』
スマホを覗くと、そこではかぐやが小首を傾けていた。
はて? 一体かぐやは何に対して疑問を浮かべているのだろうか? さっきまでの配信の内容に変な部分は無かったと思ったけど。
『ねーねー、しんたろー』
『なんだ』
『コレなんだけどさ』
かぐやがカメラの外に向けて手招きをしたあとに、正面に展開されているウィンドウを指さす。
『ここに「鬼ごっこ」と「かくれんぼ」ってあるじゃん』
『あるな』
『―――これ、なに?』
「は……?」
つい呆れたような声が漏れた。
一体かぐやは何を言っているんだろうか?
『この「鬼ごっこ」の鬼って、桃太郎とかに出てくる鬼のことでいいの……?』
「……あっ、そっか」
その言葉にハッとした。
そうだ。かぐやが当たり前のように流暢な日本語を喋り、文字を読み、キーボードを巧みに操るものだからすっかり忘れていたが、そういえばかぐやは宇宙人だった。しかも地球に来たばっかりの。
「そりゃ知らないよな、鬼ごっこもかくれんぼも」
直接確認したことはこれまでに一度もないが、おそらくかぐやの知識の源はインターネットだ。しかもほとんどが動画投稿サイトのもの。
つまりそれは、偏りが激しいということ。
興味のある内容や、はたまたサムネイルで惹かれて視聴したものならともかく、一般的な知識や常識はまだ不完全なんだ。
「……まあでも、浦野もいるし大丈夫か」
一瞬どうするべきかを考えたが、すぐにやめる。
かぐやの傍には浦野がいるのだし、疑問を投げかけられたらちゃんと答えるだろう。現状好感を持てはしない相手だがそれくらいの信頼は別にある。だから任せて大丈夫なはずだ。
安心したところで改めてスマホを止めようと手を伸ばし―――
『―――知らん』
「は?」
耳に飛び込んできた言葉に度胆を抜かれる。
『「鬼ごっこ」も「かくれんぼ」も聞いたことはあるような気はするが、どちらも知らん。語感で判断するしかないだろう』
「こいつ何言ってんの……?」
意味がわかんない。
思わず思考が停止しそうになるのをなんとか堪え、画面へと視線を戻す。
『「鬼ごっこ」の
『悪いこといっぱいするやつ?』
『ああ。強盗や殺人等を当たり前のように行い、思考回路が常人とは異なっている人でなしのことだろう』
『じゃあ「ごっこ」は? これってマネっこすることじゃなかったっけ? 違った?』
『いいや、俺もそのように認識している。つまり「鬼ごっこ」とは』
『―――悪いことをする鬼をマネっこすること!』
スマコンをケースから取り出し、両目に装着する。おそらくは過去最速の動きだろう。
目を
静かな水面の上を滑る灯篭を横目に私は体が動くようになった瞬間、正面の鳥居へと駆け出す。
「―――太陽が沈んで、夜が」
「ごめんヤチヨ! 今日は聞いてる余裕がないっ!」
ツクヨミのログインを告げる
フレンドリストからかぐやの名前をタップし、すぐさま転移。視界に映る街並みが一瞬で切り替わる。短時間で視界がまた変わったので少しだけ酔ったような感覚に陥るが、そんなことよりも今は急がなくてはダメだ。
頭を上げ、正面を見るとそこには見慣れた背中。金髪の少女とサルの着ぐるみがそこにはいた。犬DOGEはかぐやの傍で座っている。先程スマホで見ていた時と変わらずに2人で会話をしているようだ。走って近寄ろうと動き出す前にサルがこちらを振り返る。
視線が交錯する。着ぐるみ越しなので相手が今何を考えているのかサッパリわからない。ああいや、顔が見えていたとしてもわからなかっただろうけど。
私が声をかけようとするより先に、向こうが言葉を発した。
「その恰好でいいのか?」
「え……?」
一瞬ポカンとしたが、すぐにその言葉の意味に思い至りウィンドウを展開して以前かぐやから貰ったキツネの着ぐるみスキンを自身のアバターへと反映させる。
危なかった。リアルではないとはいえアバターの顔出しをしてしまうところだった。
私がそうして内心で慌てていると、浦野の声に反応したのだろうかぐやも振り返って私を見る。驚いたような表情を浮かべたあとで、とても嬉しそうな顔になる。本当に顔がいいなこの子は。
「彩葉!」
「いろPだっての。いい加減ちゃんと呼びなさい」
「えへへ、そうだった。ごめんねいろP」
笑いながら謝るかぐや。
本当に改める気があるのかは実に怪しいところだ。
「―――それで、どったのいろP? 今日は配信出れないんじゃなかったの?」
今日はというか、別に普段も出る気は無いんだけども。いつもはなし崩し的に配信に出てるだけなんだけどな。
ああいや、違う。今はそうじゃない。
「2人揃ってわけわかんないこと言い出したから止めに来ただけだっての」
「ん?」
小首を傾げたあと、サルの着ぐるみと目線を合わせるかぐや。どうやら心当たりはないようだ。少し頭が痛い。
そんな様子を尻目にかぐやの正面に展開している配信用のウィンドウを覗き込むと、そこでは表示されているコメントが凄まじい勢いで流れていた。
つい額に手を当て俯いてしまう。何故か今日一番疲れている気がする。なんでだろうな。不思議だな。帰りたいな。でも今帰ったら余計にひどいことになるんだよなきっと。
大きく溜息を吐いてから顔を上げ、後ろの2人に振り向く。
「―――で、カラクリ城は2人の中では結局どんなことになったわけ?」
私の言葉に2人は一度視線を合わせ、それからかぐやが答える。
「いっぱい悪いことをしまくる鬼のマネっこしながら『かくれんぼ』ってのをやる場所」
「現在は『かくれ、んぼ』なのか『かく、れんぼ』なのかを議論しているところだ」
「かぐやは『かくれ、んぼ』派なんだけど、しんたろーは『かく、れんぼ』派なんだよ! 絶対かぐやの方が合ってるって彩葉も思うでしょー!」
「……だがかぐや、やはりその場合だと『んぼ』が不明のままだ。そのような言葉があるとは俺には思えん」
「あるってきっと! なんかかわいい感じするし!」
「……かわいいのか?」
「かわいい!」
「……『んぼ』が?」
「『んぼ』が!」
「―――あーもう! 一回黙れポンコツコンビ!」
聞いてるだけで頭痛がしてきそうな会話を大声を出して中断させる。
ビシッと2人の背後の城を指さし、私は言う。
「カラクリ城は物騒な場所じゃなくて、楽しいゲームスポット! ツクヨミで人気のカラクリ屋敷シリーズの3番目! 所謂ここからが本番って言われるタイプの難易度のステージ! わかった!?」
私の叫びに再度2人は顔を見合わせ、それから更に言い募ってくる。
「でも彩葉。『鬼ごっこ』って説明文には書いてるし、そんなに楽しい感じじゃないんじゃない?」
「『かくれんぼ』についても謎だ。それが不明のままではどのように行動するべきか判断に困るだろう」
「……」
マジでほっぽいて帰ってやろうか。
「……かぐやが知らないのはしょうがないとして、たろーDはなんで『鬼ごっこ』も『かくれんぼ』も知らないわけ? 小さいころに遊んだりとか、ゲームでその題材のやつプレイしたりとかしなかったの?」
幼稚園なり小学校なりでやらなかったんだろうか?
いや、だとしても知らないなんてことには普通ならないと思うんだけど。
「聞いた覚えは薄っすらとあるがそれだけだ。知らないものは知らん」
「……ああ、そう」
本当になんなんだこいつは。相変わらず意味がわかんない。
まあいい。今はとりあえずその辺はあとでいい。考えるのをやめよう。
頭を振って思考を切り替える。もうちゃっちゃと流れを変えよう。ファン数が爆増したばかりの配信でずっとグダグダしているわけにもいかないだろう。
傍のかぐやの手を取り、少しの間を置いてから浦野の腕も掴んで聳える城に向かって歩き出す。
「犬DOGEもおいで」
「ワン!」
「彩葉~?」
「とにかく、一回遊んでみたらわかるから。鬼ごっこがどうこうは一旦考えるの中止。わかった?」
「それって―――彩葉も一緒に遊んでくれるってこと?」
「それは、まあ、うん………一回だけね」
私が少し言い淀みながらも肯定すると、嬉しそうな笑顔を浮かべるかぐや。
「なら今日は3人で配信だ! やったねしんたろー!」
「……そうか」
「そーだ!」
左右で交わされる会話を聞きながら、私は手と腕を引いて歩き続けた。
☆☆☆
「のわああああああああああ!」
かぐやの叫び声が城内に響き渡る。
こう短時間に何度も聞くとさすがに聞きなれてきたな。
かぐやが歩いていた通路の一部が崩れ落ちてそのまま落下しそうになったが、かろうじてしがみついて抵抗をしている。
「しんたろー! 落ちちゃうから引っ張って~!」
「ワンワン!」
「少し待て。付近の足場も怪しい」
「はやく~」
「クゥ~ン……」
「……なんか意外な結果」
犬DOGEが所在なく動き回る中でサルの着ぐるみがかぐやを引っ張り上げる光景を眺めながら、私はそう呟いた。
ツクヨミの世界に点在するカラクリ屋敷シリーズは、プレイヤーは逃げ隠れる姫を追いかけ、建物内部にランダムに設置されたカラクリ仕掛けを潜り抜けて姫を捕まえるという、鬼ごっことかくれんぼを合わせたような内容のゲームだ。
全力で走ったり、逆に慎重に動いたり、仕掛けを解くために探索をしたりと様々な要素が含まれているので、よくVR初心者にオススメのゲームとして話題になったりもしている。
だからこそ、ライバーとしてもVRプレイヤーとしても初心者なかぐやの『初見ツクヨミ観光』配信に『カラクリ屋敷シリーズを遊んでみてほしい』というコメントが複数あったりした。
それがあったから今日の配信内容を決めたんだろうけど、まさか―――
「―――かぐやがあんなに引っかかりまくるとは」
落とし穴。鴬張りの床。隠し扉でのどんでん返し。落とし穴。曲がり角で飛んでくる矢。落とし穴。かぐやは数々の仕掛けにそれをもう見事と言うしかないほどに引っかかりまくっていた。
あの超速な成長具合ならばすぐにゲームの内容を理解して簡単に対応し始めると思っていただけに意外な結果だ。別に演技とかでもなんでもなく素でことごとく仕掛けに引っかかっている。
一体何度ゲームオーバーになってスタート地点に戻されたことか。私は最初に一回だけ付き合うと言ったが、あまりにも先に進め無さそうだったので結局そのあとも付き合い続けてしまった。
選んだのは私とはいえ勉強の時間がどんどん減っていく……。
「だあああああああ! もー! このお城色んなとこに穴多すぎない!?」
「そうだな。生活には不向きだろう」
「だよね! かぐやだったら絶対にこんな家やだもん! 今の家が一番いい!」
「ワン!」
「そうか」
「そーだ! しんたろーだって今の家の方がいいでしょ?」
「……別段こだわりはないが、ここよりはそうだな」
「だよねぇ~」
「ワンワン!」
かぐやと浦野の会話を2人の背後で展開している配信カメラの隣で聞く。
私はからくり屋敷シリーズは以前に友人たちとコンプリートしているので、今回は初見プレイな2人をメインに映すべくなるべく後ろで画面に入らないようにしている。
コメント欄もたまにチラリと見るが、概ね好評のようだ。よかった。
「彩葉もかぐや達とおんなじで今の家の方がいいでしょ~?」
「……いろP」
「あっ、そうだった。―――おっほん。いろPもそう思うでしょ~?」
「はぁ~………確かに、ここには住みたくないかな」
やっぱりかぐやは配信での私の呼び方直す気ないだろこれ。まったくもう。
そんな会話をしつつも歩みを進めていると、傾斜が大きい坂が目の前に現れる。城内なのに。
「……坂?」
「坂だな」
「ワン」
かぐやと浦野と犬DOGEが揃って首を傾げる。
気持ちはわかる。なんで城の中に坂があるんだ、と。でも仕方ないんだよなコレは。だってヤチヨの好みなんだもん。故にカラクリ屋敷シリーズでは鉄板の罠であるのだ。
疑問を表情に浮かべながらも進んでいくかぐや。それについていきつつも、そっとカメラの角度を調整する。コメント欄も大盛り上がりだ。
もうすぐ坂の頂上といったところまで辿り着き、私は気付かれないように足を止めてかぐや達の背中をカメラにしっかりと捉える。
途中で気付いたのか浦野が振り返ったが、もう遅い。先を歩くかぐやの足元でカチリと音が鳴る。
「あっ、なんか踏ん」
―――ドシン。
かぐやの声を遮って、なにか重い物体が落ちた音が前方から響き渡る。その音の方に視線を向けたかぐやの目に飛び込んだのは大きな鉄球。
「へ?」
「……なるほど」
「わぅ……」
うん。坂で巨大な球体である。よくあるお約束のやつだ。
残念ながらかぐやはそのお約束を知らないだろうけど。だがこれを本当の意味で初見なのはある意味貴重だ。私も着ぐるみの下で少しニヤついてしまう。
ぐらりと鉄球が坂の下側―――私たちの方向に向かって回り始める。
「ちょっ、うそぉ~!?」
「……確かに嘘としか思えん。あの大きさの球体をどこに格納していたのだろうな」
「ちっがーう! そういう意味じゃないっていうか、それどころじゃないよ! いいからはやく下に―――」
かぐやの言葉が途中で止まる。気付かれたらしい。
「―――彩葉ぁ!? なんでそんなに下にもういるの!?」
もちろん鉄球が現れるよりも前から足音を消しつつ降りていたからである。
だってこのトラップはカラクリ屋敷シリーズのお約束で、他のステージでも必ず出現するものだ。全ステージをクリアしている私からすれば対処は簡単なのである。
「先に行ってるから~」
「彩葉ぁ~!?」
かぐやの驚いた声を背に坂を走り降りていく。
「ふふっ」
思わず笑い声が漏れてしまったが仕方ない。
背後からはかぐやの焦った声とそれに応えている普段通りの浦野の平坦な声、そして犬DOGEの急かすような鳴き声が聞こえている。
本来ならば勉強の時間だというのに何をしているのかと思う気持ちもあるが、今は少しだけそれを忘れてしまいそうだった。
☆☆☆
『
高笑いをしながら景色に溶けるように消えていくNPCのお姫様。
いつも思うが、カラクリ屋敷シリーズのシナリオってちょっと変わってるよな。いや、面白いからいいんだけどね。
「お、終わった?」
「終わったよ。初クリアおめでと」
私が数々の仕掛けにハマりまくってボロボロなかぐやを称賛すると、かぐやは両手を上げて天守閣から見える夜空に向かって吠える。
「勝ったああああああああああ!」
「ワオーン!」
「もう穴に落ちなくていいんだああああああ!」
見ていた私としては結構面白かったが、なんか思ってたよりも本人的にはストレスだったらしい。ごめんね。でも面白かったよ。
「……いろP、コレはなんだ?」
「ああ、それ? ここのクリア報酬。カラクリ屋敷シリーズはアクセサリーが貰えるんだよね」
「えっ、なにそれなにそれ?」
クリア画面を見ながら問いかけてくる浦野に応えると、浦野ではなく犬DOGEを抱えてくるくる回っていたかぐやが動きを止めて近付いてきたので、その眼前に一つのアクセサリーアイテムを突き付ける。
「おー、んん? キレイな棒……?」
「これは簪って言うの」
「かんざし?」
「ワゥン?」
「しんたろーは知ってる?」
「知らん」
だろうね。知ってた。
「着けてみたら?」
「……うん、わかった」
よくわかってなさそうな顔のままウィンドウを展開して、手に入れた簪をアバターに反映させるかぐや。すると―――
「―――……かわいい」
「え?」
普段背中が隠れるほどに長く垂れている金髪がまとまり、うなじが見えるようになったかぐやがそこにいた。いつもとは違う姿に少しだけドキリとする。なんだか正面から不意打ちを喰らった気分だ。
「彩葉なんか言った?」
「……いや別に。なんも言ってないけど? ……ただ似合ってるな~って思っただけ」
「ホント? 似合ってる? かわいい?」
「はいはい、似合ってる似合ってる」
「やった!」
そう嬉しそうに拳を握ってガッツポーズをすると、カメラに頭がよく見えるように移動するかぐや。カメラに向かってめちゃくちゃ自慢している。相当嬉しかったらしい。
そんな姿を黙って見ていたサルの着ぐるみに近付き、周りに聞こえないように声をかける。
「……あれ見てなんか感想とかないの?」
「……感想?」
「褒めてあげたら喜ぶでしょ。そういうの言ってあげないわけ?」
「……」
なんでそこで黙る?
「……俺には、わからん」
「わからんって……」
「そういうのは出来るやつがやればいい。俺には不可能だ」
不可能とまで言うか。すごいなこいつ。
それ以後静かになった浦野の隣ではしゃいでいるかぐやを眺めつつ考える。
本当によくわからない男だ。
一体何がしたくて、何を思って今この男はここにいるんだろうか。なんでかぐやに対してこんなにも協力的なんだろうか。何度考えてもさっぱりだ。
そもそも直接『嫌い』だと告げた相手だ。今こうして隣で会話をしたりしている現状がおかしいのだし、直接聞いて確認したいほどに興味があるわけでもない以上は、きっとこれからもその理由を私が知ることはない。
「彩葉ーとしんたろー、配信終わるから一緒に挨拶しよー」
かぐやが私達に向かって声をかけ手招きをする。
それに手を上げて応え、歩き出す。浦野は一歩遅れてついてきた。
好奇心旺盛で天真爛漫な宇宙人と、何を考えているのかよくわからない変な隣人と、私。このなんだかよくわからない関係がいつまで続くのか、私にはわからない。
始まりは唐突だった以上、終わりもまた唐突なものかもしれないし、はたまた長く続いていくものなのかもしれない。
良くも悪くも終わりが見えない関係。変わらないものも終わらないものもこの世にはない。だからきっと、この関係もいつかは終わる。それがどういった形になるのかはわからないけど、それでもせめて―――
「―――というわけで今日も見てくれてありがとね! かぐやいろPチャンネルのかぐやと~」
「いろPと」
「……たろーD」
「ワンワン!」
「犬DOGEでしたー! みんなまた見てねー! バイバーイ!」
―――笑顔で終われることを、ただ願っている。
なんか最近よくわかんないことばっかりだな/浦野真太郎
ヤチヨと1晩を共にし、色々教えてもらったが大体はよくわかんないまま。まあ自分が理解出来なくてもやることは変わらないからいっかの精神。いいのかそれで?
視聴者からは、姪っ子の言うことを何でも聞いてあげる叔父さんみたいな男、というポジションだと思われている。だって明らかにかぐやからオリ主くん、オリ主くんからかぐやに対する言動行動にお互い色が全く無いんだもん。
なんか最近よくわかんない相手ばっかり/酒寄彩葉
お金は大事。お母さんもそう言ってる。なのでバイトを増やした。少ない自由時間と睡眠時間が減ったが問題なし。だって前よりも食生活は大幅に改善されているんだし。これなら前より健康になっちゃうなHAHAHA。……それ本当か?
視聴者からは、世間知らずな箱入り娘を世話しているお母さんみたいな苦学生、と思われている。いろPママ~かぐやちゃんがまた変なこと言い出したよー。迎えに来てー。
最近は楽しいことばっかり。嬉しい!/かぐや
ファンが一気に増えてランキングも爆上がり、こっからはただ昇っていくのみ。やりたいことをやって、楽しい時間を過ごす気満々。よかったね。
視聴者からは、保護者を全力で振り回す箱入り娘、と思われている。最近は変なことをかぐやが配信で言っても「まあ月から来たばっかだしな」で流されるようになった。最近は動画だけでなくコメント欄からも変な知識を覚え始めたのを、オリ主くんもいろPもまだ知らない。
なんか最近は気疲れが多くて大変。こんな予定じゃなかったのに/月見ヤチヨ
自分が創ったツクヨミが好きで、そこで過ごしている皆が大好きで、そこを全力で楽しんでくれているライバーがとっても大好きなヤチヨ。ツクヨミで活動しているライバーはマジで全員把握してるし、配信も動画もチェックしてる。公言はしてない。
今は必死に8000年以上昔に何度か言われていたアドバイスを必死に思い出そうと頑張っている。FUSHIに「その頃のリアルのことはあんまりわかんないから手伝えないからな」と言われて分体たちと一緒に頭を抱えている。次のアドバイスなんだったっけ?