よくある男オリ主もの   作:SeA

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前回のザックリとしたあらすじ

大人気のかぐや。コラボにグッズ販売にと大忙し。
ヤチヨカップももう終盤。残り時間はあと少し、みんなで頑張るかぐやいろPチャンネル。
オリ主くんのした約束もあとちょっとで終わり。全部終わるまであと少し。


オリ主くん、祝う

「うむうむ。よきかなよきかな~」

 

「そうか」

 

 宙に煌めく数えきれない星々と、それと並んぶようにして街並みを照らしているミラーボールの夜空の下。

 最早いつもの場所と言っても遜色はないだろう場所。建物の間を切り取ったような閉じた空間で、俺はヤチヨと2人隣り合ってベンチに座り会話をしていた。

 

 ちなみにヤチヨは幼い姿――――ちびヤチヨだった。

 どうやら今日はそういう気分の日らしい。

 小さい姿になりたい気分とはなんなのか、俺にはよくわからんが。

 

「色んなライバーとのコラボに、リアルでのグッズやカフェでの展開。これまでの積み重ねがキレイに花開いた結果が見事にランキングに現れてるね~」

 

「そうか」

 

 ベンチに座り、地に届かぬ足をぶらぶらと揺らしながら語るヤチヨに相槌を打ちつつ考える。

 

 ヤチヨカップ、ランキング集計期間は今日を含め残り3日。

 かぐやいろPチャンネル、ファン数62万5071人。ランキング16位。

 

 なるほど。これまでを考えればこれはかぐやの努力が花開いた結果であると言えるのだろう。

 最初なんて8000位台後半だ。それを考えたならこれは快挙と称してもなんら問題はないはずだ。

 

 だが―――

 

「ヤチヨ、一つ問いたい」

 

「おや、なんだいなんだい? どんな質問でもヤッチョが華麗に答えてしんぜよー」

 

「では聞くが――――かぐやいろPチャンネルがここから優勝することは、現実的に考えてありえるのか?」

 

 ―――現状、優勝には程遠い。

 

「今日を含め残り3日。それでランキングは未だ一桁にも昇れていない。トップライバー月見ヤチヨは、この状況をどのように判断している?」

 

 俺からしたら不可能としか思えない。

 この1ヶ月、不慣れながらもライバー活動をしてきた。その数少ない経験での判断にはなるが、俺には無理だろうとしか思えない。

 ランキング1位のファン数を見る限り、おそらく優勝のボーダーは100万人前後。かぐやいろPチャンネルとしては残りの日数で40万人弱を稼がなくては優勝の見込みはない。

 俺には、そうとしか判断できなかった。

 

 だが、俺の考えは大抵間違っていることが多い。

 ならば今回も同様にこの考えが誤りである可能性はある。

 故にこうして正しく戦況が見えているだろうヤチヨに訊ねているのだが。

 

「うーん、そうだね~……」

 

「……」

 

 いつもは饒舌な口が、今回は随分と重そうだな。

 となると答えは一つか。

 

「無理か」

 

「……ま、そだね~。常識的に考えて優勝はまず無理だろうね」

 

「そうか」

 

「うん」

 

「対策はなにかあるか?」

 

「この段に至っては、さすがのヤッチョも言えることはなにも無いかなぁ」

 

「そうか」

 

 まあ、それもそうか。

 ヤチヨの経験、そしてそこから来ているだろう先を見る目は確かではあるが、決して万能ではない。願えば望みが叶うような存在ではないのだから。

 

「ヤチヨ」

 

「な~に、タロー」

 

「すまなかった」

 

 この1ヶ月、ヤチヨには本当に世話になった。

 俺と違ってそうする理由も無いだろうに、かぐやいろPチャンネルのために助言を与え続けてくれた。本人は『ファンとして』などと言うが、俺達は一切ヤチヨの協力に見合う対価など何も支払えていないのに、だ。

 こうして結果が伴わなかった以上、ヤチヨからすればただ徒労に終わっただけだろう。

 

「世話になったな」

 

 1ヵ月。短いか長いかは個人によるだろうが、俺にとっては長い時間だった。

 動画。配信。ライブ。俺は結局どれも不得手のままだったな。

 だが、それももう終わる。

 

 『ヤチヨカップを優勝するために1ヵ月協力をする』

 

 それもあと少しで終わり。

 生憎と優勝は叶いそうにないが、俺に考え付く限りでの全力は尽くした。これ以上は無理だろう。

 これでかぐやとの約束は完了したとしても問題はないはずだ。本来ならばライブを見せてもらうはずだったが、それが叶わない以上は求めたところで意味はないし、なによりもそれを見たところで何かが変わるわけではないだろう。

 可能性だけなら一応はあったが、決して現実的ではなかったのだから。

 それなら無かったものとして扱ってもいいだろう。

 

 そしてヤチヨとした『子供を大切に大事にする』も、終わりだ。友人とした約束とはいえ、これ以上継続することは俺の精神的に不可能だろうからな。

 とうに俺は限界なんだ。これ以上は被害を出す可能性がある。

 

 だから、これで終わりだな。

 

「ヤチヨの協力があってなお結果を出すことは出来なかった。この1ヵ月、随分な無駄手間をかけさせ」

 

「―――てないよ。別に」

 

 俺の言葉を遮るようにヤチヨが言う。

 隣に視線を向けると、いつもの柔らかな笑みが俺を迎えた。

 

「この1ヶ月は本当に楽しかったよ。多分タローが想像してるよりも8000倍くらいにはね。正直こんな風に関われるなんてヤッチョは欠片も想定してなかったから」

 

「……そうなのか?」

 

「そーなのだ。――――ふふっ、ホントに嘘じゃないんだよ。タローの友達として、そして1人のかぐやいろPチャンネルのファンとして、かぐやといろPとたろーDの為に私の手を貸せるなんて、まったく思ってなかったからね」

 

「……そうか」

 

「そーそー。むしろ感謝って感じ。ありがとねタロー」

 

 まったく想定もしていなかった感謝を告げられ困惑する。

 かぐやいろPチャンネルに関与することに、ヤチヨがそこまで思うところがあったとは思っていなかった。完全に想定外だ。

 

「それに、諦めるにはまだちょっとばかり早いんじゃないかな〜」

 

「……なに?」

 

「だって期間はまだあるんだよ。それならまだタローたちに出来ることはあるはずだよ」

 

 そう言って、努力を継続することを推奨するヤチヨに、俺は困惑するしかない。

 先ほどヤチヨ自身が言えることはないと口にしたばかりだというのに、舌の根の乾かぬうちにそれを翻すような言葉を繰り出してきた。

 これは一体、ヤチヨは何を言いたいんだ?

 

 ……ダメだな。さっぱりわからん。

 仕方ない。ここは本人に訊ねるのが一番早いだろう。

 

「ヤチヨ、それは」

 

 ―――ドンドン。

 

 どういう意味なのか、そう問おうとする俺の声を遮るようにして振動が響く。

 振動の方向に目を向けるが、そこには何もない。当然だ。今の振動の発生源は目の届く場所ではなく、目(・)を(・)開(・)い(・)た(・)先、すなわち現実側だ。しかも音は2回。『そっちに行く』だ。

 つまりこれは―――

 

「……かぐや?」

 

「なーに? 呼び出しでもあったの?」

 

「……ああ、そのようだ」

 

 肯定する。が、状況が不明だ。

 確か今の時間は酒寄の友人である芦花と真実なる人物とツクヨミで会う約束があるという話だったが、なにかあったということだろうか?

 面倒くさいが、どうやら確かめる必要がありそうだ。

 

 そう思いログアウトをする――――前にヤチヨへと向き直る。

 

「ヤチヨ、いつもより早いが俺はこれで戻る。これまで世話になったな」

 

「もー、だからそういうのいらないって言ったのに〜。そういうとこはどうかなってヤッチョは思ってるよ。ずっと前からね」 

 

「そうか」

 

「そーだ」

 

 そういうとこ、というのがどこなのかはわからんが今後は気を付けるとしよう。気が向いたらだが。

 

「ではな」

 

「うん。明後日、結果発表の時にまた会おうね」

 

「……可能ならな」

 

「ふふっ…………そうだね。出来たらだね。頑張ってねタロー、応援してるよ」 

 

「……そうか」

 

「手にしたチャンスは、ちゃんと掴むんだよ」

 

「……」

 

 ヤチヨの最後の言葉に少しの引っかかりを覚えなくもなかったが、まもなくかぐやが部屋に来る。

 俺は思考を切り替え、すぐにツクヨミからログアウトした。

 

 目(・)を(・)開(・)け(・)て、状況を確認するべく立ち上がると―――

 

「―――しんたろー!」

 

 ガチャリと鍵が開錠される音がしたと思えばすぐさま扉が開き、飛び込むようにして合鍵を握った裸足のかぐやが室内に突入してくる。

 数歩分の距離しかないとはいえ裸足で来るとは。せめて靴くらい履いてくればいいものを。

 

「なんだ、かぐや。何があった?」

 

「来た来た来たよしんたろー! かぐや達の機会が回ってきたよー!」

 

 よくわからんことを大声で叫びながら、俺に抱き着くかぐや。

 うるさい。この距離ならそこまで声量を上げなくても聞こえる。少し声量を落とせ。

 

 それにしても、かぐやは確かに普段から賑やかだがこのテンションの高さはなんだ?

 何故こんなことになっている?

 

「……かぐや、一度落ち着いてから何があったのかを話せ」

 

 せめて説明を聞かなければ俺には何も理解が―――

 

「―――挑(・)戦(・)状(・)ッ! 来たよしんたろー! 一発逆転のチャンスが!」

 

「………………なに?」

 

 

☆☆☆

 

 

「そんで、今日はどうしよっか?」

 

「どうしよっかって…………かぐやさーん、状況わかってますか~?」

 

「……」

 

 朝。

 俺の自室でかぐやの作った朝食のパンケーキを3人で食しながら、今日と明日についての会議、のような雑談をしていた。いつも通りに。

 

「大丈夫だよ彩葉、ちゃんとかぐやわかってっから。安心してオッケー」

 

「いや、あんたのオッケーを信用したら、大抵私が苦労することになるのはもうわかってるから。そんなんで素直に信じるわけないじゃん……」

 

「えー、彩葉ひどーい」

 

「ひどくありませーん。この1ヵ月の順当な結果でーす」

 

「むー」

 

 酒寄が手を振って否定し、かぐやが口を突き出して不満を表す。

 どうやら酒寄の返答はお気に召さなかったようだ。

 

 俺は会話をしている2人よりも先に自身の皿の上を片付け、情報を整理するべく口を開く。 

 

「確認する。昨夜、かぐやのアカウント宛にメッセージが届いた」

 

「ん? ん、そうだよ。真実の家で彩葉がゴロゴロしてたらいきなり来た」

 

「余計な情報を付け足すんじゃないの」

 

「ホントのことじゃん。ってかそうだよしんたろー聞いてよ、彩葉ひどいんだよ! 『もう諦めるしか無くない?』とか言うんだよ! まだ3日あるのに!」

 

「……もう今日になったから残り2日だけどね」

 

「細かいとこはいーの!」

 

「いや、細かくはないでしょ……」

 

「いーの!」

 

 1日、2日の差は俺も大きいとは思うがな。

 24時間は結構長いぞ。

 

「話を戻す。そのメッセージは現在ランキングトップのブラック…………1位のグループからのものという話だったな」 

 

「……しんたろー」

 

「確かにこっちとあっちじゃ格が違うとはいえ、一応は競い合ってる相手なんだから名前くらいは覚えときなさいよ……」

 

「しんたろーって結構人の話聞いてなかったりするもんねー」

 

 1位がずっと変動せず、ファン数も2位以降を突き放し続けている、という要点だけ記憶しておけば問題は無いと思っていたんだが。

 まさかこうして問題になるとはな。予想外だった。

 

「……はぁ。かぐやにメッセージを送ってきたのはBlack onyX(ブラックオニキス)。通称は黒鬼で、男性3人組のプロゲーマーユニット。ツクヨミじゃヤチヨっていう神様を除いたら多分一番人気なライバーグループだろうね」

 

「うわでた。彩葉のヤチヨ贔屓」

 

 神とまで称すか。

 まあ確かに、仮想空間とはいえ世界の創造者という点では間違ってはいないのかもしれんが。

 ちなみに俺はヤチヨ本人と話した印象からそういう風に感じたことは無い。

 だが、どうやら酒寄にとってはそうらしい。よくわからんが。

 

「あれ? ってか男性3人組? ねー彩葉、黒鬼って女の子いたよね。たしかピンクの子?」

 

 早速情報の食い違いが発生し始めたな。

 俺はそのグループの見た目すら覚えていないからわからんが、かぐやは見たことがあるらしいのでその情報が間違いとは思い難いが?

 

「あー、乃依くんのことね…………いや、あの、かぐや。実はあの子は―――」

 

「あの子は?」

 

 酒寄が言葉を溜め、それに呼応するようにかぐやは息を呑む。

 そして3秒程の間を置いてから酒寄は口を開き、言った。 

 

「―――あの子は、男の子なの……!」

 

「…………?」

 

 沈黙が流れる。

 かぐやは小首を傾げ、まるで今の言葉が理解ができないとでもいうかのように目を回し始めた。

 そこまで難しいことを酒寄は言っていないと思うのだが、何故混乱しているんだ? よくわからんな。

 

「……もういいか? では話を戻すが」

 

「―――いやいやいや、よくないよっ! ぜんっぜんよくない! 意味わかんないもん! だってあのピンクの子絶対に女の子だったし!」

 

 軌道修正は叶わずに、舵は再びかぐやの元へ。

 最近気付いたが、俺は言葉を遮られやすいのかもしれん。こういうことが頻繁にある気がする。

 

「ほらこの子! やっぱ女の子じゃんどう見たって! ね、しんたろーもそう思うでしょ?」

 

「……これか?」

 

「その子!」

 

 かぐやが自身のスマホの画面に映っている人物を指さす。

 俺はその人物の頭から爪先までをじっくりと眺め、かぐやに向き直って口を開く。

 

「俺には男にしか見えないが」

 

「ええーっ!? うっそでしょしんたろー!?」

 

「本心だ。虚言ではない」 

 

 俺が嘘を吐く意味はない。見たままを言っただけだ。

 骨格を見る限りでは男性としか思えん。これが実は精神的には女性だというなら、俺にはそれはわからん。

 

 受け取っていたスマホを目を見開いたまま黙っているかぐやに返し、酒寄に向き直って口を開く。

 いい加減に話を進めたい。 

 

「1位のブラックオニキスからのメッセージの内容は、かぐやいろPチャンネルへの挑戦状だった。酒寄、これに誤りはあるか?」

 

「ない。でも付け加えるなら『余計なことも書いてあった』って入れておいて」

 

「……求婚がどうたら、だったか」

 

 昨夜のかぐやの状態では詳しくは聞けなかったからな。生憎と俺はその辺りがよくわかっていない。

 

「ま、言っておいてなんだけどそこはあんまり気にしなくていいと思うけどね。本心じゃない、はず、だし…………ってかそうじゃないと私が立場的に困る」

 

「困る? 酒寄がか?」

 

 何故?

 かぐやの婚姻で問題でもあるのか?

 確かにかぐやは戸籍がないので、実際に婚姻を結ぶことが出来ないのは問題だとは思うが。

 

「あー…………ごめん。そこは聞き流して」

 

「そうか」

 

 聞いたのは確かに俺だが、少し気になっただけにすぎない。

 忘れろというなら、さっさと忘れるとしよう。

 

「ブラックオニキスとの配信上での勝負。現状もっとも有名なライバーと共演する以上は、大量の新規ファン獲得の可能性がある」

 

「一発逆転! ここでかぐや達が決めちゃえば一気に優勝だー!」

 

「そんな上手くいくとは私には思えないけどね……」

 

「大丈夫だよ彩葉、なんとかなるって!」

 

「……はぁ、能天気なもんで」

 

 溜息を吐く酒寄に確認を続けて行う。

 かぐやでは確かな情報を得られない可能性があるので。

 

「勝負内容は記載されていたのか? 昨夜のかぐやからは聞き取れなかったのだが」

 

「あった。ツクヨミでゲーム対決。プレイするゲームは」

 

「―――KASSENって書いてた! 気合入れてがんばろーね!」

 

 鼻息を荒くしたかぐやが割り込むようにして会話に参加してくる。もう既に気合なるものでも入れてるのかもしれない。

 

 それにしてもKASSENか。なら―――

 

「―――SETSUNA(1対1)か?」

 

「いや、多分SENGOKU。3対3のフィールドバトルだと思う」

 

「その心は?」

 

「あっちもこっちも3人組。しかも向こうはプロゲーマー。それでご飯を食べてる本物が、私達みたいな素人とタイマン勝負なんてことになれば、誰から見ても始まる前から結果はわかる」

 

「……3対3。複数人が絡む勝負ならば、万が一の紛れがあると?」

 

「少なくともそれで勝負の体裁は整えられるって向こうは考えたんだと思う」

 

「……予想で構わん。戦力比はどうなると思う?」

 

「7…………いや、ありえないくらいに私達の運が良ければ8:2で黒鬼有利」

 

「可能性はあると」

 

「本気では来ない。そういう前提の上でならね。――――相手はトップライバーでもある。なら配信する以上は視聴者に蹂躙劇を見せる気はないはず。そこに賭けるしかない」

 

「なるほどな」

 

 頷きを返し、思考する。

 ランキング1位と配信上での勝負。つまりはコラボ企画だ。

 ツクヨミでヤチヨを除いた場合の最大手との企画となれば、今までかぐやいろPチャンネルを見向きしていなかった層を引き込むことが出来る可能性も高いだろう。

 先程かぐやが言っていたように一発逆転のチャンスとなるはずだ。

 それに―――

 

『それに、諦めるにはまだちょっとばかり早いんじゃないかな〜』

 

 この状況、知っていたのか?

 昨夜、別れる前にしたヤチヨとの会話。決着前に諦めるな、というただの激励だと思っていたが、そうではなかったのか?

 ヤチヨはツクヨミの管理人だ。今回の挑戦状はツクヨミのシステムを利用して送られたメッセージである以上、ヤチヨが中身を見れないとは断言できない。

 だが、もしそれが事実であり、さらにはその情報が漏れ出たりでもすればヤチヨにとっては大きな不利益だろう。だというのに昨夜は俺にそれを示唆した。

 

 まだチャンスがある以上諦めるなと、それを言うために、わざわざ?

 

「…………そこまでする価値が俺達にあるというのか?」

 

「え、しんたろーなんか言った……?」

 

「……何も。気のせいだろう」

 

「そう?」

 

 まあいい。今考えたところで答えなど出ないだろう。

 それならば目の前の問題に対処したほうがよほど建設的なはずだ。

 

「勝負は明日。ヤチヨカップの集計最終日で合っているな?」

 

「より正確に言うなら、ヤチヨカップ終了の1時間前が開始時刻になるけどね」

 

「となると、正真正銘のラストチャンスか」

 

「―――その、とーりっ!」

 

 かぐやが大声を上げながら勢いよく立ち上がる。

 立った勢いそのままに拳を天井に突き出し、堂々と宣言する。

 

「1位の黒鬼ぶっ飛ばして、ファンいっぱいゲットして、かぐや達がテッペン獲る! そんでもってヤチヨとすっげーライブをする!」

 

 瞳を太陽のように意志の光で満たし、かぐやは酒寄と俺を交互に見ながら言う。

 

「見てる皆に知ってもらおう! かぐやが、彩葉が、しんたろーがすっごくすごいってとこ! 皆が思わず好きになっちゃうくらいの人なんだってとこを! ね、そうでしょ!?」

 

「……」

 

「……」

 

「……ありゃ?」

 

 なんというか、あれだな。

 

「……本当に、かぐやって真っ直ぐだよね。最初からずっと」

 

「……そうだな」

 

 最初からずっと、俺には理解できない存在だ。

 外から来た宇宙人。意味合いは違えど俺と同様に人ではないものだというのに、俺とは違ってどこまでも人らしい存在。自分で自分の居場所を作ることができるもの。心持つヒト。

 

 本当に、眩しいな。

 

「お、え、うん……? どゆこと?」

 

「素直に褒めてんの。かぐやはずっとすごいなって」

 

「……異論はない。酒寄の言う通りだ」 

 

 俺には絶対に不可能なことだからな。

 

 さて、ではやるべきをやるとしようか。

 

「酒寄は今日はバイトだったか」

 

「午前中だけね。だから午後は帰ってくる、けど……」

 

「……ああ、明日は模試だったか」

 

「まあ、ね……」

 

 酒寄の部屋に貼ってあった予定表の内容を頭に浮かべて、言い淀んだ理由を予想する。

 そうなると今日は酒寄は勉強に集中だろうな。

 可能ならば教示を受けたかったが、これでは無理そうだな。 

 

「酒寄はSENGOKUについて詳細を把握しているか?」

 

「人並みには。浦野は?」

 

「聞き覚えはあるが、おそらく経験はないはずだ。忘れていなければだが」

 

「かぐやは経験あるよ。前に芦花と真実とやった」

 

「……ああ、あれがSENGOKUか…………確かかぐやが巨大な槌を振るっていたやつだな?」

 

「うん。それそれ」

 

「なるほど。では俺に経験はないな。ルールもよく知らん」

 

「ってことは、こっちは初心者2人(かぐやと浦野)に中級者1人(私)か。思ったよりもきっついかもね……」

 

「大丈夫だよ彩葉。かぐやが全員ぶっ飛ばしちゃうから!」

 

「お生憎様。相手は大会優勝経験が複数あるプロだっての。そんな簡単にいくわけないでしょ」

 

「ええーっ、そうなの!?」

 

「だから大変だって話してるんでしょうが……」

 

 痛みを抑えるように頭を抱える酒寄。

 それを横目に捉えつつ、俺は考えを告げる。

 

「かぐや、今日の午前中は買い物と動画撮影の予定だったな」

 

「そだよ。料理動画がなんか思ったより需要あるっぽいから撮ろーって思ってたの」

 

「では午後の予定はないな」

 

「無い!」

 

 それなら、付き従うことになる俺の予定も空いているな。

 

「なら午後からはSENGOKUについて情報を集め、経験を僅かでも稼ぐとしよう。異論はあるか?」

 

「えーっと…………ない! 大丈夫!」

 

「……その、ごめん。私は」

 

「だいじょーぶ、彩葉は気にしないで勉強してていいよ。――――あ、でもなんかヤバそうなことあったら呼んじゃうかもしんないけど」

 

「まあ、それならいいよ。ヤバそうなら呼んで。昼からは家にいるから」

 

「うん。美味しいお昼作って待ってるかんね」

 

「……楽しみにしとく」

 

「まかせて!」

 

 目を逸らして顔を微かに赤くしながら呟く酒寄に、満面の笑みで返すかぐや。

 いつもの光景だな。

 

「よしっ! そんじゃ、みんなの今日のやること決まったところで!」

 

 そこまで言って胸の前で手を合わせ、俺と酒寄を見るかぐや。

 共に過ごして1ヵ月。何を言いたいのか、何を言わせたいのかはさすがに俺でももうわかる。

 

 かぐやと同じように俺も酒寄も胸の前で手を合わせ、同時に口を開く。

 

「ごちそうさまでした!」

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまでした」

 

 いつからか揃うようになった言葉を口にして、俺達は食事兼ミーティングを終了した。

 

 

☆☆☆

 

 

 諸々の用事をかぐやと共に済ませ、帰ってきた酒寄と3人で昼食を終えたあと。

 俺とかぐやは勉強に集中する酒寄の邪魔をしないようにと、俺の部屋でツクヨミへとログインを開始した。

 

 いつもの湖。いつもの鳥居。いつもの笑顔のヤチヨ。

 それらを抜けてどんな時間でも夜闇を照らし続けるツクヨミの街へと降り立つ。

 

「……」

 

 さて、かぐやと合流したならKASSENに行かなくてはな。

 そんなことを考えていると、目の前に唐突に現れるウサギの長い耳を垂らした金の少女と小さな犬。

 来たか。

 

「かぐや、犬DOGE」

 

「ワンッ!」

 

「お、しんたろー。そんじゃさっそく」

 

 ―――パンパカパーンッ!

 

 こちらに向かって駆け寄ろうとしたかぐやとの間に、まるで立ちはだかる壁のようにして出現するウィンドウ画面。画面を見れば展開している対象はかぐやではなく俺のようだ。

 なんだ? まだなにも操作はしていないが。

 

『お誕生日おめでとう!』

 

「は?」

 

「え……?」

 

「ワウン?」

 

『今日お誕生日のキミには、運営から特別なログインボーナ』

 

 ブツン。

 指を振ってウィンドウを操作して画面を閉じる。すると、どこからともなく聞こえていた声も無事に途切れた。

 よし黙ったな。いきなり騒ぐな。うるさい。

 ウィンドウのあった場所を見つめていた視線をかぐやへと戻し、今度こそ本来の予定を行うために声をかけようとし――――かぐやに先を越される。

 

「今日が、誕生日? しんたろーの…………?」

 

 呟くように言うその顔は、何故だか驚愕で満ちていた。

 

 


 

 

 机に向かい、ペンを取る。

 当然だ。なんと言っても明日は模試。休んでいる時間なんてない。他に気を回す余裕なんてものはない――――のだけど。

 

「……はぁ」

 

 溜息を漏らす。

 かぐやがこの場にいたのなら少しは自粛したけど、今なら別にいいだろう。思う存分に胸に溜まったモヤモヤを吐き出す。

 

 正直言って、この状況で模試の対策のために一心で机になんて向かうことなんて出来るわけない。

 だって明日は模試であると同時にBlack onyX(ブラックオニキス)、あのプロゲーマーチームとのゲーム対戦の日でもあるんだから。

 しかもさらに言うなら私の実の兄が所属するチームでもある。4年も連絡を取っていなかった兄の。

 

「……バレるかな、やっぱり」

 

 私がライバー活動をしているということは、かぐやと浦野を除けば友人である真実と芦花しか知らない。

 私の兄、酒寄朝日(あさひ)は黒鬼のリーダーで、アバターネームは帝(みかど)アキラ。そしてかぐやにメッセージを送ってきたのも帝アキラ。

 あの兄が、碌に下調べもせずに挑戦状なんて送るわけがない。ならばきっと、かぐやいろPチャンネルについても多少は調べているはず。もっと言えばいくつかの動画やアーカイブも視聴済みのはずだ。

 

 ―――つまり、キツネの着ぐるみがかぐやにい(・)ろ(・)は(・)と呼ばれているのも知っているはず。

 

 兄には私のツクヨミでのアバターネームを教えてない、というか私がツクヨミユーザーであるということすら話していないから、iro(いろP)イコール彩葉とはなってない、はず。多分。

 ボイスチェンジャーとかを使っていない以上、声でバレる可能性はもちろんある。けどさすがにまさか自分の妹がライバー活動を始めたとは思わないだろうから、きっとバレたりは―――

 

「……しないと、いいなぁ」

 

 望み薄かもだけど。

 兄は周りをよく見ているし、鋭いからな。難しいかも。

 となると、やっぱり明日は細心の注意を払うべきで―――

 

「―――って違う違う。今はそんなことより模試対策だっての」

 

 首を勢いよく振って意識を無理矢理にでも切り替える。

 この夏休みは元々の予定よりも勉強が進んでいない。予定外のことが大量にあったせいではあるけど、それは言い訳にはならない。

 なら今私がやることは、ここから挽回すること。

 時間は決してあるとは言えないけど、それでもこの短い時間を活用して少しでも明日の為になるように勉強をするしかない。

 そうと決まれば簡単だ。やるべきことをやればいい。

 

 頬を軽く叩く。

 さあ、気合を入れろ酒寄彩葉。かぐやに心配をかけるわけにはいかない以上、今日は夜更かしもできないんだから。

 

「よしっ! それじゃあ―――」

 

「―――彩葉っ! たいへんたいへん!」

 

 心機一転。

 気持ちを完全に切り替えて参考書に手を伸ばした瞬間に扉が開き、そこからかぐやがまるで転がるように勢いよく入ってきた。

 

 え、なにごと?

 

「彩葉彩葉彩葉~! もう大変なんだよー! こういう時ってどうしたらいいの!?」

 

 叫ぶように大声を出しながら靴を脱がずに玄関から上がってくるかぐや。というか靴を履いてなかった。裸足のままアパートの通路を走ってきたらしい。あとで拭かないと。

 

 そんな風に半ば現実逃避をしていると、かぐやに両肩を掴まれ前後に激しく揺すられる。

 

「いろは~! どうしよ~!?」

 

「あーもう、わかったって! 聞くからっ! 聞くから一旦手を離しなって!」

 

 眼前のかぐやに合わせるように私も大声で応えると、多少は落ち着いたようで肩を掴んでいる手から力が少し抜けた。その隙を逃さずに私は椅子から立ち上がり距離を取る。また揺すられたらたまったもんじゃない。

 

「ふぅ…………で? なにが大変だって?」

 

 これで大したことじゃなかったら、どうしてくれようか。

 そんなことを考えながらかぐやに問いかける。

 するとかぐやは部屋に帰ってきたときから変わらない慌てた表情のまま、私の想像の埒外にあったその答えを口にした。

 

「―――今日! し(・)ん(・)た(・)ろ(・)ー(・)の(・)誕(・)生(・)日(・)なんだよ! 彩葉、どうしよ~!?」

 

「…………………………はあ?」

 

 

☆☆☆

 

 

 今日8月17日は我がアパートの隣人、浦野真太郎の誕生日、だそうだ。

 

「―――でね? KASSENの練習しようとツクヨミにログインしたら、しんたろーの前になんか表示されたの。パンパカパーンって音しながら」

 

「あー、誕生日ボーナスのやつね。いつものログボより貰えるふじゅ~とかアイテムが多いやつ」

 

「多分それ。『誕生日おめでとー』みたいなこと言ってた。すぐ切れたから最後まで聞けなかったけど」

 

「すぐ切れた……? なんで? バグ?」

 

 アナウンスが途中で中断された? そんな話は今まで一度も聞いたことないけど、バグかなにかだろうか? 珍しいな。

 もしも本当にバグならユーザーの義務としてすぐにでも運営に――――つまりはヤチヨに連絡しないといけないけど。

 

 そんな風にどうするかを私が考えていると、かぐやはふるふると首を横に振る。

 

「しんたろーがすぐに通知切ったから」

 

「ああ。そういう……」

 

 納得。やりそうだな、あの男なら。

 

「そんでしんたろー、そのまま普通にKASSENやろうとするから止めて、彩葉のとこにかぐや戻った」 

 

「なるほどね…………で、今これはどういう状況なわけ?」

 

「んえ? なにが?」

 

「だから――――なんで私は手を繋がれて外に連行されるはめになってるの?」

 

 私は左手を胸の前まで持ち上げて訊ねる。上がった手にはかぐやの右手もくっついている。

 なんなんだこの状況は。

 

「朝に言ったと思ったけど、私明日は模試があるから勉強しないといけないんだけど?」

 

「……あ」

 

 あ。じゃないのよ。

 

「かぐや……?」

 

「いやっ! でもでも誕生日なんだよ彩葉~!」

 

「それはわかったけど……」

 

「一年に一回なんでしょ誕生日って。しかもお祝いするものなんでしょ? かぐや間違って覚えてる……?」

 

「……いや別に、まあ、間違っちゃいないけどさあ……」

 

 私が浦野の誕生日を祝うっていうのがまず変だって話なんだけど。

 あいつとは友達でもなんでもないんですけど?

 

「いろはぁ」

 

「うっ」

 

 私の正面に立ち、上目遣いで見上げてくるかぐや。瞳は少し潤んでいるようにも見える。

 こいつ、これやれば私が言いなりになるとでも思ってるな? 

 いい加減にしてもらおうか。私が一体何度この手に引っかかったと思っているんだ。この酒寄彩葉がそう何度も何度も同じ手に引っかかるとでも―――

 

 

☆☆☆

 

 

「いらっしゃいませ~」

 

「いよ~し! そんじゃ彩葉、プレゼント買ったらあとでここに集合ね! かぐやは上の階から見てくるー!」

 

「……」  

 

 ―――私は、なんでこんなにかぐやに弱いんだ。

 

 かぐやに連れ込まれたデパートの一角で、私は1人黄昏れていた。

 くそう、かぐやめ。次はもう負けないからな。

 

「はぁ…………ま、ここまで来ちゃったんだし仕方ないか」

 

 誕プレさっさと買っちゃうか。

 目的は単純なんだし、手早く終わらせてさっさと帰ろう。

 そしたら勉強を再開――――ああいや、そういえば誕生日パーティーしたいとかも言ってたな。ということはもしや、今日はもう碌に勉強できない感じかこれ?

 

「こうなると、明日の模試はさすがにある程度は諦めるしかないっぽい……?」  

 

 夏休みの予定が崩れた時点で少なからず諦めていた部分は確かにあるけど、さすがにこの状況はなぁ。

 ハッキリ言って絶望的だ。私の学力なら最低限の点数は取れるとは思うけど、どうだろうな。

 

「……考えるのやめやめ。今は置いとけそんなこと。とにかく、まずは買い物しないと」

 

 頭を振って意識を切り替え、デパートの案内図を見て何を買うのかを考え始めるが―――

 

「―――いや待った。え、浦野ってプレゼントなに欲しいの……?」

 

 何を買えばいいのか、まったくと言っていいほどに思いつかない。

 どんなプレゼントだったら喜ぶかな、とかそういうレベルじゃない。そもそもあの男が喜ぶ姿が欠片も想像できない。

 誕プレって、普通なら好きなものとか趣味に関した物とかを買えばいいとは思うけど―――

 

「……浦野の好きなものも、趣味も、私まったく知らないんだけど」

 

 こんな状態で、一体何を買って贈れと?

 

 ……いや、いいや。とりあえずお店を見て回りながら考えよう。ここでこうして突っ立ってても時間の無駄にしかならないだろうし。

 

「……行くかぁ」 

 

 私は歩きながら展示されている商品を眺めつつ、何を買うべきか考える。

 浦野が欲しいもの。喜ぶもの。あるいは必要なもの、とかだろうか。生活必需品とか? いや、さすがに誕プレにそれはダメでしょ。常識的に。

 

 よし。こういう時は思考を逆転させよう。

 浦野ではなく、私だったら嬉しい誕プレとはなにか。それを参考に考えればいい。

 となると私が貰って嬉しい誕プレと言えばそれはもう―――

 

「……なんだろう、私が貰って嬉しいものって……」

 

 考えるが、パッとこれだ! と言えるものは特に思い浮かばない。

 あえていうなら消え物、とかだろうか。

 真実と芦花に今年貰ったプレゼントはちょっとお高いカフェで一食と、いくつかのコスメだ。あまり高くないし普段から私でも買えなくもないくらいのやつ。ようは今も使ってるやつだ。

 

 きっと、高価過ぎれば私が拒否しちゃう、とかそんな風に考えたからだろうな。

 

「2人とも、私のことめっちゃ気を遣ってくれてるよなぁ……」

 

 前から知ってることではあるけど。

 マジで私にはもったいないくらいにいい友達だな。考えるとちょっと目頭が熱くなってくる。

 

 まるで誤魔化すように軽く顔を上向けながらも歩き続ける。

 

 となると、どうするべきかな。

 私の経験を活かすのなら、同じように消え物だろうな。私達の距離感を考えれば実に無難なプレゼントのはずだし。実際にそう悪い選択肢ではないと思う。

 

 ―――もっとも、相手が浦野じゃなければ、だけど。

 

「……美味しいがわからない、だもんな」

 

 いや、そんなもんどうしろと?

 そのせいで食べ物関連はダメ。じゃあ洗剤とか? いや、あの男は洗濯は近くのコインランドリーで済ませてるとかぐやが以前に口にしていた。あそこは昔に私もチェックしてるから知ってるが、洗剤は自動で投入されるタイプだ。なので洗剤もダメ。

 ならあと消え物といえば、入浴剤とか?

 論外。絶対そんなものに浦野興味ないでしょ。ってかシャワー派らしいし。かぐやが言うにはだけど…………ん? なんでかぐやはそんなこと知ってるんだ?

 

「―――いや、だから違うって。今は横道に逸れてる場合じゃないっての」

 

 誕プレ誕プレ。なにを贈るかを考えなくちゃいけない。

 とはいえ、だ。

 食べ物はダメ。洗剤や入浴剤もダメ。

 じゃあ好きな物や趣味の物なら、なんて考えても私はそれを知らない。そもそも浦野にそんなものがあるのかどうかすら不明。イメージ的には何も無さそう。

  

 なんというか選択肢がそもそも思いつかないな。

 これで一体どうしろと?

 

「…………1ヵ月も一緒にいても何もわからないんだな、私って」

 

 まあ、壁が間にあったってのはあるけども。

 物理的なものでなく精神的な意味合いだけど。それがずっと私と浦野の間にあって、そしてどっちも近寄ってそれを崩そうとはしなかった。

 それなのに一緒にいたのは、ただかぐやがそこに壁があると気付くことなく、気儘(きまま)に私と浦野の手を引っ張ったから。

 私達は、かぐやが間にいることで初めて同じ場所にいられた。

 私達はお互いにとって、かぐやを挟んだ向こう側にいる相手だった。

 

「……変な関係」

 

 心の底からそう思う。

 酒寄彩葉と浦野真太郎は、隣人でクラスメイトでライバー仲間で、でも親しくもなく友人でもない。そんな関係。

 本当に、考えれば考えるほど変な関係だな。

 かぐやがいなきゃ即破綻っていうか、成立しない関係だよ。そもそも会話すら発生しないだろうし。ってかかぐやが来る前はそうだったもんな。もしそうなったら戻るだけか。

 

「っていうか、まだ浦野がなんでかぐやと一緒に居るのかって、その理由を聞いてないんだよなぁ」 

 

 タイミングが無かったってのも大きいけど。

 でも気になるよな実際。あの何を考えてるのかが一切わからない男が協力する『約束』とやらの正体。肝心のかぐや本人がうろ覚えなのがよくわかんないところだけど。

 ともかく、もし今度機会が合ったら聞いてみるとしようかな。タイミングがあれば、だけど。

 

「あっ、これ」

 

 ぐだぐだと取り留めも無いことを考えながらブラついていると、とある商品が目に入った。

 これ、普通の人なら持ってそうだけど浦野は持ってなさそう。いや、持ってないに違いない。自室に寝具すら無い男だもん。絶対持ってないよ。多分。

 

 商品を手に取り、レジへと向かう。

 値段もそこまでしないし、ちょうどいいでしょ。

 

「これ、お会計お願いします――――あっ、プレゼント用のラッピングとかって可能ですか?」

 

 出来るらしい。助かる。

 贈る相手が浦野とはいえ、さすがに誕プレを裸のままで渡すわけにはいかないしね。

 

 と、いうことで買うべきものは買った。

 私は意気揚々とかぐやと約束した待ち合わせ場所へと戻ったんだけど―――

 

「―――遅い」

 

 いくら待っても、かぐやが戻ってこない。

 もうすぐデパートに来てから1時間になる。なのに戻ってこない。

 選ぶのに手間取っているんだろうか? その気持ち自体は私もよーくわかるけど、さすがに長すぎる。これは本当にそれだけなんだろうか?

 事故や事件に巻き込まれたとか? いやいや、かぐやがいくら好奇心旺盛だとしても、そんなことに簡単に巻き込まれるわけが―――

 

「―――…………お父さん」

 

 詳しくは知らない。きっと私が幼かったから詳細を教えてはくれなかった。ただ私が知っているのは、お父さんは事故で亡くなったということだけ。

 そして事故や事件というのは、いい人も悪い人も区別なく襲い掛かるものだということ。

 ならきっと、かぐやがそうなっている可能性はなくはない。 

 

 壁に預けていた背を離し、荷物を持ち直す。行こう。

 

「まずは念のために迷子センターに向かって」

 

「―――いろはぁぁあああああああああ!!」 

 

「…………はぁぁ」

 

 思わず溜息が漏れた。安堵8割呆れ2割。

 遠くから大声で私の名前を叫びながら走ってくるかぐやを視界に捉えながら、私はまず何と言って説教をするべきかを考えていた。

 

 

☆☆☆

 

 

「―――だから今後はもし遅れることになるのがわかったら、もうその段階ですぐに相手に連絡を入れること。いい?」

 

「はい…………心配かけてごめんなさい…………」

 

「わかればよろしい」

 

 私だって本当はこんなこと言いたくないんだっての。なんかお母さんみたいだし。

 でも、さすがにこれは言っておきたかった。心配させられたわけだし。

 

「ほら、もういいから行くよ。かぐやもプレゼント買ったんで――――って、かぐや? あんた買った物はどこに……?」

 

 ここ最近では一番の説教をされてベンチで項垂れているかぐや。私は帰宅を促そうとその手を取って立ち上がらせようとしたのだが、何故か私の手を取らず、立ち上がる気配はない。

 そして何故か、かぐやはその手に何も持(・)っ(・)て(・)い(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 これはまさか?

 

「…………………………………………まだ買えてない」 

 

「……はい?」

 

 今なんて?

 

「だから、まだ買えてないの…………しんたろーのプレゼント…………」 

 

 眉尻を下げ、いつもの元気を沈ませてかぐやはそう言った。

 それはまた、なんとも意外な結果だ。

 てっきりいつものノリで好き勝手に選ぶとばかり思っていたから。

 

「浦野の欲しそうなものとかは無かったの?」

 

「無かった…………しんたろーの欲しいものわかんないし……」

 

 それはそう。

 かぐやもそこは私と一緒だったか。

 

「なら、かぐやが好きなものとかにしなかったの?」

 

 無言で首を振って否定するかぐや。 

 そうなんだ。浦野は好きなものとかないだろうから、かぐやは自分の好きなものを共有するとか、そういう方向で行くと思ってたけど違ったみたい。

 

「誕生日プレゼントは、貰って嬉しいものをあげるのがいいって書いてた……」 

 

「それはまさか、もしかしてだけどネットに……?」

 

 こくんと頷くかぐや。

 どうやらかぐやは浦野が喜ぶようなプレゼントを贈りたかったらしい。

 

「……あー、そういう」

 

 なるほど。

 つまりかぐやは浦野の誕生日だと知ってそれを祝うためにこうして私ごと連れて行ってプレゼントを買おう、とよく考えずにデパートに来たのはいいが、肝心のプレゼントをどうするのかを考えていなかった。というか浦野が貰って嬉しいものが思いつかなかったと。だからこうして落ち込んでいるわけね。

 

 いや、やりたいことはわかる。わかるんだけど、相手はあ(・)の(・)浦野だ。

 だから私もプレゼントは結構無難というか、当たり障りのないというか、特に嬉しく思う要素もないものというか。

 ともかく、そんな感じだ

 

 だからかぐやも今回はある程度妥協して『いい感じのもの』ではなく『悪くないもの』を、選ぶことを私としてはオススメしたい。

 のだけども―――

 

「うぅ~…………」

 

 俯き、落ち込んだ様子のかぐやを見る。

 めっちゃ元気がない。しょぼくれている。今まで見たことのないかぐやだ。

 私が倒れた時も普段とは違った様子だったけど、今みたいに『元気がない』みたいな感じじゃなく『慌ててる』感じだったからな。だからなんか新鮮。あとちょっと複雑な気持ち。私の時はそこまで落ち込んでなかったじゃん。

 

「……いろはぁ」

 

「なに?」

 

「誕生日プレゼントって、普通はどういうのを貰うと嬉しいものなの」

 

「あー……」

 

 普通。普通ときたか。

 別に言うだけなら簡単だ。さっき私が何を選ぶべきかと考えていた内容を口にすればいいだけだ。

 でも、相手が浦野なんだよなぁ。

 

 チラリとベンチに座ったままのかぐやを見る。

 瞳を微かに潤ませながら、見上げるように私を見ているかぐや。所謂上目遣いの態勢ではあるけど、いつも私におねだりする時とは明らかに違う。今日のはなんというか、マジのやつだ。いや別に普段のも結構マジなやつではあるのだろうけど、なんかこう、今してるのとは違うやつなのは間違いない。普段やられまくってる私にはわかる。

 

「まー、なに? 一般的には誕プレは貰う側が喜ぶものが、そりゃ一番いいと思うよ」

 

「……うん」

 

「例えば好きなもの。食べ物でも雑貨でも、あとは趣味関連のものとかでも」

 

「……しんたろーはそういうのなんもないよ?」

 

「あー、うん。だよね……」

 

 知ってた。

 あとはなんだ? あとなんかそれっぽいやつといえば?

 

「あとはー、あと、あー、例えば? だ、大事なもの、とか……? うんほら、私ならヤチヨ関連のグッズとか、そういうの! 私ならめっちゃ嬉しかったりするし!?」

 

 何を言ってるんだ私は。自分で言ってて呆れてしまいそう。

 うそつけ。

 私ならヤチヨグッズは絶対に自分のお金で買いたい。ほんの僅かな金額とはいえ推しに貢ぐならば身銭を切って貢ぎたい。まあ、もしプレゼントされたら受け取るし飾るけど。多分めっちゃ複雑な気分を内心に隠しながら。

 

 というかまず浦野にそんなのがあっても私にはわからないっての。

 

「だいじな、もの……?」

 

「例えだからね? 今パッと思い浮かんだだけってだけで、別に」

 

「―――しんたろーの大事なもの!!」  

 

「うわっ」

 

 ガバリと勢いよく立ち上がるかぐやに驚き、思わず後ろに仰け反ってしまった。

 なんだ、どうした? なんか思いついたの?

 

「か、かぐや? 一体どうし」

 

「―――行こう彩葉! ここじゃないっ!」

 

「ちょっ」

 

 急に私の手を掴んだと思えば即座に走り出すかぐや。行先はどうやらこのデパート内ではなく外のようだ。

 私は転ばないように気を付けながらも、なんとかかぐやに速力に合わせるようにして足を速める。

 なになになに? どうしたホントに?

 

「かぐや!? これ今どこに向かってんの!?」

 

「プレゼント買いに行くの!」

 

「行くってどこに!?」

 

「すぐそこ!」

 

 すぐそこ? この近くに浦野が喜ぶ商品を扱ってる店があるってこと?

 私は疑問を胸に抱えながらもかぐやに掴まれながら走り続けて数分後、目的地らしい店舗へと辿り着いた。辿り着いた? 

 え、ここ?

 

「か、かぐやさん? この店っすか……?」

 

「ここ!」

 

 マジか。絶対嘘でしょ。

 私は驚愕の気持ちを隠すことも出来ないままにかぐやに連れられ店内に入り、そのままとある商品棚の前までと誘導される。

 

「そしてプレゼントは――――こ(・)れ(・)!」

 

「え」

 

 かぐやが棚から取り出し、掲げたそ(・)れ(・)に、私はまともな言葉を発することが出来なかった。

 

 


 

 

 ―――チョキン。

 

 静寂の中でハサミの音が狭い室内を飛び回る。

 ここ最近ではあまりない静かな自室。だというのに何故俺はこんなことをするはめになったのか。それが今でもサッパリわからん。なんだこの状況。

 

『しんたろー! かぐや彩葉とちょっと出てくるから、これやっといて! お願いねー!』

 

 そうして渡された大量の折り紙とハサミ。そして本。開かれたページに記載されているのは折り紙を用いたパーティー用の飾りの作成方法。

 

 ―――チョキン。

 

 なんだって俺がこんなことをやらなくてはならないのか。

 実に面倒くさい。

 

 事の始まりは単純。ツクヨミにログインしたらアナウンスが流れた。かぐやがそれを聞いた。以上。

 そんなことがキッカケでこうなるのだから、人生とは本当によくわからん。

 

 ―――チョキン。

 

 紙を切って折って張り付けて、それでどれだけの時間が経っただろうか。量の指定は無かったし、そろそろやめてもいいだろうかと、そんなことを思った時に音が聞こえた。

 

 ―――タンタンタン。

 

 これは、階段を駆け上がっている足音だな。しかもこの歩き方ということは―――

 

「―――しんたろー、ただいま!」

 

「……おかえり、かぐや」

 

 ―――金の髪を靡かせ、少しばかり汗をかいた様子のかぐやが玄関から顔を覗かせた。

 

「おおー! いっぱい出来てんね飾り。いいじゃん!」

 

「そうか」

  

「でも、もうちょっと欲しいかも。まだ紙ある?」

 

「ああ。量だけならばこの倍はあるが」

 

「じゃあお願い!」

 

「了承した」

 

 まだこの時間は続くのか。面倒くさい。

 でも仕方ない。かぐやの望みだ。叶えなくてはいけない。

 『子供は大切に大事にしなくてはいけない』『かぐやにこの1ヵ月協力をする』そういう約束なのだから。

 

「……ただいまー」

 

「彩葉おかえり!」

 

「……おかえり、酒寄」

 

 足音は聞こえていたので特に驚くことはない。そもそも2人で揃ってどこかに行っていたんだ。同時に帰ってくるのも想定通りだ。

 

 それにしてもなんだろうか? 2人とも手に袋を持っている。酒寄に至っては袋に加えて紙の箱。

 箱? 買い物して箱? 何を買ってきたんだ? 

 

「で、これはどうしたらいいの?」

 

「あっちの冷蔵庫に入れとく! 彩葉、持ってくれてありがとね!」

 

「はいはい。どういたしましてー」

 

 そうして酒寄から箱を受け取るかぐや。

 

「これでよしっ! ―――しんたろーはあっちの部屋に来ちゃダメだかんね!」

 

「……了承した」

 

 よくわからんが、別に構わん。

 特に向こうに行く理由も無い。かぐやの好きにすればいい。

 

「彩葉はこっちでしんたろーのこと手伝ってあげて」

 

「それはいいけど…………そっちは?」

 

「かぐやはあっちでお料理タイム! 今日はすっごいの作っちゃうから。楽しみにしててねしんたろー!」

 

「……そうか」

 

 楽しみと言われてもな。俺にはそれはわからんぞ。

 

 そんな会話をしていると、かぐやはバタバタしながら酒寄の部屋へと帰っていった。

 そうすると残ったのは俺と酒寄の2人のみ。酒寄は折り紙が散乱しているちゃぶ台の前に座ると、黙って作業を開始した。

 そしてかぐやのいない俺達に会話など碌に発生することはなく、ただ沈黙のみがこの空間を支配していた。

 

「……」

 

「……」

 

 ―――チョキン。

 

 ハサミの稼働する音だけが、ごちゃごちゃとかぐやの集めた物品が散らばる室内で響く。

 黙って作業をしているのだが、視線を感じる。無論相手は酒寄だ。理由は不明だが先程からチラチラと俺の方に視線だけを向けてきている。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……酒寄」

 

 声をかけるとガタリと音を立てて反応する酒寄。驚いたらしい。

 

「何の用だ」

 

 正直放置してもよかったんだが、さすがにこちらを窺う回数が多すぎた。だから、これは何の目的があるのかを問うべきだと判断した。

 そうして問いを投げかけると、目を見開いていた酒寄は深呼吸をしてから口を開く。

 

「ねえ浦野、一個聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 

「回答の可否は内容によるが、それでいいなら」  

 

 基本的には大抵のことには答えるが、一応答えられないことも僅かにある。ヤチヨが俺の友人であるという事実などのことだが。

 

「……その、かぐやのことで聞きたいんだけど」

 

「ああ」

 

「前に浦野が言ってた、あの、かぐやとしたっていう約」

 

「―――彩葉ーー! ごめーんハサミ渡すの忘れてたーーーって、あれ? ……あるね?」

 

 ガチャリと玄関扉が開き、ハサミを手にしたかぐやが飛び込んできた。

 最初こそ意気揚々としていたが、俺と酒寄の手にあるハサミを見て訝し気な表情へと変わった。

 ハサミならあるから問題はないぞ。

 

「酒寄が手にしてるのがかぐやが持ってきたもの。俺のものは俺のだ」

 

 少し前に段ボール工作の動画を撮る際にかぐやと共に買ってきたものの一つだが、どうやら忘れていたらしい。

 

「あーそっか。そういえば前に買ったんだっけ?」

 

「ああ」

 

「ならオッケーか。騒がしくてごめーん。かぐや戻るね~」

 

「ああ」

 

「あとこっちで困ったこととか、なんかあったら彩葉のこと呼ぶから」

 

「あーうん、わかったからはよ戻りなさい」

 

「は~い」

 

 パタリと、静かに閉じた扉を見送ってから酒寄へと視線をやる。

 向こうも俺を見た。考えることは同じだったらしい。

 

「それで、何を聞きたいと?」

 

「あーっと、その……」

 

 俺が先程の続きを求めると、何故か言い淀む酒寄。そしてチラチラと酒寄の部屋の壁――――現在かぐやがいる方向へと視線を何度も向けている。

 なんだ? かぐやを気にしているらしいが、どういう意図だろうか? かぐやに聞かれるとマズい類の話なのか?

 

「あー、えー、そのー」

 

「……」

 

「あーっと、じゃあ…………そう! あの、浦野って前にパーティーしたのはいつ以来になる?」

 

「……なに?」

 

 パーティー?

 

「かぐやが今日やりたいっていうから気になって。いやまあ、聞いた私は子供の頃に何度かって感じなんだけども。しかもすごいちっちゃい時の話だけどね」

 

「そうか」

 

 パーティー。今回の場合は誕生日パーティーだろうな。俺の。 

 手元の紙の飾りを一瞥し、答えを出す。

 かぐやには具体的に今日は何をする気なのか、それをまだ聞けてなかったがこれで確定したと思っていいだろう。

 しかし、まさか誕生日パーティーか。俺なんかの。

 相変わらずかぐやは物好きだな。

 

「それで、どう? 誕生日パーティーって浦野はやってた?」

 

「……ああ」

 

 肯定する。

 やったことはある。確かに記憶にはある。俺と両親の3人で家で誕生日パーティーを開催し経験したことはある。

 あれにどんな意味があったのかを、俺は今でもわからないままだが。

 

「2度ほど経験はある。随分と前だがな」

 

「そう、なんだ……」

 

「ああ」

 

「……」

 

「……」

 

「その、家族とか……?」

 

「ああ」

 

「……浦野の家族って、今はどうしてるの?」

 

「……」

 

 その言葉に手の動きが止まる。

 予想外なものではない。話の流れでそうなるのはわかっていた。

 でも手が止まった。どうするのかを決めていなかったから。

 

「……何故、そんなことを聞く?」

 

「いや、なんとなく……? 高校生で1人暮らしなんて珍しいなって思っただけ…………私が言うことじゃないんだけど」

 

「そうか」

 

 考える。

 この質問に答えるか、否かを。 

 

「あー、いや、ごめん。不躾に変なこと聞いた。ちょっと興味本位で聞いてみただけで他意があったわけじゃ」

 

「―――酒寄」

 

 きっと、少し前なら答えなかった。

 俺のことを語るのはいい。そんなものに価値なんてない。どうでもいいことだ。だからどれだけ他人に話そうと構いやしない。

 だけど、家(・)族(・)は別だ。

 家族は俺ではない。俺と同じ扱いのものではない。どうでもいいもの、にはカテゴライズされないはずのものだ。

 故に家族についてを他人に話す、という行為は拒絶しなくてはいけない―――

 

「酒寄、俺が君に会ってどれだけの時間が経ったか、わかるか?」

 

「え……? それは、会った時って言うなら入学前の引っ越しの時じゃない? 会話するようになってからなら1ヶ月前からになると思うけど……?」

 

 ―――は(・)ず(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

「そうか。ではもう俺については気付いているか? 酒寄は優しい人、というものだろうから既に気付いてはいると思うのだが」

 

「優しい人って…………いや、そもそも何の話? 気付いてるって、何に?」

 

「そんなもの、決まっているだろう」

 

 だけど、もうそれにも意味は無い。だってもう話してる。

 俺が唯一この身に刻み込んだ技術を。浦島一刀流を。爺さんの話を、俺はもう他人に対して口にした。

 

 ―――俺はヤチヨ(他人)に、爺さん(家族)の話をした。

 

 ならもう、それはどうでもいいということ。過去の俺は、それ(家族)をどうでもいい、と切り捨てた。意味などないと吐き捨てた。

 なら、別に構わない。

 

「―――俺が、浦野真太郎が頭(・)の(・)お(・)か(・)し(・)い(・)イ(・)カ(・)れ(・)野(・)郎(・)だと」

 

「なっ……」

 

 口を開けて絶句する酒寄に、話を続ける。

 大した話ではない。どうでもいい、当たり前の話でしかないのだから。

 

「俺の両親は、多分だが酒寄と同様に優しい人、だった。俺にはいまいち『優しい』がよくわからんが、おそらくはそういった人物だった」

 

「さっきから優しいって、一体なにを……?」

 

「『優しい人というのは、他人をよく観察している人でもある』。違うのか? 俺が以前に人について調べた時に出てきたものだが」

 

 目を丸くして黙り込む酒寄。

 一体何に驚いているんだろうな。

 

「まあいい。とにかく、俺の両親は優しい人であり聡い人達だった、という話だ」

 

 優しい人達だった。『優しい』を当時の俺は知識としてすらわかっていなかったけど。

 でも確かに、父も母も優しい人だった。

 

「俺の両親はそ(・)れ(・)に気付くのが遅かった…………いや、違うな。これでは語弊があるか。正確には『認めるのに時間がかかった』。こうだろうな」

 

 

☾☾☾

 

 

 俺は頭がおかしい。きっと、生まれた時からずっとな。

 

 嬉しい。怒り。哀しみ。楽しい。

 美味しい。不味い。美しい。醜い。好き。嫌い。俺はそれらを理解できない。言葉としてならわかる。調べたからな。それがどういう意味で、人にとってどういったものなのか、それは調べた。でも実感はしていない。

 俺はそれらを、共感できない。

 

 幼いころ、病院に連れて行かれた。記憶にあるだけで9回。母は俺の手を握り、父は俺の頭を撫でて繰り返し言っていた。『大丈夫だよ』と。

 肉を食べた。魚を食べた。野菜を食べた。果物を食べた。何も思わなかった。

 スポーツをした。ゲームをした。おもちゃを与えられた。本を読み聞かせられた。アニメを見た。何も思わなかった。

 公園に行った。水族館に行った。動物園に行った。植物園に行った。博物館に行った。遊園地に行った。映画館に行った。寺に行った。神社に行った。教会に行った。海に行った。山に行った。川に行った。街に行った。田舎に行った。何も思わなかった。

 俺はずっと、変わることはなかった。

 

 父は言った。『楽しいか?』と。

 母は言った。『好きなものはできた?』と。

 

 ―――俺は首を横に振った。いつもと同じように。

 

 誕生日パーティーは2歳と3歳のものは覚えている。それ以前は記憶にない。さすがに幼かったからだろうが。

 家の中を飾り立て、どこもかしこも様々な色で溢れていた。

 母はケーキを焼いていた。『とびきりに美味しいのを作った』とそう言った。

 父は抱えきれないほどの袋を持っていた。『プレゼントはたくさんあるから、あとで一緒にあけよう』とそう言った。

 

 ケーキを食べた。プレゼントを開封した。俺はそれになにも感じなかった。

 それで誕生日パーティーは終わった。俺にとっての誕生日パーティーの記憶はそれしか残っていない。

 

 3歳の時のいつだったかに爺さん、父方の祖父の元へと行った。何故両親がそうしたのかは知らん。興味も無い。――――だけど、それが正解だった。

 

 爺さんは俺に会い、確認し、言った。『それはここに置いていけ』『お前たちには無理だろう』と。

 父は言った。『嫌だ』と。

 母は言った。『帰ります』と。

 

 だけど俺は人生ではじめて両親へと頼み、願った。『ここがいい』と。

 

 それで終わった。父と母は俺のはじめての願いに承諾した。

 やっと、父と母は俺が頭のおかしいイカレ野郎だと認め、諦(・)め(・)た(・)。

 

 それから暫く、俺は爺さんと暮らしていたが、3年前、爺さんが死んだ。

 

 

☾☾☾

 

 

「―――葬式で久方ぶりに両親に会った。俺の所在をどうするのかという話になったが、両親のところには戻れなくなっていたので、そのまま爺さんの家に中学を卒業するまで住み続けた」

 

「……戻れなくなってた? それは、なんで……?」

 

「別に難しい話ではない。単純なものだ」

 

 そう実に単純。聞けばすぐにでも納得できる内容だ。

 ただ単に―――

 

「―――両親の間に娘(・)が(・)生(・)ま(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)。だから戻るわけにはいかなかった。それだけだ」

 

「………………………………は?」

 

「年齢はわからんが…………そうだな、地球に来て3日目のかぐやよりは育っていた。そして小学生よりは幼く見えた。そのくらいの年齢の娘だ」

 

「……………な、は、え? う、浦野?」

 

「娘が、子供が生まれている。家族が新たに形成されている。それなのに俺という狂人がそこに割り込むなどというのは『可哀想』というものだろう? 俺にはよくわからんが、それで合っているはずだ」

 

「……………待って、ちょっと待って」

 

「家族には気遣いをしなくてはいけない。両親は俺の家族だ。なら俺はあの2人に対して気遣いをする必要がある。だから俺は高校進学を建前にして、それ以後は両親に会わなくていいようにと、こうして上京することに」

 

「―――待てって言ってんでしょっ!」

 

 俺の言葉を遮って酒寄が叫ぶ。

 その顔は、何故か引き攣っている。浮かんでいる感情はおそらく恐怖、だろうな。見慣れたものだ。今さら間違える理由も無いだろう。

 

「どうした、酒寄」

 

「……自分が何を言ってるのか、わかってんの?」

 

「何、とは?」

 

「……両親の娘。あんたが今そう言ったその子がなんなのか、ちゃんと浦野はわかってんのって聞いてるの」

 

 あの娘がなんなのか?

 そんなもの、わかっているも何もないだろうに。

 

「両親が新たにもうけた子供と」

 

「―――だからその子は!」

 

 再度、酒寄は俺の言葉を遮るように叫んだ。 

 何故か、必死に。

 

「浦野の、両親の娘ってことはつまり――――それは浦野の、浦野真太郎の妹。つまりはその子も浦野の家族ってことでしょ? 違うの……?」

 

「……………妹?」

 

 妹。 

 あの娘が、妹? 俺の?

 俺の、家族?

 

「―――…………ああ、そうか。そう、だったのか。あれは、俺の妹だったのか」

 

「……浦野、あんた……」

 

 そうか。あれは家族だったのか。気付かなかった。

 両親の娘とは認識していたのに、そこに俺との関係性を交えて考えることが出来ていなかったな。なんとも馬鹿らしい失敗だ。呆れるしかない。

 あれも俺の家族だというのなら、つまりあれも俺が気遣わなければならない対象だったということだ。見落としてたな。

 てっきりどうでもいい存在と認識していたから、一切顔を覚えていない。失敗した。そうか、あれは家族だったのか。

 

 だが、まあ、別にいいか。

 どうせもう会うことも無い。

 明日で終わりなんだから。

 

「気付いてなかった。酒寄、教示に―――」

 

 ―――感謝する。

 そう続けるはずだった言葉は、酒寄の顔を見て止まる。

 そこにあるのは恐怖の感情。それも特大の。

 目に、表情に、態度に現れるほどの大きな恐怖の感情で、酒寄の全身が埋め尽くされているのが見て取れた。

 

 それを見て悟る。

 どうやら俺は、何かを失敗したらしい。

 

 ―――トントントン。

 

 壁が3度叩かれる。酒寄はそれに驚いたのか、座った状態から跳ねるようにして立ち上がる。だが、その瞳は一秒たりとも目を離せないと言わんばかりに俺に向けられたままだ。

 俺が何かしだすのではないか、そう恐れてでもいるのだろう。多分。

 

 だが今はそんなことどうでもいい。かぐやが呼んでいる。

 

「酒寄、行け。そういう話だったのだろう」

 

「…………そうする」

 

「そうしろ」

 

 俺はそれだけ言って、視線を手元に戻す。

 まだ飾りの数はかぐやの求める規定数へと届いていない。そうである以上は作業を止めるわけにはいかないだろう。俺はハサミを手に取り、また紙を切り出していく。

 

「……」

 

「……」

 

「……じゃあ、あとで」

 

 玄関が開き、閉まる。

 少しの間だが足音は聞こえてこなかった。だが10秒ほど経ってから、隣へ向かう足音が聞こえた。少なくとも表情を取り繕うことは出来たらしい。

 

「……」

 

 ―――チョキン。

 

 ハサミの刃の音が響く中、俺は瞼を下ろし暗闇の中で過去を思い出す。

 あの日、俺が人でなしであると自覚した日のことを。

 

『……』

 

『どうした、車なんて見て?』

 

『……おとうさんと、おかあさんが乗ってる』

 

『そうだな。家が何処かはおれは知らねェが、帰るならもう行かないと暗くなるからなァ』

 

『……』

 

『……』

 

『……』

 

『あいつも、おめェの父親も色々言ってはいたが結局はこうなる。わかりきってた話だ。認めたくなかっただけでよォ』

 

『認めたく……?』

 

『自分の胤(たね)から生まれたガキが人でなしだった。それを認めようともせずに、よくもまァ足掻いたもんだよ』

 

『……あがいたって、なに?』

 

『あァ? そりゃあれだ。あいつもなんかギャーギャー言ってただろ。どこそこに連れてったとか、なにして遊ばせたとかなんとか。そういうのだよ』

 

『……そうなんだ』

 

『おう』

 

『……』

 

『おれ達みたいな人でなしには、居場所なんてねェ』

 

『……いばしょ?』

 

『生きることを、存在することを許される場所だ。この時代のこの国にそんなもんはねェ。もしかしたら余所の国ならあるのかもしれんが、大抵は銃ばかりって聞くからなァ。おれには合わないだろうよ………そもそも海外におれは行けねェからな』

 

『なんで?』

 

『あの女が喧しく喚きまくったからな。「絶対に私を置いて何処かに行くな」ってよ。何年経っても面倒くせェ女だった』

 

『……そう』

 

『おめェもおれと同じだってんなら銃じゃ心に火は点かねェぞ。期待はしねェほうがいい』

 

『そうなの?』

 

『あァ。ヤクザの拠点に突っ込んだ時に撃たれたことがあるけどよ、あれは意味がねェ。なんというか、殺意が遠くて心に来ねェんだよなァ』

 

『そうなんだ』

 

『……』

 

『……』

 

『人ってのはな、怖いとか、わからねェとかって思うことがあると、それを放逐する生き物だ』

 

『ほうちく?』

 

『どっかに放り捨てるって意味だ。人って生き物は臆病なんだとよ』

 

『……なら』

 

『あァ?』

 

『ぼくも、ほうちくされたの?』

 

『さあなァ。おれにはわかりゃしねェよ』

 

『……そっか』

 

『あァ』

 

『……』

 

『……』

 

『おじいさん、おしえて』

 

『あァ? なにをだ?』

 

『なんで、おとうさんとおかあさんは泣いてたの?』

 

『あァ?』

 

『泣くのはいつも夜にリビングでだけなのに。なんで今日は外で泣いてたの?』

 

『知らん』

 

『……』

 

『知るかそんなもん。おれには想像すら出来やしねェよ』

 

『そうなの?』

 

『たりめェだろうが。わかるわけねェだろ、おれもおめェもよ』

 

『……そうなんだ』

 

『あァ、そうだ。わからねェよ、きっと一生な』

 

『……そっか』

 

『そうだ。おれ達はそういうもんだ。忌み嫌われ、疎まれる。そういう生き物だ。この世界にはおれ達の居場所なんてない。おれ達の生きていい場所なんて、存在しない』

 

『……』

 

『どこまで行こうが、どこまで生きようが変わらねェ。―――おれ達は、人(・)で(・)な(・)し(・)だからなァ』

 

『……そっか』

 

 目を開ける。 

 1ヶ月前とは比べようもないほどに雑多な物で溢れた部屋。

 かぐやが望み、集めたおもちゃが、ぬいぐるみが、何に使うのかわからない物が散乱するその部屋で、俺は1人だった。

 当たり前だ。だって俺に居場所なんてないのだから。

 

 父は泣いていた。母も泣いていた。

 当時はその涙の意味は理解できなかった。共感を欠片も出来ない以上、俺にはわからないものだったから。

 でもその表情はハッキリと記憶に残っていた。

 顔を手で覆い、嗚咽を漏らしたあの姿を。手で隠れた隙間から見えた表情を、瞳の色を俺は確かに見た。今でも鮮明に思い出せるほどに。

 数年後に、その意味を俺は調べた。

 爺さんと生活を共にし、ヘタクソだろうとも多少なりと擬態して近くの小学校に通いつつ、人の感情についてを調べて回って、そして知った。

 

 ―――あの時、隙間から覗いた表情には安(・)堵(・)があった、と。

 

 涙を流し、肩を震わせていた両親は、俺を手放すことに対して安堵の感情を覚えていた。

 あの日、俺という人でなしから解放されたことに父と母は心から安堵していたのだ。

 俺の居場所は、2人と同じ場所には無かった。 

 爺さんと同じで、俺には居場所なんて無かった。

 

 大きく息を吸い、吐き出す。心の隙間を誤魔化すために。

 

「明日で、終わりだ」

 

 ヤチヨカップ最終日。

 俺がかぐやと交わした『1ヶ月の協力』という約束の終着点であり、俺の人生の終わりの日だ。

 

 限界なんてとうに過ぎている。

 だから終わろうとしてた。せめて友人の願いを叶えようとした。でもその結果、かぐやに会った。約束をしてしまった。

 死ねない理由を、生きなくてはならない理由を、俺はかぐやと約束することで得てしまった。

 

「でも、それも終わる」

 

 明日で終わり。全部終わりだ。

 居場所なんてないのに生き続けてしまった。

 あの時、あの場所で、爺さんがやらかしたおかげで、あんなわけのわからない出来事があったせいで可能性があるのかもと誤認してしまったから。

 俺にハッピーエンド(そんなもの)は無いと、わかっていたはずなのに。

 

「……本当に、馬鹿な話だ」

 

  


 

 

「よしよしよーし! これで準備オッケー!」

 

 弾んだ声が狭い室内を駆けまわる。少しは落ち着けばいいのに。

 

「片付けしたし、飾りつけも終わったし、料理も並べた。あれは冷蔵庫にしまってる。プレゼントもここにある。―――ふっふ~ん、かんっぺきだね!」

 

「そうかもね」

 

 胸を張り、ドヤ顔で言い放つかぐやに、私は苦笑しながら同意する。

 よくもまあ、ここまで頑張ったものだ。準備時間もそう無かったってのに。 

 

「そんでもって、ジャジャーン! はいしんたろー、これつけてね」

 

「……ああ」

 

 効果音を口で言いながら袋から取り出したのは『本日の主役』と書かれたタスキ。いつの間にそんなもの買ってたんだ? 私は知らないぞそれ。

 

 そんな私の疑問をよそに、浦野は粛々とタスキを受け取りその身にかける。

 その光景を黙って私が見ていると、その視線に気付いたのか浦野が私へと視線を向けてくる。

 だけど、その視線がかち合う前に私は顔を横へと向ける。なるべく自然な動きを心掛けながら。

 

 大丈夫、いつも通りだ。私の表情は普段と変わらない。自然なはずだ。

 ちゃんと意識して表情を作れ。この時間の間だけでも、何も聞いていなかったと自分を騙し切ればいい。かぐやに気付かれないのなら、それでいい。

 大丈夫。私なら、酒寄彩葉ならそれが出来るはず。

 

「よしっ! そんじゃあはじめるよー! 彩葉もはやく座って~」

 

「はいはい」

 

 かぐやに促され、私用の青色の座布団へと腰を下ろす。

 今では当たり前のように受け入れてしまっているが、なんで隣人の部屋に私用の座布団があるんだって話だ。本当に今更な話ではあるけど。

 

「そんじゃま早速、しんたろーの…………えーっと、そういえばしんたろーって今日で何歳になったの?」

 

「17だ」

 

「おー、17歳かぁ。彩葉と同じだね」

 

「多分」

 

「多分!?」

 

 かぐやと浦野のどこかボケた会話を聞き流しながら、さっきの会話を思い出す。

 たまたまとはいえ浦野と2人きりの空間となったので、以前から聞きたかったかぐやと交わしたという『約束』。それを聞こうとして失敗し、気まずくなったので話題を変えて―――ああなった。

 完全に予想外の展開で、もう『約束』がどうとかを聞く気も失せてしまった。

 

 かぐやを見る。笑顔で話しかけている。この後に行うことが楽しみなんだろう。

 浦野を見る。無表情だ。いつも通りなにも思っていないようなそんな――――いや、違うのか。本当に、なにも感じていないんだっけか。

 

『―――俺が、浦野真太郎が頭(・)の(・)お(・)か(・)し(・)い(・)イ(・)カ(・)レ(・)野(・)郎(・)だと』

 

『嬉しい。怒り。哀しみ。楽しい。――――俺はそれらを、共感できない』

 

『俺はずっと、変わることはなかった』

 

 何を考えてるのかがわからなくて、イラついた時があった。

 何を感じたのか、それを読み取ることが出来なくて不安に思った日があった。

 感情のまるで籠らない言葉に、嫌悪を抱いた瞬間が確かにあった。

 

 でも、今はその過去が少しだけ色褪せて感じられる。

 なんでだろうな。

 

「―――ってことでしんたろーの17歳の誕生日を祝うパーティー始めまーす! いえーい!」

 

「……」

 

「しんたろー、いえーい!」

 

「……ああ」

 

 当たり前だけどあの浦野にも家族がいた。両親と、妹(・)。 

 本人の知らぬ間に生まれていたという、血の繋がっているだろう妹。

 

『―――…………ああ、そうか。そう、だったのか。あれは、俺の妹だったのか』

 

 怖かった。

 ハッキリ言って浦野と関わったなかの出来事で、今日のあの言葉が一番怖かった。

 

 話を聞いた限りではあるけど、自身で望んだこととはいえ両親は離れて暮らすことを許可した。そしてその間に両親は子供を作っていた。新しく家庭を築いていた。浦野だけを置いて。

 だから自分はそこには不要だと判断した。そしてそれは、受け入れられた。自分という子供はもうそこには必要ないのだと理解した。

 浦野は、家族のために離れた。血の繋がった家族のはずなのに。 

 

 私なら、どうしただろう?

 あの厳しく、けれどどこまでも正しい母に不要だと思われたら。受け入れるのだろうか?

 

 ―――いいや違う、私はそれを覆そうと行動を起こしただろう。認めてもらうために、無茶をしたはずだ。

 嫌なことは何度も言ったし、何度も言われた。ケンカもした。口も手も出た。

 

 ―――でも、家族だった。

 

 どこまでいっても、私と母は家族であったことに変わりはなかった。

 お世辞にも仲は良くなかったし、現在は連絡もとらずに半ば絶縁状態に近いけど、それでも家族だ。それはきっと、これからも変わらないはずのものだ。 

 

 でも―――

 

「―――……浦野は、違った」

 

 それはなんて悲しくて、苦しいことなんだろう。

 私にはわからない。想像することも出来そうにない。

 そして当事者である浦野も、わからないんだろうな。

 

「お? なんか言った彩葉ー?」

 

「ううん。なんも言ってないよ」

 

「そう? ならいーけど」

 

 私の誤魔化しの笑みに納得したようで、かぐやは追及することもなく脇に置いてあった物を手に取り、自分と私に分けて渡してくる。

 ニコニコな笑顔。とても楽しそうだ。

 ダメだな。私も意識を切り替えないといけない。かぐやに変に気取られたら大変だ。しっかりしろ酒寄彩葉。

 

「じゃあいくよ? せーのっ―――」

 

 かぐやの掛け声に合わせ、私は手元の筒を誰もいない宙へと向けて紐を引く。

 

 ―――パンッ!

 

 私とかぐやの手の中で小さな炸裂音が鳴り響き、いくつもの紙テープが吹き出す。

 クラッカーを使うのなんて、一体いつ以来だろうか? 友達と誕生日を互いに祝ったりすることはこれまでに何度かあるけど、こんな風にパーティーをすることなんて普段ないからなぁ。

 

「おおー! リアルだとこんな感じなんだクラッカー。ツクヨミのと違ってなんか変な匂いすんね」

 

「そりゃ量は少ないとはいえ、一応火薬だからね」

 

「ほへ~」

 

 静かに舞う紙テープを眺めて感心していたのも束の間、かぐやは表情を楽し気なものへと切り替えて場を進行する。

 はず、だったのだけど―――

 

「―――そんで誕生日パーティーって、こっからどうするものなの?」

 

 わかってへんのかーい。

 いや、まあ、冷静に考えればそりゃそうなのかもしれないけども。

 だって宇宙人だし。地球生活も1ヶ月しか経験ないんだし。誕生日を祝うのもこれが初めてなわけだから、わかっていなくても当然では確かにあるけども。

 開始早々なんたるぐだぐだ展開か。

 まったく、よくもそんな状態で誕生日パーティーをやりたいと思ったものだよ。 

 

「彩葉〜?」

 

「あーはいはい。わかったって教えるから、いいからその上目遣いやめなさい」

 

 とは言うものの、誕生日パーティーの流れときたか。私も別に詳しくは知らんぞそんなの。

 

「なんかこう料理食べたりとか、ゲームしたりとか、あとプレゼント渡したりとか……? あ、あとはケーキを」

 

「―――彩葉彩葉彩葉! わかったありがともう大丈夫!」

 

 私が思いつくままに言葉を連ねていると、かぐやが突然遮るようにして口を挟んでくる。

 聞いてきておいて一体何がしたいのかと疑問に思いその表情を伺うと、かぐやは片目を瞑り、唇の前で指を一本立てていた。

 なるほど? つまりは内緒と言いたいわけだ。

 誕生日パーティーでそれを内緒にする意味があるのか、という疑問はあるけど。

 でもまあ、かぐやにとって初めての誕生日パーティーだ。好きにやらせてあげよう。多分主賓の浦野も文句はないでしょ。

 

「ってことでしんたろー! プレゼントあげるねっ!」

 

「……そうか」

 

「そーだ! 彩葉とは別々で用意したから、かぐやも彩葉が何を買ったのか知らないんだ~」

 

 私はかぐやが何を買ったのか知ってるけどね。

 いや、まあ、うん、あれだけども。かぐやの買ったア(・)レ(・)を誕生日プレゼントとして贈るのは未だにどうかと思うけど。

 

 かぐやは背後に置いていたラッピングされた袋に手をやり―――動きを止める。

 

「かぐやのプレゼントから――――いや、あとの方がいいのかなこれ? それともやっぱ先に出した方が嬉しいもん……? どうしよっかな」

 

 悩む様子を見せるかぐや。

 どっちでもいいとは思うけど。それなら私はこうしますか。

 

「―――浦野。これ、私から」

 

 私は自身の足元に置いていたプレゼントを手に取り、それを浦野へと差し出す。

 ただし視線は合わさずに首元付近へと向ける。少し感じは悪いかもしれないけど、生憎と今は浦野の目をまともに見れる気はしない。

 

「……そうか」

 

 それだけ言って受け取る浦野。

 私の態度には何も言う気は無いらしい。気付いてないだけかもしれないけど。

 

「おー! ……ねーねー彩葉? これって今開けたりとかはしないものなの? この時間はプレゼントをあげるだけ?」

 

「そんな厳密なルールがあるなんて聞いたことは無いかな。私のうちだとプレゼントを貰ったらすぐに包装を解いてた覚えがあるし」

 

 私もお兄ちゃんも、いつもワクワクしながらプレゼントを開封していたはずだ。

 懐かしくもあり、どこか寂しくなる光景を少しだけ思い出す。

 お父さんがいなくなってから、酒寄家でパーティーはやらなくなっちゃったからなぁ。

 

「そうなの!? じゃあ開けていいってことだ!」

 

「貰った側の浦野本人がいいならいいんじゃない?」

 

「しんたろー!」

 

「……開ければいいのか?」

 

「うん!」

 

「わかった」

 

 そう言って、包装紙に手をかけ解いていく浦野。

 中身が現れ、それを目にすると手に取ってかぐやの前へと掲げる。かぐやが見たがっていたのがわかったからだろうな、これは。

 

「これって、――――ハンカチ?」

 

「そ、ハンカチ。そこまで高価な物でもないし、あって困るものでもないでしょ?」

 

 デパートでたまたま目についた、というのも選んだ理由としては大きいけどね。

 でも選択肢としては悪くなかったはず。

 だって浦野がハンカチ使ってるイメージ無かったし。それに正直言えば所持してるイメージも無かった。

 だって寝具すら自室に無い男だ。そのくせハンカチは持ってる、とは到底私には思えなかった。それなら一枚くらいあって損はないはずだろう。贈り物にしては悪くないはず。

 

「そっかぁー! ―――よかったね、しんたろー!」

 

「……そうか」

 

「よーしっ! 次はかぐやの番~。すっごいからね。しんたろーも喜ぶに違いないから」

 

「……俺が喜ぶ?」

 

 横目で見ている私の視界の端で、浦野が疑問を呟く。いつものように無表情かつ一切の温度の無い平坦な声で。淡々と。

 いつもなら少しだけ思うところがあるその姿に、今の私はなんとも言えない気持ちになる。

 少なくとも今日の間は、ずっとこんな気持ちでいるしかないだろうな。

 

「ジャジャーン! はいこれかぐやのプレゼント~! どーぞ、しんたろー!」 

 

「ああ」

 

 静かに受け取る浦野と、ワクワクした表情を隠そうともしないかぐや。

 かぐやの目線は、手渡したプレゼントと浦野の顔を往復している。

 なんてわかりやすい子だろうか。

 

「……かぐや」

 

「なに、しんたろー?」

 

「これはかぐやが用意した物なのだろう?」

 

「うん。そだよ」

 

「……それなのに、先程の酒寄の物と同様に中身が見たいのか?」

 

「見てくれるの!?」

 

「……かぐやがそれを望むのならば」

 

「開けて開けてー!」

 

「そうか」

 

 いつもの無表情のまま、包装紙を解いていく浦野。

 そんな浦野の顔をワクワクとした期待の表情でジッと見続けるかぐや。

 

 かぐやは浦野に喜んでほしくて、プレゼントを選んだ。だから反応を楽しみにしている。

 それはわかる。プレゼントを贈る側にとって、それが一番の楽しみと言ってもいいものなのは、私も知ってる。

 でも――――相手は浦野だ。

 

「これは……」

 

 プレゼントの中身を取り出し、眼前に持ち上げて見つめる浦野。

 

 そ(・)れ(・)は、金の髪を月のアクセサリーで飾り立て、柔らかな赤と優しい若草色の着物を身に纏い、太陽のような笑顔を浮かべている。

 そう、そ(・)れ(・)は―――

 

「―――かぐやの、ぬいぐるみ?」

 

「そう! かぐやのぬいぐるみ!」

 

 ―――かぐやのツクヨミでのアバター姿を模したぬいぐるみである。

 

 そう。もう既にツクヨミ公式カフェでのコラボ期間は終了しているが、公式ショップでのグッズ販売は変わらずに行われていたのだ。

 正直店頭で見かけた時にはビックリした。まさか在庫が残ってしまっているからまだ並んでいるのかと邪推してしまったが、ほんの数分店内で観察しただけでも結構な数が売れていた。在庫が余ってるどころか、追加注文が必要そうな勢いだった。かぐやの人気がヤバすぎる。

 

 そんなことはともかく、かぐやが浦野へ贈るプレゼントとして選んだのは『かぐやのぬいぐるみ』だった、というわけだ。

 改めて思うが、すごいチョイスだな。マジで。

 これがいわゆる『プレゼントはわ・た・し』というやつなんだろうか?

 ……いや、そんなわけないか。絶対違うな。うん。

 

「……」

 

 無言でぬいぐるみを見つめる浦野。

 何を考えているのかはわからないが、多分だけど困惑している気がする。

 少なくとも私なら、このプレゼントの意味がわからなくて数秒フリーズすると思う。

 

「……なんでこれをプレゼントに選んだのか、浦野に説明してあげたら?」

 

「えっ、いるかな説明?」

 

「いるでしょ説明」

 

 私は事前に聞いてたからまだわかるけど、浦野からしたら謎プレゼント過ぎるでしょ。

 

「ふっふっふ~、知ってるしんたろー? プレゼントって、その人にとって喜ぶものとか大事なものとかを贈るものなんだって」

 

「……そうなのか」

 

「彩葉が言ってた!」

 

「……なら、そうなのか」

 

 なんでそれで納得した?

 

「だから、これ!」

 

 ぬいぐるみを浦野の手から取り上げて向きを変え、ぬいぐるみの笑顔を浦野へと向けるかぐや。

 リアルのかぐやとツクヨミのかぐや、ダブルかぐやによる笑顔攻勢だ。 

 

「―――大(・)事(・)な(・)も(・)の(・)! しんたろーは、かぐやがすっごく大事だもんね!」

 

「……」

 

 すごい、言い切った。一切の躊躇なく言い切ったよマジで。すっご。ってかこわ。

 かぐやは太陽のように輝く笑顔で浦野へ続けて言う。自身の発言に、なに一つ間違いなど存在しないと確信するかのように堂々と。

 

「外に行くときはかぐやが怪我したりしないようにいっつも周りを見てるし、うちにいる時も最初の頃は水回りとかは絶対に見える場所にいるようにもしてたよね。かぐや知ってるんだから」

 

「……ああ」

 

 え、そうだったんだ。知らなかった。

 あの頃の浦野、ちゃんとその辺気にしてたのか。

 

「階段を上る時も降りるときもそう。荷物で両手が塞がらないようにって、必ずかぐやの片手は空くように荷物持ってくもんね」

 

「転倒時に手が塞がっていると危険だからな」

 

「道路は絶対に手、離さないし」

 

「車が接近中に飛び出そうとした前科がある」

 

「ペットボトルロケット、覚えてる? あの時噴射する水の勢いがすごすぎてかぐやに当たりそうになったとき、すぐに庇ってくれたよね」

 

「庇いきれず結局2人とも水浸しになったがな」

 

「でも、かぐやは嬉しかったよ」

 

「……そうか」

 

「―――だから、これにしたの」

 

 笑ってそう言うかぐや。

 いつもの太陽のような明るい笑顔ではなく、月のように優しく照らすような笑顔で。

 

「しんたろーの好きなものも嬉しいものもわかんなかったけど、しんたろーの大事なものならかぐや知ってるんだから」

 

 まるで慈しむようにぬいぐるみを撫で、浦野へと差し出す。

 もしかしたらなにかしらの想いを託したのかもしれない。

 

「だから、はい」

 

「……」

 

「かぐやだと思って大事にしてね!」

 

「これを、かぐやと……?」

 

「もちろん!」

 

「……そうか」

 

「誕生日おめでとう、しんたろー!」

 

「……ああ」

 

 ぬいぐるみを浦野の手に乗せ、持ち主へと返すかぐや。

 

 笑顔のかぐやと無表情の浦野。

 いつもの光景。いつもの日常。

 そんなこれまでの生活で数えきれないほどに見た景色に、何とも言えない感情が湧いてくるのを自覚しながらも、私はそれをなんとか胸の奥底に沈める。

 

「よし、プレゼントおーわり! 次は、えーっと……」

 

「あれにしたら?」

 

 声をかけ、視線を冷蔵庫へと向ける。

 かぐやにはそれで私の言いたいとは伝わったようで、立ち上がってトタトタと歩いていく。

 浦野はその間、ジッと手の中のぬいぐるみを見つめていた。いつものように無表情で。一体何を考え、何を思って、何を感じてるのか。それとも何もないのか。私には想像することも出来なかった。

 

「じゃっじゃーん!」

 

 かぐやが少し大きめの皿を持ち、戻ってくる。

 その皿の上のものを見て、浦野が淡々と告げた。

 

「ケーキか」

 

「買ってきた!」

 

「そうか」

 

「でも上のはかぐやがやったの!」

 

 白と赤で彩られたイチゴの誕生日ケーキ。中心のチョコプレートには『しんたろーたん生日おめでとう!』とヨレヨレに乱れた文字で書かれている。かぐやの字だ。

 

「かぐやが書いたのか」

 

「うん。でも漢字が難しくて全部は書けなかったけど」

 

「そうか」

 

「でも頑張って書いた! すごいでしょ!」

 

「……そうだな。上達したように見える」

 

「でっしょ~!」

 

 浦野の肯定の言葉にかぐやが嬉しそうな顔をする。

 それもそうだろう。一体何度今の文字を書くために練習したことか。

 いきなり一枚しかないチョコプレートに書いて失敗するわけにいかないので、その前に何度も書かせてみたが見事に読めないものばかり。特に『誕』の字の難易度が高すぎて何を書いてるのかわからなくなっていた。

 そして結局、時間も残り少なかったので説得して最終的には今の形に落ち着かせた。かぐやは若干不満そうではあったけど。本人的には漢字を頑張りたかったらしい。せっかくの誕生日なのだからと。

 

「彩葉!」

 

「はいはい、ちょっと待って」

 

 帰りに買ってきたライターを取り出し、ケーキに刺さったキャンドルに火を点ける。

 赤が1本と青が7本の全部で8本。

 

「いいよかぐや、電気消しちゃって」

 

「ほいほーい」

 

 カチリとスイッチが押されて部屋の電灯が落ち、仄かな火の灯りのみが狭い室内を照らし出すと、小さなちゃぶ台を囲む3人の影が壁に映る。

 

「おおー! 火って暗いとこだとこんな感じなんだね。かぐやこーいうの好きかも~」

 

「……火が好きなのか」

 

「うん。今好きになった」

 

 小さな火の向こう、影の中でかぐやが嬉しそうに笑ったのがわかる。

 この時間がとても楽しいのだと、顔を見ずとも伝わってくる。 

 

「そうか」

 

「そーだ」

 

 浦野はそれに気付いているのだろうか。かぐやが今、どんな気持ちなのかを。

 何故こんなにも楽しそうなのかを、彼は理解できているのだろうか。

 

「そんじゃ彩葉とかぐやが歌うから、しんたろーはそのあとでフーしてね」

 

「……火を消す行為だな。了承した」

 

「彩葉!」

 

「……うん、いつでもいいよ」

 

「―――せーのっ」

 

 息を吸い、かぐやの合図に合わせて歌い出す。

 

「ハッピーバースデートゥーユー――――♪」 

 

「――――はっぴーばーすでーとぅ~ゆ~♪」

 

「ハッピーバースデー、ディア―――」 

 

「―――しんたろー!」

 

「……浦野」

 

 さすがに私は名前では呼べない。

 そもそもDear(親愛なる)なんて関係じゃないし。お互いに。

 

「はっぴーばーすでーとぅ~ゆ~♪ ――――しんたろー!」

 

 2人での歌が終わり、促すようにかぐやが声をかけると息を吐く音と共にケーキ上の火がフッと掻き消える。

 部屋が暗闇に包まれると同時に拍手。

 

「しんたろー誕生日おめでとー!」

 

「おめでとう浦野」

 

「……ああ」

 

 贈った祝福の言葉に対して帰ってくるのは普段通りの温度の無い声。

 きっといつもの無表情のまま、まるでなにも感じていないような態度で――――いや、違うか。

 

 感じていないよ(・)う(・)な(・)じゃない。きっと本当にな(・)に(・)も(・)感(・)じ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)んだろうな。

 

『嬉しい。怒り。哀しみ。楽しい』

 

『美味しい。不味い。美しい。醜い。好き。嫌い。俺はそれらを理解できない』

 

『俺はそれに、共感できない』

 

 それがどういうことなのか、私はまったく理解ができない。

 浦野の言葉は、私にとっては未知の言葉と言っても過言ではなかった。

 だって、意味がわからない。

 喜怒哀楽、私はたった17年の人生でそれを何度も体感している。だって当たり前だ。それは人として持ち合わせているもののはずなんだから。

 

 ―――でも、浦野は違った。

 

 彼はこれまでの人生で、一度もそれを持ち得なかった。

 

「おおー! すごいねこれ! めっちゃ楽しい!」

 

「そうか」

 

「しんたろーは? 楽しい? それとも嬉しい?」

 

「……いや、そういった感想はない」

 

「ぐへー、これでもダメか~…………でもこんくらいじゃ、かぐや諦めないかんね! 絶対一緒に楽しもうねしんたろー!」

 

「……」

 

 暗闇の中で交わされるかぐやと浦野の会話に、つい私は思ってしまう。

 

 ―――可(・)哀(・)想(・)だな、と。

 

 可哀想。ああ、そうだ可哀想だ。やっとこのモヤモヤとした感情に適切な名前を付けられた。

 一体何様なんだと自分自身を攻める気持ちが湧いてくるが、でもどうしても私はそう思ってしまう。

 可哀想だ、と。

 

 自分の思いが、何度も何度も真っ直ぐにぶつけた気持ちが、欠片も届くことのないかぐやを。

 どれだけ共にいようとも、どんなに手を繋ごうとも、思いを受け取れない浦野を。

 

 かぐやと浦野、この1ヵ月ずっと一緒にいるはずなのに心が通うことのない2人が、ただひたすらに可哀想だった。

 

「……」

 

 はたしてこの時間に、意味はあるのだろうか。

 かぐやが願い望み、そして祝うために作ったこの時間は、誰かのためになったのだろうか。

 

 明日はこの1ヵ月の集大成、決戦だというのにそれを切り上げ、プレゼントにこれでもかと頭を悩まし、贈られる側のことを心から思い、とびきり美味しい料理を用意し、苦手な文字を精一杯に心を込めて書いていた。

 

 浦野真太郎という男は、その時間に価値を感じてくれたのだろうか?

 もし、それすらも伝わらないのなら、かぐやは―――

 

「―――かぐや」

 

 低く、冷たい声が暗闇の中で響く。

 浦野の声だ。

 

「かぐや、もうやめろ」

 

「え……?」

 

「意味が無い。無駄な行為に時間を割くべきではないだろう」

 

 まるで冷たい刃のような鋭い言葉が飛ぶ。

 

「俺は楽しくない。嬉しくない。今までも、これからもだ。それは俺が死んだとしても変わることのないだろう事実だ。――――だからもうやめろ。俺にそれらを感じさせようとするのはただの時間の浪費だ。どうでもいいことだ。そんなことをするべきではない」

 

 光のない今の室内では見ることはできないが、きっと今もいつものような無表情で言っているんだろうな。

 何も感じてなどいないあの表情で。

 

 きっともう、私にこれを誤魔化すことはできない。

 かぐやも理解してしまうだろう。浦野にとってかぐやがどういう存在なのか。浦野がかぐやをどう思っているのかを。

 その事実を知ったかぐやの顔を想像するだけで、私の胸の奥がズキズキと痛む。

 せめて今日ではなくもっと別のタイミングで、もう少し優しく伝わるように誘導してあげるべきだったのに。

 

「明日はヤチヨカップ最終日で、最後のチャンスだ。その前日を俺なんかを祝うことに使う必要などどこにもない。パーティーをしたいのなら、それをそのまま理由にすればいい。わざわざその理由を俺にするべきではないだろう」

 

 ごめんね、かぐや。

 私は力になってあげられなかった。

 

「俺がいてもいなくても君が感じる楽しさに変わりなどないだろう。ならば無理に俺と共に過ごす必要はないはずだ。だから」

 

「―――しんたろー」

 

 浦野の声を遮って、かぐやが名を呼ぶ。

 何を言うのか、何を思ったのか、私はそれを想像して気分が沈んでいく。

 もう悲しい結末しかないのだとわかる。もう今までのように薄氷の上で笑う時間は訪れない。この先に明るい結末は有り得ない。

 

 と、そう思っていたのだが―――

 

「―――なに言ってるのしんたろー? なんかさっきからすっごい変なこと言ってるよ、かぐや全然意味わかんない」

 

 あっさりと、かぐやは軽くそう言った。

 

 え、今なんて言った?

 

「…………なに?」

 

「だから、よくわかんない。しんたろーが言ってることすっごい変だよ?」

 

「……変、とはどういう意味だ?」

 

 疑問を投げかける浦野。そして内心で静かに困惑する私。

 私も聞きたい。浦野の言葉の何が変なのか。

 

「変だよ。だって―――」

 

 言葉の途中で立ち上がる音が聞こえ、そして少し離れていく。足音の向かう先は壁際のスイッチの方だ。 

 

「だって、――――しんたろーが一緒にいたら、かぐやすっごく楽しいよ」

 

「……は?」

 

 カチリと音がして、室内を光が照らす。

 

「だーかーら、しんたろーと一緒に遊んだり、動画とか配信とかしたり、今みたいにこうしてパーティーするの、かぐやめっっっっっっっちゃ楽しくて嬉しい! って話。しんたろーがいなかったらこうはなんないよ?」

 

 暗闇に慣れた目ではとても眩しく思えてしまう空間で、かぐやは堂々とそう言った。

 

「………………なにを言ってる?」

 

「もう、だから言ってるじゃん! 『しんたろーがいてもいなくても変わらない』ってさっき言ってたやつのこと! そんなわけないじゃん! 楽しくないよそんなの! しんたろーがいなかったら全ッ然今と違うに決まってるでしょ?」

 

「…………」

 

「それにその前のも変。ムダじゃないもん。かぐやはパーティーがしたかったんじゃないの。し(・)ん(・)た(・)ろ(・)ー(・)の(・)こ(・)と(・)を(・)お祝いするパーティーがしたかったの! そこ全然違うから勘違いしたら怒っちゃうよ!」

 

「…………」

 

「あといっちばん変なのはっ! しんたろーのことを楽しませようとしてるのがムダってやつだからねっ! ぜっっっっっったいにムダじゃないから!」

 

「……いや、だが俺は」

 

「―――今は! 今はわかんないかもしんないけど、これからもそのまんまなのかはわかんないじゃん! かぐや頑張ってしんたろーも絶対にわかるようにしちゃるもん!」

 

「…………」

 

「さっきも言ったけど、かぐや諦めないからね!」

 

「…………」

 

 天井を見上げる。光が眩しい。でも今の私には何故かその光が太陽に見える気がした。

 明るく、暖かい太陽が。

 

「わかったしんたろー? だからちゃんとこれからも一緒にいてね」

 

「……待て、それは、おかしいだろう」

 

 浦野の返答に、かぐやはパチクリと目を瞬かせる。

 

「おかしい?」

 

「ああ、おかしい。俺の有無で楽しさが変わるのはまだ理屈としてわかる。確かに人数の多寡によって状況が異なる可能性がある以上は、俺という存在の有無で楽しさが変化するのだろう。――――だがそれは、俺である必要はないはずだ」

 

「……なんで?」

 

「かぐやの言う楽しいも嬉しいも共感できない俺でなく、例えば、芦花や真実、だったか。あれらが俺の立ち位置にいたならどうだ? その状況はかぐやにとって楽(・)し(・)い(・)も(・)の(・)だと推測するが」

 

「うん。芦花たちが一緒なら楽しいと思うだろうけど……?」

 

「ならば俺がそこにいる必要はない。つまりはそういうことになるな」

 

「なんないけど?」

 

「…………」

 

 その即座の返答に止まる浦野。 

 そして知ったことかと言葉を続けるかぐや。

 

「いや、なんないよ。だってしんたろーと芦花と真実は違うし」

 

「……そうだな。俺はあの2人とは明らかに異なる。故にかぐやの言う楽しいの質もそれらと共にいる場合の方が高いものになるな」

 

「なんで……? 芦花も真実も好きだけど、しんたろーのほうがかぐやはもっと好きだよ?」

 

「……………………は?」

 

「芦花にメイク教わるのは楽しいし、真実と色んなとこでごはん食べるのも楽しい。2人とゲームした時ももちろんめっちゃ楽しかったよ」

 

「……ああ、だから」

 

「―――でも、2人よりもしんたろーのことが、かぐやは好きだよ」

 

「…………」

 

 不思議そうに小首を傾げ、当然のように言い切るかぐや。

 そんなかぐやを前にしていつもの無表情のまま沈黙する浦野。何も感じていなそうなその顔が、不思議なことに何故だか今は困惑に満ちているように私には見えた。 

 

「……だがそれならば、もしも俺よりも好きな相手、というのがこの場にいたならそれで」  

 

「―――たらればじゃん、それって」

 

 浦野の声を遮る声が響き、その声を辿るようにして浦野が視線をかぐやから滑らせる。私に向けて。

 視線が絡み合ってから自覚する。『あ、今の私が言ったのか』と。

 ならいいか。口を出してしまったのなら、いっそ言いたいことを全部言っちゃえばいいんだ。

 

「今、この場にいるのは私とかぐや、そして浦野の3人。それ以外には誰もいない。なのにもしもの話をする意味なんてないでしょ」

 

「……いや、そんなことはない。意味はある」

 

「ないでしょ。そもそも浦野がいなきゃパーティー自体がないんだから。今日が誕生日なのは浦野でしょ?」

 

 言葉をぶつける。内心の思いをぶん投げるつもりで。

 怒りとかモヤモヤとか、なんかぐちゃぐちゃしたものを言葉に練り込んで全力で投げつける。

 もう考えるのもめんどくさい。知ったことか。全部ぶっ飛ばしてやる。

 

「……ならば誕生日が今日の別人がここにいたなら、それで」

 

「その誕生日が今日の人よりも、かぐやは浦野のことが好きだって話でしょ。違った?」

 

「ううん、彩葉が正解。そのとーりだよ」

 

「ほら合ってる」

 

「…………」

 

 浦野が無表情のまま沈黙する。

 よし勝った。気分いいなこれ。なんかスッキリする。ざまあみろ。

 決して普段口にしないことを内心で言ってストレスを解消する。

 そう、ス(・)ト(・)レ(・)ス(・)だ。私は今、めっちゃストレスが溜まっていた。

 

 明日は模試だってのに勉強の予定がつぶれ、友人でもない相手のプレゼントに頭を悩ませて、かぐやが傷つかないように気を張るはめになったりして、私は今日だけでめっちゃストレスが溜まった。 

 それもこれも浦野が悪い。親に手放されたとか、自分が知らぬ間に妹がいたとか、そもそも妹と認識してなかったとか、わけのわかんない話をした浦野が悪い。

 

 ……いやまあ、その身の上話を要求したのは私だけど。

 だからその点は別に浦野は悪くないか。八つ当たりだなこの部分は。そこは反省すべし。理不尽な怒りはよくない。

 

 だが、それはともかくとして、この1ヵ月で溜まりにたまった浦野に対するストレスは別だ。それはいっぱいある。

 動画や配信でのやらかし。日常生活での意識の違い。気を許したわけでも無い異性との食事。それになにより随所で私をイラつかせてくる言動、および行動。

 それを今、一気に解消できた。最高の気分。すごいスッキリ。なんかテンション上がってきた。

 

「とーもーかーく! そーいうわけだから、しんたろーはこれからもかぐやと一緒にいてね。かぐやの隣がしんたろーの居場所なんだから。わかった?」

 

「……………………………………居、場所?」

 

「居場所。あったりまえじゃん。しんたろーは、ずっとかぐやの傍だからね」

 

「…………俺の、居場所?」

 

 何かを呟き、そして固まる浦野。

 その表情が変わることはなく、言葉も震えたりはしない。見る限りでは普段通りの浦野真太郎だが、ただ1点、瞬きだけが何故か多かった。

 

 この1ヵ月一緒にいて初めて知ったが、あれが浦野の困惑の表現っぽいな。わかりづらい。

 

「―――もちろん彩葉のこともかぐやすっごく好きだからね! ずっと傍にいてね!」

 

「えっ!? あっ、うん…………そう、ですか、はい……」

 

 あービックリした。いきなりこっちに振ってくるんじゃないよ。思わず心臓が跳び跳ねたじゃん。

 動悸が激しくなったのを誤魔化すように胸を抑えていると、かぐやが何かを思いついたかのように手を叩く。

 

「あっそうだ! ねえ、もっかいさっきのやろ! 今度は3人で!」

 

「さっきの? かぐや、それって……?」

 

「ケーキの火を消すやつ。3人でやろ! その方が絶対さっきよりも楽しいって!」

 

「はい?」

 

 え、ごめん、まるで意味がわかんないんだけど? 

 

「だからね彩葉。今度は3人で歌って、3人でフーして、3人の誕生日を祝うの! どう、めっちゃいい考えじゃない?」

 

 ニコニコと笑顔で告げるかぐや。

 そんな名案だ、みたいに言われても困る。私からしたら迷(・)案としか思えないし。

 

「……いや、あの、私は誕生日今日じゃないんだけど?」

 

「かぐやもだよ」

 

「いや、あんたはそもそも誕生日いつって話でしょうが」

 

「あ、そっか。それじゃえっと…………かぐやが地球に来た日にしよ! だから、えっと、7月5日だっけ?」

 

「……12日だよ。3連休前だったからしっかり覚えてる」

 

 むしろ忘れられないっての。なんたって7色に光る電柱だぞ? しかも赤ちゃん入り。意味不明過ぎて一生覚えてるっての。

 

「じゃあ12日がかぐやの誕生日ってことで! ちなみに彩葉はいつ?」

 

「……5月11日だけど」

 

「わかった、覚えとくね!」

 

 いいよ別に、そんなの覚えてなくても。

 

「ってことで、お祝いできてなかった彩葉とかぐやの誕生日もしんたろーとまとめてお祝いしよー! そうしたら絶対楽しい! ね?」

 

「はいはいわかったから、そう詰め寄ってくるんじゃないの。それに私じゃなくて浦野に言いなさい。このパーティーの主賓はそっちなんだから」

 

「たしかに――――どうしんたろー、かぐや達も一緒にお祝いしていい? …………しんたろー?」

 

「どうしたの浦野…………浦野?」 

 

 かぐやが声をかけるが、反応を示さない浦野。

 一体どうしたのかと私も声をかけるが反応なし。変わらずにジッと動きを止めている。視線はさっきまでと同様に私とかぐやの間を真っ直ぐに突き抜けたままだ。

 不安そうな顔のかぐやが浦野の腕に手を当て、呼びかける。

 

「しんたろー、やっぱり嫌だった……?」

 

「…………かぐや?」

 

「ごめん。しんたろーのお祝いなのに、変なこと言っちゃったもんね……」

 

「……なんの話をしている?」

 

「なんのって……」

 

「浦野、今の聞いてなかったの?」

 

「今の? 何か話していたのか?」

 

「そりゃ、してたけど……」

 

「しんたろーのお祝いにかぐや達も一緒に混ざっていいかな、みたいな話してたよ」

  

「そうか…………かぐやはそれをやりたいのか?」

 

「うん」

 

「それは楽しい、からか?」

 

「うん!」

 

「……それは俺がここにいることも関係している、のか?」

 

 その言葉はどうやら予想外だったようで、ポカンと口を開けて動きを止めるかぐや。

 だけどすぐに笑顔に変わり、楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「そりゃそうだよ! しんたろーが一緒じゃないと意味ないし! だからやろっしんたろー!」

 

「…………そうか。では好きにするといい。かぐやの望むようにやるといい」

 

「マジ!? ありがとね!」

 

「……ああ」

 

「彩葉、しんたろーから許可もらったー!」 

 

「はいはい」

 

 おざなりに返事をしながら横目で浦野の様子を窺う。

 特に変なところのない、いつもの無表情のままでジッとかぐやを見ていた。

 なんだろう、かぐやの宣言にビックリして話を聞いてなかっただけっぽいのかな? 相変わらずよくわかんないけど。

 

「かぐやのキャンドルはピンクにしよっかなー。彩葉は?」

 

「私は、じゃあ余ってる緑のでいいよ。――――ああ、1本だけでいいからね、私もかぐやの分も。本当は今日は誕生日じゃないんだから」

 

「えー」

 

「えーじゃないの。メインは浦野なんでしょ?」

 

「……たしかに!」

 

「はいはい。じゃ、火を点けるよ」

 

 再度ライターを手に取って、ケーキにさっきまでよりも多くの数が突き立てられたキャンドルに点火していく。

 赤が1本と青が7本に追加でピンクと緑のが1本ずつの合計9本。

 なんだこの誕生日ケーキ。色合い歪すぎじゃない?

 

「電気消すねー」

 

 カチリとスイッチの音がして、また室内が暗闇に包まれる。

 かぐやが自身の座布団へと座った音と、手を叩いた音が聞こえる。あと見えないけど多分自慢げな顔も見える気がする。 

   

「よーし。そんじゃま、もっかいだね! 今度はしんたろーも一緒に歌ってね。そのあとは皆で一緒にフーだから。彩葉も大丈夫?」

 

「いいよ、私は」

 

 言外に浦野はどうなのかと口にし、浦野の顔のある場所に向けて視線をやる。

 小さく揺れる火では顔全体を照らすことはできないので、あまりその表情を窺いきれるものではないけど、チラリと見えた顔はいつも通りだった。

 

「……ああ、かぐやの指示に従おう」

 

「ホント? よしっ、じゃあいくよ。せーのっ――――」

 

 合図に合わせて息を吸い、綺麗に重なるよう意識して音を出す。

 今だけは、この喉はただの楽器だ。

 

「ハッピーバースデートゥーユー――――♪」 

 

 私の歌が響く。

 

「――――はっぴーばーすでーとぅ~ゆ~♪」

 

 かぐやの気持ちが乗った楽し気な歌が広がる。

 

「ハッピーバースデー、ディア―――」 

 

 浦野の朗読じみた歌が重なる。

 3つのバラバラな声が、一つのリズムに無理矢理押し込まれている。

 ひどい歌だ。こんなの絶対に他人には聞かせられない。もし聞かれたら羞恥で死んでしまいそうになるかもしれない。

 でも―――

 

「―――かぐやと彩葉としんたろ~♪」

 

 かぐやの若干早口な歌が、まるで引っ張るようにして先へと進む。

 

「ハッピーバースデートゥーユー―――♪」

 

「はっぴーばーすでーとぅ~ゆ~♪」

 

「ハッピーバースデートゥーユー」

 

 歌い終わり、一瞬の静けさに沈む。そして――――

 

「―――せーのっ」

 

 息が吹きかけられる音と共に、キャンドルの火が消える。

 

「……」

 

「……」

 

「ぷっ」

 

 訪れた暗闇の中で、吹き出す声が聞こえてくる。 

 かぐやだ。

 

「あははははっ! すごいこれ! めっちゃたのしーね! 自分で消すのかぐやめっちゃ好きー!」

 

 笑ってる。心の底から楽しそうに。

 明かりが消えたので顔は見えないけど、脳裏にはその姿が鮮明に思い浮かぶ。 

 

「あっはははははは! もうサイコー! 誕生日めっちゃ楽しい! あははははっ!」

 

 本当に楽しそうだな。

 はじめての誕生日パーティーは宇宙人のお気に召したらしい。

 

 そして――――

 

「―――くっ」

 

 ああ、ダメだこれ。

 我慢は出来そうにない。

 

「ふふっ、はははは!」

 

 響く笑い声が二つになった。

 かぐやと、私の。

 

 もうダメ。マジで無理。これっぽっちも笑いが止まる気がしない。

 

「ははははっ、なにこれもうマジでさぁ!」

 

 事前に立てていた夏休みの予定はボロボロになり、明日は模試かつプロゲーマーとゲーム対決がある。しかもそれなのにこうしてパーティーなんかしたりしてるし、さらには自称宇宙人と何考えてるのか全然わからない友達でもないよくわかんない関係の隣人とこうしてケーキを囲んで、一緒に歌って一緒に火を吹き消した。

 

 もうわけがわかんなすぎて、私は笑うしかなかった。

 笑い過ぎてお腹が痛い。

 

 あーマジでもうこんな馬鹿みたいなことしてるってのに、楽しいなぁもう。

 もうなんでもいいや。考えるのめんどくさい。もう今日はノリのまま過ごしちゃえ。

 

「かぐや電気点けて! ケーキ食べよケーキ!」

 

「よしきた! ちょい待ってー」

 

 カチリという音と共に室内が明るく照らされる。

 立ち上がって壁際にいるかぐやと、座ってお腹を抑えてる私。そして、何故か自分の頬を確かめるように触れている浦野。

 浦野の変わった行動に気付いたかぐやが、楽し気な雰囲気のまま声をかける。

 

「どったのしんたろー、なんかほっぺに付いちゃった?」

 

「……かぐやは今、楽しいのか?」

 

「うん! めっちゃ楽しい! 毎日誕生日でもいいかも!」

 

「……酒寄も、楽しいのか?」

 

「明日起きたら後悔するんだろうなってくらいには楽しいかもね」

 

「……そうか」

 

 それだけ言って手を下ろし、黙り込む浦野。

 相変わらず何を考えてるのかわからない。わからないけど、いつもとは違ってイラつきはしない。

 だから、このテンションが上がってる勢いのまま、ちょっとだけ突っついてやろうと思う。たまにはいいでしょ。いつもかぐやと一緒にわけわかんないこと言ったりやったりして私のこと困らせてくるんだから。 

 

「―――浦野のおかげだね。浦野がいたから今めっちゃ楽しい」

 

「……は?」

 

 さっき自分がいなかったら、とかなんとか言ってたし、こう言われるのは予想外でしょ。たまには私みたいに困ればいいんだ。

 

「それそれ! かぐやもそれ! しんたろーが今日誕生日だったから、かぐやも彩葉もすっごく楽しいよ! ありがとねしんたろー!」

 

「………………俺は何もしていない。ただ、ここに居ただけだ」

 

 その言葉に、かぐやは今日一番といってもいいくらいに満面の笑みで答える。

 

「うん。しんたろーが一緒に居てくれたおかげ!」

 

「……………そうか」

 

「そーだ!」

 

「……」

 

 沈黙する浦野。

 黙り込んで何を考えているのか、それは私にはわからない。

 今までだったら、きっとその事実に私は少なからず苛立ちを感じていただろうな。

 友達でもない相手がすぐ傍にいる状況、そのくせ相手が今何を考えているのかが少しもわからない。これまでずっとそんな状況だったから地味にストレスを感じていた。

 

 ―――でも多分、今日からは違うんだろうな。

 

 私は今日、浦野真太郎を少しだけ知った。

 本人の言葉だけだし、そもそも事実なのかもわからない。だけど、確かに私は浦野を知った。

 決して理解できる話ではなかったけど、彼はそういう人なのだとはわかった。

 わからないというのが、わかった。

 だから多分、もうわからない事実にイラついたりはしないと思う。浦野はよくわからない相手だって、今の私は知ったから。

 

「だからもう、嫌いって言葉は言えないんだろうな」

 

 好感を持てる相手じゃない。友達になりたいと思える相手でもない。思考回路が多分根本から違う相手だ。だから苦手ではある。でも――――嫌いには、もうなれない。多分。きっと。わけわかんないことをしまくったりしなければ。

 

「ケーキ切ったよー。これが彩葉ので、こっちのがしんたろーの。プレート付きだよ~」

 

 包丁を持ったかぐやの声に、思考を止め向き直る。

 やめだやめ、今日はもういいの。久しぶりのパーティーを楽しめばいい。明日なんて忘れちゃえ。もう知らん。模試の一回くらい誤差だ誤差。ヤケ食いしちゃえ。

 

 そんないつもなら絶対に考えないことを思いながら、私はケーキを口いっぱいに頬張った。




絶賛☆大☆混☆乱☆中☆/浦野真太郎
 『この世に人でなしの居場所はない』。それはオリ主くんが知っている世界の真理。絶対的に正しいもの。間違いなどあるわけがないもの。人の世界に自分は居てはいけないのだ。
 だがそんなこと、かぐやは知ったこっちゃねえのである。
 オリ主くんにとって、人生で2番目にビックリすることを言い出されて完全に思考停止。ちなみに3、4番目は電柱から赤ん坊が出てきた時と赤ん坊が夜中にいきなり大きくなって少女になってた時。
 友人であるヤチヨの意識外からの攻撃でダメージを抱え、宇宙人であるかぐやに真正面からぶち抜かれかけるも『いや、相手は宇宙人なんだからそこまで深刻に捉える必要はない』と自分を誤魔化そうとしてると、最後に優しい『人』な彩葉にダメ押しされる。それがうちのオリ主くん。
 精神的な防御は完全に剥がされた。これでもうかぐやの『嬉しい』『一緒にいて楽しい』『好き』などの攻撃を『いや俺、人でなしだから関係ないしな』で受け流せなくなった。
 さあ、これからどうするオリ主くん?

初誕生日パーティー/かぐや
 超楽しい。そんな一日。ただ、祝う相手を楽しませたり笑わせたりすることが出来なかったのが心残り。来年は絶対に笑わせる。そんな覚悟の日でもあった。
 オリ主くんが自分を大事にしているのは前から知ってた。不器用だし不愛想だけど、ずっと頑張ってるのは隣でずっと見てたから。だからプレゼントはこれしかないと確信した。
 見本として家に届いたものでなく、わざわざ買ったのは『自分で買ったものを贈りたい』と思ったから。誕生日プレゼントってこういうものなんだよね? とのこと。
 ちなみに模試とはどういうものか、と問うたなら『夏期こーしゅーみたいなのじゃないの?』と答えを返しただろうかぐや。残念ながら模試についての詳しい説明を誰もしていないのである。
 明日は決戦。目指せヤチヨカップ優勝。

ヤケ食い中/酒寄彩葉
 1ヵ月一緒にいた。でも何も知らなかった。そんな関係。どこまでいっても隣人なのだ。
 1ヶ月前に嫌いだと言った。それは事実ではあるけど、多分もう言えない。そんなチョロい自分がちょっとだけ嫌になる彩葉であった。
 ストレスゲージが溜まり切ったところにオリ主くんの過去回想である。もう全部吐き出したくなっても仕方なし。色々あったんだし、今日くらいはちょっとだけ突っついちゃお。がとどめの一撃になったとは知らない彩葉である。無表情なオリ主くんが悪い。
 久しぶりのパーティーに、幼いころに家族皆で祝った自身の誕生日パーティーを思い出した。
 お母さん。あの時は珍しく写真撮るの下手だったなぁ。

ニコニコ笑顔/月見ヤチヨ
 鼻歌を歌いながらFUSHIと一緒にケーキを囲んで楽しい誕生日会中なヤチヨ。FUSHIは別に楽しくはない。
 ツクヨミ運営から、かぐやいろPチャンネル宛と誤魔化してプレゼントを贈るかどうかを本気で悩んでいたが、さすがに自重した。「彩葉にも贈ってないだろ」と説得をしたFUSHIのファインプレーであった。
 明日は楽しい竹取合戦。こっそり宙空カメラのプログラムの準備は万全。本番時には最高のアングルで撮影が可能だと太鼓判を押すツクヨミ管理人。仕事しろ。
 ライブまであと少し。今からその時が楽しみ。
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