ヤチヨカップ終了まであと少し。そんな時に届いた首位のチームからの挑戦状。
対決に備え、それぞれが行動しようとしたときに発覚したオリ主くんの誕生日。
誰もが予期しなかった誕生日パーティーで言われた言葉に、ただ固まるしかなかったオリ主くん。
ザーザーとシャワーから冷たい水が流れ落ちる。
寝起きで汗に塗れた身体と、くだらない余計な思考を流し落とすためにも頭からそれを被る。だが汗は流せても、脳裏を木霊する言葉が途切れることはなかった。
『だって、――――しんたろーが一緒にいたら、かぐやすっごく楽しいよ』
違う。そんなわけはない。
俺が一緒にいるからなんだと言うんだ。そんなことに意味は無い。あるわけがない。
それは、絶対に間違っている。
『わかったしんたろー? だからちゃんとこれからも一緒にいてね』
必要は無い。俺に価値などない。あるわけがないだろう。
俺は人でなしだ。生まれた時からそうだ。そしてこれからもそうだ。俺は、俺だ。そんなものと共にいる意味などどこにもありはしない。
そもそも俺に居ていい場所などこの世には――――
『しんたろーはこれからもかぐやと一緒にいてね。かぐやの隣がしんたろーの
「…………違う」
―――存在しない、はずなんだ。
昨夜の言葉を否定する。
かぐやは誤っている。あの言葉は間違いだ。正しくない。
あれを人に向けて口にしたというのならば問題はない。だが、かぐやは俺に対して口にした。
思考が違う。心の形が異なっている。同じなのは外側だけだ。人の
俺は最初から、人とはどうしても違うものだ。
「……いや、かぐやも、そうか」
あの金の少女も人ではない。
比べるまでもなく、生まれも育ちも異常な存在だ。
その精神性が、在り方が、まるで人のようであるように見えるだけで、確かにかぐやも『人でないもの』だ。
ならば、これまで気付けなかっただけで彼女もどこか人とは異なっている部分があるのかもしれない。
そうだ。そうに決まっている。でなければおかしい。
そうでなければ、あんなわけのわからないことを言うわけがない。
当たり前だ。人が、俺に対してあのようなことを思うわけが――――
『―――浦野のおかげだね。浦野がいたから今めっちゃ楽しい』
「……違う」
まるで俺の考えを否定するかのように、酒寄の言葉が脳裏をよぎる。
人である酒寄が、嫌悪を、恐怖を確かに俺に対して抱いていたはずの酒寄が、俺という存在を肯定した言葉が、何度も何度も思考を邪魔するかのように脳内を掻きまわしてくる。
『うん。しんたろーが一緒に居てくれたおかげ!』
うるさい。黙れ。
くだらない言葉を囀るな。
『しんたろーのことが、かぐやは好きだよ』
そんなこと、あるわけがないんだ。
☆☆☆
浴室から出ると、ちょうどそのタイミングで玄関扉が開いた。
濡れた頭をタオルで拭きながらそちらを見ると、やはりそこには合鍵を手にしたかぐやがいた。
「しんたろーおふぁよ~……」
昨日までと同じように、この1ヵ月の間ずっと続けてきた挨拶をしてくるかぐや。
少し眠たげに瞼を下げたその表情に不自然な部分は特にない。いつも通りのかぐやだ。
昨日、あんなわけのわからないことを口にしたとは思えないくらいに。
「……ああ」
「む…………お・は・よ・う!」
「……おはよう、かぐや」
「よしっ!」
催促されて挨拶を返すと、頷きと共に笑顔を返してくる満足げなかぐや。
何故そんなことで笑顔になるのか、何故嬉しそうにしているのか。不思議と今はそれが気になった。なんてことのない、いつもの光景だというのに。
そうしてかぐやを見ていると、興味深そうな瞳でこちらに近寄って手を伸ばし、俺の胸に指先で触れてくる。
「これ、痛くないの……?」
脇腹から真っ直ぐに伸びた傷痕の表面をなぞりしながら問うてくるかぐや。
そういえば、こうして俺の体をかぐやにハッキリと見られるのは初めてだったか。
「ああ。今は痛くない」
「痛い時もあるの?」
「天候などの影響を受けることはある」
「そっか……」
眉尻を下げながら、俺の体に残った傷痕に触れていくかぐや。
大小様々なそれに一つ一つ丁寧に触れ、何故か撫でるように手を動かしている。
「なにをしている?」
「痛くならないように、って念を込めてる」
「そうか」
意味がわからん。
なにか効果があるとは思えないが、もしかしたら宇宙人にはそういう能力があるのか? わからんな。
「なんでこんなに、いっぱいあるの?」
「傷か? 修練の結果だ。特になにかあったわけではない」
「しゅーれん?」
「……今はもうしていないが剣の修行だ。あるいは鍛錬、または訓練、勉強などと言えばいいだろうか。それで伝わるか?」
「剣……」
かぐやはポツリと俺の言葉を反芻すると視線を逸らし、押し入れへと意識を向けた。
正確にはその中にしまってある木刀に、だろうか。
「……しんたろーはなんで、剣の勉強をしてたの?」
何故、か。
「それ以外に無かったからだ」
「無かった?」
「ああ、そうだ」
浦野真太郎に価値は無い。
故に、俺の行いには何一つとして意味のあるものはない。その人生に意味は無い。
だけど、それは何も積み上げることが出来ない、というわけではない。
「剣は、俺が唯一積み上げたもの。俺が唯一手に入れたものだ」
汗を流し、血を撒き散らしながら研鑽を続け、鍛えぬいたもの。
価値も意味もない俺が、ただ一つ積み上げ続けてきたもの。
より良い殺し合いをするために。その一心で磨き上げたもの。
剣とは、俺のこれまでの人生を証明するものだ。
「もっとも、既にそれは手放しているも同然ではあるがな」
「……そうなの?」
「ああ。先ほども言ったが、もう修練はしていないからな」
爺さんが死んで斬り合う相手もいなくなった。
爺さんの教えに従うと決めたあの日以降、俺には手当たり次第に誰かに剣を向けるという行為が選択肢から消え失せた。
爺さん以外の
刃を向ける相手がいない。ならばそれ以上に鍛える意味は無い。
ツクヨミに触れたあの日までは惰性で続けてはいたが、あれ以来生身では碌に剣を手に取ってはいない。
それこそ、1ヵ月前にかぐやが急成長をした時に俺が酒寄の部屋へと飛び込んだ時くらいだ。
「じゃあ、もう増えないんだね」
「そうだな」
「そっか。よかった」
「……」
何故、そこで安堵の表情を浮かべる?
何故、俺の体にこれ以上の傷が増えないことを喜んでいる?
わからない。
わからない。
わかるわけがない。
『しんたろーのことが、かぐやは好きだよ』
俺には、わからないはずだ。
「……かぐや」
「ん? なにしんたろー?」
「着替える。そろそろ離れろ」
「あっ、そっか、ごめん。寒かったよね」
謝罪を口にして離れていくかぐや。
それに背を向けて着替えを手に取り、衣服を身に纏っていく。
その間も背中に視線を感じてはいたが、俺が振り返ることはない。呼びかけられてもいないのだから当然だ。
かぐやも途中で朝食の準備をするために台所の方へと向かおうと足を動かし始めて――――すぐに止まった。
「あ」
なんだ?
何に気付いた?
着替え終わってかぐやへと視線を向けると、トテトテと歩いて壁際へと歩いている姿が見えた。その先にあるのは――――
「―――えー、すごい! これしんたろーがやってくれたの!?」
「ああ」
「マジで!? すごい、めっちゃかぐや嬉しい!」
「そうか」
そこまでの反応を示すようなことではないと思うのだがな。
喜色を浮かべているかぐやを内心訝しみながら眺めていると、足音が聞こえた。
その足音の主は玄関前まで移動し、そして扉をゆっくりと開いてから、言葉を発した。
「…………………おはよう」
「おはよう、酒寄」
何故か顔を若干青ざめさせながら、挨拶をしてくる酒寄。
なんだこいつ。
なんで朝からこんなに調子が悪そうなんだ? 昨日は勉強もせずに散々笑って料理もケーキも大量に食べていただろうに。
今日は模試のはずだが、これでまともに受けられるのか?
「彩葉彩葉ー! 見てこれ! すっごいかわいいの!」
「ごめんかぐや、私は今めっちゃ後悔をしてるとこなの……ほっといて……」
「そーゆうのいいから、こっちこっち!」
「そんな~」
口で抵抗する酒寄を意に介すことなく、その腕を取って引っ張っていくかぐや。
連れて行った先、かぐやが見せたいものとはもちろん
「―――え? なんでかぐやのぬいぐるみが
「すごいでしょ! かわいいよねこれ!」
昨日、かぐやが俺に対して誕生日プレゼントとして贈ってきたかぐやのぬいぐるみである。ベビー布団に包まれている状態の。
「……いや、え? なにこの状況…………浦野なにしてるわけ?」
「寝かしている」
「……それは見たらわかるっての。そうじゃなくて、なんでぬいぐるみを寝かしてるのかって私は聞きたいの」
「かわいいからじゃない?」
違う。
そもそも『かわいい』は俺にはわからん。
「昨日かぐやは言っていた。『かぐやだと思って大事にしてね』と」
「……あー、うん。言ってたかもね」
「かぐやは言った気がする!」
「ああ、言っていた」
「……」
「……」
「……で、続きは?」
「以上だが」
俺の返答に額を抑える酒寄。
突発性の頭痛かなにかが発生でもしたのだろうか。
「……なんであのぬいぐるみをかぐやと思うと、こうして布団に寝かすことになるわけ?」
そんなこと、なんでもなにもないだろう。
「かぐやは布団で寝かすべきだからだ。故にあのぬいぐるみにも同じ対応をした。幸い布団はあったからな」
「かぐやの布団! ここで寝てたの懐かしいよね~」
以前にかぐやが赤ん坊だったころに使用していたベビー布団。まさかまた活用する日が来るとは思っていなかった。人生なにがあるかわからないものだ。
「……ちなみに、浦野の布団は?」
「無い」
この部屋にある寝具は、今ぬいぐるみが寝ているベビー布団以外には無い。
「……なんで家主が床で、ぬいぐるみが布団なのよ……」
「しんたろーが変わってるからじゃない?」
「納得……」
それで納得するのか。
いや、正しいとは思うので異論は何もない。むしろ肯定する。
そうだ、俺はおかしい。異常だ。ここにあるべき存在ではない。
それが正しい認識だ。
「ねえ彩葉、しんたろー?」
酒寄の正しい認識に対して内心で俺も頷いていると、かぐやから声がかかる。
視線をやると、ぬいぐるみを手に取ってその顔をこちらに向けてきていた。
「オハヨー、イロハトシンタロー。キョウモイイアサダネー」
「……」
「……え、なにそれ?」
何故か片言かつ声量を控えて、既にしたはずの朝の挨拶をしてくるかぐや。
なにがしたいんだこれは?
その疑問は俺だけでなく酒寄も抱いたものだったようで、疑問を投げかけている。
「なにって、かぐぬいちゃんの挨拶だよ。ほら返事してあげて~」
「かぐぬいちゃんて……」
「オハヨーオハヨー、グッドモーニング」
「えぇ~……?」
かぐやの言葉に困惑を隠しもしない酒寄。
意味がわからないらしい。俺も同様ではあるが。
だが、やるべきことはわかる。ならそれでいいだろう。それだけわかれば充分だ。
「おはよう、かぐぬいちゃん」
俺がそう挨拶を返すと、嬉しそうに笑顔になるかぐや。
別にそんな表情をするほどのことではないはずだが。
「――――おはようしんたろー!」
「……ああ」
片言はやめたらしい。
まあ面倒くさいだろうしな。
「ぬっふっふ~。い~ろ~はっ!」
「うっ…………こっちもか……」
笑いを漏らしながら這い寄るように近付いていったかぐやに肩を落とし、諦めた様子で口を開く酒寄。相変わらずかぐやには弱いようだ。そこはずっと変わらないな。
「……おはよう、かぐぬいちゃん……」
「――――おはよう彩葉っ!」
「もう…………ただの普通のかぐやじゃん」
「ちっが~う。かぐやじゃなくてかぐぬいちゃんでーす」
「ぐぬぬ。まさかこの年でぬいぐるみに挨拶をするはめになるとは…………幼稚園児じゃないんだぞ。こちとら花の女子高生なんだけど……?」
戯れるかぐやと酒寄を黙って眺める。
いつも通りの光景だ。いつものようにどこか楽し気に過ごしている2人を、俺はただ見ていた。
昨日まではなんとも思わなかった光景が、何故だかとても不思議なものにしか俺には見えなかった。
☆☆☆
「今日の予定を確認するよ」
「はーい」
「ああ」
朝食の席、かぐやが用意した料理を口にしつつミーティングを開始する。
内容は無論、今日の特別企画について。
「既にSNSで宣伝している通り、今日の夜には
「……確認した。やはり事前の想定通りだな」
「そだね。やっぱ
各自のスマホで黒鬼側からの通知内容を見ながら確認していく。
大体は事前の予想通り。一点だけ意外だったのは、会場がツクヨミ特設スタジアムなるものであること。
「このスタジアムとは何か、酒寄は知っているか?」
「……多分、大型の大会とかライバーのイベントで使ってる場所だと思う。2年くらい前にヤチヨが配信で宣伝をしてたとこじゃないかな」
「ん~? 彩葉もわかんないの?」
「ヤチヨはそこの会場使ったことないから。それに私は別に大会とかにはあまり興味ないし、ライバーもヤチヨ以外はほとんど知らないもの。それこそオタ公さんみたいにヤチヨとコラボしたりしてる人以外はさっぱり」
「マジでそういうとこ彩葉って筋金入りだよね」
「……なによ、いいでしょ別に」
どっちでも構わん。どうでもいい。
「打ち合わせ等は無し、と。変わっているな」
「たしかに。いつもコラボの時はみんなと先に色々話して決めたりするのに、今回はそーゆうのないっぽいね」
配信前に流れの確認くらいは先に行うのかと思っていたが、それも無しか。トップライバーとはこういうものなのか? よくわからんな。
「……その、あれじゃない? やる内容自体は決まってるわけだし、あとは流れでいい感じに、みたいな?」
「そういうものか」
「ふーん。なんか緩いんだね黒鬼って」
「まあ、そういう気風なんでしょ。うん」
何故か視線を微かに逸らしながら言う酒寄。
なんだこいつ。
まあ、別に言いたくないのならそれはそれでいい。無理に聞く必要もないだろう。
「では、俺とかぐやはこのあとは」
「―――SENGOKUの練習! 昨日出来なかったしね」
「……それはあんたが…………いや、まあ、いいけどね。――――私は模試だから帰ってくるの夕方過ぎ、っていうか夜になるけど」
「わかった。それじゃ2人で彩葉のこと待ってるから、一緒にごはん食べてから決戦だね!」
「……別に、先に食べててもいいんだけど」
「待ってる!」
「……そう…………帰る前にメッセ送るから」
「オッケー!」
頬を微かに朱に染めた酒寄に笑顔で頷くかぐや。
見慣れた光景が何故かいつもより近く感じる。不思議な感覚だ。
「そんじゃ、色々決まったところで」
胸の前で手を合わせて、俺と酒寄を見るかぐや。
無言で同じように手を合わせる。もう慣れたものだ。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
☆☆☆
「ワンワンッ!」
「犬DOGE! 昨日はごめ~ん。慌て過ぎちゃって置いてっちゃった~」
「ワウン!」
「そーなの! しんたろーの誕生日パーティーやってた。めっちゃ楽しかったんだ」
「ワン」
「ケーキの火をね、フーってやるやつをかぐやもやったの。すごかったよ、めっちゃワクワクしちゃってさあ」
「ワンワン!」
よくもそこまで喋れるものだ。帰ってくるのは相槌と言えるかどうかも怪しいものだろうに。
酒寄を見送り、かぐやと共にツクヨミへとログイン。
面倒くさいが、これからは下調べの時間だ。多分当日にやるべきことではないと思うが。
KASSENのメニューからSENGOKUを選択。参加メンバーを俺とかぐやの2人に。対戦は、ランクマにするのは多分やめたほうがいいだろうか? 実戦形式は身になるが、まずはその前に軽くでも知識が欲しいところだ。
となると、このNPC戦でいいか。多分? 対人よりはいいはず? 初めてだからよくわからんな。いつもはSETSUNAしかやらなかったからな。
「かぐや、行くぞ」
「あ、うん。――――任せてねしんたろー! かぐや経験者だから、困ったことあったらなんでも聞いていいからね!」
「わかった」
それは楽でいい。
以前にかぐやが芦花と真実とSENGOKUをプレイしていた動画を見た覚えは一応あるが、碌に内容を覚えていないからな。どうせ関係ないからとすぐに記憶から消去していたのが仇になるとは。わからんものだ。
それはともかくとして、まずは知識を得るところからだ。
俺はウィンドウをタップすると、瞬間的に位置が移動する。SETSUNA同様にゲームの場所に転送されたか。
周囲を窺う。岩山とその麓で茂っている多くの草木が視界を占め、背後に振り返るとそこにあるのは大きな天守閣。真っ直ぐに階段が上部へと伸びている。
「これがSENGOKUか」
「そー。こんな感じ」
「ワンッ!」
広いな。知覚範囲が明らかに大きい。SETSUNAのステージとは比べる気にもなれない大きさだな。風が吹き、それにより枝葉が揺れる音が随分と遠くの範囲まで聞こえる。
この広さを移動して、なおかつ敵を切り殺さなくてはいけないのか。
面倒くさそうだな。
「あれ、そういえば
「これ、とは何の話だ」
小首を傾げて呟くかぐやに、俺は疑問を投げかける。
するとかぐやは両手を俺と自身に向けて、それから不思議そうな顔のままで返答した。
「SENGOKUって3人チームのゲームだけど、今はかぐやとしんたろーしかいないでしょ? こーゆう時ってどうなるのかなって」
「ワンワンッ!」
「あはは、ごめんごめん。そだね、犬DOGEも一緒だもんね」
「ワン!」
抗議するかのように鳴き声を上げる犬DOGEの頭を撫でるかぐやを尻目に考える。
なるほど。確かにその疑問ももっともな話だな。この2人しかメンバーがいない状況ではどうやってゲームを進行すればいいのかは俺もかぐやにも――――
―――落下音。頭上23m。サイズは1m四方。着弾位置は正面2m付近と推測。残り1.1秒。
かぐやの襟首と犬DOGEを掴み後方へと放る。だが俺の退避は間に合わんな。左腕を眼前に翳して簡易的な盾とする。意味があるかはわからんが。
俺が態勢を整えると同時に未確認飛行物体は着弾。だが妙に軽快な音。そして爆発音と大量の白煙。ただし爆発の衝撃は無し。なんだこれ。
「おわっ!? なになになにごと!?」
「ワウンッ!?」
訝しみながらも警戒を続けていると、煙から飛び出してくる影。
脇やら腹やら太ももやらを露出させた
「じゃっじゃ~ん! 呼んだ?」
「呼んでない」
「えー、ひっど~い。呼ばれて飛び出てきたのに~」
俺の眼前で目元を抑え、シクシクとわかりやすい泣き真似を口にする俺の唯一の友人。
朗らかに微笑みを向けてくる友に、俺は疑問を口にする。
「それで、何の用だヤチヨ」
「そんなの、タローなら聞かなくてもわかるでしょ?」
知らん。
ツクヨミ管理人の月見ヤチヨ。そんな存在が何故こんなところに現れたのかなど、俺にはまったくわからん。当然だろう。
まさかとは思うが、俺を買い被っているんじゃないだろうな?
「えっ、ヤチヨだ! なんで?」
「ワン?」
「知らん」
本当に謎だ。一体何をしに来たんだろうか。
「そりゃあもちろん、お手伝いに来たんだよ~」
「手伝い?」
俺達の? よくわからんな。
以前ヤチヨは俺に、自身がかぐやいろPチャンネルに協力する代わりに、その事実を誰にも口外しないようにと条件を出してきた。
それなのに、手伝い? バレる可能性があるのに? 一体どういうつもりだ?
「んー? ヤチヨがかぐや達のこと手伝ってくれんの?」
「おうともさー。なんたって今のヤッチョはお助けヤチヨちゃんだからね。今回のSENGOKUのお手伝いに来てあげたってわけ」
「……つまり欠員の補充枠、という認識であっているか?」
「オフコース!」
「なるほど」
3人以下でゲームに参加した際の救済システム、ということか。
それにしても管理人というのは随分と多岐に渡って業務があるんだな。それこそAIだからこそ、なのかもしれないが。
「ならば今ここに居るのは分体か」
「うん、そだよー。分体分体ホントだよー」
何故か視線を逸らしながら肯定するヤチヨ。
よくわからんが、嘘を吐く意味も無いし、そもそもこんな業務に一々本体が出張っているわけがないだろうしな。そんなことをしていたら時間が足りるわけがない。
「えっ、そうなんだ。しんたろーよくわかったね」
「なんとなくな」
「……ふーん」
目を細めて俺とヤチヨを交互に見やるかぐや。
少し不思議な反応だが、とりあえず今はいい。それよりもやることがある。
「ヤチヨ、ゲームを」
「―――始める前に、やることがありまーす」
「……やること?」
こうして人数が揃ったので早速SENGOKUを体験しようと思ったのだが、腕を組んで神妙に言うヤチヨに止められる。
続きの言葉を待っていると、俺の目の前に出現するウィンドウ。
「……ライド、設定?」
「タローなーんもこの辺の設定弄ってないでしょ、初期設定のままだったよ。ヤッチョからは見えてるんだからね」
自身の目を指さしてそう言うヤチヨ。
そんな彼女を横目で見つつ、画面を確認する。
確かに。こんな設定画面を触った覚えは一度も無いな。
「この、
「それならかぐやわかるよ! 乗り物選ぶやつ。ちなみにかぐやのはコレね!」
言い終わると同時にかぐやが出現させたのは、竹を束ねて形作ったような大槌、のようなナニカ。いつだかの動画でチラッと見たので多少は覚えている。
SETSUNAのランクマでもよく見たヘンテコ武器の類だな。
武器としてだけじゃなく乗り物にもなるとは、本当にヘンテコな代物だな。
「ちなみにヤッチョはあれ。――――おーい、こっちおいでー」
「…………なんだ、あれは」
ヤチヨが遠くに向かって声をかけると、妙な物体が接近してきた。
なんか、魚が担いでる? 神輿が迫ってきた。
なんか意外と速度がある。見た目に反して速いな。
「サカバンバスピスが担いでくれる神輿、通称サカバン神輿だよ。ヤッチョのお気に入りなんだ」
「なんかポケっとした顔しててかわいいね」
「でっしょ~。かぐやわかってるね~」
「まあね~!」
イエーイと手を打ち合わせて意気投合した様子の2人。
よくわからんが、不仲でないならそれに越したことはない。
「オススメがなにかあるのか?」
そうでもなければわざわざ声をかけて止める理由が、他には特に思いつかないんだが。
「えっとね、タローならこれかな?」
「……バイク…………いや、虎……?」
「あっ、虎バイク。真実が頑張って使ってたやつだ。何回か倒れそうになってた」
「黒鬼のメンバーが愛用してることでも有名だね」
「あー……真実のあれはそういう理由か。なっとく~」
バイク。バイクか。
「だがヤチヨ、俺は免許は所持していないぞ」
「はいブッブー。ツクヨミに免許はいりませーん。無免許でも楽しくお遊びいただける素敵な仮想空間となっておりまーす」
「……なるほど」
ツクヨミはみんなの遊び場、だったか。
であるならばその反応も当然か。それは確かに俺の間違いだものな。
納得した以上、無駄に時間を浪費する意味は無い。画面から虎バイクを選択する。
すると3m後方からエンジン音が突如として発生。振り向くとそこには前足と後ろ足でタイヤを挟んでいる虎がいた。
すごいな。画面越しでも意味がよくわからなかったのに、こうして目の前で見ても意味がわからん。なんだこれ。
「よしよし。準備も万全になったところで実践――――と行きたいところだけど、その前に一応聞くね? 今回のこれって、今日の夜のイベントに向けての練習ってことであってる?」
「あれ? なんでヤチヨがそれ知ってんの?」
「そりゃあ知ってますとも! なんたってヤチヨはヤチヨカップの主催者だからねー。最終日にこんなイベントがいきなり企画されたら運営側として当然チェックしてるよ」
「へー。大変そうだね」
「へーきへーき。慣れればなんてことないよ。それに楽しいしね」
「そんなもんかー」
「そんなもんだー」
なんか放っておいたらどんどん話題が脱線しそうになるな。
この2人、案外相性がいいのだろうか。
「それで? 今回の
俺が話を戻すと、手を叩いて頷くヤチヨ。
「タローはSENGOKU初体験でしょ? ならいきなり実践じゃなくて下見からやっていった方がいいと思うよ」
「下見?」
疑問に思いかぐやに視線を向けるが、ふるふると首を横に振られる。
なんでも聞いてと言っていた割には頼りないものだ。
スッとヤチヨが俺の前まで迫り、展開していたウィンドウを俺に代わって操作し始める。
手本を見せる、ということのようだ。
「ここをこうしてこういう設定をすると、ほら出来た」
最後に『ゲーム開始』をタップ。すると周囲の景色に変化はないが、
「……地図か」
「最初の設定のままだと視界の端にずっと表示されるようになってるの。邪魔になりそうなら切っちゃおうか?」
「いい、問題はない」
「オッケー」
少し違和感はあるが問題にはならない。
多少視界が潰れても聴覚が問題なく機能するのなら別にいい。そちらで代用は可能だ。
「お散歩モードになってるから、まずはステージを見て回ろ。初回限定サービスの特別ガイドの月見ヤチヨちゃん付きだよ~」
「そうか」
それは便利だな。
製作者直々に解説が貰えるのならそれに越したことはない。
と俺は思ったのだが――――
「むー……」
何故かかぐやが不機嫌な顔をしている。さっきまでヤチヨと楽しそうにしていたと思ったのだが、この短時間で何があった?
「かぐや、どうした?」
「……しんたろー」
「なんだ」
「なんか、ヤチヨと近くない?」
「なに?」
近い?
思わず隣に立つヤチヨと目を合わせる。
確かに近いといえば近いか。今は俺の前に展開していたウィンドウを操作するために手を伸ばせば触れられる位置にいるしな。間違ってはいない。
だが何故それでかぐやが不機嫌になる? 意味がわからん。
俺が内心で疑問を解き明かそうと思考していると、腕に衝撃が走る。
目を向ければヤチヨが左腕に抱き着いている。というか腕を絡ませてきている。
なにをしてるんだこいつは。
「ヤチヨ」
「な~にタロー?」
小首を傾げてニンマリとした笑みを見せるヤチヨ。
なに、じゃないだろ。いいから離れろ。邪魔だ。
俺が文句を言うよりも先にかぐやが駆け寄り、俺とヤチヨとの間に割り込むように体をねじ込んで、ヤチヨと入れ替わるようにして俺の腕にしがみついてくる。
今度はなんだ。
「かーぐーやーのっ!」
「ええー? ほんとにござるかぁ? 名前はどこにも書いてなかったよ?」
「書いてないけどかぐやのっ! かぐやのだからヤチヨは禁止! 絶対にダメッ!!」
「ふふふっ、そっかそっかぁ。いやぁ、タローも好かれておりますねぇ」
「……そうか」
一体いつから俺はかぐやの所有物になったんだろうか。
わからん。一応俺は精神面はともかく生まれは人間なので人権はあるはずなんだがな。いつの間にかぐやの手に渡ったのやら。
「しんたろーもだかんねっ!」
「……なにがだ?」
「ヤチヨ禁止ッ! しんたろーの居場所はかぐやの隣なんだから他の人はダ――――あ、いや、彩葉なら別にいっか。うん…………ともかくっ! ヤチヨ禁止! わかった!?」
「…………」
「しんたろー!」
「……ああ、そうだな」
「わかればよし!」
適当に返事をして視線を逸らす。
ガルルとまるで獣の威嚇するような声をヤチヨに向けるかぐやを視界に入れないように、顔を上げて空を眺める。
何故か耳の奥で今のかぐやが口にした言葉がずっと反響していた。
『しんたろーの居場所はかぐやの隣なんだから』
……居場所、か。
俺にそんな場所はない。そんなものがあるはずがない。
ずっとそうして生きてきた。ずっとそれを知っていた。それが間違っているはずがない。
『そーいうわけだから、しんたろーはこれからもかぐやと一緒にいてね。かぐやの隣がしんたろーの居場所なんだから。わかった?』
昨夜の言葉が、先程の言葉と重なるように脳裏で流れる。
こうして何度も何度も同じ言葉が迫ってくると、有り得ない妄想も浮かんでくるようになってきた。
まるで本当に
阿呆だ。そんなことを考える自身に呆れるしかない。
そんなことがあるわけがないというのに。
「―――うんうん、いとかわゆし。嫉妬してるかぐやかわいいねぇ」
「もー! かぐや怒ってるんだからねー!」
「そんなにモーモー言わないの。そのうち牛さんになっちゃうよ~」
「ヤチヨのせいじゃーん!」
そんなこと、あるわけない。
カツンカツン、と音を立てて階段を上る。
疲れた。マジで疲れた。
こんなにも精神的に余裕が無い状態で受ける模試が疲れるとは思ってなかった。二度とやりたくない。ってかやらない。こんなこと二度とあってたまるもんか。
そんな風に内心で愚痴を溢しながらアパートの階段を上って、通路を歩いていると自宅の扉――――の隣の部屋の扉がガチャリと音を立てて開いた。
「―――彩葉おかえりー!」
「……うん、ただいまかぐや」
「うん! ――――しんたろーの言う通りだった。彩葉帰ってきたよ!」
浦野の部屋から出ていた頭が引っ込み、室内に向けて報告をしている。
足音かなんかで察知されたんだろうか? ここ壁が薄いし足音聞こえるもんな。まあこのアパートに住んで1年以上経ってるわけだし、他の住人の歩き方を覚えてたなら可能なのかも。私もなんとなくならわかる気がするし。
玄関を開錠して帰宅する前に浦野の部屋の前へと行く。
今日は先に一声かけとかないといけないしね。
玄関から室内を覗くと、こちらを見ていた浦野と目が合った。相変わらず温度の無い目をしてるよなこの男は。
「……おかえり、酒寄」
「……ただいま、浦野」
挨拶を交わす。いつも思うが不思議なことをしてるな。友達でもない相手なのに。
「ごめん。今日は先に汗流しちゃいたいから、ご飯はそのあとでも大丈夫?」
「いーよ全然。気にしないで」
「好きにしろ」
「しんたろーもこう言ってるし。――――あっ、折角ならかぐやも一緒にシャワー浴びよっかな~。ねえ彩葉いい案だと思わない?」
「却下」
ニヤニヤしながら調子のいいこと言いよってからに。
認めるわけないでしょ、そんなこと。
「かぐやと一緒に入ると時間かかるから今日はダメ。このあと予定詰まってるの忘れたの?」
「むー」
「むくれてもダメなものはダメ」
「へーい……」
まったくもう。今の私の状態でかぐやと一緒にシャワー浴びたら、ただでさえ削れた体力が赤ゲージに突入しちゃうって。
このあと更に疲れる予定なのにそんなこと出来ないっての。
「酒寄」
私が自室へ戻ろうと踵を返そうとしたタイミングで名が呼ばれた。
振り返ると浦野と視線が合う。
「昨日は『運が良ければ8:2で黒鬼有利』と言っていたが、その言葉に変わりはないか?」
「……うん。私の主観的な判断でしかないけどね」
「それはこちらに初心者が2人もいること、それが理由としては大きいか?」
「……否定はしない、けど……」
「そうか」
「……」
なんだろうこの質問。どういう意図かよくわかんないな。
多分なにか意味があるんだとは思うけど。
「あとで提案がある。その時でいい」
「……わかった」
それなら、まあ、いいか。
なら、ちゃっちゃと汗流してきますかね。
☆☆☆
「今夜のメニューはカツ丼! 真実に聞いたんだけど、大事な勝負の前はカツがいいんだって! 知ってた?」
「知らん」
「……私は知ってた。有名なゲン担ぎだしね」
っていうか知らない日本人っていたんだってレベルじゃないのこれ? 普通にビビるわ。
「ってことで、このあとの決戦の勝利を願ってぇ~――――いただきまーす!」
「いただきます」
「いただきます」
手を合わせ、かぐやの言葉に唱和する。
箸を手に取りカツを一切れ口に入れると、その途端に広がる幸せの味。
おいしぃ。カツなんて食べたのいつ以来だったかなぁ。油断すると涙が溢れそう。
「どう? 今日のごはんは美味しい?」
「美味しい」
即答する。
この味に嘘は付けない。
「しんたろーは?」
「……肉と卵と調味料の味がする」
「ぐへ~、これもダメかぁ~。しんたろーの好きなの探しは難しいね」
「……かぐや、別に俺は」
「でも任せて! 絶対にしんたろーにも美味しいって思わせる料理をいつか作ってみせるから!」
「……気負う必要は無いぞ」
「わかった! 頑張るねっ!」
「…………そうか」
この噛み合ってるのか噛み合ってないのかよくわからない会話。いつも通りだな。これを見ると帰ってきたなって実感してしまう。
ホントにこの不思議な空間に順調に毒されてるなぁ私。もう元の生活は記憶の彼方だよ。かぐやがいなかった生活ってどんなもんだったっけな。
……少なくとも、今よりは健康に悪かったのだけは確実か。
「おっほん。それじゃあ改めて情報の共有をしよう。かぐや達はSENGOKU何回か一緒にプレイしたんでしょ? どうだった?」
「楽しかった!」
「ああ、そう…………浦野はどう? 初プレイだったんでしょ?」
「最低限の知識は得られたと思う。情報元も信頼出来る相手だったしな」
「情報元?」
なんだそれ?
信頼出来る
……真実とか芦花に頼んだのかな。かぐやは2人と繋がってるしそれなら納得――――
「―――そうなの彩葉!
「はああああああああああああああああ!?」
「うわっ、声でか」
「……うるさい」
ヤチヨ!? なんで!? どうして!? 意味わかんない! なにがどうなったらそんな全人類が狂喜乱舞する展開になる!? 私が精神的に追い詰められてる間になんでこの2人はそんな幸せ展開になってるわけ!?
「SENGOKUは3人で遊ぶゲームだが、俺達は2人だったからな。それで補充要員として来たらしい」
「なんだっけ、『おたすけヤチヨちゃん』? とかなんとかって言ってたよね?」
「たしかな」
お助けヤチヨシステム。
仮想空間ツクヨミに実装されている数多のゲームに搭載されている救済システムの一つ。複数人での参加が前提のゲームで欠員が発生した場合、自動でプレイヤーの代わりとしてNPCがゲームに参加するのだが、そのNPCにヤチヨの分体が確率で紛れているのだ。
つまり、運が良ければ
そして私の目の前に座る2人は見事にそのチャンスをつかみ取った、ということらしい。
羨ましい。
「伝言だ酒寄。『今日の配信楽しみにしてるから、3人のカッコいいところ思いっきり見せてね』だと」
は?
「なんかヤチヨって思ってたより変なヤツだった~。めっちゃかぐやのことからかってくんの。しかも妙にかぐや達の配信のことめっちゃ詳しいし。ね、しんたろー?」
は?
「……そうだな。もしかしたら何度か配信を見ていたのかもしれんな」
「ねー」
は?
「……ヤ、ヤチヨが」
配信を見ている?
あの女神の遍く全てを見通す瞳に、かぐやのみょうちくりんな行動や浦野のとんちんかんな言動や私の慌てたツッコミやらが、映っていた……?
推しが私を、見ていた可能性が、ある?
というか、伝言? 私達3人に向けての激励? 『カッコいいところを見せて』?
「…………かぐや、浦野」
「な~に彩葉?」
「なんだ」
名を呼ばれこちらを見る2人に対し、私は固く握りしめた右こぶしを天高く掲げ宣言する。己の意志を形にするかのように。
「―――全力で行くよ」
もう疲れなんてものは消し飛んだ。っていうかそんなものは無かった。当然である。だってヤチヨが見るんだから。
「お、おう……?」
「そうか」
そして私だけでなく、目の前の2人にも同様にすべての力を出し尽くしてもらわなければならなくなった。
で、あるならばやることは一つである。
「―――対戦相手について、2人は調べた?」
情報を共有し作戦を練ること。
実力が対戦相手よりも明らかに不足しているだろう私達3人がやるべきことは、それである。
「ううん、わかんない。しんたろーは?」
「知らん」
「わかった。じゃあ私が軽く調べた内容を共有するね」
私の態度の急変についていけずに目をパチクリとさせながらも首を振って答えるかぐやと、いつも通りの無表情な浦野。案の定2人は黒鬼についてはほとんど知らないままらしい。
まあ2人はヤチヨと一緒にいたんだ。それ以外のことについて考えを巡らすなんて不敬なことを出来るはずもないので仕方ないけど。
私は咳ばらいを一つしてから、不思議そうに私を見つめる2人へと帰り道にながら見しながら得た情報を伝えていく。
「まず1人目、
「お、かわいい子だ。あれでしょ、ピンクの子!」
「……昨日話題にしていた男か」
「そーそー。えーっとね、この子!」
スマホに先日の黒鬼のビリヤード配信を表示してちゃぶ台に見えるように置くかぐや。
わかりやすくていいな、丁度いいからこれ見ながらにしようか。
「得意武器は弓。というか弓以外は基本的に使わないみたい。大会とかには全部弓で挑んでるらしいよ。ちなみに弓はギミックで近接用の輪刀に変形するって」
「ほへ~、そうなんだ」
「……その弓使いの技量はどれほどのものかはわかるか?」
技量?
また難しいことを聞いてくるなこの男は。そんな曖昧なものをハッキリと定義するのは難しいのに。
う~ん、なんて答えたらいいものか。
「……多分だけどSETSUNAのランクマならマスター1には上がれるくらい、だと思う。多分……」
そこまでは調べた中では出てこなかったんだよなぁ。でも多分間違ってないはず。なんたって
浦野はSETSUNAはプレイしたことあるはずなので、この説明で伝わる、はず。
以前にヤチヨの配信に出てた時にヤチヨが浦野はランクマに潜ってる、みたいな話してたし。
「マスターか。なるほど」
「……それって強いの?」
「そりゃ強いわよ。SETSUNAのランクマで弓を担いで上位に昇るなんてちょっとした縛りプレイなんだから。それでそこまで行く人なんてまずいないし」
そもそもSETSUNAのゲーム性と弓や銃の相性が悪い。
ただでさえKASSENの各種モードはゲームスピードが速いというのに、あんな狭い場所で遠距離武器はそれだけで不利だ。まずランクマで見かけることはない。
でも黒鬼の乃依くんならまずマスター帯は駆け上がれるだろう。最近の黒鬼をそこまで見ているわけではないけど、昔に見た実力がさらに洗練されてるだろうことを思えば、まず間違いなく。
「基本に忠実な遠距離アタッカー。狙撃能力がめちゃくちゃすごいから位置取りには要注意。マップで位置を大雑把にでも確認して、射程内だと思ったら常に動き続けること。出来る事なら複数人で当たるのがベスト」
「オッケー。気を付けるね~」
「……」
「次。2人目は
スマホの中の人物を指さす。
フードを被った寡黙そうな男だ。
「使う武器は芭蕉扇、って言ってもあんまよくわかんないと思うけど……ようはギミックが搭載されまくってる武器。チームでの役割はタンクとサポート」
「おおー。ってことはあんま強くない感じ?」
「まさか。その真逆だよ」
「ぎゃく?」
小首を傾げたかぐやに頷きで返す。
雷が強くないなんて、そんなことあるわけがない。
「黒鬼で唯一の
「ほへ~、なんかそう言われると強そうに見えてきた……」
強
そこ勘違いしないように。
「……レジェンダリーか」
「なに浦野、なんか気になることでもある?」
スマホに映る雷を見て、顎に手を添えて考えるようなポーズを取る浦野。表情は一切変わってないけど。
なにか思うところでもあるのだろうか? やっぱりSETSUNAのプレイヤーとしてはレジェンダリープレイヤーには憧憬でも抱いていたり――――いや、それはないか。浦野だし。
「……いや、特には無い。顔に見覚えもないしな」
「そう? ならいいけど」
「しんたろーの場合は忘れてるだけじゃないの?」
「……かもな」
でしょうね。
クラスメイトの私のことすらまともに認識してなかった男ですもんね。さらに言えば真実と芦花すら覚えてやがらなかったし。
成績で言えば私が一番だけど、知名度っていう点で言えば学校ではあの2人が全学年含めてトップなんだぞ。どっちも10万人越えのファンを抱えたインフルエンサーだってのに、一切覚えてないのはなんなのさホントに。
「そういうわけだから雷とは正面から1対1で戦わないようにね。要注意。可能なら複数人でかかること」
「はーい」
「……」
「次、最後の3人目はリーダーの
「うげ~、出たぁ……」
幼いころの私が一時期よく見ていたスマホの中心に映っている男を指さすと、かぐやが嫌そうな声を出した。
それもそうか、建前とはいえ求婚してきた相手だしね。
……その辺のことを考えると、実の妹としてはとっても複雑な気持ちになるんだけど。
「万能型の近・中距離アタッカー。基本は前を張るけど後衛が出来ないってわけじゃないタイプ。どこにいても全体を常に俯瞰して見てるから、指示出しがとにかく適格。自由にさせちゃダメなやつ」
「単体としての技量は?」
「1人での実力なら雷が上だけど、チーム戦であることを考えたら明らかに帝の方が上。とはいえ
プロゲーマーとして活動し始めた頃の配信で、初めてレジェンダリーに上がった時のことを思い出す。画面の中の兄も喜んでいたが、それを見ている私も嬉しくなった覚えがある。
置いていかれたことに思うことはあったけど、夢を着実に叶えていっていた兄を応援している気持ちも確かに私は持っていたから。
「そんなわけで普通に強敵。出来る事なら複数人で戦いたい相手。わかった?」
「はーい」
「……酒寄」
軽い口調で頷きを返してくるかぐやとは違い、浦野は言いたいことがあるらしい。
……うん、まあ、言いたいことがなんなのかはわかってるんだけどね。
「結論としては、『黒鬼相手には倍の数でかからなければ勝機は無い』。そういう判断をしていると思っていいんだな?」
「……まあ、ね」
「ええー!? なんで!?」
なんでって言われてもねぇ。
「実力差がおっきいから、としか答えらんないんだけどね……」
なんたって相手はプロゲーマーチーム。しかもトップの。普通に考えてそんな相手にアマチュアが勝てる要素はない。
だからヤチヨも『勝って』とかじゃなく『カッコいいところを見せて』なんだろう。常識的に考えて勝てないのは目に見えてるし。
「勝率はゼロではない、という話だったな」
「向こうが本気で来ない上に油断しまくってたら、っていう前提があればだけど」
「そうか」
「ぐぬぬぬ~! それじゃあ帝のことを思いっきりぶっ飛ばしても、なんかビミョーな感じになっちゃうじゃん! 手加減されて勝ってもつまんないよー!」
「勝つ前提かい」
すごい自信だな。自分がほぼ初心者だってことは忘れたんだろうか。
「だってここで勝たないとヤチヨカップ優勝できないじゃん! あと結婚しなくちゃならなくなるし!」
「それは…………そうかもね」
結婚云々は置いとくとして、だけど。
ヤチヨカップランキング首位の黒鬼の期間中に増加したファン数は現在96万人。今日の対決企画でさらに増加することを考えればおそらくは100万人前後にはなる。
それを超えてかぐやいろPチャンネルが1位になるには、確かにかぐやの言うように黒鬼に勝つくらいの強いインパクトを視聴者にぶつけるしかないだろう。
本気で優勝を目指すなら、ここで勝つしか道はない。
「―――かぐや、酒寄、提案がある」
「しんたろー?」
私がどうするべきかを思案していると、浦野が声をかけてくる。
提案? そういえばさっき『後で言う』みたいなこと言ってたっけか。それかな。
「提案ってどんなの? この状況でなにか効果ありそうなやつなの?」
「ああ」
なんだろう。
今日ヤチヨと一緒にいて何か思いついたってことだとは思うけど、まるで想像つかないな。
はたして何を言い出すのやら。
「俺が今日の対戦を辞退すること。それが提案だ」
「は?」
「ええっ!?」
なんかいきなりとんでもないこと言い出したぞこの男。
「SENGOKUでは欠員が発生すれば代わりにヤチヨが参戦する。ヤチヨなら知識も実力もある。俺なんかよりも価値のある戦力になるはずだ」
「いや、それは……」
お助けヤチヨシステムを活用、いやこの場合は悪用か? とにかくヤチヨを戦術に組み込むと言いたいらしい。
確かにヤチヨがいれば絶対に現状よりは勝率は上がるはずだ。知識も経験も私達3人より圧倒的に上の存在なのだから。実力に関しては彼我の戦力差によってヤチヨのパワーは上下する仕様になってる関係上、確実にバフが乗った状態で現れるはず。なんたって相手はあの
勝利を目指すことを考えるのなら、確かに浦野の提案は理にかなっている。
だけど、一つだけ大事なことを失念もしている。
それは――――
「だから俺は」
「―――ぜっっっっったいに、やだ!」
―――かぐやの意志を無視している、ということだ。
「やだやだやだやだ! 絶対にそんなのやだ! かぐやはそんなの認めないからねっ!」
「…………待てかぐや、この提案は勝利を考えるのならば」
「やだ! かぐやと彩葉としんたろーの3人で頑張るの! それ以外はやーだー!」
まあ、そうなるわな。
私は完全に予想通りの展開に、呆れて声も出なかった。
浦野め、少しは学習しなさいっての。かぐやが好きなことに一直線なのは知ってるでしょうが。
「しんたろーはかぐや達と一緒! これまでもこれからも! お手伝いとかコラボで他の人が一緒になってくれるのはいいけど、代わりにはなんないの! わかった!?」
「…………そうか」
「わかった!?」
「……わかった」
「ならよし!」
「……」
ニコニコのかぐやを前に、浦野沈黙。
そういえば昨日の誕生日パーティーもこんな感じだったな。
案外浦野って怒涛の勢いで攻め立てれば弱いタイプなんだろうか? なんでもないみたいな顔を普段からしてるから勘違いしてるだけで、実は案外打たれ弱いとか?
……いや、単純にかぐやに弱いだけかもな。その方が可能性高そう。
「……作戦はあるのか」
沈黙から復帰したらしい浦野が発言する。
視線は真っ直ぐに私に向けて。
「……別に私は、SENGOKUがめちゃくちゃ上手いってわけじゃないんだけど」
「だが俺とかぐやよりはマシだろう。違うか」
「……否定はしない、けど」
「ならば俺達の頭に据えるべきは酒寄だ。そうするのが上策と思うが、異論はあるか」
「特になーし! かぐやも賛成!」
「では問題ないな。酒寄、俺達は手足だ。好きなように動かせ」
浦野の言葉に私は頬が引き攣るのを感じる。
いや、私の責任重すぎない?
……まあでも、反対したところで2対1。私が負けるのは目に見えてるのだから抗弁しても意味は無いか。無念。
それに浦野の言う通り初心者2人よりは私の方がマシなのも事実。ここで固辞しても良いことは何もないか。仕方ない。
「―――わかった。じゃあ私が作戦の立案と指示出しするね」
「ああ」
「まかせたー!」
いつも通りの温度のない肯定の言葉と楽し気で嬉しそうな声を受け、私は万に一つの可能性を掴むために必死で頭を回転させるのだった。
☆☆☆
『ヤチヨカップの結果発表も残り1時間ですよね?』
『この勝負の結果次第ではかぐやいろPチャンネルの逆転も……?』
周囲を囲むように聳える岩山の中心。広場となっているその場所に私達は立っていた。
「……来ない」
「ま~だ~?」
「ワン」
「……」
ツクヨミ特設スタジアムは既に満員。配信の視聴者数もすごい勢いで増加中。まあ、半数以上は黒鬼目当てだと思うけど。
時刻は既に配信開始時間を過ぎて、私達の自己紹介パートも終わったところ。
なのに、黒鬼が会場にいない。まったくもう、なにしてるんだか。おかげでオタ公さん達がなんとか場を繋げてる状況だぞ。
「……来たぞ」
「え?」
いつものサルの着ぐるみスキンを纏った浦野の呟きとほぼ同時に、広場の上方の岩壁が爆発する。
砕け落ちる岩の隙間から見えるのは3人の人影。虎バイクに騎乗した
余興なんだろうけども、また派手な登場をしてきたな。それをやるならせめて打ち合わせして伝えておいてくれたら助かったんだけどな。
『黒鬼、ご来臨ーーー!』
実況の
この人気者相手に勝たなくちゃならないのか。大変だなぁ……。
「どうも~」
虎バイクから降りて、1人がこちらに向かって歩いてくる。
赤髪に額から生えた2本の鬼の角。胸部から腰上までを丸出しにした男――――黒鬼のリーダーの帝アキラが軽そうな笑みと共に挨拶してくる。
間近で見ると恥ずかしくなってくる……。
勘弁してほしい。せめてお腹は隠してくれないかなぁ。絶対にリアルじゃそんなにムキムキじゃないでしょ。恥ずかしい。
「対戦受けてもらってありがと」
やめろ。その格好つけた態度を見せつけるのマジでやめろ。
そういうキャラでやってるのはよーく知ってるけど、頼むから今だけはやめてくれ。鳥肌立ってヤバいんだよ。
「そんでもって俺の姫、かぐやちゃん!」
「おら帝! 勝負だ!」
「へへっ、前傾姿勢かわいすぎ」
かぐやが肩を怒らせて向かっていくも、それをどこ吹く風と言わんばかりの態度で流す帝。ずっとこの業界で走り続けてきた男だ。今さら相手に臆することなんてないのだろう。
だとしてもその対応は心底ウザいが。
「―――俺が勝ったら、結婚してくれんの?」
どういう角度でカメラに映っているのかを理解しているだろうポーズで、なんでもないように言う帝。ここにいる当事者も見ている視聴者も冗談だと理解しているのを分かった上で言っているのだろう。
でも、でもだ。
「んなわけ、ねえだろ!」
実の妹として、その発言は決して許容できるものではない。冗談だとわかっていても。
ブレードを展開して斬りかかるも、軽やかなバックジャンプで躱される。
ちくしょう、素直に受けてくれれば少しはスッキリするものを。
「お~、こわ」
「彩葉がダメって言ってるからダメ!」
「あっ、バカ! あんた何回言ったらそれやめるの!」
いつも言ってるけど本名で呼ぶんじゃないっての!
しかもよりによって実の兄の真ん前で!
バレたらどうすんのよ!
「あ、そっか。ごめ~ん、次から気を付けるね」
「いっつもあんたはそう言って直さないでしょうが!」
「いや~ん。そんな怒んないでよいろP~」
「ワンワン」
これが怒らずにいられるかっての。
ヤチヨだってこの配信見てるんでしょうが! 恥ずかしいところは見せたくないのにぃ……。
「……何用でしょうか」
「少し訊ねたいことがある」
そんな風に私がかぐやに説教していると、少し離れたところで浦野が雷と会話をしていた。
なんだろう?
「琴さんから聞いたが、あなたの名前は『タロー』だと聞いた」
「肯定します」
「……読みもそうである、と?」
「肯定します」
「……そうか」
なんだあれ? どういう質問?
かぐやも意味がわからないのか私を見てくるが、当然私にもわからない。首を振って答える。
そうこうしていると、納得したのかはわからないけど雷はチームの2人の元へと戻っていった。
それを見て、今度はかぐやが浦野に訊ねる。私も気になるので耳を傾ける。
「しんたろー、知り合いなの?」
「いや、知らん」
「そっか」
「ああ」
なんだそりゃ。それで終わりかい。
よくわかんないけど、まあいいか。大した話じゃなさそうだし。
「挨拶も一応したし、そろそろ始まるから気合入れときなさいよ」
「よしきた!」
そう声をかけると、かぐやは犬DOGEを頭に乗せてから私と浦野の手を取った。
3人と1匹で一塊になると、掴んだ手を強く握りしめてかぐやは叫ぶ。
「―――かぐやいろPチャンネル、頑張って勝つぞー、おー!」
「ワオーン!」
「おー」
「……おー」
声もテンションも揃わない鬨の声に我ながら若干呆れるが、ある意味これが私達らしさだなと思いなおす。
「ふふっ」
そう思うと、何故だか自然と笑みがこぼれた。
キツネの着ぐるみスキンの内側だから、誰にも見られなかったのは幸いだったな。
天守閣の長い階段の途中にある幕営地。そこに3人並んで立っていると酒寄が確認するように聞いてくる。
「作戦は覚えてるよね」
「かんっぺき!」
「ああ」
酒寄が立てた作戦の内容は単純だからな。覚えやすい。
あえて問題点を挙げるとすれば実行が可能かどうか、という点だけだ。
法螺貝の音が鳴り響く。
ゲーム開始の合図だ。
「たろーD、そっち任せるからね!」
「しんたろー頑張ってね! かぐや達がなんとかするから!」
「ああ」
かぐやと酒寄が並んで駆け出し、それぞれの乗り物に飛び乗っていく。
竹を束ねた大槌と黒い巨大な鷹に乗って空を駆けて行くのを尻目に、俺も呼び出した虎バイクに跨る。向かう先はトップレーンを進む2人とは別方向。ボトムレーン。
「行くか」
面倒くさいが、やるしかない。
酒寄の考案した作戦は至極単純。『複数で1人を相手にすること』。それだけだ。
対戦相手の黒鬼に無言の忖度を求める形にはなるが、格下のこちらに対して油断も弱みも見せないことは無いとの判断。配信者として取れ高を気にするはずだから、とのこと。
こちらが定石通りに2人と1人に分かれて行動すれば、こちらの2人に対して少ない人数である1人で対応してくる、という空気を読んだ行動をしてくるのを逆手に取った作戦だ。曰く『舐めプお祈り作戦』。まんまだな。
そのまま人数有利の状態で相手を撃破し、櫓を獲得。そして侵攻。勝利。そしてその間に残った1人が時間稼ぎ。こっちが1人でいる限りは2人以上でかかっては来ないとの推測らしい。
ものすごく相手の動きに依存した作戦だが、それしかないとこのゲームの経験者である酒寄が言うのであればそうなのだろう。俺としても特に異存はない。
俺は当然1人側、役割は時間稼ぎ。
当初は酒寄が担当しようとしていたが、全体を見て指示を出す酒寄は侵攻側にいた方が良い、として最終的にはこの配置となった。
なんでもいい。やることをやるだけだ。
『やだ! かぐやと彩葉としんたろーの
虎バイクで駆けていると、脳裏でかぐやの言葉が木霊する。
ああ、うるさいな。
『しんたろーはかぐや達と
俺を外すように提案すると、かぐやに却下された。
3人で。一緒。そんなことを言って、怒ったように言ってきた。
まるで俺が必要だとでも言いたげに。
……いや、そう言っていたのか、あれは。
「……そんなこと、あるわけがない」
否定の言葉を口にするが、そこに力はない。
昨日からずっと、何度も何度も否定しているが、脳裏に響くかぐやの声が俺の考えを正面から砕いていく。
まるで俺の居場所は
そんなもの、あるわけがないのに。
あっていいわけがないのに。
「―――来たか」
飛翔音。距離21m。目標は胴体部分と推定。着弾まで1.3秒。回避可能。
虎バイクを操作し、飛翔物を回避する軌道を取らせる。体を掠めるギリギリの動きだがこれで問題は――――
―――脇腹に矢が突き刺さる。
「なに?」
困惑する。
何が起こった?
確かに今俺は回避したはず。矢が途中で飛ぶ角度を変えたわけでもない。なのに当たった?
どういうことかと自身の体を見下ろして、すぐに気付いた。
そういうことか。
納得し、そのまま虎バイクを走らせる。追撃は無い。
曲がりくねった道の先、岩と川と竹藪で囲まれた開けた空間に待ち構えていたかのようにして立っている
どうやら酒寄の推測は外れたようだ。
「……」
虎バイクを止め、降車して目の前の2人を観察する。
2本の鬼の角にネコの耳、あと尻尾を生やした弓を持つ男。
フードを被り1本の鬼の角を生やした錫杖を持った男。周囲には瓦礫のような刃のようなナニカが浮いている。
なんだったか。乃依と雷、とかだったか。多分合ってるはず。おそらく。
「いやこれさぁ、わざわざ2人で来る意味なかったでしょ。雷が言うからそうしたけど、明らかに過剰戦力過ぎて弱い者いじめになってんじゃん。つまんな」
「……いや、待て乃依。あれは……」
「そんじゃオレはミドルのほう行ってるから、こっちは任せるよ~」
「初期配布の刀装備、しかも初期スキン……」
「……ん、雷? どうかした?」
「―――乃依、援護」
「は?」
「確かめる」
「ちょっ」
錫杖を持った男が駆け寄ってくる。
男が錫杖を振り上げると、その周囲に浮いていた物体が錫杖の先端部分に取り付き、扇のような形の刃へと変化する。
ああ、なるほど。
それは
「……」
振り下ろされた扇を半身になって躱そうと足を引いたが、刃が
続く2撃目も1歩引いて回避を試みるが、同じように微かにダメージを受けてしまう。
うん。無理だなこれは。
「―――かぐや、いろP。着ぐるみを脱ぐ。無理だ」
相手の動きを普段よりも過剰な動きで回避しながら、視界に映る『VC』と表記されたコマンドに焦点を合わせて言葉を口にする。するとすぐさま返事がきた。
『了解。こっちはもう脱いだ。たろーDもいいよ』
「そうか」
なんだ、酒寄は既に着ぐるみを脱いでいたのか。
以前にかぐやに求婚してきた相手にその格好のまま戦い勝利していたから、てっきり今回もそのままかと思ったが、さすがにそれは難しかったらしい。
着ぐるみスキン。
詳しくは俺は知らんが、ようはツクヨミでの服の一種らしい。だが現実の物と明らかに異なる点がこれにはある。それは、
こんな全身を覆いつくすような物を纏って行動すれば、現実ならばどうやってもその動きには制限がかかるはずだ。
だが、ツクヨミでの着ぐるみにそんな制限はない。
そんなものを身に纏っていないかのように、なんの違和感もなく行動することが可能だ。
熱も重さもこの世界には無い以上、自身の体をその目で見なければ着ていることを忘れてしまうくらいには違和感がない。
おかげで、喰らわなくてもいい攻撃を喰らってしまった。
まあ、それは失念していた俺が悪いのだが。
ともかく、許可は出た。
なら、あとは1ヵ月ぶりに普段通りでいいということだろう。
腰の刀に手をやり、抜刀。相手の振り下ろした扇を受け流す。
それと同時に視界に映る装備欄から着ぐるみを解除。そういえば、ここ最近ではヤチヨと会う時にしかこの格好はしていなかったな。
「お前は、やはり――――!」
「……」
目の前で男が声を発する。
ああ、うるさい。
武器を手に取り、互いに向けて振り合っているというのに、何故言葉などという余計なものを使うのか、意味がわからない。
必要なのは意志だけだろうに。
「この1ヵ月。探していたぞ。どこに行ったのかと」
「……」
切り結ぶ。
上段から、下段から繰り出される刃の悉くを弾き、受け流す。
その程度の刃が届くわけなどないと、お前は知っているだろうに。
そんなことも忘れたのだろうか、この
「乃依、全力で援護! こいつは――――」
『い、いろPが着ぐるみを脱いだーー!』
『おお、クール系の美少女。かぐやちゃんと対になってるみたいに衣装も寒色系でいいっすね』
『すごい! ビックリするくらいイメージ通りの中の人! 今日この仕事引き受けて良かった!』
『オタ公さん、本当にかぐやいろPチャンネル好きですね~――――って、お?』
『おーっと衝撃の告白だ! 帝といろPは兄妹だったーー!? ――――え、マジですか?』
『……あ、あー、あれか。「なんでも出来る自慢の妹」。あれいろPのことだったんだ。へー、納得。喋りが出来て、ゲームが上手くて、作曲も出来る。アキラが言うほどはあるなぁ』
『えっ、琴さん帝に妹がいたって知ってたんですか!?』
『うーん、古参の帝ファンなら大体知ってると思いますよ。プロ成り立ての頃の配信でその辺のこと口滑らせてたこと何回かあるんで』
『へー、知らなかったです。そんなことが…………って、あ! ボトムレーンでも動きあり! こっちも戦いが始まりましたよ!』
『2対1。定石通りではありますが、個人的にはまさかの展開。このままだと普通に踏み潰す形になっちゃうと思うんですけど――――え?』
『たろーDも着ぐるみを脱いだーー! ヤチヨカップ最終日にすごい勢いで情報を』
『出たああああああああああああああ!!!!』
『……こ、琴さん?』
『やっぱそうじゃん! やっぱりそうだったじゃん! あーもう、普通に騙されかけた! あの時の声が普段通り過ぎて嘘かどうか全然わからなかったんですけど!?』
『あの、琴さん……? いきなりどうしました?』
『たろーDですよ、たろーD! 見事な戦略ですよ本当に!』
『戦略って……なにか知ってるんですか?』
『ええ、たろーDのことは知ってますよ、色々と。元プロゲーマーとしての人脈でそれはもう色々な話をね』
『というと?』
『去年、SETSUNAのレジェンダリーランクである伝説が生まれたんです』
『伝説、ですか?』
『―――無敗です』
『はい?』
『シーズン通して全戦全勝無敗。最高レート到達記録の大幅更新。トッププレイヤーしかいないレジェンダリーランクの誰もが口を揃えて言う「最強」。そんな人が、彗星のように突然現れたんです』
『レ、レジェンダリーで無敗……? 最高ランクでそんなバカなことが』
『―――あったんです。本当に。聞いてもわけわかんないですけどね。マジで』
『…………あの、なんで今、そんな話をしてるんでしょうか……?』
『聞かなくてもわかってるでしょうオタ公さん。そっちから聞いてきたんですよ』
『ま、まさか……』
『ええ、そのまさか。ホントのホントにまさかと言いたくなりますけど、それが現実です。あそこにいるたろーDは、正真正銘の――――』
「―――
「……」
今日は妙にうるさいな、
顔を見てもまったく思い出せなかったが、こうして武器を持ち、振るってきたのならば別だ。
ツクヨミで多少なりとも俺の心を埋める戦いをした相手は覚えている。正確には武器と戦い方を、だが。おかげで思い出したのはこうして対面してからだった。
それにしても、ライバーだったのか。知らなかったな。盾の男にそういうイメージは無かった。この男の戦い方はいつも堅実だからな。ライバーという妙なことをしているとは思わなかった。意外だ。
「乃依、カバー! 俺1人では長くは無理だ!」
「あーもう! わけわかんないけど了解! あとで説明してよ!」
うるさい。なんでこんなに喋るんだこいつ。
でもライバーだったのなら仕方がないのか。配信で黙るわけにはいかないからな。
視聴者に飽きられないようにするためには色々と対策をしなくてはならない、か。この1ヵ月で俺も随分と変な知識を蓄えたものだ。
本当にどうでもいいものを覚えてしまった。それもこれもかぐやの――――
『―――かぐやいろPチャンネル、
声が響く。通信によるものでなく、俺の脳裏でだ。
この状況にまるで関係のない言葉。どうでもいいはずの言葉が何故か脳裏を駆け巡る。
あの言葉に深い意味は無い。ただかぐやがそういう言葉を好んで使っているだけだ。決してその言葉の中に俺という人でなしが含まれていたわけではない。そんなことはありえな――――
『しんたろーはこれからもかぐやと一緒にいてね。かぐやの隣がしんたろーの居場所なんだから』
―――ありえない、はずなんだ。
刀を振るう。
扇を受け流し、飛んでくる矢を切り払う。
戦闘を開始しているというのに、俺の思考は淀んでいる。
くだらない。くだらない。くだらない。
切り替えろ。そんなどうでもいいことを考えるな。今はただ目の前の相手を斬ればいいだけのはずだろう。
どうせ今日で終わりだ。ヤチヨカップは今日で終わる。約束も終わる。そうすれば俺は自由だ。このどうでもいい思考をする必要もなくなる。全部棄てていいんだ。
なら今は、そんなくだらないことを考えなくていい。
「……どうでもいい」
そうだ、どうでもいい。
それでいい。それだけでいい。それ以外に、俺は何もない。
今すべきは時間稼ぎで、そしてヤチヨカップの優勝のためにファンを得ること。
前者はともかく後者は俺には不可能だが、それでも気にかけないというわけにもいくまい。最低でもつまらないと思われないようにはする必要がある。
一言だけでいいか。それだけでいいから言葉を発する。最低限はそこだろう。
どうせ反対側ではかぐや達が色々とやっているんだ。メインは向こうである以上、俺が出しゃばる意味も無いだろう。
それに場にそぐわない変なことを言って酒寄に叱られるのも面倒くさいしな。
叱られたところで別になんとも思わんが、その度に注意することが増えて面倒くさいから、進んでそうはしたくない。
盾の男の斬撃を刀で受けとめ、後ろへと跳ぶ。その間に飛んでくる矢も全て叩き落して距離を取る。
刀を下げて目の前の男たちを見つめると、矢が飛んでこなくなった。
様子見か。丁度いいな。
途端に静寂に包まれた空間で、俺はこの1年で慣れた変な触覚と痛覚の無い世界の刀を正眼に構えて口を開く。
告げるべきは、ただ一つ。
「―――タロー、推して参る」
己を斬り裂く名を、ただその身に刻め。
オリ主くんは わけもわからず 混乱している/浦野真太郎
『侍』『レート絶対吸うマン』『ギロチンの擬人化』『絶死圏内』『舐めプくそ野郎』『人斬り』。色々呼ばれ方があるけれど、なに一つ認知していないオリ主くん。会話しないしメッセージ届いてもガン無視だから致し方なし。
自身のレートランキング最高到達記録は1位。文字通りSETSUNAで頂点に立ったこともあるが、勝ち負けを意識したことはヤチヨカップ以外には一度も無いので碌に覚えていない。そういうところで敵作るんだぞオリ主くん。
昨夜の誕生日パーティー以来ずっと混乱中。大変だね。
味方にヤバい奴がいることをまだ知らない/酒寄彩葉
模試の手応えは悪くは無かった。決して良くも無かったけど。朝起きてなんで昨日はあんなにはっちゃけてたのかと自省した。本人は何も悪いことはしてないのにね。
実の兄と久しぶりに対面。でもその兄が俺様キャラでめちゃくちゃ売れてるのを目の当たりにするのは苦手。頼むから恥ずかしいことしないで、とずっと内心で思ってる。
兄がプロゲーマーに成り立ての頃は配信を追ってたが最近は見てない。見なくても兄を心配する必要はないと確信を持ったので。
ついに着ぐるみを脱いだが半ば勢いなので、多分あとで後悔する。
無意識に急所を抉るのが得意、かも?/かぐや
ついに決戦の日。前日の楽しい楽しい誕生日パーティーで上がったテンションそのままに黒鬼相手に殴り込み。
求婚してきた帝をぶっ飛ばし、勝負に勝って、ヤチヨカップも優勝。かぐやの計画は完璧である。実現可能かどうかはともかくとして。
仲良し3人組の力を存分に見せつけてやると、内心で息巻いている少女。
結婚なんて誰がするもんか。かぐやはこのままずっと彩葉としんたろーと一緒にいるんだから。
オリ設定マシマシ。監督は早く黒鬼の過去編を公開しろ/
みんな大好き、乃依くん。
圧倒的に格下だろう相手に戦うのも気に食わないし、さらには人数有利の対戦も気に障る。でも兄の雷が一度だけ試したいと頼んできたのでしぶしぶ引き受けたら、なんか変なのと対面するはめになった。かわいそうに。
オリ主くん曰く、盾の男こと、雷。
レジェンダリーで顔見知りの相手。普段は周囲に浮いているナニカこと鬼瓦を集結させて盾として扱う大盾モードでよく対戦している。無論のことレジェンダリーランクも、黒鬼単体最強戦力も本作のオリ設定なのは言うまでもない。
ランクマでは諦めずに接近戦でオリ主くんに挑んで斬られるを繰り返してる男。まさか顔を覚えられてないとはさすがに思っていない。
鬼いちゃんこと、帝アキラ。
彩葉の実の兄。かぐやのファン。面白いことが好きな人たらし。俺様キャラは乃依くんのプロデュースとはいえ、しっかりとそれをこなしてるのは才能と言えるのかも。
色々と気になることがあったのでコラボを持ち掛けた、けど開幕から元気にチームメンバーと仲良くしてる妹が見れて嬉しくなってるお兄ちゃん。でもその近くの男とはどういう関係なのかと気になってる。隙あればそこんとこも聞いとこうと画策していたり、いなかったり。
隙あらば乱入/月見ヤチヨ
本体。当然である。こんなチャンスに分体だけ送って終わりなんてするわけがない。
今日は楽しい竹取合戦。ヤチヨ城天守閣に特設鑑賞スペースは設置済み。配信には載らない特製カメラモードは起動中。お手製うちわを手に持って画面の前で応援中。誰の目も気にすることなくキャーキャー言いながら応援するのめっちゃ楽しい。癖になりそう。
FUSHIは呆れて無言で見ている。