よくある男オリ主もの   作:SeA

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今話を8割ほど書いてから気付いたのですが、完っ全にモブ敵の存在を忘れ去っていました。今から追加するとどう考えても矛盾が発生してしまうのでそのままにしています。申し訳ありません。

あと今回文字数多いです。ご了承ください。


前回のザックリとしたあらすじ

外面は無表情、内面は大混乱。思考が一切落ち着かない様子のオリ主くん。
そんなことになってるとは誰一人気付かぬままに始まる『世紀の竹取合戦』。
1ヵ月ぶりにオリ主くんは剣を手に取った。


オリ主くん、気付く

『オタ公さんはレジェンダリーランクのプレイヤー人口がどれくらいなのか、そういうのは知ってます?』

 

『いえ、気にしたことないですね。私の推しのライバーでそこまで行く人とかもいないですし』

 

『ですよねー。――――レジェンダリーランク。マスター1で50戦して勝率7割を要求されるランクマ最高ランク。一時期は玉石混交と揶揄されたマスター帯ですが、総プレイヤー人口を考えるとやはりそれでも強者しかいないんですよ。そんな中で勝率7割ですから、普通にレジェンダリープレイヤーは少ないんですよねぇ』

 

『少ないというと、具体的にはどれくらいなんですか?』

 

『シーズンによって多少前後しますけど、SETSUNAだと大体300人以上400人以下ってとこですね』

 

『少なっ』

 

『総プレイヤー数が余所とは段違いだからこそ人数が多いだけで、ぶっちゃけマスター1は他ゲーで言う最高ランクですからね。その中でさらに上澄みの連中を抽出したランクがレジェンダリーなんで、めっちゃ少ないですよ』

 

『それにしても、な気はしますけど……』

 

『他ゲーならランキングのトップ争いしてるのばっかですからね。もう毎日バチバチに潰し合いしてるようなのばっかなんで』

 

『うわぁ』

 

『そんで去年、誰も見たことも聞いたこともない新規のプレイヤーがいきなりレジェンダリーに現れたんですよ。ほぼプロやそれに比肩する腕前のやつしかいないとこに。完全に無名のプレイヤーが』

 

『……そういうキャラ、漫画とかアニメにいそうですよね』

 

『創作のキャラだったらどれだけよかったことか…………一番最初はシーズン残り1週間とか、そんな半端な時期にレジェンダリーに到達したらしく、そのシーズンでは最終的にトップ100にランクインする程度で終わったんですよ』

 

『……トップ100程度、ですか? 300とか400しか人がいない環境を、1週間で?』

 

『そして次のシーズンで、伝説が始まりました』

 

『……』

 

『―――蹂躙です。鎧袖一触と言わんばかりに相手が誰だろうと全部叩き切ったらしいですよ』

 

『全戦全勝無敗、でしたっけ』

 

『近付いたら斬られる。遠くに逃げたら追ってこない。なら遠距離攻撃はと試すも、躱すし弾かれてノーダメージ。トラップにもまったく引っかからない。もう打つ手なしだったとか。余所なら最強と称えられるプレイヤーがなすすべもなく敗北を重ねまくった結果、そのシーズンのランキングは大荒れだったそうですよ。雷もその時はレート吸われまくって3桁で終わったらしいですし』

 

『……冗談、としか思えない話なんですが……』

 

『ボクもはじめて聞いた時はそう思いましたよ。「エイプリルフールは過ぎてるぞ」って。――――それで、そんな相手が1ヵ月くらい前にふと姿を消したんですよ。それまで毎日10時間近くランクマに入り浸ってたのに忽然と』

 

『……それは、つまり』

 

『ヤチヨカップが開始した頃。あるいはかぐやいろPチャンネルが開設した頃、と言うべきなんですかね。まさかライバーになってるとは、誰も想像してなかった展開ですよ』

 

『……』

 

『着ぐるみ2人の片方はあの帝アキラの実の妹で、もう片方は一部では色んな意味で超有名人な男。それをヤチヨカップの最終日にこうして情報公開とは、憎いことをしますよね~』

 

『……あの、ですね。1人のかぐやいろPチャンネルファンとしてなんですけど』

 

『はい』

 

『めっちゃ混乱してます……その、たろーDのこと、なんですよね?』

 

『ですねー。あそこで当たり前のように雷乃依兄弟の猛攻をカスダメだけで凌いでるたろーDの話ですねー。――――いやあさすが乃依、SETSUNAのレジェンダリーじゃ桃(・)太(・)郎(・)相手に矢を掠らせられるのが弓を担ぐ最低ライン、なんて言われてるのに初見で達成してるのはさすが。あれならSETSUNAのレジェンダリーでもやってけますね。本人はあんまりSETSUNAやらないのが残念ですけど』

 

『……たろーDって普段の配信では、かぐやちゃんにダダ甘の天然ボケお兄さんなんですよ』

 

『あー、はい』

 

『かぐやちゃんと一緒にコメントの「草生える」をそのままの意味に受け取って、いろPが止めに来るまでの40分間ひたすら配信そっちのけで2人で生えた草を探してたり』

 

『え、なんすかそれ?』

 

『かぐやちゃんがアイテムショップに行ってそこのアイテムが気に入ったと言っておねだりした結果、そこのショップのアイテム全部買ったのがいろPにバレて、めっちゃ怒られて2人並んで正座することになったり』

 

『……あー、ランクマのシーズン報酬ですか。1位までなってたらそのくらいは稼いだりしてそうですね~』

 

『あっちこっちに自由奔放なかぐやちゃんに、その後ろを黙って付き従って手伝うたろーD、それを全力で追いかけて突っ込むいろPの凸凹トリオ、それがかぐやいろPチャンネルなんですよ……』

 

『うんうん。ボクも以前お仕事したときはそう思ってましたね』

 

『……』

 

『どうしましたオタ公さん?』

 

『か、解釈が』

 

『はい?』

 

『解釈が一致しなーーい! あの着ぐるみの下にそんな本性が隠れてたなんて想像してなーーーい!』

 

『あー、ですよねー』

 

 


 

 

 矢が空中を鋭角に曲(・)が(・)っ(・)て(・)飛んでくる。刀で弾く。同時に膝から崩れるようにして地面に倒れ込む。その直後に頭上を扇のような形の刃が通り過ぎていく。

 左手を地に着き、体を右に弾き飛ばすようにして転がる。その最中にもこれまでよりも倍(・)近(・)い(・)速(・)度(・)の(・)矢が飛んできたので刀で弾く。しつこいな。

 刀を振った勢いで体の回転を止め、そのまま前傾姿勢になって突きを繰り出す。刀は真っ直ぐに正面の男の右足の付け根を貫いた。そのまま横に断ち切ろうとする前に、2本の矢が同(・)時(・)に(・)男の足の合間からすり抜けるようにして迫ってきたので後退。刃を引く際に多少は斬ったが切断には至らない。

 錫杖の先端に扇のような刃を纏わせた男の正面4m23cmの距離で制止。刀を正眼に構えなおす。

 

「……」

 

 屈折射。矢の速度向上。同時撃ち。これであの弓の男のスキルをある程度は把握できたか。

 さて、残りはなんだ? レジェンダリーでよく見かけるのは着弾地点で一定範囲を爆発する矢だが、あの弓の男――――乃依だったか――――はSETSUNAのレジェンダリーにはいないと酒寄が言っていたからな、よく見かけるものとは異なるスキル構成(ビルド)の可能性はあるか。

 

 これがSETSUNAなら負けてるな。最初の着ぐるみでの被弾を除いても、既に何度か矢が掠ってHPが減少している。完全な対処が出来ていないので、時間切れでそのまま敗北のいつもの流れだ。

 

 ―――でも、これはSETSUNA(1対1)じゃない。SENGOKU(3対3)だ。

 

 制限時間はSETSUNAと比べて倍以上あるし、勝利条件が異なる。そしてなにより、あ(・)の(・)弓(・)で(・)は(・)俺(・)を(・)殺(・)せ(・)な(・)い(・)。

 技量は高い。レジェンダリーで対戦する弓使いと比較してもおそらくは上位に位置する技量と見ていいだろう。だが、それは同時に俺(・)を(・)殺(・)し(・)き(・)れ(・)な(・)い(・)やつらと同程度、という意味でもある。

 俺は今まで一度も弓使い相手に殺された(HPを削られきった)覚えはないからな。

 SETSUNAなら勝負には負けるが、SENGOKUではそうはならない。

 まったく、ルールが違うというだけで立ち回りが随分と変わるものだ。覚える必要のあることが多くて面倒くさいな。

 

 正面の男――――雷に向けて駆け出すと同時に矢が飛んでくる。

 雷の肩を掠めるようにして飛んでくる矢と頭上から弧を描いて落ちてくる矢、どちらも直撃コースだ。この短時間で動きを多少は見切られたか、上手いな。

 正面の矢を姿勢を低くして回避し、頭上の矢を切り飛ば――――

 

 ―――空気を弾(・)く(・)音(・)。距離左前方16m。矢。胴体狙い。残り0.9秒。無理か。

 

 頭上から迫る矢を直撃だけを避けて掠めるようにして受け、眼前に迫る電(・)撃(・)を(・)纏(・)う(・)矢(・)を切り飛ばす。直後に起こった雷による追撃の振り下ろしを返す刀で受け流して背後に回り、無防備に晒した背を切り裂く――――が、飛んできた電撃の矢の牽制により深くは切れずに4歩後退。

 面倒くさいな。

 

「雷ッ!」

 

「ふぅ…………悪い、助かった」

 

「そんなのはいいから。――――で、なんなのコイツ? 意味わかんない、背中に目でも付いてるわけ?」

 

「ああ、それでいい。そう思って対応するのが賢い選択だ」

 

「……それ、マジで言ってんの?」

 

「大マジだ。検証した結果、そう思って戦うのが一番わかりやすい、と皆で結論を出した」

 

「……皆って、誰のこと言ってんの?」

 

「未だにSETSUNAのレジェンダリーで桃太郎相手に近接戦を挑み続けてるバカな連中の集まりだ。コミュニティを作って日々情報交換をしている」 

 

「…………入ってんの?」

 

「立ち上げメンバーだ」

 

「あー、そう……」

 

 電(・)撃(・)の(・)矢(・)。鏃に当たると動きを強制的に停止(スタン)させられる矢。

 あれを持ち込んでる弓使いだったか。久しぶりだな、もう随分と見ていない。

 あれを持ってくるくらいなら範囲爆破の矢で無理矢理ダメージを与えてくる方が俺に勝つのは簡単だからか、ここ暫くはてんで見なくなっていた。

 多分だが、電撃か爆破のどちらかしか持ってこれないんだろう。調べたわけではないので確実ではないが。

 やはりSETSUNAのレジェンダリーの弓使いとは別種らしいな。この乃依とかいう男は。

 

「で、あれはなんであんなに静かなわけ? 実はNPCとかってオチ? あの気持ち悪い反応を見たなら、正直それが一番納得出来るオチなんだけど」

 

「そういうプレイスタイルとでも思うといい。開幕で名乗ってくれただけでもレアだぞ。普段は何を言っても一切返答はないからな。ちなみにメッセージを送って返信が来たことは一度も無い」

 

「寡黙キャラ? 雷とキャラ被りしちゃうじゃん」

 

「俺のは乃依がプロデュースした結果のキャラだが、あっちは多分だけど素だぞ。俺みたいに事前に用意したセリフを読んでるわけではないと思う」

 

「セリフとか言わないの」

 

「子ウサギ達(黒鬼のファン)にはバレてるんだから今更だろう。『雷の素のリアクションまとめ』は、いまだに俺の切り抜きでも上位の再生数なんだぞ」

 

 ウルト(超必殺技)次第だな。弓のウルトは4種類。そのうちのどれを持ってるか、それによって残りの対処法が変わる、が、それだけだ。

 基本的にもう乃依はほぼ無視でいい。手札は透けた。片手間で対処は可能だ。割いてる意識の割合を減らして問題はないだろう。ウルトの発動を見過ごさなければどうとでもなる。

 この男は俺を傷つけられても、殺しきれはしないのだから。

 

 となると、問題は一つだな。

 

「乃依、今のでこちらの手札はほとんど見られた。正念場だぞ」

 

「……まさか2対1の状況でそんなこと言われるはめになるとは思ってなかった。――――で、対策は? まさかなんもないなんて言わないでしょ? コミュニティまで作ってるってんなら」

 

「弓なら、と普段なら言うが今はSENGOKUだからな。生憎と対策が機能しない」

 

「はあ? どういう意味?」

 

「桃太郎のHPを削り切る方法を知らない、と言ってる」

 

「………………ごめん、今までで一番理解できない。何言ってんの?」

 

「タイムアウトで試合に勝ったことはあっても、HPを全部削って勝ったことがあるやつが今までにいない、と言ってる…………冗談に聞こえるかもしれないが、ちなみにマジだ」

 

「……バッカじゃないの?」

 

「かもな」

 

 多数との戦闘。これが問題だ。

 俺は複数人と同時に戦った経験は無い。今この瞬間が初めてだ。

 俺の実戦経験は爺さんしか無いからな。多数の相手の仕方がいまいちだ。

 昼間にヤチヨの協力の元、かぐやと3人でSENGOKUを体験したが、その時は終始NPC相手で終わった。なので一応複数に囲まれた、と言えなくも無いが、実際に複数の人(・)間(・)を(・)相手にしたのは今回が初だ。

 おかげで立ち回りが拙い。

 

 以前に爺さんがヤクザの拠点に婆さんを取り返すという建前で殴り込みをかけたという話は聞いたことがあるので、それを参考にするくらいだろうか。

 刃を握った相手とその後ろから撃ってくる相手、という意味では共通しているのだし。

 とはいえ、だ。

 

「……面倒くさい」

 

 それに尽きるな。

 

 盾の男こと、雷。

 レジェンダリーで何度も斬った相手だ。記憶にある限りでは238回。まあ途中で弓を使ってたらもう少し増えるかもしれんが。弓使いは興味が無いから一切覚えてないしな。それは除外していいだろう。

 普段の雷は、今は扇形の刃となっているあの瓦礫のようなものを盾として集結させたものを手に持ち、もう片方の手に錫杖を持って戦うのが常だ。

 だが、今はそれとは違う形で戦闘に臨んでいる。

 おそらくはSETSUNA(1対1)とSENGOKU(3対3)で立ち回りが違うということだろうな。器用なものだ。

 ならばそれを前提として頭に入れておけば問題は無いだろう。

 

 さて、粗方情報は整理し終わった。では、そろそろいいか。

 

「……」

 

 刀の柄を両手で握り、構える。

 それを見てか、何事かを口にしていた2人の男も構えなおした。それでいい。

 

 戦力はある程度把握した。何をしてくるかの予想も多少は出来た。過去の記憶から対処法も策定した。問題は何もない。

 ならあとは、思うがままに刀を振るえばいい。

 

 ドクンと心臓が一度大きく鼓動する。同時に火(・)が胸の奥に微かに灯る。この感覚も久しぶりだな。懐かしい。

 1ヵ月。全てを捨て、諦めたあの日からそれだけ経った。

 もう二度とこんな機会は無いと思っていたが、まさか巡ってくるとはな。ここ最近はよく思うが人生とはわからんものだ。

 

 さあ、殺し合おう。全てを懸けて。全てを捨てて。

 それだけが俺という人でなしに許された生き方。俺が唯一『生』というものを実感出来る瞬間。俺という生き物がこの世に存在しているのだと確かに感じることが出来る行為。

 殺し合いこそが、この世でただ一つの答えだ。

 

「乃依、油断はするなよ。そろそろ本気で来るぞ」

 

「様子見は終わりってわけ? 黒鬼相手にいい態度。後悔させたげるっての」

 

 大きく踏み込む。合わせるようにして雷もまるで飛ぶように向かってくる。

 同時に放たれた2本の矢を躱し、弾いて前へと駆ける。

 眼前に迫った雷の横薙ぎを受け流し、入れ替わるように飛んでくる矢を躱して袈裟斬り。雷の左腕から散る花びら。浅い。

 追撃の切り上げ――――は電撃の矢を放たれることで止められる。一瞬足を止め、矢が通過するのを見送っているとその間に雷は後ろへと飛び退る。

 まったく、一足飛びという言葉に相応しい動きだな。一度の跳躍で4mは移動したぞ。ここが仮想の世界だと強く実感できる光景だな。

 

 だが、悪くはない。

 胸の奥の火がゆっくりと神経を伝って脳に向かって上がってくる。

 生の実感が、心の奥から湧き上がってくる。

 爺さんと血を撒き散らしながら刀を振るいあった時と比べては遥かに薄い感覚だが、構わない。ツクヨミ(ここ)には殺し合いも(・)ど(・)き(・)しかない以上は仕方のないことだ。

 

 さあ、もっとだ。もっとよこせ。俺はそれさえあればいい。

 口角が上がるのを自覚する。だがこれは愉悦でも喜悦でも無い。安堵だ。俺は今この瞬間を生きているのだと実感していることに対しての安堵が、胸の奥から火と共に湧き上がってくる。

 もう思考はいらない。俺にはこれだけあればそれでいいんだ。

 俺はさらに胸の火を大きくするために、雷に向けて大きく一歩を踏み出し――――

 

 ―――チリン。

 

 左の耳元で、音が聞こえた。とても小さな金属が奏でたような音だった。

 これは、なにが――――

 

『おー。しんたろーって笑うとこんな顔なんだ。ちょっと面白いかも』

『やっぱり一緒に行こうよ―――ハッピーエンド!』

『かぐやの隣がしんたろーの居場所なんだから』

『しんたろーは、ずっとかぐやの傍だからね』  

 

「あ」

 

 脳裏をかき回すようなその声に、思わず足が止まる。 

 湧き上がってきていた火が、瞬く間に掻き消えていく。

 それを俺は掴み止めることも出来ず、ただ立ち尽くすのみだった。

 

 思考が纏まらない。状況を見失った。今俺がどこに立っているのかもわからない。

 そう混乱する俺に向かって雷の刃が振るわれる。それを俺は呆然と眺め――――

 

『―――かぐやいろPチャンネル、みんなで頑張って勝つぞー、おー!』

 

 ―――刀を振るい、弾き返す。

 

「チッ、誘ったか……!」

 

「雷ッ!」

 

 体勢を崩した雷を援護するように放たれた矢を踏み込んで躱し、退こうとした雷に迫る。

 後退は不可能と判断したのか、迎撃してくる雷の突きを鼻先2mmで首を傾けて回避し、逆に刃を突き立てる。

 宙で鋭角に曲がり頭上から迫る矢を雷の背後に回り込むことで避け、そのまま雷の胸を突き抜けた刀を振り切る。胴体を真横に切り裂く形だ。だがまだHPが残っている。

 立て直すために距離を取ろうと雷が俺がいなくなった空間へと足を踏み出そうとしたので、その出足の脛と足の甲をまとめて貫き、反射的に動きを止めたところで足先から頭頂に向けて刀を斬り上げる。

 斬った先から花びらが舞い、眼前の男の体が散っていく。

 

「くそっ!」

 

 雷の散り消える前の言葉とほぼ同時に、背後から矢が迫ってきたので刀で弾く。視線を向ける必要もない。事前の予定通りに対処は可能だ。問題ない。

 

 それに、そんなことは今どうでもいい。

 左耳に手を当てると触れたのは小さな金属質の物体。三(・)日(・)月(・)の形状をしたもの。

 

「…………みんなの、月」

 

 かぐやが手ずから作成したアクセサリー『みんなの月』。酒寄を元気づけるためにとかぐやが時間をかけて造形し、そしてかぐやいろPチャンネルのメンバーそれぞれに贈ったもの。

 かぐやと酒寄と犬DOGE、そして俺を象ったもの。

 み(・)ん(・)な(・)の月。

 

「ああ、違うな……」

 

 飛んでくる矢を弾きながら、ポツリと呟いた。

 頬に触れる。上がっていた口角はいつの間にか元の形に戻っていた。それでいい。

 さっきのあ(・)れ(・)は決して笑みではない。笑顔のわけがない。

 あの状態の時の自身の表情を俺は今まで見たことはないが、同類である爺さんのその顔は、何度も何度も見たことがある。

 

『アハハハッ! ハハハハハッ! ギャハハハハッ!!!』 

 

 だからわかる。あれは笑顔なんかじゃない。

 目を見開き、口角を吊り上げて哄笑するあの姿は違うものだ。

 笑顔というのがどのようなものなのか、今の俺はよく知っている。

 

『あははははっ! すごいこれ! めっちゃたのしーね! 自分で消すのかぐやめっちゃ好きー!』

 

 知っている。だからこそ言える。先ほど俺が浮かべていたものが、笑顔なわけがない。

 あんなものは、俺が求めたものじゃない。

 俺が求めたハッピーエンドに相応しいものではない。

 あれは、『楽しい』ではない。

 

 それがわかっていたから、俺は全てを諦めたのではなかったのか。

 この阿呆が。

 

「はぁ」

 

 溜息を吐いて、思考を切り替える。

 改めて冷静になって考えれば、自身が目的を見失っていたことを自覚する。

 なにをやっているんだか。俺の役割は眼前の敵を斬り殺すことでなく、時間を稼ぐことだ。酒寄が頭を悩ませて建てたそんな単純な作戦すら脇に置いて、俺は一体何をしているのだか。ほとほと呆れる。阿呆が。

 まあいい。今からでも当初の作戦に戻ろう。

 やることは単純なんだ、問題はない。ただ時間を稼げばいい、だけ、で――――

 

「―――あ」

 

 やらかした。

 

 


 

 

「もっとうまくやれよな――――」

 

 目の前の赤髪の男――――私の実の兄、酒寄朝日(あさひ)改め帝アキラがその全身を光のエフェクトで包みこむ。やられた。ウルトの発動を許した。

 金砕棒(かなさいぼう)から刀を引き抜き、ウルトの超加速で瞬く間に牛鬼の全身を切り裂いていく。ダメだ。周囲の瓦礫が邪魔で止められない。

 

「―――俺みたいに」

 

 牛鬼を一呼吸の間に打倒し、ウィンクと共にそんなことを呟く実の兄を、私は歯噛みして睨みつけることしか出来なかった。

 だけど、ここで止まるわけにはいかない。私達は勝たないといけないんだから。

 

「まだっ!」

 

「おっと」

 

 渾身の力を込めて斬りかかるもあっさり受け流される。まずい。遊ばれてる。完全に流れを取られたまんまだ。このままでは櫓も取られる。それだけは絶対に回避しないとダメなのに。

 

「おりゃー! ――――って、うわぁっ!?」

 

「かぐやっ!」

 

「よそ見してるヒマあんの?」

 

「あーもうっ!」

 

 まずいまずいまずい、マジでまずい! 状況が最悪すぎる! 時間が無いってのに!

 

 チラリと視界に浮かぶマップを見る。

 トップレーンの櫓の近くに3人。私とかぐやと帝。それはいい。作戦通りの2対1。数で有利を取った形になっている。劣勢だけど。

 でも一番の問題はボトムレーンだ。

 そこに浮かんでいるアイコンは3(・)つ(・)。予定通りに向かっていった浦野と、雷(・)と(・)乃(・)依(・)く(・)ん(・)の(・)2(・)人(・)のもの。

 最悪の展開にもほどがある。なんだって最強のプロゲーマーが圧倒的な格下相手に定石通りに行動してくるのよ! ふざけんな、舐めプしろ! 2対1とか卑怯だと思わないのか!

 

 まずい状況にもほどがある。浦野がなんとか雷と乃依の兄弟相手に時間を稼いでいる間に私達で櫓を獲得しなくちゃならないってのに。

 たった1人しか目の前にはいないのに、まるで勝てる気がしない。

 このままじゃ、浦野がやられる。

 

「そんじゃま、お先~」

 

「待てっ!」

 

「こんにゃろー! 待てー!」

 

 櫓に続く石段を駆け上がっていく帝を全速力で追いかける。が、距離は縮まらない。しまったな。こんなことなら速度に寄せた構成(ビルド)で来るべきだった。後悔先に立たずとはまさにこのことだなぁ。ちくしょう。

 

 かぐやと肩を並べて追いかけるが、間に合う気配は無い。ワイヤーを飛ばすにしてもいい具合に引っ掛ける場所が見当たらない。帝に巻き付けるにしても躱されるか、仮に当たってもすぐに解除されるのは目に見えてる。

 くそ、これはもう、このラウンドは無理か……。

 

 私がそう内心で諦めかけた時、帝の足が止まった。

 

「―――はあっ!? 雷、どうした!?」

 

 帝が唐突に叫んだ。なんだ?

 即座に浮かび上がったそんな疑問よりも先に、違う言葉が私の口から飛び出す。

 

「かぐや、櫓ッ!!」

 

「―――オッ、ケーーー!!!!」

 

 返事と共にかぐやが突っ込む。

 それに合わせてワイヤーを射出して帝の足に巻き付ける。出来れば両足を縛りたかったが、直前に動かれて片足だけに巻き付いた。でもいい。これで時間は稼げる。

 

「なっ、彩葉!?」

 

「久しぶりに会った妹を舐めすぎだっての!」

 

「チッ!」

 

 拘束を解除しようと刀をワイヤーへと向けるが、切断されるよりも前に全力でワイヤーを引っ張ることで帝の体勢を崩す。すぐに立て直されるだろうが、それでもこの体勢では数秒かかるはず。たかが数秒、されど数秒だ。今はそれだけあれば充分。

 

 かぐやが帝の横を通り過ぎ、櫓のある陣地へと突入する。

 それを視界の端で捉えつつも、私は全力で妨害に回る。このチャンスを逃すわけにはいかない。多分これがこのラウンドで最初で最後のチャンスなんだから。

 ワイヤーが切られる。でもいい。充分。この時間で距離は詰められた。

 跳び上がり、双剣形態の武器を上から叩きつけるように振るう。当然難なく防がれるが問題なし。それが狙いなんだから。

 時間はもう稼ぎ切った。

 

 ―――鐘の音がフィールド中に鳴り響く。

 

 よくやったよ、かぐや。

 

「彩葉ー! 櫓取ったーー!!」

 

「ナイス!」

 

 私達のものとなった陣地から、かぐやが勢いよく飛び出してくる。

 よし、流れは奪った。このままの勢いで帝のことも――――

 

「―――ちょっとこれはさすがに予想外。立て直させてもらうな彩葉」

 

「しまっ―――」

 

 やらかした。

 意識が微かに逸れた瞬間に、思いっきり腹部を蹴り飛ばされる。足長いなちくしょう。

 地面に手を着き、顔を上げるも既に帝は石段を駆け下りてるところ。この距離じゃあもう間に合わない。完全に逃がした。

 

「失敗した……」

 

「彩葉ー、だいじょうぶー?」

 

「……当然でしょ。ゲームなんだから」

 

「あ、そっか」

 

 いまさら何を言ってるのやら。

 まあいいや、ひとまずは安心だ。当初の予定通りに私とかぐやのチームで櫓を手に入れる事には成功した。帝の残機も可能なら削っておきたかったけど、それはさすがに高望みだったかな。

 

「よし、とりあえず走るよ」

 

「オッケー」

 

 かぐやと並んで駆け出す。狙いは無論、敵本陣の天守閣。

 こちらが櫓を取った以上、大将落としは既に出現している。あとはそれを打ち込めばこのラウンドは私達の勝利だ。

 

「それじゃ、かぐや。ここからも作戦通りに」

 

『―――かぐや、酒寄、報告だ』

 

「あ、しんたろー」

 

 言葉の途中でボトムレーンで大変な目にあっているはずの浦野から連絡が入った。

 やばい、櫓を取れたことで浮かれていたが向こうはまずいことになってるんだった。マップを見ればわかるように、浦野は今も乃依くんと対峙したまま、で…………ん?

 

「あれぇ……? しんたろーそっちに居た雷はどこいったの? マップにいないよ~?」

 

『ああ、それについてだ』

 

 かぐやの言う通り、マップに映っている黒鬼のメンバーのアイコンは帝と乃依くんのものだけ。雷のアイコンがどこにも無い。

 これは、どういうことだろうか。まさか回線が切れた、なんてことが起こってしま――――

 

 ―――マップの黒鬼本陣に、雷のアイコンが出現した。

 

「……は?」

 

「あ、出てきた」

 

 なんだこれ。

 ああいや、これに似た現象は何度も見たことはあるが、そんなわけはない。それと同一の事象なわけはないはずだ。だって向こうは2対1で、雷はレジェンダリープレイヤーなわけで――――

 

『―――勢いあまって雷(・)を(・)斬(・)り(・)捨(・)て(・)た(・)。それにより時間稼ぎの役割に失敗した。今後の指示を請う』

 

「……………………は?」

 

「えーマジ!? すごいじゃんしんたろー! 雷ってめっちゃ強かったんじゃなかったっけ!?」

 

『そうだな。技量は高い方だと思う』

 

「それ倒したんでしょ? やったじゃん!」

 

『そうか?』

 

「そーだ!」

 

『そうか』

 

「―――そうか、じゃなーーーい!! 何言ってんのあんた!? ってかなにしてるわけ!?」

 

 思わず叫ぶ。ってか叫ばずにいられるわけがない。

 何をわけのわからないことを言ってるんだこの男は。その言い方ではまるで、2対1の状態で雷を倒したみたいじゃない。

 

「……あ、いや、もしかして2人が固まってそっちに行ってただけで、戦闘に参加してたのは雷だけだったとか、そういう感じ? 乃依くんは近くで見てるだけだったとかそういう」

 

 マップで見ると2対1だったが、実際にはそんなことはなかったということだろう。

 浦野は以前に配信でヤチヨも認めたSETSUNA(1対1)プレイヤー。相手が黒鬼でタイマン最強とはいえ、戦いの流れ次第ではそういうこともありえるはず。それなら私も納得ができ――――

 

『いや、雷の動きに合わせて矢を射ってきたが』

 

 ―――納得できるかそんなもん! なにがどうしてそうなるわけ!?

 

 そうやって私が内心で散々に叫んでいる最中も、浦野は何も気にした様子もなく聞いてくる。

 

『それで、これからどう動けばいい。指示を寄こせ』

 

「な、あ、くっ……」

 

 この短時間で溜まったストレスを吐き出してやろうかと逡巡するも、一旦それを飲み込む。

 落ち着け酒寄彩葉。今はそんなことをしてる場合じゃないでしょ。冷静になりなさい。とりあえずわけのわからないことを全部一旦飲み込むの。それであとから全部ぶん投げてスッキリすればいい。昨日の誕生日パーティーでそれは学んだはずでしょ。

 とにかく全部あと。あとで気になることを全て聞き出せばいい。まずはやらなくちゃいけないことからだ。

 そうして私は深呼吸を一度して内心を無理矢理に落ち着かせてから、浦野に対してまずは疑問を問いかける。

 

「……先に聞かせて、乃依くんは今どうしてるの?」

 

『戦闘中だ。常に矢を射かけられている』

 

「え、今も?」

 

『ああ』

 

 にしては冷静だな。

 ……いや、どんな状況だろうと浦野が慌てるわけないか。平常時でも非常時でも変わらないのがこの男だもんな。赤ちゃんがいきなり大きくなっても態度が変わらなかったやつだし。

 

「そっちの牛鬼はどうなってるの? もう倒した?」

 

『未だ健在。だが長くは持たん。この大きさの的を狙う矢を防ぎ続けるのは不可能だ』

 

「牛鬼は守り切れなさそう?」

 

『切り落としきれん、無理だ。長くて3分』

 

「……牛鬼がやられたあと、乃依くんより先に櫓は取れそう?」

 

『弓で鐘を鳴らせるかどうかによる』

 

「鳴らせる」

 

『では無理だ。現在の位置取りではどうあっても先に櫓を取られる』

 

「……そっか、了解」

 

 マップを見る。

 雷は本陣でトップレーン寄りに移動中。多分私とかぐやを迎撃する気。

 乃依くんと浦野はボトムレーンで牛鬼攻防戦中。ただし時間は無い。櫓は取られると思った方がいい。

 そして帝は――――

 

「―――こっちの本陣に侵攻中、と。嫌な動きしてくれるね」

 

「ヤバいの?」

 

「めっちゃヤバい」

 

「うへ~」

 

 かぐやが苦い顔をするが、私は多分それ以上に苦い顔をしていると思う。

 まずい展開だ。特に帝の位置がまずい。私達では咎められない位置にいる。浦野が牛鬼を守りきれずに櫓を取られた瞬間に大将落としを打ち込んできて即座にラウンドを取られる状況になってる。

 これは詰みかな。さすがに。

 

 抱いた諦観をなんとか押し殺しながら隣のかぐやに視線を向けると、鼻息荒くガッツポーズを向けてきた。なんでもやる、とでも言いたいんだろうな。 

 なら、作戦立案兼現場指揮として先に諦めるわけにもいかないか。

 浦野には無理をさせてしまうことになっちゃうけど。

 

「たろーD、なんとか5分持たせて。その間に私とかぐやで相手の天守閣を落とす」

 

『……いろP』

 

「わかってる…………ごめん」

 

『……構わん。いろPを頭にして俺とかぐやを手足にすると言いだしたのは俺だ。従おう』

 

「ありがと……」

 

 通話が切れる。

 先程の言葉に嘘が無いなら、現在も牛鬼を狙う乃依くんの矢を迎撃中のはずだ。常に背後から守っている牛鬼に攻撃されながら。

 無茶を言った。自覚はある。でも勝ち筋がそれしか見えないのも事実。なら今は浦野になんとかしてもらうしかない。

 浦野が牛鬼を守り抜くことで櫓を取らせず、大将落としを出現させないことで天守閣前で待機している帝を遊兵に落とし、その間に私とかぐやで雷を突破するしか勝機は無い。

 それがどれだけ低い可能性かというのは、今は棚上げする。

 

「かぐや、急ぐよ!」

 

「わかった! がんばろーね彩葉!」

 

 気合を入れ直した様子のかぐやを一目見てから、私は大きな黒いオオタカの背に飛び乗って雷の待つ黒鬼本陣へと向かった。

 

 


 

 

 大きなエビのようなナニカの背から飛び降りながら向かって来た矢を弾く。

 落下途中で大きな鋏に足をかけて停止。目の前を通り過ぎる電撃の矢を叩き落す。息をつく暇もないな。

 内心で嘆息しながら体勢を立て直すが、すぐに次が迫る。今度は矢と牛鬼の大きな鋏も一緒に。守っている相手にも攻撃されるこの現状は、実に面倒くさい。

 俺に向かう矢を弾き、鋏を回避。そしてその合間に飛んでくる複数の矢が牛鬼の背中部分へと突き刺さる。俺の立ち位置からは届かない場所だ。

 さっきからずっとこうだ。少しずつ牛鬼のHPを削られている。

 

 漏れそうになる溜息を飲み込む。

 まったく、一体俺は何をしているのだか。

 

「……自業自得か」

 

 事実を呟く。

 現状は俺が招いたものだ。甘んじて受け入れるしかあるまい。視界に映る地図を見れば、いくらでもそれを実感できるのだから。

 

 地図に目を向けると、酒寄が敵の本陣にて雷と対面しているというのが読み取れる。俺が時間稼ぎをしてここで釘(・)付(・)け(・)に(・)す(・)る(・)べ(・)き(・)だ(・)っ(・)た(・)雷(・)と戦っているのが。

 酒寄と行動を共にしていたかぐやは既に俺達の本陣に戻っている。先ほど雷に撃破されて、現在は帝とやり合っているらしい。

 そして俺はこうして乃依が牛鬼を倒し、櫓を獲得するまでの時間を少しでも長引かせようと妨害しているのだが。

 

「限界だな」

 

 酒寄の指示から3分29秒経過。提示された5分まではあと90秒ほどあるが、もう無理だな。牛鬼が落ちる。生憎と役割は達成できそうにない。

 矢を弾く。牛鬼の攻撃を回避する。走って届かない位置に矢が飛んで牛鬼へと直撃する。

 

 モーションアシストを起動するか? あれがあれば単純に足は速くなる。問題は著しく剣が鈍ることだが。

 俺の剣はあくまでも俺の身体能力を十全に活用して振るうものだ。そういう風にこれまで修練した。頭頂から爪先までの体全体を把握し、その全てを意識して稼動させる。それが俺の剣。俺の修めた浦島一刀流だ。

 だがアシストを入れるとそれがズレる。自身の肉体が認識以上の動きをし過ぎる。mm単位どころかそれ以下で精密に動きを把握しているはずの体の動きよりも、遥かに過剰な結果を出すことになる。80cm飛び退るつもりで跳んだら1mくらい後ろに跳ぶ、みたいに。

 結果、俺の剣は鍛え上げた技量を発揮しきれなくなる。

 

「とはいえ、この状況ではそうも言ってられんか?」

 

 矢が宙を駆けて牛鬼を目指す。切り落とす。2本目が迫る。弾く。3本目が牛鬼に突き刺さる。

 アシストがあれば今のは追い付けたな。

 

 単純に速度が増すことを考えれば悪い選択でない、というのがな。敵を斬り殺す、というのなら論外なのだがこの状況ではそうとも言えず、おかげで選択肢から排除しきれない。面倒くさい。

 矢が牛鬼に刺さる。

 

「……無理か」

 

 出来れば使いたくない、が、いい加減に諦めるべきか。俺が対処しきれないのが悪い。さっきも思ったが自業自得だ。阿呆め。

 俺は視界に映る設定画面からアシスト機能を選択しようとし――――

 

 ―――マップの酒寄の表示が消失した。

 

 突破しきれなかったか。

 俺が敵本陣の状況を確認すると同時に矢が牛鬼に突き刺さり、牛鬼が悲鳴のような鳴き声を上げながら花びらを舞わせて地に伏せる。

 4分13秒。指示は不達成か。

 

 遠く視界の端、櫓のある陣地の前の石段の上にいる乃依が駆け出し、弓を構え、射る。そして直後に鳴り響く大きな鐘の音。

 俺は構えを解いて、刀を払って納刀する。ほぼ同時に俺達の本陣方向から大きな爆発音。そちらに目を向ければ、遠くからでも見える巨大な爆炎。

 1ラウンド目は終わりだな。

 

 

☆☆☆

 

 

 視界が切り替わり、本陣の幕営地へと変わる。

 顔を横に向けるとそこには見慣れた――――いや、片方は見慣れない姿をしているが――――2人がいた。

 

「だあぁああああああ! チックショー! 帝ォーーーー!!!」

 

 正面に聳える岩山に向かって叫ぶかぐや。

 ラウンドの最後の場面ではかぐやは帝と対面していたはずなので、目の前で天守閣が破壊されたことになる。そんなものを最も近くで見せ付けられたのだから鬱憤が溜まったのだろう。

 俺がそう分析していると、酒寄が肩を落としながら俺へと向かってくる。

 

「ごめん、たろーD。落とせなかった……」

 

「……最初の指示を達成出来なかったのは俺だ。謝罪はむしろ俺が言うべきものだろう。すまなかった」

 

「ううん。無茶させた上で結果がこれなんだから、謝るのは私だよ……ごめん」

 

「……そうか」

 

 別段、気にする必要はないと思うがな。今言ったように元々俺のミスが原因なのだろうから。 

 俺が雷を斬り捨てなければ酒寄達は作戦通りに櫓を獲得してそのまま敵本陣に侵攻。そして俺は継続して雷と乃依の足止め。そうなれば勝敗は逆に…………いや、そうはならないのか?

 状況がそのように展開していれば黒鬼の対応も変わったはず、ならば単純に考えるわけにもいかない、のか?

 ……ダメだな、わからん。

 SENGOKUはSETSUNAと比べて考えなくてはならないことが多すぎる。目の前の相手だけ斬ってればいいSETSUNAは随分と楽だったな。本当に。

 自分と相手という2人だけの状況以外に対する方法がまるでわからん。困ったものだ。

 

「―――いよぉぉぉおしっ! 大声出してスッキリしたし次のこと考えよ! ――――んで、どうしよっか?」

 

「……」

 

「……」  

 

 酒寄と顔を見合わせる。

 とりあえず、反省はほどほどにして次に備えるとするか。

 

「……次のラウンドはどう動く」

 

「さっきと同じで、ガーッといってシュタタタター! そんでバーン! って感じでいいんじゃないの?」

 

「……まあ、うん。たしかにかぐやの言う通りで基本方針は同じでいいと思う…………っていうか」

 

 言葉を一度区切ってから、何故か俺を胡乱な目で見てくる酒寄。

 なんだ?

 

「―――さっきのあれ、なに?」

 

「あれ、とは?」

 

 具体的でない言葉に対して疑問を口にすると、頬を引き攣らせる酒寄。

 

「雷のこと! たろーDが倒した雷の話! なんなのあれは!? 完っ全に予想外だし多分お兄ちゃ……帝が動揺したのも同じ理由でしょあれ! 私なんにも聞いて無いんだけど!?」

 

 お兄ちゃん?

 まあいい。途中で変な単語が聞こえた気もするが無視しよう。大して重要ではないのだろうしな。

 それにしても聞いてないと言われても、逆に何を話せと言うのか聞きたいくらいだ。そもそも事前に伝えるべきことは伝えているはずなのだが。

 

「……具体的に言え。結局のところは何を聞きたいんだ」

 

「たろーDが戦力としてどれくらいなのか! まずはそこ!」

 

 どのくらいと言われても。

 

「SENGOKUの経験はない」

 

「知ってる」

 

「SETSUNAはランクマと友人を相手にする以外ではやっていない」

 

「それは……まあ、予想の範囲内」

 

「ランクマではよく負ける」

 

「そ(・)こ(・)! その部分を聞きたいわけ!」

 

 勢いよく指を突き付けてくる酒寄。

 その突き出された指先を見ていると、ハッとした様子で慌てて指を引っ込めた。なにがしたいのやら。

 

「なんでランクマでよく負けるようなのが、2対1の状況でレジェンダリープレイヤーを落とせるわけ? 勝負は水物なんて言うけど、さすがにおかしすぎるでしょ」

 

「へ~、そーいうものなの彩葉?」

 

「そういうものなの」

 

 と、言われてもな。

 返せる答えは単純なものでしかないのだが。

 

「雷は斬り慣れている。故に斬った。それだけだ」

 

 正確には思わず斬ってしまった、になるかもしれんが。

 まあ、どちらにせよ大して変わらんからいいだろう。

 

「斬り、慣れてる……?」

 

「そーなんだ。すごいんだねしんたろー!」

 

「そうか?」

 

「そーだ!」

 

 そうか。

 まあ、なんでもいいが。

 

「…………あの、待って、まさかとは思うんだけど……」

 

 額を抑えて俯きがちに言う酒寄。

 

「たろーDってもしかして――――二(・)桁(・)ラ(・)ン(・)カ(・)ー(・)、とかだったりするの……?」

 

「……」

 

 二桁ランカー。二桁ランカー?

 事前のミーティングで出た雷の情報の時にも言っていたやつだったはず。

 詳しくは聞いていなかったが、多分あれだな。SETSUNAのレジェンダリーでの順位のやつ、だな? 多分。きっと。

 たしかそんなのがあったような気は薄っすらとある。ヤチヨともそんな会話をしたことがあった気もする。多分。

 そしてこの問いはそのランキングで俺は二桁順位になったことがあるか、という話だろう。

 さて、どうだっただろうか。正直よくわからんな。なんてったって興味がまるで無かったから碌に覚えていない。勝敗を気にしたこともなければ順位を気にしたこともない。だから当時の俺はさっさと記憶から放り捨てたんだと思うが、さて。

 

 考えて、考えて、考えて、答える。

 

「……二桁にはなったことはあった……はずだ。多分」

 

 おそらくだが。

 

「おー、それってすごい、んだよね?」

 

「知らん」

 

「えー、しんたろーのことでしょ?」

 

「知らん」

 

「……ま、それはそれでしんたろーっぽいね~」

 

「……そうか?」

 

「そーだ」

 

「そうか」

 

 よくわからん。

 俺はそんな風にかぐやと会話していると、酒寄が頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 また突発性の頭痛だろうか。大変だな。

 

「……あ」

 

「あ?」

 

「あ、あ、あ」

 

 肩を震わせ、一つの文字のみを口にする酒寄。何故か時間が経過するほど振動が激しくなっていく。なんだこいつ。

 

「―――アホかーーーーーーーーーー!!!!」

 

「うわ、ビックリしたぁ」

 

 うるさいぞ。いきなり叫ぶな。

 

「あんたホントマジであんたさぁ! もーマジでさぁ!」

 

「……なんだ」

 

「そういう大事なことはさ・き・に・言・えっ!」

 

 大事なこと? これが? 何故?

 

「…………具体的に言え。どの部分が大事なんだ」

 

「ランカーの話! 否定しなかったってことはあんた普通にレジェンダリープレイヤーなのは認めるんでしょ!?」

 

「ああ、そうだな」

 

「そうだなってあんた…………ああ、もういいや。疲れた……」

 

 足元をふらつかせて再度しゃがみ込む酒寄。

 よくわからんが、また何かを俺は間違ったらしい。いつものこととはいえ、相変わらず何を間違ったのかがよくわからんな。

 

「彩葉、だいじょうぶ? あたま撫でたげよっか?」

 

「……うん」

 

「よしよ~し。大丈夫だよ彩葉~。かぐやとしんたろーがついてるからね~」

 

 宥め励ましているかぐやを横目に考える。

 多分俺がレジェンダリーにいることを重要視している、のだろう。多分。

 ランクマの指標としてレジェンダリーが上位にあるのは俺も知っている。そして今の反応を鑑みると酒寄もそれを重視していたのだろうが、残念ながら対象は俺だ。それをそのまま当てはめるのは難しいだろう。

 俺は確かにレジェンダリーにはよく到達しているし、ツクヨミに来た最初期の頃ならよく勝利もしていたから当時の俺を『強い』と称することに異論はないが、今(・)は別だ。強い、というのは相対的な評価のはずだ。よって今のランクマでよく負けている俺を強(・)い(・)とは決して言えないだろう。勝率は半分程度だしな。

 それこそSENGOKUでなくSETSUNAで乃依(弓使い)と対戦することになれば俺は間違いなく負けることになるだろう。

 つまりは前提条件が変わればSETSUNAでレジェンダリーだろうとSENGOKUで活躍できるかは別、ということになると思うのだが。

 

 そういったことを総合的に考えたのならば、決して俺は強いと自負できるような存在ではなくSENGOKUにおいて期待できる戦力でもない、もののはずだ。

 

「それでいろP、次はどうする。作戦に変更はないのか?」

 

 ないならないで構わない。先ほどの失敗を繰り返さないようにすればいいだけだ。

 俺が蹲る酒寄へと声をかけると目の前で勢いよく手が上がった。挙手の姿勢だ。当然酒寄の手ではない。その頭を撫でていたかぐやの手だ。

 それを訝しく思いながら、俺はその挙手の意図を聞くべく問いかける。

 

「……かぐや、どうした?」

 

「あのね、思いついたんだけどさ。――――ア(・)レ(・)って使えないのかな!」

 

「……」

 

 かぐやが指さす先――――上空へと視線を向ける。そこには青白い体を靡かせながら空を泳ぐ巨大な魚類がいた。

 空の魚類からかぐやへと視線を戻すと、胸を張り腰に手を当てながら楽しそうに笑顔を浮かべていた。自身の提案によほどの自信があるようだ。

 酒寄へと視線を向ける。向こうも俺を見た。無言で顔を横に振られる。なるほど。

 

「……かぐや」

 

「うん! アレに乗って気付かれないまま進んで、そんで上から一気にドーン! ってやるの! めっちゃいいと思わない!?」

 

「……そうか。では協力を要請しておけ」

 

「わかった!」

 

 かぐやは大きく頷くと、空を泳ぐよくわからん魚類に向かって両手を振って大声を張り上げ始めた。どうやら本当に呼びかけているらしい。

 そんなかぐやを尻目に、酒寄と再度言葉を交わし始める。

 

「どうする」

 

「……作戦の骨子は変えない。こっちが多い時に叩く」

 

「では俺はまた時間稼ぎだな」

 

「……その前にたろーD、正直に答えてほしいんだけど、いい?」

 

「なんだ」

 

「たろーDはかぐやと2人でなら、黒鬼メンバー2人に勝てる?」

 

「……おそらく無理だ」

 

「それは、なんで?」

 

「乃依が無理だ、俺では斬れん。それはかぐやも同様だろう。昼間に見たかぐやの技量では難しいはずだ。それに、まだ一度だけしか対面していないが、あれは軽々に敵を寄らせはしない類の者だろうからな」

 

「……雷は?」

 

「雷は斬れる。SETSUNAと大して変化がないのなら、という前提が間違っていなければだが」

 

「じゃあ帝は?」

 

「わからん。俺はあの男の腕前を見ていない」

 

 俺が答えると、顔を顰める酒寄。

 

「……一回でも動画かなんか見せておけばよかった……」

 

「そうだな。俺もその点は怠った」

 

 失敗だな。

 どうやら敵戦力の事前調査はもっとしっかりと行うべきだったようだ。

 酒寄が難しい顔をしながら額に指を当てて口を開く。どうやら次の作戦が出来たらしい。

 

「…………わかった。それじゃあ次のラウンドは少し変更を」

 

 酒寄が新たな作戦の説明を始めようとすると、唐突に上方から気配が接近してきた。と(・)て(・)も(・)巨(・)大(・)な(・)気配が。

 俺はそれを察知した瞬間に振り返って駆け出し、かぐやの襟首を掴んで後方の酒寄の位置へと放り投げ、そして抜刀。この気配の巨大さに比べたなら意味はないだろうがそれで、も――――

 

「……驚いた」

 

 ―――視線の先で、巨大な魚類がゆっくりとこちらに向かって降下しているのが目に入った。

 

「……は? ちょ、マジで……?」

 

「あービックリしたぁ…………って、おーい! こっちこっち~」

 

 唐突に投げられ仰向けに倒れていたかぐやが起き上がり、手を振って上空の魚類を誘導する。

 

 やったのか。いや、やれたのか。

 酒寄も否定していたし、どうせ無理だろうと思っていたのだが、まさか本当にあれを呼び寄せることに成功したらしい。すさまじいな。

 

「……」

 

「……」

 

「いらっしゃ~い。ありがとね、来てくれて!」

 

 かぐやが巨大な鼻先を撫でると、その大きな体を震わせる魚。喜んでいる、のだろうか。俺にはよくわからん光景だ。

 

「―――彩葉、しんたろー! これで行けるっしょ!」

 

 かぐやの自信満々な声に、俺と酒寄は無言のまま目を見合わせた。

 

 

☆☆☆

 

 

 虎バイクを駆けさせながら視界に映る地図を確認。ボトムレーンへと向かう黒鬼のメンバーは1ラウンド目と同様に雷と乃依の2人。

 事前の想定通りだな。

 

「いろP」

 

『大丈夫、私も見てる。問題なし』

 

 チーム内VC(ボイスチャット)を用いて呼びかけると、即座に返答があった。

 向こうでも見ているのなら問題はないな。

 

『しんたろー、かぐやが思いっきりやっちゃうから任せておいて!』

 

「そうか、では任せる」

 

『オッケー!』

 

 かぐやの返答を聞いてからVCを遮断する。そろそろ到着だ。

 視界に映る現在の俺の状態を確認する。1ラウンド目からの状況を引き継いでいるのでHPは残り7割弱。残機は全て残存。HPが削れている状態からの戦闘というのはこれが初めてだな。

 

 焦点を戻して視線の先を見やる。大きな川にいくつもの橋、そしてその周囲の突き出た岩場。それらの中心地点にいる大きなエビのような姿の牛鬼。そして牛鬼を挟んで俺と対角線上に現れた虎バイクに乗った雷と乃依。

 それらを視認した上で俺は変わらずに虎バイクを走らせ続ける。

 

「……はぁ」

 

 溜息を一つ溢してから虎バイクに跨っていた体勢を変え、立(・)ち(・)上(・)が(・)る(・)。無論、走行中の虎バイクの上でだ。そしてその状態のまま腰の刀へと手をやり、鯉口を切る。

 まるで曲芸だな。

 まったく、まさかこんなことをすることになるとはな。この1ヵ月そんなことばっかりだ。 

 俺がそんな風に内心で嘆息していると微かに耳に届く飛翔音。抜刀。

 刀を振り切り、斬り飛ばしたものを視界の端で捉える。乃依の矢だ。この距離で、かつ互いに走行している状態での直撃コースか。上手いな。

 

 続けて何度も放たれる矢を躱し、弾き、あるいは致命的なもの以外をその身で受けることで極力被害を抑えながら走行を続けると、ようやく目的地へと辿り着く。大きなエビのようなナニカ――――牛鬼だ。

 虎バイクを牛鬼の股下を通過するように走らせ、通り過ぎる時に刀を振るう。すると牛鬼から大量の花びらが舞い散った。無論まだまだ足りない。

 俺はすぐさま虎バイクを反転させ、再度牛鬼へと突撃を行う――――前に俺と同じように虎バイクの上に立って得物を構えた雷が眼前へと迫る。さすがに2撃目は無理か。

 

「させんッ!」

 

「……」

 

 車体――――虎体? ――――を俺の横に並ばせて、錫杖の先端にある扇状の巨大な刃を薙いでくる雷。足元を狙ったそれを刀で巻き上げるようにして弾き上げ、そのまま上空から振ってくる矢を弾く。嫌なタイミングで射るものだ。1ラウンド目と比べて鋭さが増している。本気にさせた、ということだろうか。

 矢を弾いた隙をつくように放たれる雷の突きを、柄から離した左手で刃を外へと逸らして右手で握った刀を振り下ろす。生身の左手で刃で触れたことでHPが多少削れるが問題はない。許容範囲内だ。

 振り下ろした刀の先から花びらが舞う、が想定よりも少ない。当たる直前で距離を離された。足での虎バイクの操作は巧みなようだ。器用なものだな。

 

『―――月に帰ったよ』

 

『よっと。しんたろー今いくよー!』

 

 耳の奥で酒寄とかぐやの声が聞こえる。向こうも動いたか。

 雷と互いの間合いの外へと離れたまま牛鬼へと近付く。妨害するようにいくつもの矢が放たれるがその全てをくぐり抜けて、再度牛鬼の股下へと潜り込む。だが雷は変わらずに追ってくる。さすがに離せんか。

 雷が接近し刃を振るってくるのを視認し――――

 

「――――っ! 乃依ッ、牛鬼の上だ!」

 

 刃が触れる寸前に虎バイクから牛鬼の体へと飛び移る。

 牛鬼への着地と同時に駆け出す。俺の着地点へと矢が突き刺さるが無視。当たらないものに意識は割かない。

 刀を振るう。牛鬼の甲殻状の体表から花びらが舞う。まだ足りない。

 

「くっそ、少しはこっち見ろっての……!」

 

「そのまま射掛けろ! 自由にさせるとまずいっ!」

 

「わかってるよ!」 

 

 刀を振るう。花びらが舞う。

 矢が降り注ぐ中でそれを数度繰り返していると、背後で足音。雷のものだな。

 深く踏み込み、まるで扇で扇(あお)ぐように刃の腹を横から叩きつけるように振るってくる雷。背後から迫るそれに対して俺は距離を取るのでなく逆に接近、背中を向けたまま後ろに跳んで雷の間合いの内側――――雷の伸ばした腕の中に背を預けるようにして攻撃を躱す。

 そして背中を向けたまま雷の胸へと逆手に握った刀を突き刺す。直撃、貫通。

 直後、眼前で錫杖の先端の扇の刃が分かれてバラバラになっていくのを視認し、即座に横に飛び退いて牛鬼の体から落下すると、視界の端で分かたれた刃が先程まで俺がいた場所を通過するのを見送る。

 

「雷ッ!?」

 

「……問題ない。まだ7割ある。それよりも上空を警戒だ。くるぞ」

 

「わかってるって。それにしても、あの魚に乗れるのマジ……?」

 

 落下途中に刀を牛鬼へと突き刺し停止。爪先3cmの位置を矢が通過する。目がいいな本当に。よくもまあすぐに射れるものだ。

 飛んでくる矢を弾きながら、牛鬼の顔の前へ移動。刃を牛鬼の頭部に突き立て、一息に切り裂く。すると牛鬼の全身から力が抜け、倒れていく。

 牛鬼撃破。あとは――――

 

「―――フンッ!」

 

「……」

 

 直上から落ちるようにして振るわれる扇の刃を、勢いを殺さずに受け流してそのまま地面に叩きつけさせる。

 反動で一瞬固まってしまった雷に向け袈裟斬り。扇を解除した錫杖が差し込まれるが、その錫杖の上を滑らせるようにして錫杖を握りしめた指を斬る。だが切断はできない。

 ヤチヨ曰く、『プレイヤーの指には切断判定はないから』だったな。斬れたら楽だったんだがな。

 そのまま雷を攻め立てる。雷は完全に受け身に移行してダメージを抑えながらなんとか身を引こうと試みるが、その度に俺がその出足を止めさせる。逃がしはしない。

 

 完全に互いの間合いの上で足を止めて刃を振るいあう。胸の奥から上がってきそうになる熱(・)を耳元の小さな金属音を意識することで抑えつけながら刀を振り下ろす。今その熱に意識を持っていかれると、全部がご破算になりかねない。

 

 刀を錫杖の柄で受け止められ、反撃の刃を脇腹に貰う。残りHP3割。まだ持つか。

 そのまま雷は刃を押し込んで弾き飛ばそうとしてくるが、それは阻止。距離を離させる気は無い。

 刀を振るい、扇が迫り、斬って、斬られ、――――そんなタイミングで声が聞こえた。

 

『―――しんたろー!』

 

「ああ、来い」

 

 返事と共に雷の錫杖を思い切り弾き上げ、上体をがら空きにさせる。

 俺は雷が目を見開くのを正面から視認しながら、刀を大上段に構える。真向斬りの構えだ。

 刃が振り下ろされるまでの一瞬の合間の中で、視界の端を光が横切った。

 収束するように集まる光は、乃依の番えた矢へと吸い込まれていっている。弓のウルト。狙いは俺。だが――――

 

 ―――落下音。上空87m。人型。  

 

 もう遅い。

 

「―――うおりゃあああああああああああ!!!」

 

 上空から、大槌を構えたかぐやがすごい勢いで落下してくる。落下地点は乃(・)依(・)。

 

「マジ――――?」

 

 超(・)高(・)高(・)度(・)からの落下という、おそらく帝からの連絡があったのだろう乃依の上空への警戒を、文字通りに想像の上(・)からすり抜けて奇襲を掛けたかぐや。

 竹を束ねた大槌は光を発しており、既にウルトが起動中なのは一目で見て取れる。

 かぐやのウルトはダメージ最優先の火力特化。酒寄が言うには『防御ビルドじゃなければ当たれば一撃のロマン型』の威力。

 そして乃依は、防御を捨てた完全後衛型ビルド、だそうだ。

 

 乃依は既にウルトを起動し、構えている。あとは放つだけ。だが、それをどこに向けて放つのかは、まだ決まっていない。

 既に一つ残機を減らしてしまっている仲間の雷を再度断ち切らんとする俺に向けて放つのか、それとも自身を叩き潰さんとするかぐやに放つのか。それを、この一瞬で判断しなくてはならない。

 

「……」

 

「―――っ」

 

 俺と乃依の視線がかち合う。 

 何を思ったのかは知らないが、微かに口元が引き攣ったのが辛うじて見えた。

 

 引き絞られた弓から光輝く矢が放たれる。

 矢は真っ直ぐに標的へと向かっていき、そしてそれは警戒もせず無防備に刀(・)を(・)掲(・)げ(・)て(・)い(・)た(・)俺(・)へ(・)と(・)突き刺さった。

 瞬間、俺の視界の全てが輝く水晶で埋め尽くされる。

 弓のウルトの4つのうちの1つ、着弾地点に巨大な水晶の柱を発生させるウルトだな。

 

 これで乃依の手の内は全て割れた。

 あとはどうとでもなるだろう。少なくとも俺単独で相対しても特に問題はないはずだ。俺が何かを間違っていない限りは、だが。

 

「―――かぐや」

 

「うんっ、わかってる!」

 

 体の力が抜けていく。視界の端で表示されているHPは0。

 花びらへと変化していく視界に最後に映ったのは、水晶の奥で俺と同じように花(・)び(・)ら(・)へ(・)と(・)そ(・)の(・)身(・)を(・)変(・)え(・)て(・)い(・)く(・)乃(・)依(・)の姿と、全力で櫓へと走るかぐやの後ろ姿だった。

 

 暗転。無音。

 何もないその場所で、表示されているのは復活(リスポーン)までの残り時間と現在の状況を反映した地図のみ。

 耳元へ手をやって、未だに慣れないアクセサリーへと触れて胸の奥で湧き上がりかけていた火を鎮める。

 今は、それはいらない。どうせ今日で全部終わりなのだから。

 

「……櫓はかぐやが獲得し、そのまま敵陣に向け先行。酒寄は時間を稼いでる」

 

 地図を見て状況を確認し終えると丁度そのタイミングで表示された時間が0となり、瞬時に景色が移り変わる。

 何かが割れるような効果音と共に暗闇から外へと出る。後ろを振り向くと大きな桃の残骸が転がっていた。多分だが、桃から生まれた桃太郎だ、とこの光景を見てヤチヨが笑ってる気がする。もしかしたら偏見かもしれんが。

 正面へと視線を戻すと、目に映るのは多少は見慣れた自陣の幕営地からの景色。

 

「さて、行くか」

 

 俺は虎バイクを呼び出し、全速で駆け出した。

 

 

☆☆☆

 

 

「状況は」

 

『ごめんこっちの櫓はもう無理、獲られる! ――――ああもう、うるさい! しつこいっての! プライベートの話禁止!』

 

『こっちは全然降りれなーーい! ちょっとでも向こうに近付こうとしたら矢がいっぱい飛んでくるし、下では雷がずっと見てきてる! しんたろーはやくー!』

 

「もう着く。少し待て」

 

 虎バイクを駆って戦場を一直線に進み、敵本陣の手前まで問題なく辿り着いた。

 とはいえ、ここからが問題ばかりなんだが。

 

「見えた」

 

『あっ、しんたろーこっちこっち~!』  

 

「ああ」

 

 上空でかぐやが自身の大槌に乗って旋回しながら飛行しているのが目に入る。

 それを目掛けて矢が飛んでいるのも見えるが、さすがに距離がありすぎるのか命中率は高くない。かぐやの残HPは6割ほどだ。

 地上に目をやれば大将落としへと続く大階段を塞ぐように立つ男――――雷が錫杖を構えているのも見て取れる。

 完全に待ち構えているな。打って出てくる気は無いと見ていいだろう。

 

 ―――鐘の音がフィールド中に鳴り響く。

 

 酒寄が押し負けたか。

 ならば、多少は急ぐとしよう。

 

「かぐや、降りてこい」

 

『どこに!? 近くに降りたらかぐやハリネズミになっちゃうよ!?』

 

「そうだな」

 

 乃依の弓の技量と、かぐやの腕前を思えばそうなるのは明白。ならこの場面で取るべき対処法は一つだろう。

 

「―――俺の後ろに乗れ。突破するぞ」

 

『え』

 

 かぐや自身で矢を防げないのなら、俺が防げばそれで解決だ。

  

「他に対案があるようなら」

 

『―――わかった! 今行くねっ!』

 

「……そうか」

 

 俺の言葉を遮って了解の意を告げてくるかぐや。

 いつも思うが、他人の話を最後まで聞く気は無いんだろうか。

 

 俺の内心を余所に、上空のかぐやが軌道を変えて俺の真上へと移動し、落下してくる。

 それを視認して虎バイクを微調整して落下地点へ移動。両腕を広げて落ちてくるかぐやを抱きしめるようにして捕まえる。

 

「うおっと…………ありがと、しんたろー」

 

「ああ」

 

 捕まえただけだ。感謝されるようなことではなかろうに。

 俺は腕の中のかぐやを背後へと移動させ、走行中に落下しないようにと背中を掴まらせる。

 進路を修正。敵天守閣へ直線ではなく、大回りに向かうように軌道を変える。酒寄には悪いが、少しここで時間をかけさせてもらう。でないと厳しいだろうからな。

 

 飛翔音。

 抜刀。迫った矢を叩き落す。

 

「おお、すご~」

 

「すごくはない。慣れれば誰でも出来る」

 

「そーなの?」

 

「ああ」

 

 俺の言葉に首を傾げるかぐやに証明するべく、飛んできた2本の矢の鏃のみを斬り飛ばし、残った矢を掴み取って後ろに乗るかぐやに見えるように掲げる。

 

「通常の矢だ。飛ぶときの風切り音で位置と速度を判断する」

 

「音でそこまでわかるの?」

 

「ああ。かぐやにもわかるはずだ」

 

「うへぇ、簡単に言ってくれるねぇ……」

 

「難しくはない」

 

「む~…………なんか他にも色々ヘンなの飛んできたりしない? 曲がるやつとか」

 

「あれか。あれはわかりやすいぞ」 

 

「え?」

 

 手にした矢を放り捨てると、丁度よく矢が3本飛んできた。楽でいいな。

 1本は直撃コース、1本はそれを回避した先を狙うもの。そしてもう1本は虎バイクの鼻先を掠めるような軌道を飛ぶもの。

 俺は進路を変えずに直進し、直撃コースの矢の篦(の)*1を空けた左手の人差し指と中指で掴み、虎バイクの眼前を通る軌道の矢がそこに辿り着く直前で屈折し、予想通りにかぐや目掛けて飛んできたのでそれを薬指と小指でつかみ取る。

 そして回避軌道は取らなかったので1本はそのまま地面に突き刺さった。

 

 俺は手の中の2本の矢をかぐやへと見せる。

 

「通常のものと曲がるものだ。違いはわかるか?」

 

「えーっとぉ…………あ、羽根の形が違うかも?」

 

「そうだ。曲がる矢は通常とは形状が異なる」

 

「おお~」

 

 感心の声を背に受けつつ、さらに精度を上げて狙ってくる矢を斬り落としていく。

 通常、屈折、同時発射、飛行速度向上、電撃、種類はあるが射っているのは同じ人物だ。射程範囲にいるとはいえまだ距離は遠い、狙いが読めれば防ぐことは容易い。

 

「通常、通常、屈折、速度向上」

 

 飛んでくる矢を片手で指さし、片手で刀を振って斬り飛ばしながらかぐやに説明する。

 

「通常、同時、通常、通常、屈折、電撃」

 

「ほへ~…………ねえ、一個聞いてもいい?」

 

「なんだ」

 

「なんで近くにくる前にわかるの? 形が違くても見えないとわかんなくない?」

 

「目視ではない、最初にも言ったが耳で判断している」

 

「……音ってこと?」

 

「ああ」

 

 飛んでくる矢の悉くを斬り落としながら、かぐやへと俺がこの1年で得た知識を伝えていく。

 かぐやならば聞けば理解できるだろう。

 

「風切り音だ。屈折するものはわかりやすいぞ。少し甲高い音がする」

 

「む……」 

 

 かぐやが黙り込み、飛んでくる矢へと向けて耳を澄ませているのを背中で感じ取った。

 迫る矢を迎撃しようと刀を振り上げかけたが、かぐやが大槌を握りしめた手に力を籠めたのを察知し俺は動きを止める。

 かぐやは俺の背から乗り出し、大槌を振るって横から俺の胴体を狙って飛んできた矢を叩き落し、その振るった勢いのまま上体を捩じって後方へと通り過ぎてから曲がって背後から迫った矢を防いだ。

 

「――――出来たっ!」

 

「ああ、そうだな」

 

「すごい!?」

 

「ああ、見事だ」

 

「でへへ〜」

 

 ある程度予想していたとはいえ、本当にすさまじいな。一度で覚えるのだから大したものだ。

 かぐやは成長が異常に速い。外見はともかく中身は宇宙人なのだからそれが普通なのかもしれんが、人と比べるまでもなく速い。

 食器の扱い方。電子機器の操作。調理器具の取り扱い。文字の習得。まあ最後のは未だに不得手のようだが、基本的にかぐやはペンを使う機会が無いのだから仕方のないことだ。

 

 ともかく、かぐやは学習したなら即座にそれを身につけることが可能ということ。その技能を習得さえすればあとは上達するのみ。

 すなわち――――

 

「―――ていっ、たあ、とりゃっ! オッケーオッケーわかってきた! こういうことだ!」

 

 もう遠距離から弓矢でかぐやを処理することは困難である、ということだ。とはいえ距離が縮まればまた別だとは思うが。

 虎バイクを駆ける俺の背後で縦横無尽に大槌を振るって矢を迎撃するかぐやを乗せ、俺は虎バイクを天守閣に向けて正面から突っ込ませる。

 さて、行くぞ。

 

「雷は俺が相手をする。注意は乃依にのみ向けろ」

 

「わかった!」

 

「……跳ぶぞ、掴まれ」

 

 天守閣の大階段前、ライド禁止区域へと突入する直前に片手に刀、片手にかぐやを抱え虎バイクから跳躍する。滞空している最中に飛んできた矢の2本をかぐやが無理矢理打ち落とし、その結果体勢を崩したかぐやに代わり俺が残る2本を斬り落とす。どれを受け、どれを落とすかの取捨選択も教えなければダメだな。

 着地と同時に刀を振るって雷の攻撃を弾き、かぐやを解放して話しかける。

 

「全てを迎撃するのでなく、回避という選択肢も忘れるな」 

 

「え……あ、そっか。避けてもいいのか」

 

「あるいは受けてもいい。5本のうち3本を無理に落として2本を受けるのでなく、あえて1本を受けて残りの4本に対処しろ」

 

「1本だけ、わざと受ける……」

 

「そうだ、最終的な被害を減らせ。――――それと電撃の矢は受けるな。確実に弾くか回避しろ。喰らえばその瞬間に敗北するぞ」  

 

「むむむ…………わかった、がんばるっ!」

 

「ああ」

 

 威勢のいいかぐやの声を背に受けて、俺は雷へと斬りかかる。

 地図を見る限り酒寄も本陣近くまで追い込まれている。限界が近いはずだ。早めに終わらせなくてはな。

 袈裟斬りを放つも錫杖で受けられ、即座に返す刃が迫るのでそれを引き戻した刀で受け流す。対応に慣れが見えるな。さすが盾の男。何度も俺と刃を交えた経験は消えてないようだな。

 

「試合中に乃依を教材扱いしたのは、さすがに貴方がはじめてだぞ桃太郎! あとで機嫌を取る身にもなってほしいなッ!」

 

「……」

 

 刀を振るい、刃が振るわれる。

 互いの命を奪わんと交錯する鋼の合間で舞うのは赤い血飛沫でなく、淡い色合いの桜の花びら。相も変わらず変な光景だな。現実味が無い。

 何度も互いに刃を振るい、少しずつHPが削れていく。

 そうして俺のHPは残り7割まで減少。躱しきれずに掠めた矢や、雷の攻撃を受けた結果だが問題はない。俺よりも雷のほうが消耗は激しいはずだ。俺は一度復活したしな。

 だから、もうすぐ終わりのはずだ。

 

 雷の背後、天守閣中部から矢が飛んでくる。正面のものは切り払うが、落ちてくるように迫る曲射や角度を変えて迫る屈折射は完全に無視だ。

 今も雷と互いの武器を打ち合わせた瞬間を狙うように横合いから曲がって飛んでくる矢があるが、それは俺へと届く前に叩(・)き(・)落(・)さ(・)れ(・)る(・)。

 

「そりゃ、おりゃー! のでもってこっち! ふっふっふ、もうかぐやに矢は効かな――――ぐえ~! そっから来るのー!?」

 

 俺の背後にまるでピッタリとくっつくような距離を維持して大槌を構えるかぐやが、正面以外から飛んでくる矢を防いでいた。

 別に完全な対処を出来ているわけではない。対応しきれずに矢を何本も受けてしまってはいる。だが致命的なものは受けていない。俺が注意した通りにかぐやはどの矢を受け、どの矢を迎撃するかを選んでいる。たまにそれも失敗しているが、総数としては少ないので問題はない。

 

 本当に見事なものだ。さすがとしか言えない。

 これは案外剣を教えれば凄腕の剣士になりえるかもしれん。俺どころか爺さんすら超えるレベルの。そうなればいずれはあの時以上の殺し合いも夢では――――

 

「……阿呆か、俺は」

 

 無駄な思考だな。かぐやとの協力の約束は今日まで。もう剣を教える時間など俺にはありはしない。どうでもいいことを考えてしまったな。やめよう。

 

 正面で対峙し、突くようにして錫杖の先端の刃をバラけさせてその破片を飛ばしてくる雷の攻撃を弾き、見切って回避して距離を詰めて下段から斬り上げる。

 錫杖でそれを受けようとする雷の動きに合わせて手首を捻り、防御をすり抜けて雷の脇腹を大きく切り裂きながら背後に回る。ようやくかぐやと俺で挟み撃ちの形になった。

 やっと、これで1人潰せる。

 

「かぐや」

 

「オッケー!」

 

「―――ッ! まだだ!」

 

 かぐやへの呼びかけをまるで掻き消すように叫ぶ雷。だがその声音は俺なんかでもわかるくらいには苦悶で満ちている。

 当然だろう。既に雷は窮地に居る。 

 正面のかぐやを攻撃すれば俺がその背を斬る。振り向いて俺に対応しようとすればかぐやが高火力の攻撃を晒した背に叩き込む。途中で乃依の妨害が入るだろうが、それで稼げるのは精々一歩分のみ。俺だけでなくかぐやも既に乃依の攻撃には対応が可能になっている以上、大した問題ではない。

 雷が俺に、乃依がかぐやに対処するのが向こうの上策だろうが、それも俺が数秒時間を稼げばいいだけ。すぐにかぐやが来ることになる。

 一応、両名が共にかぐやを狙ったのならかぐやは撃破されるだろうが、それだけだ。そのあとで俺が結局雷の背を斬って、あとは乃依の矢を往なしながら俺が大将落としを叩き込めばいい。それで終わりだ。

 それで問題は――――

 

「―――しんたろー!」

 

 飛翔音。距離48m。矢。狙いはかぐや。対処は可能――――いや、無理か。

 かぐやの瞳に反射する光(・)を見て、俺は先程まで思い描いていた戦術を切り替える。

 好機到来。

 

 振り返って俺に向けて錫杖を振り下ろす雷を完全に無視し、その攻撃を背に受けながら雷を通り過ぎてかぐやの元へ。そして目を見開いて驚愕の表情を浮かべるかぐやを掴んで全力で大階段へと向けて放り投げる。

 

「走れ」

 

「―――え?」

 

 投げた勢いで体を反転させると、目の前には光輝く矢。乃依の放ったウルトだ。 

 俺はその矢の矢羽根にほんの微かに掠るように刀を振るい、矢の軌道を微調整。これで準備は完了だ。

 矢が俺を通り過ぎて真後ろの地面に着弾する瞬間に合わせて俺は両足を10cmだけ浮かせる。すると――――

 

 ―――水晶の柱が現出し、俺の浮かべた足裏に向かって勢いよく生えてくる。それこそ、体全体をも(・)の(・)す(・)ご(・)い(・)勢(・)い(・)で(・)吹(・)き(・)飛(・)ば(・)す(・)くらいの力で。

 

「―――乃依、退避ッ!」

 

 すさまじい勢いで後ろに流れていく景色の中で雷の叫ぶ声が聞こえたが、既に遅い。俺はもう大階段の中部、乃(・)依(・)が弓を構えている位置にまで辿り着いた。 

 ウルトの直撃ではないが、柱の発生によるダメージを受けて俺のHPは残り3割弱。だがいい、十分すぎる。それだけあれば事は成せる。

 

 弓のウルトの一つ、水晶の柱を着弾地点に生み出すもの。俺はこれを一時期レジェンダリーでこれでもかと射られまくっていた。  

 理由は単純、攻撃範囲が弓のウルトの中で一番広いからだろう。直接訊ねたことは一度も無いが、それ以外の理由ではないはずだ。それを使えば俺にダメージを与えることが出来て、あとは制限時間の間逃げ続ければ勝てるのだと考えた相手が当時は本当に多かったのだから。

 

 当時の俺は一応なんとか出来ないかと諦めずに対策を色々と試みた。

 斬り落としてみた。

 斬ることは出来たが、斬られて0.3秒以内に勝手に鏃を中心に水晶の柱が発生した。地面に対して水平に射ってくれるのならばともかく、このウルトを扱う相手は軒並み俺の足元を狙って射るので、対策としては不十分だった。

 

 回避できないかと逃げた。

 水晶の範囲が広すぎて射られる前に回避しないと無理だと悟った。

 

 撃たせなければいいとウルトのゲージを溜めさせないよう注意した。

 これは案外上手くいった。矢を弾くと俺も相手も少量のゲージが溜まるが、回避すれば一切ゲージが溜まらないと知ってからは回避主体になった。おかげで弓相手の回避率は高くなった。

 だが根本的な解決にはならなかった。弓の技量が高い相手では弾かざる得ない状況へと追い込まれるからだ。

 

 では、どうするか。

 それを考えて、考えて、そして気付いた。

 あの水晶の柱の生え方はランダムだと思っていたがそうではなく、規(・)則(・)性(・)が(・)あ(・)る(・)のだと。

 それに気付いてからは早かった。鏃がどの角度で地に触れるとどのように水晶の柱が現れるのか。矢にどういう干渉をすれば軌道を変化させられるのか。それらを実戦で何度も検証し、確信を持って俺はランクマでその対策を披露した。

 俺は、相手のウルトを利用することで今まで接近することができなかった弓使いへと一気に迫ることが可能になったのだ。

 

 結果、レジェンダリーでこのウルトを使う弓使いはいなくなった。

 

「本業は曲芸師かなんかなわけ!?」

 

「……」

 

 乃依はこれまでで一番の接近を許したからか、苦し紛れと言わんばかりに真っ直ぐ素直な電撃の矢を放つ。無論斬り捨てる。こんな虚実の欠片も無い矢に当たる筋合いはない。

 吹き飛ばされた勢いのまま地に足を付け駆け出す。目標は当然乃依。

 刀を手に駆ける俺を見て不利を悟ったらしい乃依は、細めた視線を俺から外して背を向け逃走を試みようとする。

 ここで退かれれば俺に追う手段はない。アシスト機能を停止している俺には追い付けないからだ。だが乃依を無視して大将落としに向かうことは出来る。

 

 ヤチヨ曰く、刀の通常攻撃では大将落としは打ち込めないらしいが、スキルを使えば可能だそうだから問題はない。俺がスキルの使い方を曖昧にしか覚えていないことを除けばだが。

 故にこのラウンドはまず取れると思っていい。

 

 だが、この場面でそんな選択肢を取るつもりは俺にはない。

 俺は逃げる為に動きだそうとした乃依に向け、手に持った刀(・)を(・)全(・)力(・)で(・)投(・)擲(・)する。

 

「な――――しまっ」

 

「……」

 

 刀は狙い通りに乃依の踏み出そうとした床板に突き刺さった。それを視認してしまった乃依はほんの一瞬躊躇し足(・)を(・)止(・)め(・)た(・)。

 それで十分。その一瞬が欲しかった。

 

 アシスト機能の有無で速度は明確に変わる。だが、足を踏み出さなければそんなものは一切関係が無い。今の俺と乃依に速度の差は存在しない。

 俺は乃依が地に足を付ける前に間合いに彼を捉え、弓を持っていない右腕を掴む同時に足を払い、宙へと放り投げた。

 

 床から1.5mの空中で仰向けになるようにして浮き上がり、落下を開始する前に右手でその首を握り床に叩きつける。

 首を抑えつけたまま左手で突き立つ刀を逆手で握り、床から引き抜くとそのまま顔面を斜めに切り裂く。だが防御の値が低い弓使いとはいえ、この程度ではまだ足りない。

 俺は振りぬいた刀で頭部を床ごと貫くように突き刺し、持ち直して脊椎をなぞるように胴体に向けて刃を走らせる。

 

 これで、終わり。

 

「おまえっ――――!?」

 

 振りぬいた刃の軌跡を大量の花びらが覆いつくす。HP0。これで乃依は残機を2つ減らした。

 俺は乃依の消滅を見届けることなく即座に背を向け走り出す。時間がない。

 後ろから何か声が聞こえた気もしたが、すべて無視。どうせ俺にはどうでもいいことだ。

 

「―――しんたろー!」

 

 かぐやが大階段を大急ぎで駆け上がってくる。そのすぐ背後には雷の姿。

 俺は飛び降りるようにして階段を降り、かぐやとすれ違う。

 

「行け」

 

「うんっ!」

 

 かぐやの返事を背に、落下の勢いそのままに雷へと刀を叩きつける。当然そんな見え透いた攻撃は防がれるが構わん。この状況に至ってはそんなもの誤差でしかない。

 弾かれ、僅かに距離を取られるがすぐさま俺はその距離を埋めんと足を動かす。

 そんな俺を迎撃しようと雷は扇の刃を突き出し、俺はそれを回避しようとは一切せずに刀を薙ぐ。

 

 その結果、俺の胴体を雷の刃は貫通し、雷の首は俺の刀によって断ち切られた。

 

「あの桃太郎が、相打ち狙い――――!?」

 

「……」

 

 HP0。俺も、雷も。これで互いに残機を2つ減らした。

 雷の驚愕の表情が花びらで覆いつくされ見えなくなっていく中、戦場全体に轟くほどの大きな爆発音が背後から聞こえた。

 これでなんとか、今度は役割を果たせたか。

 

 

☆☆☆ 

  

 

 視界が元に戻ると、そこに映るのは見慣れた幕営地。

 どうやらやられてすぐにラウンドが終了すると、すぐに復活出来るらしいな。おかげで時間は無駄にならずに済んだ。

 視線を隣に並ぶ二つの気配へと向けると、腕が伸びてきた。

 俺は回避することも無く黙って腕を掴まれ、そのまま引き寄せられる。なんだろうなこれは。

 

「―――勝った勝った勝ったああああああああ!!!」

 

 うるさい。

 耳の傍で叫ぶな。 

 

「やったよ彩葉! しんたろー! かぐや達バッチリ勝ったよ!!」

 

「あーもう、わかったから。わかったから叫ばないの。嬉しいのはすごくわかったから」

 

 視線をかぐやの奥に向けると、俺を掴んでいるのとは逆の腕に捕まっている酒寄がそこにいた。どうやら今はかぐやを中心に俺と酒寄が左右から引き寄せられてる状態らしい。

 こんなに近いと動きづらいだろうと思い、かぐやの表情を覗き見るが、そこにあるのは満面の笑み。どうやらよっぽどラウンドを取り返したことが嬉しかったらしい。

 

「彩葉彩葉、しんたろーすごかったんだよ! 飛んでくる矢を全部バババッて剣でやって、雷のこともズバババンってやっててね! そんでかぐやもしんたろーに教えてもらって矢をドッカーンってやったりしてね!」

 

「はいはいすごいすごい、かぐやが頑張ったのはわかったって」

 

「むー。彩葉なんかテキトーじゃな~い?」

 

「しょうがないでしょ、私はかぐやとたろーDの活躍見てないんだから…………ってか他を気にする余裕なんて私には無かったの」

 

「……帝か」

 

 溜息を吐くように言葉を溢す酒寄に訊ねると、力無く頷いて肯定してくる。

 精神の消耗が激しい戦いだったようだな。

 

 酒寄はかぐやに抱き着かれた体勢のまま、俺とかぐやに向き直って頭を下げる。

 

「あのままだったら普通にそのまま押し込まれて私のせいで負けるところだった。2人のおかげで勝てました、ありがとう……」

 

 肩を落としてそう言う酒寄。この様子では相当追い込まれていたようだな。

 俺も終盤は地図を見る余裕は無かったので正確なことは言えないが、この気落ち具合から考えるにもしかしたら本陣まで踏み込まれていたのかもしれないな。

 

「―――違うよ彩葉」

 

 俺の腕を離して両手で酒寄の手を握りしめ、視線を落とした酒寄に目線を合わせる為に膝を落として下から覗き込むかぐや。

 驚いて一歩後ろに引こうとする酒寄を手を引いて留め、真っ直ぐに目を見て口を開いた。

 

「かぐやとしんたろーが頑張ったから勝ったんじゃないよ。彩葉もずっと頑張ってくれたから勝ったんだよ。そこ間違えちゃったら全部変になっちゃうじゃん。ダメだよ彩葉」

 

「かぐや……」

 

「3(・)人(・)で(・)、勝ったんだから。だからかぐやとしんたろーと彩葉のおかげ。あれだよ、えっと、『事実を事実として受け止めるのが大人になるための一歩』、だっけ? なんかそんな感じのやつ」

 

「……ふふっ、私そんなこと言ってたっけ?」

 

「言ってたよ。なんかいつかのお説教の時に聞いた覚えあるもん! ね、しんたろー?」

 

「……知らん。覚えてない」

 

「えー! しんたろーひどーい! 彩葉がかわいそうじゃーん!」

 

「……発言した当人が忘れているのだから、問題はないと思うが」

 

「かぐやが覚えてるからダメでーす! しんたろー明日罰ゲームだからね! 覚悟するよーに!」

 

「…………いろP」

 

「ノーコメント。かぐやの裁定におまかせしまーす」

 

「おまかせされましたー」

 

 不当裁判な気がするのは俺だけなのか、これは。

 かぐやと酒寄がクスクスと笑い合う中、俺は内心で首を傾げていた。

 というか俺がかぐやと約束した期限は今日までだ。なら明日のことは俺には関係な―――

 

 ―――唐突に電子音が鳴り、俺達3人の正面に画面が展開される。 

 

「ん?」

 

「あ」

 

「……」

 

 宙に開かれた画面に映っているのは3人の鬼。

 中央の帝。その斜め後ろで立つ雷と、そっぽを向いている乃依。ブラックオニキスからの通信のようだ。

 俺達がその姿を認識すると同時に、帝が口を開く。

 

『やられたよかぐやちゃん。上空からってのは完全に予想外だった』

 

「でっしょ~? かぐやのナイスアイディアが炸裂ぅ~ってね」

 

 異論はない。

 かぐやの奇襲の際、雷も乃依も共に上空へと意識を向けていたのは見て取れた。おそらくは酒寄と対峙していた帝からの情報共有の結果だろう。だが実際にかぐやが現れたのは意識している高度よりも上空、飛行型のライドの高度よりもさらに上の位置だ。おかげで乃依の警戒の間隙を突けた。

 

「ぜっっっったいにかぐや、帝と結婚なんかしないかんね。だから次のラウンドもかぐや達が勝つ! 絶対にぶっ飛ばしてやるから覚悟してろこんちくしょー!」

 

 威勢がいいな。

 

『いいねぇ。そんじゃ、次も楽しみにしてますよっと。――――あ、そうだ』

 

 これで終わりかと思ったが、まだあるのか。

 なんだ?

 

『……なんか、乃依の機嫌がめっちゃ悪いんだけど、なんかあった?』

 

 乃依?

 その言葉に画面の端で腕を組み、顔どころか体ごと横を向いている乃依を見る。

 俺にはよくわからんが、機嫌が悪いのか、これ。

 

「えっと……かぐや、たろーD?」

 

「知らん」

 

「うんとねぇ…………しんたろーがズバシャアアア! って最後にやってたかな?」

 

「それは元々予定通りの……って最後? しかもたろーD? かぐやじゃなくて?」

 

「かぐやも最初にドッカーンってやった。それプラスしんたろーが最後にぶちかましてた」

 

「え、なにそれ」

 

 聞いていないと言わんばかりの視線を酒寄が向けてくるが、聞いていないのも当然だ。まだ言ってないからな。情報共有をする前にこの通信が入った以上、仕方ないだろう。

 

『……さらにプラスすると練習台にもなってたからな。多分想像してる以上に今の乃依はひねくれてるから、良い感じのフォロー頼んだぞアキラ』

 

『は……? え、ちょ、雷? だから俺はまだ状況を掴めてな』

 

 プツンと宙に浮かんだ画面が消え失せる。

 帝がまだ喋っていたが、まあどうでもいいか。こちらには大して関係なさそうだしな。

  

「…………あんた達、私のいないところで一体なにをやらかしたわけ?」

 

 その言葉に俺はかぐやと目を見合わせてから答える。

 

「斬った」

 

「……あ、はい。そうですか……」

 

 至極わかりやすい答えを言ったはずだったのだが、何故か酒寄は額を抑えて溜息を吐いた。

 

「い~ろはっ、そんなに溜息してたら幸せが逃げちゃうよ。これからまた試合なのに」

 

「誰のせいだ誰の。元凶の1人のあんたが言うんじゃないの」

 

「えー、ひっど~い」

 

 かぐやがそんな酒寄を元気づけようと声をかけ、酒寄が応える。

 俺はそんないつもの光景の中、酒寄の瞳に微かな陰りがあるのを黙って見ていた。

 

 

☆☆☆

 

 

『あっれぇ!? ねえ、これどうするの!?』

 

『……いや、むしろ好都合。これならいけるはず。――――ただ、たろーDが勝てるっていうのが前提になるけど、どう……?』

 

「わからん。だが最善は尽くそう」

 

『お願い。こっちもなるべく時間は稼ぐから』

 

『頑張れしんたろー! 思いっきりぶっ飛ばしちゃえ!』

 

「ああ」

 

 返事をしてチーム内VCを切る。

 それにしても想定外だな。3ラウンド目にしてまさかの展開、ここで予想を外してくるのか。

 

 虎バイクを駆り、辿り着いたのは最早見慣れたボトムレーンの牛鬼のいる広場。

 俺がこれまでのラウンドで雷と乃依の2人と対面していたその場には、赤(・)髪(・)の(・)鬼(・)が1人きり。

 ここに来てのこ(・)れ(・)だ。やってくれる。

 

 視界に映る地図を改めて見る。

 トップレーンのかぐやと酒寄。ボトムレーンの俺。

 そして、トップレーンの雷(・)と(・)乃(・)依(・)。ボトムレーンの帝(・)。  

 このタイミングでの戦う相手の入れ替えとは、どういう作戦なんだろうなこれは。俺にはさっぱりわからん。SENGOKUは本当に考えることが多くて面倒くさいな。

 

 手にした金棒を気だるげに肩に乗せ、探るようにこちらを見つめる帝から15mの位置で降車する。隙だらけではあるが、わざとでもある。誘いだとわかった上でよく知らぬ相手に攻めかかるつもりはない。

 

「よっ、どーもたろーD」

 

「……」

 

 手を上げて挨拶をしてくる帝に会釈を返す。

 やはり会話から入るのか。1ラウンド目でも思ったが、ライバーは本当におしゃべりが好きなやつばかりだな。理解出来ん。

 

「はじめまして、っつうのもなんか違う気がするな…………もしかしてだけど、俺、前にアンタと会ったことあったりするか?」

 

 帝が顎に手を当てながら変なことを聞いてくる。

 会ったこと? 俺が、この男と?

 その疑問を聞いて、俺は帝を観察する。

 赤髪。2本の角。金の金棒。鬼と聞いて想像するような出で立ちをしている男。

 脳内を探り、過去の記憶を思い起こして出た答えを口にする。

 

「わかりません。覚えていないので」

 

 俺がそう口にすると、キョトンとした顔をしたあとで吹き出す帝。今の発言のどこに笑う部分があったんだろうか。わからん。

 

「くっくっく。そっか、まあ、そうだよな。俺がなんとなくそう思っただけで勘違いかもしんねえもんな。悪い、変なこと聞いたな」

 

 別に構わない。どうでもいいからな。

 

「……もう、いいだろうか」

 

 俺は柄に手をかけ、鯉口を切る。

 さっさと始めよう。かぐや達が時間を稼いでいる間に終わらせる必要があるのだから。

 

「確かに。楽しく会話するような間柄じゃねえしな。――――そんじゃ、はじめますか」

 

 肩に乗せた金棒をぶらりと下げ、こちらに向かってゆっくりと歩き出す帝。俺も合わせるように歩き出す。

 互いの間合いまで5歩、4歩、3歩の位置で抜刀。すると何故か帝はなにかに得心したような表情を一瞬浮かべ、即座にそれを獰猛なものへと変化させた。

 

「―――ハァッ!」

 

 地面を踏み砕きながらの突撃。大きく振りかぶった金棒を叩きつけようとしてくる。

 俺は金棒の側面を叩くようにして刀を振るい、弾いた衝撃のままに帝へと斬撃を繰り出す、が刃が触れる前に停止して後ろに1歩。俺の顔があった位置を通り過ぎていく靴の先端を見送る。

 

「……」

 

 過ぎ去っていく足を見ていると、何故か不思議な感覚に襲われる。なんだろうか、この感覚は。どこかで見たことがあるような気がする。既視感、というやつだろうか。

 よくわからないが不思議な感覚だ。帝が先程言っていた通りで、実は以前に出会っていたのだろうか?

 

 帝が金棒の先端に手をかけ、引き抜くとそこから光に照らされ輝く銀の煌めきが目に入った。仕込み刀だ。そして鞘となった金(・)棒(・)の(・)先(・)端(・)部(・)分(・)を(・)向(・)け(・)て(・)く(・)る(・)赤(・)髪(・)の(・)鬼(・)。

 

 ―――あ、思い出した。

 

 瞬間、宙をかける小さな流星。仕込み銃から放たれたその弾丸に対し、俺は正(・)面(・)か(・)ら(・)踏み込んで回避する。

 

「はぁ!?」

 

 迫る弾丸を歩幅を変えて、体を僅かに傾けて、どうしても無理なものを刀で弾くことで、帝までの道を最短距離で突き進む。集弾率が悪くなければ不可能だったな。

 右手に握る刀で迎撃しようとする帝の斬撃を回避し、左の銃を下段から刀を振るって力いっぱいに跳ね上げる。狙い通りに銃は手から弾け飛んでいった。これで距離を取った攻撃はもうできないだろう。記憶通りなら、だが。

 

 俺は帝が続けて振るう斬撃を左手の甲で受け流して3歩距離を取り、互いに視線を合わせて停止する。立ち止まった途端に、激しくなった心臓の鼓動がハッキリと感じられる。

 これはダメだな。一度心を落ち着かせなければならない。また作戦を放り投げかねん。

 胸の奥から上がってきそうになる熱を抑えつけ、深呼吸して無理矢理鎮める。いいから黙ってろ。ここには求めるものなんてありはしない。

 俺が内心をそうやって冷ましていると、声がかけられた。 

 

「アンタ、前はそこまで強くなかったって思ったんだが、そっからどうやってSETSUNAで頂点に立つまでになったんだ?」

 

 帝が俺を真っ直ぐに見つめ、そう問いかけてきた。

 既に互いに刃を抜き、目の前の命を奪わんと振るった状態だ。もう言葉の入る余地などない。故にこの言葉に答える必要は本来ないが、内容が内容だ、さすがに答えるべきか。

 

「強くはなっていません。戻っただけです」

 

「戻った、っていうと?」

 

「本来の実力を発揮できるようになった、ということです。以前にあなたと斬り合った時は、まだこのツクヨミという世界に順応していませんでしたので」

 

 モーションアシスト機能。それに俺が振り回されていた時に対戦した赤(・)鬼(・)、もとい帝アキラ。先ほどそれを思い出した。あの時期にヤチヨ以外で唯一の心を埋める戦いをした相手だ。とは言っても忘れていた相手でもあるが。

 あの時はツクヨミでの体の動かし方に適応できずに四苦八苦していたからな。銃撃も体を思った通りに動かせないから大回りに回避しなくてはならなかったくらいだ。

 そのあとすぐにヤチヨのおかげでアシスト機能を解除できるようになったから、そんな不便な時期の記憶はさっさと脳の奥深くにしまっていたらしい。おかげで思い出すのに時間がかかった。

 

 それにしても、まさか帝と以前に対戦していたとは思わなかったな。意外だった。世界とは案外狭いものだな。

 

「……つまりあの時は、アンタの全力じゃあ無かったってことか?」

 

「否定します。あ(・)の(・)時(・)点(・)で(・)の(・)全力は尽くしました」

 

「そうかい。――――それならあの時以上の全力、今ここで見せてもらうとするかなっ!」

 

 叫び、飛び出してくる帝を下段からの切り上げで迎える。

 弾かれ、即座に帝の刀が迫る。それを引き戻した刀で受ける。斬撃は止まらない。続けて刃が目の前で煌めく。その全てを受け、逸らし、弾いて、流す。

 体の各所に刃が掠めるが、ダメージとしては微量。問題なし。無視していい。

 帝の猛攻を完全な守勢に回って防ぎ、その刃の軌跡を目に焼き付ける。以前のように記憶の片隅に追いやられることがないように、しっかりと。

 

 そうして帝が息を入れるまでの47秒の猛攻を防ぎ切って、分析を終える。

 迅く、鋭く、重く、強い。だが、雷には劣る。複数人での戦闘ならわからんが、少なくとも1対1のこの状況に限れば、だが。

 このコラボ企画前に酒寄が言っていた通りだな、それを自身の目で確認も出来た。

 なら、もういいな。

 

 俺は帝の呼吸の合間、集中が微かに途切れた意識の間隙を縫うように突きを放つ。刀は狙いを過たずに右の太ももを貫いた。

 

「くそっ!」

 

 帝は悪態をつきながらも手にした刀で突き刺さった俺の刀を弾き飛ばそうとするので、俺は刀から手を離し、空いた手で帝の刀を握った手をつかみ取って体ごとぶん投げる。背負い投げ。

 地面に叩きつけた瞬間、帝は状況を理解しきれていなかったのか僅かに硬直していたので、手首を捻って帝の持った刀で帝の胸を地面に縫い付けるように貫く。

 

「このっ――――!」

 

 反撃しようと帝が起き上がる前に、太ももに刺さったままの俺の刀を抜き、振るう。

 一閃。首から大量の花びらが舞う。

 HP0。帝はこれでやっと一つめか。早く終わったが、それも想定の範囲内。ここにいるのが俺でなくかぐやと酒寄でもすぐに終わっただろう。HPはラウンドを越しても引き継ぎする仕様だ。帝はこの3ラウンドでまだ一度も倒れていなかったのだから、当然のように残っていたHPも相当に少なかった様子。

 おかげですぐに終わった。戦闘時間が短く済んだので現在の俺のHPは9割。このまま継続して戦闘が可能な数値だ。

 

 俺は刀を払い、納刀。

 消えゆく帝に背を向けて虎バイクを呼び出し、櫓の前の石段を一気に駆け上る。

 さて、さっさと取るか。

 俺は石段の頂上まで虎バイクを全速で駆けさせ、その勢いのまま陣地中央に設置してある大きな鐘まで侵攻し、握った刀を鞘にしまったまま全力で振りかぶり、叩きつける。

 

 ―――鐘の音がフィールド中に鳴り響く。

 

 とりあえず役目は完了、と。

 俺は自陣とした櫓に背を向け、虎バイクを駆りながらVC機能を使用する。

 

「終わったぞ。このあとはどう動けば」

 

『―――そのまま行って!』

 

 どう動けばいいか、そう最後まで言葉を続ける前に答えが返ってきた。なんだか切羽詰まったような声音だな。

 

『もう持たないけどあと数十秒はなんとかす――――かぐや、後ろっ!』

 

『のわぁああああ!? あっぶな! なんか武器の形が変わった!? なにそれずるい! かぐやもそれ欲しい!』

 

『そんなことどうでもいいから早く雷を――――ってここで鈍足矢(スタン)!? 絶対回避! 当たったら終わる!』

 

『わかっ――――だああああぁ!? それあぶなっ!』

 

 耳元で響く阿鼻叫喚。大変そうだな。

 指示は貰ったのだし、俺は俺の役目を果たすとしよう。

 俺はVCを切って、敵本陣へ向けて走り出す。

 

 トップレーンの2人は時間稼ぎを試みているが、生憎と酒寄が言っていたように長くは持たないだろう。それは先程俺が斬った帝と同様の理由だ。

 2ラウンド目では2人とも撃破さ(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。それは勝利を得るうえで絶対的に必要な条件ではあったが、同時に3ラウンド目が開幕から不利になることを意味していた。

 HPが少ない状態で櫓争奪戦を挑まなければいけない、ということなのだから。

 それに対して雷と乃依のHPは満タン。なんといっても俺がラウンドの最後に斬り捨てたからな。減ってるはずがない。

 

「つまり、俺のせいだな」

 

 さっさとラウンドを獲るよりも残機を減らした方がいいと思ったんだが、間違いだったようだな。

 いつものように俺は判断を間違えた、ということだろう。本当に通常通り過ぎて最早呆れることすらできないな。我がことながらいつもやらかしているな、本当に。

 

 ―――鐘の音がフィールド中に鳴り響く。

 

 地図を見る。かぐやと酒寄のアイコンはない。やられたか。

 とはいえ櫓の獲得タイミングは僅かにこちらが先。十数秒とはいえ差がある以上、俺の方が動きは速いはずだ。あとは向こうが俺達の本陣を落とす前に俺が敵の本陣を陥落させれば勝ちだ。

 

「その前にもう一度、か」

 

 俺はこちらに向かって移動してくる帝のアイコンを見ながら、そう呟く。

 足止めだな。雷と乃依がこちらの本陣を落とすまでの時間を稼ぐための。

 でも、あの男の動きはもう見た。次はさっさと斬り落とせばいいだけ、時間をかけずに終わらせよう。それで終わりだ。

 

 それで、全部終わりだ。 

 

 虎バイクを駆けていると、空に向かって聳える天守閣が目に入った。それと同時に、こちらに向かってくる虎バイクも。

 俺はすれ違いざまの攻撃に備え抜刀したが、そこまで距離が近付く前に帝が発砲した。俺の乗る虎(・)バ(・)イ(・)ク(・)目掛けて。

 

 着弾する前に飛び降りる。

 乗り手がいなくなった虎バイクは、被弾すると悲鳴を上げながら茂みの中へと逃げていった。あれ、ダメージを喰らうとあんな感じになるのか、さっさと降りて正解だったな。

 

「……」

 

 視線を上げ、状況を確認する。

 帝は俺から約10mの位置で俺を中心として円を描くように虎バイクを走らせながら銃口を向け続けている。 

 敵天守閣の大階段まではおおよそ300mほど。アシスト機能を使えばすぐだろうが、弾丸の雨の対処をしながら、と考えるのならアシスト機能は使えない。あれを使ってそんな繊細な動きは俺にはできん。

 なら、決まりだな。

 

 俺は大階段に向かって走り出す。もちろん通常の速度でだ。

 弾丸が走る俺目掛けて飛んでくるが、躱し、弾いて対処する。ある程度の余裕を持たせながら。

 俺はまだ帝の手札を全て見ていない。だから乃依の放つ弓の電撃の矢(スタン)のようなスキルを所持しているかどうかも不明。1、2ラウンドと連続で戦っていた酒寄の話を聞いてもどんなスキルを搭載しているのかは判明しきっていない。

 故に警戒は怠れない。多少速度が遅くなろうとも、確実に対処出来るようにしなくてはならないだろう。それが今の俺に出来る一番いい選択のはずだ。

 

「ま、さすがに無理だよな。なら」

 

 銃弾の雨の中を走り続けていると、虎バイクに乗った帝が何事かを呟きながら高速で接近してくる。

 斬り合いに移行する気なのか? 先程俺に自身の太刀筋が見切られたのを理解していないんだろうか。それとも奥の手がある、とかか?

 ……まあ、いい。相手が斬れる場所に来るのなら斬るだけだ。

 

 俺は騎乗したまま刀を振り下ろしてくる帝の斬撃を弾き――――逃げられた。帝は振るった刃が弾かれるとそのまま通り過ぎていった。

 追撃でも妨害でもないその行動を訝しく思い帝を見つめていると、反転してまた接近してくる。

 同じ轍は踏む気はないので、今度は帝の斬撃を薄皮一枚で回避した上で反撃の刃を振るう。当たった、が浅い。直前で距離を取られた。あれでは脛の表面を辛うじて斬っただけだ。大したダメージにはならない。

 帝に視線を戻すと、虎バイクの機首を回して再度の突撃準備をしているところだ。ということはまた接近してくるつもりなのだろう、時間を稼ぐために。

 

「……なるほど」

 

 時間稼ぎ。それに徹すると、そういうつもりらしい。 

 なんというか、この光景を見ると改めて思ってしまうな。『俺には合わない』と。

 

 俺は剣を修めた。斬る術を磨いた。人と殺し合うための鍛錬をしてきた。

 俺は誰かと向かい合い、互いに命を奪い合うための死合いを求めて剣を磨いた。

 なのに俺は今、命で(・)な(・)い(・)も(・)の(・)を奪い合うための戦場にいる。

 牛鬼やら櫓やら天守閣がどうとか。そんなものは俺にとって心底どうでもいいものだ。まったくもって価値のないもの。

 そんなものを手に入れる為に『時間を稼ぐ』とか『倒す順番を考える』とか『盤面を見て斬るか否かを判断する』だとかを考える?

 論外だ。意味がわからん。俺には理解できない。

 

 目の前の相手を斬る。それ以外に重要なことなんて俺にはわからん。

 今にして思う。SETSUNAに触れ、それ以外に手を伸ばさなかった過去の俺は、俺にしては珍しく正解を選べていたんだな、と。

 SENGOKU(複数戦)は、わけがわからん。

 

「……だが、約束がある」

 

 かぐや。

 1ヵ月の約束。優勝し、ヤチヨとのライブの権利を得るための戦い。

 そのために、今ここで勝つ必要がある。

 まったくもって、俺には欠片たりとも向いていないこの戦いに。

    

 なにしてるんだか、俺は。

 

「……いや、どうでもいいか」

 

 頭を切り替えよう。今はそのあたりに関してはどうでもいいのだから。

 とりあえず力を尽くそう。そういう約束だ。この戦いさえ終われば全部終わり。そこまでは協力しなくてはいけないのだし。

 約束は、守らなくてはいけない。

 

 俺は内心で溜息を吐いてから、再度突撃してきた帝に向けて刀を振るい――――

 

『―――しんたろー!』

 

 ――――刀を止め、転がるようにして地面に飛び込んだ。

 

「……なんだと?」

 

 俺は地面に手をつけ体を起こし、先程まで自身が立っていた場所を見る。そこには1本の矢(・)が深々と大地に突き刺さっていた。

 俺はそれを目にし、即座に立ち上がって後方へと全速で駆ける。やられた。

 頭上から弓なりに次々に飛んでくる矢に、それを回避しようとする先に放たれる弾丸の雨。そして走り迫る扇(・)状(・)の(・)刃(・)を振りかぶった男。

 

 俺は矢を躱し、弾丸を弾き、叩き切らんとする刃を受け止める。だがそれを援護するように更に矢と弾丸が飛んでくるので、俺は後ろに飛び退き距離を取るしかなかった。

 

『しんたろー大丈夫!?』

 

『状況を教えて、マップだけじゃ正確には判断できない! ってか判断したくない! こんなの有り得ないでしょ!?』

 

 耳元で鳴り響く大声を聞いて、俺はようやく目の前の光景の意味を理解する。

 俺の眼前には3人の鬼――――Black onyX(ブラックオニキス)のメンバー全員が肩を並べてそこにいた。 

 

「時間稼ぎも碌にできないとか、帝だっさ」

 

「いやいや、無茶言わねえでくれよ。たろーDめっちゃ強すぎて無理だっての。ってかなんだよあれ、正面から奇襲されるとか意味不明すぎんだろ」

 

「一部界隈で轟きまくった桃太郎だからな。それくらいはやる」

 

「はいアキラのリサーチ不足~。出直してこーい」

 

「そう言ってやるな。相手の中身が桃太郎だと判明したのは試合開始後だ。アキラだけが悪いわけじゃない。それに口で説明したところであのヤバさは伝わりきらないしな。乃依もそれはわかるだろう?」

 

「ふんっ、さあね~。オレ知らなーい」

 

「……なあ、なんで乃依はこんなに機嫌悪いんだ?」

 

「……2ラウンド目の最後が、ちょっとな」

 

「そこ、うっさい」

 

 帝に、雷と乃依。何故か目の前にはその3人が揃っていた。

 

 意味がわからん。何故ここにいる? 今この場に3人が集まる必要はなかったはずだ。なのに何故?

 雷と乃依は先程トップレーンの櫓を確保した。ならあとはそのまま本陣まで押し込めばいいはずだ。そこで復活して防衛に回ったはずのかぐやと酒寄を倒せばそれで勝てるのだから。

 なのに、この2人は侵攻どころか自陣の本拠地前までこうして戻ってきた。意味がわからん。

 

「いろP、敵の意図はなんだ。これはどんな意味のある行動なんだ?」

 

 俺はSENGOKUというゲームに今日はじめて触れた。勝敗条件にも目は通した。なのに、目の前の黒鬼の行動の意味が俺にはまったく理解できない。この行動が勝利にどう繋がるのかがわからない。

 俺の目の前では、今一体なにが起こっているんだ? 

 

『……多分だけど』

 

「ああ」

 

『配信だから、だと思う』

 

「……なに?」

 

 配信? 何故ここでそれが出てくる?

 

『あのまま攻められてたら私達は多分負けてた』

 

「ああ」

 

『でもそれって、つまんない、よね……?』

 

 つまんない?

 

『たろーDっていうイレギュラーはあったけど、順当に強いチームがセオリー通りに動いて勝つのって、見ててつまんないでしょ…………要は『撮れ高狙い』ってことだと思う』

 

「……俺を3対1で打倒するのが撮れ高になるのか?」

 

『違う。――――最終ラウンドで3(・)対(・)3(・)の決戦で勝敗を決める、のが』

 

「……それはつまり」

 

『誘われてる。私とかぐやがそこに合流して、そういう流れに乗るのを』 

 

 なんともまあ、面倒くさい話だ。

 ただでさえよくわからんSENGOKUに、よくわからん配信の話がくっついてきた。俺にはもう何もわからんぞ。

 

「…………指示を請う」

 

『私達がそっちに着くまで耐えて』

 

『すぐ行くから、待っててねしんたろー!』

 

「……了承した」

 

 簡単に言ってくれる。2人までならまだなんとかなりそうだったが、3人となると話が全然変わってくる。そもそも俺は1対1以外の鍛錬はしていない。爺さんが昔にそういうのを経験したという状況での立ち回り方を聞いたことがあるだけだ。

 そんな俺に複数との戦闘で時間を稼げ、とは。

 先程俺は1対1以外ではダメだなと自覚したばかりなんだがな。

 

 だが仕方ない、か。

 かぐやの欲した勝利のための酒寄の指示だ。従うしかないか。

 俺は刀を握り直し、正眼に構える。2人が到着するまでは生き残らなければいけないからな。

 そうして俺は戦闘に備えて身構えたのだが、何故か黒鬼は全員構えを崩して隙だらけの姿勢でこちらの様子を窺っていた。

 なんだ?

 

「一つ聞きたい、いいか?」

 

 錫杖を地に突き立てて両手を無造作に降ろした雷がそう言った。

 横に並ぶ帝は肩を竦め、少し後方に位置する乃依は弓を降ろしてそっぽを向いている。どうやら戦闘の意思はない様子。

 刃を向け合ったのなら問答など不要、だが今は相手は刃を握っていない。それに俺は時間を稼ぐ必要がある。ならばこれには応えるべき、だな。

 俺は刀を払って納刀し、口を開いた。

 

「どうぞ」

 

「……ありがとう。――――では聞くがSETSUNAを休止した理由はライバーになる為、だったのか?」

 

 妙なことを聞く。

 そんなことが気になるのか。変な男だ。

 まあいい、答えを言えばいいだけだろう。単純な答えだしな。

 

「否定します。俺はSETSUNAを休止していませんし、ライバー活動を始める気も無かった」

 

「……? それは、どういう意味だろうか……?」

 

 どうもこうもない。そのままだ。

 

「俺はあの日にSETSUNAを辞めました」

 

「……それはまさか、引退、ということか……?」

 

「肯定します」

 

 目を見開いて、驚きを顕にする雷。今のどこに驚く要素があったんだろうか。

 それにしてもなんでそんなことを質問してくるんだろうな。とても意味があるような質問とは俺には思えないんだが。

 

「…………」

 

 今度は黙ったな。

 なら質問はこれで終わりでいいと思ってよさそうだな。

 俺は話は終わったと判断して腰の刀に手を伸ばそうとし、続いた雷の言葉に動きを止められる。

 

「……それは俺達があなたの敵足り得なかったから、ということなのか?」

 

「…………意図を聞いても?」

 

 少し考えたが全然わからなかった。意味がわからん。少しは分かる言葉で話してほしい。

 俺が訊ねると、雷は素直に答えてきた。

 

「あなたはずっと刀で斬ることに拘った。それ以外のことをしようとすらしなかった」

 

 当然だ。俺にとって戦いとは基本的に刀で行うものなのだから。素手の心得がないわけではないが、それもあくまで補助としての役割が強い。俺の戦い方は刀を軸にしているものだ。

 

「あなたに勝つために弓を握った人がいた。それは正解だった。そのやり方でその人は確かに勝ったんだから。そして多くの人がそれを真似した。結果、あなたの異常な強さが浮き彫りになった」

 

 異常。異常か。

 そこまで変わったことをしていた覚えはないのだが、なにか妙なことをしていたらしい。

 やはり俺はどこにいようとおかしなやつ、なんだろうな。

 

「『桃太郎には弓(・)で(・)し(・)か(・)勝てない』。雑なレベルじゃ当然のように対処されるが、ちゃんと持ち武器と言えるまでに練習すれば通用する。それがレジェンダリー界隈での常識になった。…………それは悪いことじゃないけど、気に食わないやつらもいた」

 

「気に食わないや(・)つ(・)ら(・)?」

 

「『ランクマで強い武器を握る』。それ自体は普通なことだけど、今の界隈のものは違う。『桃(・)太(・)郎(・)に(・)勝(・)て(・)る(・)か(・)ら(・)弓を握る』。個人の対策のためだけに今までの武器を手放すことは、プライドの高いゲーマーとしてはめちゃくちゃ腹が立つものだった。そういう自分に自信があるタイプの困ったやつらだ」

 

「……あなたも?」

 

「ああ、俺もだ」

 

 肯定するのか。

 

「KASSENに強武器って言われるものは無いわけじゃないが、そこまで差はない。しっかりとしたバランス調整がされてるから、プレイヤーがそれぞれ好きなものを手に取って上を目指せるようになってる。――――なのに、あなたにはそれが一切通じない。そんなの、絶対に正面から叩き潰さないと気が済まないだろ?」

 

「……そうですか」

 

 よくわからんが、そういうものなのか。

 ゲーマー? とは変わった習性を持っているんだな。

 

「だから何度も挑んだ。ビルドを変えて、戦法を変えて、試せることは全部試して、次こそはと何度もあなたに挑んだ。そして全部バッサリと叩き切られた」

 

 そうだな。何度も斬った。

 正面から、背後から、横から、上から、下から。

 確かに今言ったように、色々と試していたような記憶がある。そういえばたまに、今の錫杖じゃなくて剣だったりした時もあったな。

 

「で、誰もあなたに勝てなかった。結局俺達に出来たのは『桃太郎には弓でしか勝てない』という説の補強だけだった。――――だからあなたは、引退したのか?」

 

「……」

 

 俺は無言で先を促す。

 

「弓で戦ってる時と、近接で戦ってる時では明らかに様子が違う。斬り合ってる時のあなたはまるで別人みたいだ。斬り合うことが大好きでたまらないとでも言わんばかりに笑(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)」

 

 目を閉じる。

 思い出すのは目の前の男との以前までの戦い。記憶の中で俺は、いつものように声(・)を(・)上(・)げ(・)て(・)いた。

 

『アハハハッ! ハハハハハッ!』

 

 笑っていた、か。

 あれは笑いなんかじゃない。楽しいわけでも嬉しいわけでも無い。

 ただ、心が安らいでいるだけだ。今、俺は生きているのだと実感しているだけに過ぎない。決して笑ってなどいない。

 笑うっていうのは、あの金の少女が浮かべているようなものだ。俺のものとは絶対に違う。

 

「つまりあなたは、自分に勝てる相手を探していたんじゃないのか? あなたは、自分の剣と比肩する相手との勝負を求めていたから、あの態度だったんだろう?」

 

「……」

 

 探していなかった、と言えば嘘になる。そういう存在を求めた時期は確かにあった。

 そんなのがいれば、俺はもっと生(・)き(・)る(・)ことが出来るだろうと。

 まあ、そんなものはいないと結構早い段階で悟ったが。

 

「だから、引退したんだろう? 俺達は一度もあなたを下すことが」

 

「―――否定します」

 

 声を遮る。

 言いたいことは大体わかった。ならもう聞く意味はない。さっさと答えれば無駄に話をさせる必要もないだろう。

 

「……否定とは?」

 

「俺は勝敗に興味が無い」

 

 俺が答えると、眉を顰める雷。

 伝わりきらなかったらしい。なら、より詳細に口にするしかないか。

 

「―――大剣の男」

 

「……? なにを」

 

「槍の男。鎌の女。刀の男。籠手の男。二刀の女。方天戟の男。抜刀術の男」

 

「……その人達は、まさか……」

 

「棒の女。薙刀の女。鉄球の男。大槌の男。銃剣の男。暗器の女。太刀の男。短刀の男。そして――――」

 

 脳裏に思い浮かべる。これまで幾度も刃を交えた相手を。

 何度も何度も斬り裂いて、それでも立ち上がり俺へと敵意を浴びせ続けてきた、俺の心に熱を与えてくれた人たちを。

 

「―――盾の男」

 

 目の前の男を見る。

 何度斬っても、毎回変わらずに敵意を向けてきてくれていた相手を。

 

「俺は勝敗に興味は無い。俺にあなた達が勝てようが負けようが、そんなものはどうでもいい。――――俺はただ、あなた達と切り結ぶためにSETSUNAをやっていた。それだけだ」

 

 俺はあなた達に、ただ戦うことのみを求めた。あなた達には、俺の敵であってくれることを願っていた。

 それ以外は、どうでもよかった。それ以外にはなにもない。

 

 俺がそう告げると、驚愕の表情を浮かべる雷。

 今日はじめて知ったが案外表情豊かな男なんだなこいつ。普段斬り合う時はいつも真剣な顔しかしてないから不思議な感じだ。

 

「……なら、何故引退したんだ?」

 

「意味が無いと悟ったからです」

 

「意味?」

 

 頷く。

 俺にとってのツクヨミは、殺し合いも(・)ど(・)き(・)をするための場所。それ以上でも以下でもない。

 ほんの少しでいいから、心に熱を灯すための場所。

 

「もう、俺には意味が無いと」

 

 温度は無く、感触は軽く、重さは薄い。どうしたって俺が心から求める殺し合いはできないけれど、それに近いものを毎日摂取することが出来た。

 だけど、それじゃあ足りなかった。

 俺にはずっと、物足りないままだった。

 俺は結局ゲーム(もどき)じゃなくて、殺し合い(本物)を求めずにはいられなかった。

 

『―――ツクヨミ(ここ)はみんなの居場所、みんなの遊び場。ここにキミの求める殺し合い(もの)はないけど、もどきを遊ぶための場所はある』

 

 いつだったかヤチヨはそう言っていた。

 本当にその通りだった。ここに俺の求めるものは無かった。

 だが、それでも1年は誤魔化せた。

 いつも小さな熱しか得ることは出来なかったけど、それで十分だった。爺さんが死んでからはそれすら得られなかったんだから。

 死ぬ前に、微かでも心に火が点いただけマシだった。

 

「俺にはもう、この世界で刀を握る理由が無い。故に辞めた。以上です」

 

「それは……」

 

 だが、もう我慢はできない。限界にはとうに到達している。これ以上は無理だ。

 最近は外出の際に親子連れなどを見かけると『子供に襲い掛かったら親が死に物狂いで反撃してきたりするだろうか』なんてことをふと考えたりしている。すぐに止めるが。

 

 ともかく、もう限界だ。1ヵ月前の時点でギリギリだったのに、今はさらに、だ。

 もう、これ以上はいいだろう。 

 

「何故……」

 

「……」

 

「何故、だ」

 

「……何故とは?」

 

 まだなにかあるのか。そろそろ終わりたいんだがな。

 まあいい、今度はなんだ。 

 

「……なら何故、あなたは今ここに立っている。なんで、その刀を握っている。もうあなたに理由はないんじゃないのか?」

 

 そんなことを聞きたいのか。

 簡単だ。そんなもの決まっている。

 

「……かぐやが言った。『3人で頑張る』と。だからだ」

 

「は……? それは、どういう……?」

 

「そのままだ」

 

 どうもこうもなく、本当にそのままの馬鹿げた理由でしかない。

 

「―――かぐやが望み、願い、求めた。だから俺はここに居る」

 

 本当に、馬鹿げた話だ。

 

「ライバーなんて、ヤチヨがそういったものをやっている、という程度しか知らなかったし興味も無かった。どうでもよかった。――――だが、かぐやが望んだ。だから俺はライバーとしての活動をかぐやと共に始めた」

 

 1ヵ月前のあの日、俺は間違った選択をした。

 世迷言だと切って捨てることができなかった。

 

『だからさっ。彩葉もしんたろーもいらないって言ってたけど、やっぱり一緒に行こうよ―――ハ(・)ッ(・)ピ(・)ー(・)エ(・)ン(・)ド(・)!』

 

 ありもしないハッピーエンドなんてものに惑わされ、約束をしてしまった。

 あの時の俺は、どうかしていた。

 

「ライブもそうだ。歌も踊りもどうでもよかった。視界に映ったことはあるだろうが焦点を合わせたことは一度も無い。今までの人生で気にしたことすら無かった。――――でも、かぐやは願った。だから俺はステージの裏方としてかぐやを輝かせるために尽力した」

 

 ツクヨミでは俺は決して満足することができないと気付いてしまった。俺は二度と満足できる殺し合いを、生きている実感を得られないと気付いてしまった。

 もう、そ(・)れ(・)を手に入れるためには、決まりを破って誰かを傷つける以外に方法は無いのだと知ってしまった。

 だから終わろうとした。それなのに約束をしてしまった。

 

「勝利なんてどうでもいい。それに価値があるのは知っている。だが、それだけだ。知っているだけで俺にとってはどうでもいいものだ。――――だけど、かぐやが求めた。勝ちたい、と。優勝をしたいのだ、と。なら俺は、その為にすべきことを全てやらなくてはいけない」

 

 約束は、守らなくてはいけない。

 それはわかっていたはずなのに約束をした。してしまった。

 あの約束さえ無ければ、俺はあの言葉を聞くことなく既に死んでいたはずだったのに。

 

『しんたろーはこれからもかぐやと一緒にいてね。かぐやの隣がしんたろーの居(・)場(・)所(・)なんだから』

 

 あの言葉は間違っている。人でなし(俺)に居場所なんてない。あるわけがない。あっていいわけがない。そんなものはこの世界にありはしない。

 だけど、かぐやは笑ってそう言っていた。

 それが当たり前なのだと、それは本心からの言葉なのだと。たった1ヵ月一緒にいただけの俺なんかでもそれ以外に意図は無いと認めるしかない顔で。

 

「かぐやが居るから、俺はここに居る。かぐやが居なければ、俺はここには居なかった」

 

 あの日、外に出なければ。 

 あの時、電柱から赤ん坊を拾わなければ。

 そうすれば、あんな約束をすることなんてなかった。

 それだけで俺は、さっさと死ねたはずだったんだ。

 

「だから俺は今、捨てたはずの刀を握っている」

 

 間違えて、間違えて、間違えた。

 俺はずっと間違えてばかりだった。だから今、俺はこうなっている。

 

 でも、それももう終わりだ。

 約束は『1ヵ月』。だから今日で終わり。これで最後なんだ。

 これでようやく、俺はこの命を手放せる。 

 

「―――この命は、かぐやのためにあるのだから」

 

 あとはもう、約束を守って終わるだけなのだから。 

 

「やっばぁ……」

 

「……」

 

「……マジか」

 

「……質問は終わりか?」

 

 何故か放心したように口をあんぐりと開けている黒鬼全員にそう問いかける。

 以前に酒寄に『変なことをあんまり配信で喋らないように』と注意を受けたこともあるので、正直あまり会話を続けたくはない。

 俺には『変なこと』がよくわからんからな。そのせいでファン数が稼げなければまた酒寄に叱られるはめになる。あれはうるさいからあまり受けたくはないしな。

 

「いやー、なんていうかさー、アンタあれだな」

 

 帝が雷の肩に手をかけながら、俺に向かって言う。

 

「ロールプレイとかじゃなくて素でそれ言えるの、結構本気でライバー向きだと思うぜ。かぐや姫は人を見る目もあるってこったな」

 

「……そうですか」

 

 何を言ってるのかよくわからんな。

 かぐやもそうだが、たまには俺にもわかりやすいように喋ってくれないだろうか。

 

「あと、あれだな。謝っとく。悪かったな」

 

「……何に対しての謝罪でしょうか?」

 

「建前についての謝罪だよ。一応この企画の建前は『帝(俺)からのかぐや姫への求婚』ってことになってるわけだしな…………だからまぁ、もし気分を悪くさせてたなら、すまなかったなって」

 

「……お気になさらず。気にしていないので」

 

「そうか。サンキュな」

 

 あれ、建前だったのか。てっきり本気の求婚だとばかり。

 ここに来て驚きの真実だな。

 

「雷、もういいだろ?」

 

「……ああ、すまんな」

 

「いいっての。気にすんな」

 

「オレは気にするけどー」

 

「……今度集まった際の飯は俺が奢ろう」

 

「お、ラッキー」

 

「わーい、お兄ちゃんふとっぱらー」

 

「……ふっ、ひどい棒読みだな」

 

 やいのやいのと黒鬼の3人は騒ぎながら、各々の武器を構えていく。

 俺もそれを見て、ゆっくりと息を吐きながら刀を正眼に構える。

 

「んじゃ、あらためて」

 

 呟きのような短い言葉を発した後に、赤髪の鬼が金棒をこちらに向けて宣言する。

 

「ブラックオニキス、リーダーの帝アキラ」

 

「……今日はそういう日か」

 

「え、マジ? そういうノリ?」

 

 なんだ? 何故、このタイミングで名乗りを上げた?

 試合前に紹介はされているから不要のはずだが。

 

「同じくブラックオニキス、雷」

 

「うへぇ~、マジ……?」

 

 続けるように隣のフードを被った見慣れた男が名乗る。

 なんだこの流れ?

 俺は疑問を持ったまま最後の3人目へと視線を向けると、彼は呆れたと言わんばかりに肩を竦めてから、まるで溜息を吐くみたいに言葉を漏らす。

 

「……おなじく、ブラックオニキスの乃依」

 

 その言葉で視線が俺へと集まる。

 俺にもやれ、ということなんだよな? 多分。

 一応1ラウンド目で俺は既に名乗った――――ああいや、違うか。

 もし、今の彼らの名乗りが正しいものだとしたなら、あの時の俺の名乗りでは誤りがあるか。

 なら、やり直すべきだな。

 

「……かぐやいろPチャンネル、たろーD」 

 

 帝が武器を握る力を込め、雷が腰を落とし、乃依が矢を手に取った。

 

「いざ、尋常に」

 

 場の戦意が高まっていくのを感じつつ、俺は足に力を入れ――――

 

「勝負」

 

 ―――目の前の敵に向かって飛び出した。

  


 

 

 マズいマズい、マジでマズい。

 そのまま終わる可能性が高かったことを考えればマシだけど、決して良い状況なんかではない。

 

「彩葉っ! これヤバくない!?」

 

「わかってる! だから急ぐしかないの! いいから走る!」

 

 現在、私達は絶賛大ピンチである。

 ラウンド開幕早々に2人と1人に別れてそれぞれ同数の相手と対面し、私とかぐやは雷・乃依の兄弟コンビに敗れ、浦野は見事に帝を撃破して、それぞれのチームが櫓を獲得した。

 

 それはいいんだ。それ自体は完全に予想通りの展開だったのだから。

 この3ラウンド目では浦野が攻め、私とかぐやが防衛に回って時間を稼ぐ。それが開幕の黒鬼の動きを見て判断した私達の基本方針だ。

 だからあとは浦野が相手の天守閣を落とすまでの時間を稼ぐために、私達がなんとかして雷・乃依の兄弟を足止めする、はずだったのだけど。

 

「だぁあああああ!! 全力ダーーーッシュッ!!」

 

「このまま真っ直ぐ、あの丘の向こう!」

 

 黒鬼は私にとって完全に想定外の行動をとった。

 すなわち、メンバー全員での浦野1人の包囲。

 読めるかそんなもん。

 

 今回の対戦はいわゆるガチ対戦ではなく、コラボ企画の一種だ。配信に映す以上は一方的な画にならないような立ち回りをしてくる、という試合前の私の予想は大ハズレ。

 浦野というSETSUNA(1対1)のレジェンダリープレイヤーが紛れ込んでいたとはいえ、3人全員がSENGOKU(3対3)のレジェンダリーランクのトッププレイヤーチームが全員集まって袋叩きをするなんて一体誰がわかるのか。

 なんであの兄がそんなことをしでかしたのか、私にはまったくわからない。ブラックオニキスのブランドイメージ的にもよろしくないはずだろうに。

 何を考えてるんだマジで。

 

「丘を越えたらすぐに攻撃が飛んでくるかもしれないから要警戒! 気を付けて!」

 

「オッケー! 矢ならかぐやに任せちゃっていいよ!」

 

 自信満々なようでなにより。

 私達は全速力で丘を駆け上がり、そしてそ(・)れ(・)を見た。 

 矢を絶え間なく射られ続ける中で、迫る2本の刃をなんとか凌ぎきっている男の姿を。 

 

 予想通りの防戦一方だ。やはり3対1ではキツかったみたい。これまで私は浦野の戦う姿を見れていなかったけど、情報としては知っている。浦野はうちのチームで一番強いということを。それでも、さすがに3対1はどうにもならなかったらしい。

 このままでは非常にマズい。こちらの最大戦力である浦野が落とされてしまう。そうなったらもう私達に勝ち目は無い。

 

「かぐや急いで援護を……」

 

 そこまで言いかけてから、ふと私はもう一度戦場を俯瞰してよく見てみる。

 見下ろす光景に変わりはない。さっきまでと同様に浦野が3人に袋叩きにされているままだ。

 HPはまだ残っているが着実にゆっくりと削られている。まるで嬲り殺しだ。とてもプロゲーマーが配信企画でやるような行為じゃない。何を考えてるんだ。 

 

 矢が飛び、銃弾が奔り、扇が迫る。それに対して浦野が剣を振る。

 その多くをなんとか躱したり弾いたりはしているようだが、さすがに数が多すぎるようでカスダメが積み重なっていっている。このままではいずれ落とされてしまうだろう…………ん? あれ?

 

 ―――なんで浦野のHPは、まだ半分以上も残ってるんだ? 

 

 その事実に気付いた途端に、目の前の光景がさっきまでとは別のものとして認識できてしまった。

 

「……嘘でしょ?」

 

 眼下の光景を改めて見直すと、数秒前に感じた焦燥感が消え去って新たに驚愕の気持ちが湧いてきた。

 浦野は防戦一方である。それは事実だ。現に黒鬼の見事なまでの連係を防ぐことで手一杯で、碌な反撃ができていない。何度か踏み込もうとしているのは見て取れるけど、それを実行に移せていない。

 浦野はずっと、一方的に攻撃をされていた。

 されながら、生き残っていた。

 

 それはつまり、浦野はたった1人でトッププロチームの攻撃を捌(・)き(・)切(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)、ということだ。

 数多の大会で優勝を勝ち取りまくっているトップチーム相手に、たった1人で。

 

 なんだ、それ。

 まるで意味がわからない。

 

 私が驚愕に足を止めそうになっていると、背中に衝撃が走った。

 

「彩葉!」

 

「え――――って、かぐや!? なにを」

 

「ちょっと背中貸してね! あとそのまま真っ直ぐ走って!」

 

「はぁ!?」

 

 振り向くとかぐやが背中に張り付いていた。

 この状況で何を、と一瞬思ったがどういった意図なのかはすぐに理解出来た。

 かぐやは私の背中に張り付きながら、自分のハンマーのギミックを展開しつつ、射(・)撃(・)の(・)構(・)え(・)をとっている。

 ギミック兵装として搭載しているうなぎ砲の構えだ。

 

「―――狙うなら後衛! 乃依くん目掛けて撃って!」

 

「わかった!」

 

 返事とほぼ同時にかぐやのハンマーからうなぎ形の弾丸が射出されて空中を高速で飛翔していく。

 ただ、さすがはプロゲーマー。浦野相手に集中していたように見えていたのだが、当たる直前に察知したようでヒラリと回避されてしまった。

 かぐやは続けてうなぎ砲を撃つが、乃依くんはそれを無駄なく回避した上で反撃の矢を射ってくる。

 私はかぐやを背負ったままジグザグに走って矢を躱し、その合間に更にかぐやに射撃をさせ続ける。

 浦野のあの実力なら、自分を狙う相手が3人から2人になれば多少は動けるようになるはずだ。だからこのまま乃依くんの視線をこっちに固定させたい。

 

「かぐや、そのまま――――」

 

 射撃の継続をするようにかぐやに言おうとしていると、視界の端で回避したはずの矢が何も無い空中で、まるで弾かれたように角度を変えて私へと飛んできていた。

 弓のスキル、トリックショット(屈折射)だ。

 さすが乃依くん(プロ)だな。地面を蹴って両足が宙に浮いているタイミングにバッチリと合わせてきた。これは無理だ。胴体ど真ん中へと命中コース、当たれば一瞬とはいえ硬直が入ってしまう。ここで足を物理的に止められるのはキツいけど――――

 

「―――大丈夫」

 

「え」

 

 耳元で囁くような声が聞こえると同時、視界の端から伸びてきたハンマーが矢を叩き落とした。

 

「そのまま走って彩葉!」

 

「わ、わかった!」

 

「こっからはジグザグしないで真っ直ぐでいいよ! さすがに全部は無理だけど、ほとんどはかぐやがなんとかするからっ!」

 

 ともすれば大言壮語とも思えるような言葉を放ったかぐやは、その言葉通りに次々と飛んでくる矢を取り回しの難しそうな大きなハンマーで叩き落としていく。

 

「ていっ! たあっ! とりゃ! おんどりゃあー! ――――ふつーの、ふつーの、曲がるやつかーらーの、ふつーの……はやっぱ当たって次のビリビリをブッ叩く!」

 

 自分で言ったように全てではない。幾つかの矢は私にも背中にいるかぐやにも直撃している。

 だけど、ダメージは軽微なもの。かぐやは明らかに受けるダメージを自分の判断でコントロールしていた。

 

 なんだ、これ。

 なんでこの子が、こんなことを出来るんだ?  

 

 リスポーン前の戦闘では私が乃依くんと、かぐやは雷と戦っていたから気付けなかっただけで、実はこんな特技を前から持ってたってこと? 

 ……いや、違う。そんなわけない。

 以前にやった真実と芦花とのコラボ動画でSENGOKUをやっていた時には、こんなことは一切していなかった。いや、出来ていなかったはずだ。 

 なのに、今は出来ている。これはどういうこと?

 

「……かぐや、そ(・)れ(・)いつから出来るようになったの?」

 

「ん? あ、こ(・)れ(・)? これはさっきだよ。しんたろーに矢の違いを教えてもらったの。どう? すごいでしょっ」

 

「それは……うん、すごい、ね」

 

「でっしょ〜」

 

 さっき。

 インターバル中にそんな様子は無かった以上、第2ラウンドの終盤のことだろう。浦野に教われるタイミングなんてあの時しかないはずだ。

 乃依くんっていう絶対的な格上相手に実戦練習をして習得、だなんて。理解は出来ても納得はできない。

 なんだそれ。無茶苦茶にも程がある。

 

「しんたろー! 来たよー!!」

 

「……ああ」

 

 矢の雨を潜り抜けて、ついに丘の麓――――浦野が1人で戦っている場所へと辿り着いた。

 かぐやは私の背から飛び降りてそのままの勢いでハンマーを帝に向かって叩きつけるけど、あっさりと受け流される。

 

「のわっ!?」

 

「お早いお着きだな、かぐや姫。もっとノンビリしてたってよかったんだぜ?」

 

「言ってろ帝ー! 3人揃ったかぐや達に恐れおののけー!」

 

「ククッ、いいなその前傾姿勢。――――解釈一致、だなっ!」

 

 返事と一緒にかぐやに向かって薙ぎ放たれた攻撃は、かぐやの手を引いて立ち位置を入れ替えた浦野によって弾かれ、隙を晒した帝への斬撃を浦野が繰り出すも、間に入ってきた雷によって防がれる。

 私はそれを見て、一瞬でも浦野から気を逸らさせようとワイヤーを帝に目掛けて伸ばす。――――が、ワイヤーが帝に届く前に、横から飛んできた矢に弾かれて明後日の方向へと伸びていった。

 マジか。プロってそんなことまで出来るもんなの? ヤバすぎる。

 

「たろーD突っ込んで! かぐやは私と一緒にたろーDのフォロー! 注意を分散させて1対1に持ち込ませて!」

 

「雷は2人を引き離せ! その間に俺と乃依でたろーDを削り潰す!」

 

 互いのチームメンバーに向かっての指示が交錯する。

 3対3の総力戦。事ここに至っては相手に作戦がバレるとかどうとかは考えない。ってかそんな暇はもうない。

 如何にして相手の数を減らせるか、という段階なのだから。それで勝敗は決まる。

 そして自然と、この戦いの中心も決まった。

 それは大方の予想を外れ、帝でもかぐやでもない1人の男――――浦野という男であった。

  

 浦野の実力は試合前の想定とは完全に異なり、誰にとっても完全なイレギュラーと呼べるほどの驚異的なものだった。そのおかげで限りなく低かった勝ちの目が見えた。

 正直先に言えと声を大にして言いたかった、というか言ったが、嬉しい誤算でもあった。文句は本当にいっぱいあるけど。

 

 とにかく、今は浦野の突破力に賭けるしかない状況だ。である以上は私とかぐやはそれをサポートするしかない。

 

「どっけぇえええええ!!」

 

「甘いッ!」

 

「―――っ、そこ!」

 

「それも見えている!」

 

 かぐやの横薙ぎは大楯によって上方へとかち上げられて逸らされ、それを隠れ蓑にした私の双剣による連撃は錫杖でなんなく往なされる。 

 かぐやはがら空きになった腹に蹴りを喰らって後ろに、私は大楯でぶん殴られて横に吹き飛んでいく。

 

 さすがはSETSUNA(1対1)もSENGOKU(3対3)もレジェンダリーに到達してるプレイヤー、2人同時でも対処がうますぎる。

 

「くっそ……」

 

 どうしたらいい? どうしたらこの状況を打開出来る?

 

 チラリと浦野の方を見る。

 浦野は帝と乃依くんの猛攻を躱し、往なし、弾いていた。だが、反撃はできていない。

 距離のある乃依くんはともかく、帝に関しては完全な一撃離脱戦法に徹されているからだろう。

 ごくごく単純に、リーチの差で負けている。浦野の持つ刀よりも帝の金砕棒の方が長いせいだ。

 帝は攻撃と同時に距離を取り、その間ずっと乃依くんの矢が飛んでいる。浦野はその攻撃のほぼ全てを無効化しているけど、カスダメを喰らってHPを少しずつだけど減らしていっているようだ。

 

 多分、帝1人ならどうにか出来るんだ。浦野はSETSUNA(1対1)専門なプレイヤーでSENGOKU(3対3)は本人の言葉を信じるのなら今回が初めてだ。おそらくは多数戦闘に不慣れで遅れを取っているんだ。これまでに何度も対戦しているという雷には2対1でも勝てた。でも対戦経験のない帝には届いていない、っていうのがその証左だ。正直それも結構意味不明な話ではあるんだけども……。

 とにかく、現状はなんとか黒鬼2人相手に防戦とはいえ対処は出来てるけど、今のままではいずれ削り取られてしまうのは目に見えてる。

 

 だから、なんとかしないといけない。作戦担当として私がなんとかしないといけないのだけど、何も思いつかない……。

 こんな状況で、私に一体何が出来るっていうのか……。

 

「―――隙あり、だな」

 

「しまっ――――」

 

「彩葉!?」 

 

 錫杖が双剣の間をすり抜けて、貫かれたような衝撃が直撃した胸の中心から体全体へと広がっていき、そのまま勢いよく吹き飛ばされて後方の岩石へと衝突する。

 

「まずは1人!」

 

「―――そんなの、かぐやが許さないっ!」

 

 追撃を仕掛けようとする雷の動きを、かぐやが体を張って止めている。

 大楯に往なされ、生まれた隙を錫杖で狙われる。圧倒的な実力差によって、かぐやのHPはみるみると減っていってしまっている。

 

 ―――だけど、かぐやは退かない。だって後ろに私がいるから。

 

 ああ、ダメだなこれ。私が一番足を引っ張ってる。

 チームで唯一のSENGOKU経験者として、2人を引き連れないといけないはずの私が、一番の足手まといになってしまっている。

 

 だけどそれも、仕方がないのかもしれない。

 だって、私は弱い人間だから。

 

 浦野は、変なやつだ。

 無表情だし、声に感情は一切乗ってないし、味はわかるけど美味しいはわからないとかわけわかんないこと言うし、自分じゃ勝てないとか言いながら実はめっちゃ強いし、いつも何を考えてるのかわからないし。

 でも、真っ直ぐなやつだ。

 周りに馴染めてないし、それどころか家族から拒絶――――じゃなくて、あの、いや、その、少し距離を取られたりしている、らしいけど。

 それでも、いつでも自分を貫いている。

 周りに流されたりはせず、自分を見失ったりもしていない。

 私とは違って。

 

 かぐやは、素直な子だ。

 楽しい時は楽しいと言うし、嬉しい時はそれを表情に出すし、やりたい事を我慢しないし、無理難題をどうやったら実現可能なラインまで持っていけるかを自分なりに考えて実行するし、好きなものを、人を、なんの衒(てら)いもなく好きと言えるし。

 自分の心に、嘘を吐かない子だ。

 そのせいで空気を読めなかったり、雰囲気をぶち壊したり、他人よりも自分を優先したりもするけど。

 それでも、多くの人に愛される子だ。

 疎まれたり悪目立ちをしたりせず、あるがままに過ごすだけでたくさんの人に自然と認められている。

 私とは違って。

 

 そんな2人と比べて、私はダメなやつだ。

 母に認められたいと思ってるくせに、傍にいると傷付いてしまうのが嫌だからと逃げ出すし。

 1人で出来ると嘯いていながら、まともに体調管理もできずに倒れて、あげくに他人の手で助けられるし。

 余分な事はやらないと目標を立てたはずなのに、煽てられ、宥められ、空気に流されてライバー活動なんかやっているし。

 かぐやが楽しいと言って笑い、浦野がわからんと無表情で言い合う間で、私は澄ました顔で嘘を吐いている。

 

 私は自分で定めたことも、カッコいいと思ったこともできない。 

 やらなくちゃいけないと思うことはあっても、やりたいと思えるものは一つもない。

 私には、芯がない。

 私は、何者にもなれずにいる。

 

 私は一体、何がしたいのか。

 自分のことのはずなのに、私が一番それをわかっていない。

 

『―――母さん、大丈夫。彩葉にも譲れへんもんはあるよ』

 

 ……そんなもの、私にはないよ。お兄ちゃん。

 

「―――おりゃぁああああ!!」

 

「目を見張る成長速度だが、まだ俺には遠い!」

 

「うわあっ!?」

 

 吹き飛ばされてかぐやが私のいる場所へゴロゴロと転がってくる。

 見てみるとかぐやのHPは既に2割弱しかない。これではもう、あと数分も保たないだろう。

 

 私のせいだ。 

 チャンスは確かにあったのに、それを私はものに出来なかった。

 かぐやと目が合う。その瞳はどこか驚いたように揺れていた。

 ごめん、かぐや。優勝はもう――――

 

「―――しんたろー!」

  

 いきなり響いたフィールド全体に広がるんじゃないかという大声に、いつの間にか俯いていた顔を私は思わず上げて、声を発したかぐやを見る。

 

「助けてぇえええええええええええええええ!!」

 

 空気が止まった。

 誰も彼もが口をポカンと開いて動きを止めてしまっている中で、たった一つの静かな声だけが耳に届いた。

 

「―――了承した」

 

 その言葉と同時に浦野は眼前の全てを無視し、全速力で走り出した。

 その背に帝の斬撃を喰らい、乃依くんの矢を受け、迎え撃つ雷の大楯の打撃を片腕を犠牲にするようにして通り過ぎる。

 浦野がすぐ傍まで近付いてくるとかぐやは急に私に跳び付き、そして浦野は驚く私ごとかぐやを抱え上げて呼び出した虎バイクへと跳び乗り、駆け出した。

 

「ちょっ、なにを」

 

「―――これでいいか?」

 

「かんっぺき! ナイスだよしんたろー!」

 

「そうか」

 

 私の言葉を遮って2人は声を交わす。 

 おかしい。いつもはこの役割は浦野のはずなのに。

 

「それでどうする? 追ってきてるぞ」

 

「え……? あっ、ホントだ。帝達も虎バイクでこっち来てるね」

 

「速度は同じだから、コース取りを誤らなければ追いつかれないとは思うが」

 

「そっかー。にしてもこの子、3人も乗せて重くないのかな?」

 

「2ラウンド目でかぐやと2人乗りした時も速度は変わらなかったのだから、重量で変化は無いのではないか?」

 

「あ、そういえばそうだったっけ。よく覚えてたねしんたろー、すごいね」

 

「そうか?」

 

「そーだ」

 

「そうか」

 

 状況にそぐわないいつものポヤポヤとした会話が繰り広げられている。

 なんだ、これ。なんでこんなにリラックスしてるんだこの2人は。意味がわかんない。

 

「……あ、あのねぇ! あんた達今の状況わかってる!? 滅茶苦茶にピンチなの理解してないの!? なんでそんなに呑気なわけ!?」

 

 自分のことを棚に上げて、思わず大声を上げてしまった。この状況を作り出してしまった張本人のくせに。

 本当になにをやっているんだ私は。

 

「雑談なんかをするんじゃなくて、まずはこれからどうするかを考えるべきで」

 

「―――知っている」

 

「え」

 

 私が自分でもよくわかっていないままに言葉を連ねていると、また浦野が遮ってきた。

 遮られたのは別にいいんだけど、知っているって、何を?

 

「な、なに言ってるの?」

 

「……知っていると言った。そのままだ」

 

 浦野の腕の中のかぐや、の腕の中で私は目をパチクリと瞬かせる。言葉の意味が理解出来なかった。

 

「今後の対策の考案だろう。わかっている。――――それで、どうするんだ」

 

「は? え、どうするって」

 

「対策だ。出来たのか?」

 

 浦野は真っ直ぐにいつものように何を考えているのかわからない瞳で、私を見つめて聞いてくる。

 

「……それを思案する時間を稼げ、という意味だと思ったのだが、違ったのか?」

 

「ううん、合ってるよ。なんか彩葉がめっちゃ大変そうだったから、しんたろーのこと呼んだの」

 

「そうか」

 

「そーだ。――――それで彩葉、どう? かぐや達はこれからどうしたらいいの?」

 

 かぐやと浦野が、私を見ている。

 私は何かを答えようと口を開くけど、そこからは何も出て来ない。

 それでも何かを言わなくちゃいけないと思い、無理矢理に言葉を絞り出す。

 

「……私、失敗したんだよ」

 

「しっぱい?」

 

「……1ラウンド目は私が事前にちゃんと確認しておけば、取れたはずだった」

 

「あー、しんたろーのことでしょ。わかる。ビックリしたよねあれ」

 

「…………2ラウンド目なんて私はなんもしてない。ただ帝に遊ばれてる間に、かぐやとたろーDが頑張ってくれたから勝っただけ」

 

「……よくわからん。あれはいろPが時間を稼いだ結果だろう。でなければ間に合わなかったぞ」

 

「………………今だってそう。私の予想は全部外れたし、この状況も私が作った。それなのに、その対策を私が考えたところで現状を打破なんて」

 

「―――彩葉」

 

 かぐやの声に、また俯いてしまっていた顔を上げる。 

 そこにはいつかのように月の光のような優しい表情を浮かべた、かぐやの顔があった。

 

「彩葉はすごいから、きっと責任感っていうのがすごく強いんだって、かぐやは知ってるよ。でもね――――」

 

 ギュッと私を抱きしめる腕に力が入り、とても綺麗な顔が近付いてくる。

 

「―――彩葉、そーいうのはかっこいいけど、かぐやとしんたろーもついてるからさ! もっと頼って!」

 

「―――ぁ」

 

「だいじょーぶ! かぐや達3人が揃ったら、出来ないことなんてなんにも無いんだから! そうでしょしんたろー!」

 

「……そうか?」

 

「そーだ!」

 

「…………そうか?」 

 

「そーだってば!」

 

「……そうか」

 

「そーだ!」

 

「……」

 

「ね! だから彩葉、これからどうしたらいいのか教えて? かぐやもしんたろーも絶対に成功させちゃうから。ね?」

 

「……そうだな。成功するかどうかはともかく、いろPを頭に、俺とかぐやを手足にすると言った以上はどんな難題だろうと従おう。――――それで、どうする?」

 

 私は2人の真っ直ぐな瞳に、思わず言葉が漏れる。

 

「……無理、言うよ」

 

「いいよ。かぐやめっちゃ頑張るから」

 

「……無茶を、させるよ」

 

「構わん。好きにしろ」

 

 何も定められず、何も出来ず、何者でもない私の言葉を、目の前の2人はただただ真っ直ぐに待っている。

 他の誰でもない、私の言葉を。

 私を信じて、待っている。

 

 ―――何故か、お兄ちゃんと一緒にゲームをしていた頃を思い出した。

 

 あの頃の私なら、どうしただろう?

 

「……たろーD、2対1じゃ相手を倒すのは無理?」

 

「雷がそこに含まれるのならば可能だろう。あの男の斬り方は熟知しているつもりだ。俺の間合いまで踏み込めさえするのなら、他の者がいても斬ってみせる」

 

 当然と言わんばかりに、いつもの無表情のまま浦野は宣言した。

 

「……かぐや、帝のこと騙せる?」

 

「問題なーし! かぐや、これでも悪童(わるわらべ)なんだから」

 

 にししと楽しそうに笑いながら、かぐやは自慢気に頷いた。

 

「―――わかった。なら作戦がある。よく聞いて」

 

 私は、この信頼を裏切りたくない。

 

 大きな岩に左右を囲まれ、頭上を太い樹木で覆われた一本道で、虎バイクを停止させて一斉に飛び降りる。

 逃走を続けていたのに唐突に停止したこちらの様子を訝しんでか、黒鬼も虎バイクを降りて静かに武器を構える。

 前に帝と雷、後ろに乃依くんの2・1体制だ。予定通り。

 

「……ねえ、挑戦状に書いてあったように、もしうちらが勝ったらそっちもお願い、聞いてくれるんだよね?」

 

「ん? おう、当然だろ。嘘は吐かねえよ」 

 

「そ。良かった」

 

 軽く返事をし、隣にいるかぐやに目を合わせて頷き、同時に左右に別れて岩を駆け上る。

 そして浦野もまた、正面から1人で突っ込んで行く。

 

「―――カバー! 俺が受ける!」

 

「……」

 

 一歩前に出た帝に、矢を射掛けられながらも接近した浦野が迫っていき――――

 

 ―――頭上から飛び降りた私が武器を思いっ切り帝に向けて叩きつける。

 

 激しい金属音を響かせながら、帝は私の攻撃を正面から防いだ。だが私は止まらない。振り下ろした姿勢のままハ(・)ン(・)マ(・)ー(・)のギミックを起動。ブースターを点火する。

 

「武器の入れ替え? ハッ!」

 

 鼻で笑われるが構いやしない。破れかぶれの浅知恵だとでも思っていればいいよ。

 ブーストの勢いのままハンマーを振り抜き、柄を握り直して向きを変え、そのまま横向きに一回転。もう一度帝に攻撃を仕掛けようとするも、帝はバックジャンプをして距離を取って回避した。

 

 そして、その空いた空間に浦野がスッと入り込んでその場で跳躍する、宙で足を折り畳むような体勢で。

 私は迷わず、その足(・)裏(・)に向けてハンマーを振り抜いた。

 

「―――お願い」

 

「ああ」

 

 短い言葉だけを残して、浦野は帝を飛び越えて弓を構えた乃(・)依(・)く(・)ん(・)へと迫る。

 

「しまっ――――」

 

「どおりゃぁああああああ!!」

 

 咄嗟に目で追おうとした帝に、かぐやがブーメランを投げつけて止める。

 残念ながら、余所見をさせるつもりはない。

 お兄ちゃんの相手は私達だ。

 

 ここが正念場。ここが最終盤面。ここで決めきる。

 もう、私は迷わない。

 だからそっちは頼んだよ、浦野。

 

 


 

 

 2ラウンド目とは異なり、飛んだ俺を見て一切の躊躇を見せずに背を向ける乃依を視界に捉える。

 さすがに判断が早いな。同じ轍は踏まないか。

 

 乃依、弓使いの男。

 これがSETSUNAだったらどうとも思わなかったが、勝(・)た(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)という前提があると、まるで違う存在になる。

 これまでなら対峙しても、試合に負けるだけで殺されることは(HPを全損され)ない相手でしかなかった。

 

 だけど、SENGOKU(3対3)ではそんな簡単な相手ではない。

 遠距離攻撃というのが、こんなにも面倒くさいとは今まで知らなかった。別の相手に斬り掛かってる時に射られるのが本当に面倒くさい。最初の頃はともかく、今は全然隙がない。おかげで無視して踏み込めないでいた。

 片手間で対処してあとは放っておけばいいなどと1ラウンド目の俺は考えていたが、まったく持ってそんなことを出来る相手じゃなかった。

 いつかヤチヨも言っていたが、本当に遠距離攻撃が出来るやつがいるだけで戦い方がガラリと変わるな。実に面倒くさい。

 

「クソッ!」

 

 乃依の溢した悪態を聞き流しながら、その背から3mほど離れた地点に着地し、即座に振り返りながら刀を横薙ぎに振るう。

 瞬間、火花が散った。

 

「行かせないっ!」

 

「……」

 

 元々行く気もない。

 俺達の狙いは、最初からお前だ。

 

 今の俺に与えられた役割は、帝をかぐやと酒寄が撃破するまでの時間稼ぎ。ようは1ラウンド目と同じものだ。 

 ただし一つだけ異なるのは、時間稼ぎでも構わないが別に倒してしまってもいいということ。

 単純で、実にわかりやすい。おかげで面倒くさいことを考えなくて済む。

 

 現在、乃依は背を向けて距離を取り、帝はかぐやと酒寄が相手をしている。

 それ即ち、今、俺と雷は1(・)対(・)1(・)の状況にいるということ。

 俺が唯一得意とする状況に、だ。

 

 やっと、こうなった。

 あっさりとこんな展開に持ち込めるのだから、酒寄はさすがだな。なんか途中よくわからんことを色々と言っていたが、やはり任せて正解だったな。

 

 俺は踏み込んで間合いを潰し、雷へと更に迫る。

 雷は盾を動かし壁としようとするので、盾の外縁部分を突いて盾の角度を変えさせる。これで隙間は出来た。

 崩れた防御を立て直すまでの一瞬の間を狙って手を伸ばし、雷の盾を握った腕を掴む。

 錫杖が迫るよりも先に俺は足を止め、腰を捻り、上体を回転させて雷を背後の地面に向かって投げ飛ばす。

 

「ぐっ!?――――だがっ!」

 

 相変わらず綺麗な受け身を取る男だ。最初の頃はもう少し不格好だったのだがな。いつの間にか随分と上達しているものだ。

 

 地面に背中から叩きつけられるも即座に錫杖で地を突いて、その反動で起き上がる雷。

 だが、まだ体勢は整っていない。

 

 俺は踏み込みながら袈裟斬りに刀を振り下ろ――――す前に、雷の頬を掠めるようにして飛んでくる電撃の矢を刀から離した左手で掴み取る。鏃に触れなければ問題は無い。

 俺は雷の眼球を狙って手首を捻って矢を投げ飛ばしながら、刀を振り下ろす。

 雷の視界が一瞬塞がれた合間に刀は体を斜めに斬り裂き、大量の花びらが宙に舞い散る。

 体感的に、あと一撃で終わるな。

 

 俺は後ろに飛び退った雷に追撃をかけようとし――――

 

「―――これで決める!」

 

 雷の行動を疑問に思いながらも距離を詰めるべく、足を踏み出した。

 雷は盾を手放して光輝く錫杖を両手で握り、地面へと突き刺した。ウルトだ。

 確かに俺のHPは残り3割強。このウルトがま(・)と(・)も(・)に当たれば消し飛ぶ数値だ。その部分だけを見れば間違った判断ではない。

 だが、そんなものを喰らうつもりは俺にはない。

 

「……」

 

 錫杖の先端が突き刺さった地面が周りの音を掻き消すように大きな音を上げながらヒビ割れ、砕けていき、一部の大地が形を変えていく。

 砕けた地面がまるで槍のような形状へと変形して、数え切れないほどの槍は雷の正面に――――俺の方向に向かって雪崩のように迫ってくる。

 俺は迫る大地の槍に向かって跳躍し、槍と槍の僅かな隙間に体を捩じ込み、更に槍を蹴って跳ぶようにして前へと進む。

 槍の群れを抜けきるまでに幾つもの槍が体を掠めたが、直撃は無し。残りHPは1割弱。問題なし。

 俺はウルトを放ち、硬直が解けきっていない雷の眼前へと迫り、手にした刀を奔らせる。

 

 それにしても、何故雷はこのタイミングでウルトを使ったのやら。今の状況で直撃するわけがないのは、目の前の男もよく知っているはずなんだがな。

 てっきり、これまでに何度も試して失敗したことは覚えているものとばかり思っていたが、それは買い被りだったのだろうか?

 ……まあ、なんでもいいか。どうでもいいことだな。

 

 俺の刀は雷の肩口から胴体までを斬り裂き、硬直が解けて武(・)器(・)を(・)手(・)放(・)し(・)た(・)雷の腕に掴まれる。

 

「は……?」

 

「今の俺は――――黒鬼だからなっ!」

 

 ほんの一瞬、俺の動きが止められた。

 だがそれもすぐに解消される。HPを失った雷が全身を花びらへと変化させていったからだ。 

 

 今の雷の行動に一体どんな意味があったのかと俺は思考を巡らせようとし――――力強く踏み込む足音と、空気を斬り裂く音を耳にして、その考えを打ち切る。

 刀を振るうと、鳴り響く金属音と伝わってくる衝撃。

 視界に映るのは円形の刃を両手で振り回してきたのであろう乃依の姿。

 たしか輪刀、だったか。酒寄の言っていた乃依の近接戦用のギミックとかなんとか。 

 

「これで――――!」

 

「……」

 

 奇妙な形の刃を弾き、体勢が崩れた乃依へと横一文字斬り。胴を薙ぐように振るわれた刀は、なんの抵抗もされずに吸い込まれるようにして乃依を斬り裂く。 

 舞い散る花びら。だが足りない。このラウンドでかぐやと酒寄がどれだけ乃依にダメージを与えたのかは不明だが、前のラウンドの結果を踏まえれて考えれば、あと一撃あれば足りるだろう。

 

 斬られた乃依が後ろに一步だけ下がったので、俺は突きを放って胸部を貫いてそのまま振り抜こうと――――

 

 ――――乃依が輪刀を捨て、抱きついてきた。

 

「チッ」

 

「……なにを」

 

 目の前の乃依に先程の雷といい、さっきからこの男達は何を考えて――――落下音、頭上32m、矢。

 

「―――次は、勝つ」

 

 ……ああ、なるほど。そういうことか。

 俺がその事実に気付くのと、乃依の言葉が耳に届いたのは同時だった。

 俺は乃依を振り解きながら突き刺さった刀を振り下ろす。刃の軌跡に沿って大量の花びらが舞い散りはじめた。

 目を細め、険しい表情をした男が花びらとなって散っていく。

 忌々しげに顰められたその顔を見送ってから、俺は離れた場所で戦闘を続けているかぐやと酒寄を眺め、目を閉じる。

 

「……互いに勝ったようなものだろうに」

 

 その呟きは、俺の背後の地面に落下して突き刺さった光(・)輝(・)く(・)矢(・)から生えてきた水晶の柱によって掻き消された。

 

 音も気配も消え、足から伝わる大地の感触すら消え失せると、唐突に声が響いてきた。

 

『たろーD、雷・乃依と相打ち! 3人は残機を使い果たし、退場~!』

 

『いやぁお見事! 雷の誘導からのノータイムの乃依の連係はさすがとしか言いようが無いですね! 絶対あのまま切り刻まれるものだとばかり!』

 

『さあ、そしてこっちも正念場! 勝利の行方は、生き残った3人に委ねられた!』

 

 目を開くとそこには、天守閣があった。

 足元を見れば自身が山肌の上に立っているのだと理解出来る。どうやら自陣の天守閣の後方に聳える山に送られたらしい。

 残機が無くなるとこうなるのか。そういえばその情報は得ていなかったな。

 

 その場に胡座をかいて座ると、目の前にウィンドウが展開される。俯瞰視点となっている画面の中心には、赤髪の鬼と対するキツネの少女とウサギの少女。それとどこからともなく聞こえる実況の声。うるさい。

 

「あとは2人次第…………ん?」

 

 トテトテと小さな4足の足音が近寄ってくる。

 

「ワンッ!」

 

「……ここにいたのか」

 

「ワン!」

 

 視線を向けると尻尾を振って走ってきている犬DOGEがいた。どうやら俺達がゲームをしている最中はここで待機していたらしい。 

 

「ワン!」

 

「……」

 

「ワンワン!」

 

「……なんだ」

 

「クゥ〜ン……」

 

 わからん。なにが言いたいんだこいつは。言葉でなければ俺にはわからんぞ。

 ……ああいや、俺は言葉で伝えられてもわからないことのほうが多いか。

 

 俺が内心で嘆息していると犬DOGEが俺の胡座の中に入ってき、そして膝に置いていた手の平の下に潜り込んできた。

 

「なんだ?」

 

「ワン」

 

「……撫でろ、ということか?」

 

「ワン!」

 

「そうか」

 

 手を動かして犬DOGEの頭を撫でる。

 するとどことなく満足げな息を漏らしながら、全身の力を抜いて寝そべりだした。

 なんだこいつ。かぐや同様に撫でられるのが好きなんだろうか? よくわからんやつだな。

 

『これで、ゲームセットだ!』  

 

 視線を画面へと向けると、倒れたかぐやに帝が銃口を突き付けていた。

 その光景だけを見るのなら絶望的な状況だが、きっとそうではないのだろう。

 酒寄のあの瞳を見れば、それくらいはわかる。

 

 唐突にワイヤーが帝に巻き付いていき、その体を縛り留めていく。 

 

「……持ち直したか」

 

 酒寄は、以前に体調不良で倒れてから俺が見てもわかるくらいに明らかに精神的にブレていた。それまでに時々見せていた強い目をすることがなく、それどころか翳った瞳を何度もしていた。

 だが今は、そんな様子は微塵もない。

 

『……かぐやなら』

 

 俺には酒寄彩葉という女はよくわからん。だいたい全部よくわからん。

 いつも1人で騒いでいたり、よくわからんことで怒っていたり、唐突に頭を抱えたりしているやつだ。欠片も理解できる気がしない。

 でも、少しだけわかっていることもある。  

 

『かぐやとなら!』

 

『彩葉!』

 

 あの意思を湛えた瞳を煌々と輝かせた酒寄は―――― 

 

『―――かぐやの考えることくらい、わかってるつーのっ!』

 

 ―――とても強い、ということだ。

 

 帝の全身が花びらへと変化していく。

 それを見届けている酒寄の元へと、かぐやが武器を放り出して駆け寄っていった。まだ終わっていないんだがな。

 

『彩葉!』

 

『……うん』

 

『ピースからのチョッキン! からの~』

 

『……こん。だっけ』

 

『にひひっ。だいせ~かい』

 

『ふふっ。――――よし、行くよかぐや! 急がないと帝がリスポーンする!』

 

『え、マジで!? じゃあ全速でぶっ飛ばしに行かなきゃ!』 

 

 確か『仲良しのやつ』だったか。それを交わし合った2人は、慌てて武器を拾ってから敵陣の天守閣へと向けて走っていく。

 

 それにしても、これで終わりだな。

 あとは敵の天守閣を落として勝利。それと共にヤチヨカップも終了だな。時間的にも丁度のタイミングだ。わかりやすくていい。

 そして、俺がかぐやと交わした約束も終わりだ。

 『コラボライブをするためにヤチヨカップを優勝したい。ので、1ヵ月の協力』という約束は、これで果たされた。

 

『彩葉が危なくなったら、かぐやが助ける!』

 

『かぐやがミスっても私は置いてくー』

 

『なんで!?』

 

『……ぷっ、あははっ、はははっ!』

 

 もう俺を縛るものは何もない。俺はようやく自由となる。

 俺は、俺の命を自由に扱えるようになる。

 

 これが終わったら、さっさと済ませるとするか。 

 そうと決まればこのあとの――――

 

『―――しんたろー!』

 

 今後のことについて思案していると、画面の向こうから声がかかった。 

 

『もうすぐ終わるから、ちょっとだけ待っててねー!』

 

『まあ、そうね……2人も持ってってくれて助かった。ありがとね、たろーD』

 

『あんがとねーしんたろー!』

 

「……」

 

 俺は自分の役割を果たしただけだ。故に礼など不要なんだがな。

 どうせ、もう俺はいなくなるのだし。

 

 チリンと耳元で俺を咎めるようにアクセサリーが音を奏でる。まるで昨日のかぐやの言葉を忘れたのかとでも言ってるようだ。

 別に忘れるもなにもない。どうせ今日で終わりなのだから考える必要が無いだけだ。かぐやの言葉が本心からのものであろうとも、もう俺には関係がないのだから。

 そう、時間がないのだから仕方ないという話にすぎない。

 それだけだ。他意はない。

 

『こっからは見てて! かぐやが――――』

 

『―――まずい! かぐや急いで!』

 

『へ?』

 

 画面の中で大将落としへの大階段を駆け上がるかぐやの背に迫った金(・)棒(・)を、酒寄がギリギリの位置で間に入って食い止める。

 この期に及んでそんなことをしてくる相手は無論、1人だけだ。 

 

『彩葉もかぐやちゃんもHPは既にワンパン圏内だろ? ならこっから逆転もまだあるぜ』

 

『げっ!? もう復活したの~!?』

 

『途中でバイクで逃げたせいで距離が空いたのが仇になったな。余裕でリスポーンが間に合ったよ』

 

 あれか。かぐやが叫んで俺を呼んだ時のやつか。

 となるとこれは戦場を移動した俺の責任か? また俺はやらかしたのか。我ながら懲りないな。

 

『こんっのぉ……しつこい、っての!』

 

『おっと!』

 

『かぐや、走って!』

 

『わかった!』

 

 酒寄の声を背に受けてかぐやが走る。さて、間に合うものなのか。

 帝のことをなんとか酒寄は食い止めているが、HPを見る限り掠っただけで倒れる状態だ。かぐやと酒寄の2人ともが。

 

『耐えれるか彩葉!?』

 

『絶対に耐えてみせる!』

 

 酒寄は威勢よく叫ぶが、これは帝が雑に遠距離から銃撃したら終わるかもしれないが――――ああいや、間に合ったか。

 案外足が速いものだな。

 

『うぇ~い、勝ち確ぅ――――え』

 

『あ』

 

『あ』 

 

「あ」

 

 かぐやが踏み込んだ足を中心に地面に紋様が現れて、爆発した。

 これによりかぐやの残HPは0。残機、なし。

 

 そして鍔迫り合いながら炎と共に上空に舞い上がっていったかぐやを見ていた酒寄と帝はポカンと口を開け、そのまま力が抜けたように垂れ下がった帝の金棒がコツンと酒寄の膝に当たった。

 

『あ』

 

『あ』

 

 花びらが舞った。

 これにより酒寄の残HPは0。残機、なし。

 

『逆転ー! 決まってしまったー! 勝者、ブラックオニキス! ――――いやあ……決着、これで良かったんですかね?』

 

 なんか、最終的にそういうことになったらしい。

 

 

☆☆☆

 

 

 唐突に視界が歪み、気付いた時には別の場所へと移動していた。

 目の前に聳え立つのは大きな鳥居。いつか見たヤチヨのライブの時のものだろうか。もう、あれも1ヵ月前か。

 

「いと大儀~」

 

スポットライトが次々に上空に浮かぶ銀の少女を捉える。

ツクヨミ管理人にしてヤチヨカップの主催者たる月見ヤチヨだ。そして一応、俺の友人でもある。

 

「と~っても楽しいKASSENでした。そして、たった今! ヤチヨカップの優勝者が決まったよ~! ――――それではヤッチョとコラボる人を、発表ー!」

 

 俺は周囲を窺い、足を抱えて座り込んでいるかぐやと、その傍で慰めている酒寄を見つけてその場を離れる。

 人のまばらな位置へと移動し、橋の欄干へと凭れ掛かった。

 

「……終わったな」

 

 上部でヤチヨの言葉や効果音や光が飛び交うのを無視して、俺は自身の内へと潜る。

 本当に、終わったんだ。

 

 この1ヵ月、本当に本当に疲れた。慣れないことをひたすらにやって、今日に至っては捨てたはずの剣を手に取るはめにまでなった。しかもそれを堪能することもなく、むしろ心を抑えつけながら。

 まあでも、それはいいか。

 結果として最後にほんの少しだけとはいえ、心に熱を宿せたのだから。

 本物とは程遠いも(・)ど(・)き(・)ではあっても、確かに一瞬とはいえ心に火は灯った。なら、それで満足するべきだろう。もう二度と得ることは無いのだから。

 

 さて、ではログアウトして俺はもう――――

 

「―――優勝は、かぐやいろPチャンネル~!」

 

「……は?」

 

 聞こえてきた予想外の名前に俺は思わず疑問の声を上げる。

 今、なんて言った?

 

「めでたしや~!」

 

 ヤチヨの祝福の声と共に、大きな歓声が周囲から沸き起こる。そして頭上から幾本ものスポットライトが照らされた。

 かぐやと、酒寄と、少し離れた俺に向かって。

 

「えっ、負けたのに、えっ、えっ……や、やっっったぁああああああああああ!!」

 

「えっ? ……え、えぇえ~!」

 

「……何故だ?」

 

 耳に届いたかぐやと酒寄の声を聞き流し、俺はポツリと呟く。

 SENGOKUで勝たなければ優勝はできない、という話ではなかったのか? てっきり俺はそういうものなのだと認識していたのだが、違った、のか?

 なんでだ?

 

「彩葉~! 彩葉のおかげで、あとしんたろーの――――って、あれ? しんたろー! どこ~!?」

 

「えっ、あれ? たろーD? さっきはそこにいたはずじゃ」

 

「しんたろー! 出てこ~い!」

 

「ワンワン!」

 

 響き渡る歓声の中で、俺は疑問で頭を埋め尽くしたままかぐや達の元へと歩いていく。

 呼ばれたのなら仕方ない、か?

 ……いや、ダメだな。混乱していてちゃんと判断出来ていないな。しっかりしなくてはいけない。

 

「あっ、しんたろーいた! ――――って帝も!? げっ、やばっ、結婚?」

 

 俺がかぐやの傍に辿り着くと同時に、人垣が割れて帝と雷が姿を現した。

 帝は歓声を上げ続ける周囲を見渡し、肩を竦めてから口を開く。

 

「これじゃ、勝ったとは言えないな」

 

「ん? お? おおぅ……?」

 

「ま、元々無理やりに結婚する気なんてねーし」 

 

 そういえば途中でそんなことを言っていたな。

 

「ねえよな!」

 

 なんだ知ってたのか。なら先に教えておいてほしかった。

 そんなかぐやと帝の会話を眺めていると、雷が俺に近寄ってきた。

 

「タロー……D。今日は対戦ありがとうございました」

 

 何故か礼を言って頭を下げてきたので、俺も一応会釈を返す。

 

「その……SETSUNAはもう、やらないのですよね?」

 

「はい」

 

「ならSENGOKUはやりますか?」

 

「いいえ」

 

 俺の言葉に考え込んだような顔をしてから、雷はかぐやへと視線を向ける。

 

「……かぐや姫が、それを望んだのなら?」

 

「……」

 

 約束は終わった。もうかぐやに従う必要はない。例えかぐやが望もうと、俺にはもう理由がどこにもない。

 俺がそれを口にしようとする前に、雷が言葉を発する。

 

「いえ、詮無きこと聞きました。忘れてください」

 

「……そうですか」

 

 まあ、忘れろと言うなら構わんが。

 どうせすぐに忘れる。それにもう俺は終わるのだから関係ないしな。

 

「雷」

 

「……ああ、わかった」

 

「じゃあ俺ら、ファンのとこ行くから」

 

「失礼する」

 

「あ、ちなみに乃依がめちゃくちゃ不機嫌だったから、次会った時は覚悟しててくれよな」 

 

 そんなよくわからん言葉を吐いて、黒鬼の2人は踵を返していった。

 最後のあれは、どういう意味なのだろうか。

 

 俺が考えていると上方から見知った気配。

 さっきまでは大きかったのだがな、今は小さい気分らしい。

 

「そこの3人組~」

 

「え?」

 

「おわっ!?」

 

「よ~きかな~」

  

 ちびヤチヨがかぐやと酒寄に抱き着くように降ってきて、再度祝福の言葉を投げかけてくる。

 俺はそれを傍で見ながらも、耳に入る言葉を右から左へと受け流していく。

 どうせ俺には関係ないしな。

 

 予想外に優勝したが、俺にはもうどうでもいいことだ。

 一応約束を完全に守ることが出来た、というのは悪いことではないがな。

 これでコラボライブをするためにヤチヨカップに優勝するための協力は、完全に、本当に終わったのだから。やり残しはもうない、な……?

 

「……ん?」

 

 そこまで考えて、何かが不意に引っかかった。なんだ、何を俺は気にしている?

 協力期間、は1ヵ月だ。ヤチヨカップの期間のみ。つまりは今日の集計時間まで。達成済み。問題はない。そうだ、問題は何もない。違和感もない。

 なら、別のこと? とはいえそれ以外に関係があることなんて、なにかあったか?

 

 俺が思考を続けながら視線を巡らせると、かぐや達と会話をしているヤチヨに目が止まった。

 優勝者への、賞品。ヤチヨとのコラボライブ。

 ……ライブ? ん? ライブ?   

 

「ネムッテ」

 

「ふわぁ~、おねむ……」

 

 周りの言葉を完全に断ち切りながら、俺は思考の渦へと飲み込まれていく。

 俺は、1ヵ月前に約束をした。『ヤチヨカップ期間中協力をする』という約束だ。だから今、この瞬間に約束は完了した。終わったのだ。

 

 だけど、俺はなんであの約束をしたんだったのだろうか?

 あんな面倒くさいだけの、俺にメリットなどまるでなさそうな約束を。

 ヤチヨと『子供を大切に、大事にする』という約束をしていたからか? 違う。そうすることと、約束することは別物だ。そんな理由で俺は約束を交わしたりはしない。

 

 なら、何故か。

 そんなもの、決まっている。

 

 ―――かぐやが、コラボライブをやってハッピーエンドに到達する、と言ったからだ。

 

「……」

 

 つまり俺は協力の対価として、そのハッピーエンドへと至る道を観(・)る(・)た(・)め(・)に約束をしたのだ。

 ということはだ。このまま約束を終えたとして自殺してしまえば、ライブを観ないことを選択してしまえば、この1ヵ月は完全に無駄になる、ということになってしまうんじゃないか? もしかしてだが。

 

「……」

 

 いや、待て。そんなわけはない。そんな馬鹿げた話なわけあるか。違うはずだ。

 そうだ、違うはずだ。ライブを観るのだとしてもそう遠い話ではないはずだ。さすがにこの時間からライブということではないだろうが、近日中にライブをきっと行うはずで、すぐにでもヤチヨとの打ち合わせが始まるはずで――――

 

「―――じゃぁね。さらば~い!」

 

「ばいば~い」

 

 ヤチヨが、空へと帰っていった。

 

「……」

 

 かぐや達との会話を俺は聞き流していたが、決して今後の業務についての話はしていなかったはずだ。ライブについての話をしていた様子は一切なかった。

 ……これは、つまり。

 

「……これ、現実?」

 

「VRだよ」

 

「………………かぐや、酒寄。一つ聞きたいのだが」

 

「お? な~に、しんたろー?」

 

 俺はどこか呆然としている酒寄といつものように笑顔を浮かべているかぐやに向けて、今、絶対に聞かなくてはならないことを問う。

 

「…………コラボライブの日程は、いつだ?」

 

「ライブ? えーっと、いつだっけ彩葉?」

 

「ライブならたしか……」

 

 明日か? 明後日か? 明々後日か?

 

「月末の、30日じゃなかったっけ……?」

 

「おおー。それだそれ! さっすが彩葉、よく覚えてるね~」

 

「ヤチヨが前に説明してたんだから、こんなの当然でしょ。褒めたってなんも出さないからね」

 

「えぇ~」

 

「文句言わない」

 

 ウィンドウを展開して日付を確認する。今日は18日。ライブは30日。間は12日ある。

 どうやらライブは今日明日の話では、ないらしい。残念なことに。

 

「……………………」

 

 俺はかぐやと酒寄のじゃれ合いを余所に、星とミラーボールが煌めく夜空を仰いで、そっと溜息を吐いた。

 どうやら俺は、まだ死ねないらしい。ちくしょう。

 

 そう内心でボヤく俺をまるで笑うかのように、耳元の三日月はチリンと小さな音を奏でていた。

*1:
矢の軸、シャフト部分




今更気付いたうっかりさん/浦野真太郎
 色々と暴れまくったイレギュラー。弱点はタイマン特化型なことと、死ぬことと殺すこと以外での決着の着き方に今一納得できていないとこ。
 オリ主くんは知らないが、ちゃんとファン数に貢献はしている。SETSUNAガチ勢とか、着ぐるみの中身が実は強いっていう展開が好きな層とか、乃依くんの舌打ちとガチ顔ありがとう勢とか色々と。
 『コラボライブを観る』が大前提の約束だということを、慣れないこと尽くしの日常で疲弊していて『1ヵ月で終わり』とすり替えてしまっていたオリ主くん。慣れないことって大変だからね。ついうっかりしちゃっても仕方ない仕方ない。
 でもやったねオリ主くん。これでかぐやの言葉をじっくりと考える時間が出来たよ。存分に悩みまくれるね。よかったね。

一気に色々吹っ切れた/酒寄彩葉
 『1人で頑張る』が主軸だった。そうしないと誰にも認めてもらえないと思ってた。でも、そんなことは関係なく、自分を認め、ただただ信じてくれる相手が知らず内に出来ていた。それを素直に受け止めたら、もうその瞳に映る景色は全てが変わっていた。
 1人じゃ無理でも一緒になら、なんだって出来る。
 いろPはツッコミ役かつ保護者枠。常に問題児2人を追っかけたり連れまわされたりしているクール系キツネ(着ぐるみ)。今回の配信で中身のアバターと初めて弱いところを視聴者に見せてしまったので、その影響でいろP最推し勢が増えたとかなんとか。

元気いっぱい、笑顔は満開/かぐや
 祝、ヤチヨカップ優勝。この1ヵ月の努力は、確かな形となって帰ってきた。めでたい。
 動画や配信でちょくちょく垣間見えていたが、今回の対戦でかぐやの凄まじい成長速度は衆目へと晒された。一度覚えさえすれば大体なんでも出来る少女なのだ。字は汚いままだけど。
 今まで元気がなかった彩葉がめちゃくちゃ嬉しそうに笑ってくれた。昨日のパーティーでも笑ってたけど、あれよりもっとキレイで素直な笑顔で。
 優勝よりもそれが見れたのが一番嬉しかったというのは、かぐやだけの秘密。

被害者枠/Black onyX(ブラックオニキス)
 プロゲーマーとしてでなくライバーとしての精神で参戦したら轢き殺された人達。かわいそう。次があったら絶対に負けない。対策が無いわけではないのだから。
 それぞれの感情は複雑だが、結果にはそれほど不満はない。
 一部ファンからは黒鬼の優勝でなかったことに不満の声も上がったが、それと同じくらいに久しぶりに挑戦者としての顔も見れて良かったという声もあったとかなかったとか。
 
心の底からニッコニコ/月見ヤチヨ
 ヤチヨ城天守閣にて、特設モニターの前で1人でキャーキャー言いながら応援してた。
 自分の知ってる通りの結果に安堵しながらも、これからの日々の流れに期待で胸はいっぱいだ。打ち合わせと練習で、いいところを目いっぱいに見せつけてやらなきゃと気合は十分。
 ああ、明日からが楽しみだなぁ。
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