よくある男オリ主もの   作:SeA

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昨日から再公開されたぶいあーる聴きました。
超かぐや姫がというか、かぐやが好きな方は聴くのをおススメします。
Vtuberよくわからなくても普通に面白かったし、色んな情報摂取出来たので。


オリ主くん、拾う

 混乱している。

 自らの状態をそう評するのは不思議ではあるが仕方ない。俺は今、今まで生きてきた中で一番混乱しているのだから。

 

 ―――七色に輝く電柱から赤ん坊が現れた。

 

 文章にしたところで意味がわからない。なんなんだこの状況は。

 幻覚がなにかかと自身の精神を疑うが、すぐ傍にいるどこか見覚えのある女子高生にも同じものが見えているらしいのは、反応を窺う限り間違いないようだった。

 

 さてこれはどうしたらいいのか、と考えて気付いた。

 別に、どうでもいいことだ、と。

 そもそも俺はこれから自殺を試みようとしていたんだ。それなのに赤ん坊が電柱から出てきたからなんだという話だ。

 俺には関係ない、どうでもいいことだ。

 

 そう結論付け、電柱の前を歩き通り過ぎようとする。

 

「あっ、ちょ」

 

 傍にいた女子高生が焦ったようにこちらに手を伸ばし制止しようとするが無視。

 もう全部どうだっていいんだ。

 

「ふえっ、ふえっ」

 

 赤ん坊がまるで呼び止めるかのように小さな両手を動かしながら声を上げる。

 それを横目に歩き続けようとし―――

 

『だからタローも子供は大事にするんだよ』

 

 ―――脳裏を、言葉が駆け巡る。

 これは、いったいいつの会話だっただろうか。

 

『子供は尊い存在なんだから、驚かしたり、怖がらせちゃダメって話。大切にだーいじにしなくてはいけないのだっ』

 

 記憶を遡り、思い出す。

 唯一の友人が語り、心からだろう笑顔を見せてくれた過去を想う。

 あの時、俺はなんと返したのだったか。

 確か―――

 

『―――了承した。機会があれば考慮しよう』

 

 溜息を吐く。

 別に無視していい。放っておいていい。俺にはどうだっていい。

 だが、だ。

 これから俺は死のうとしていた。つまりは特に予定が無いということ。やらなくてはならないようなことも無いし、やりたいと思うことも無い。

 我慢を続ける為にツクヨミに入り浸る必要も、もうないのだ。

 さっきまでのように我慢するために戦う(遊ぶ)時間を設ける意味もない。

 つまりは、自由だ。

 

 ならば、その自由を俺はどうするか。

 決まっている。

 ―――約束は守らなくてはならない。恩は返さなくてはいけない。

 爺さんには、そう教えられた。

 

 「……仕方がない、か」

 

 誰に言うでもなく、小さく呟く。

 どうせ死ぬのだ。ならその前に人生で唯一の友人との約束くらい守ってから死ぬとしよう。

 これが恩返しに該当されるかは謎だが。

 

 輝く電柱に向かって進路を変え、電柱の、赤ん坊の前に立つ。

 小さいな。

 マジマジと眺めながらそう思った。間近で赤ん坊を見る機会なんて今までになかったから余計に小さく感じているのだろうか。

 くだらない思考を止め、とりあえず赤ん坊を持ち上げようと手を伸ばし―――

 

「―――ちょっ! 待って!!」

 

 背後からの声に止められた。

 振り向くと女子高生が大きく慌てたように声をかけてきたようだった。

 

「あのっ! 赤ちゃんは優しく持たないと……」

 

 言葉の勢いは途中から徐々にしぼんでいき、最後のほうは消え入りそうなほどに小さな声になっていった。

 優しく持たないと?

 優しく、持つ?

 持ち方?

 赤ん坊の、持ち方?

 振り返って赤ん坊に目をやり、考える。持ち方……?

 再度、女子高生を見やった。

 

「赤ん坊に持ち方があるのですか?」

 

「ああ、いや、私も詳しいわけじゃなくて……。首がすわってない赤ちゃんは持ち方ちゃんとしないといけない、みたいなのをテレビかなにかで聞いたような覚えがあって……」

 

「なる、ほど……」

 

 そうか。このくらいに小さい生き物だと持つだけでも気にしなくてはいけないのか。

 面倒くさいな。

 

『大切にだーいじにしなくてはいけないのだっ』

 

 わかったから。一度した約束はちゃんと守る。

 溜息を飲み込み、赤ん坊へ向き直る。

 

 首か。これはすわっているのか、すわっていないのか。どちらだろうかと少し考える。

 うん、わからん。俺には判断が出来ないな。

 

「詳しいわけではないとおっしゃいましたが、知っている限りの知識で構いませんので持ち方をお教え願えませんか?」

 

 わからないなら聞くしかない。そもそもの知識が俺には無いのだから。

 

「うぇっ!? あ、やー、うろ覚えだけど、それでいいなら……」

 

 そう言ってこちらの要請に応えてくれた女子高生。

 自信なさげにではあったが片手で首と後頭部を、もう片方の手で背中から尻を抑えるように持つのだと教えてくれた。

 そうして自身の胸に軽く押し付けるようにしつつ抱き上げると同時に、電柱の謎の発光現象は収まり、竹の扉も取っ手も吸い込まれるように消え失せて元の物言わぬ電柱へと戻った。

 

「あ、ちょ、ちょっ、待ってよ、おい! おーいすみません! お忘れ物ですよー!」

 

 声をかけながらドンドンと忙しなく電柱を素手で叩く女子高生。

 その勢いでは手を痛めかねないぞ。

 

 腕の中の赤ん坊を見下ろす。赤ん坊も俺を見上げていた。

 

「ぁい」

 

 さて、帰る場所は無くなったようだ。どうするか。

 

「あの、浦野くん。その子どうするの……?」 

 

「……」

 

 ついマジマジと女子高生を見てしまった。なぜこの人は俺の名前を知っているんだろう。

 

「う、浦野くん?」

 

「……そうですね。戻すことはもう出来ないようですので、とりあえず持って帰ります」

 

「ええ? その、警察とかは?」

 

 その言葉に答えようとする前に、周囲から様々な音が発せられた。

 酔っ払いらしき男の怒鳴り声。ガラスの割れるような音。野良犬だろう遠吠えに車のブレーキ音。これまでに気にしたことは一切なかったが、この近辺は治安が悪かったのだろうか。

 

「ふえええええええええ!」

 

 そしてそれらの音に反応したように泣く赤ん坊。うるさい。

 時間も遅い。騒音などで注意を受けたりするのも面倒くさい。仕方がないな。

 

「では、これで」

 

 赤ん坊の突然の大声にあたふたとした様子の女子高生に声をかけ、泣き叫ぶ赤ん坊を抱えたままアパートの階段を上っていく。

 階段に足をかけた時にふと気付いた。

 あの女子高生、多分隣人だな。見覚えがある女子高生なんてそれ以外にいないからな。学校のクラスメイトだって覚えていないんだ。そんな俺が見覚えのある女子なんて隣人しかいない。

 でも、なんで俺の名前知ってたんだ?

 まあ、なんでもいいか。どうでもいいことだ。

 

 


 

 

 

 泣いている赤ちゃんを抱えてアパートの階段を上る浦野くんを私、酒寄彩葉(さかより いろは)は呆然と眺めていた。

 なんというか、とても意外だった。

 浦野くんって、見かけによらず赤ちゃんには優しいタイプの人だったんだ。

 

 浦野真太郎くん。同じ高校の2年生でクラスメイト。住んでいるアパートの隣人。

 いっつも無表情で、それ以外の表情を見たことは私には無い。多分学校の皆も無いと思う。

 会話なんて引っ越しの時にした挨拶くらいで学校で見かけても話しかけたりしないし、アパートですれ違っても会釈するくらいの関係だ。

 

 そして学校では常に一人で過ごしている、というか他の生徒に避けられている男子生徒。

 というのも理由は単純、()()()()だ。

 だって、右顎から鼻にかけて大きな傷跡がハッキリと残っているのだ。もう漫画とかアニメとかに出てくる歴戦の戦士的なキャラクターみたいな凄まじいものが。

 体育の授業で一緒に体操服に着替えてた男子曰く、顔だけでなく体も傷がある、どころか全身いたるところが切り刻まれてるようだった。なんて話も聞こえてきていた。

 夏が近づき制服も夏服の時期になると、その噂の真実をクラスメイトの女子達も知ることになった。

 これまで隠されていた腕が見えただけだが、それだけでヤバかった。

 めっっっっちゃ傷跡まみれ。人間ってそんなに傷ついても大丈夫なものなの? とつい思ってしまうくらいには半袖から覗くその腕は大量の血に染まっただろう過去の痕跡に溢れていた。

 おかげでヤクザの息子なんじゃないか、なんて噂がまことしやかに呟かれるようになった。

 

 ちなみに私の友達である芦花(ろか)真実(まみ)はその光景を目の当たりにして顔を真っ青にしていた。

 私は大丈夫だった。引っ越しのときの挨拶。1年生の頃の夏服期間中にアパートでバッタリ会ったときなど。今年初めて浦野くんとクラスが同じになった皆よりは耐性があったので。まあ、完全耐性というわけではないので直視出来る自信は無いが。

 

 そんな浦野くんが、謎の光を放つ電柱から現れた赤ちゃんを連れて帰った。

 私には赤ちゃんを拾う余裕なんてないと諦め、見捨てようとしていた横で彼は迷いなく赤ちゃんを抱えたのだ。

 ビックリするくらい意味が分からないが、そうなった。

 

 パタンと、浦野くんの部屋の玄関が閉まったであろう音を耳にして我に返る。

 とりあえず私も家に帰ろう。

 なんか色々ありすぎて、つかれた。

 

 アパートの階段を上り自宅の扉の前へ、鞄から鍵を取り出し開錠する。

 

『ふえええええええええ!』

 

 隣の部屋から壁越しに聞こえてくる泣き声。

 壁越しでこの声量はすごいな。赤ちゃんとの生活って大変なんだな。

 浦野くん、大丈夫だろうか。

 

 室内に入り鞄を置く。さて、まずは着替えてそれから―――

 

『ふえええええええええ!』

 

 まあ、そうだよね。

 外でもあれだけ聞こえるんだから部屋の中からでもこのボロアパートなら聞こえるよね。

 溜息を一つ、もう結構な時間だというのにあの赤ちゃんは元気いっぱいみたいだ。

 

『ふえええええええええ!』

 

 それにしても本当によく泣くな。まるで泣き止む気配を感じない。

 そういえば赤ちゃんってどうやったら泣き止むんだろう? 私はその辺の知識を持ってないけど浦野くんはどうするつも、りで―――

 

 ―――小さく、見るからに脆そうな赤ちゃんを片手で鷲掴みにしようと手を伸ばす浦野くん。

 

 さっき見た光景が脳裏をよぎり、スーッと血の気が引いていくのを感じる。

 いや、いやいやいやいや。

 いや、大丈夫、でしょ。うん。大丈夫だよ。多分。きっと。

 顔を青ざめさせながらスマホで検索。

 『赤ちゃん 泣き止ませる方法』

 世のママさん達も同じ悩みで苦労しているんだろう。一瞬で大量の検索結果が表示された。

 

「えっと……抱っこに縦抱き、横揺れと抱っこ歩き、子守歌もそうなんだ」

 

 検索すればこんなに簡単に出てくる。浦野くんも自分が赤ちゃんに対して知識不足であることは自覚しただろうし、このまま赤ちゃんが泣き続けるようなら自分で調べて対処するだろう。さっきは状況が特殊過ぎて混乱してしまっただけに違いない。

 

『ふえええええええええ!』

 

 ………声が止まない。 

 浦野くん、まだ調べてないんだろうか? スマホを使えば一瞬のはずなんだけど。

 まさか検索が出来ないなんてことはないだろうし―――

 

 ―――私の教えた通りに両手で赤ちゃんを抱えてアパートに歩いていく浦野くん。

 

「……………すー、はー」 

 

 深く、深く深呼吸をしてから考える。

 あれ、これヤバいか?

 私のせいか!?

 私が半端な知識で助言したせいで()()なってるのか!?

 

『ふえええええええええ!』

 

 スマホを片手に靴を履き、外へ出る。 

 2秒とかからずに隣の部屋の前へ。インターホンを押すために手を伸ばし―――

 

 ―――咄嗟にその手を止める。

 いやいや待て待て! さすがに待て!

 いくらなんでもちょっと待て酒寄彩葉!!

 冷静になるんだ。確かに赤ちゃんは心配だし、私の半端な教えのせいで浦野くんも困ってるのかもしれない。でも待つんだ。

 このドアの向こうは浦野くんの自宅だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()だ。

 もう深夜と呼べる時間に高校2年生の男子生徒の自宅に自分から尋ねに行く? 

 それはダメだろう。

 品行方正、成績優秀、文武両道。隙のない完璧女子高生である酒寄彩葉のやっていいことではない。 

 相手はヤクザの息子なんて噂もある全身傷だらけの見るからにヤバい男子だ。

 ここは冷静にリスクヘッジを―――

 

『ふえええええええええ!』

 

 ピンポーン。

 インターホンの音が鳴った。視線を自分の手にやると私の指が押してた。

 

 やってしまった。

 

 後悔先に立たず。ドアの向こうから足音が近づいてくる。

 内心アタフタしているとドアが開かれた。

 

「…………何用でしょうか」

 

 泣きわめく赤ちゃんを両手で抱えながら、指先でドアノブを回し肩で押し開けたのだろう浦野くんが私を見て問うてくる。 

 内心の緊張を飲み込みながら手の中のスマホを画面を見せるようにして掲げる。

 

「その、大変そうだなって、思ったから………」

 

 チラリと画面を見て小さく頷く浦野くん。言いたいことは伝わったようだ。

 

「なるほど。ですが申し訳ありません。ダメでした」

 

「えっ?」

 

「その検索結果の内容を今試していたのですが、効果がなく。次の対策を考えている最中でしたので」  

 

 いつもの無表情のまま、そう私に告げてくる浦野くん。

 両手が塞がっていてもスマホは使えたらしい。

 

 って、そりゃそうじゃん! 当たり前じゃん!

 今もそうだったけど、赤ちゃん連れて部屋に入る時も同じように両手が空いてないままドアを開けたんだろうから、スマホだって頑張れば触れるに決まってるでしょ!

 そもそもドアの閉まる音だって聞いてたのに! 

 なに一人でテンパっていきなりお隣さんに突撃しているんだ私は。

 

 これが母だったなら、こんな馬鹿なことしなかったのに。

 

「ふえええええええええ!」

 

 沈みかけていた意識が目の前の大声に引き戻される。

 そこには変わらず泣き続ける赤ちゃんがいた。

 

「色々試したけど、ダメだったって……?」

 

「はい。抱え、揺らし、歩いてみたのですが芳しい反応はなく」

 

「そっか……」

 

 それは困った。

 もう時刻は23時を迫るところ。このまま泣かれていては浦野くんもだが隣室の私も満足に寝られないかもしれない。

 私がどうしたらいいか考えていると浦野くんが周囲を見回す。 

 どうかしたのかと思ったがすぐに気付いた。今いるのは室内ではなくアパートの通路だ。赤ちゃんの泣き声が外に大きく響き渡ってしまっている。さすがにこれはまずい。

 

「えっと、中で話してもいい?」

 

「……構いません。どうぞ」

 

 一度、瞬きをしてから体をずらし室内へ入れるように道を開けてくれる浦野くん。

 お邪魔しますと声をかけ隣を通り過ぎ、靴を脱いだところで我に返った。

 

 ―――なにやってんだわたしぃぃぃ!!??

 

 馬鹿じゃないのか!? 本ッ当に馬鹿じゃないのか!? 普段の成績優秀な私は一体全体どこに行ってしまったんだっ!?

 なにをとち狂って一人暮らしの男子高校生の自宅に入室して――― 

 

「え…………?」

 

 室内に視線を向けた瞬間、思考が止まった。

 

 ―――なにも無かった。

 

 本当に、ビックリするくらいに物が無い。 

 タンスに棚、それどころか机すら無い。床に直置きされた教科書。隣で倒れてる鞄。雑に放られただろう毛布。衣服が詰められているビニール袋。カーテンが無く、代わりと言わんばかりにカーテンレールにハンガーで吊られている冬用だろうコートと高校の制服。コンセントから伸びてる充電器。スマコンのケース。転がっている木刀。

 

 私と同様にこんな格安アパートに高校生で一人暮らしをしているんだ。金銭的な理由でここに入居したのだろうと考えたことは確かにある。

 だけど、これは異常だ。

 これはお金がないからとか、そういうのじゃない。

 これは根本的に、私とは違うものだ。

 

 そんな風に驚愕と若干の恐怖に身を竦ませていた私の耳は、パタンという玄関ドアの閉まる音を捉えた。

 あ、やっばい。

 現状を理解し、一瞬身を震わせた私を無視して部屋の中央へと歩き、座る浦野くん。

 いまだ泣いている赤ちゃんを抱えながら、私を見上げ口を開いた。

 

「それで、話とは?」

 

「あっ、えっと……」

 

 話。そう話だ。

 そう言ってこちらから部屋に押しかけてきたのだから、せめてなにか有益なことを喋ってすぐにここから脱出しなくては。 

 そう思うものの、部屋の有様と真っ直ぐにこちらを見つめる無表情に緊張して上手く言葉が出てこない。なにか、なにか言わなくちゃダメだ。

 赤ちゃんをなんとかする方法。検索して出てきたやつは幾つかやったって言ってたけど、他にはなにかなかっただろうか。他、他には確か、

 あっ、

 

「―――子守歌」

 

「なに?」

 

「子守歌は? それもさっき試した?」

 

 抱っことかは既に試したと言っていたが、子守歌はどうだろうか。検索結果でも効果的だと表示されていたはずだが。

 

「……歌、歌か」

 

 そう何度か口にし、思案するかのように動きを止めた浦野くん。

 突然子守歌と言われてもすぐには思い出せないのだろう。私も自分で言っておいて思い出せない。それどころか母のお説教が脳を横切っていく。

 なんとか脳裏の母を追い出して子守歌を思い出そうとしていると、ポツリと浦野くんが呟いた。

 

「歌。歌、ヤチヨか……?」 

 

 ヤチヨ。

 その名前を聞いた途端に頭の中のモヤモヤが晴れていった気がした。

 

大切なメロディは流れてるよ―――あなたのハートに―――

 

 膝をつき、赤ちゃんのそばで優しく口ずさむように歌う。

 『Remember』。月見ヤチヨのデビュー曲。私を救ってくれた歌。

 バイトからアパートへの帰り道を歩きながら聴いていた曲が、咄嗟に口から零れていた。

 その曲が琴線に触れたのか、赤ちゃんは泣くのを止め静かに寝息を立て始めた。

 

「ヤチヨパワー、すげー」

 

「なるほど」

 

「えっ」

 

 すぐそばから聞こえた声に顔を上げる。目の前に大きな傷跡があった。

 赤ちゃんに向けて歌うことだけを考えていたから、それを抱える浦野くんを一瞬忘れてしまったみたいだ。

 さっきから本当に色々ひどいな私。ちょっと疲れすぎてるのかも。

 

「えっと、泣き止んだね」

 

「そうですね」

 

「あーっと、布団とか私代わりに敷こうか? 浦野くん手塞がってるし」

 

 立ち上がりさりげなく距離を取りながら言う。

 赤ちゃんを抱えたままでスマホは弄れたみたいだが布団を敷くのは難しいだろう。軽く見回したが視界の中にはそれらしい寝具は無い。押し入れに一々しまっているのだろうか?  

 

「ありません」

 

「……はい? え、なにが?」

 

「寝具が」

 

「…………?」

 

 いったいなにを言っているんだろうかこの男は?

 まるで布団が無いような言い方を―――

 

「―――……寝具!? えっ、布団じゃなくて寝具!?」

 

「寝具」

 

 一切変化のない無表情がこちらを向き、短くそう告げる。

 

 いや、えー、マジか。

 さっきはこの部屋の物の無さは金銭的なものではないんじゃないか、なんて思ったが前言撤回。これは想像の遥か下を行くレベルでの貧乏なのかもしれない。

 床で直接寝てるってことでしょ? でも布団すら無いのはさすがにどうなんだ。

 しかも今は夏だけど、冬の間はどうしてたんだこの男。凍えなかったのか?

 

「……あー、その、なら赤ちゃんはどこで寝かせるの?」

 

 私の言葉に無言で視線を壁際に向ける浦野くん。そこには放り投げられたのだろう薄手の毛布が一枚転がっていた。

 ()()か。あんなのに赤ちゃん置くつもりなのか。マジで言ってんのかこいつは。

 

 視線を赤ちゃんへと戻す。

 寝息を立てて安らかに眠っている小さな赤ちゃん。優しく丁寧に扱わなくてはならない繊細な存在。一時とはいえそれを手元に置く以上は最大限に気をつけなくてはならない、のだが。

 視線を上げる。

 この男に任せていいのか? 本当にいいのか?

 

 確かに私は自分にそんな余裕はないとして赤ちゃんを認識しながらも見捨てようとした。

 そしてそんな私をよそに、光る電柱という謎の物体から現れた赤ちゃんを躊躇いなく抱え、自室に連れ帰るという行為をすぐさま決断し実行したのは彼だ。 

 そんな浦野くんに対して私が文句を言う筋合いなんて全くもってない。何様だって話だ。

 でも、

 

すぅ………すぅ………

 

 安らかな表情で眠る赤ちゃんを見て思う。これは守らなくてはいけない存在だ、と。

 でも、うろ覚えの私以上に赤ちゃんの扱い方に疎く、このなにもない部屋の主である彼にこの子をこのまま預けておくのは危険だと思う。

 

 浦野くんの目を真っ直ぐに見つめ、口を開く。

 

「なら、今日はこの子うちで預かるよ」

 

「なに……?」

 

「私のうちなら布団もあるしタオルとかも色々あるから、多分赤ちゃんも寝やすいと思う」

 

 一度見捨てたくせになにを言っているんだと自分でも思う。

 こんなことを言う資格は私には本来無い。でも、赤ちゃんを無事に寝かせてあげるならこれは必要なことだ。通さなくてはならない。

 

「どうかな?」

 

 あなたにこの子を任せられない、と言っているようなものだ。怒るだろうか。

 なんて返してくるだろう。この体中傷だらけで見るからに普通の人ではないだろう彼は、いったいなんて言ってくるのだろうか。ちょっとだけ怖い。

 

「……そうですか。では、お願いします」

 

「あ、うん」

 

 めっちゃあっさりだった。びっくり。

 いや、いいんだけどね。 

 印象というかやっぱこう、見た目とのギャップがね?

   

「じゃあ、どうぞ……」

 

「はい」

 

 そうして、私は今日まで碌に会話をしたこともないクラスメイトの男子を自室に招いた。

 人生で初めて身内以外の男の人を部屋に入れてしまった。

 普段から整理整頓を心掛けているが、やっぱり少し恥ずかしい。

 布団を急いで敷きながら周りに変なものが転がっていたりしてないか目だけ動かして確認する。まかり間違って下着とかあったら羞恥心で死んでしまうだろうから。

 私が普段使っている布団にタオルを数枚重ね、赤ちゃんのスペースを作って手で示す。

 

「ここに寝かせてあげて」

 

「はい」

 

 電柱から取り出されてからずっと抱えられていた赤ちゃんは、ついに寝所に辿り着いた。ここまで長かったように感じるが、全部で30分も経ってないんだよなぁ。

 

 手から離れる瞬間、少しだけむずがったが変わらずに眠り続けている。

 よかった。大丈夫そうだ。

 

「じゃあ、今晩はこのまま預かるね」

 

「お願いします」

 

 そう言って軽く頭を下げる浦野くん。その姿を見て今さらになって後悔が湧いてくる。

 碌に知りもしないのに見た目で危なそうとか、なにかされるかもしれないとか思い込んで警戒したりして。私は一体この人のなにを知っているというのか。

 母だったなら、こんな馬鹿なこと思いもしなかったのに。

 

 落ち込みそうになった頭を首を振って切り替える。

 今はそんなことを考える場面じゃない。しっかりしないと。

 

「では」

 

「あ、うん」

 

 立ち上がり玄関へと歩いていく浦野くん。帰るのだろう。

 部屋の様相を気にした素振りを一切見せずに出ていこうとする。別にいいんだけど高校生男子としてその反応は普通なのか? ちょっとだけイラっとしたが当然それは表に出さない。

 

「あ、そうだ浦野くん」

 

 私の声に首だけで振り返る浦野くん。

 

「敬語、なしでいいよ。クラスメイトなんだし」

 

「……」

 

 動きを止め二度、三度と瞬きをする浦野くん。どうしたんだろうか。

 私が訝しんでいると声をかけてくる。

 

「クラスメイトなのか」

 

「…………はい?」

 

「あなたは俺と同じクラスの生徒なのか」

 

 絶句した。

 今日会ってから一切変わらない無表情の男から飛び出してくる言葉に、私は絶句することしか出来なかった。

 嘘だろこいつ。今年度から同じクラスで過ごしてきて、もう7月だぞ。

 っていうか、私自慢じゃないけど結構な人気者なはずなんですけど!?

 品行方正、成績優秀、文武両道。そんな完璧女子高生を毎日色んなものをすり減らしながらも全力でこなしてるんですけどぉ!?

 それを記憶してすらいないって結構ショックだ………。

 しかもこの言い方、もしかして、

 

「あの私の名前知ってる、よね……?」

 

「知らん」

 

 口元が引き攣った。

 

「私、酒寄彩葉って名前だから、よろしく」

 

「了承した。知っているようだが俺は浦野真太郎だ。好きに呼べ」

 

「うん、知ってる……」

 

「そうか。ではな」

 

 そうして、玄関から出ていく浦野くん。いや浦野。

 ドアが閉まり、通路を歩く浦野の足音だけが聞こえる中、赤ちゃんが起きてしまわないように心の内側でだけ思いっきり叫ぶ。

 

 ―――1年以上もお隣さんやってるのに、なんでそんなに興味ないんだお前はあああああ!

 

 




オリ主くん/浦野真太郎
(精神が)限界の向こう側へ行っちゃった系なオリ主くん。4話目でついに外見が描写された。
今までは殺し合いが第一、それ以外はどうでもいいってスタイルだったがメンタルが限界突破したことで殺し合いすらどうでもよく思えてきてしまった。そんなところにゲーミング電柱。どうせなら友達との約束くらい守ってから死ぬか、みたいなノリで赤ん坊を拾った。
子育て知識? 過去に聞いたことがあったとしてもどうでもいいからと既に忘却済みです。
隣人は酒寄さんって名前なのか。へー、同じクラスだったんだ。まったく覚えてなかったや。ま、よろしく。みたいなのが今回の後半部分。お前ホントに主人公か?

ついに認知された隣人/酒寄彩葉
映画ではさも一般人ですみたいなノリでナレーションされているが、実際は全力で完璧女子高生を遂行している超人候補生。これより上の段階があるってマジ?
そんなこんなで日々を全身全霊で過ごしているため超無理限界ギリな女子高生。そんな彼女の前にゲーミング電柱。そして傷跡まみれの無表情男子。赤ちゃん。ただでさえ疲れてるのに可哀そう。
でも自分が限界ギリギリでも正体不明な赤ちゃんのためには頑張れるいい子。

赤ちゃん/名前はまだない
電柱から出てきた赤ちゃん。今回はずっと泣いてただけ。
おかしいな、今回で大きくなるとこまで書くつもりだったのに一晩描写するだけで9000文字いったんだけど。
はやく喋るとこを書きたい。

月見ヤチヨ
やけっぱちモード継続中。
誘導してゲーミング電柱を指定の場所に発生させるだけ発生させて監視とかはせずに放置。
確認するのが怖い。どんな変化が怒ってるのかを知るのが怖い。オリ主くんが拾ってくれなかったらどうなるんだろう、彩葉とも会えないんだろうかと怯えてる。
拾われたし会えたよ。よかったね。
ミニライブで真実を目の当たりにするまで仕事や配信とかは全部分体にぶん投げることを決めた。

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