よくある男オリ主もの   作:SeA

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前回のザックリとしたあらすじ

3連休を隣人の酒寄さんと一緒に赤ん坊の世話に明け暮れたオリ主くん。
2人ともめっちゃ疲れた。
物音に反応して隣人の部屋を覗いたら赤ん坊がでっかくなったような少女を見つけた。


オリ主くん、サボる

 少女がいた。

 年齢はおそらく10歳ほどだろうか。詳しいところはわからないが、まだ幼いと称して問題ない見た目の少女だ。

 月明かりに照らされ、その顔がよく見える。

 

 ―――見知った顔だった。

 いや、正確にはこの3日間で見慣れた顔によく似た顔、と言うべきかもしれないが。

 そんな少女が口を開く。

 

「たすけて~?」

 

 助けを求める声。どこか聞き覚えのあるような響きだ。

 だが俺はその声を聞き流し、その言葉を発した顔を注視する。

 涙を湛えた瞳と見つめ合う。その瞳はミルクを求めて声高らかに泣いていた赤ん坊を思い出させるような眩い輝きを放っていた。

 

 視線を謎の少女から外し室内を眺め、それから酒寄へと目を向ける。

 

「酒寄、怪我を負ったりはしたか」

 

「……いや、ないけど」

 

「この不明人物は強盗か」

 

「違うとは、思う……」

 

「そうか」

 

 まあ、そうだろうな。軽く見た限りだが室内が荒らされた様子もない。少女の体格からして酒寄を力尽くで襲おうとしても凶器が無ければ難しいだろう。そして少女の周りにそれらしきものはなく、あるのは右手首のブレスレットくらいだ。

 

 そうして現状をある程度確認してから、改めて俺はこの状況で一番気になることを聞く。

 

「酒寄、―――赤ん坊はどこだ」

 

「……多分、その子、っぽい」

 

「そうか」

 

 震える指で謎の少女を指さす酒寄。

 正直そんな気はしたが、出来れば否定してほしかった。だが仕方ない。それが事実だというのなら受け止めるだけだ。考えてもどうしようもないだろう。

 

「酒寄、これから訪問してもいいか」

 

「え、あ、うん? いいけど……?」

 

「そうか」

 

 許可を貰ったので踵を返す。

 そうしてベランダの柵に手をかけ跳び越えようとすると、ズボンの裾を掴もうと手が伸びてきたので足を引いて躱す。

 標的を外したことで態勢を崩し、前へと倒れかける少女。

 

「うわっと。―――ねえ、どこ行くのー?」

 

「戻り、玄関から訪問します」

 

「すぐ来る?」

 

「はい」

 

「そっかぁ! 待ってる!」

 

「……そうですか」

 

 俺の返答になぜか顔を綻ばせ、笑顔を浮かべる少女。

 なんだこいつ。

 そう思いながらベランダを跳び越え、俺は自室へと戻った。

 

 木刀を壁に立てかけ、靴を履き、アパートの通路に出て、酒寄の部屋のインターホンを押す。

 数歩の足音の後、開錠される音が響き扉が開く。

 

「邪魔をする」

 

「―――待って」

 

 そう言って入ろうとする俺を手を上げて止める酒寄。

 

「どうした」

 

「ど、どうしたって………逆に聞くけど、浦野はどうするつもりなの?

 

 室内の少女に聞こえないようにだろうか、小声で話しかけてくる酒寄。

 

「話を聞く。まずは確認しなければなにも判断できない」

 

「そりゃ、そうだけど……」

 

「先程の動きを見る限り反応速度はそこまでよくない。素手でも制圧は可能だと考えている」

 

「制圧、って」

 

「あの少女の危険性は考慮しているつもりだ」

 

 俺の言葉に沈黙する酒寄。納得しただろうか。

 それから何度か口を開いては閉じてを繰り返し、大きく息を吸ってから言葉を投げかけてくる。

 

「あんまり、怪我とかさせたりはしないであげてね……」

 

「了承した」

 

 浮かない顔をする酒寄の脇を通り抜け室内へ。

 なぜか瞳を輝かせこちらを見る少女の前で腰を下ろす。

 

「あなたはあの赤ん坊―――」

 

 ぐぅー

 言葉の途中で大きな音が響いた。目の前の少女の腹から聞こえた。

 ぐぅー。

 後ろからも聞こえた。こっちは少し小さい音だった。振り向くと酒寄が顔を赤くして腹部を抑えていた。

 前を見る。少女は小首を傾げて言った。

 

「たすけて~?」

 

 俺は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 ガサガサと音を立ててコンビニのビニール袋からオムライスを2つ取り出し、酒寄宅のちゃぶ台に乗せ、俺はちゃぶ台の前に座る。

 

「どうぞ」

 

「おー、お? ん~?」

 

 黙って座る俺と眼前のオムライスの間で視線を往復させる少女。

 なぜ食わないのだろうか。

 そのまま沈黙の中、少女の出方を窺っていると酒寄の声がかかった。

 

「……えっと、浦野食べないの?」

 

「これは俺のではない。この少女と酒寄のだ」

 

「えっ」

 

 当然である。俺は別に空腹ではない。

 

 先程の様子からこの2人が空腹だと判断し、俺は近くのコンビニへと赴きこのオムライスを購入してきた。正直なにを買えばいいかわからなかったが、棚に丁度2つ残っていたのでオムライスを選択した。

 

「ちょっ、ダメだって。ごめん、私払うよ」

 

「必要ない。そもそも俺はこの3日の酒寄の働きに対して報酬を支払っていない。これはその一部だとでも思え」

 

「報酬って言っても、私そんなの貰えるようなことしてないって」

 

「なぜだ。酒寄の尽力は評価するべきものだろう」

 

「だから前も言ったけどあれは私が」

 

「―――ねぇねぇ、これなにー?」

 

 俺と酒寄の間に声が飛んでくる。

 見ると少女はオムライスの蓋を指先でつついていた。

 

「……食事です」

 

「しょくじ」

 

「はい」

 

「これ、どーしたらいいの?」

 

 思わず酒寄と目を見合わせる。

 数拍の後、酒寄は溜息を吐いて台所へと向かい手に2枚の皿を持って戻ってきた。そしてその皿にオムライスを移し替え少女と酒寄自身の前に置いた。

 ちゃぶ台を挟んで少女の向かいに酒寄が座り、手を組んで言う。

 

「じゃあ、ゴチになります」

 

「ああ」

 

「いただきます」

 

 そうして付属のスプーンでオムライスを食べ始める酒寄。そしてその光景をじっと見つめる少女。それを横から眺める俺。

 そのまま酒寄が食事を続けていると、おもむろに少女がスプーンを手に取った。

 気付かれないように俺はわずかに腰を浮かし、少女の動きを見逃さないよう注視する。

 少女はそんな俺には気付かず、まるで酒寄の動きを鏡写しに真似るように左手でオムライスを掬い、少し零しながらも口へと運ぶ。

 

「―――っ!」

 

 少女の目が見開かれる。なんだ?

 

「すごい! なにこれ!?」

 

 そう言って何度もスプーンをオムライスと口の間で往復させる少女。気に入ったようだ。

 

「えっと、オムライス……かな」

 

「オムライス! 大好き!」

 

 そうしてどんどんと食べ進める少女を俺と酒寄は眺めていたが、少しの間をおいて俺は口を開いた。

 

「一つ聞きたいのですが、よろしいですか?」

 

「んぁ? なに~?」

 

「あなたは、どこから来たのですか?」

 

「……ねー、そういえばなんでさっきからそんな喋り方なの?」

 

 こちらの質問に答えず、逆に質問を投げかけてくる少女。

 答えたくない質問だったのか?

 

「そんな、とは」

 

「その、なんかいつもと違うやつ。しんたろーの喋り方そんなんじゃないじゃん」

 

 一瞬、呼吸が止まる。

 真太郎(しんたろー)。今この少女は俺をそう呼んだ。

 俺の名前を知っている? いや、それ以前に俺の喋り方に不自然を感じている? 俺は他人に対しては敬語で話すことを心掛けている。それが爺さんに叩き込まれたこの世界で生活する上での役立つこと、であったからだ。だが俺はこの3日間あの赤ん坊に敬語は使っていない。どうせ通じないのだから使用する意味が無いと判断したから。

 そしてこの少女は俺が敬語を使うことに違和を感じている。

 つまり、覚えているのだ。赤ん坊の頃のことを。俺の発した言葉を。

 

「しんたろー? どうかしたの?」

 

「……いや、なんでもない。―――では改めて聞くが、あなたはどこから来た?」

 

 俺の言葉を―――いや、喋り方だろうか。それを聞いてどこか嬉しそうな表情をする少女。そんな少女は食事の手を止め答えとばかりに窓の外を指さした。

 

「ん~、んっ」

 

 そこには月が輝いていた。

 

「つ、月……?」

 

「かなぁ」

 

「なるほど」

 

 なんとも理解しがたい回答だが、これまでにあった意味不明な出来事を前提に考えると納得がいく回答でもあった。

 酒寄を見る。彼女も俺を見ていた。とても訝し気な顔をしている。

 肩を寄せ、小声で話しかけてくる酒寄。

 

「……今の信じる?」

 

「この3日間という前提を考慮するとそういう可能性を否定は出来ないのでは、と思う」

 

「うへぇ……」

 

 そうして苦い顔をする酒寄。彼女もきっと思い出したのだろう。発光する電柱から出現し、信じられない速度で成長していく赤ん坊を。

 額を手で抑えながら酒寄が質問を少女へとぶつける。

 

「で? 宇宙人は何しに来たの? 侵略?」

 

「うーん、なんかあんまよく覚えてないんだけど、とにかく毎日超つまんなくて~。楽しいところに逃げた~いって、思った気がする」

 

「逃げんな~」

 

「えー、なんで~?」

 

 そんな酒寄と月の少女の小気味のいい会話を聴きながら俺は1人考える。

 宇宙人の来日理由は逃亡か。

 俺の自殺動機に少し近いな。現状に耐えられなくて死のうとしている俺とそう変わらない。となると俺は、地球人類とは別種だろう少女と似た思考を持っている、ということになるのだろうか。

 どこまで行っても、俺は人でなしか。

 

 少女の今後を思う。

 赤ん坊のままなら、あと1ヶ月は俺の手元で世話をする気でいた。だが赤ん坊は少女へと成長した。この調子なら3日後には成人女性にまで成長するのかもしれない。そうなるのであれば前提が崩れる。

 俺がヤチヨとした約束は『()()を大切に大事にする』というもの。このまま少女が子供でなくなるまで成長するのであれば、約束は完了したと思っていいだろう。

 

 そうすれば俺は―――死ぬことが出来る。

 

 もう、俺を止めるものは無い。

 俺はやっとこの世界から抜け、終わりを迎えられる。

 

 そんなことを考えていると、酒寄がタブレットを操作し画面を少女に見せた。

 それは―――

 

「竹取物語か」

 

「なにそれ?」

 

「そ。浦野の言うとおり竹取物語」

 

 そして酒寄は竹取物語の内容を大雑把に説明する。―――が、少女は既に自身のオムライスを食べ終わったにも関わらず酒寄のオムライスに目を向けていて、到底話をまともに聞いている様子ではなかった。

 赤ん坊からの急成長によって栄養が足りていないのだろうか?

 

 そして我慢が出来なかったのか酒寄のオムライスに手を伸ばそうとしたので、その手を掴む。

 小さく、温かく、柔らかな手だ。

 なぜか赤ん坊の小さな手を思い出した。

 

「しんたろー?」

 

「それは酒寄の食事だ。黙って手を出すな」

 

「えぇ~」

 

「求めるのならばまずは言葉にしろ。他者から奪うことを最初に選択するな」

 

「ことば」

 

「ああ」

 

「……わかった!」

 

 そうして手を引き、酒寄の目を見つめて口を開く少女。

 

「たすけて~?」

 

「うっ」

 

 そして怯む酒寄。

 

「しんたろー! これでいい?」

 

「まだだ。酒寄の許可を待て」

 

「きょか!」

 

「ああ。それが無ければ不可だ。諦め別の手段に切り替えろ」

 

「わかった!」

 

 元気に返事をして笑顔で酒寄を見つめる少女。無事に俺の意見は伝わったようだ。

 そんな俺と少女の会話を聞いてか酒寄は溜息を吐き、自身のオムライスの皿を少女の前へと差し出した。

 その光景を目にした少女が俺に向かって言う。

 

「きょか!」

 

「ああ、そうだな」

 

「オムライス美味しい!」

 

「そうか」

 

 そう言って笑顔でオムライスを食べる少女を観察する。先程までとは違い、徐々に溢さなくなった。この短時間で成長をしているようだ。凄まじいな。

 

「オムライスもっと食べたいっ! どーしたらいいの!?」

 

「購入、あるいは調理だろう」

 

「こうにゅー、ちょうり?」

 

「出来上がったものを買うか、自身の手で作り上げるか、だ」

 

「おぉ! してみたあああい!」

 

「そうか」

 

 そんな会話をする俺と少女をよそに頭を抱えちゃぶ台に突っ伏す酒寄。

 頭でも痛めたか?

 

「で、お話はどうなるの?」

 

 少女が酒寄に訊ねる。どうやら話の流れは忘れていなかったらしい。

 酒寄は少女の言葉に顔を上げ、タブレットに指を這わせながら答える。

 

「えー、お迎えが来て、翁たちがかぐや姫を引き渡すまいと戦うもむなしく、姫は羽衣を着せられて、地球のことは忘れる。で、帰る」

 

「おー」

 

 実に簡略化されているが、とてもわかりやすい説明だった。

 酒寄は言葉にするのが上手いな。

 

 その説明を聞いて何故か少女はタブレットの画面をスライドさせ、次のページを探していた。

 

「で、続きは?」

 

「ない。終わり。めでたし」

 

「そうだな」

 

 酒寄と俺の言葉を聞いて眉を吊り上げる少女。

 

「えっ、月に帰って終わり!? そんなの何がめでたいの!? ちょーバッドエンド! かぐや姫絶対不幸じゃん! しかもなんかいい話風になってるのが余計に許せないよ!」

 

 ただのお伽噺の結末に対して随分と騒ぐものだ。これが宇宙人の感性なのだろうか。

 理解できないな。

 

「これは、こういうお話なの」

 

 酒寄が立ち上がり少女が食べきった2つの皿を台所へと運び、言った。

 その通りだ。それが竹取物語。かぐや姫の話だ。

 

「バッドエンドやだやだ! ハッピーなのがいーいー!」

 

 床に仰向けになり手足をばたつかせながら言う少女。

 その姿はミルクを要求して泣く赤ん坊を俺に想起させた。

 

「ラ~ララララ~」

 

 なぜその状態で歌い始める。宇宙人はよくわからん。

 いや、人間についても俺はよくわかっていないが。

 

「どうしようもないじゃん。暴れたって歌ったって、決まってることが変わるわけじゃないし」

 

 歯ブラシを手に取り、食後の歯磨きを始めた酒寄が振り返って少女に対し真っ直ぐに告げる。

 

―――受け入れて覚悟するしか、ない

 

 その言葉には力が籠っていた。

 これはきっと酒寄彩葉という女の在り方を宣言しているのだろう。そう思った。

 なぜか、そんな酒寄が眩しく見えた。

 

 そしてうがいの為だろう水の入ったコップを口に含んだ酒寄と目が合う。なぜか顔が赤くなる酒寄。どうした。

 急いで振り向いて口内の水をシンクに吐き、口元を拭う酒寄。そんな震えた背に向かって俺は口を開く。

 

「どうした酒寄」

 

「……いや、男子の前でハミガキしちゃって後悔してるだけ。めっちゃハズい………

 

「そうか」

 

 意味がわからん。

 まあ、どうでもいいか。

 それよりも、だ。

 

「……」

 

 少女は酒寄の背を無言でジッと眺めている。時折体を左右に揺らしながら。顔を覗こうとしているのだろうか。

 そんな少女を観察していると、少女は勢いよく立ち上がり手を天井に向かって突き出した。

 

「よし、決めた!」

 

 少女は固い意志を秘めた瞳を輝かせ宣言する。

 

「自分でハッピーエンドにする!!」

 

 ―――呼吸が止まる。

 

「そんでハッピーエンドまで彩葉としんたろーも連れてく! 一緒に!!」

 

 なぜか、呼吸の仕方を一瞬忘れた。

 少女がなにを言ったのか、それを理解することを俺の脳は拒絶していた。

 ピースサインを突き付けた少女に目を向けたまま、俺は指一本動かすことが出来なかった。

 

「ハッピーエンドいらない。普通のエンドで結構です」

 

「うそうそうそ! そんなわけないでしょ~?」

 

「うわっ離れて! 不気味、エイリアン!」

 

「ひど~い」

 

「てか寝かしてぇー!」

 

 同じ部屋にいるはずなのに、酒寄と少女の声がなぜか遠く聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び、食事を摂る。

 朝。俺は自室で1人でいた。

 

 結局あの少女はあのまま酒寄の部屋で1晩を過ごすことになった。

 酒寄曰く、一度預かると言った以上はその言葉を守る。とのこと。あと、女の子を一人暮らしの男子と一緒に寝かせるのは抵抗があるそうだ。

 まあ、そうだな。

 俺の部屋には10歳児が使えるような寝具はない。ベビー布団があるだけだから酒寄の判断は間違っていないだろう。

 

 私服に着替える。

 今日は3連休も終わり登校日ではあるが、俺は学校へ向かう気はない。

 そもそも近いうちに自殺の予定を組んでいるのだ。そんな男が学校へ行く理由なんてどこにもありはしない。行くだけ無駄だ。

 

 目を閉じ隣室の気配を探る。

 2つの気配。玄関の辺り。距離が近い。いや、おそらく掴んでいるのか。

 そこまで把握して靴を履き、外へ出る。 

 酒寄宅の玄関前に立ちインターホンを押す。扉のすぐそばにいるのだしノックでもよかっただろうか。まあ、どちらでもいいか。

 扉が開き、一つの影が飛び込んでくる。手を突き出しその首根っこを掴んで止める。

 

「おわっ」

 

「それが月の挨拶なのか?」

 

「しんたろー! 彩葉どっか行っちゃうの!」

 

 どこかに行く?

 少女の着ているシャツの襟首を掴んで少女を吊り下げながらどういう意味かと疑問に思っていると、慌てた様子の酒寄が少女を掴んだ俺の手を放させようと横から手を伸ばしてきた。

 

「浦野見える! 見えちゃうから放してっ! その子その下なにも着けてないんだって!!」

 

「……了承した」

 

 手を放す。そうして地に足をつけた少女は不思議そうな顔で酒寄を見る。俺も酒寄を見た。

 俺達の視線を受けて一歩引く酒寄。

 

「な、なに……?」

 

「彩葉ー、なにが見えちゃうの? なんかダメなの?」

 

「俺も聞きたい。なんの話だ」

 

 俺達の疑問を耳にし、頭を抱える酒寄。

 昨夜もそうしていたな。頭痛の持病でも患っているのだろうか。

 

「―――着替え」

 

「ん~?」

 

「なんだ」

 

「着替えさせるから、浦野ちょっと待ってて!」

 

 そう言って少女の手を掴み、部屋へと戻り玄関扉を閉める酒寄。

 閉じられた扉の奥で動き回る酒寄と少女の気配を感じながら、俺はアパートの通路の柵にもたれかかり空を眺めることにした。

 

「今日は晴天か」

 

 どこからかカラスの鳴き声が聞こえた。

 

 5分程経ち、扉が開いた。

 そこには制服姿の酒寄と、なんか、服を着た少女がいた。なんだろうシャツとスカートが一体化してる服。そんなやつを身に纏った少女がいた。

 

「しんたろー! どうどう! これどう思う!?」

 

「……服だな」

 

「うん、服! 彩葉が着せてくれたの!」

 

「そうか」

 

 くるくると回りながら自慢してくるように言う少女。よほどこの恰好が気に入ったのだろう。

 

「酒寄のものか」

 

「そ。サイズもそこまで問題なかったし」

 

 少女を見る。

 明らかに昨夜より背丈が伸びて、酒寄とほぼ同じ身長にまで成長している。

 

「なるほど」

 

「ちょっ、どこ見て納得した!」

 

「どこ? 背丈だが」

 

「せっ……」

 

 なぜか言い淀み、顔を赤くして黙り込む酒寄。

 酒寄は急に黙ることが多いな。癖なのだろうか。

 

「あ、そうだしんたろー。彩葉止めてよ~」

 

 止める? 

 少女の言葉に先程着替えに戻る前の出来事を思い返す。

 酒寄がどこかに行く、という話だったか。

 

「学校か」

 

「ってそう学校! もう行かないとって、浦野制服は……?」

 

「俺は今日は学校へ行かない」

 

 俺の言葉を聞き、驚く酒寄と喜悦を浮かべる少女。

 

「じゃあ彩葉も行」

 

―――ダメ!

 

 少女の言葉を力強く遮る酒寄。

 その表情からは断固とした意志を読み取ることが出来る。よほど登校することにこだわりがあるようだ。俺には理解できないが。

 そんな酒寄の腕を掴み、上目で覗き込む少女。

 

「……学校ってそんなに大事なわけ?」

 

「命より大事!」

 

 そんなにか。

 

「あんたと関わったのは私の責任だけど、もう全部元に戻すから。早く月への帰り方思い出して」

 

 そうして少女の手を外し俺へと向き直る酒寄。

 

「浦野、この子……」

 

「元々俺が拾った。面倒は俺が見る」

 

「そっか」

 

「ああ」

 

 そして少し悩むように俯いたあと、室内に戻りラップをかけた皿とタブレットを持ってくる酒寄。

 

「これ、ご飯。パンケーキだけど」

 

「食事か………代金は」

 

「いらない。昨日のオムライスのお礼」

 

「酒寄」

 

「美味しくはないけど、おなかには溜まるから」

 

 そう言ってパンケーキの皿を突き出してくる酒寄。

 こちらの言い分を聞くつもりはなさそうだ。

 

「そうか。感謝する」

 

「だから感謝してるのはこっちだって。あとタブレットね。暇つぶし用に使わせていいよ」

 

「……そうか」

 

 暇つぶし、つまりは娯楽か。

 そうか。昨日まで使ってたガラガラではダメなのか。あれは随分喜んでいたのだが。

 

 皿とタブレットを受け取る。

 

「酒寄の帰宅時には必ず返却する」

 

「うん。帰ったらチャイム鳴らすから」

 

「わかった」

 

 そうして玄関に置いていた鞄を肩にかけ、少女と俺を見て口を開く酒寄。

 

「じゃ、私もう行くから」

 

「ああ」

 

「彩葉ー……」

 

 少女の伸ばした手に一瞬目を落としたが、すぐに振り切りアパートの階段へと歩いていく酒寄。

 その離れていく背を、見えなくなるまで少女はずっと眺め続けていた。 

 

 

 

 

 

 

「しんたろー」

 

「なんだ」

 

「学校って、なにするとこなの?」

 

「……勉学に励む場だ」

 

「べんがく」

 

「ああ。自身の将来のために知識を身に着けるための場所だ」

 

「ちしき」

 

「そうだ」

 

「彩葉は、それが大事なんだ……」

 

「らしいな」 

 

 俺の部屋で畳んだベビー布団の上に頭を載せて寝転がり天井を眺める少女と、俺は他愛のない会話をしていた。

 スマホを見る。そろそろ授業が始まる時間か。

 

「しんたろーは良かったの?」

 

「なにがだ」 

 

「学校」

 

「俺はいい」

 

「そーなの?」

 

 体を起こして、壁にもたれて座っている俺を見る少女。

 

「ああ。俺は酒寄とは違うからな」

 

「……そーなんだ」

 

「そうだ」

 

「ふーん?」

 

 そうだ。俺は酒寄とは違う。

 どうやっても普通にはなれない。ろくでもない人でなしだ。

 昨日までは色々な理由があったから一緒にいただけで、本来なら俺は酒寄のような普通の人と同じ場所になどいられるはずもない存在なのだから。

 天井を眺めながらそんなどうでもいいことを俺は考えていた。 

 

「ちょうり、っと………お、出た」

 

 少女の言葉に視線を落とす。

 少女が手に持ったタブレットから音声が聞こえてくる。その内容を聞く限りではハンバーグの調理方法に関する動画を視聴しているようだった。

 

 視線を少女から外し、昨日までにあった出来事を思い出す。

 発光する電柱から赤ん坊を拾い、これまで関わりが皆無だった隣人である酒寄の協力を受け子育てを行い、昨夜に赤ん坊が急成長を果たした。

 そこまで思い出し、溜息を吐く。

 なんとも意味のわからない時間だった。

 

『そんでハッピーエンドまで彩葉としんたろーも連れてく! 一緒に!!』 

 

 ふと昨夜の少女の言葉が脳裏に響いた。

 目を瞑り、深呼吸を一度する。

 

 ―――戯言だ。

 

 なにも知らないから、簡単に言ってのけた。

 決して俺を知ったうえであんな言葉をのたまったわけではない。

 そうに決まっている。でなければ俺は―――

 

「しんたろー」

 

 俺を呼ぶ少女の声に目を向ける。

 

「……どうした」

 

「ここの住所って、なに?」

 

「住所?」

 

「うん。じゅーしょ」

 

 タブレットを手に持ち笑顔を浮かべる少女。

 質問の意図は不明だが、まあいいか。別にこれを答えても問題はないだろう。

 

「ここの住所は――――」

 

 少女に俺が暮らしているこのアパートの住所を伝えた。

 少女はそれを聞き返したりもせず一度で覚えたらしく、俺が伝え終わるとありがとうと言ってタブレットへと向き直った。 

 

 タブレットを夢中で操作している少女の横顔を見つめ、俺は口を開く。

 

「一つ聞きたい。いいか」

 

「ん? なーにしんたろー」

 

 操作している指を止め、俺の呼びかけに笑顔で応える少女。

 

「昨夜の話だ」

 

「さくや?」

 

「ああ」

 

 一度、静かに深呼吸をする。

 問題はない。ただ、聞くだけだ。

 

「―――ハッピーエンド、についてだ」

 

「ハッピーエンド?」

 

「ああ」

 

「ん-? それがどうしたの?」

 

「昨夜言ったな。酒寄と俺をそこへ連れていく、と」

 

「うん。言った」

 

「あれは、どういった意図の発言だ」

 

「いと?」

 

「ああ。それをずっと考えていたが、俺にはわからなかった」

 

「んー?」

 

 首を傾げて俺を見る少女。

 その目を見返す。それを答えて貰えないと、俺は他に思考を回せそうにない。

 

「えーっと、ハッピーエンドでしょ?」

 

「ああ」

 

「じゃあ簡単だよ。彩葉としんたろーと3人でハッピーエンドにいこー! って話だし」

 

「……その、ハッピーエンドに辿り着くまでについて聞いている。そこにはどうやって到達する? そもそもなにを持ってハッピーエンドとする?」

 

 俺は、それが知りたい。

 

「そんなの決まってるって」

 

「なに?」

 

「みんなで笑顔になれればオッケーだもん」

 

「―――……は?」

 

「みんなで楽しく笑ってこれで良かったねって、そうやってめでたし出来たらハッピーエンド! だから行こうしんたろー! 彩葉も一緒に!」

 

 俺は数秒の間、口を開いたまま閉じることが出来ずにいた。

 眼前の少女はまるで容易いことのように言う。『笑顔になれれば』などと。

 くだらない。ふざけている。どうでもいい。聞かなければよかった。

 そんなことが出来るのならば、俺は―――

 

「なら俺には無理だな」

 

 溜息を飲み込み、俺は吐き捨てる。

 不可能だ。(人でなし)にそのようなことは達成できない。

 そんなことは人には可能であっても俺には無理だ。そして俺のような不純物を混ぜ入れたなら確実に失敗する。ハッピーエンドには到達出来ないだろう。

 そんなこと、考えるだけ無駄だ。

 

「えー、なんで無理なの? しんたろーも彩葉みたいにハッピーエンドやなの?」

 

 なんでなんでと俺の腕を掴みゴネる少女を見下ろす。

 この宇宙人は、俺とは違う。

 食事を美味しいと言った。酒寄に着用させられた服を着て楽しそうに動き回った。俺に呼び掛けられて嬉しそうに笑った。

 彼女は、普通の人と同じように笑うことが出来る。

 俺は、誰かと共に笑うことは出来ない。

 この少女の心は、俺とは違って人に近しいものなのだろう。

 

「……」

 

「ねー、なんでなんでー? しんたろーはハッピーエンド行きたくないの?」

 

「それは……」

 

 思い出す。

 白い部屋。同じ音を吐き出し続ける電子機器。中央のベッド。

 そして、そこで眠っている俺がこの世で唯一共感することが出来た人物。

 俺の、たった1人の同類―――()()()はずの老爺。

 俺と同じで、殺し合い以外では己を証明できず、世界を許容することが出来ない人でなし。

 殺し合いの場以外では一切動かない、心の在り方をそのまま写した無表情な男。

 刀を振るえず、誰かに傷つけられることもない病室で死を待つだけという地獄にいたはずの男。そんなひたすらに絶望の中で生きてしまった男の最期の表情を、思い出す。

 まるで普通の人のように口元を歪め、笑ったような死に顔を、俺は―――

 

「―――一緒に行こ! しんたろー!」

 

「俺は」

 

 ふと口が開いた。だが言葉は出てこない。

 当然だ。なにかを言おうとなんて考えていなかったのだから。

 でも、俺の体はなにかを吐き出そうとしていた。

 

 そんな俺に少女は近付き、両手の人差し指を突き出してくる。

 2本の指で俺の口の端を押し、引き上げる少女。

 

 なにをしているのかと少女の顔を見ると、そこには満面の笑みがあった。

 

「おー。しんたろーって笑うとこんな顔なんだ。ちょっと面白いかも」

 

 ―――俺の、笑った顔。

 

「な、にを」

 

「うん、やっぱり決めたから! しんたろーも彩葉も一緒にハッピーエンド連れてくって!」

 

 高らかに少女は言う。

 

「ね!」

 

 輝くような笑顔を向ける少女を、なぜか見ていられなくて瞼を降ろした。

 

「……そうか。好きにしたらいい」

 

「わかった! 好きにするするぅ!」

 

 そう楽し気に少女は叫び、またタブレットに向き直ったのだろう。止まっていた動画が再開された音が耳へと届く。

 だが俺は瞳を閉じた暗闇の中、先程の少女の言葉を何度も何度も脳内で繰り返していた。

 

『しんたろーって笑うとこんな顔なんだ』

 

 俺の笑った顔。

 それは、どんな顔だったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べた。

 少女は冷蔵庫にあった食パン。俺は酒寄が作っていったパンケーキ。

 それを黙って食べていると少女が俺に話しかけてくる。

 

「しんたろーよくそれ食べれるね。くそまじぃっしょ」

 

「……そうか」

 

 食べ続けながら皿の上に載ったパンケーキを見て思う。

 まあ、味はない。これがくそまじぃと評される料理の味なのか。知らなかった。

 

 俺は、食べ物の美味しいも不味いもわからない。

 味はわかる。甘味やら塩味だとかだろう。だが美味という感覚がわからない。不味いと顔を顰める理由がわからない。故に料理に関心が湧かない。

 

 少女を見る。モソモソ食パンを食べている。笑顔はない。

 昨日はオムライスを随分と喜んで食べていた。宇宙人は味が多いものが好みなのだろうか。 

 

「ま、いいけどー。晩御飯はとびっきり美味しいのにするし~」

 

 少女の零した言葉を聞いて疑問に思う。それは、どういう意味だ?

 疑問の答えを得ようと少女に問いかけようとすると、アパートの階段を上ってくる足音が聞こえた。

 重い。重心が1歩ごとに揺れている。これは、荷物を抱えている?

 気配を探っているとその気配が俺の部屋の前で止まり、インターホンを押して来訪を知らせた。

 

「きったーーーー!」

 

「……」

 

 少女がチャイムに反応して立ち上がり、玄関へと駆けて行く。

 辿り着くなり扉を開けた少女に近付くと、来訪者の姿を確認することが出来た。

 

「―――…………なに?」

 

 俺はつい口から言葉を漏らしていた。

 

 少女が来訪者といくらかのやり取りをし、来訪者が去っていった。

 そしてこの場に残されたのは俺と少女と、()()である。

 

「おお~。これがそうなんだ~。ふっふっふ、楽しみだね、しんたろー!」

 

「……これは、なんだ」

 

「ん? なにって、()()だよ?」

 

 そう言って少女が手に持ったのは野菜だった。

 瑞々しく、新鮮だろう色合いをしていた。

 

 振り返りタブレットを見る。あれか。

 

「通販を利用したのか」

 

「うん」

 

「住所を聞いてきたのはそのためか」

 

「うん」

 

「料金はどうやって支払った」

 

「うん?」

 

 何故そこで疑問形になった。

 

「料金。金だ。どうした」

 

「かね?」

 

 タブレットを手に取り起動。履歴から決済方法を確認。

 

「これは、酒寄のものだな」

 

 タブレットに酒寄の使用しているだろうウォレットの情報が残っていた。これをそのまま使用してしまったらしい。

 食材に調味料など約3万円ほどの使用。本人に確認も取らずに、勝手に。

 

 溜息を吐く。

 相手は宇宙人だ。それを失念していた俺の落ち度か。

 酒寄が帰宅する前に現金を下ろしておかなければならないか。補填をしなくては。

 

「しんたろー、どしたの?」

 

 眉をひそめた少女が俺を見ている。溜息を吐いたのを目撃して不安にでもなったのだろうか。

 

「……まず、この国では貨幣経済を行っている」

 

「かへーけーざい」

 

「ああ。そこで利用しているのが円という通貨だ」

 

「えん」

 

「そうだ。そこにある食材等を購入するために消費されたものだ」

 

 少女が振り向き、大量の食材を視界に収める。

 

「しょーひって、無くなるって意味だよね?」

 

「ああ」

 

「なら増やせばもっと色んなもの持ってきてもらえるってこと!?」

 

「……まあ、そうだな」

 

「おお~! じゃあ増やす!」

 

「……方法は?」

 

 訊ねると少女はタブレットを覗き込み、指で指し示した。

 

「えんってこの数字でしょ? じゃあ多分増やせるよ。―――よーし、やったるぜぇ!」

 

「やめろ」

 

 タブレットを操作しようとした少女の手を掴む。昨日もこんなことをしたな。

 手を止められ、不思議そうな顔で俺を見上げる少女に俺は告げる。

 

「それは犯罪だ。その領域には手を出すな」

 

「はんざい?」

 

 少し考える。

 この少女の理解力でも法を教え込むのは時間がかかるだろうかと。

 ましてや金銭に関わるものだ。俺の教え方次第では少女がどのようにそれを受け止めるのか不明だ。下手をすれば被害が悪化しかねない。となると今俺がやるべきなのは犯罪を行うことによる自身への不利益を認識させ、犯罪行為を自粛させること。少女にとっての不利益を突き付けること。

 ならば―――

 

「俺も、キミも、ここにはいられなくなり、下手をすれば酒寄もこのアパートに帰ってこられなくなるということだ」 

 

「えええええええっ!!??」

 

 タブレットから手を放してそのまま天井に向けて両手を上げながら叫ぶ少女。予想以上の効果に少し驚く。よほど少女にとって嫌な話だったようだ。

 この短期間で酒寄と俺はこの少女にとって果たしてどんな存在になったのか。少し疑問だ。

 

「やってないやってない! まだなんもやってないよっ! ほんとだよ!!」

 

「ああ。なら問題はない。今後もやるな」

 

 大きく何度も頷く少女。

 これが虚偽の行動でないのなら、今後も問題はないだろう。おそらくだが。

 

 チラチラとタブレットを見る少女。

 まだ何かあるのか。

 

「どうした」

 

「あのね、まだこうにゅーしたいのがあったの」

 

「また食材か?」

 

 まだ買うのか。

 俺は料理に詳しくないが3万円分もあれば足りるものではないのか?

 訝しんでいると少女は壁際でコンセントに繋がっているケースを手に取った。スマートコンタクト(スマコン)のものだ。

 

「これ、欲しい」

 

「……なぜだ」

 

 疑問だった。なぜスマコンなんだ? 昨日の様子やさっきの少女を見る限りてっきり興味は『食』に集中しているのだと思っていたのだが。

 

「これ、彩葉の部屋にもあったんだ」

 

「……そうか」

 

「で、しんたろーも持ってるでしょ」

 

「……そうだな」

 

「だから、欲しい!」

 

「…………そうか」

 

 考える。さすがに即答は出来ない。

 俺や酒寄のもの(スマコン)が欲しい、ではなく新しく自身の所有物を求めているのは昨夜のオムライスの件のおかげなのだろうか。

 買うことは出来る。俺の所有する口座にはスマコンを購入しても問題はない程度の金額はある。だが使っていいものか。その判断が出来ない。

 決して安い買い物ではないのだ。安易に決めていいものではない。

 

 少女を見る。

 瞳を潤ませ、両手を顎の下に持ってき上目で俺を窺っている。

 その瞳を見て思い出す。少女の言葉を。

 

『そんでハッピーエンドまで彩葉としんたろーも連れてく! 一緒に!!』 

 

 溜息を吐く。

 まあ、いいか。どうせ俺の命もあと少しで終わりだ。金を残しておく意味もない。

 

「……この食材はあとで使うんだな?」

 

「うん。晩ごはんつくる」

 

「そうか。ではまず片付けるぞ」

 

「片付け?」

 

「ああ。それが終われば外へ出る」

 

「そと?」

 

 首を傾げる少女に告げる。

 

「買い物だ。スマコンを買いに家電量販店へ行くぞ」

 

 口を開けて呆けたような顔で俺の言葉を聞いていたが、徐々に理解が追いついたのか笑みを浮かべ始めた少女。買い物が嬉しいのだろうか。

 

「うん! 買い物!」

 

「ああ。では片付けだ。冷蔵庫に仕舞う」

 

「わかった! ちゃちゃっとやっちゃおー!」

 

 そう言って食材や調味料が詰まった段ボールに向かって走り出す少女。その背中を見ながら俺は1人で思う。うちの小さな冷蔵庫にあの量が入るだろうか、と。

 

 片付けを終え、持ち物の確認を簡単に澄ましてから外へと出る。玄関から出て鍵をかけようとしたところで動きを止め、こちらを見る視線を見返し問う。

 

「どうした」

 

「それやってみたい!」

 

 それ、とは鍵を閉める行為のことでいいのだろうか? まあ、別に構わないが。

 

「了承した。好きにしろ」

 

「うん!」

 

 俺から鍵を手渡され、それをそのまま勢いよく鍵穴に差し込む少女。曲がるぞ。

 

「ていっ」

 

 小さな掛け声と共にガチャリと鍵の回る音が鳴った。無事に、と言うのもおかしな話だが何事もなく玄関扉は施錠された。

 

「ぬっふっふ~」

 

 何故か自慢げに胸を張る少女から鍵を回収し、階段へと歩き出す。

 

「行くぞ」

 

「いくぞ~!」

 

 トントントンと階段を弾むような動きで降りる少女。ついてくる少女を肩越しに見る。笑顔だ。なにがそんなに楽しいのだろうか。謎だ。

 赤ん坊を回収した電柱の横を通り道路へ出る。少女は電柱には無反応。どうやら帰巣本能のようなものはないらしく見向きもしない。まあ、反応されても困るか。

 少女の様子を窺いながら歩いていると交差点の前で少女が突如として駆け出し―――そうになったので、その手を掴み引き戻す。

 

「おおぅ?」

 

 不思議そうな顔を見せる少女を無視し、手を取ったまま立ち止まる。2人でそうしていると目の前の交差点に乗用車が現れた。予想通り先程から走行音が聞こえていた車だ。運転手は俺と少女に気付いたようで、車を停止し身振りで先に横切るように促してきた。それに軽い会釈を返して、少女の手を引き交差点を超える。

 少女を見る。通り過ぎていく車を肩越しに眺めていた。

 

「しんたろー、車ってあんなに小さかったっけ」

 

 言われて車を見る。一般的な乗用車だ。一体なにと比較して小さいと評したのかと考え、気付いた。3連休の初日に買い物に行った時だろう。酒寄と3人で店に赴く際に何度か車とすれ違って赤ん坊が泣いていた。少女はあの時のことを思い出してそう言ったのだと思う。

 

「車が小さくなったのではなく、キミが成長した結果だろう」

 

「あ~、たしかに。そうかも」

 

「ああ」

 

 そう俺が答え少女が納得した様子を見せると、少女は視線を落とし自身の手を見た。まだ俺は少女の手を掴んだままだった。それに気付き放そうと俺が力を緩めると少女が逆に力を入れて俺の手を握ってくる。どうしたのかと顔を見ればどこか得意げな表情。意味がわからずに困惑している俺を無視し、少女は勢いよく繋いだ手を振って歩いていく。

 それに釣られるように歩きながら思う。赤ん坊の頃とはもう大分違うというのに手に触れた時の感触は大して変わっていない。不思議な感覚だ。

 

 少女が立ち止まる。突き当たりの分かれ道だ。当然のことだが方向がわからないのだろう。キョロキョロと左右を首を振って確認している。俺はそんな少女の手を引いて右の道へと進み言う。

 

「こっちだ」

 

「うん!」

 

 言葉と共に握られた手に力が籠められる。

 

「まずは銀行、あるいはATMのあるコンビニに行き現金を下ろす」

 

「えーてぃーえむ」

 

「ああ」

 

「そのあとは?」

 

「買い物だ」

 

「買い物………かでんりょーはんてん!」

 

「そうだ」

 

「そこでスマコン?」

 

「ああ」

 

「わかった! しんたろー早くいこっ!」

 

「了承した。ただし転ぶな」

 

「わかったぁ!」

 

 そう言いながら駆けだす少女、そして手を繋がれたままなので当然共に走ることになった俺。誰かに速度を合わせて走るのなんて初めてだったので、とても走りにくい。走りながら適宜道を教える、なんてことも初めてした。少女は手を繋いだまま、ずっと楽し気に笑っていた。

 

 そんな俺に似つかわしくない忙しない昼下がりの時間だった。

 

 


 

 

 

「ねえ、彩葉って進路どうするの?」

 

「音楽系でしょー? それかeスポーツとか?」

 

 放課後。

 私は学校からの帰り道をクラスメイトでもある友達の綾紬芦花(あやつむぎ ろか)諌山真実(いそやま まみ)との3人で歩いていた。 

 

「そんな才能ないよ。ん~、多分東大とか行かないと認めてくれなさそうなんだよね」

 

「最低がそこ? きびしー」

 

「私なんかデロデロに甘やかされてるな~」

 

 いつもと変わらぬいつもの会話。そんななんでもない時間に心が癒されていくのを感じる。ただでさえ昨日までの3日間で心身ともに疲労を溜めてしまった。こういうところで少しでも回復しなくては。勉強するにしても体力は必要だ。

 そうと決まれば今日は帰ったらまずは何の勉強からやろうか―――って、違うか。まずは浦野のとこに行って皿とタブレット返してもらわなきゃダメか。 

 

 咄嗟に出そうになった溜息をなんとか飲み込んで、昨日の深夜に突如として大きくなった謎の女の子のことを思い出す。

 流れ星が2つ飛び込んできたような美しい瞳。腰まで伸びた艶やかな髪。シミ1つない白い肌。形の良い唇。酒寄彩葉17年の人生でも類を見ないトップクラスの美少女。

 自称、月からやってきた宇宙人。

 朝、いつもより早く行動してあの子用のパンケーキは焼いたがちゃんと食べただろうか。焼きたてをとても不味そうに食べてたし浦野に押し付けてるかもな。

 

 2人と雑談をしながらそんなことを考えていると、ふと気付いた。これどこに向かう道だ? 普段の帰る方向とは違うよな? キョロキョロと周りを窺うが見覚えはあまりない。

 そんな私の訝し気な様子に気付いたようで芦花が私の腕を掴み引く。

 

「彩葉おいで~」

 

「えっ、なに」

 

「新しいカフェ。行くって約束したじゃん」

 

「いや、今日は……」

 

 3連休の遅れを取り戻すための勉強がある、のだけれど。

 

「れっちごー!」

 

「後生ですから~」

 

 そうして友人2人に連れられてきたのはオシャレ度も価格帯も豪勢なカフェ。

 そして私の座る席の前に置かれたのは、クリームいっぱいイチゴもいっぱい盛り沢山の3段重ねパンケーキ。めっちゃ美味しそう。

 

「彩葉ノートで赤点回避記念~」

 

「お礼の品でーす」

 

 ご査収くださーい。と2人の重なった声を聞いてフォークを握る。

 

「あ、ありがとう―――じゃあ、いただきま」

 

「―――彩葉ぁ!」

 

 フォークを握った手を止めるように、パンケーキの向こう側から大きな声が私を呼んだ。油の切れた機械のようにゆっくりと視線を上げると、そこには自称宇宙人が満面の笑みで立っていた。

 

「な、あんた、なんで」

 

「ねえ彩葉なにこれなにこれ! 食べ物? どんな味するの!?」

 

 興味津々といった表情でテーブルに手をついて前のめりで私のパンケーキに迫る宇宙人。顔がパンケーキに触れそうになるのを寸前で止め、首を左右に振って我慢しようとしているのは昨晩浦野に叱られたからだろうか。覚えが良いのはいいこと、だけど、だけど。

 

「えー、かわいい。彩葉の友達?」

 

「彩葉の服着てる~」

 

「パンケーキ食べたことない? 私の食べてみる?」

 

「お?」

 

 芦花が自分のパンケーキをフォークと共に差し出す。

 それを躊躇なく受け取り、ブスリとパンケーキへと突き刺し一口で頬張った。疑問を浮かべた表情が見る間に笑みへと変化していく。

 

「パンケーキ? これが? 彩葉のと全然違う!」

 

 うっさい! 余計なことを言うんじゃない! てか、なんでここにいる!? 

 こんな街中を1人でどうしてうろついて―――て、そうだよ! なんで1人なんだこの子!? 浦野はどうした浦野は!? あの野郎『面倒は俺が見る』とかって言ってたくせに! なんで目を離したんだアイツは!? 赤ちゃんの頃からこの子からは目を離したらダメだってずっとわかってるはずなのに!!

 

「いや、友達っていうか、えーっと、あの……」

 

「月から来たの!」  

 

 今すぐ帰れ、という私の必死なアイコンタクトは理解できなかったようで、この宇宙人は気ままに最悪な自己紹介を行った。

 考えて、考えて、考える。この場をなんとか切り抜ける言葉を。

 

「つ、つ、築地! 築地だよね、私のいとこ!」

 

 さすがに月から築地は厳しかったか? 戦々恐々としながら横目で芦花と真実を見やる。

 

「わぁ、おいしいお寿司屋さん教えて~」

 

「かわいいね、お名前は?」

 

 突破した。

 が、次なる難題。

 

「あ、えーっと、その――――――か、かぐや!」

 

 月からの来訪者。そこからの連想だが名前としてはそこまで不自然なものではないはず。多分。

 

「かぐや! かわよ~」

 

「え~、ぴったりだね」

 

「ね! そうだよねっ、かぐや!」

 

 全力で視線に思念を載せ、宇宙人―――かぐやへと照射する。

 

「かぐや?」

 

 だがそんな私のアイコンタクトに一切気付かずにかぐやはその場でくるりと一回転をした。

 

「かぐや………かぐや! かぐやかぁ、えへへへ~」

 

 なんか、めっちゃ喜んでる。

 そんなかぐやを見て『名前は人生最初のプレゼント』なんて、どこかで見たような言葉が脳をよぎった。もう少し考えて名付けてあげるべきだっただろうか。

 

 私がそうして少しだけ後悔を感じていると、かぐやが顔を横に向け手を振った。

 

「しんたろー! やっぱり彩葉だったー!」

 

「え」

 

 かぐやが手を振る方向に私が顔を向けるとそこには万年無表情な顔面傷跡男。私の隣人。浦野真太郎が両手に袋を下げてこちらに向かってゆっくりと歩いてきていた。

 

「しんたろー! 彩葉がね! かぐやはかぐやって!」

 

「……酒寄が、かぐや?」

 

「違うよ。彩葉は彩葉。かぐやがかぐや!」

 

「……酒寄は酒寄。かぐやがかぐや?」

 

「そう!」

 

「……そうか」

 

 そうか、じゃなーい! 絶対わかってないだろお前ぇーーー! 昨日も思ったけどこの男、結構天然だな!? 変人かつ天然ってふざけんなよ浦野ぉ! 私にだって限界はあるんだぞ!

 

「えっ、浦野くん……?」

 

「は、え、なに、かぐやちゃん知り合いなの?」

 

 浦野が近寄ってきたのを目にし真実が身構え、芦花の視線が鋭くなる。だが浦野はそんな2人に一瞬だけ視線を向けたが、すぐにかぐやと私だけをその目に写していた。

 無視かこの野郎。芦花も真実も私の友達だ。そんな2人をいないもののように扱う浦野の態度に少なからず腹が立つ。気に食わない。

 そんな風に私が内心で浦野に対して怒りを湧き上がらせていると、かぐやがとんでもないことを言おうとした。

 

「ん? しんたろーのこと? しんたろーは彩葉と一緒にかぐやを」

 

「―――あーっとっ! かぐやぁ!? そういえばそろそろ行かなきゃいけない時間じゃない!!」

 

 咄嗟に大声が出た。

 というか出さざるを得なかった。この宇宙人はいきなりなにを言い出そうとしたんだマジで!?

 本当に勘弁してくれ! 浦野は学校では腫物扱いをされていて、多分本人もそれを受け入れている。ってか多分気にしてない。そんな相手と私が関係あるなんて噂が出回ってみろ。明日からの私の学校生活が滅茶苦茶になるのは想像に難くない。なによりこの2人からめっちゃ問い詰められるのが目に見えてる。マジでやめて。

 

「んへ? かぐやどっか行」

 

「よーし! じゃあ行こうかかぐや! あっ浦野くんはかぐやの道案内してくれたのかなありがとう! あとは私がこの子連れてくからもう大丈夫帰っていいから本当に!」

 

 かぐやの言葉を遮って一息で言い切り鞄を肩にかけ立ち上がると、不思議そうに私を見ているかぐやといつもの無表情な浦野を押して店の外へと向かおうとして―――動きが止まった。全力で押してるのに浦野が一歩も動かない。

 なにさもう!? 今度はいったいなんだっての!?

 

「酒寄」

 

「……な、なに浦野くん」

 

 なんとか返事はしたが、多分私の顔は引き攣っている。

 

「状況はよくわからんが、食事がまだなら食べてはどうだ。見たところ手を付けたような痕跡は見受けられないが」

 

「かぐやも食べたーい。彩葉ー食べないならかぐやにちょうだい。おねが~い」

 

 無表情で言ってくる浦野と上目遣いで顎下に手を添えてお願いしてくるかぐや。なんだこれは? イジメか。イジメなのかこれは? だとしたら私はなんでこの2人にイジメられてるんだマジで。意味がわからない。

 

 そんな現実逃避を軽くしながら黙って自分の席へと戻りフォークを手に取ってパンケーキに思いっきり突き刺す。2段分だ。

 かぐやを手招きして、それを口にねじ込む。食え。 

 

「おうぇっ!」

 

 そして私も残りの1段を口に詰め込む。甘い。美味しい。涙出そう。

 そんな色々な感情と一緒にパンケーキと周りのイチゴを掻っ込み、飲み込む。もったいない。もっと味わいながら食べたかった。

 

「ゴチになりました」

 

 手を合わせて奢ってくれた友人2人に感謝を述べる。そして呆気に取られている2人を尻目に全力でかぐやと浦野を押して店の外へと向かう。今度は浦野も素直に動いた。最初っからそうしてくれ。

 後ろから『彩葉!?』という私を呼ぶ声が聞こえたけど、聞こえなかったフリをして無視する。芦花、真実ホントにごめん。今度ちゃんと謝るから。

 

 そうしてなんとか窮地から脱出することが出来た私はかぐやの手を引いて人気(ひとけ)のない一角まで歩く。その最中もかぐやは喋りっぱなしだった。

 

「いやー、さっきの建物の中涼しかったね。あれ彩葉ん()で出来ないの? しんたろーの家じゃ出来てたよね」

 

「そうだな」

 

 ね。と確認するように顔だけ後ろに向けて問うかぐや、私とかぐやの後ろを歩きながら答える浦野。なんでこんなに呑気なんだこの2人は。

 

 足を止め、息を吸って思いっきり言葉を吐き出す。

 

正気!? 正体バレたらどうすんの!? なんで家から出てくんの!? なんで私の居場所わかったの!? アンタら2人してなに考えてんの!?」

 

「買い物してきたー」

 

 私の怒涛のクレームに対し、かぐやはゆるく一言で返してみせた。

 

「か、買い物?」

 

「うん! 色々買ってきた!」

 

 あれ、と言って浦野の持っている袋を指さすかぐや。確かになんか袋持ってるなと思ってはいたが、まさか買い物をしていたなんて。

 

「コップにお皿。あと靴とか色々買ってきた!」

 

 言いながら右足を突き出すようにして見せつけてくるかぐや。その足には朝私が渡した靴ではなく新品のものが履かれていた。

 

「これ、お金は?」

 

「しんたろーが買ってくれたー」

 

「俺が払った」

 

 当たり前のことだとでもいうように淡々と述べる浦野。

 この男、学校サボって美少女と買い物デート決め込んでおいてなんだってこんなにも堂々としてるんだ本当に。相手は宇宙人だよ。宇宙人なんだよ? それでなんでさも問題ありませんみたいな顔でいるんだマジで。

 

「……頭痛い」

 

 宇宙人の対応だけでも大変なのに、なんで私は同じ地球人がすることにまで頭を痛めなければならないんだ。意味がわからない。

 

「俺達の目的は完了した。酒寄、俺と彼女はこれから帰宅する」

 

「彼女じゃなくてかぐやだよ」

 

「……かぐや?」

 

「うん、かぐや」

 

「…………ああ、名前か」

 

 今か。今わかったんだね浦野。やっぱりさっきはわかってなかったなこの男。

 

「酒寄、今朝の話通りに帰宅したら呼べ。その時にかぐやの起こした行動と俺が負うべき責任についての話もしたい」

 

「行動と、責任……?」

 

 これ以上なにかやらかしたの? 私は今以上に頭を痛めなくちゃいけないの? そろそろ勘弁してくれないだろうか。

 

「帰るぞ、かぐや」

 

「え? しんたろー、彩葉は?」

 

「別行動だ。そのうち帰ってくる」

 

「えぇー、彩葉も一緒に帰ろーよー」

 

 唇を尖らせながら私の腕を掴んで抗議するように要望を告げてくるかぐや。瞳を潤ませ上目遣いで懇願してくる彼女の視線を上手く受け流すことが出来ず、私は大きく一度溜息を吐いてから口を開いた。

 

「わかった。一緒に帰ろう」

 

 正直一緒に行動するのはちょっとばかり抵抗があるが、これ以上目の届かない場所で予想外の事態を引き起こされるよりは多分マシだ。同じ学校の生徒に浦野と一緒の姿を目撃されさえしなければ大丈夫だろう。

 

 そんなどこか言い訳じみた思考を私がしていると、かぐやは満面の笑みを浮かべて私の左手を握り、私と繋いだ手とは反対の手を浦野に差し出す。

 

「しんたろー!」

 

「……了承した」

 

 浦野はそう短く言うと両手の袋を左手にまとめ、空いた右手をかぐやの差し出した手と重ねた。

 

「にひひ」

 

 それを見て嬉しそうに笑うかぐや。かわいい。 

 いや、そうじゃない。待て、なんだこの態勢は。なんで3人で横並びになって手を繋いでるんだ私達は? まるで子供を挟んで手を繋いで歩く家族みたいな隊列なんだが?

 私がこの状況に対して異を唱えようとする前にかぐやが走り出す。もちろん手を繋がれている私と浦野を引っ張って。慌てて私も足を動かす。

 

「ちょっ、まっ、かぐや!?」

 

「最速ダーッシュ!」

 

 私の言葉はもはや届いていないのか、一切の減速もせずに進むかぐや。反対側の浦野がなんとかしてくれないだろうかと一縷の望みをかけて横目で見るも、いつもの無表情のまま淡々と走っていた。

 

「かぐや、そこの角は右だ」

 

「オッケー!」

 

 浦野の指示に従って元気よく進んでいくかぐや。その手に捕まった私は、ただひたすらに心を無にしながら連れ去られていくしかなかった。

 

「―――どうして、どうしてこうなるのー!?」

 

 私の悲痛な叫びは、放課後の街へと静かに溶けていった。

 




流れに身を任せ始めた男/浦野真太郎
強盗が出たと思って勢いよく飛び出したオリ主くん。実態は全然違って驚いた。おじいちゃんから「現行犯はある程度ぶちのめしても問題にならなねェからいいぞ。気骨のあるやつはちゃんと抵抗して刃物振り回したりしてくれるからな。ただ半殺しで抑えねェと警察も弁護士もうるせェから気を付けろ」としっかり教え込まれてるので相手が犯罪者でも殺したりはしない。あくまでオリ主くんが求めてるのは「殺し()()」であって一方的な攻撃対象ではないので。
大きくなったかぐやと学校サボって買い物デートとしゃれこんだ。なんか妙に手を繋ぎたがるな、とか思いながらも素直に差し出された手に応える男。
帰ったらかぐやが勝手に使っちゃったお金を返却しないとな、みたいなこと考えながら帰宅中。

苦労人な隣人/酒寄彩葉
赤ちゃんが急成長するし、木刀持った隣人がベランダから現れるし、おなかの音聞かれるし、ハミガキまで見せちゃったし、朝からパンケーキの準備もしなきゃだし、挙句には着替えまで気にしてあげなくちゃならなかったりした苦労人。友達と楽しく放課後満喫してるところに宇宙人と変人タッグの襲来受けてさあ大変。
オリ主くんに対しての好感度は元々大してなかったが、電柱から出てきた赤ちゃんを拾ったり、深夜に心配して飛び込んできたのを見て地味に上がっていたが、友達への態度などで下がってマイナスに。そもそもメンタルが限界ギリな状態でこれなのでしゃーなしではある。

ついに名前を得た少女/かぐや
赤ん坊から急成長。小説版超かぐや姫!でびっくりするほど彩葉が内心で褒めてた美少女へと姿を変えた。
大きくなったばかりで知識不足、倫理観の構築が不十分、好奇心旺盛さがとても大きくいわゆる「なぜなに期」状態。もう少し時間があればちょっとは落ち着く。
オリ主くんとの買い物デートで色々ねだって買ってもらった。帰りに彩葉迎えに行きたくなって探そうと言い出したりもした。見つけた。美味しいパンケーキも食べた。彩葉とも一緒に帰れることにもなった。手も繋いだ。めっちゃ楽しい。と、めちゃくちゃ地球を満喫している宇宙人であった。

彩葉の友人その1とその2/綾紬芦花と諌山真実
元々彩葉を連れてカフェに行く予定ではあったが、連休明けなのになんだか妙に疲労している彩葉を元気づけようと色々考えていた優しい友人達。カフェに現れたかぐやのことは「いとこっていうのはは多分嘘だろうな~」と思いつつも口に出したりはしない。
オリ主くんのことは見た目を気にしてあまり近付こうとしないが、ヤクザの息子云々の噂には懐疑的。さすがにそれは妄想だろうとは思っているが体についた大量の傷跡があるのでヤバい奴だとは思っている。そんなオリ主くんが彩葉に気安く声をかけたのを間近で見て驚愕や疑念で頭がいっぱいいになった。とりあえず明日学校で彩葉に色々と問い詰めようとは思っている。
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