3人一緒に手を繋いで帰宅。3人一緒に晩ごはん。3人一緒にヤチヨのライブ鑑賞。
かぐやが気付かぬところで彩葉は複雑だけどマイナスな感情を、オリ主くんは無関心を向け合う。
そんな状態でヤチヨカップ開催告知、そして優勝を目指すかぐや。
ヤチヨのライブから一夜明け、翌日。俺は自室で目を覚ました。
シャワーを浴び、制服に着替え、朝食の食パンを3枚食べる。いつもの日常。本来の予定ではもうこんなことはしなくてもよかったはずのものでもあるが。
鞄を持ち外へと出る。快晴。今日も気温は高そうだ。
空を眺めていると隣の部屋から声が聞こえた。朝から元気だな。
「じゃあ行ってくるから。1人で外に出ちゃダメだからね」
「彩葉ー。待ってよー」
制服を来た黒髪の少女と
ダメだな。やはり見慣れん。いきなり髪の色が変化すると別人みたいにしか見えないな。すごい不思議な光景に思える。
「あっ! しんたろー、今日も彩葉学校行く、って、言うの……?」
「だから私は学校休めないって……?」
かぐやの声が途中で途切れるように小さくなり、それを不思議に思ったのか酒寄がかぐやの視線を追って俺を見た。
「……制服?」
「登校日だからな」
俺が短く答えると、突進してくるかぐや。
シャツの襟首を掴もうとし―――止め、脇へと両手を伸ばし持ち上げる。数日ぶりだが高い高いの態勢だ。あの頃はかぐやはこれでよく喜んでいたのだが。
「しんたろー!?」
もう高い高いで喜ぶ精神性ではないらしい。成長とは早いものだ。
「なんだ」
「学校行っちゃうの!?」
「そうだ」
「なんで!?」
「登校日だからな」
「なんで!?」
「今日が平日だからだ」
かぐやの疑問に回答し続けていると、酒寄が下ろすように手振りで示してきたのでかぐやを頭上から通路へと下ろす。
自身の足で立つかぐやは何故か不満そうだ。
なにが気に食わないのか、俺がわからずにいると酒寄が声をかけてくる。
「かぐやは昨日は休んだのに、ってことを言いたいんだと思うよ」
なるほど。
「かぐや。俺は今日学校へ行く」
「む~」
「2日後、金曜日には終業式だ」
「む」
「そうすれば夏休みに突入し、時間は取れる」
「む?」
「だが夏休み前に欠席が続くと教師からの連絡が届き面倒くさい可能性がある。なのでそれまでは学校へ行く。理解したか」
「……あと2日我慢したら、しんたろーずっといるってこと?」
理解したかと聞いたのは俺だが、本当にわかったらしい。凄まじい理解力だな。
「そうだ。かぐやの言うヤチヨ………なんとかを手伝うことが可能になる」
「……ヤチヨカップ」
小さく酒寄が補足してくる。
ヤチヨカップ。確かにそんな名前だったような気もする。昨日はそれ以外のことで頭を悩ませていたので碌に覚えていなかったが。
「そういうわけで俺は学校へ行く。異論は?」
「む~。ヤだけど、わかった……」
「そうか」
では問題は解決だな。
先程かぐやを持ち上げる際に放り投げた鞄を回収し、階段へと歩き出す。さっさと行こう。外は暑い。
「あっ、しんたろー!」
後ろから慌てたような声がする。今度はなんだ。
「―――いってらっしゃい!」
両手を振って笑顔でそう言うかぐや。
一瞬なにを言われたのか意味がわからず間が空いたが、なんとか返事をする。
「ああ」
振り向き、今度こそ階段へ。
『いってらっしゃい』か。覚えている限りでは初めて言われたな。自分以外に向けられたものを聞いたことはあるが、それが自身へと向けられるのは不思議な気分だ。
「彩葉もいってらっしゃい!」
「あ、うん、いってきます。かぐや、危ないことしないようにね」
背後の会話を聞きながら、俺は階段を降りていった。
昼休み。昼休みである。私、酒寄彩葉にとって来てほしかったような、来てほしくなかったような昼休みの時間である。
「はぁ……」
つい溜息も出てしまう。仕方ない。このあとのことを考えると大変なんだから。
「彩葉」
「彩葉~」
視線を机から上げる。
そこにいたのは勿論クラスメイトにして私の友人である
「―――で? 昨日のアレはなに?」
なんともならなかった。現実は非常である。
「そーそー。芦花もそうだけど私もめっちゃ気になってるんだからねー」
「ホントにそう。かぐやちゃんはいいよ。いとこだって彩葉が言うんだし。そうなんでしょ?」
「う、うん。そうなの。いとこいとこ」
あはは、と力なく笑いながら答える。
これ、バレてる気がしてならないな。突っ込まないでいてくれるのはきっと優しさだろう。私はいい友達を持ったな。
「で? そこになんで浦野くんが入ってくるの?」
「スゥー………な、なんでだろうねー。私にもわからないかなー、なんて」
目を逸らしながら答えるが、この質問に関しては追及する気満々のようだ。こっちも突っ込まないでいてくれると助かったのにぃ。ちくしょう……。
「かぐやちゃん、浦野くんのこと下の名前で呼んでたよね」
「そ、そうだったっけ」
「浦野くん、買い物袋持ってたよね」
「あー、持ってたかなー。どうだったっけかなー?」
「それは私も覚えてるよ~。浦野くん、昨日学校サボって買い物行ってたってことだよね~」
「彩葉のいとこと、ね」
芦花の付け足した言葉と共に2人の視線が突き刺さる。
顔を逸らしてダメージを軽減しようと試みるが、芦花に回り込まれてしまった。私は逃げることも出来ないらしい。
「あー、そのー……」
芦花から視線を逸らすことも出来ず、言葉にならない声を発しつつもなんとか言い訳を考えていると真実がとんでもないことを言い出した。
「ぶっちゃけ聞くけど―――――彩葉、浦野くんと付き合ってるの?」
「は?」
私の発した音に真実がビクリと体を震わせる。しまった。あり得ない単語が聞こえてつい冷たい言葉が出てしまった。
大丈夫。落ち着け。冷静になれ酒寄彩葉。ちゃんと話し合えば何も問題はないんだ。誤解というものはちゃんと解けるものなんだから。
なんとか笑顔を作り直して真実に話しかける。
「真実、今わけのわからない意味不明な言葉が聞こえた気がしたけど―――気のせいだよね」
「気のせい気のせい! 聞き間違いだよ絶対ッ!」
首が外れるんじゃないかという勢いで大きく何度も頷く真実。
やはり話し合いは大事である。何事も話せばわかってもらえるのだ。
「そ。よかった」
うんうん、と私が頷くとホッとした表情を浮かべる真実。
こんな態度を取っておいてなんだが、別に私はそこまで怒っているわけじゃない。ただ絶っ対にあり得ないし、可能性が皆無なことを言われてほんのすこ~しだけイラっときただけである。私は基本的に心を広く、周りの人に寛容であることを心掛けているのだから。
「なら、実際のところはどういう関係なの? わざわざ一緒に連れ出したってことは彩葉が昨日言ってた道案内がどうとかも嘘なんでしょ?」
どことなく先程よりも落ち着いた様子の芦花が問うてくる。まあ、そうなるよね。
溜息を吐く。
仕方ない。かぐやの出生周りだけボカしてだいたいのことを説明しちゃうか。
「あのね―――――」
☆☆☆
「―――――みたいな、感じ」
「連休中にそんなことしてたんだ……」
「ほへー」
かぐやは私のいとこ。家出して私のところに居候するつもりで飛び出してきたが迷子になり、
という設定。
ほぼ即興だったがそこまで悪くない設定なはず。多分。
「そんな感じだったけど、さすがに学校でも同じ態度取るのはちょっと噂とか、あれだったから……」
これで昨日の行動の言い訳も完璧。私、思っていたよりも嘘上手いな。ナイスだ。
私が内心で自画自賛していると、真実が改めて聞いてくる。
「―――で、ぶっちゃけ浦野くんとはどうなの?」
「いや、だから」
「あー、いや、そういうんじゃなくてさー」
さっきとは違い、少し神妙な表情だ。なんだろうか。
「彩葉と浦野くんって、要素っていうか属性的にあれな感じだからさ~」
「属性?」
芦花も若干ムスッとしながら頷いている。
何の話をしているんだろうか?
「彩葉ってかわいいでしょ。そんで成績良くて人気者。周りからの評価まで抜群な高2女子なわけじゃん」
「……その、努力の結果ですけど?」
何故真実はこんなにも素直に認めずらい褒め方をしてくるんだ。嬉しいけどね。嬉しいけどそれを自信満々に肯定するのは、ちょっとアレだし。
「で、浦野くんって見た目で評判悪いけど、実際に何か悪いことしたとか聞いたりするわけでもない噂だけの不良なわけで。実際には昨日のかぐやちゃんみたいな子に慕われるタイプなんでしょ? 話聞く限りはだけど」
「いや、ま、うーん……」
悪い奴ではない。それは認める。悪い奴ではないとは思うし、確かにかぐやに慕われてもいる。だけどそれを肯定するのは心情的にちょっと嫌だな。悪い奴ではないんだけどね。
「そしてそんな2人が一緒にいるとなるとさー」
「いると?」
「なんか少女漫画っぽくね、みたいな」
「……は?」
浦野と少女漫画という単語が不似合いすぎて思考が一瞬停止してしまったが、すぐに正気を取り戻して手を全力で振って否定する。
「いやいやいやいや! ないでしょそんなの!」
「いや、あるって」
「うん、めっちゃあるよ。そういう漫画」
全力で否定したが芦花と真実にノータイムで否定し返される。
でもまあ確かに。冷静になって考えてみればそういう少女漫画いっぱいある気がするな。不良っぽい男子と優等生女子の漫画。
「だ、だとしても! 私はあいつとはそんな関係じゃないって!」
「って、彩葉
「そんな一方的に思ってるだけ、みたいな言い方されてもさあ」
「でも有り得ないとは言えないでしょ」
「そーそー。相手もお年頃の男子なわけだしね~」
お年頃の男子?
浦野が? あの男が?
あのパジャマ姿だろうが碌に見もせず、一切の熱の無い視線を向けてくる男が?
事故とはいえ私を押し倒したうえで、謝罪する時も顔にも声にも感情を見せなかったあの浦野が私に特別な感情を持ったりするか?
嘘の可能性も否定は出来ないけど、一応『女に興味ない』と言質も取ったのに?
あるのか、そんなことが。あの男に?
「しかも今の彩葉って、男子に一人暮らししてる住所把握されてるわけでしょ?」
「え?」
「あ~、たしかに。そういうことになるよね。今の話だと」
「え?」
「しかもあのアパートでしょ? セキュリティなんて碌にない」
「なんか頑張れば窓から入れそうな感じの家だよねー」
「……」
跳んで入って来られたことあります。とはさすがに言えなかった。
「彩葉。彩葉が頑張ってるのはわかってるけど、やっぱりあの家は危ないよ。せめてもう少しセキュリティがしっかりしてるとこに引っ越しとか出来ないの?」
「いや、それは、お金の問題とかあるし……」
あのアパートは保証人不要で家賃38000円という私にとって最高の条件の物件だ。それを超える好条件の物件があるというのなら考えなくもないが、そんな場所まずないだろう。現実的じゃない。
「でも実際危ないんじゃな~い? かぐやちゃんの影響で浦野くんは彩葉に大接近しちゃったわけだし。今は無くてもこれからなにか特別な感情が芽生えて、かぐやちゃんがおうちに帰っちゃったあと彩葉が1人になった時を狙ってー、とか」
男の子は狼だよ~、なんて言って獣の真似をして手を構える真実。
「彼氏持ちの真実がそう言うのは説得力あるよね」
「いえ~い。このグループ唯一の彼氏持ちで~す。羨ましくてもあげないよー」
「はいはい、惚気は結構でーす」
軽口を叩き合う2人。
だけど―――
「―――いや、ないよ。それは」
否定する。
あの浦野真太郎という男は、私に対して興味なんてものは欠片も持っていない。
目を見ればわかる。私も芦花ほどではないがモテるほうだ。男子のそういう目線は多少は知っている。だけど、浦野が私を見る目にそんな感情は一切存在しない。
声を聞けばわかる。緊張して声が上擦ったりもしないし、自信に満ちたような威張った話し方もしない。ただただフラット。その声に喜怒哀楽どころか何かしらの感情を感じたことは一度だってない。
「浦野は、そういうやつじゃないよ」
「……」
「……」
2人が顔を見合わせて黙りこむ。しまった。失敗した。
やめだやめ。こんな話題は何も楽しくはない。私は軽く咳払いをしてから話題を変える。
「―――で、真実は3連休でどこまで行ったの?」
「千葉までラーメン食べに行ったよ~」
「ラーメン? なんで千葉まで………あっ、夢の国デートでしょ!」
「げっ、バレた」
無理矢理な話題の転換だったが素直にそれに乗ってくれる2人。いい友人だ。私にはもったいないくらいの。
芦花と真実がじゃれ合っているのを横目に先程言われたことを考える。
―――かぐやが帰ったあと、か。
かぐやは月から来た。自称ではあるけれど、宇宙人だというのは信じてもいいだろう。あの成長速度と理解力だ。文字通りの意味で人間離れしている彼女を疑う必要はきっとない。
退屈から逃げる形で地球にやってきた。それはいい。だが気になるのは月にいた記憶がおぼろげな点だ。赤ちゃんの頃の記憶がないというのは地球人なら納得できるが、相手は宇宙人。その法則が当てはまる存在なのか? 私にはその答えはわからない。
もし、かぐやが記憶を失っているだけで家族のような存在が月にいるのだとすれば、いずれかぐやは月に帰るのだろうか。正直言えばそれも悪いことではない。お金のことを考えるのなら。
金銭面については今後はかなり厳しいことになるのが想像に難くない。そもそも私1人の生活でさえヒーヒー言いながらギリギリなんとかしていた状態なのに、ここにきて2人での生活だ。ハッキリ言ってほぼ無理だろう。
―――だけど、あの男のように見捨てたりなんかしたくない。
『あやーぅ、ぁあー』
『だぁあ!』
『たすけて~?』
『オムライス! 大好き!』
『ハッピーエンドまで彩葉としんたろーも連れてく! 一緒に!!』
『おかえり!』
『わぁ~! 超楽しい!』
『彩葉もいってらっしゃい!』
「はぁ……」
笑顔と共に投げかけられた言葉たちを思い出し、椅子にもたれかかるようにして教室の天井を仰ぐ。つい溜息が出てしまった。そんな自分に呆れてしまう。
関わってからまだ一週間も経ってないし、赤ちゃんの時を除けば昨日一日だけだ。たったそれだけの時間なのに、私は既にかぐやにどっぷりと絆されている。
上京して一人暮らしを始めて、もう1年以上だ。1人にはだいぶ慣れたと思っていたのに。ほんの少しの間一緒に暮らしただけでこれだ。やはり呆れるしかない。
『―――今でも彩葉はすぐに泣いて帰ってくると思ってます。甘ちゃんやから』
伝え聞いた母の言葉が脳裏をよぎる。
本当にその通り。いつものように母が正しい。私は甘ちゃんなんだろうな。
「彩葉?」
「ううん、なんでもない」
心配を含んだ声に対して首を軽く振り、返事と一緒に思考も切り替える。
「で、真実のデートはどうだったって?」
「えー、その話題広げちゃう感じー?」
「いいから聞かせなさいって」
いつもの雑談。なんでもないありふれた日常の光景。意識してそれを作ろうと振る舞いながら、チラリと視線を奥へと向ける。
私達が集まっている席から見て前方、クラスメイトがめいめいにグループを構築して昼食をしているなか、いつものように1人でパンを食べている男子生徒の背中を見る。
浦野真太郎。私の隣人。私が―――嫌いな男。
まあ、それはいいんだ。その辺は昨日も少し考えたりした。だから今日はそこ以外に目を向けるべきなんだ。
私が浦野を嫌いなのは仕方ない。小さいころのように『クラス皆仲良く』なんてのを出来るとは思っていたりはしない。嫌いな相手は嫌いなんだから、そういう風に相手すればいいだけ。
別に陰口や嫌がらせをする必要はない。なにより私はそんなことをしたくない。そんな自分になりたくはない。ただ、距離を取ればいいだけ。適切な距離。それを維持して徐々にその距離を広げていって、いずれはお互いに見えない距離までいければ解決―――なんだけど……。
『なんで!? やだやだやだやだ! しんたろーも一緒! 3人一緒がいい!!』
かぐやが、めっちゃくちゃ懐いてるんだよなぁ………どうしよう。
あの無口、無表情、無愛想と好感を抱きにくいはずの浦野の何がそんなに気に入ったのか。それがさっぱりわからない。
やっぱり最初に電柱から拾った相手だからだろうか。鳥みたいに刷り込み現象が発生したのか? いや、否定は出来ないんだよなそれ。相手は宇宙人だし。なんでもありだ。きっと。
ともかく、今後の浦野との距離感をどうするのか、だ。
私1人なら距離を取るだけだけど、かぐやにそれを強要するわけにはいかない。友達は選べ、なんてこと私は言いたくない。
浦野はかぐやが成長したのならば見捨てると言ったが、昨日の態度を見る限りでは基本的にはかぐやの意思を尊重し、気遣いをする方針のようだった。色々ズレてそうな感じはあったけど。
幸いと言っていいのかは不明だけど今朝のかぐやに昨日までのような急成長した部分は見受けられなかった。成長が止まったのかどうかを判断するには早すぎるが、もしそうであるのなら浦野も今後急に態度を変えてかぐやに冷たく接する、といった対応はしない、かも?
その辺は要検討かもしれないな。
今週を乗り切れば夏休みだ。一日をフルで使えるようになる。
夏休みは勉強とバイト、主に勉強に力を入れるつもりだったんだけど。
「計画変更かな……」
「なに? 彩葉なんか言った?」
「ううん。なんでもないよ」
バイト、今からでも増やせないか店長に相談しないとな。
放課後。
騒がしい学校から出て帰路に就いていると、見知った顔が途中にいた。
「……かぐや」
「お? おー! しんたろー、会えたー!」
声をかけると笑顔で駆け寄ってくるかぐや。何故こんなところにいるんだこいつ。
「どうした」
「買い物行きたい!」
上目でそう言ってくるかぐや。
昨日行っただろう。何故今日も行きたがるんだ?
「……何故だ?」
「ヤチヨカップ対策!」
「対策」
対策? ヤチヨカップというのはライバーがどうたらのやつだよな、たしか。
「彩葉の部屋でね、ヤチヨの動画見てて思ったの」
「……」
「人気ライバーの条件には、一つ絶対に必要なものがあるって!」
「……それは?」
「マスコット!」
マスコット?
「マスコットだよしんたろー! ヤチヨにはFUSHIがいるし、胸のメンダコも大人気なんだって! 彩葉もメンダコキーホルダー持ってるし」
フシとタコ?
ああいや、あの白いやつの名前が
まあ、それはともかく。
「それで、マスコットをどうするんだ」
「買って、作るの!」
「……そうか」
全然意味がわからない。だが。
「―――了承した。金は出す。好きに使え」
「やった! ありがとーしんたろー!」
飛び跳ねて喜び、俺の手を取って走り出すかぐや。それに従って俺も走る。
昨夜、俺はかぐやに言った。『かぐやの望みを叶えられるよう最大限を尽くす』と。1ヶ月の期間限定ではあるが俺はそう約束をした。ならばそれを実行するだけ。約束は守るべきものだ。
面倒くさいという思いを溜息と共に飲み込み、俺はかぐやの願いの為に走った。
☆☆☆
「―――で、ああなっちゃったの?」
「そうだ」
アパートの通路で会話をする俺とバイトから帰ってきた酒寄。開けられた玄関扉の向こうではかぐやがPCに向かって動きを止めずに指を働かせ続けていた。
「なに買ってあげたの?」
「携帯ゲームキット、だそうだ」
「ゲーム?」
「それでマスコットを作るらしい」
「ふーん?」
納得していなそうな表情で首を傾げる酒寄。そんな顔をされても困る。俺にだってわからん。
「それで? なんで浦野はずっとうちの玄関の前で突っ立ってたわけ?」
「家主の許可も無しに入室は出来ない」
かぐやは連れ込もうとしてきたが断った。不法侵入は犯罪だ。発覚すると面倒くさい事態になりかねない。
「……だから、玄関開けてその前にいたの?」
「かぐやが一緒にいたいと騒いだからな」
すごくうるさかった。
「…………なんていうかさ」
「……」
「浦野って、よくわかんないとこは律儀だよね。変なところも目立つけど」
「変か」
「変だよ。部屋に入るのはダメで、玄関開けたまま前に立ってるのはオッケーって、絶対に変だと思うよ」
「そうか」
俺の行動は変だったらしい。よくわからん。面倒くさい、がそのままにも出来ないか。今後もかぐやの助力をするのならば改善の必要はあるのかもしれん。面倒くさい。
「酒寄、具体的にはどの辺が」
「―――出来たぁ!」
変だったのか。そう聞こうとしたが、かぐやの声に遮られた。
酒寄と2人で部屋を覗く。上機嫌なかぐやが手に収まるサイズの卵型の携帯ゲーム機を握りしめたまま、クルクルと踊り回っていた。
「しんたろー、出来た―――あっ、彩葉、おかえり!!」
「―――うん。ただいま、かぐや」
「ごはん出来てるよっ! 今あっためるから待ってて」
パタパタと台所に向かって走るかぐや。そこまで急がなくても狭い部屋なのだから問題ないと思うんだが。
「……じゃあ、浦野どうぞ」
そう言って手を室内へと向けて俺に言う酒寄。
その対応に訝しく思いつつ言葉を返す。
「何故だ」
「……なにが?」
「昨夜、酒寄は俺を『嫌い』と称していたはずだ。何故そんな相手を招き入れる」
「……そりゃ別に好き好んでそうしてるわけじゃないよ」
「では、何故だ」
疑問だった。人は好ましく思うものを近くに置き、嫌いなものを遠ざける。というのが俺がこれまで見てきた人の在り方のはずだ。それなのに何故俺を受け入れる。
人は
「かぐやが」
「……」
「かぐやが、その方が喜ぶから……」
「……だから、なんだ」
どういう意味だ。かぐやが喜ぶことと酒寄が嫌いな俺を受け入れること、この2つのどこに関係があるんだ? 意味がわからん。何言ってるんだこいつ。
「とーにーかーく、そういう理由なの! あと匂いからして今日の料理は浦野のためでしょコレ! それなのに追い出せるわけないじゃん!」
いいから早く入って。そうやって言うだけ言って先に入室する酒寄。
少しの間その背を眺めていたが、皿を手にしたかぐやに促され俺も酒寄の家へと入っていった。
「ではでは、今日の料理はこちらになりまーす」
そう言ってかぐやが料理を示す。
「カレーだね」
「カレーだな」
カレーだった。さすがにこれは俺でもわかるくらいには有名な料理だ。中学の給食で食べたような記憶も薄っすらとだがある。我ながら思うが、俺が料理の名前を覚えているなんて珍しいことだ。
「ふっふーん。昨日のリベーンジ! 調べたら日本人は皆これが大好きだっていっぱい書いてた! これならしんたろーでも美味しいって思うに違いない!」
腕を組んで鼻高々に宣言するかぐや。
無理だと思うがな。
「ということで―――――2人とも、どうぞ召し上がれ~」
「ありがとう、かぐや。―――――じゃあ、いただきます」
「……ああ」
スプーンを手に取りカレーを掬う。口に放り込むと広がる辛味。肉やら野菜やらの味。それらを噛み、舌の上で転がし、喉を通して胃に落とす。
うん。まあ、想像通りだな。
期待だと思われる感情を表情に浮かべたかぐやにハッキリと告げる。
「わからん」
ガクリと態勢を崩して目の前の皿にぶつかりそうになったかぐやを片手で支える。
「美味しくなかった……?」
「俺にはわからん。酒寄に聞け」
横目で酒寄を見やる。薄っすらと額に汗を滲ませながらパクパクとカレーを食べ続けていた。よく見ると目尻にも雫がある。泣いているのか?
「彩葉?」
「……カレーなんて久しぶりに食べた………かぐや、これめっちゃ美味しい。ありがとう」
「彩葉ー!」
酒寄からの感謝の言葉に喜びの表情を浮かべるかぐや。目の前に料理がなければ抱き着きそうな勢いだ。危ないからやめろ。
その光景を眺めながらもう一口食べる。
辛いし、味もする。だがそれだけ。
酒寄が泣き、かぐやが俺に感じさせたい美味とは、一体どんなものなのやら。
☆☆☆
「ごちそうさまでした」
「世話になった」
「むっふっふ~。お粗末様でした!」
食事を終えて皿を片付ける。使ったものは昨日と異なり、全て俺の部屋から持ち出したものだ。昨夜足りないと言われていたので、今日ついでに買って帰った。
皿を重ねて持って帰ろうとする前にかぐやに声をかける。
「かぐや」
「なに、しんたろー?」
「皿に関してだが、一々こちらに持ち出すのも手間だろう。酒寄が許可を出すならそのままこの部屋に置いていく。どうせ俺は使わんからな」
「ちょっと浦野?」
「これはかぐやが必要とし、かぐやの為に買ったかぐやの物だ。かぐやがこちらで生活するのならば俺の部屋に置いておく意味は無いだろう」
「それは―――――いや、そうだね。わかった。じゃあその代金教えて、私払うから」
「……酒寄」
「こっちに置いて使うってことはうちの物になるってことでしょ。だったら代金は必要なはず。いいから、いくらだったのか教えて」
「酒寄俺は」
「聞かない。そもそも昨日のお金まだちゃんと返してないし」
まだ言うのかこの女。その話はもういいだろうに。
「それはそっちで使えと言った。しつこいぞ」
「しつこいのはそっちでしょ。頑固すぎ」
「だから俺は」
「私は」
「―――ねぇ!」
酒寄との話し合いに挟まるように飛んできた声に、酒寄と共に視線を向ける。
「どしたの2人とも?」
小首を傾げて不思議そうな目で俺と酒寄を交互に見るかぐや。
「お皿こっちに置こうって話じゃないの? 昨日のお金ってなんの話?」
酒寄と顔を合わせてから、かぐやに向き直る。
「3連休中のものと昨日の」
「―――ちょっと色々あっただけ。かぐやは気にしなくて大丈夫だから」
酒寄を見る。向こうも俺を見た。
まあ、別に言うなというならそれでも構わないが。
「まあいい。とりあえず今日は持ち帰って俺が洗う。明日にでも引き渡そう」
皿を持ち、立ち上がろうとするとズボンの裾を掴まれる。
今度はなんだ。
「しんたろー。それ置いたらまたこっちね。すぐ来てよ」
「……酒寄の許可が出るのなら」
「彩葉!」
「まあ、別にいいけど………かぐや、何かあるの?」
「ふっふっふ~。すっごいのがあるよ~」
何故か意味深に笑うかぐや。
よくわからないが、家主の許可が出たのなら問題は無い。
「了承した。少し待て」
立ち上がり、隣の自室へ向かう。
シンクに使用済みの食器を放り込み、すぐに外へと戻る。
玄関の前に立ち、インターホンを押そうと手を持ち上げ―――押す前に扉が開いた。
「やっぱり押そうとしてた」
「やっぱり?」
どこか呆れたような酒寄の言葉に聞き返そうかと思ったが、それよりも先に中へ入るように促されたのでそれに従う。まあ、別にいいか。
先程同様にちゃぶ台の前に3人で座る。
さて、すごいのとはなんだろうか。
「ジャッジャーン!」
ドヤァ、と渾身の顔を見せながら突き出してくるのは卵型の携帯ゲーム機。
これがどうしたのかと聞こうとして気付いた。なんか画面が動いてる。
「
小さな画面をよく見ると犬のような何かが尻尾を振っているのがわかった。これがマスコット。人気ライバーなどというものに必要な存在。これが?
よくわからんな。本当に。
「ねえ、かぐや。そりゃこれを短時間で作ったのはすごいけど、そんなにこれって大事?」
「大事に決まってるよ彩葉! トップライバーのヤチヨにだっているんだよ!」
「それは知ってるけど……」
かぐやの勢いに押される酒寄。それを横目に見ながら考える。そもそもライバーとはなんなんだ? 俺はまずそれを知らない。協力すると約束した以上は半端にやるわけにもいかないだろう。
「そもそもかぐや、ライバーとはなんだ」
「ほえ?」
「え、嘘でしょ浦野? マジで言ってるの……?」
「ああ。マジだ」
酒寄の顔が徐々に引き攣っていく。
「え、だって、浦野は前に」
「かぐやが教えたげる、しんたろー!」
酒寄の声を遮って、妙に嬉しそうなかぐやが酒寄のノートPCを持ってくる。酒寄は何度か口を開け閉めしていたが、やがて諦めた様子だった。
かぐやはPCを操作して、とある1つの動画を見せてきた。俺でも知っている動画投稿サイトのものだ。
『かぐやっほ~! 月からやってきたかぐやだよー。今日はやること思いつかないからこれで終わり! じゃあね~…………ん? これで切れてるのか』
どことなく見覚えのある、というか昨日のツクヨミでのかぐやの恰好、に似たナニカの絵が喋っていた。よくわからない音楽を流しながら。あと最後は何故か現実のかぐやが写っていた。
ふむ。で?
「これがライバーとどう」
関係するのか。そう訊ねるつもりだったのだが。
「―――おいおいおいおい。最後インカメになってんじゃん。顔バレしてるじゃん……」
「今日の昼間に作ってそのまま配信してみたの。これで今日からかぐやもライバーだよー」
「だよー、って………」
困惑する酒寄と自慢気なかぐや。この構図、かぐやが成長してから2日目のはずなのに何故か既に見覚えがあるな。
それにしても、これがライバー? 結局よくわからないが動画を撮影すればいいということか?
内心首を傾げていると、酒寄が再びかぐやに詰め寄る。
「ってか何このバックで流れてる不協和音。こんなのどっから拾ってきた」
「ジングルだよ。時間あんまりなかったからパパーって作ったの」
「まさかのオリジナル………ん? どうやって曲を……?」
その言葉を聞いて部屋の隅へと行き、そこにあった物を手にして戻ってくるかぐや。その手にあったのは―――
「―――あ、私のキーボード!」
「見つけたんだ~。そして彩葉のその感じ、もしや弾けるね?」
手にしたキーボードを酒寄の前へと差し出すかぐや。
「作ったはいいけど全然うまくいかなくてさぁ、いっちょお願いしますよ、先生」
「え、それは……」
何故かチラリと俺を見て、それからキーボードへと視線を落とす酒寄。だがその手は決して白鍵に触れようとはしていなかった。
呼吸の音だけが室内に響く中で酒寄は一瞬だけかぐやを見つめ、そこにあった楽し気な瞳を見てから覚悟を決めたかのように息を呑んで、その細い指先を鍵盤の上で踊らせ始めた。
奏でられる音に合わせてかぐやが頭を揺らして楽しんでいる。俺は酒寄の瞳を横から見ていた。つい数秒前とは違い強い意志の光が宿っている。眩い光だ。この数日で何度か見たが、酒寄はたまにこういう瞳をする。本質的に強い女なのだろうな。
あっという間に音楽が終わる。ジングルというものは短いものらしい。
「わぁ~!」
「こういうのは……?」
拍手と共に笑顔のかぐやが答える。
「天才! すごすぎる~。しんたろーもそう思うでしょ!」
「……そうだな。天才かどうかはわからんが、すごいとは思う」
音を出すだけならともかく、それを音楽として奏でることなど俺には出来ないことだ。
子守歌を歌い、ヤチヨのライブを好み、こうして演奏も出来る。酒寄は音楽を好ましく思っている人物なのだろうな。
「や、別にそんなんじゃないよ………色々中途半端には出来るんだけどね……」
頬を少しだけ朱に染めた酒寄がそう否定する。
これで中途半端なのか。音楽とはよくわからんな。
かぐやはそんな酒寄の顔を見つめてから一瞬だけ柔らかな表情を浮かべたあと、いつもの楽し気な顔で指を一本突き立てて酒寄へと要求した。
「もっかい! エンドレスで!」
音が踊る。
酒寄の指が白と黒の大地を踏みしめるたびに様々な音が室内を駆け巡る。鍵盤を走る指に迷いはない。一音の次に一音を重ねて、音が音を呼び込んでいる。
音楽は門外漢だが、これは俺でもわかる。酒寄にとっての演奏は、おそらく俺にとっての剣術のようなものなのだろう。時間をかけて磨き、鍛え上げてきたもの。人生における道標。
俺が唯一誇れるもの。俺の人生でたった一つの価値あるもの。
とはいえこれは俺の直感に過ぎず、そして大抵俺の直感は外れるものだ。こと他者のことに関しては特に。だがそこまでズレた答えとも思えないので半分くらいは当たっている気がするが。
「ヒューッ! すごいすごーい!」
演奏が終了し、かぐやが拍手と歓声を酒寄へと向ける。よほど気に入ったらしい。
「あっ、そうだ!」
何かに気付いた様子でいきなり立ち上がり、大きな声で宣言するかぐや。
「彩葉の歌をかぐやが歌えば大バズ確定じゃん! んん~! ねえ、彩葉つくって!」
「いやいや、カバーでいいじゃん」
「い~や~! オリジナルがいい! しんたろーもそう思うでしょ!」
そんなことを俺に聞かれても困るんだが。
ね! と念押しするように俺を見るかぐやと睨むような眼差しの酒寄。
「……そうだな。かぐやがそう思うのなら、その方がいいのだろう」
「ちょっ!」
「やっぱり~! ほらほら彩葉、しんたろーもこう言ってるし!」
「いや、今のは実質言ってないのと同じでしょ!」
その通り。俺には判断が出来ないのでかぐやの意見に賛同しただけだ。
「ねえいいでしょ? 彩葉~」
「む……ぬぅ……」
そしてかぐやのおねだり攻勢が少しの間続き。
「―――大昔のやつ。もはや黒歴史だよ。新しく作る暇はさすがにないからね」
かぐやに陥落した酒寄がPCを操作し、以前作曲したという楽曲を画面上に表示した。
かぐやがそれを見て嬉しそうにしながら意気揚々とイヤホンの準備をしているのを見て、俺はそろそろ自身の部屋に戻ってもいいだろうか、なんて考えていると手が突き出された。
「はいこれ。しんたろーの」
かぐやの手には片耳分のワイヤレスイヤホン。もう片方は既に自身に装着済みのようだ。
「……俺も聞くのか」
「うん、もちろん!」
「……そうか」
聞いたところで何もわからないんだがな。
音楽の善し悪しとはどうやって判断するものなんだろうか。
俺がイヤホンを装着し、促されるままかぐやの隣に座ると酒寄が再生ボタンを押す。
……なんだろう。軽快な音楽? というやつ、か? まったくわからん。これはどう評価するべきものなんだ?
「あぁ、ヤッバ~! これ彩葉作ったの? すごすぎ~」
ヤバくてすごすぎらしい。音楽の評価ってそういうものなのか。
「いいから、適当に歌ってみたら?」
唇の端を微かに上げ、声を上擦らせながら言う酒寄。
これは喜んでいる? ああいや、この反応の場合は照れているの方が正しい表現だったか?
「誰も止められやしない―――歌わずにはいられない―――」
よく歌えるな。今俺は同じものを聞いているはずなのに、なんで今の歌が即座に出てきたのか理解が一切出来ていないぞ。相変わらず凄まじいなこの宇宙人。
「彩葉! プロデューサーになって! 一緒にヤチヨカップ優勝しよう」
酒寄の両手を握って、さらには頬擦りしてから上目で見つめるかぐや。
多分わかったぞこれ。かぐやが上目で相手を見るときは要求を通したいときだな。この宇宙人変な方向の知識を覚え始めてる気がする。
「このボロアパートから伝説が始まる」
「ボロアパート言うな」
事実だ。その否定に意味はないだろうに。
「無理です」
「えぇー! 絶対楽しいのに~!」
「だって今年はそんな時間に余裕なさそうだし……」
「えぇー」
本人が無理だと言うなら無理なんだろう。ならさっさと次に切り替えた方が建設的だ。諦めた方がいいと俺は思うが、かぐやは違うようだ。諦めが悪い。
すぐさま酒寄の前に座って目線の高さを下げ、胸の前で手を組みながら下から見上げるかぐや。
「ねえ、彩葉ぁ」
「その手は食わん!」
さすがに慣れたか。短期間に同じ方法を使い過ぎたな。もう酒寄に対して効果はないようだ。
「うぅ、う………このまま終わりたくない………ハッピーエンドにしたいなぁ……」
瞳を潤ませ弱気な声音で頼み込むかぐや。
今度は泣き真似か。それをしたところで酒寄にはもう効かな―――
「くっ、うぅ……」
―――なんか効いてる。マジかこいつ。
「……それ、ズルくない?」
実質的な敗北宣言に、かぐやは振り返って親指を立てた拳を俺に見せつけた。
「よっしゃー!」
「言っとくけど、ちょっとだけだからね……」
「わかってるわかってる!」
「うぅ……」
喜んでいるかぐやと落ち込んでいる酒寄。なんとも対照的な2人だ。
「彩葉………プロデューサー………iro………いろ、P………いろP!」
これだ! なんて叫びながらPCを操作し始めるかぐや。
突然何かと訝しんでいると、俺と酒寄を手招きし画面を指さして言ってきた。
「じゃーん! ということで『かぐやいろPチャンネル』!」
「は? えっ!? 名前変えたの、今!?」
「変えたー」
さっき見た時はかぐやチャンネルだったのが変更されたようだ。よくわからないがこれもヤチヨカップとやらに必要なことなんだろう。
「ってか『いろP』って………」
「プロデューサーだし、これからよろしくねっ、彩葉!」
「ぐぬぬ」
もうさっさと諦めろ酒寄。どうせ勝てないだろう。無理だ。
「じゃ、じゃあ浦野は!? 私だけ名前入って浦野が無いのは変じゃない!?」
ビシリと音が出そうな勢いで俺を指さす酒寄。直後『あ、ごめん……』と言って指を下ろした。
別に俺は指を向けられても気にしたりはしないが。
「俺もいるのか?」
「私の名前が入るんならいるでしょ」
「……そうか」
なんでもいい。必要ならそうすればいい。かぐやに協力を約束した以上は尽力するだけだ。
そう思ってかぐやを見やると、既に名前の案を考えているようだった。
「しんたろー………タロー………プロデューサー以外のやつ………むむむ」
なんでもいい。というか役職は必要なのか?
「よし決めた! しんたろーはディレクターやって!」
「ディレクター?」
どういう役割なんだ、それは。
「ってことで、たろーDでいこう!」
そう一方的に宣言してPCに再度触れるかぐや。また名前を変更するのだろう。
その背を見ながら酒寄が問いかけてくる。
「浦野はそれでいいわけ?」
「構わん。かぐやが求めるのならそれを全うするだけだ」
「……ふーん」
怪訝そうな顔で俺を見る酒寄。
どうでもいい。俺はかぐやに協力する約束をしたのであって、そこに酒寄は含まれていない。酒寄がかぐやに協力する以上関わりは持つだろうが、それだけだ。必要以上に干渉する気はない。
「なんでー!?」
かぐやの叫ぶ声に視線を向ける。今度は何だ。
「しんたろー……」
「どうした」
「ごめ~ん。なんか名前変えれなかった~……」
「……そうか」
どういう意味だろうか?
「あー、そういえば名前の変更って何度もやると制限かかるんだっけ……?」
「そうなの!? 昼間に何回か変えたりしてたから……?」
「ああいや、私も詳しくはないけどね。そんなのがあった気はするかな」
「そうなんだ……」
妙に気落ちした様子のかぐや。なんでこんなに落ち込んでいるんだろうか。
「しんたろー、ごめんね……」
「いや、謝罪の必要はないが」
「ううん。仲間外れになっちゃったから」
「……そうか」
「うん……」
俺は仲間だったのか。知らなかった。
そうして俯いたかぐやの頭頂部を眺めていると、酒寄が声を出さずに身振り手振りを交えて何事かを俺に伝えようとしていた。なんだこいつ。
腕を動かして手を振る? いや、拭いてるのか? 角度的に机を拭けってことか? なんか違いそうだな。かぐやの頭を指さしてる。なんだ?
「……」
よくわからないが、手をかぐやの頭に置く。するとかぐやは不思議そうに俺を見上げてきた。それはそうだろう。俺も不思議だ。酒寄はその後ろで頷き、未だ手を動かしている。
「……」
「あ」
酒寄の真似をして、かぐやの頭に乗せた手を動かす。撫でると言ったほうが正しいのかもしれんが。酒寄は深く頷いていた。なんだこいつ。
金糸のような髪の上で手を動かす。人の頭など撫でたことはないので力加減がまったくわからん。というかいつまで続ければいいんだこれは。
「むふ~」
何故か満足そうな表情のかぐや。
意味がわからん。
まあ、本人がいいなら別に構わんが。
そしてそれはともかくとして、だ。
「かぐや、一つ聞きたい」
「え、なに~?」
これだけは聞いておかなければならない。
「―――ヤチヨカップとは、一体なにをするものなんだ」
「え」
「え」
俺の問いにかぐやは呆然とし、酒寄は顔を引き攣らせた。
話を聞いてない男/浦野真太郎
知らない。興味ない。どうでもいい。自身の中でそうラベリングした話は聞き流すし、速攻で忘れる男。それがうちのオリ主くん。友人であるヤチヨが説明していようが関係なしである。友人は特別なものと認識はしていても話す内容までは特別とは思っていないが故である。
基本的にかぐやへの対応は自身で思う『大切・大事』を心掛けた行動を取ることにしている。具体的には身体的な危機を防ごうとしたり、不機嫌な要因を取り除いたり、欲しいと言われたものは大体買ってあげたりなど。かぐやの見た目が同年代より若干下くらいなので未だ子供判定のまま。だから早く大きくならないかな~とは内心思ってる。
苦労を表に出さない女/酒寄彩葉
本作において彩葉は自身の判断でかぐやを保護することを決めた。つまりは「早く帰ってほしい」とか「邪魔しないで」等を言ったりはしない。だって原作のようになし崩し的に受け入れたんじゃなく、オリ主くんのところから自分の元に自分の意思で引き入れたから。そして金銭面での苦労も自分の責任として受け入れて、抱え込むのが彩葉である。
それ故に保護者としてかぐやのお願いはあんまり断れない。それはそれとしてオネダリには単純に弱いけども。かわいいには勝てないのだ。
ハッピーエンドを目指す少女/かぐや
目標が出来たのでそれに向かって一直線。お願いしたら大体なんでも聞いてくれるオリ主くんとオネダリしたら大体なんでも聞いてくれる彩葉と共にヤチヨカップ優勝を目指して驀進予定。
料理を作ったら彩葉がめっちゃ喜んでくれて嬉しいのと、オリ主くんが美味しいって言ってくれないのでこれからめっちゃ頑張るつもり。今は晩ごはんだけ3人で一緒に食べてるけど夏休みに入ったらもっと一緒の時間を作るつもりでウキウキ。
『かぐやいろPたろーDチャンネル』はサイトの名前変更制限により『かぐやいろPチャンネル』のままとなった。地球に来て以来最大級に落ち込んでいる。3人一緒がよかった。