『新蘭』ガチ勢のベルモットがいるんだから、『コ哀』ガチ勢がいてもいいだろう! 作:菖蒲の花
大鷹和洋殺人事件は、離陸した飛行機の中で起きた殺人事件だ。つまり、犯人はこの飛行機の乗員の誰かになるということだ。
さらに、容疑者は工藤新一の証言から離陸から推定犯行時刻までの間にトイレを使用した5人の人物に絞られた。
カメラマンの立川千鶴と天野つぐみ、鷺沼昇、会社員の鵜飼恒夫、ジャーナリストのエドワードクロウの5人だ。
しかし、5人の身体検査をしても凶器は何も出てこなかった。
「辻褄の合わない証言、発見されない凶器。これらを完璧に説明するには……」
一つ一つ着実に推理を進めていた私に、工藤新一が耳打ちをしてくる。
「――ねぇ、千代田刑事。」
「鷺沼さんの証言、やっぱりおかしかったよね。」
「……ええ、もちろん」
私は手帳から目を離さず、口元だけで不敵に微笑み返した。
『『ずっと寝てた』なんて怒鳴り散らしていたけれど、あの状態じゃ、寝ていたんじゃなくて『寝かされていた』のよね?」
私の言葉に、彼はニヤリと鋭い笑みを深めた。
「ただ、問題は凶器がどこにあるのか……。」
「あら、凶器はもう私はわかったわよ。」
「え?」
彼は驚いたように私を見た。自分が推理のスピードで負けるなんて信じられない、とでも言いたげな表情だ。こういう、自分に絶対的な自信のあるタイプは、実に私好みで可愛げがある。
「私に負けて悔しいの? でもそんなに悔やむことはないわ。あなたももう少し大人になれば、自然と分かることだと思うわよ」
「どういうことだ?」
「ほら、早く事件を解決しに行きなさい、初心(うぶ)な探偵さん」
彼は不満げに眉をひそめながらも、ニヤリと元の不敵な笑みに戻って一歩前に出た。そして、機内の視線を一手に集めるように朗々と声を張り上げた。
「鷺沼さんはその時、ちゃんと自分の席で寝ていましたよ。犯人にニットの帽子をかぶせられ、アイマスクをさせられた状態でね……!」
「な、何だと!?」
目暮警部が大きな目をさらに丸くする。
容疑者たちがにわかにざわめく中、私は彼の言葉を引き継ぐように、流れるような補足を入れた。現役警部としての説得力を、その声に乗せて。
「なるほどね。被害者の大鷹さんがいつも機内で眠る時の格好を、犯人はあらかじめ睡眠薬で眠らせておいた鷺沼さんにすり替えて着せ替えた。仕様のない、綺麗な入れ替わりトリックね。そして、あたかも大鷹さんがまだ自分の席で生きているかのように、スチュワーデスさんや周囲の乗客に見せかけた……そういうことね、探偵くん?」
「ああ! 犯人は大鷹さんをトイレで殺害した後、自分の完璧なアリバイ作りに鷺沼さんを利用したんだ!」
新一の推理に、目暮警部は納得しつつも首を傾げる。
「しかし、鷺沼さんの隣の席が空いていないと、そんな大胆なトリックは使えんのでは?」
「チケットを余分に買って、直前でキャンセルすれば空席は作れます」
新一が即座に返し、私がさらにその先を詰める。
「スチュワーデスさんが薬を持って行った時、席を勘違いした気がするって言っていたわよね。犯人は自分の毛布を持って行って、空いている自分の席に膨らませて置いておいたのよ。ちょっとしたカムフラージュね」
「話が早くて助かるぜ、千代田刑事」
新一が私を見て悪戯っぽくウィンクする。私たちは呼吸を合わせるように同時に視線を巡らせ、怯える一人の女性の正面でピタリと止めた。
「「――つまり、この中で明らかにウソをついている犯人は、天野つぐみさん、あなたですね!」」
「冗談じゃないわ!」
つぐみの仲間が顔を真っ赤にして怒号をあげる。
「つぐみは二度も身体検査を受けてるんだぜ!? 証拠も凶器も出ねーのに偉そうなこと言ってんじゃねーぞコラ!」
「そう……それは調べられても怪しまれず、搭乗口の金属探知機をもかいくぐれる……女性特有の代物……」
私の言葉を受け、新一は顎に手を当て、真剣な目付きでつぐみを見据えた。
「バーカ、そんな都合のいい物あるわけねぇだろ!?」と怒鳴る仲間を完全に無視し、新一は唐突に私のほうを振り返った。
その顔は、先ほどまでの冷徹な名探偵のそれではなく、ただの男子高校生の、だが妙に大真面目なものだった。
「なぁ、千代田警部。ちょっと真面目な質問なんだけどさ……」
「あら、何かしら?」
私の「大人になれば分かる」という意味をようやく理解し、真相に気づいたであろう新一は、至って真顔のまま、とんでもない言葉を口にした。
「――あんたのブラジャーに、ワイヤーって入ってます?」
機内が一瞬、シンと静まり返った。
「……は?」
私が思わず間抜けな声を出すより先に、すぐ横から猛烈な勢いで風が吹いた。顔をこれ以上ないほど真っ赤にした蘭ちゃんが、新一の耳を全力で引っ張りあげたのだ。
「ちょっと新一ぃぃぃーーーっ!!」
「痛てててて! 痛ぇよ蘭!」
「何初対面の刑事さんにセクハラみたいなこと聞いてるのよ!! 相手は警察官なのよ!? 今すぐ逮捕されても知らないからねっ!!」
「ち、違うんだって! これは大真面目な捜査で、凶器の証明に必要で……!」
「ふふ、ふふふ……あはは!」
新一が蘭ちゃんに引き回されている無様な姿を見て、私は思わずお腹を抱えて吹き出してしまった。
「いいのよ、蘭ちゃん。お盛んな探偵さんをこれ以上いじめないであげて。――大正解よ、工藤くん。私のこのグラマラスなプロポーションを支えるために、もちろん最高級の、頑丈なスチールワイヤーが入っているわよ」
私はつぐみに歩み寄り、その怯える瞳を上から静かに覗き込んだ。
「そして、天野つぐみさん。あなたのブラジャーにも、本来なら入っているはずよね? “ソーイングセットのハサミで切り刻めるほど細くて尖った、凶器にうってつけの硬い鋼鉄のワイヤー”が」
「っ……!!」
「目暮警部、彼女の服を調べて」
私はつぐみの肩をポンと軽く叩きながら、ゾッとするほど冷ややかな声で告げた。
「彼女が鷺沼さんの横の席でトリックを仕掛けた際、被害者のネガフィルムをハサミで切り刻んだはず。きっと彼女の服のどこかに、その時落ちた『ネガの切れ端』がまだ付着しているわ」
「おい、調べろ!」
目暮警部の鋭い指示が飛び、つぐみはその場に力なく泣き崩れた。
大鷹が彼女の姉を自殺に追い込んだ張本人であったという、血を吐くような動機の自白。機内に響く彼女の痛切な泣き声を聞きながら、私は静かに手帳を閉じ、胸の奥で小さく息を吐いた
つぐみさんが現行犯で身柄を確保され、機内の騒然とした空気も、事件の解決とともにようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
「いやはや、千代田くん。君がいてくれて本当に助かったよ。最後の証拠の追い込みといい、見事な手際だった。」
目暮警部が大きな腹を揺らしながら、満足げに私の肩を叩く。
「いえいえ。警部が迅速に現場を封鎖してくださったおかげですよ。……それに、」
私は視線を少しずらし、通路の壁に寄りかかってふぅと息を吐いている少年に目を向けた。
をそこの可愛い名探偵さんの、冴え渡るひらめきがあったからですよ。」
「……へっ」
声をかけると、工藤くんは少し照れくさそうに頭の後ろをかいた。先ほどまでの鋭い眼光はどこへやら、今はただの、年相応の男子高校生の顔に戻っている。
「あんたの方こそ、大したもんだよ千代田刑事。まさか俺が凶器の場所に気づくより先に、下着のワイヤーに目をつけてたなんてな……。警察の人間を少し見くびってたよ。あんたは『自称』じゃなくて、本物のキレる美人刑事だ」
「あら、嬉しい。可愛い高校生探偵にそこまで認められちゃうなんて、留学前に最高の勲章を貰っちゃったわね」
私がフッと艶やかに微笑むと、彼は一瞬だけドギマギしたように視線を泳がせ、すぐにフンと顔を背けた。本当に、自信家だけどウブで、からかい甲斐のある男の子。
――でも、そのやり取りを、背後からじーーーっと音が出そうなほどの冷視線で見つめている影が一つ。
「……なによ、新一。鼻の下伸ばしちゃって」
いつの間にか、蘭ちゃんが怒気を含んだオーラを背負って新一くんの隣に立っていた。腕を組み、不機嫌そうに尖らせた唇が、彼女の心中を物語っている。
「な、なんだよ蘭。俺は別に鼻の下なんて――」
「初対面の美人刑事さんに、いきなり『下着のワイヤー』なんてセクハラまがいのこと聞くなんて……!」
「ち、違うって言ってるだろ! 俺は純粋に、刑事としての推理のスピードをだな……!」
「言い訳無用! そもそも、最初の事件解決の鍵が『女性の下着』だなんて、新一らしくて本当に最低、デリカシーゼロよ!」
「痛てて! 髪引っ張んなって蘭! あれは物理的な構造から導き出した不可避のロジックで――!」
必死に弁解しながら、幼馴染の剣幕にタジタジになっている新一くん。
その微笑ましいキャットファイトを見つめながら、私はいたずらっぽい笑みを浮かべ、新一くんの耳元にそっと唇を寄せた。
「ねぇ、工藤くん」
「うわっ、な、なんだよ千代田刑事」
「そんなに凶器のワイヤーの確証が欲しかったなら……初対面の私に聞かないで、そこの可愛い蘭ちゃんに『ブラジャーにワイヤー入ってる?』って聞けばよかったじゃない。そうすれば、こんなに怒られずに済んだかもよ?」
「ぶっっ――!!」
新一くんは顔をトマトのように真っ赤にして、盛大にむせた。
「な、ななな、何言ってんだよあんたは!! 蘭にそんなこと聞けるわけねーだろ!?」
「あら、どうして? 幼馴染の特権じゃない」
「特権なわけねーだろ!!」
「ちょっと新一、千代田刑事と何をコソコソ話してんのよ! 顔真っ赤にして!」
「なんでもねーよ!! ほら、もう席に戻るぞ蘭!」
新一くんは蘭ちゃんの背中を慌てて押し、逃げるようにファーストクラスの座席へと戻っていった。蘭ちゃんは「もう、なによー!」と文句を言いながらも、彼に押されるまま、どこか嬉しそうに連れ添っていく。
「……ふふ」
二人の騒がしくも温かい後ろ姿を見送りながら、私は小さく息を吐き、自分の座席へと戻って手鏡を開いた。
いつものように、完璧なラインを描く自分のリップを確かめる。
鏡の向こう。私の瞳の奥に広がる、夜の帳が降りた太平洋を眺めながら、私は手鏡をパチンと閉じた。
飛行機は、私たちの様々な思惑を乗せたまま、光の都ニューヨークへと向かって、静かに高度を維持し続けている。
当小説は、『新蘭』ではなく『コ哀』を目指す小説です。
嘘じゃないです、信じて下さい。