『新蘭』ガチ勢のベルモットがいるんだから、『コ哀』ガチ勢がいてもいいだろう!   作:菖蒲の花

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原作参考
アニメ
128話「黒の組織10億円強盗事件」

漫画
第2巻-File4「行方不明の男」
第2巻-File5「かわいそうな少女」
第2巻-File6「大男を追え!」
第2巻-File7「悪魔のような女」

より


奇妙な人捜し殺人事件(前編)

ニューヨークでの1年間の留学を終えて日本に帰国した私は、羽田に戻ったその足でそのまま警視庁へ向かった。

 偉い方々への挨拶回りを終えた私は、疲れた足取りで警視庁刑事部捜査第一課強行犯捜査三係の課室へ向かう。

 慣れ親しんだ自分のデスクに戻った私のデスクに唐突に缶コーヒーが置かれる。

 声の主は私の愛すべき同期の高木くんだった。

 

「お久しぶりです、千代田さん」

「あら、高木くん。元気にしてた?」

 

 差し出された缶コーヒーを手に取ると、まだほんのりと温かい。それを自分の頬に押し当てて、私は長旅の疲れを吐き出すように小さく息をついた。

 

「相変わらず気が利くじゃない。私がアメリカのジャンクフードに飽きて、日本の自販機の甘いコーヒーを欲してるってよく分かったわね。やっぱり私のこと、四六時中考えてた?」

「な、何を言ってるんですか! ただ、千代田さんが帰国早々挨拶回りでこき使われてるって噂を聞いたので、同期のよしみで差し入れしただけですよ!」

 

 顔を真っ赤にして両手をぶんぶんと振る高木くん。うん、このいじり甲斐のある頼りないリアクション。日本に、捜査一課に帰ってきたんだって一気に実感が湧いてくる。

 

「なによ、照れちゃって。1年会わない間に少しは男が上がったかと思ったけど、相変わらずうぶなまねぇ。……で? 私がいない間、佐藤先輩との進展はどうなのよ」

「ゲホッ、げほっ……! な、なんでいきなり佐藤さんの名前が出るんですか!?」

「女の勘を舐めないで。あなたが私の顔を見るなり、安心したような、でもちょっと後ろめたいような顔をしたからよ。どうせ私がいないのをいいことに、変なアプローチして玉砕しかけたんでしょう?」

 

 図星だったらしく、高木くんは泳ぎまくった視線をあちこちに彷徨わせたあと、がっくりと肩を落とした。

 

「あはは! バカねぇ高木くん。デートの誘い方に迷ったら、すぐに海を越えて私に国際電話しなさいって言ったじゃない。捜査一課の恋愛マスターであるこの私が、完璧な必勝法を教えてあげたのに」

「国際電話で私的な恋愛相談なんてできるわけないでしょう……。それに千代田さん、自分で『捜査一課の花』だの『恋愛マスター』だの言ってますけど、男っ気ゼロじゃないですか。アメリカで素敵なパートナーでも見つかったんですか?」

「失礼ね。私に見合う男が、あの広いアメリカ大陸にもいなかっただけよ」

 

 フン、と鼻で笑ってコーヒーのプルタブを引き抜く。

 高木くんは「はいはい、相変わらずの自称・美少女っぷりで安心しましたよ」と呆れ顔で頭をかいた。

 どこまでも遠慮のない、男っ気皆無の同期の雑談。

 この心地よい陽だまりのような空間が、私の警察官としての日常のすべてだった。

 

「あ、そうだ。千代田さん、帰国早々で本当に申し訳ないんですけど……」

 

 高木くんが申し訳なさそうに、抱えていた数冊のファイルを私のデスクに置いた。その一番上の表紙には、『四菱銀行10億円強奪事件』の文字が躍っている。

 

「目暮警部からの伝言です。『千代田くんの力が必要だ、すぐにこの事件の捜査班に合流してくれ』って」

「……10億円、強奪事件ね」

 

 コーヒーを一口含み、私は冷えたファイルへと視線を落とした。

 高木くんの目の前で、私はいつもの「同期の凛」として小さくため息をついてみせる。

 

「もう、帰国当日くらい、私の美貌をゆっくり休ませてほしかったわ。分かったわよ、目暮警部のところへ行きましょ」

 

 立ち上がりながら、私は胸の奥でドクンと跳ねる脈拍を感じていた。

 

『四菱銀行10億円強奪事件』

 それは、白昼堂々10億円を乗せた現金輸送車が3人組の強盗犯に強襲され、大金が忽然と消え去った世間を震撼させている大事件だ。現場では、不用意に犯人を取り押さえようとした警備員が1人、無残に殺害されている。目撃者の証言から浮かび上がった主犯格は3人――小柄な女性、警備員を殺害したとされる大男、そして高い運転技術を持つ初老の男性。

 

「それで、千代田さんはどこから取り組んでいこうと考えてるんですか?」

 

 目暮警部から事件の概要を聞き、一通りの資料に目を通した私は、頭の中で犯人像のパズルを組み立てていた。

 犯人たちは現金を奪った後、実に見事な手際で車を操り逃走している。網の目のように入り組んだ都内の交通ルートを完璧に熟知し、かつ警察の追跡をあざ笑うかのような高い運転技術を持つ人物。そんな条件を満たす「プロ」といえば、私の頭に浮かぶ職業は一つしかなかった。

 

「高木くん、事件発生直後に突如退職している、都内勤務のタクシー運転手のリストを作ってくれる?」

「えっ、タクシー運転手ですか?」

「ええ。これだけ鮮やかに逃走ルートを選択できるのは、日々都内の道路を走り回っているプロの仕業よ。私の冴え渡る直感を信じて、大至急お願いね」

 

 私の見立ては見事に的中した。高木くんに調べてもらった結果、事件当日に無断欠勤し、そのまま姿を消した『広田健三』という元タクシー運転手の男が浮かび上がってきたのだ。

 すぐに彼の自宅アパートへと急行した私たちだったが、薄暗い部屋の扉を開けた先で待っていたのは、無残にも天井から吊るされた広田健三の変わり果てた姿だった。

 

「うわっ……! こ、これは自殺ですかね……?」

 

 突如遭遇した凄惨な現場に腰を抜かしそうになりながらも、高木くんが必死に遺体を観察して分析を試みる。

 

「いや、これは……」

 

 私が遺体の首元に目を留め、違和感を口にしようとしたその瞬間。

 

「他殺だね。首に残った大きな手形から見て、かなりの大男に首を絞められて殺されていると思うよ」

 

 私の言葉を遮るように、あまりにも場違いな子どもの声が、突然背後から室内に響き渡った。

 

「――ッ!」

 その瞬間、私の身体は思考よりも先に動いていた。私は鋭く踏み込みながら、一気に背後へ手を伸ばして振り返る。

 ――が。

 

 「え……?」

 

 反射的に突き出した私の手は、虚空を掴んだ。

 視線をぐっと下げた先、そこにいたのは、大きな蝶ネクタイに眼鏡をかけた、青いジャケット姿の小さな男の子だった。

 あまりの標的の小ささに、完全に拍子抜けした私は、突き出した手の行き場をなくしてその場に固まってしまう。

 

「あ、あはは……。こんにちは、お姉さん」

 

 引き攣った笑みを浮かべ、冷や汗をだらだらと流しながら後ずさりしているのは、江戸川コナンと名乗る子供だった。

 

『う、嘘だろ……!? この人、あの時のゴリラ……じゃなくて、千代田刑事かよ……っ!!』

 

 目の前の子供がブツブツとなんだか失礼なことを言ったような気がするが聞き流す。

 

「ちょっと、坊や。こんな凄惨な現場に勝手に入り込んじゃダメじゃない」

「あ、あのね! ボク、毛利探偵事務所の居候の江戸川コナンって言うんだけど、おじさんに頼まれて、広田健三さんを探しにきたんだよ!」

「毛利……? あぁ、あの蘭ちゃんのところの探偵事務所か」

 

 脳裏に浮かんだのは、ちょうど一年前、ニューヨーク行きの飛行機の中で出会った可憐な美少女の笑顔だった。

 そういえば、あの時も高度一万メートルの密室で起きた殺人現場で、私の背後から不躾に話しかけてきた不届き者がいた気がする。目の前の少年を見つめているうちに、バラバラだった記憶のピースが不意にカチリと噛み合った。

 あの時、私のホールドを食らってゲホゲホ言っていたあのウブな高校生探偵は、今どこで何をしているのかしら……?

 いや、今は目の前の迷子を片付けるのが先ね。私はいつもの「捜査一課の花」の笑みを湛え、コナンの目線に合わせてしゃがみ込んだ。

 

「ふふ、なるほどね。でも、いくら名探偵の代理だからって、子供がこんな危険な場所に来ちゃだめよ、コナンくん?」

「はーい……」

「それにしても――あなた、随分と目がいいのね?」

「え?」

 

 不意にトーンを落とした私の問いかけに、コナンくんの身体が微かに強張る。

 

「広田健三さんの首の傷、あれが自殺の索条痕(さくじょうこん)じゃなくて、強大な力で締め上げられた『絞殺の痕』だって一目で見抜いたんでしょう?」

「あ、あはは……! そ、それはね、おじさんからこういう事件の時はどこを見るべきか、事前に教えてもらったんだよ!」

 

 頭をかきながら、いかにも子供らしく無邪気を装って懐へ手を入れる少年。

 いくら探偵事務所に居候しているからといって、これほどの幼子に殺人現場の見立てを仕込むなんて。蘭ちゃんの父親である毛利小五郎という男の教育方針に、私は内心で深い疑問と、ほんの少しの呆れを禁じ得なかった。

 

「コナン君! 勝手に入り込んじゃダメでしょ!」

 

 緊迫した室内に、凛とした、だがどこか焦りの混じった少女の声が響き渡った。

 振り返ると、息を切らせてアパートの室内に駆け込んできたのは、長い黒髪を揺らした見覚えのある美少女――毛利蘭ちゃんだった。

 

「あ、蘭姉ちゃん……」

 

 気まずそうに身を縮めるコナンくんの肩を掴み、蘭ちゃんは「もう、警察の方の邪魔をしちゃ……」と言いかけたところで、私と目が合い、その綺麗な丸い目をさらに大きく見開いた。

 

「え……!? もしかして、千代田さん……!?」

「ふふ、お久しぶり、蘭ちゃん。相変わらず私の次に可憐で可愛いわね」

 

 私がいつものようにウインクして見せると、蘭ちゃんは一瞬にしてぱっと表情を輝かせた。一年前のあのフライトの記憶が、彼女の中で鮮明に蘇ったのだろう。

 

「やっぱり千代田さん! お久しぶりです、うわあ、すごく嬉しい……!」

「ええ、ちょうど昨日帰国したばかりなのよ。……そういえば、あの生意気で可愛い彼氏は、今日は一緒じゃないの?」

 

 私の言葉に、蘭ちゃんは一瞬で顔を真っ赤にして、両手をぶんぶんと激しく横に振った。

 

「か、彼氏じゃないですよ!? 新一とはただの幼馴染で……それに、あいつ、なんか大変な事件に首を突っ込んでるらしくて、全然連絡もくれないんですから!」

 

 ぷくっと頬を膨らませて文句を言う蘭ちゃん。その隣で、コナンくんが「ゲホッ」とわざとらしい咳払いをして泳いだ視線を逸らしている。

 私はそんな二人の様子を細めるような目で見つめながら、ふと、一つの疑問を口にした。

 

「それにしても蘭ちゃん、どうしてあなたがここに? コナンくんは、毛利探偵事務所の依頼で広田健三さんを探しに来たって言っていたけれど……」

 

 私の問いに、蘭ちゃんは一転して、不安そうに眉をひそめて胸元で両手をぎゅっと握りしめた。

 

「はい……実は、お父さんの探偵事務所に『広田雅美』さんという女性が相談に来られたんです。長年失踪しているお父さんの健三さんを探してほしいって……。それで、コナンくんやお父さんが健三さんの居場所を突き止めて、雅美さんに連絡したんですけど……」

 

 蘭ちゃんは、奥の天井から吊るされている健三さんの遺体を見ないように視線を落としながら、震える声で言葉を続けた。

 

「それから、雅美さんの携帯に何度電話しても、全然繋がらなくなっちゃって……。雅美さん、お父さんに会えるのをあんなに楽しみにしていたから、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって心配になって、様子を見にアパートへ行ったらもぬけの殻で。だから、もしかしてもう健三さんの家に来てるんじゃないかって、後を追ってきたんです……」

 

 ――広田雅美。

 広田健三に娘はいない。

 すべての線が、私の頭の中で冷酷な一本の形を成していく。

 

「千代田さん……? どうかしたんですか?」

「……ううん、なんでもないわ」

 蘭ちゃんの不安げな声に、私は一瞬にしていつもの華やかな微笑みを顔に張り直した。

 

「健三さんは残念ながらこんな状態だけど……その、広田雅美さんという女性のことは、私たち警察が全力で捜索するわ。蘭ちゃんは心配しなくて大丈夫よ」

 

 そう言って彼女の肩を優しく叩きながら、現場を高木くんに任せた。

 足早に広田健三のアパートを飛び出し、路肩に停めてあったパトカーの運転席に滑り込む。

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