『新蘭』ガチ勢のベルモットがいるんだから、『コ哀』ガチ勢がいてもいいだろう!   作:菖蒲の花

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原作参考

アニメ136〜137話「青の古城探索事件」

漫画第20巻-File10「孤城への誘い」
第21巻-File1「そしてまた…」
第21巻-File2「カウントダウン」
第21巻-File3「象牙の塔」

より


青の古城探索事件(前編)

「ったく、ダッセーなぁ! カンプ……じゃなくて、キャンプに来てさ、肝心のテント忘れちまうなんてよー!」

 小太りの少年、小嶋元太くんが、不満げに口を尖らせて文句を垂れる。

 「せっかくのバケーションが台無しですね……」

 「道にも迷っちゃってるみたいだし、ご飯どうするのぉ?」

 コナンくんのお友達である円谷光彦くんと、吉田歩美ちゃんも、がっくりと肩を落として同調した。

 「ええい、君らが横からゴチャゴチャ言うから、道を間違えてしまったんじゃ!」

 子供たちからの容赦ない集中砲火を浴びて、阿笠博士がハンドルを握りながらタジタジになって反論する。

 そんな賑やかな車内の最前列――助手席という特等席に、私はゆったりと腰掛けていた。

 たまたま非番だった私は、蘭ちゃんからの熱烈な要請を受け、子供たちのキャンプへの付き添い兼護衛役として同行することになったのだ。こちとら彼氏もいない寂しい身の上だし、可愛い子供たちとドライブがてらリフレッシュするのも悪くない、なんて思っていたのだけれど。

 

 「まあまあ、みんなそんなに博士を責めないであげて? 確かにテントを忘れるのはドジの極みだけど、おかげで私のこの完璧なプロポーションを、窮屈なテントの寝袋で痛める必要がなくなったんだから。結果オーライよ」

 私が艶やかに微笑むと、車内の少年たちの反応は実にわかりやすく分かれた。

 「そ、そうですね! 千代田さんのような麗しい女性に、地べたで寝かせるような真似をさせるわけにはいきませんっ!」

 光彦くんが顔を真っ赤にして、シートの隙間から身を乗り出してくる。小学一年生らしく、分かりやすい好意を負けてくれる。本当に可愛い坊や。

 「ちぇー、千代田の姉ちゃんはいいよなー、呑気でよ。なぁ、それよりさっき言ってた『ウナギ味のスナック菓子』、もう一個くれよ! いつもくれるやつ!」

 元太くんは色気より食い気らしく、お菓子をくれる「綺麗なお姉さん」として私を懐いてくれている。

 「いいわよ、はい、元太くん。――それにしても、どうやら今夜はこの車の中で野宿になりそうだな」

 後部座席の端っこで、コナンくんが大人びた様子で諦めたように呟いた。

 「わぁ、千代田さん、お菓子のセレクトまで大人っぽくて素敵……!」

 歩美ちゃんが目をキラキラと輝かせて私を見つめる。一年前の蘭ちゃんもそうだったけれど、純粋な女の子にとって、私はどうやら最高の憧れの対象になってしまうらしい。罪な美貌ね。

 「でも、き、きっとこの先に宿泊施設くらいありますよ!」

 「そうそう! 湖の見える、おとぎ話に出てくるようなお城とか……!」

 光彦くんの必死のフォローに、歩美ちゃんがメルヘンな想像を膨らませる。

 「んなムチャな……。こんな山の中にそんなもんあるわけねーだろ」

 コナンくんが呆れ果てたような声を上げた、その時だった。

 彼の隣で、ここまでずっと窓の外を眺めて黙っていた茶髪の少女――灰原哀ちゃんが、小学生とは思えないほど冷徹で大人びた口調で静かに口を開いた。

 「あら……ムチャでもないみたいよ?」

 彼女の視線を追うように、博士が急ブレーキをかける。

 鬱蒼とした木々が開けたその瞬間、フロントガラスの向こうに広がっていたのは、夕闇の中に突如として聳え立つ、まるでお伽話からそのまま飛び出してきたかのような、巨大で荘厳な西洋のお城だった。

 「うわぁ……!」と子供たちが歓声を上げる中、私はバックミラー越しに、後部座席の灰原哀ちゃんの横顔をそっと盗み見た。

 彼女が少年探偵団に現れてから数週間。警察の人間である私を本能的に警戒してか、彼女は私と滅多に目を合わせようとせず、必要最低限の会話しか交わさない。だが、それだけじゃない。時折、彼女が私に向けてくる、あの怯えたような、それでいて何かを必死に探るようなミステリアスな瞳。

 それを見つめるたび、私の胸の奥には、どうしても言葉にできない奇妙な違和感と、ざわめきが広がっていくのだ。

 

「中に入って探検すっぞ!」

 城の大きな門の前まで来た私たちが入り方を考えていると、元太くんが待ちきれないとばかりに城門を乗り越えて敷地の中に入っていこうとした。

 だが、鉄格子をよじ登って敷地内に入り込んだ瞬間、元太くんはがっしりとした体格の庭師の男に、背後からひょいと首根っこを掴み上げられる。

 「コラァ! どこの小僧だ!? 勝手に入りやがって!!」

 「う、うわっ……!」

 突然のことに、元太くんは冷や汗を流しながらバツの悪そうな表情を浮かべた。

 鉄格子の門の向こう側から、様子を窺っていた阿笠博士が慌てて両手を振りながら庭師をなだめようとする。

 「あ、いや! ワシらは別に怪しい者ではないんじゃ!!」

 「あん? なんだおまえら?」

 庭師は怪訝そうな顔で、門の外にいる私たちを睨みつけた。

 阿笠博士は穏やかな笑みを浮かべ、頭をかきながら必死に弁明を続ける。

 「丁度この近くを通りかかったら、この立派な城が見えましてな……。あ、テントを忘れてしまって宿にも困っておるんじゃが、よかったらちょっと中を見学させてもらおうかと……」

 「帰れ、帰れ!! ここはヨソ者の来る所じゃねぇ!」

 すげなく追い返されそうになり、私が一歩前へ出て「警察手帳」でも見せて大人しく開けさせようかと指先を上着のポケットに滑らせた、その時だった。

 不穏な空気が流れる中、背後の立派な洋館から、仕立てのいいスーツを着た一人の男が静かに歩み寄ってきた。

 「おや、誰ですかその者達は?」

 「だ、旦那様!!」

 予期せぬ主人の登場に、庭師の男は驚いて直立不動になった。

 「今日、ここを訪れる客人はいないと思ったんだが……」

 「あ、あの、旦那様……。あのアホ面のジジイが中に入れろって、勝手に敷地を覗き込んできやがりまして……」

 「アホ面ってあんた……! 失礼な、ワシはちゃんとした科学者じゃぞ!!」

 「科学者……?」

 仕立てのいいスーツを着た男の怪訝そうな視線を受け、博士は少し自慢げにパッと胸を張る。後ろにいるコナンくんたちは、なんとも言えない表情で苦笑いしていた。

 「ええ、ワシは阿笠博士という、少しは名の通った発明家じゃよ」

 「……ほう。ならばその頭脳……我々凡人よりは数段キレるわけですな……」

 男は態度を一変させ、鉄格子の向こうの博士たちに向かって、どこか含みのある薄気味悪い笑みを浮かべた。

 コナンくんと灰原哀ちゃんが、その急な態度の変化に一瞬で不審の目を向ける。その変化を、私の目の端も見逃さなかった。

 「よろしいでしょう、中にお入りなさい! なんなら一晩、泊まっていかれてはいかがかな?」

 「おお! そりゃあありがたい!」

 「あら、それは随分と寛大なご主人様ね。お言葉に甘えちゃおうかしら、博士?」

 私がクスッと艶やかな笑みを浮かべながら割って入ると、主人の男――間宮満は、私の姿を見て一瞬だけ目を見張った。だが、すぐに元の冷徹なインテリの顔に戻る。

 一方、コナンくんは私の呑気な提案に「おいおい、マジでこんな怪しい所に泊まる気かよ……」と引き攣った顔で私を振り返った。

 主人の突然の許可に、庭師の男は慌てて反対の声を上げる。

 「し、しかし旦那様! 大奥様の断りもなくそんな事をすれば、また何を言われるか……」

 「私の友人とでもいっておきなさい。義母様の『あの状態』なら、それで十分だよ」

 満は冷淡に庭師の言葉をあしらうと、私たちに背を向けて、一足先に洋館の方へと歩き出した。

 ガラガラと音を立てて、重い鉄格子の門がゆっくりと開けられていく。

 コナンくんと私は、並んで歩きながら主人の後ろ姿をじっと睨みつけていた。今の会話の中に、どうしても引っかかる不穏なワードがあったからだ。

 「ねぇ、おじさん」

 私は元太くんの首根っこを放した庭師の男に、わざとらしく小首を傾げて微笑みかけた。

 「さっきのご主人、大奥様の『あの状態』って言っていたけれど……それ、どういう意味かしら?」

 コナンくんも私の横で、小さく目を鋭くして庭師の答えを待っている。

 門を完全に開け放ちながら、庭師の男は諦めたように、しかしどこか含みを持たせた低い口調で私たちの疑問に答えた。

 「……お年を召されて、少々ボケておられるだけだよ」

 

 広大な庭を歩きながら、私は手入れの行き届いた城の様子について、庭師の田畑さんに尋ねた。

 「ねぇ、田畑さん。さっきから気になっていたのだけれど、芝生があんな形にカットされているのって……もしかして、チェス好きの方でもいらっしゃるの?」

 「さあな……オレは前の旦那様、貞昭様のおいいいつけどおり、毎日手入れしてこの状態を保ってるだけだよ。なんでも15年前に亡くなられた大旦那様の遺言を、貞昭様が受け継がれたそうだ……」

 「前の旦那って……じゃあ、さっきのあの満さんって人は?」

 「奥様の二番目の亭主の満様さ。貞昭様は六年前に病死されたからな……」

 田畑さんはふと足を止め、少し離れた場所にそびえ立つ、上部が黒く煤けた不気味な塔を指差した。

 「ホレ、あそこに見える焼け焦げた塔……あそこに奥様の寝室があったんだ。その奥様も、四年前の大火事で亡くなられてしまったがね……」

 「大火事……?」

 私が眉をひそめると、田畑さんは四年前にこの城で起きた悲劇の夜の様子を、まるですぐ目の前のことのように詳しく振り返り始めた。

 「奥様が大奥様の誕生日を祝うために、久しぶりにこの城に戻られた直後の事だったよ。真夜中に到着されて夜が明ける前に火の手が上がって、奥様だけじゃねえ、奥様が連れて来られた御友人達や、長い間大奥様に仕えていた召し使いや執事達十数人も、炎にのまれたよ。難を逃れたのは雇われて日が浅かったワシら使用人と、カゼをひかれて別館で寝ておられた大奥様。それと奥様より一足早くここにおいでになっていた満様と、あそこにおられる……」

 田畑さんが指を差した先には、庭に並んだ大きなチェスの駒にそっと手を置き、物憂げな表情で考え込んでいる若い男の姿があった。

 「奥様と貞昭様とのたった一人の御子息、貴人(たかと)様だけだよ」

 「……なるほどね。生き残ったのは、後から来た夫と、風邪をひいていた祖母、それと実の息子。そして古参の使用人たちは全滅、か」

 私が口元だけで小さく呟くと、隣を歩いていたコナンくんがピクリと反応し、私を見上げてきた。けれど、私は何食わぬ顔でまたいつもの華やかな笑みを浮かべ、田畑さんの後ろに続いた。

 私たちは田畑さんに案内されて、洋館の広大な中央ロビーへと足を踏み入れた。

 正面の吹き抜けの壁には、立派な髭を蓄えた男の巨大な肖像画が掲げられており、左右の階段へと続く踊り場から、私たちを見下ろすように鎮座している。田畑さんは、その肖像画を見上げながら解説を始めた。

 「貞昭様と奥様だよ。婿養子に来た貞昭様は、歴史学者でもあった大旦那様の事をとても尊敬されていてね。それをやっかんだ奥様が、貞昭様によくこう漏らされていたそうだ……」

 田畑さんの言葉を引き継ぐように、突如として枯れた老婆の声がロビーに響いた。

 「――『お父様はただの理屈っぽいインテリに過ぎないわ』……じゃろ?」

 背後からの不意の声音に、田畑さんは驚愕の表情で勢いよく振り返った。廊下の奥から、車椅子に乗った一人の老齢の女性が、ゆっくりと姿を現す。

 「お……大奥様!?」

 この車椅子の女性こそが、間宮家現当主の間宮マス代。全身から重苦しい気品と、どこか奇妙な執念を感じさせる老婆だった。

 「す、すみません! いやな事を思い出させてしまいまして……ええ……」

 「心配せんでええ……あの人がいないこの城にもう慣れた……」

 慌てる田畑さんを横目に、マス代さんは手元にある古いパスポートや外国の紙幣を見つめながら、ぽつりぽつりと独白のように言葉を続ける。

 「紙幣の図柄やパスポートの大きさが変わったのと同じじゃよ……最初は慣れんのだが時がたてば違和感は薄らいでしまう。時とは恐ろしいものよのぉ……喜びも悲しみも一緒くたに消し去ってしまうのじゃから……」

 その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥で、警察官としての鋭い直感がピシッと跳ねた、何か少し違和感がある。

 私の視線がわずかに鋭くなったのを察してか、車椅子の老婆はゆっくりと顔を上げ、私たちを値踏みするように見つめてきた。

 「ところで、その者達は?」

 「あ、ああ……旦那様の御友人の、科学者の方だそうで……」

 「科学者?」

 「科学者」という言葉を聞いた瞬間、マス代さんの濁った瞳が怪しくギラリと光った。その口元に、どこか歪な期待を込めた深い笑みが浮かぶ。

 「おお、それは楽しみじゃ……あの人がこの城に込めた謎、ぜひ解き明かしてもらいたいものよ……」

 コナンくんが「謎」という不穏なワードにすぐさま反応し、眼鏡の奥の鋭い視線を老婆へと走らせる。

 「大旦那様が死ぬ間際に言い遺されたらしいんだ……『この城の謎を解き明かした者に、私の一番の宝をやる』ってな……」

 「へーえ。一番の宝、ね」

 私は腕を組み、ふぅとわざとらしくため息をついてみせた。

 「お宝なんてロマンチックだけど、そういう曰く付きの謎って、大抵ろくなものを引き寄せないのよね。私のこの完璧な美貌だけで、この城には十分すぎるほどの至宝だと思うのだけれど? ――ねぇ、コナンくん?」

 「あ、あはは……そうだね。」

 コナンくんは引き攣った笑いで私から視線を逸らしたが、その瞳はすでに完全に『探偵』のそれへと切り替わっていた。

 死ぬ間際に遺された謎。莫大なお宝。そして四年前の不可解な大火事。

 御伽話のお城の皮を剥ぎ取れば、中から覗くのは、どろどろに腐りかけた人間の血と欲の歴史だ。

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