女王に捧ぐ冠   作:時藤 葉

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プロローグ
プロローグ 1/2


 

 

 

「────ジェンティルさん。貴方に、模擬レースを申し込みます」

 

「ええ、よろしくってよ。……と、言いたいところですけれど」

 

 幾度繰り返したか数え切れない、模擬レースの申し込み。

 1度たりとも断られることがなかったその誘いに難色を示されたことに、誘いをかけたヴィルシーナは驚いていた。

 都合が悪いことだって当然あるだろうと思い直すが、どうやら断るというわけでもなさそうだ。

 

()()()()()と一度日程の調整をさせていただけるかしら? 断ることにはならないでしょうけど、念のため」

 

「……それはもちろん、構いませんけれど」

 

 トレーナー。

 なるほど、担当トレーナーが決まったというのであれば今まで通りの一つ返事というわけにもいかないだろう。

 ジェンティルドンナほどのウマ娘となれば、それは引く手数多に違いない。

 むしろ、今まで担当が決まっていなかったことの方が以外なのかもしれない。

 あるいは自分に相応しいトレーナーを見極めていただけなのかもしれないが。

 

「返事はLANEでよろしいかしら? それではまた、後ほど」

 

 そう告げて、ジェンティルドンナは優雅にその場を去っていく。

 ヴィルシーナはじっと、去っていく彼女の背中を見つめていた。

 彼女自身も理解している、いずれ自分も担当トレーナーを得る必要があるということを。

 そして、彼女ほどではないにしても自分にもスカウトは無数に届いている。

 若手、中堅、ベテラン、彼らは口を揃えて「君なら確実にG1で勝てる」と言ってくれた。

 

 だからこそ、未だにトレーナーを決めかねているのはわがままなのかもしれない。

 ヴィルシーナはそう自戒する。

 

「はぁ……」

 

 中庭のベンチに腰を降ろし、物思いに耽る。

 トレーナーは必要だ、間違いなく。

 それは単にウマ娘にトレーナーが必須だから、というだけではなく。

 より強く、より高みに昇るためにトレーナーという存在を欠かすことはできないからだ。

 

「それは、ジェンティルさんだって変わらないものね」

 

 彼女は既に己のトレーナーを見定めた。

 であれば未だ挑戦者に過ぎない自分がトレーナーを決めかねているのは怠慢ではないだろうか。

 そんな思いが彼女の脳裏から離れることはなく、そして同時にトレーナーを決めかねていることには無視することのできない理由が明確に存在していた。

 

「────大丈夫かい? 体調が悪いなら保健室まで付き添そうよ」

 

「ひあっ!?」

 

 ぼんやりとしていたら、不意に声をかけられる。

 声をかけてきたのは、穏やかそうでいながらどこか芯の通った雰囲気のあるスーツを身にまとった若い男だった。

 まず間違いなく、トレセン学園在籍のトレーナーだろう。

 

「あ、いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけですので」

 

「それなら良かった、体調には気をつけてね」

 

 そう告げてその場を去ろうとする彼を、ヴィルシーナは反射的に呼び止めていた。

 

「あ、あの! すみません、少し相談に乗っていただけないでしょうか」

 

 何故か、と問われると明確な理由はヴィルシーナ自身にもわからなかった。

 名前も知らない初対面の相手に唐突に相談に乗ってもらおうだなんて、普段であればそんなことはしなかっただろう。

 しかし名前も知らない相手だからこそ、親しい間柄では明かせないような悩みも打ち明けられる気がした。

 無論、学園に在籍するトレーナー相手だという信頼が前提であり誰でもいいというわけではなく。

 偶然の導き、というものに期待したかったのかもしれない。

 

 ただ1つ確実なことがあるとすれば、このベンチで一人で悩んでいても何の成果もないであろうということだった。

 

「僕で良ければ構わないよ。何でも聞いてくれとは、言えないけれど」

 

 そう言って彼はヴィルシーナの横に、少し間を空けて腰を降ろした。

 穏やかに微笑んでヴィルシーナの言葉を待つ彼に、率直に悩みを明かす。

 

()()()()()()()()()()()()()とは、どんなトレーナーのことを指すと思いますか?」

 

 それこそが、ヴィルシーナの悩みであり、トレーナーが未だ定まらない理由だった。

 新進気鋭のトレーナーからのスカウトがあった、上り調子の中堅トレーナーからのスカウトがあった、実績豊富なベテラントレーナーからのスカウトがあった。

 しかしいずれのスカウトもヴィルシーナは受けていない。

 自分に相応しいトレーナーとは、その答えを得られていないからだ。

 

「察するに、トレーナー選びが難航しているのかな」

 

「はい、そう考えていただいて構いません。私をスカウトしてくださった皆さんは口を揃えて、君ならG1で勝てると、そう仰ってくださいました。ですけれど」

 

 そして、ヴィルシーナは核心を口にする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。誰もが言葉を濁し、あるいはトリプルティアラは諦めるべきだと直接口にされた方もいます。君が輝く舞台はそこではない、と」

 

「……なるほど」

 

 君はジェンティルドンナには勝てない。

 スカウトをかけてくれたトレーナー達は皆、言外にそう告げていた。

 無責任に勝てると言わないだけ、信頼できるトレーナーではあるのだろう。

 だからこそ、ヴィルシーナにはわからなかった。

 それが正しい選択なのか、単なるわがままに過ぎないのか。

 

「私見でよければ、僕の考えるウマ娘を担当するためにトレーナーに必須な要素について話をさせてもらうよ」

 

「……! はい、お願いしますっ!」

 

 ピンと耳を立てて彼の言葉を待つ。

 言葉を選ぶように、男は口を開いた。

 

「────それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ」

 

 その言葉に、ヴィルシーナは聞き入っていた。

 

「レースに必勝はない。一人の勝者と、それ以外の敗者が存在する。運や偶然の影響もあるだろう、実力差だってあるだろう。一番人気に勝利が約束されるわけじゃない。どんなに実力があっても時には敗れることだってある」

 

 だからこそ、と彼は言葉を続ける。

 

「レースに送り出す担当がウマ娘の勝利をイメージできるか。例えそれがか細い可能性であるのだとしても、トレーナー自身が勝利を想像できないままレースに送り出すことほど無責任なことはない。それが乾坤一擲の策だろうと、偶然に偶然を重ねた再現性のないものであろうと、ただレースを見守ることしか出来ないトレーナーすら勝利を信じてあげられないなんて、あってはならない」

 

 僕はそう思うよ、と彼はそう言葉を結んだ。

 

「……ありがとうございます。なんだか、靄が晴れたような気分です」

 

「そうかい? それなら良かった。繰り返しになるけど、これは僕の私見に過ぎないからあまり囚われないでほしい。僕の担当ウマ娘なら、『絆や信頼など二の次、三の次。最も必要な要素は担当ウマ娘の勝利の可能性を少しでも高められること』、とか言いそうだからね」

 

「そ、それは中々剛毅な考えですね……?」

 

 しかし気持ちはわからなくもない、とヴィルシーナは思った。

 絆を結べないような、信頼関係を築けないトレーナーが担当になるというのは喜ばしいことではない。

 だがあのジェンティルドンナに対して最も勝率を上げられるようなトレーナーである、というのであればそれ以外の要素は多少軽視しても構わない。

 ウマ娘と信頼関係さえ築けていれば無能でいいのかと問われれば、当然NOなのだから。

 

 そして午後の授業の予鈴が鳴る。

 

「っ! すみません、すっかり話し込んでしまって……! あの、すごく参考になりました。ありがとうございます」

 

 彼の言葉が唯一絶対の正解である、とまでは思わない。

 どちらかと言えば自分には自分の答えがどこかにあるはずだ、とさえ思った。

 しかし少なくとも相談する前よりかは格段にスッキリとした気分だった。

 

 だからこそ彼に告げた感謝の言葉は嘘偽りのないヴィルシーナの本心だ。

 

「力になれたならよかったよ。()()()()()()()()

 

「あ、私の名前……」

 

 名前を知られていること自体は不思議ではない。

 むしろ知らないトレーナーの方が問題だろう。

 しかし、彼の声音はただヴィルシーナを知っている、という以上の意味を含んでいるような気がした。

 

 彼は立ち上がって名刺を取り出し、ヴィルシーナに差し出す。

 

「僕の名前は扶桑。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────」

 

 なるほど、それなら私の名前を知っていて当然だ、とヴィルシーナは思った。

 そして偶然がもたらした悪戯に、心の中でゆっくりとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

「────残念、普段であればもう少し歯応えがありましたのに」

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 放課後、LANEで了承の返事を得た模擬レースでヴィルシーナは敗れた。

 敗れた、という言葉では生温いかもしれない。

 何故ならそれは惨敗と形容するべきだと感じる程度には、圧倒的な敗北だったのだから。

 

 失望されて当然だ、そんな風に考えていたヴィルシーナに向けられたジェンティルドンナの言葉は想像していた方向のものではなかった。

 

「トレーナー選び、難航しているそうね?」

 

「っ!」

 

 知っていて当然だ。

 偶然とはいえ、よりにもよって相談を持ちかけたのがジェンティルドンナの担当トレーナーなのだから。

 しかし、続く彼女の言葉はそれを否定するものだった。

 

「ご心配なさらず。あれこれ吹聴するほど口の軽い方ではありませんわ。聞かされたのはただ昼休みに偶然貴方と出会い会話した、くらいのものです。とはいえ、そこまで聞いてしまえば今貴方が悩んでいて、それが何なのか容易に想像できるというだけのこと」

 

 疲労困憊で膝に手をつくヴィルシーナに、ジェンティルドンナが一歩歩み寄る。

 

「悩んでいる余裕など、ありまして? 有象無象からのスカウトであればいくらでも来ているのでしょうけれど、私相手に勝利するという奇跡を掴み取る前提であればあってないようなもの。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。貴方に残された選択肢など、一つしかありませんのに」

 

「っ、それ、は……!」

 

「次のレースのお誘い、担当トレーナーが決まってからにしてくださる? 無為なレースなどする意味がありませんもの」

 

 それは何なのか、そう問うために顔を上げたヴィルシーナの視界に映ったのはレース場から去り行く彼女の背中だった。

 

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