旅人と英雄 作:かぼちゃ
『拝啓、ヘスティア様。
あなたの眷族のベル・クラネルです。最近はいかがお過ごしでしょうか。
僕はなんだかんだ元気にやっています。相変わらず冒険ばかりしていますが、ヘスティア様は今どこにいるのでしょうか。
早いもので、貴方の行方を探し始めてから二年も経ってしまいました。オラリオで過ごしていた日々が懐かしいです。たまにはみんなの顔が見たいですが、生憎と帰る方法がわかりません。
この手紙は鳥に
追伸。最近、山から落ちて死にかけました。ヘスティア様も山登りする時は気をつけてください。
差出人──ベル・クラネル。
ヘスティア様を知っている人がこの手紙を拾ったら、届けてくれると嬉しいです。できればでいいので僕に連絡もください。よろしくおねがいします』
「これでよし。鳥さんよろしく」
『カポー』
白い鳥に便箋を縛り付けて、
この世界のどこかにいるであろう神様にあてた手紙。居場所がわからなくてどうしようもないので、その辺の鳥に託すことにした。
今まで十回以上同じことをしてきたけど、反応はまだない。気長に待とうと思っている。
「どこにいるんだろ、ヘスティアさま」
夕焼けを見上げて、「はぁ」と息を吐く。
僕はベル・クラネル。迷宮都市オラリオの冒険者なんだけど、今は全く別の場所にいる。
二年ほど前に主神のヘスティア様がいなくなって、追いかけているうちに遠くまで来てしまった。
オラリオのある大陸は
というのも、僕は
帰る方法は探さなきゃいけない。
でも、その前にヘスティアさまだ。
この大陸のどこかにいるのは間違いなさそうだから、早く見つけたいんだけど……二年かかっても手がかりナシ。どうしたもんかと途方にくれているのが正直なところだ。
「とりあえず飢え死には回避できたから、気を取り直して頑張ろ……」
ブンブンと頭を振る。
僕は最近まで延々と荒野をさまよっていた。その前は
この世界に人はいないのかと。
ようやく大陸らしきものに辿り着けたかと思ったら、草も生えてないような荒野だったし。頑張って歩いてたのに、山が高すぎて先に進めなくなるし、グルグル迂回してる間に迷子になるし。
うっかり変な実験施設に入っちゃったこともあったな。ゴーレムみたいなのが襲ってきたから全部壊しちゃったけど、今思うと不味いことをしたと反省している。実験器具に【ファイアボルト】とかしちゃったし、持ち主が怒ってないといいなぁ……。
「……」
とにかくここまで長かった。
人がいたかと思えば盗賊だったり戦闘民族だったりで、まともな人間に出会えるまでに二年かかった。途中で心が折れて立ち止まったりもしたけど、それでも時間かかりすぎである。
「お腹すいた……釣りしなきゃな。狩りでもいいけど、周りに猪とかいなそうだし」
獣道を進んでいくと、すぐに水場にたどり着いた。
小さな湖だ。少し泳げば向こう岸に渡ることができる。距離にして五十
僕がいる側のほとりには人の姿があった。ふわりとした金髪の女の子。大胆な肩出しドレスだけど、そこまで目のやり場には困らない。きっと、清純な雰囲気が色濃いからだろう。彼女は旅の同行者である。
「あ、ベル戻ってきた。魚釣るの手伝ってよ。このままだと今日のご飯キノコだけだよ?」
僕に背を向けたまま、細い、透き通るような声を発する。横まで歩いていって顔を見ると、金の瞳は真剣に水面を見つめていた。釣りに集中している。
顔立ちはあどけさなさの残るドーリーフェイス。知り合いの聖女様を更に可愛らしくしたような、僕はそんな印象を抱いている。
背中には片手剣を携えていて、最初見た時は姫騎士なんて言葉が頭に浮かんだ。
「イノシシとかいないですかね。美味しそうな鳥は素早くて逃げられちゃいますし……」
「弓が使える仲間が欲しいね。んー、アヒルとか泳いでたら捕まえられるんだけどなぁ。あいつら動きが鈍いし」
彼女は
出会ったのは数日前。それまでの僕は岩だらけの場所をさまよっていた。食べられるものがほとんどなくて、人はミイラしかいなくて、餓死寸前だった。
そこからどーにかこーにか脱出して、川の中に魚が見えたから、僕は反射的に飛び込んだ。でも体に力が入らなくて見事に溺れて、川下に向かって流されていたところ、
「アヒルって……美味しいんですか?」
「美味しいよ? あとね、リスも意外と鈍いから剣でザクッといけるよ」
「リス……? あの小動物のリスですか?」
「うん。お腹すいてる時は丸焼きがいいかな。調味料ぶっかければ結構
蛍さんは
表情は澄ました感じで変わらない。金の瞳は水面を見つめ続けている。
彼女もまた僕と同じく大切な人を探している。
生き別れてしまったお兄さんの行方を追って、僕と会うまではずっと一人で旅していた。
期間はだいたい二年くらいとのことで、僕達には共通点が多い。
「今日は食い付きが悪いなぁ。お腹すいてきた……ベルさ、手っ取り早く焼き殺してよ。あれ、ファイアボルトしてさ、どかーんって」
「多分、炭になっちゃいます……」
「だよね……あー、やっぱり街の近くで活動した方が良いかなぁ」
蛍さんは釣竿を岩の上に置くと、両手を上げてグデーンと体を伸ばした。
「ちょっとのんびりしすぎてるし、明日からはもう少し頑張って動き回ろう。魔法の収納バック欲しいな。なんか今回はないんだよね。とっても不便」
前回はあったらしい。大量の荷物を詰め込んでも重くなくて、持ち運びも便利な魔法の袋が。
前回というのは
にわかには信じがたいけど、彼女は何回も同じ時点に巻き戻り、同じような旅をしてきたらしい。でも、ここ最近は序盤でゲームオーバーが続いていて、それ以降のことは忘れちゃったんだって。
正直、僕としては半信半疑だ。でも恩人だし、嘘ついてるようにも見えないんだよね。誰も信じてくれないって寂しそうにしてたから、信じたいって思う。
「武器もいっぱい入るんですよね?」
「はいるよー。めっちゃ入る。パーティ十人分とか余裕だよ」
「いいなぁそれ……僕も欲しい」
ダンジョンに持って行けたらすごく便利だ。素材もたっぷり保管できるだろうし、ヴェルフがとっても喜びそう。リリもだな。でっかいバックパック持たなくて良くなるし、欲しいなぁ。
「釣れない。疲れた。諦める」
「蛍さん、あっちにイノシシがいます……」
蛍さんは膝を抱えて拗ねてしまった。ちっちゃい体が更に縮小されている。
そんな時、僕は後方に気配を感じて振り返ってみたら……丸いシルエットの茶色い生物の姿が……!
岩と岩の間から出てきて、森の奥へと歩いていく。
あれは間違いなくイノシシ! 獣肉だ!
「ほんとだ……! でも焦っちゃダメだよ。あいつら消えるから。こっちに気付いたら一定時間で霧みたいに消えちゃうから。気づかれるのは仕方ないけど、消える前に息の根を止めないと」
蛍さんはゴクリと唾を飲んだ。
そうなのだ。この世界の一部の動物は不思議な特徴を持っていて、
「僕、回り込んできます」
「いいね。はさみうちだね。そうと決まれば急ごう。お肉が逃げちゃう」
僕達は頷き合い、剣を片手に立ち上がった。
僕達は足の速さには自信がある。攻撃力も問題ない。邪魔さえ入らなければ、イノシシくらいは仕留められる。
「……」
『……!』
僕はぐるりと迂回して、イノシシの前に躍り出た。
イノシシはビクッと跳ねて後ろを向いた。
「逃げるな、肉」
『……!?』
蛍さんの金の瞳が限界まで見開かれて、ザシュッと
ブギャーという断末魔と共に討伐成功。
挟み撃ちは成功して、めでたく獣肉が手に入った。
ちなみに、蛍さんの見た目は完全に少女だ。僕より下に見えないこともないんだけど、生きてきた年数は倍以上違うとのこと。蛍ちゃんなんて呼べるわけがないし、呼び捨てするのも気が引ける。僕は小さいお姉さんだと思うようにしていた。
▼
「──天蓋の向こう側に吹き飛ばされたってことは、つまり帰る手段とかなくない?」
美味しく焼けました!
その辺にあったお鍋をフライパン代わりにして、僕達は獣肉のステーキを堪能した。なんでその辺に鍋があるのかって?
それは使っていた方々が
この世界には『ヒルチャール』という野蛮人みたいな謎存在が沢山いる。二足歩行する生き物で、そこそこ知能を持っている。器用に武器を使ったり料理をしたり、火薬を樽に備蓄してたりもする。火薬で攻撃されたことはなくて、何に使うのかは不明だ。
それで、『ヒルチャール』っていうのは集団で陣を張っていることが多い。野営地を設けているのだ。そこを攻撃すればタダで野営地を使えるって寸法。
蛍さんが教えてくれたやり方だ。完全に略奪者の所業なので、そこはかとない罪悪感がある。
「ねえ聞いてる? 天蓋の外に吹っ飛んだって、それ本当に帰れるの?」
「あ、すみません……そうですねー、正直、
今は食後のフルーツタイム。夕暮れの果実っていう甘い果物を食べている。わりとどこでも採取できるフルーツで、結構美味しい。
今日はこのままここで野宿だ。
もちろん歯磨きはちゃんとするよ。水場は近くにあるしバッチリだ。
「そっかぁ。私は前いた世界のことは忘れちゃったから、戻りたいとも思わないけど……あなたは私みたいにならなければいいね」
「忘れることはないと思いますけど……」
現在の話題は、僕がこの世界に来た時のこと。
空を突き破るほど巨大な火柱に飲み込まれて、竜巻に巻き上げられるかの
その後は気付いたら無人島にいて、人間を求めてさまよっていたら、このたび
炎の中を移動している時はヘスティア様がそばに居て、帰る方法を探せって言ってたけど……今のところ見当もつかないです。神様。
「蛍さんはお兄さんの手がかり、ないんですよね?」
「うん。そのうち会える気はしてるけど、今どこにいるかはわからないな。会うためには物語を進めなきゃいけないし、すごいヤダ」
こういうのを定められた運命っていうのだろうか。
彼女には必ずこなさなきゃいけない
「そろそろパイモンが出てくるはずだし……嫌だなぁ」
「あー、マスコットキャラクターですっけ」
パイモンというのは、蛍さんが必ず出会ってしまう謎の生物のことだ。顔は幼い少女で、体はとても小さい。フワフワ浮いている変な生き物らしい。
そのパイモンなんだけど、率直に
「マスコットキャラクター? 違うよ。あれは非常食にすらなれない壊れた自動再生機だよ」
「お、同じこと何回も言うんですよね……たしか」
「うん。最初はとってもいい友達だったし、今も友達だとは思ってるけど……会う度に嫌いになっていくからもうやめてほしい。たまには私を解放して欲しい」
「あの、元気出してください……そんな死にそうな顔しないで」
僕はパイモンとやらには会ったことがない。
蛍さんによれば、元気に旅をナビゲートしてくれる案内役みたいな、とのことだ。僕はまだこの世界についてよく知らないので、色々と話を聞いてみたいと思っている。
時期的にそろそろ出てくるみたいだ。
どこでどう登場するのかはわからないけど、蛍さんが嫌なら僕が話し相手になればいいや。
「僕、パイモンと沢山喋りますよ。蛍さんは無理しなくていいです」
「ありがとう。助かるよ。あっそうだ。崖をよじ登る時は気を付けてね」
「どういうことですか……崖? もしかしてパイモンが突き落としてきたり……」
いや、まさかそんなことはしないだろ。
同じセリフ聞きすぎて嫌いになりかけてるってだけで、友達だとは思ってるみたいだし。崖から突き落としてくるような相手は端から友達とは呼べない。
「そうだね。遠からずってところかな」
「嘘でしょ。そんな
僕はパイモンに対する警戒心を引き上げた。
それ、やられたら僕でも怒るぞ。崖をよじ登るなんて機会はそうそうないとは思うけど、たとえ一度であっても突き落とされたりしたら怒る。
「詳しくはまた今度教えるよ。最初から色んな崖をよじ登りすぎると、パイモンがね、いきなり言うの。甲高い声で元気に言うの。『また後で来よう! 今は他を探索しよう!』って」
「……? それだけですか? 別におかしなセリフじゃないと思いますけど……」
他を探索しようって提案してくれてるなら、こっちの考えを伝えて話し合えば良くない? それができない理由でもあるんだろうか。問答無用で突き落とされるとか? いや、まさかいくらなんでもそれはないだろ。
「……思い出すと頭が痛くなるから、また今度ね。当時のことを思い出して辛くなるから」
「わかりました……顔色悪いですよ、大丈夫ですか? 寒いなら上着
「大丈夫。いらない。ありがとう」
蛍さんは今日はもう話したくないそうなので、本日のパイモン情報はこれでおしまい。
僕達は寝た。強奪した野営地の屋根付きスペースを使って。
▼
『ラ・ン・ラ・ン・ルー♪』
「(ぶくぶくぶくぶく)ッッ!?」
オラリオに本拠を置く女冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインは
「あ、アイズさん! しっかりしてください! 大丈夫ですっ、その膜はすぐに破れますからっ」
「(ぶくぶくぶくぶくぶくぶく)ッッ!?」
アイズはこの世界に来てから、苦手な敵ができた。
ぶかぶかのローブをまとった怪しげな魔術師で、大陸中を徘徊している厄介な奴らだ。ウサギみたいなお面をつけていて、上半身はモフモフしている。
人語を話しているのは聞いたことがない。奴らが発している言語は意味不明なものばかりだ。
『ラァーパパッパ……
『パーパッパ、タラタッタ……ラ・ン・ラ・ン・ルー♪』
そして奴らは
超強力な水球を生み出し、敵の全身を包み込むのだ!
アイズは今、二発目の水球をモロに食らった。
膜が破けて解放されたのも束の間、瞬時に水に包まれてしまった。
「(ぶくぶくぶくぶくぶくぶく)!?」
「アイズさん!? ええい! ほんっとーに鬱陶しいですねあなた達はっ!? そこになおりなさい! 魔法があまり効かないのは百も承知! 杖で殴り倒してあげます!」
アイズはカナヅチである。
そして、この世界のモンスター、というか敵は攻撃力はそこまでではないが、やたら素早い。
魔術師達に関してはいきなり目の前に
「このっ! このっ!」
『ラァーパパッパ……ミヒャッヒャッヒャヒャッパャーヤカッター、ラ・ン・ラ・ン・ルー♪』
『ランラン・ルー♪』
アイズを救うべく杖を振り回すのはエルフである。
ベルを追いかけたアイズを追いかけてやってきた、大魔導士の後継者、レフィーヤ・ウィリディスである。山吹色の髪を振り乱し、鬼の形相でガンガンバカンと打撲音を響かせる。
『ラッパラパッター♪』
『ヒィーホーハーホォー♪ ソ〜ンナモンカ〜?』
夜天に響き渡る、耳が痛くなるような高音。ノイズがかかっているようで非常に聞き苦しい。
「キーッ!? ほんとイラッとする! あなた達と戦ってると、ほんっとーにイライラします!」
レフィーヤはキレた。
しかし、魔術師達は強力な円形
どういうわけか、こちらにきてから魔法の威力が落ちてしまったのだ。しかも魔術師達のバリアには相性が悪いようで、殴った方が効率良く削れる。
「この! この! 死ねぇ!」
『ランラン・ルー♪』
『ラ・ン・ラ・ン…………ルゥーーーーー♪』
「それをやめなさいッッ! 無駄に溜めるんじゃないですよイライラしますねっ! なに障壁の中で寝転んでるんですか煽ってるんですかッッ!?」
「(ぶくぶくぶくぶくぶく)ッッ!?」
人里離れた山の中でレフィーヤは発狂し、アイズは溺れ続けた。彼女達が兎を見つけられるのはいつになるのだろうか。
これは、世界を股にかけた少年達が織り成す、出会いと再生の物語である。