旅人と英雄 作:かぼちゃ
『故郷からの刺客か、それとも
美しくも恐ろしい、耳に粘り着くような女性の声が響く。
僕と蛍さんは石の上に立っていた。
とある湖の中央にある巨大な石版。周りの景色は青がかっていて、薄暗い。上空からは絶え間なく雨が降り続いていた。
『生物の姿形を
声の発生源は正面上から。
喋っているのは
蛍さんも言ってたけど、見た目はかなりミジンコに近い。頭部と見られる部分には器官の類は見当たらず、代わりに丸い光球が輝いていた。
『この『水』の力で裁きを与えよう』
「裁き!? ま、まさか戦うんですか!? 待ってください!」
湖を泳いで渡ろうとしたら、彼女は突然現れた。
見た目はミジンコであっても声は美女だし、『彼女』て問題ないと思う。
「あなたは精霊なんですよね!? さっきそう言いましたよね!?
『……』
裁きとか物騒なことを言い出したので、僕は慌てて
彼女が出てきた直後に『誰ですか!?』って聞いたら、『精霊である』と言っていたから、モンスターでないのは確定だ。それなら戦う理由なんてないはずなのに、なんで裁きとか言い出すのか。
「神様達につかわされた精霊様ですよね!? 僕の世界ではそうなんですけど、あなたは違うんですか!?」
『……我が名は純水精霊ローデシア』
おっ、ちゃんとした名前も教えてくれたぞ。
純水精霊ローデシア。カッコイイ名前だ。
これは戦闘を回避できるかもしれない。僕はゴクリと唾を飲み込むと、隣の蛍さんと目を合わせた。
「話し合いで解決できるなら、その方がいいですよね……?」
「そうだね。あのミジンコ強そうだし、会話イベントだけで終わるならその方がいいな」
蛍さんは
なんだろう。方針が一致してるのは何よりだけど、言葉のチョイスがすごく気になる。会話イベントって……そんな
「わかりました! ローデシアさん! いや、ローデシア様! 僕達はただ、魚を追いかけてただけなんです! 貴方に危害を加えるつもりはないんです!」
『……』
僕は大声で訴えかけた。
出て行けというならすぐに出ていくし、ズカズカ入り込んで本当に申し訳なかったと。
ビシッと頭も下げて、
「失礼でしたよね! ごめんなさい! すみませんでした許してください!」
「本当にごめんなさい! 私達、精霊なんてどうでもいいんです! お腹すいたから魚が欲しかっただけなんです! もう帰ってもいいですか!」
蛍さんも声を張って、
いつもは
『……』
ローデシア様は黙ってこちらに体を向けていた。
これはきっと許してもらえる流れだ。うんうん。誠実さを見せることはやっぱり大切
『故郷からの刺客か、それとも軽策の水を侵すものか……生物の姿形を羨み、『純水』はあらゆる形へと変化する。この『水』の力で裁きを与えよう!』
ってアレ同じ台詞を繰り返した?
また裁きって言った、あの人!
ローデシア様の全身から放たれていた光が一気に強まっていく……! あっダメだこれ回避不能な戦闘イベントだ。
「ベル、ダメだ。ミジンコさんはやる気だ。こうなったら倒すしかないよ」
蛍さんの瞳がすっと細められた。くそっ、やっぱり戦うしかないのか。精霊関係とは二度と戦いたくなかったのに……!
ローデシア様が腕っぽい部分をフワリと揺らした。
大きな水球が石版の上に降ってくる。こうなったら覚悟を決めてやってやる!
『いかようにもなれる。それが水のチカ──』
『──【ファイアボルト】オオオオッ!!』
右腕を突き出し、僕は発砲した。
得意の速攻魔法。とても便利な飛び道具。
手の平から放たれるのは緋色の炎雷。バチバチと音を鳴らしながら、巨大なミジンコに向かって驀進した。
これは、挨拶がわりの一撃。
さあ開戦だ!
『ラ──キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?』
僕は目をかっぴらいた。蛍さんは「うわ」と変な声をあげた。
僕達が凝視する先で立ち上るのは、大量の
こちらが申し訳なくなるくらい、凄まじく悲痛な断末魔を反響させて。
「……」
大量の水がシャワーのように降り注ぐ。なんか生暖かい。僕達はしばし温水を浴び続けた。
「天然のお風呂かな? 服脱ぎたいね。気持ち良さそう」
「絶対にやめてください」
蛍さんはしっとりとした声でとんでもないことを口走った。一緒に水浴びするなんて所業は許されない。
見事にビショビショだから服は乾かすべきだと思うけど、この世界ってやたらと乾くのが早い。身につけているものはすぐに元の状態に戻るんだよね。不思議だけど理由は不明で、蛍さんは『そういう仕様なんじゃないかな』って言ってた。これもまた神様達が言いそうな台詞だ。神の視点を感じる。
「あっ、なんか青いモヤモヤが出てきたよ。試しにぶっ壊してみる?」
蛍さんは右腕を前に出して、ローデシア様が蒸発したあたりを指さした。青い
「触らない方がいいですよ……ローデシア様の呪いがかかってるかも」
「中に宝箱が隠れてるかもしれないよ?」
「やめときましょう。絶対ダメですよ攻撃したりしちゃ」
「美味しいお肉が入ってるかも……」
「嫌ですよ……もし入ってたらローデシア様のお肉ってことじゃないですか」
蛍さんは残念そうにしていたけど、嫌な予感しかしないので触れたくない。悲しそうな顔でトボトボ歩いている少女を、僕は鋼の心で無視した。
この人、顔も声もお淑やかなのに、言動はかなりアクティブだ。好奇心を持つと後先考えずに突撃してしまう節がある。冒険心がたっぷりなのは好感度高いけど、いきすぎると命に関わるから……僕がしっかりしないと。僕、一応プロの冒険者だし。
「あっ、ハンマーもった人が遠くからこっち見てるよ。たぶん、近くに宝箱あるんじゃないかな。襲撃して回収していこうよ」
「……」
湖を出て岩の上を歩いていると、進行方向右の脇道から誰かがこちらを見ていた。紫色のゴツゴツした巨体で、巨大なハンマーを装備している。
「ベル、宝箱が……」
「同じ格好した人と戦ったことあるんですけど、爆発して酷い目にあったんで、嫌です」
「宝箱開ける時ってワクワクするよね」
「嫌ですからね。ほんとアイツらは嫌なんです」
蛍さんと出会う前、僕はアイツと戦ったことがある。こちらから喧嘩を売ったわけじゃない。『速戦即決』とかいって突然襲いかかってきたから、やむなく応戦したのだ。
その際、魔法で応戦したところ超至近距離で大爆発して、危うく片腕がちぎれるところだった。
だから、できれば戦いたくない。それにアイツは単体でいることは少なくて、仲間が近くに潜んでいることが多いし。
「冒険者のくせに冒険しないんだ。雑魚なの?」
「えっ」
今、なんか聞こえたような……。蛍さんのウィスパーヴォイスで、雑魚とか言われたような。
流石に気のせいだよね。凄くアクティブではあるけど心は優しい人だし、僕に向かって暴言を吐いたりはしないはずだ。
「わかったよ宝箱は諦めるよ。それじゃ東に向かおうか。モンドの方に」
蛍さんは肩を竦めて言った。
どうやらわかってくれたみたいだ。
さっき聞こえた罵倒については幻聴だった。そういうことでいいだろう。
「あ、そろそろパイモンさんが出現するんですよね。楽しみだなぁ」
「そうそう。パイモンが出てくるはずなんだけど、『さん』とかつけなくていいからね。パイモンはパイモンだし、非常食もどきみたいなものだから」
「なんだかんだ友達なんじゃないんですか?」
「……」
蛍さんからの返答は……なかった!
パイモン、どんな人なんだろうか。
おしゃべり好きみたいだから僕が頑張って相手をしないと。蛍さんは事情が特殊だから、無理に仲良くさせようと頑張ったりはしない方がいいだろう。
「ここから真っ直ぐ北東に向かうよ」
蛍さんは「あっちあっち」と指さした。
いや、断崖絶壁で向こう側が見えないんですけど。
ぐるっと迂回しないと無理そうだ。今いる地域はやたらと高い山が多くて、しかも普通に歩いて登れるような地形じゃない。極端に縦に長くて、登るとしたらロッククライミングみたくなってしまう。
「蛍さん。向こうに谷がありますよ。あそこを通っていくんですね」
簡単に進むためには、山と山の間の低地を歩いていくのが良いだろう。至って普通の発想だ。
「なんで?」
「いや、なんでって……」
でも、蛍さんは首をかしげた。
「真っ直ぐいけばいいよね? ベル、知ってる? 旅っていうのはね、寄り道しないで直進するのが最短なんだよ。だからよじ登るのがベストなんだよ」
いや、それはそうかもしれないけど……登るの? 軽く一〇〇
「心配しなくても大丈夫だよ。足場を探しながら登ればスタミナ回復できるし。危ないって言うなら泳ぐ方が危ないからね。途中でスタミナゲージ回復できないし、なくなったら沈むし」
「なんですかそのスタミナゲージって……」
やっぱりこの人、僕には見えないものが見えてるな。スタミナゲージってなんだよ。
「じゃあモンドを越えてパイモンとの出会いの川まで、レッツ……」
なお、モンドというのは大陸北東にある自由の国だ。モンド城っていう大きなお城があって、城塞都市になってるという話だ。セフィロス騎士団っていう強い人達がいるんだって。
「登るんですか? 本当に?」
「じゃあ出発するよ。レッツ……」
「本当に?」
「レッツ……!」
「……ゴー!」
超急斜面の山登りは不可避イベントみたいだ。
何としてでも登る意志を見せている蛍さんに、僕はヤケクソ気味に返事をした。
上の方から落ちたりしたら、