旅人と英雄   作:かぼちゃ

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パイモンさんとの出会い

 世界というのは様々ある。

 生物がいる世界、いない世界。神と呼ばれる存在が現存している世界、見捨てられた世界。

 永遠の虚無が定められている世界もある。

 世界というのは星の数ほどある。

 相互関係はあったりなかったり、並行世界なんかは関係あると言えるだろう。だとしても、様子を見に行くなんてことは()()不可能だ。

 世界間に存在する『壁』を通過するのは、全知全能の神々でさえ難しい。

 

「オイ、どーすんねんコレ。ヘルメス、洒落になっておらんぞ」

「ハハハ、返す言葉もないよ、ロキ」

 

 そこは、神々と人々が共に歩む世界。

 古代から人と怪物が争い続けており、迷宮都市オラリオを中心に様々な英雄神話が紡がれてきた。

 会話をしているのはどちらも神。優男風の男神ヘルメスと、朱色の髪の女神ロキである。

 二柱(ふたり)がいるのは高台だった。

 ()()()()()()()秘境全体を見渡すことができる、丘の上。迷宮都市オラリオから遠く離れた島国である。

 

「どこまで伸びておるんや、これは……」

 

 ロキは苦々しい顔で上空を見上げた。

 地上から雲の上まで、更に天蓋を突き破って、巨大な炎の柱が伸びている。

 それは天の炎と呼ばれる代物で、千年以上前に天界から落とされた神の力だ。強大すぎる力は消滅させることが困難で、しかしダンジョンから生まれた漆黒の怪物達を倒すことはできなかった。

 そして悩ましいことに、純粋な炎は下界の穢れに触れて制御を失い、このたびは見事に暴走。特級の異常事態(イレギュラー)を生み出してしまった。

 

「どチビ……ヘスティアはどうなった?」

()()()()、あの中にはいないな」

「アホ。んなことは言われなくともわかっておるわ」

 

 炎を管理していた司祭、および巫女達はある段階をもって限界だと判断したらしい。そこで聖火の権能を持つ女神ヘスティアに協力を要請し、ヘスティアは()()()()()浄化を試みた。

 自分がやるしかないと、彼女はわかっていたのだろう。だから眷族達には何も告げずにオラリオを出て、巫女達についていった。迷宮都市を揺るがした騒動の数々にカタがつき、少しは落ち着くかと思われていた矢先の出来事だった。

 

「……少年は負けたんか。その、古代の英雄とやらに」

「ああ……あの炎の中に放り込まれたよ。圧倒的な不利な状況だったのと、ヘスティアの危機に我を失っていたのもあってね。アイズちゃん達が足止めされるくらい酷い状況だった」

 

 女神が浄化作業に入った後だ。

 司祭の一人が裏切りに走り、女神を殺して炎を利用しようとした。その司祭とは古代の英雄エピメテウス。大昔に天の炎を授かり、その力をもってモンスター達を打ち倒した英雄だ。ただし、彼の活躍は長続きすることはなく、ダンジョンの大穴から出てきた漆黒のモンスター達に連戦連敗。世間から石を投げられ罵られるようになり、憎しみに取り憑かれてしまった。

 彼からすれば、神も人も復讐の対象であり、穢れた炎をもって全て焼き尽くすつもりだったようだ。

 

「穢れた天の炎で黒竜ごと世界を灰に変える……理論的にはいけるんやったか」

「何も生まれないような世界になって良ければ」

「ロクでもないな。これやから、神の力をそのまま使うのはアカンねん」

 

 天の炎は穢れが強いほど威力が高まり暴走する。

 その勢いは神々が予想していたよりも遥かに酷かった。不幸中の幸いだったのは、ヘスティアがどうにか浄化を成功させたこと。未だ完全に鎮火してはいないが、じきに柱は消えるだろう。

 

「どチビと少年達は、飛ばされたんやな?」

「ああ。空を突き破った衝撃が、門を開いた。二人は遠くの世界に飛ばされたよ」

 

 しかし、ヘスティアは戻ってくることはなく、炎に呑み込まれた少年もそれは同じ。

 燃え尽きて灰になったわけではない。あまりの衝撃で空間が破壊され、そこから繋がった別世界へと飛ばされてしまったのだ。

 そして、後を追いかけることは不可能だ。

 開いていた亀裂はとうに閉じてしまった。今ここで再びこじ開けることはできない。

 

「アイズ達もか……クソッ。命からがらダンジョンから帰ってきたかと思えば、こんな……洒落にならんわ!」

 

 ロキは握っていた手袋を岩に叩きつけた。眷族の少女、アイズ・ヴァレンシュタインはベルに同行していたのだが、なんと後を追いかけてしまったらしい。アイズを追いかけて来ていたレフィーヤも同じ。

 こちらから救出に向かうことはほぼ不可能で、現段階では居場所の特定すら厳しい。

 

「ロキ、落ち着きなさい。私の方でも探ってみるから……それに、恩恵の反応はあるのでしょう? 今すぐにどうこうなることはないわ」

 

 地団駄を踏むロキの背後。

 ソプラノの声を鳴らして、銀髪の女神が歩いてきた。美の神フレイヤである。ちょっとやらかしてしまってオラリオからは追放された身だが、街娘の姿で都市に住み続けている。流石に女神の姿で街を歩くことはできないが、ここはオラリオではないから問題はない。

 

「探ってみるって、どーすんねん。隣り合ってる別宇宙だけでも結構な数があるんやぞ。仮に神の力(アルカナム)を使えたとしても、絞り込むには膨大な時間がかかる。結論、無理や」

「そう。でもね、ロキには無理でも私には策があるわ。何もできないなら別にそれでいいから、果報を待っていてくれればいい」

「おい待て、それどういうことや」

「またね、ロキ。私は先にオラリオに戻るわ」

 

 フレイヤは自信ありげに言い残すと、ヘルメスには一瞥(いちべつ)もくれずに立ち去った。

 ゆったりとした足取りで丘を下っていく彼女は、ややあって待っていた馬車に乗り込む。(いわお)のような大男が傍らに控えていた。

 

「なんやアレ……ハッタリ……には聞こえへんかったけど」

「フレイヤの子も何人かベル君を追いかけてる。どうにかしてくれるっていう信頼なんじゃないか?」

「あー……そうやな。言われてみればたしかに。適任な子がおったんやった」 

 

 ロキはボリボリと髪をまさぐり、次にガックリと肩を落とした。

 

「向こう側の時間の流れとか色々気になるけど、なーんもわからん。はぁ……アカンわ。一難()って下界滅亡ルートかもしれへん」

「ハハハ、大袈裟だなぁ」

「オイ、ヘラヘラしてるんとちがうぞ。このタイミングで黒竜でも目覚めてみぃ。アイズはおらん、レフィーヤもおらん、少年もおらん。フレイヤんとこの子も何人か……戦力激減しとるやないか! わかっておるんか自分は! 責任取れ!」

「──グハッ!‍?」

 

 ロキはヘルメスの後頭部をブン殴った。

 この男神は早い段階から情報を持っていた。ヘスティアが単独で浄化に向かったことも把握していたくせに、ロキやフレイヤには何も言わなかったのだ。試練とばかりにベル達に丸投げして、挙句の果てには事情をよく知らなかったアイズ達まで巻き込まれた。

 

「自分、色ボケに殺されへんかったこと、感謝した方がええぞ。付き合い長いからわかるんやけど、アレ、めっちゃ怒ってるからな」

「ハハハ」

「オイ、笑うなクソ神。今すぐこっから突き落として送還すんぞ」

 

 少年達が消えてから、今日で()()

 現状、巨大戦力が何人も消息不明。

 これからを考えると痛いどころの話ではなく、下界滅亡の可能性がグッと上がってしまった。

 人類には倒さなければならない終末の竜、黒竜がいる。しかし、これでは最終決戦に挑むなど不可能であった。

 

 

 

 

 

 

「──へえ! 蛍は知らない神にお兄さんを連れ去られて、気づいたらこの世界にいたのか! ベルは自分の神様を探してるんだな! オイラで良かったら力になるよ! よろしくな! 蛍、ベル!」

 

 大陸北東にある砂浜で、僕はパイモンさんとの出会いを果たしていた。

 体はとても小さく、その相貌は幼女のようだ。頭の上には不思議な赤い輪っかが浮いていて、体もフワフワと宙に浮かんでいる。

 

「よろしくな、蛍、ベル!」

「は、はい! よろしくお願いします、パイモンさん!」

 

 元気でよく笑うし、すごく友好的な感じだ。

 でも、彼女には大きな問題があった。

 

「私、まだ何も言ってないんだけど……」

「おう! あの時お前がいなかったら、オイラはもうとっくに溺れ死んでたからな! だからオイラも案内役頑張るぜ!」

 

 蛍さんとの会話が凄く不自然で、今みたく致命的に噛み合わないことが多々あるのだ。しかも出会ったのは()()()()だ。大きな鳥に咥えられて死にかけていたパイモンさんを、僕が助けた。

 それなのにパイモンさんの中では、溺れていたところを蛍さんに助けてもらったことになっている。意味不明すぎて不気味だ。かなり怖い。

 

「しっかし蛍は幸せ者だよな! 二ヶ月前、オイラに出会わなかったらずっと一人だったもんな! それを考えると、支え合ってる感じでとってもいいよな!」

「今回支えになってくれてたのはベルだし、パイモンと会ったのは今日だよね?」

「今回ってなんだ? よくわかんねーこと言ってないで、準備しろよな! そろそろ出発の時間だ! 行こう!」

「……」

 

 よくわかんねーことを言っているのは、どう考えてもパイモンさんの方だ。

 なに? なんなの? 変な力が働いてるとしか思えないんだけど、彼女の頭の中で一体何が起こっているんだ?

 

「出発の時間だ! 行こう!」

 

 パイモンさんは俊敏な動きで飛び立った。

 左手の砂浜沿いを十(メドル)ほど直進すると、空中でピタリと停止する。右にある高い崖から小鳥達が飛び立つ中、ヒュッと僕たちの方を振り返った。

 フワフワ浮いたまま、何も言わない。表情も変わらない。

 パイモンさんの背中の後ろには、緩やかな坂が見えている。モンド城がある方向だから、進むべき道は間違ってはいないけど……。

 

「ベル、やっぱりヤダ。助けてお願い。気味が悪いよ……」 

「そう言われましても……」

 

 蛍さんが、僕の後ろに、隠れた。

 化け物でも見るような顔をパイモンさんに向けて、ハァハァと呼吸を乱している。

 いや、これはたしかに……怖いな。

 初めて経験した僕でも気味が悪いんだから、ループしてる蛍さんがこうなるのもわかる気がする。

 

「本当はね、ここじゃなかったんだ。パイモンと出会った場所」

「……そうなんですか?」

「うん。純水精霊と戦った国。璃月(リーユエ)には弧雲閣(こうんかく)っていう、小さな島が集まってるところがあるんだけど、そこで釣りしてた時に針に引っかかったの」

「……は、はぁ」

 

 蛍さんの声は震えている。

 めちゃくちゃか細い。喉から絞り出してる感じだ。

 弧雲閣か……僕はまだ行ったことないけど、そこで釣り上げるはずのパイモンさんがなぜここに? 

 毎回場所が変わるってことだろうか。でも、それにしちゃ蛍さんは迷いなくこの場所──『星落ちの谷』に一直線だった。もしかして、事前に出現場所がわかるとか?

 

「でも、ループしてるうちに気味が悪くなってきて、あと同じことばっかり言われてイラッとしたのもあって、放置したことがあったんだ」

「なるほど……それで? 何が起こったんですか?」

 

 ゴクリと息を飲む僕の耳に、蛍さんは小さな口を近づけてきた。「驚かないでね?」と小声で囁く。

 

「どこに行っても、同じタイミングで、出現したの。パイモン」

「……」

「今回みたいに鳥に咥えられて出てきたり、木の上から落ちてきたり、猪にまたがって登場した時もあったよ……全部、ほとんど同じタイミングだった。絶対に出会っちゃうんだよ。怖いよ」

 

 うんそれは怖いな。

 美少女の吐息が耳に当たってるのに、ドギマギしない程度には怖い。蛍さん、変な呪いでもかけられてるんじゃないの……?

 僕は段々と実感してきた。

 人として嫌いとかじゃないし友達だと思いたい。蛍さんは本音ではそう思っているらしい。でも、本能的に拒否反応が出てしまうと話していた。そうなってしまう理由を身をもって知った僕だった。

 

「もっと怖いこと言っていい?」

「ど、どうぞ……」

「いつもの流れ的にはね、パイモンを吊り上げてから二ヶ月くらい一緒に旅をして、ここに来るんだ。私が身の上話をして、チュートリアルみたいなのが始まるんだけど……」

 

 チュートリアル。

 僕もやったなぁ。ギルドでエイナさんに色々と教えて貰って、そこからダンジョンで実践して。蛍さんのチュートリアルとは違うかもだけど、懐かしい。

 

「弧雲閣からここに来るまでの記憶、()()んだ」

「えっ」

「あっ、ベルと旅した二ヶ月のことはちゃんと覚えてるからね。パイモンとの二ヶ月が空白の記憶っていうだけ」

 

 なんだそれ。どういうことだよ怖いよ。  

 僕とのことはちゃんと覚えてくれてるのは嬉しいけど、パイモンさんの話はどういうこと?

 

「不気味だよね……それなのに私、二ヶ月前にあなたと出会わなかったらずっと一人でさ迷ってた……って言ってニコってしてたんだよ。おかしいよ」

「蛍さん、ちょっと痛いんですけど、二の腕が……」

「あっごめん」

 

 蛍さんの細い指が、僕の二の腕に食い込んでいて、肌がちぎれそうだった。今、危機は去った。

 それにしても、うーん……パイモンさんって一体全体なんなんだろう。今は瞬きひとつしないでこっち見てるんだけど、色々と聞いた後だとすごく不気味に見えてしまう。最初は愛くるしい幼女にしか思えなかったのに……悲しい変化だ。

 

「ベル、ちょっとやりたいことがあるんだけど、付き合って。お願い」

「いいですけど、何するんですか……?」

 

 先程までとは違って、蛍さんの声に力が籠った。

 意を決した様子で何かするつもりみたいだ。もしかして、パイモンさんから逃げるとか?

 

「私、もう少し()()()()()()()()()。ベルはまだよくわかってないと思うから、チュートリアルをすることにした」

「どういうことですか。まってください顔が怖いんですけど、何を始めるっていうんです」

 

 心の中でどんな気持ちが渦巻いているのか、蛍さんはなぜか(あざけ)り笑った。出会ってから見たことない顔だ。悪の女王みたいな笑顔。

 ちょっと待って嫌な予感しかしない。

 

「パイモンの方に行くと途中からパーティに強制加入しちゃうから。大回りして避けて進むよ……ここからはいくつか説明事項があるんだけど、大丈夫。私がわかりやすく教えるから」

「蛍さん? 蛍さん? 目がグルグルしてますよ大丈夫ですか? 蛍さん!‍?」

「じゃあ崖をよじ登ろう。レッツ……」

 

 蛍さんは僕の呼びかけを無視して、高い崖の方を向いた。右手をグーにして、僕の返事を待っている。

 ダメだなんかスイッチ入っちゃってる。パイモンさんは無言でこっち見てるし、なんなんだこれは。

 

「ベル、行くよ! レッツ……!」

「……ゴー!」

 

 速やかにこの不気味な空間から逃げ出したい。

 そして怯えている蛍さんを助けてあげたい。

 僕は強い気持ちを胸に、崖に向かって走り出した。

 蛍さんの首の後ろからぶら下がってる尻尾みたいな布切れが二本、ひらひらと風に舞っていた。

 いざ! パイモンさんを放置して、チュートリアル、開始! 

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