和服を身にまといつまらなそうに歩く彼女に恋をした。
中学校で初めての夏休みが始まりやることもなくただ日々を消費していたある日、両親が海外に長期の旅行に行くと言い出した。
行先はタイでなんでも父の会社の同僚が以前の経験を語ったところ行ってみたくなったのだとか。
期間は2ヶ月。ちょうど夏休みの期間だった。アウトドアな両親から生まれたくせに家から出ることを嫌った僕は留守番を選んだ。
家に一人というのは両親も不安らしく旅行の間親戚の家に預けられることになった。
親戚の家は田舎のほうで、土地が余っているためとても広かった。
汗ばんだシャツに少々のいら立ちを覚えながら、席を立ち忘れ物の確認をして電車から降りる。
「裕くんひさしぶりだねぇ」
駅までおばさんがむかえにきてくれ、元気にしているかなど軽い近況の報告をしながら、田舎らしい田んぼに挟まれた長い道を歩き始めた。
「ゆっくりしていてねぇ」
おばさんの家につき居間まで行き、荷物を下ろしひと段落つける。
古びた扇風機の風にあたりながら。2ヶ月をどう過ごそうかを考え横になった。
ポケットからスマホを取り出し時刻を確認する。すでに12時を超えていたことを知った。
通知を確認していると父からメールが来ていた。無事についたかの心配のメールが来ていて返信を返そうと思ったが、メールを打つのがめんどくさくなり電話をかける。
3コールほど待っていると電話に出る音が聞こえる。
「もしもし」
つながっているとわかっていても反射でくちから出てしまう。
「お~裕、ちゃんとおばさん家まで行けたか?」
電話の向こうから太く活気の良い声が聞こえる。
おばさんの家までは遠いとはいえ一回電車を乗り換えるだけなので心配するほどのことはないが心配をしてくれる。
「大丈夫だよ。そっちこそちゃんとついたの?」
向こうは早朝から出発し5時間のフライトを経ていた。
「おう無事タイだぜ。」
よく聞けば、電話の向こうから海外の雰囲気を感じる。
「まぁ元気にやれよ」
「うん」
会話の終了を確認し、電話を切ろうとする。
「あ、そういえばそっちでちょうどお祭りがあるんじゃないか?」
父の言葉に指が止まる。
「お祭り?」
「そうそう。この時間毎年やるんだよ」
「へぇ」
基本はインドアな僕だが、お祭りの匂いや雰囲気は好ましいものがあった。
「名前は忘れたけど確か狐を祀ってる神社でやるんだよ」
「うーん」
しかし人混みや夏の蒸し暑さが理由で踏ん切りがつかなかった。
「ま、元気にやれよ」
「ありがと」
会話の終わりを感じ、電話をきる
「おなか減ってるでしょう。これ食べな」
厨房からお盆に麦茶とおにぎりをのせたおばさんがやってきた。
「ありがとう」
机に置かれた麦茶を一口飲む。
冷たい液体が喉を通り抜けると、電車移動で溜まった疲れが少しだけ和らいだ。
「そういえば、お祭りあるんだって?」
父との会話を思い出しながら尋ねる。
「ああ、お狐の神社でやるお祭りねぇ」
おばさんは懐かしそうに笑った。
「毎年この時期にやるのよ。結構大きなお祭りだから、暇なら行ってみたら?」
「おもしろそうだよね」
口ではそう言いながらも蒸し暑さや人混みを考えると億劫になってしまう。
けれど家に閉じこもっているだけの夏休みも退屈だった。
「まあ気が向いたら」
そう答えながらおにぎりを頬張った。
◇
数日後。
祭り当日。
昼間から聞こえていた太鼓の音は、日が沈む頃にはさらに賑やかになっていた。
結局、暇に負けた僕は祭りへ向かうことにした。
浴衣こそ着なかったものの、適当なTシャツとジーンズで家を出る。
田んぼ道を歩きながら遠くを見ると、山のふもとに提灯の明かりが並んでいるのが見えた。
「あれか」
思ったより人も多いらしい。
神社へ近づくにつれて、焼きそばやたこ焼きの香りが風に混じり始める。
子供たちの笑い声。
金魚すくいの呼び込み。
どこか懐かしい祭り特有の空気。
人混みは苦手なはずなのに、その雰囲気だけは嫌いになれなかった。
鳥居をくぐると境内は想像以上の賑わいだった。
参道にはずらりと屋台が並び、浴衣姿の人々が行き交う。
その中央にある本殿では狐の面をつけた巫女たちが舞を奉納していた。
「へぇ……」
思わず見入る。
父が言っていた狐を祀る神社というのは本当らしい。
境内の至るところに狐の像が置かれ、赤い前掛けを掛けていた。
しばらく祭りを見て回ったあと、人の多さに少し疲れた僕は休めそうな場所を探した。
本殿の横を抜ける。
さらに奥へ。
気づけば人気の少ない神社の裏手へと来ていた。
祭りの喧騒は木々に遮られ、遠くから聞こえる程度になっている。
「静かだな……」
夜風が心地いい。
近くの石に腰掛けようとしたその時だった。
さらり。
風とは違う何かの音がした。
視線を向ける。
月明かりの差し込む木立の中。
そこに一人の少女が立っていた。
銀色の髪。
雪のように白い肌。
そして頭の上には、ぴくりと揺れる狐の耳。
祭りで売っているような作り物ではない。
本物のように自然に生えていた。
さらに腰の後ろには、ふわりと揺れる銀色の尾が見える。
少女は和服を身にまとっていた。
淡い銀と白を基調とした着物。
月光を浴びて、まるで夜の中でだけ存在を許された幻想のようだった。
だが。
その表情だけは不思議なほど現実的だった。
退屈そうで。
面倒そうで。
世界のすべてに興味を失ってしまったような目。
少女は僕に気づいても驚かない。
ただ一度だけ視線を向ける。
そして、
「……人間か」
つまらなそうにそう呟いた。
その瞬間。
胸の奥が、妙に騒がしくなった。
祭りの喧騒なんて比べものにならないほどに。
後になって思えば。
僕が彼女に恋をしたのは、たぶんこの時だった。