「……人間か」
少女はそう呟くと、興味を失ったように視線を逸らした。
そして何事もなかったかのように踵を返す。
「あ、待って」
気づけば声をかけていた。
少女の足が止まる。
ゆっくりと振り返ったその顔には、面倒そうな色が浮かんでいた。
「なんじゃ」
「いや、その……」
「用がないなら帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
少女は小さくため息をつく。
「変な人間じゃのう」
「君、その耳……」
「見ればわかるじゃろう」
少女は耳をぴくりと動かした。
「狐じゃ」
当たり前のように言う。
「本物の?」
「本物じゃ」
「でも他の人は全然気づいてないよね」
その言葉に少女は少しだけ目を細めた。
「ほう」
初めて興味を示したような反応だった。
「気づいたか」
「やっぱり」
「わしの姿を見られる人間はそう多くない」
少女――浅葱は腕を組む。
「おぬしには見えておるようじゃがの」
「理由はわからないけど」
「わしにもわからぬ」
さらりと言った。
「名前は?」
「浅葱じゃ」
「浅葱か。僕は裕」
「裕か」
浅葱は名前を確かめるように呟く。
「変わった奴じゃの」
「そうかな」
「普通の人間なら悲鳴を上げるか逃げるかじゃ」
「そういうもの?」
「そういうものじゃ」
浅葱は少し考えた後、
「まあ、おぬしは変じゃが悪くはないのう」
と言った。
「それ褒めてる?」
「半分ほどな」
「半分かぁ」
「欲張るでない」
浅葱はわずかに口元を緩める。
「浅葱はこの神社に住んでるの?」
「住んでおるというより居るという方が正しいの」
「違いある?」
「人間にはわからぬじゃろうな」
「じゃあ何歳?」
「忘れたのう」
「忘れた!?」
「百や二百で数えるのをやめたからの」
「それ絶対すごい歳だよね」
「乙女に歳を聞くでない」
「自分から言ったじゃん」
「細かいことを気にする奴じゃのう」
浅葱は呆れたように言う。
しかしその顔には先ほどまでの退屈そうな雰囲気はなかった。
むしろ少し楽しそうだった。
「好きな食べ物は?」
「油揚げじゃな」
「即答!?」
「美味いからの」
浅葱は当然のように胸を張った。
「祭りの屋台より?」
「油揚げの方が上じゃ」
「筋金入りだ……」
「当然じゃろう」
浅葱はどこか得意げだった。
楽しい。
そう感じ始めたとき遠くに小さく聞こえていた賑やかさがないことに気づく。
「祭りはもう終わりかの」
浅葱は少し背伸びをして参道の方を見ている。
そんな姿もとても愛らしかった。
もっと会話をしたかった。
しかしお世話になり始めて早々おばさんに心配をかけるわけにはいかない。
「僕、そろそろ帰らなくちゃ」
「そうか」
彼女の顔色はそこまで変わらなかったが少し、本当に少し寂しさが見えたような気がして嬉しくなってしまった。
「またね」
「またの」
そんな別れの言葉でもさらに嬉しくなって既に次来た時には何を聞こうか考えてしまう。
片付けをしている大人たちを横目にスキップしそうなほど上機嫌で帰路を辿っていく。
◇
おばさんの家に着くと電気は全て消えていた。
もらった鍵でドアを開ける。
「ただいま」
靴を脱ぎながら一応おばさんへ軽く声をかけてみるが返事がない。
寝てるよなと思いながら鍵をかけ直し借りた部屋に歩いていく。
思い出せるのはやはり彼女のことだった。
布団を敷き横になり彼女を思う。
何者だろう
次は何を話そう
そんなうちに眠りに落ちていた。
◇
翌朝。
目が覚めた瞬間、最初に思い浮かんだのは浅葱のことだった。
「……夢じゃないよな」
天井を見上げながら呟く。
銀色の髪。
狐耳。
誰にも見えない不思議な少女。
あまりにも現実離れしていて、夢だったと言われた方が納得できるくらいだった。
しかしポケットから取り出したスマホには、昨夜祭りで撮った提灯の写真が残っている。
祭りへ行ったことは事実だ。
ならば浅葱も――。
「裕くん、朝ご飯よー」
おばさんの声が聞こえた。
布団から起き上がり居間へ向かう。
朝食は焼き魚と味噌汁、それに卵焼きだった。
「よく眠れた?」
「うん」
答えながら箸を動かす。
「祭りは楽しかったかい?」
「まあまあかな」
嘘ではない。
だが本当に印象に残っているのは祭りではなく浅葱だった。
「友達でもできた?」
「いや」
できたと言っていいのかもわからない。
そもそも人ですらない。
朝食を終えると特にやることもなく縁側へ出た。
蝉がうるさいほど鳴いている。
青空には雲一つない。
暇だった。
昨日まではその暇さが苦にならなかったのに、今日は違う。
ふと時計を見る。
まだ午前十時。
「遅いな……」
思わず漏れる。
神社へ行くには早すぎる。
昼を過ぎる。
本を読む。
スマホを見る。
昼寝する。
それでも時間はなかなか進まない。
気づけば夕方になっていた。
「あー……」
立ち上がる。
理由を考えるまでもなかった。
会いに行きたい。
ただそれだけだった。
「ちょっと散歩してくる」
おばさんにそう伝え、家を出る。
西日に照らされた田んぼ道を歩く。
昨日と同じ道なのに、足取りは少し軽かった。
神社に着く頃には空が茜色に染まり始めていた。
参拝客はほとんどいない。
祭りの熱気が嘘のように静かだった。
鳥居をくぐり、本殿の横を通る。
そして昨日と同じ裏手へ向かった。
いるだろうか。
そんなことを考えながら木々の間を抜ける。
すると。
「遅かったのう」
聞き覚えのある声がした。
振り向く。
大きな御神木の枝に腰掛けながら、浅葱がこちらを見下ろしていた。
銀色の髪が夕日に照らされて輝いている。
「いた」
思わず声が漏れる。
「なんじゃその反応は」
「いや、会えないかと思ってたから」
浅葱は目をぱちくりと瞬かせた。
「わしはそう簡単には消えぬぞ」
「それならよかった」
その言葉に浅葱は少しだけ首を傾げる。
「ふむ」
そして枝から軽やかに飛び降りた。
人間離れした動きだった。
着地の音すらほとんどしない。
「おぬし、わしに会いに来たのか?」
「そうだけど」
「変な奴じゃのう」
呆れたように言う。
だが尻尾はどこか機嫌良さそうに揺れていた。
「浅葱は僕が来ると思ってた?」
「少しはの」
「少し?」
「半分ほどじゃ」
「なんだそれ」
「全部言うのはつまらんじゃろう」
くくっと浅葱が笑う。
昨日よりも表情が柔らかい。
「それで今日は何を聞くんじゃ?」
「また質問される前提なんだ」
「おぬしは好奇心の塊じゃからの」
否定できなかった。
浅葱のことを知りたい。
それは昨日よりもっと強くなっていた。
夕暮れの神社。
蝉の声。
木漏れ日。
そして銀狐の少女。
夏休みはまだ始まったばかりだった。
◇
それから数日が過ぎた。
結局、僕は毎日のように神社へ通っていた。
夕方になれば家を出て、神社の裏へ向かう。
浅葱もまた当たり前のようにそこにいて、他愛もない話をした。
昔の話を聞いたり。
僕が学校の話をしたり。
浅葱にスマホを見せたら「なんじゃこの板は」と真顔で言われたり。
アイスを食べさせたら頭を抱えて悶絶したり。
「冷たい! 甘い! なんじゃこれは!」
と騒いでいたのは今でも思い出すと笑える。
最初は退屈そうだった浅葱も、最近では僕の姿を見ると少しだけ尻尾が揺れるようになっていた。
本人は絶対に認めないだろうけど。
そんなある日だった。
いつものように昼食を食べ終え、居間でのんびりしていた。
おばさんは買い物へ出掛けている。
家には僕一人。
古い扇風機がぶんぶんと回り、蝉の鳴き声が窓の外から聞こえてくる。
テーブルの上には昼食の残り。
その中にあった油揚げをなんとなくつまみながらテレビを眺めていた。
「暇だな」
時計を見る。
まだ午後一時過ぎ。
神社へ行くには早い。
どうせ夕方になったら浅葱のところへ行くのだろう。
そんなことを考えながら油揚げを口に運ぼうとした、その時だった。
ひょい。
突然、目の前から油揚げが消えた。
「え?」
間抜けな声が出る。
視線を下ろす。
そして固まった。
向かい側の席。
そこには見慣れた銀髪の少女が座っていた。
「むぐ」
油揚げを頬張りながら。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
浅葱はもぐもぐと咀嚼している。
僕は状況を理解できていない。
やがて浅葱が飲み込んだ。
「うむ」
満足そうに頷く。
「美味いのう」
「なんでいるの!?」
思わず叫んだ。
浅葱は耳をぴくりと動かす。
「そんな大声を出すでない」
「いや出すでしょ!」
「そうか?」
「そうだよ!」
浅葱は不思議そうな顔をしている。
まるで何がおかしいのかわからないと言いたげだった。
「神社にいると思ったら家にいるし!」
「来てはならんかったか?」
「いや……」
そう言われると困る。
来るなとは思わない。
ただ心の準備というものがある。
「普通に驚くから」
「なるほどのう」
浅葱は素直に頷いた。
どうやら本当に悪気はなかったらしい。
そしてテーブルの上を見る。
油揚げを。
じーっと。
「……食べたいの?」
「別に」
「絶対食べたいよね」
「別に欲しくなど」
ぐぅ。
腹の音が鳴った。
浅葱がぴたりと固まる。
僕も固まる。
しばらくして浅葱はそっと目を逸らした。
「……聞かなかったことにするのじゃ」
「無理だよ」
「忘れるのじゃ」
「無理だって」
「おぬしは融通が利かんのう」
浅葱は不満そうに頬を膨らませる。
その姿がおかしくて笑ってしまった。
「ほら」
残っていた油揚げを皿ごと差し出す。
浅葱の耳がぴくりと動く。
「よいのか?」
「そのために来たんじゃないの?」
「違うのじゃ」
即答だった。
だが視線は油揚げに釘付けである。
説得力は皆無だった。
「食べなよ」
「……では遠慮なく」
浅葱は一枚手に取る。
そして一口。
途端に尻尾がふわりと揺れた。
「美味いのう……」
本当に幸せそうな顔だった。
神様とか妖とかそんなことはどうでもよくなるくらい。
ただの油揚げ好きな少女にしか見えない。
「それで?」
僕は頬杖をつく。
「今日はどうしたの」
浅葱は二枚目の油揚げを手に取りながら答えた。
「たまにはおぬしの方へ来るのも悪くないと思っての」
「へぇ」
「あと」
「あと?」
浅葱は少しだけ視線を逸らした。
「夕方まで待つのが暇じゃった」
その言葉に思わず目を丸くする。
あの浅葱が。
人間など興味ないと言わんばかりだった浅葱が。
僕と話すために神社を出てきた。
その事実に胸の奥が少しだけ温かくなった。
しかし当の本人は誤魔化すように油揚げを口へ放り込む。
「勘違いするでないぞ」
「何を?」
「別におぬしに会いたかったわけではない」
「はいはい」
「本当じゃ」
「はいはい」
「聞く気がないのう!」
居間に浅葱の抗議する声が響く。
その様子が妙におかしくて、僕はしばらく笑い続けていた。
その日を境に、浅葱が家へ来ることは珍しいことではなくなった。
むしろ――。
「お邪魔するのじゃ」
「もう勝手に入ってくるよね」
「毎回許可を取っておるじゃろう」
「玄関開けながら言うのは許可取ってるとは言わないんだよ」
そんなやり取りが日常になっていた。
おばさんは浅葱の姿が見えない。
だから傍から見れば、僕は一人で話しているように見えるらしい。
最初の頃は少し気まずかったが、最近では慣れてしまった。
「裕くん、誰かと電話してるの?」
「ううん」
「そう?」
そんな会話も増えた。
そして浅葱はというと。
「ほう」
興味深そうにテレビの前へ座っていた。
「それで今日は何をするのじゃ?」
「ゲームでもやる?」
「げえむ?」
案の定知らないらしい。
僕は旅行用に持ってきていたゲーム機を取り出した。
「これ」
「箱じゃな」
「箱じゃない」
電源を入れる。
画面が光る。
浅葱の耳がぴくりと動いた。
「おお」
目が少し丸くなる。
「光ったのう」
「だからゲーム機だって」
説明しながらコントローラーを渡した。
浅葱はしばらく眺める。
裏返したり。
振ったり。
匂いを嗅いだり。
「何してるの」
「生態調査じゃ」
「機械だから生きてないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
そしてゲーム開始。
十分後。
「なんじゃこれ!」
浅葱が叫んだ。
「また落ちた!」
「だからジャンプするタイミングが遅いんだって」
「理不尽じゃ!」
「理不尽じゃない!」
画面の中でキャラクターが穴へ落ちる。
ゲームオーバー。
浅葱は悔しそうに尻尾をぶわっと膨らませた。
「もう一回じゃ!」
「はいはい」
そこから一時間。
二時間。
気づけば浅葱は完全にゲームに夢中になっていた。
「見たか!」
「お、上手くなった」
「当然じゃ!」
どや顔をする。
何百年も生きている狐がゲームで喜んでいる姿はなかなかシュールだった。
昼過ぎになる頃には二人とも少し疲れていた。
蝉の声が窓の外から聞こえる。
扇風機がゆっくりと回っている。
夏特有の気だるい空気が部屋を満たしていた。
「暑いのう」
浅葱が畳へ寝転がる。
「そうだね」
「動きたくないのじゃ」
「わかる」
僕も隣へ横になる。
天井の木目をぼんやり眺める。
風が頬を撫でる。
なんとも平和だった。
「裕」
「ん?」
「人間の夏というのは毎年こうなのか?」
「まあ大体」
「暇じゃのう」
「それを言う?」
毎日神社でぼーっとしていた狐に言われたくない。
浅葱はくくっと笑った。
「確かにの」
しばらく沈黙が続く。
蝉の声だけが響いていた。
不思議と気まずくない。
何か話さなければいけないとも思わない。
ただ隣にいることが当たり前になっていた。
出会った頃なら考えられないことだった。
ふと横を見る。
浅葱は天井を見ていた。
銀色の髪が畳に広がっている。
耳も尻尾も力なく横たわっていた。
「浅葱」
呼んでみる。
返事がない。
「浅葱?」
もう一度呼ぶ。
それでも返事はない。
よく見ると規則正しく胸が上下していた。
「寝てる……」
いつの間にか眠っていたらしい。
口元は少し緩んでいる。
普段の偉そうな態度はどこへ行ったのか。
完全に無防備だった。
「子供みたいだな」
思わず苦笑する。
すると。
「……聞こえておるぞ」
目を閉じたまま浅葱が呟いた。
「起きてたの!?」
「半分寝ておる」
「どっちなんだよ」
「うるさいのう……」
そう言ったきり今度こそ静かになる。
数秒後には寝息が聞こえてきた。
本当に眠ったらしい。
僕も笑いながら目を閉じる。
窓から吹く夏の風。
遠くで鳴く蝉。
隣から聞こえる穏やかな寝息。
退屈だと思っていた夏休みは、いつの間にか居心地のいい時間へ変わっていた。
そんなことを考えながら、僕もゆっくりと眠りへ落ちていった。
それからさらに数日が過ぎた。
夏休みは相変わらずゆっくりと流れていた。
昼になれば浅葱がやって来る。
ゲームをしたり。
お菓子を食べたり。
昼寝をしたり。
気づけばそれが当たり前になっていた。
そしてある日のことだった。
「おおおお!」
居間に浅葱の叫び声が響く。
「できた!」
僕は漫画から顔を上げた。
テレビの前では浅葱が立ち上がっていた。
銀色の尻尾がぶんぶんと左右に揺れている。
画面にはエンディング。
ここ数日ずっと苦戦していたゲームをついにクリアしたらしい。
「やったのじゃ!」
「おー、おめでとう」
「見たか裕!」
「見てた見てた」
「わしの勝ちじゃ!」
「ゲームに勝ち負けはないけどね」
「細かいことはよいのじゃ!」
浅葱は満面の笑みだった。
出会った頃のつまらなそうな顔が嘘みたいだった。
そんな姿を見ていると。
なんとなく。
本当になんとなくだった。
気づけば手が伸びていた。
ぽん。
「へ?」
浅葱の頭に手を置く。
そしてそのまま撫でる。
さらさらとした銀髪が指の間を流れた。
「頑張ったじゃん」
「な……」
浅葱の動きが止まる。
耳がぴんと立つ。
「な、なにをしておるのじゃ」
顔を真っ赤にしながらこちらを見る。
「いや、褒めただけ」
「ほ、褒める?」
「うん」
「頭を撫でて?」
「普通じゃない?」
「普通なのか?」
浅葱は本気で困惑していた。
どうやら狐の世界にはそういう文化はないらしい。
僕は手を離す。
すると。
浅葱はしばらく固まっていた。
耳だけがぴくぴく動いている。
「浅葱?」
「……」
「どうした?」
浅葱は少し視線を泳がせた。
そして。
「もう終わりかの」
「え?」
「だから」
浅葱は咳払いをする。
「その……」
耳が真っ赤になっていた。
「続けてもよいぞ」
「え?」
「褒めておるのじゃろう?」
「まあ」
「なら最後まで責任を持つのじゃ」
どんな理屈だ。
しかし本人は真剣だった。
僕は思わず笑う。
「わかったよ」
再び頭を撫でる。
すると浅葱の耳がぴくりと震えた。
目を細める。
尻尾がふわふわ揺れる。
まるで気持ちよさそうな猫みたいだった。
「どう?」
「……悪くないのう」
「素直じゃないな」
「うるさいのじゃ」
そう言いながらも逃げようとはしなかった。
それどころか少しだけ頭を押し付けてきた気がする。
たぶん気のせいじゃない。
その日以来だった。
「裕」
「ん?」
「見よ」
浅葱がゲームの画面を見せてくる。
「新記録じゃ」
「すごいじゃん」
すると浅葱はじっとこちらを見る。
「……」
「……?」
「何か忘れておらんかの」
「何を?」
浅葱は無言で頭を指差した。
「いや、自分で要求するの?」
「褒める時は撫でるものなのじゃろう?」
「誰が決めたの」
「裕じゃ」
「決めてないよ」
それでも撫でると満足そうだった。
また別の日。
「見ろ」
「どうしたの?」
「油揚げを我慢した」
「偉いね」
「うむ」
浅葱はその場から動かない。
じっと見てくる。
「……」
「……」
「浅葱?」
「早くするのじゃ」
「何を」
「撫でるのじゃ」
「だからなんで当然みたいになってるの」
「褒めるのじゃろう?」
「そうだけど」
「なら撫でるのじゃ」
完全に条件反射になっていた。
結局撫でる。
浅葱は満足そうに目を細める。
またある日は。
「今日は蝉を三匹助けたのじゃ」
「そうなんだ」
「うむ」
じーっ。
「……」
じーっ。
「はいはい」
頭を撫でる。
「ふふん」
満足そう。
もはや目的が逆転していた。
褒められたいのではない。
撫でられたいのだ。
本人は絶対に認めないだろうけど。
最近では僕が本を読んでいるだけで近くへ座ってくることも増えた。
そして何も言わず。
さりげなく。
本当にさりげなく。
頭が届く位置へ移動してくる。
「浅葱」
「なんじゃ」
「撫でてほしいの?」
「違うのじゃ」
即答だった。
しかし尻尾は期待するように揺れている。
「じゃあ撫でないよ」
「なっ」
浅葱の耳が跳ねた。
「そ、それは駄目じゃろう」
「なんで?」
「なんでって……」
言葉に詰まる。
そして小さな声で。
「少しくらいはよいではないか……」
そう呟いた。
その姿があまりにも可笑しくて。
僕は笑いながら浅葱の頭を撫でた。
すると浅葱は目を細める。
まるでそれが当然のように。
そしてどこか幸せそうに。