「はぁ」
もう何回目かわからないため息。
そのたびにタケルが顔をあげる。
小さく「どうしたの?」って感じで鼻を鳴らす。
「……大丈夫、なんでもない」
また、ため息と同じ回数だけタケルに同じ事を言う。
頭を軽く撫でてやると安心したのか、買ってきたコロッケパンを食べ始める。
「……」
少し目線をあげれば手に包めそうな街並みが見える。
時間の流れにのり、日々変わり続けながらもそのカタチは変わらない。
「わたしはもう――」
変われない。
言葉を飲み込んだ。
あの日から自分の心は流れを拒絶した。
それなのにあの二人、特に白銀は――。
「ん、どうしたの?」
タケルが擦り寄ってくる。
どうやらご満悦の様。
「寝る?」
タケルを膝の上にのせると丸くなる。
程よい重さと伝わってくるぬくもり、鼓動が心地よい。
優しく撫でると尻尾がゆれる。
しだいにゆっくりとなり、安らかな寝息だけになる。
「はぁ」
また、ため息が出る。
タケルは反応しない。
風が草木を揺らす音が大きく感じる。
頭の中でうかぶ顔。
榊、たま、鑑、白銀――。
「何故……かな」
あの時から周りを拒絶してきたのに。
独りになりたいと思った。
独りで生きれると思ったのに。
「榊、ウザい。嫌いなタイプ」
声に出してみる。
当たっている。
当然だ。
じゃあ、何故あんなにも相手をしているのか?
今までだってあった。
嫌いなタイプは適当にあしらって、流す。
そして、寄せ付けない。
それで終わり。
相手もわたしを嫌って寄ってこない。
考えてもわからない。
「白銀はよくわからない。でも、嫌いじゃない」
声に出すと変な感じ。何だろう。
上を見上げれば雲がゆっくりと形を変えながら流れていた。
***
また予定のない休日。
ここしばらく忙しくてタケルに会えなかった。
なんか変なヤツが来て、いろいろと騒動があったし。
まぁ、面白かったといえば、面白かったかもしれない。
軽く背を伸ばす。
今日の予定はまだ無い。
一日中タケルと過ごそうかな。
そう思い立って、タケルのゴハンを購入して、いつもの場所に向かう。
「タケル」
いつもならすぐに飛んでくるのに。
ここはいつもと変わらないのに。
「タケル!」
もう何度も呼んでいるのにタケルはこない。
声が風に消されていく。
「もしかして……」
もうここにはいない。
そう声に出せなかった。
必死になってあたりを見渡す。
タケルの気配はない。
ここにタケルはもう居――
言葉を飲み込む。
声に出すと認めてしまう。
わたしは認めたくない。
「――っ」
持って来たタケルのゴハンを放りだし、駆け出す。
どこ?
坂道を駆け降りる。
枝や草を気にもとめず。
ときおり鋭い痛みがはしる。
気にしてる余裕なんてない。
「タケル!」
呼んでも反応はない。
地面はいつの間にか舗装されたアスファルトに変わっている。
走るわたしの姿を見て主婦らしき人たちが何かを言っている。
たいしたことではないだろう。
陰口なんてそんなものだ。
今はそんな事を気にしている場合じゃない。
「どこにいるの?」
呼吸が荒れる。
心臓が激しく動悸を繰り返す。
でも、立ち止まれない。
立ち止まればタケルに会えない。
そんな気がしてならなかった。
T字路で目の前に現れた人影を避けきれずにぶつかる。
軽い衝撃に思わず身体をのけぞる。
「きゃっ!」
悲鳴が聞こえた方を見る。
長い髪を二つに分けて三つ編みにした少女。神経質そうな見慣れた顔――榊だ。
「……痛~っ……彩峰さん」
榊が痛みに表情を歪めながらこちらを見る。
どうやらどこも怪我していないよう。
「……じゃ、急ぐから」
今は榊の相手をしている場合じゃない。
「ち、ちょっと、待ちなさい!」
強引に腕をつかまれる。
予想以上に強い握力。
「人にぶつかっておいて、その態度はなによ!」
眉を寄せて凄い剣幕で声をあげてくる。
「最低の礼儀ぐらい知らないの。だからあなたを見てると……」
いつもなら「当たり屋?」とか「そっちこそ」とか言うところだけど。
「ごめんなさい……怪我ないよね。先を急ぐから」
素直に謝ったのがそんなに予想外のことなのか、榊はぽかんと口を開けている。
榊が調子を取り戻す前にその場を離れる。
一度、肩越しに振り返るとまだ呆然と立ち尽くしていた。
景色が流れ続ける。
汗が頬を伝う。
軽く額についた髪を掻きあげる。
肩で息を繰り返す。
走るわたしを道行く人が見ている。
かっこ悪い?
みっともない?
そんなこと気にしている余裕はない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
足が絡まりかけ思わず、壁に手をつく。
「どこまできた?」
無我夢中で走り続けたので現在位置がわからない。
あたりを見渡す。
どうやら相当の距離を走ったようだ。
冷静に考えれば気がつくのにバカなことをしている。
橘町まで着てしまっている。
肩で息をしながら道行く人々を見る。
独りなのはわたしぐらいだ。
いや、違った。
わたしと似た空気をまとった、人の流れに取り残されている少女――涼宮茜。
また『すかいてんぷる』の前に立ち尽くしている。
その視線の先にあるのは。
「はぁ、はぁ、はぁ……兄?」
視線の先には一人のウェイターの姿。
年上のように思える。
たぶん大学生くらい。
「…………」
何かを呟いたようだった。
距離があり、街の雑踏にかき消されて聞き取れなかった。
そして、人の流れに戻る。
ただ、その表情は印象に強く残るものだった。
強い意志、そんな感じだった。
わたしには、そんな表情できない。
彼女は、どこか今までと違う。
変わったというべきか。
「……行ってしまった」
少し呼吸がおさまっている。
壁から手を離して、また早足で人の波をぬっていく。
タケルはいない。
わたしから離れていった。
タケルにわたしは必要ない。
わたしは独り。
頭の中でグルグルと同じ言葉を繰り返す。
もう走る気力はない。
人の流れにのりながらトボトボと意味もなく歩く。
景色がいつの間にか開ける。
臨海公園だ。
無意識のうちにこの前、白銀と走った道を歩いてきたのか。
子供、大人、老人、恋人、家族連れ。
様々な人がいる。
全ての人が連れだって動いている。
一人でここにいるわたしがとても異質に感じる。
わたしを気にする人などいない。
わたしに対して何の感情もないだろう。
それでも居心地の悪さに自然と公園の出口に向かう。
「じゃ、いらないんだね? お~い、イヌ~! イヌ~!!」
「わん! わん!」
聞きなれた声。
あたりを見回してその発生源を探す。
「よこせっ!」
みつけた。
鑑とタケル。
そして白銀。
「あ、あ……。もう、ちゃんと座って食べなよ」
「へるふぁい! ん……ぐ……ぐぐ……」
わたしは足早やに白銀たちの方に向かっていた。
気づかれないように死角を進む。
そして、静かに背後に回りこむ。
「ほらほら……はいお茶!」
「………………ぱぁ! ふぃー、死ぬかと思った」
「バカやってるからだよっ! ほら座ろっ」
確かに。
白銀はいつもバカばっかりやってる。
知らず知らずに腰をおろして、二人の会話に側耳を立てていた。
「あ、犬が来た! おいで、おいで……」
「やめとけよ」
タケルが鑑の声に駆け寄ってきた。
やっぱり誰からでも好かれるね、タケルは。
「ねぇ、タケルちゃんのポテト、あげていい?」
「何でオレのなんだよ。絶対却下」
「はい、どーぞ」
「あっ! こらっ!!」
「ガルルルルルル……」
白銀がタケルを威嚇している。
バカだね。
「あいてっ!」
「もう、バカ! はい、好きなだけ食べてね」
鑑が白銀のポテトをとって、タケルにあげる。
タケルが嬉しそうに尻尾を振って食べる。
白銀と鑑、本当に自然に振舞っている。
わたしは白銀とあんな風になれるのかな。
突然浮かんだ考えを振り払う。
わたしは独り。
「タケルちゃん、泣いてるの!?」
「ポテトォ……オレのポテトォ……」
「はあ……相変わらずだね。はい、半分あげるから」
「す、純夏……」
聞けば聞くほど心が沈んでいく。
ここから離れたい。
でも、それを拒否するわたしがいる。
楽しそうに二人の会話は弾んでいる。
お互いを幼い頃から知っているからだろうか。
いや、それじゃ嫌だ。
――何が?
時間で近さが決まること。
――独りなのに?
独りでも。
二人の会話を聞きながら自問自答を繰り返す。
どうしてこんなにも苦しいのだろう。
どうして心がこんなにも揺さぶられるのか。
結局、二人の会話を全て聞いてしまった。
二人が公園を去った後も同じように顔を膝にうずくまっている。
もう何もする気力がない。
家に帰って寝てしまおうか。
「――!」
突然背中に何かがのってくる。
慌てて体を起こす。
そこにはタケルがいた。
「……タケル」
タケルが跳びかかってくる。
嬉しそうに息を弾ませている。
尻尾はせわしなく動いている。
「タケル」
頭を撫でる。
タケルは嬉しそうにすり寄ってくる。
「どうして、わたしの所にきたの?」
タケルが答えてくれるはずはない。
それでも尋ねずにいられなかった。
「わたしから離れたんじゃなかったの?」
タケルの温もりがとても懐かしい気がする。
「また、一緒にいてくれる?」
タケルは何も返してくれない。
でも、嬉しそうなタケル。
それだけでも嬉しかった。
タケルに会えただけでもよかった。
「じゃあね」
タケルは、わたしがいなくても大丈夫だから。
そう自分に言い聞かせる。
タケルを芝生に下ろし、立ち上がる。
そして、公園を後にする。
「わん! わん! わん!」
タケルが足元に駆け寄ってくる。
わたしはしゃがみこみ、タケルの頭を撫でる。
「一緒に帰る?」
タケルが一吠えする。
意味がわかったのかな。
なんだか気分がいい。
「じゃあ、帰ろう」
タケルが一緒だから電車は無理かな。
予定はないから歩きでいいか。
空を見上げる。
太陽はまだ高い。
のんびりと散歩をするのも悪くない。
そう思ってタケルと歩き始める。
わたしは、独りでいられると思っていたのにね。
側にいてくれる存在が嬉しかった。
「た、助けて――」
突然、肩をつかまれ反射的に投げ飛ばす。
当然、回転して地面に叩きつけられ、気を失う人影。
「……おもわす、殺っちゃった。どうしようか、タケル」
投げ飛ばした人物を見る。
気合いの入ったもみあげ、赤いバンダナ。
見るからに暑苦しい、スポ根ものの漫画にでてきそうな少年だった。
タケルはその少年の周りを走り回っている。
ときおり鼻をひくつかせている。
かじったらお腹壊しそうだから止めさせないと。
「どっかでみた気が……」
記憶を探る。
基本的に他人に干渉しないためあまり顔と名前を覚えるのは得意ではない。
しかし、こんな印象的な少年を忘れるのは難しい。
「確か……剛田城二だったっけ?」
何でも三年なのに『来年こそは甲子園に行く』とか宣言したとか、涼宮茜に出会って五秒で告白したとかぶっ飛んだバカと聞く。
手に余るから香月先生が神宮寺先生に押し付けてうちのクラスにきたとか。
そういえば焼きそばパンをあげた……はず。
「ご協力に感謝します、彩峰様」
振り返るとスーツで身を固めた人たちで両脇を固めた女性が立っている。
髪をアップにしており、鋭い目つきが印象に残る。
そして、身に纏った衣装――メイド服とでも言うのだろうか。
「早く連行しなさい」
その一声で控えていた人たちが剛田を担ぎ、車に乗せる。
「それでは失礼致します」
こちらに丁寧に一礼すると車の方に向かう。
その一団から「まさか、御剣家の監視から逃れるなんて」とか「この失態はどう責任を」とか聞こえた様な気がする。
気にしたらダメだね、きっと。
それにしても何だったんだろう。
あとあの女の人は、何故わたしの名前を知っていたのかな。
疑問に頭をかしげる。
立ち止まっていたわたしをせかすように、タケルが足にすり寄ってくる。
「まあ、いいか。いこうか、タケル」
なんとなくだけど、少しずつ何かが変わっていくような気がした。
お読みいただきありがとうございます。