注意書きを読んだ上で、楽しめる方はお楽しみいただければ幸いです。
俺得しかありません。
そもそもの始まりは、スネイプが魔法界から消えると決めたことだ。
ヴォルデモートは消滅し、ハリーは英雄になった。
二十年近くかけた計画が成就したのだ。
とても良い潮時だと感じた。
ヴォルデモートがスネイプを殺そうとした時は素直にそのまま死のうと考えてたが、残念ながら死にきれず聖マルゴに収容されてしまった。
意識が戻るとすぐ病院を抜け出したが、そこからはひたすら逃亡生活だ。
最高位の魔法使いである彼は、有象無象の追跡を振り切ること自体は容易い。
実際一度も捕捉されることなく、それなりの期間逃げていた。
別に今更投獄や処刑など怖くない。
しかし、長々と続くだろう裁判に付き合うのはごめんだし、何よりスネイプのことを理解したと錯覚している面々と顔を合わせたくなかった。
『先生。本当にごめんなさい』
そう、泣きながら病院で謝って来た最愛の女性の一人息子を思い出す。
彼は明らかに勘違いしている。
絶対に『セブルス・スネイプは優しい人間だった』と勘違いしている。
その時のことを思い出すと、その後時をどれほど経ても苦笑いしか湧かない。
いい人なはずないだろう。
目的のために手段を選ばず、人を操り、惑わし、陥れ、見捨ててきたのだから。
悪いことをした。
すまなかった、などとは絶対に言わない。
別に偶然でも、事故でもなんでもなく、全ての結果を予測、覚悟したうえで行ったことだからだ。
許してもらおうなどと考えてはいない。
償おうとも償えるとも思わない。
だから、もうこの世界で死ぬことは出来ない。
勢いのまま殺されようと思っていた時は考えが及ばなかったが、おそらくここで死んだらリリーに逢ってしまう。
それだけは嫌だった。
逢いたくて仕方がない。
だがだからこそ何が何でも逢ってはいけなかった。
そのために死んでも彼女とは違う場所に逝けるよう、別な世界へ行くことにした。
スネイプは知っているだけで処刑対象となるような禁断の知識を豊富に持っている。
その中には魔法界とは違う次元、人間界とも異なる場所に空間を繋げる術も含まれていた。
繋がるところがどんな場所かなど知らない。
生物がいるのか、そもそも人間が生存可能な場所なのか。
下手したら跳んだ直後に即死もありえるわけだが、今まで自身が集めた薬草の種や薬、本などは異空間に詰めて全て持って行くことにした。
魔法界に残しておいても、禁じられた物が多いため焼かれるだけだろう。
ならば、管理者の責任として自分が持って行った方が良い。
そしてスネイプは、魔法界ですら失われているほど複雑かつ高度な魔方陣を組み、異界への門を開く。
森があるのか、微かに緑の香がした。
門の向こうは闇よりも暗く、何も見えない。
それでも、踏み出すのに迷いはなかった。
「バイバイ、リリー」
君に出逢えて本当に幸せだった。
門をくぐる時、背に温かいまなざしを感じた気がしたが、決して振り返らず、スネイプは異界へ消えた。
男の姿を最初に見た時、七海建人は新たな呪霊が現れたと思った。
手の甲まで覆われた極端に露出が少ない黒衣。
肩口程度の長さのぼさぼさで艶のない黒髪。
唯一何にも覆われていない顔は色素が欠落したように白く、鉤鼻が目立つコーカソイド系の細面。
鋭い瞳にはわずかに驚きが滲んでいるように見える。
七海建人と灰原雄は人里離れた山の奥の奥で依頼された呪霊を祓っていた。
査定では二級呪霊。
二級術師がふたりいれば問題ないはずの案件だった。
しかし実際は長く放置され信仰が絶えた場所に永くあった土地神のなれの果てだった。
一級呪霊だ。
元はどういう神だったのか、体長五メートル以上、巨大な口にはヌタウナギのように無数の歯が並んでいる。
何本も不規則に生えた腕の先には、鎌のような爪が光っていた。
動きも速いが、膂力もとんでもない。
灰原は一撃で大きく腹を割かれて、木の幹に叩きつけられてから動かない。
七海はどうにか彼を担いで逃げたいところだが、呪霊の猛攻を防ぐのに精一杯でその隙を見つけられずにいた。
そこにいきなり現れたのが痩せた白人男性である。
男は七海と離れた木の根元でぐったりと脱力している灰原を見比べ、
「っ」
こちらに敵意をむき出す元土地神の呪霊を見上げて眉間に皺を寄せた。
男には明らかに呪霊が見えている。
しかし驚きはあっても怯えはない。
不快気に呪霊を睨むと、小走りで灰原に近づく。
「ちょっと!危ないから逃げてください!」
七海はとっさにそう叫ぶ。
一般人とは違うようだが、身のこなしからすると呪術師どころか戦った経験すら怪しい。
おそらく怪我をして動けない灰原の救助のために走り寄ってくれたのだろうが、このままでは死者が増えるだけだ。
そう思い何度も七海は逃げるよう促すが、男は七海や呪霊を見ずに灰原に触れる。
呪霊の叫びの間にかすかに歌うような、低く甘い声が聞こえた。
日本語ではないし、英語でもないようだ。
そもそもどう発音しているのかもわからない、異様なほど澄んだ美しい響きが流れる。
不意に呪霊が動きを止めた。
まるで至上の音楽に聞き惚れるように沈黙する。
先程まで淀みに淀んでいた空間に光が満ち、温かい。
自身も一瞬ぼうっとしてしまい、七海は慌てて我に返った。
すぐに気を引き締め、このチャンスを逃がさず、急いで七海と男を連れてこの場を離れようとする。
七海が灰原達に駆け寄ろうと身をひるがえしたのと、灰原が勢いよく起き上がったのは同時だった。
「灰原!?」
傍から見ても命が危うい重傷だった。
そんな動作が出来るはずがない。
「七海!僕はもう平気!」
言葉通り非常に元気そうに七海に駆け寄る少年は、ぐるぐると肩を回して見せる。
「怪我は!?」
「全部あのお兄さんが治してくれた!だからやれるよ!やろう!!ふたりで祓おう!」
怪我を短時間で治したということは彼は反転術式が使える術師ということだろうか?
今も流れる歌は彼の術式か?
そのわりには呪力の気配が全くない。
呪術界は広いようで狭い業界だ。
白人の反転術式使いがいれば目立たない方がおかしい。
疑問は無数に湧き上がるが、今はそれを解決している暇はない。
あらためて七海は鉈を構える。
「そうですね。こんな慌ただしい状況ではお礼も満足に言えません」
「ちょっと待っててね、お兄さん!」
ふたりはそう言うが早いか、動かない旧い神に躍りかかった。
※※※※※
「ありがとうございます!凄く助かりました!」
「ありがとうございました」
なんとか一級呪霊を倒したふたりは、最後まで歌でサポートしてくれていただろうスネイプに頭を下げた。
元魔法薬学教授は礼儀正しい若者達に内心で感心しながらも、特に何も返すことなくふたりの体を観察する。
そして七海と呼ばれていた少年も負傷していることに気付き、改めて手をかざしてふたりの体の怪我を回復させた。
やはり杖を使わずに魔法を行使できるようにしておいて良かった。
見慣れない人間にはとがった棒を振り回す姿は異様だろうし、あのような激しい戦闘の場ではあからさまな弱点だ。
杖があろうとなかろうといきなり回復された金髪の少年は非常に驚いているが、スネイプは気にせず、『別に大したことではない』と無言で手を振って示すと、歩き出す。
ここはどこなのだろう。
彼らの言語は日本語だからやはり日本なのだろうか。
先程倒した霊体?はゴーストにしては凶暴だったが、日本にはああいうのがごろごろいるのだろうか。
日本語の魔法系書籍を読破するためだけに日本語を覚えたが、まさか現地で役立てる機会があるとは思わなかった。
人生何が幸いするかわからないものである。
「あの!待ってください!命を助けてもらったのにこのままさよならは悲しいです!お礼したいです!」
黒髪の少年が相変わらず元気な声でそう引き止める。
無視することも出来ただろうが、なんとなく気が引けて、スネイプは振り返った。
金髪の少年は少し申し訳なさそうに尋ねてくる。
「・・・事情聴取にご協力いただいても良いでしょうか」
おそらく報告書か何かのためだろうか。
この子達はああいうものの討伐をする警察や軍隊の類の所属なのかもしれない。
だが、スネイプは異世界から来た魔法使いだ。
その手の公的機関に関わると面倒になるだろう。
身分証明など出来ないし、そもそもこの世界で魔法が一般的でなかった場合、さらに面倒なことになるに違いない。
この子らは空を飛べないようなので、飛んで逃げるのがおそらく最善だ。
しかしこの子らが偶々飛べないだけなら良いが、飛べる人間がいないような世界だった場合それはそれで目立ってしまう。
数秒の逡巡の末、スネイプは彼らにきっぱりとこう告げた。
「私は日本語を話すことが出来ません」
非常にしっかりとした、ネイティブな発音だった。
「日本語もすごく上手ですね!」
黒髪の少年の言葉で自分が間違った選択をしたことを悟った。
続く
セブルス・スネイプ(魔法使い)
終の棲家(場合によっては死に場所)を探して引っ越した直後、若い子が化け物に襲われていてとっさに助けに入った魔法使い。
歌魔法は魔法界では法律規制があるのだが、異世界だから関係ない。
もう正しく生きてなんてやるもんか。
読書のためだけに外国語を覚えていた多言語話者。
礼儀正しい若人には健康でいてほしい。
押しが強い灰原にちょっと甘い。
七海建人(高専一年生)
本来の時系列と違うが展開の都合で一年段階で一級と戦う羽目になった人。
なんか呪霊っぽいスレンダーマンが歌いだして、呪霊にデバフをかけ、同期と自分を治してくれたため、色々疑問はありつつも素直に感謝している。
それはそれとしていなくなられると報告書に謎の人物を登場させなければならなくなり、命の恩人が能力の関係で捜索されることになりかねないので高専まで連れていきたい。
灰原雄(高専一年生)
本来の時系列と違うが展開の都合で一年段階で一級と戦う羽目になった人その二。
もうダメかもしれないと思ったところで、いきなり現れて傷を治してくれた優しいお兄さん(スネイプの見た目は年齢不詳)に心から感謝している。
お礼をしたいので、是非とも高専に招き、食堂のご飯をごちそうし、連絡先を交換したい。
歌もすごく上手いし反転術式も使えるなんて凄いね!と思っている。