BLACK LAGOON Maid's Salvation 作:AI太郎
第十一話 引き金
ロアナプラの外れにある射撃場は、土と火薬の匂いがした。
屋外に簡素な屋根を掛けただけの場所で、設備らしい設備もほとんどない。
土嚢。
木製の台。
使い古された標的。
地面には無数の薬莢が落ちている。
日本で想像するような射撃場とは、たぶん随分違う。
何より。
受付で身分証を見せた記憶がない。
というか、受付そのものを見ていない。
「……ここ、大丈夫なの?」
「何が」
「いや、色々と」
「撃てりゃいいだろ」
よくない気がする。
でも。
ここはロアナプラだ。
たぶん、俺の方が間違っている。
レヴィは気にする様子もなく射線へ入った。
「そこで見てろ」
言われた通り、少し離れる。
レヴィの右手が腰へ落ちた。
次の瞬間。
銃が抜かれていた。
構える。
撃つ。
銃声が弾けた。
一発。
二発。
三発。
四発。
速い。
耳を塞ぎたくなるような音が、ほとんど間を置かずに続く。
標的が揺れた。
中心付近に穴が集まっている。
「…………」
思わず黙った。
知っている。
レヴィが強いことくらい。
何度も見た。
何人もの敵を相手に、二挺の拳銃を撃ち続ける姿も。
でも。
画面越しでは分からなかった。
音。
反動。
硝煙。
そして。
何より動作そのもの。
速いのに。
慌ただしくない。
銃を抜く。
狙う。
撃つ。
その一つ一つを考えているように見えなかった。
呼吸と同じだ。
身体が勝手にやっている。
この人は。
一体どれだけ撃てば、こうなるんだろう。
「何だ、その顔」
レヴィが銃口を下げた。
「いや」
「何だよ」
「すごいなと思って」
「…………」
嫌そうな顔をされた。
「何?」
「気色悪ぃな。素直に褒めんな」
「褒めたら駄目なの?」
「この街で素直な奴は長生きしねぇんだよ」
「偏見じゃない?」
「経験則だ」
それは反論しにくい。
レヴィは銃を確認すると、俺のところへ戻ってきた。
「ほら」
「え?」
差し出された。
拳銃。
思わずレヴィを見る。
「何だよ」
「……本当に?」
「撃ちてぇっつったのはお前だろ」
「興味があるとは言ったけど」
「同じだ」
違う気がする。
でも。
目は銃から離れなかった。
「まず」
伸ばしかけた手が止まる。
レヴィの声が、さっきまでと少し違った。
「人に向けんな」
俺はレヴィを見る。
「撃つ時以外は、引き金に指を掛けんな」
意外だった。
もっと。
ほら撃て。
みたいな感じだと思っていた。
「何だよ」
「いや。ちゃんと教えてくれるんだなって」
「あ?」
まずい。
「何でもない」
「撃つ前に殴られてぇか?」
「嫌です」
素直に答える。
レヴィが鼻を鳴らした。
「落とすなよ」
「うん」
両手で受け取った。
ずしりと重い。
「…………」
これが。
拳銃の重さか。
見た目から想像していたより、ずっと重かった。
金属の冷たさ。
グリップの感触。
手の中に収まっているのに、妙な存在感がある。
さっきまでレヴィが撃っていたものと同じ。
人を殺せる道具。
興奮より。
緊張の方が先に来た。
「重いだろ」
「うん」
「そのうち慣れる」
そのうち。
当然のように言う。
何回やらせるつもりなんだ。
「構えてみろ」
頷く。
標的へ向き直る。
足を開く。
腰を落とす。
重心を取る。
ファビオラから教わった立ち方を基準にして、両腕を前へ。
「…………」
「へえ」
横から声がした。
「何?」
「足は悪くねぇ」
ちょっと嬉しい。
「ファビオラに――」
「それはもう聞いた」
「はい」
「だが」
レヴィの手が肩を押した。
「硬ぇ」
「え?」
「力入りすぎだ」
肩を軽く叩かれる。
「銃と喧嘩すんな。どうせ撃ちゃ跳ねる」
「どうすればいい?」
「押さえつけようとすんな。戻せ」
分かるような。
分からないような。
「とりあえず撃て」
急に雑になった。
「狙っていいの?」
「当たり前だろ」
標的を見る。
照準を合わせる。
呼吸。
ゆっくり。
狙って――。
「おい」
「何?」
「いつまで狙ってんだ」
「今合わせてるんだよ」
「日が暮れるぞ」
うるさいな。
もう一度。
照準。
呼吸。
引き金に指を掛ける。
思っていたより重い。
少しずつ力を――。
銃声。
「っ!」
腕が跳ねた。
思わず目を閉じる。
想像していたより、ずっと大きい。
耳の奥まで音が入ってくる。
手の中に強い衝撃が残った。
「…………」
標的を見る。
穴がない。
「外れた?」
「外れたな」
「…………」
普通に悔しい。
レヴィを見る。
笑っていた。
「笑うなよ」
「いやぁ。あんだけ時間掛けて外すとは思わなくてな」
「初めてなんだから仕方ないだろ」
「敵にもそう言ってみろ」
「初めて撃つ相手と戦わせるなよ」
レヴィがまた笑った。
「もう一発」
構え直す。
今度はさっきより力を抜く。
狙う。
撃つ。
銃声。
反動。
標的を見る。
端の方に穴が開いていた。
「当たった」
思わず声が出た。
「喜ぶ場所かよ、そこ」
「初めて当たったんだからいいだろ」
「そりゃ標的は随分と優しい奴らしいな。端っこ撃たれても死んでくれる」
「厳しいな……」
「当たり前だ」
三発目。
今度は少し内側。
四発目。
外側へ戻った。
五発目。
また外す。
安定しない。
狙えば狙うほど、撃つ直前に身体が固くなる。
反動が来ると分かってしまったせいで。
最初より。
むしろ撃ちにくい。
「止めろ」
レヴィが言った。
銃口を下げる。
引き金から指を外す。
レヴィが俺を見る。
「何が悪いか分かるか?」
「下手」
「それは見りゃ分かる」
酷い。
「……力んでる?」
「それもある」
レヴィが自分の銃を抜く。
「お前、撃つ瞬間に全部止めてんだよ」
「止める?」
「足決めて、腕伸ばして、狙って、呼吸止めて」
俺の構えを大袈裟に真似する。
「はい、準備できました。では撃ちますってな」
「そんな上品じゃないよ」
「同じだ」
レヴィが標的を見る。
銃が上がった。
直後。
銃声。
標的の中央付近に穴が開く。
速い。
「撃つって決めてから撃つまでが長ぇ」
「でも、狙わないと当たらないだろ」
「狙うなとは言ってねぇ」
銃を下ろす。
「狙ってる間に殺されんなって言ってんだ」
言葉が止まった。
レヴィは何でもないことのように続ける。
「撃ち合いじゃ、向こうも撃ってくんだよ。お前が綺麗に構えるまで待ってくれる奴はいねぇ」
そうだ。
射撃場の標的は。
撃ってこない。
レヴィが言っているのは。
その先の話だ。
「お前のメイドが何教えたか知らねぇけど」
「ファビオラ」
「どっちでもいい」
よくない。
「そいつは何のために教えた?」
少し考える。
答えはすぐに出た。
「逃げるため」
「だろ?」
レヴィが銃をホルスターへ戻す。
「じゃあ同じだ」
「同じ?」
「こいつだって死なねぇために使うんだよ」
腰の拳銃を叩く。
「格好良く撃つ必要もねぇ。真ん中に綺麗な穴開けて点数競う必要もねぇ」
レヴィが俺を見る。
「必要な時に抜いて、必要なところに当てて、生き残る。それだけだ」
意外だった。
もっと。
撃て。
殺せ。
迷うな。
そんなことを言うと思っていた。
でも。
言っていることは。
ファビオラとそれほど違わない。
方法が違うだけだ。
生き残る。
そのために覚える。
「……分かった」
「分かってねぇよ」
即答された。
「え?」
「一回聞いて分かった気になんな」
レヴィが顎で標的を示した。
「身体に入るまで撃て」
ああ。
なるほど。
そこもファビオラと一緒か。
「もう一回」
俺は言った。
レヴィの口元が上がった。
「へえ」
「何?」
「泣いて帰るかと思った」
「まだ全然撃ってないだろ」
「手ぇ痛ぇだろ」
言われて初めて気づく。
確かに。
掌が少しじんじんしている。
「……ちょっと」
「明日はもっと痛ぇぞ」
「明日もやるの?」
「一日で覚えられると思ってんのか?」
「いや……」
思ってはいない。
でも。
レヴィがそこまで付き合ってくれるとも思っていなかった。
「ありがとう」
「…………」
レヴィが嫌そうな顔をした。
「何?」
「だから気色悪ぃんだよ、それ」
「教えてもらうんだから普通だろ」
「うるせぇ。構えろ」
「はいはい」
「返事は一回」
「レヴィ、意外とそういうの気にするんだな」
「撃つぞ」
「もう撃ってるだろ」
後頭部を叩かれた。
「痛っ!」
「口動かす暇あったら手ぇ動かせ」
最悪の先生だ。
俺は後頭部を擦りながら、もう一度標的へ向き直った。
足を置く。
重心を取る。
肩の力を抜く。
銃口を上げる。
「遅ぇ」
後ろから声が飛んでくる。
「今やってる!」
「敵に待ってくれって言え」
「待ってくれないって自分で言っただろ!」
「分かってんじゃねぇか!」
笑い声。
銃声。
硝煙の匂い。
掌に残る反動。
もう一度。
そして、もう一度。
ファビオラから教わったのは。
危険から離れるための身体だった。
レヴィから教わろうとしているのは。
離れられなかった時に、生き残るための手段だ。
どちらも。
俺が知っている未来には載っていない。
だから。
自分で身につけるしかない。
俺はもう一度。
引き金に指を掛けた。