BLACK LAGOON Maid's Salvation 作:AI太郎
悪人の定義
昼のイエローフラッグは、夜に比べれば幾分まともだった。
幾分、というだけだが。
カウンターの向こうではバオがグラスを磨いている。
昼間から酒を飲んでいる傭兵達。
運び屋。
密輸屋。
そして二階から降りてくる派手な化粧の女。
男の肩に腕を回しながら笑っている。
ロアナプラでは珍しくもない光景だった。
ガルシアはジュースを飲みながら、その様子を眺めていた。
向かいではロックがコーヒーを飲んでいる。
イエローフラッグでコーヒーを注文する客は少ない。
だがロックは昔からそうだった。
「何見てるんだ?」
ロックが聞く。
「人」
ガルシアは答えた。
「面白いか?」
「少し」
ロックは苦笑した。
「変わってるな」
「そうかな」
「普通の十二歳はもっと別のものを見ると思う」
ガルシアは少し考える。
それから言った。
「普通の十二歳はロアナプラにいないと思う」
ロックは笑った。
それは確かにそうだった。
しばらく沈黙が流れる。
店内にはグラスの音と誰かの笑い声。
そして二階から聞こえてくる嬌声。
イエローフラッグらしい昼だった。
その時。
ガルシアが不意に聞いた。
「ロック」
「ん?」
「悪人って何だと思う?」
ロックは危うくコーヒーを吹きそうになった。
「何だよ急に」
「気になったから」
あまりにも自然な顔で言う。
ロックはため息を吐いた。
「難しい質問だな」
ガルシアは黙って待つ。
ロックは少し考えた。
「昔なら簡単に答えられた」
「日本にいた頃?」
「ああ」
ロックは頷く。
「法律を守る人間が善人」
一本指を立てる。
「法律を破る人間が悪人」
もう一本。
「そう思ってた」
ガルシアは少し考える。
「今は?」
ロックは窓の外へ視線を向けた。
通りを歩く男達。
武器を持つ人間達。
そしてこの街。
「今はそうとも言えない」
静かな声だった。
「レヴィは人を殺したことがある」
「うん」
「ダッチもだ」
「うん」
「でも二人とも子供を撃ったりはしない」
ガルシアは黙って聞く。
ロックは続けた。
「逆に立派なスーツを着て、正しいことばかり言ってる人間が何万人も不幸にすることもある」
ガルシアは頷いた。
それは理解できた。
前世でも。
今世でも。
そういう人間は見てきた。
善人。
悪人。
言葉は単純だ。
だが現実は単純じゃない。
「難しいね」
ガルシアが言う。
「だろ?」
ロックは笑った。
「正直、俺にも答えは分からない」
そして少し興味深そうに聞く。
「君はどう思う?」
今度はガルシアが考える番だった。
すぐには答えない。
窓の外を見る。
海が見える。
港が見える。
そして遠く離れた場所にいる人達を思い出す。
父。
ファビオラ。
ロベルタ。
自分のために怒り。
自分のために傷付き。
自分のために戦ってくれた人達。
「僕も善人とか悪人とかは分からない」
ロックは黙って聞いている。
「でも」
ガルシアは続けた。
「人って善人だから動く訳じゃないと思う」
ロックが少し首を傾げる。
「じゃあ何で動く?」
ガルシアは答えた。
「大切な人のため」
ロックは何も言わない。
ガルシアは静かに続ける。
「大切な人のためなら、良いこともする」
少し間を置く。
「悪いこともする」
二階から女の笑い声が聞こえた。
誰かが大声で笑う。
グラスが鳴る。
そんな喧騒の中で。
ガルシアの声だけが不思議と静かに聞こえた。
「だから善人とか悪人とかだけじゃ、人は分からない気がする」
ロックはしばらく黙った。
それは子供らしい答えではなかった。
だが。
妙に納得もできた。
レヴィも。
ダッチも。
そして自分も。
善人か悪人かだけで説明できる人間ではない。
「なるほどな」
ロックはコーヒーを飲む。
ガルシアもジュースを飲む。
しばらく二人は黙ったままだった。
その時。
二階から降りてきた娼婦がガルシアを見て笑った。
「可愛い坊やね」
ガルシアは少し困った顔をする。
ロックは苦笑した。
もしこの光景をロベルタが見たら。
間違いなく卒倒するだろう。
あるいは。
ラグーン商会全員が。
後日まとめて処刑されるかもしれない。
ロックはそんな未来を知らない。
ガルシアも知らない。
だが遠く離れた海の向こうでは。
一人のメイドが。
着実にロアナプラへ近付いていた。