BLACK LAGOON Maid's Salvation   作:AI太郎

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第十五話

ダッチの授業

その日の夕方。

レヴィの予言は見事に的中した。

ベニーは仕事中。

ロックは外出中。

そしてレヴィ本人はというと、

「じゃあな」

の一言だけ残してどこかへ消えた。

いつものことだった。

結果。

ガルシアの相手をすることになったのはダッチだった。

「何でそんな嫌そうな顔をする」

ラグーン商会の車庫。

腕を組んだダッチが言う。

ガルシアは少し考えた。

そして正直に答えた。

「何か教えられそうだから」

ダッチは笑った。

低く。

静かに。

「賢いな」

嫌な予感しかしなかった。

車庫の奥には古いピックアップトラックが停まっている。

傷だらけだ。

だが整備は行き届いている。

ロアナプラでは珍しく長生きしている車だった。

「乗れ」

「やっぱり」

「嫌か?」

「少し」

ダッチはまた笑った。

「安心しろ」

ガルシアは全く安心できなかった。

だが今日はすぐに運転という訳ではなかった。

ダッチはボンネットに腰掛ける。

「座れ」

ガルシアも隣へ腰を下ろした。

港から吹く風が熱を少しだけ和らげる。

夕日が海を赤く染めていた。

しばらく二人とも黙っていた。

やがて。

「ロックから聞いた」

ダッチが言う。

「悪人の話をしたそうだな」

ガルシアは頷く。

「うん」

「答えは出たか」

少し考える。

「分からない」

ダッチも頷いた。

「そうだろうな」

煙草に火を付ける。

「ダッチは?」

ガルシアが聞く。

「自分を悪人だと思う?」

ダッチは少しだけ笑った。

「思うな」

即答だった。

ガルシアは少し驚く。

「迷わないんだ」

「迷う理由がない」

煙を吐く。

「俺は金で戦争した」

静かな声だった。

「人も殺した」

港の風が吹く。

「善人ではない」

ガルシアは黙る。

ダッチは続けた。

「だが後悔もしていない」

「どうして?」

「必要だったからだ」

ロックとは違う答えだった。

もっと単純で。

もっと重い。

「生きるため?」

「それもある」

ダッチは頷いた。

「仲間のためでもある」

ガルシアは昨日の会話を思い出す。

大切な人のためなら。

良いこともする。

悪いこともする。

ダッチの言葉も、その延長線上にある気がした。

「難しいね」

ガルシアが言う。

「難しく考えるな」

ダッチは笑った。

「人間なんてそんな綺麗なもんじゃない」

夕日がゆっくり沈んでいく。

しばらく二人は海を眺めていた。

やがて。

「ところで」

ダッチが言う。

嫌な予感がした。

非常に。

「運転席へ行け」

やっぱりだった。

ガルシアはダッチを見る。

「今までの話、全部前振り?」

「全部ではない」

「一部は?」

「一部は」

全く否定しなかった。

ガルシアはため息を吐く。

「理不尽だと思う」

「ロアナプラだぞ」

全く反論になっていなかった。

「それ便利な言葉だね」

「便利だから使う」

ダッチは立ち上がる。

「心配するな」

「その台詞も信用できない」

「大丈夫だ」

「根拠は?」

ダッチは即答した。

「俺が隣にいる」

ガルシアは少し考える。

それは確かに安心材料だった。

少なくとも。

レヴィよりは。

ダッチが笑う。

「今レヴィと比較したな」

「した」

「なら安心しろ」

それは妙に納得できた。

ガルシアは渋々立ち上がる。

運転席へ向かう。

もし。

この場にロベルタがいたら。

ラグーン商会社長が未成年へ無免許運転を教えている光景を見たら。

間違いなく。

主犯。

元凶。

諸悪の根源。

そう認定しただろう。

幸い。

まだいない。

まだ。

 

 

その頃。

東南アジアのとある港町。

男は椅子に縛り付けられていた。

額には汗。

唇は乾いている。

逃げられない。

逃げようとも思わなかった。

目の前の女から逃げられる気がしなかった。

黒いメイド服。

白いエプロン。

整えられた黒髪。

淡いピンク色のパラソル。

足元にはアタッシュケース。

どこからどう見ても上流階級に仕える使用人だった。

もし。

その背後で呻いている三人の男がいなければ。

「この方をご存知ありませんか」

ロベルタは一枚の写真を差し出した。

男は見る。

十二歳ほどの少年。

「し、知らねぇ……」

「そうですか」

穏やかな声だった。

男は少しだけ安心する。

だが。

「では特徴をお伝えします」

安心は消えた。

「品行方正で」

「はぁ」

「容姿端麗で」

「はぁ」

「頭脳明晰で」

「はぁ」

「温厚篤実で」

「はぁ」

「慈悲深く」

「はぁ」

「責任感が強く」

「はぁ」

「読書を好まれ」

「はぁ」

「特に歴史書と経済書を好まれます」

「細けぇな!」

思わず叫んでいた。

ロベルタは瞬きをする。

「重要な情報ですが」

「どこがだよ!」

男は半泣きだった。

ロベルタは構わず続ける。

「誰に対しても礼節を忘れず」

「まだあるのか」

「使用人にも気を配られ」

「だから何なんだよ」

「世界で最も尊く」

「やめろ」

「神がこの世へ遣わした唯一の天使のようなお方です」

沈黙。

男は写真を見る。

ロベルタを見る。

写真を見る。

ロベルタを見る。

「親か?」

「メイドです」

男は天井を見上げた。

終わった。

そう思った。

「そのガキ」

震える声で言う。

空気が止まった。

ロベルタがゆっくり瞬きをする。

「そのガキ?」

男の背筋に冷たいものが走る。

「い、いや……」

ロベルタは微笑んだ。

優しく。

丁寧に。

だが目だけは笑っていない。

「坊ちゃまです」

「はい」

「ガルシア様です」

「はい」

「あるいは坊ちゃまです」

「はい」

「そのガキとは?」

「申し訳ありませんでした!」

即答だった。

生存本能だった。

ロベルタは小さく頷く。

「結構です」

全然結構ではないことは男にも分かった。

「その……坊ちゃまは」

男は言い直す。

「そんなに大事なのか」

ロベルタは少し首を傾げた。

質問の意味が分からない。

本当にそういう顔だった。

「当然です」

そして。

迷いなく答える。

「私の命より大切なお方です」

男は黙った。

冗談ではない。

誇張でもない。

本音だ。

だからこそ恐ろしかった。

目の前の女は。

必要なら自分を殺せる。

躊躇なく。

そしてそれを。

坊ちゃまのためなら正しいと信じている。

男は理解した。

この女は狂っているのではない。

本気なのだ。

 

 

 

 

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