BLACK LAGOON Maid's Salvation 作:AI太郎
「若様の知られざる三週間」
日本旅行、二日目。
朝から牛丼を二杯平らげ、すっかりご機嫌になったロベルタを連れて、俺は次なる目的地へ向かっていた。
「さて、ロベルタ。今日は買い物をしようと思うんだ」
「お買い物でございますか?」
「うん。ラグーン商会のみんなにお土産を買おうと思ってね」
ロベルタの足が止まった。
「……若様。今、何とおっしゃいました?」
「お土産だよ」
「……あの者たちに、でございますか?」
「うん!」
おや。なんだか雲行きが怪しいぞ。
「若様。失礼ながら、あの者たちは若様の誘拐に加担した者たちでございます」
「まあ、そうなんだけどね。でも三週間も一緒にいたんだよ? 色々お世話になったし」
ロベルタはしばらく考え込み、小さく息をついた。
「……若様は、本当にお優しい方でいらっしゃいますね」
「そうかな?」
「ご自身を危険にさらした者たちにまで、そのようなお心遣いをなさるとは……」
……うん。どうやら、とんでもなく立派な話として解釈されたらしい。
「それじゃあ、まずは秋葉原だ!」
*
秋葉原の電気街には、大小さまざまな店が軒を連ねていた。テレビ、ラジカセ、パソコン、電子部品。店先には商品が所狭しと並び、呼び込みの声が飛び交っている。
「ベニーにはコンピューター関係のものを買おうと思うんだ」
「ベニー様でございますか」
「うん。あの人、こういうのが大好きだからね」
俺は店に入り、日本語で店員に相談した。
「ハードディスクとかメモリとか、ドライブとか。日本製のいいものを色々探してるんです」
「でしたら、こちらはいかがでしょう?」
案内された棚にはHDD、SIMMメモリ、CD-ROMドライブ、各種拡張カードが並んでいた。
「これと、これと……あ、そっちのもお願いします」
「ありがとうございます!」
「ほかにも何か面白いものはありますか?」
「こちらのSCSI関連製品なども……」
「いいですね! それもお願いします!」
店員の説明を聞き、規格を確認しながら買い込んでいく。ベニーの機材を隅々まで把握しているわけではないが、これだけあれば何かしら使えるだろう。
「……若様。随分とたくさんお買い求めになるのですね」
「ベニーなら喜んでくれるよ。僕にもコンピューターのことを色々教えてくれたんだ」
「まあ。それはようございました」
ロベルタが微笑んだ。よし、ベニーの評価は悪くないらしい。
買い物が終わる頃には、段ボール箱がいっぱいになっていた。箱を追加してもらい、まとめて発送を頼む。
「……お客様。こちら、すべてご購入で?」
「はい!」
「……業者の方ですか?」
「いえ? 友達へのお土産ですけど」
店員が固まった。
ベニー、楽しみにしていてくれ。きっと驚くぞ。主に量で。
*
続いて向かったのは、大型のホームセンターだった。
「次はダッチへのお土産だよ。日本製の工具を買おうと思って」
「工具でございますか?」
「うん。でも僕、あんまり詳しくないんだ。インチとミリの規格もあるしね」
こういうときは専門家に任せるに限る。
俺は工具売り場の店員を捕まえ、日本語で相談した。
「アメリカ製の車とか船を整備する人に、工具を贈りたいんです。予算は気にしないので、品質のいいものを一通り見繕ってもらえませんか?」
「かしこまりました!」
店員の顔が明るくなった。
「まずはこちらの工具セットなど……」
「いいですね。それください。ほかには?」
「……はい? でしたらソケットレンチも……」
「それもお願いします」
「こちらのトルクレンチもおすすめですが」
「じゃあ、それも」
「プライヤー類ですとか……」
「全部お願いします!」
店員の動きが止まった。
「……全部、でございますか?」
「はい!」
もちろん、規格や用途が重複しないようにするのは店員に任せた。やがてカウンターには工具が山積みになった。
「失礼ですが、整備工場でも開業されるご予定で?」
「いえ? 友達へのお土産です」
「……これ、全部ですか?」
「はい!」
店員は工具の山を見て、俺を見て、また工具の山を見た。
「……配送の手配を確認してまいります」
そう言って足早に去っていった。忙しそうだなあ。
「若様。少々、お買い求めになりすぎではございませんか?」
「そうかな? でもダッチなら使ってくれるよ。車の運転も教えてくれたしね!」
ロベルタの動きが止まった。
「……若様?」
「ん?」
「今、何とおっしゃいました?」
「車の運転を教えてもらったって」
「……若様が、自動車の運転を?」
「そうだよ。最初はハンドル操作が難しかったけど、ダッチが丁寧に……」
……あ。
しまった。
「若様は、まだ十四歳でいらっしゃいますよね?」
「……うん」
「……そうでございますよね」
なぜ二回確認した。
「い、いや、ロベルタ! ちゃんと安全な場所で練習したんだよ!?」
「……練習までなさったのですか」
あっ。余計なことを言った。
「まさか、公道を走られたわけではございませんよね?」
「……工具、喜んでくれるといいね!」
「若様」
駄目だ。話題を変えられない。
「誘拐した十四歳の少年に、なぜ自動車の運転など教えているのでしょうか……」
「ダッチって結構面倒見がいいところがあってさ!」
「……若様の好奇心につけ込んだわけでございますね」
「違う違う!」
「ご安心くださいませ。若様を責めているわけではございません。悪いのは、あの者たちでございますから」
……まずい。ロベルタの中で、ダッチの評価がものすごい勢いで下がっている。
そこへ店員が戻ってきた。
「お待たせいたしました! 配送の件ですが……」
「はい! お願いします!」
助かった! ありがとう、店員さん!
「……若様。この件は、後ほど改めてお話を伺います」
……助かってなかった。
*
次に向かったのは都内の百貨店だった。
「ロックにはネクタイがいいと思うんだ。あの人、いつもシャツにネクタイだったからね」
「確かに、そうでございましたね」
紳士服売り場で何本か手に取り、ロベルタにも意見を求める。
「これなんかどう?」
「落ち着いたお色で、よろしいかと存じます」
「じゃあ、こっちは?」
「そちらも素敵ですが、先ほどの方があの方にはお似合いかと」
「だよね!」
結局、上品な色合いのネクタイを一本選び、綺麗に包装してもらった。
「よし。残るはレヴィだね」
一瞬、ロベルタの表情が曇った。まあ、無理もない。あの二人、ついこの間まで殴り合っていたんだから。
「レヴィにはウイスキーを買おうと思ってるんだ」
「……お酒でございますか?」
「うん。あの人、お酒が好きだからね」
酒類売り場には様々な銘柄が並んでいる。店員に日本語で相談し、候補を見せてもらう。ロベルタにはスペイン語で説明しながら品定めを続けた。
「うーん。これにしようかな」
「お決まりでございますか?」
「うん。レヴィには色々教えてもらったし、ちょっと奮発しようと思って」
「……あの方に、でございますか?」
「そうだよ。銃の撃ち方とかさ」
「…………」
「最初は全然当たらなかったんだけど、レヴィが面白がって色々教えてくれてね。構え方とか、狙い方とか……」
「…………」
「……あ」
しまった。
俺は口を閉じた。ロベルタが、ぴたりと動きを止めている。
「……若様。今、銃の撃ち方とおっしゃいましたか?」
「…………」
やらかした。完全にやらかした。
そうだった! ロベルタに銃のことは話してなかったんだった!
「い、いや、違うんだよ! 別に危ないことをしたわけじゃなくて!」
「……実際に撃たれたのですか?」
「うん! あ、いや、うんっていうか……」
しまった。二回目だ。
「……実弾で?」
「…………はい」
ロベルタが静かに目を閉じた。
「……おのれ、ラグーン商会」
「ロ、ロベルタ?」
「やはりあの時、酒場もろとも吹き飛ばしておくべきでした……!」
「待って待って待って!?」
俺は慌てて彼女の袖を掴んだ。
「落ち着いて! ほら、僕は怪我もしてないし!」
「若様。もちろん、若様に非などございません」
「……え?」
「純粋で心優しい若様に、そのようなものを教え込んだ、あの者たちが悪いのです」
まずい。この人、完全に怒ってる。しかも俺に対してじゃない。
「一応言っておくけど、レヴィも悪気があったわけじゃ……」
「ええ。よく分かっております」
「……本当?」
「はい。若様を面白半分で危険にさらした、ということでございますね」
しまった。三回目だ。
「車の運転に、銃の扱い……。あの者たちは若様を一体何に育てるつもりだったのでしょうか」
「い、いや、別に育てられたわけじゃ……」
「若様はラブレス家のご当主となられるお方でございます。それを、あのような者たちが……!」
ロベルタの拳がぎゅっと握られた。
「次にお会いした際には、きちんとお話を伺わなければなりませんね」
……それは、お話で済むんだろうか。いや、絶対に済まない。
レヴィ。ダッチ。すまん。
どうやら俺は、お土産を買うどころか、君たちの命を危険にさらしてしまったらしい。
その後、何とかロベルタをなだめすかし、ウイスキーを購入した。
「あ、そうだ。バラライカさんにも何か贈ろうかな」
「……バラライカ様にも、でございますか?」
「うん。せっかく知り合ったんだし、挨拶代わりにね。あの人、葉巻を吸ってたでしょ?」
「はい」
「でも葉巻なら、ベネズエラに帰ってからの方がいいものを用意できそうだし。ヒュミドールも父さんに相談してみようかな」
「かしこまりました」
よかった。こっちは問題なさそうだ。
「さて! これで買い物は終わりだね!」
「はい、若様」
「みんな、喜んでくれるといいなあ」
「若様のお心遣い、きっと皆様にも伝わることでしょう」
「そうだといいね!」
ロベルタはいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「……あの者たちには、私からもいずれお礼を申し上げなければなりませんね」
その「お礼」が何を意味するのか。俺には聞く勇気がなかった。
日本旅行、二日目。
お土産は無事に揃った。
その代わり、ラグーン商会の面々に、とんでもない借金を背負わせてしまった気がする。
……みんな。本当に、ごめん。
ロアナプラ、ラグーン商会事務所。
「……ほう。なかなかいいもんじゃねえか」
ダッチは机の上に広げた工具を眺め、満足げに頷いた。
日本から突然届いた一箱の荷物。
送り主はガルシア・ラブレス。
中には、立派な工具セットが収められていた。
「まったく、あの坊主。気の利いたことをしやがる」
「よかったじゃないか、ダッチ」
「ああ。こいつはありがたく使わせてもらうぜ」
ダッチは上機嫌で工具をケースに戻した。
そのときだった。
「……あれ?」
窓の外を眺めていたロックが、不思議そうな声を上げた。
「ねえ、ダッチ」
「なんだ?」
「なんか事務所の前に荷物が山積みになってるよ」
「……あ?」
ダッチは窓の外を見た。
そこには、大小さまざまな段ボール箱が、ちょっとした壁のように積み上げられていた。
「……なんだありゃ」
「日本からの荷物みたいだけど」
「誰宛てだ?」
「えーっと……」
ロックは伝票を確認した。
「……ダッチだね」
「…………」
ダッチは机の上の工具セットを見た。
窓の外の段ボールの山を見た。
もう一度、工具セットを見た。
「…………」
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……おい、ロック」
「何?」
「……あの一箱だけじゃねえのかよ!!」
その日、ラグーン商会の事務所は、危うく工具倉庫になるところだった。