BLACK LAGOON Maid's Salvation   作:AI太郎

36 / 36
第二十八話

第二十八話 葬儀

 

雨は、今日も降り続いている。

 

灰色の空から落ちる雨粒が教会の屋根を叩き、石畳を黒く染めていく。

 

その先に続くのは、人、人、人。

 

政界の要人、経済界の重鎮、そして町の人々。

 

立場も身分も異なる人々が、ディエゴ・ラブレスとの最後の別れを告げるため、教会へと足を運ぶ。

 

喪服に身を包んだ参列者の列は、まるで黒い川のように、通りの向こうまで延々と続いていた。

 

傘の下に沈む顔、顔、顔。

 

ときおり嗚咽が漏れ、誰かが故人の名を呟く。

 

今も雨は容赦なく降り注ぐ。けれど、この場所に満ちた悲しみを洗い流すには、あまりにも頼りない。

 

「ディエゴ様には、本当にお世話になりました」

 

「困っていた私たちに、真っ先に手を差し伸べてくださったのは、あの方でした」

 

「どうして、あんなに良い方が……」

 

弔問に訪れた人々は、口々に旦那様との思い出を語る。

 

涙を流す者。胸の前で十字を切り、静かに祈る者。

 

その一人ひとりの姿が、旦那様の人柄を何より雄弁に物語っていた。

 

私は教会の入口に立ち、彼らの言葉に耳を傾ける。

 

旦那様は、私にとっても特別な方だった。

 

血にまみれた過去を持つ私を受け入れ、人として生きる場所を与えてくださった恩人。

 

罪深いこの身に、もう一度、人を愛することを許してくださった方。

 

あの方がいなければ、今の私は存在しない。

 

それほどの恩を受けながら、私は旦那様をお守りできなかった。

 

目を閉じれば、穏やかに微笑む旦那様のお顔が浮かぶ。

 

あの笑顔を、もう二度と見ることは叶わない。

 

胸の奥から込み上げるものを、唇を噛んで押し殺す。

 

今は、泣いている場合ではない。

 

私には、まだお守りしなければならない方がいるのだから。

 

*

 

聖堂には、静かな祈りの声が響く。

 

祭壇の前に安置された旦那様の棺。その周囲では、蝋燭の炎が小さく揺れている。

 

司祭の言葉に耳を傾けながら、私は幾度となく棺へ視線を向けた。

 

どうしても、そこに旦那様が眠っておられるという事実を受け入れられない。

 

今にも棺が開き、いつもの穏やかな声で私を呼んでくださるのではないか。

 

そんな、あり得ないことさえ考えてしまう。

 

やがて葬儀のミサが終わり、司祭の了承を得て、若様が参列者の前へ進み出られた。

 

「本日は、父のためにお集まりいただき、ありがとうございます」

 

落ち着いた声が、聖堂に響き渡る。

 

若様は、父との思い出を語り始めた。

 

幼い頃に教わったこと。何気ない日々の出来事。そして、今日この場に集まった人々への感謝。

 

飾り気のない、率直な言葉。

 

ときおり言葉を選ぶように間を置きながらも、その声が乱れることはない。

 

私は、若様から目を離せずにいた。

 

黒い喪服に身を包み、参列者たちに向き合うその姿。

 

まだ十五歳だというのに、なんと堂々としておられるのだろう。

 

その面影に、生前の旦那様のお姿が重なる。

 

「……なんと立派な若君だ」

 

近くから、囁く声が聞こえた。

 

「まだ十五歳だというのに、あれほど堂々としておられるとは」

 

「ディエゴ様も、さぞ誇らしいでしょうな」

 

「これなら、次代のラブレス家も安泰ですな」

 

別の男が、静かに相槌を打つ。

 

「ええ。あの若さで、あれほどの落ち着きと人望をお持ちとは。将来が楽しみですな」

 

「いずれは、お父上を超える大人物になられるかもしれません」

 

「ラブレス家とは、これからも末永く良いお付き合いをしていきたいものです」

 

誰もが若様の将来を称えている。

 

言葉そのものに、失礼なところはない。

 

けれど、その最後の一言が、妙に耳に残った。

 

旦那様の死を悼む声の中に、すでに次代のラブレス家を見据えた思惑が混じり始めている。

 

それが彼らの立場なのだろう。

 

誰かが亡くなっても、世の中は止まらない。

 

残された者たちは、否応なく次の時代へと押し出されていく。

 

私は再び、若様へ目を向けた。

 

立派な当主。

 

頼もしい後継者。

 

人々は、あの小さな肩にラブレス家の未来を見ている。

 

誇らしい。

 

けれど、どうしてだろう。

 

その期待が、今はひどく残酷なものに思える。

 

あの方は、まだ十五歳なのだ。

 

本来なら、父親の胸に顔を埋め、声を上げて泣いても許されるはずの少年。

 

それなのに、今は亡き父に代わり、人々の期待を一身に受け止めておられる。

 

若様は最後に、父への感謝と安らかな眠りを願う言葉を述べ、静かに挨拶を終えられた。

 

しばしの沈黙が、聖堂を包む。

 

私はただ、その背中を見つめていた。

 

*

 

埋葬の時刻を迎えても、雨は止まない。

 

墓地には黒い傘が幾重にも並び、灰色の空の下に静かな影を落としている。

 

旦那様の棺が墓穴の前へ運ばれ、司祭が最後の祈りを捧げる。

 

私は若様の傍らに立ち、その祈りに耳を傾けた。

 

若様は何も仰らない。

 

ただ、棺を見つめておられる。

 

やがて、棺がゆっくりと墓穴へ下ろされていく。

 

胸の奥に、鋭い痛みが走った。

 

これが、本当のお別れなのだ。

 

もう二度と、旦那様のお声を聞くことはできない。

 

あの温かな眼差しも、穏やかな笑顔も、すべて失われてしまった。

 

どれほど祈っても、どれほど悔やんでも、失われた命は戻らない。

 

傘の柄を握る手に、思わず力がこもる。

 

守れなかった。

 

あれほどの恩を受けながら、私は何一つお返しできなかった。

 

かつて幾人もの命を奪ってきたこの手で、たった一人の恩人さえ守ることができなかったのだ。

 

ふと、隣に立つ若様へ目を向ける。

 

若様は、静かに墓穴を見つめておられた。

 

涙は見えない。

 

その表情からは、何を考えておられるのかも読み取れなかった。

 

何か、お声をかけなければ。

 

けれど、言葉が見つからない。

 

どのような慰めも、父親を失った悲しみを癒やすことなどできはしないのだから。

 

やがて祈りが終わり、埋葬が進められる。

 

土が、少しずつ棺を覆っていく。

 

そのたびに、旦那様が遠ざかっていくように思えた。

 

参列者たちは最後の祈りを捧げ、一人、また一人と墓前を離れていく。

 

若様に弔意を伝える者もいた。

 

そのたびに、若様は静かに礼を述べられる。

 

そして、最後の参列者が墓地を後にした。

 

*

 

雨音だけが、墓地に響いている。

 

若様は、旦那様の墓の前に立ち続けておられた。

 

私も、その傍らを離れることができない。

 

どれほどの時間が過ぎただろう。

 

不意に、若様が口を開かれた。

 

「ねえ、ロベルタ」

 

「……はい、若様」

 

「父さんは、悪いことをしたのかな」

 

胸が締めつけられる。

 

「いいえ。旦那様は、決してそのような方ではありませんでした」

 

「……そうだよね」

 

若様は墓石から目を離されない。

 

「父さんは、たくさんの人を助けてきた。今日だって、あんなに大勢の人が来てくれた」

 

「はい」

 

「なのに、どうして父さんが死ななきゃいけなかったんだろう」

 

答えられなかった。

 

若様の声は、驚くほど静かだ。

 

「悪いことをしていなくても、殺される。誰かを助けても、報われるとは限らない」

 

雨音が、二人の間に落ちる。

 

「……おかしな世界だね」

 

かつて私自身が身を置いていた世界。

 

善も悪も、正しさも祈りも、銃弾一発の前では何の意味も持たない世界。

 

私は、誰よりもその理不尽を知っているはずだった。

 

それなのに、若様にかける言葉が見つからない。

 

「父さんは、誰かを傷つけるために生きてきたわけじゃない。たくさんの人を助けて、みんなの幸せを願っていた」

 

「……はい」

 

「それなのに、こんな終わり方をするなんて」

 

若様は墓石を見つめたまま、言葉を続けられる。

 

「きっと、これからも同じようなことは起こるんだろうね。正しいことをしている人が傷ついて、悪意を持った人間が何事もなかったように生きていく」

 

しばしの沈黙。

 

「でも、僕は嫌だな」

 

「……若様?」

 

「僕の大切な人たちが、そんな理不尽な目に遭うのは、もう二度と見たくない」

 

若様が、ゆっくりとこちらを向かれた。

 

「だから、僕が守るよ」

 

その瞳には、迷いがない。

 

「僕の大切な人たちに降りかかる不条理も、悪意も。僕が必ず食い止める」

 

そして、少しだけ声を落とされる。

 

「……それでも誰かが傷つけようとするなら、その人には、ちゃんと報いを受けてもらう」

 

思わず、息を呑んだ。

 

怒鳴るでもなく、憎しみを露わにするでもない。

 

ただ、静かに告げられたその言葉には、容易には揺るがない意志が宿っている。

 

「若様……」

 

その先の言葉が出てこない。

 

若様は再び墓石へ目を向けられた。

 

やがて、何かを思い出したようにこちらを振り向かれる。

 

「もちろん、ロベルタのこともね」

 

「……私、ですか?」

 

「うん。僕にとって、ロベルタも大切な家族だから」

 

若様は、いつものように穏やかに微笑まれた。

 

「だから、僕が守るよ」

 

私は、何も言えなかった。

 

守らなければならないのは、私の方なのに。

 

旦那様から託された、この方を。

 

それなのに、若様は私を守ると仰る。

 

その優しさが、嬉しい。

 

そして、たまらなく切ない。

 

この方は、父親を失ったばかりなのだ。

 

それでもなお、自分以外の誰かを守ろうとなさっている。

 

私は、若様の傍らで傘を差し続ける。

 

せめて今だけは、この方の悲しみに寄り添っていたい。

 

若様は、それきり何も仰らなかった。

 

二人の前には、真新しい墓石が静かに佇んでいる。

 

雨は、まだ止まない。




皆さま評価、感想などありがとうございます。
日々の執筆の励みになっております。
この場をお借りして御礼申し上げます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。(作者:千遇万歩)(原作:鋼の錬金術師)

目が覚めると、そこは『鋼の錬金術師』の世界。▼しかも憑依したのは、まさかのヨキだった。▼原作知識があるからこそ、危険な未来も知っている。▼だから決めた。▼静かに生きよう。▼だが、小さな選択は人を救い、人との出会いは運命を変えていく。▼これは、平穏を望んだ一人の男が、仲間と共に"もう一つの未来"を紡ぐ物語。


総合評価:1049/評価:7.09/連載:49話/更新日時:2026年10月15日(木) 00:00 小説情報

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。▼からの▼BLACK LAGOONに繋がり、二代目。


総合評価:4794/評価:8.52/連載:81話/更新日時:2026年10月14日(水) 05:39 小説情報

ブレイザー・ヴィリー(作者:ヤン・デ・レェ)(原作:BLACK LAGOON)

ひょんなことから『BLACK LAGOON』の世界に転生した男が、危険な女性たちと出逢い関係性を深めながら、悪党としても栄達する話。▼*pixiv様にも同時投稿しております。▼*pixivでリクエストを頂いて、現在進行形で執筆している二次創作です。主人公の名前、背景、外見などについては、リクエスト主様にご提出いただいた設定に基づいております。


総合評価:9203/評価:8.42/完結:9話/更新日時:2026年06月18日(木) 00:00 小説情報

「はじめの一歩」に女の私が転生する需要はあるの?一応、需要はあるらしい(作者:SUN'S)(原作:はじめの一歩)

彼女は転生者だ。▼バトル漫画の回復系超能力を選んだのに転生したのはボクシング漫画の金字塔「はじめの一歩」の世界だったので、とりあえず日記を書くことにしたらしい。▼ジェットプテラ様にファンアートを頂きました!▼すごく嬉しいです!!!!▼【挿絵表示】▼【挿絵表示】▼


総合評価:3792/評価:8.06/連載:132話/更新日時:2026年10月15日(木) 08:09 小説情報

『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした!(作者:自分のことを五条新菜と信じている(文字数)(原作:呪術廻戦)

俺の名前は五条 若菜!▼五条人形店で働く、しがない高校一年生さ!(コナン並感)▼※『着せ恋』主人公は、五条“新”菜。▼※運営さんからクロスオーバータグつけてね、って来たのでつきました。お騒がせしました。


総合評価:4145/評価:7.3/連載:33話/更新日時:2026年10月09日(金) 22:32 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>